麻帆良で生きた人   作:ARUM

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挿話 手紙

 

 

 

 その日、関東呪術協会本部天乃五環の第四層、第一会議室。円卓の間などとも呼ばれる薄暗いその部屋では今月に入ってから毎日のように続く麻帆良奪還に向けた会議が行われていた。

 

 関西全域を巻き込んだ争乱の最中、それに合わせてセイやその周囲の人物は皆天乃五環に帰還していた。そのため、これまで以上に突っ込んだ深い部分に関する話しできるようになったのだ。

 

 当然、参加者はセイを筆頭に立場のある者が多い。

 

 会議の内容も様々で、セイが報告を聞いて一言二言連絡を伝えて終わるだけの日もあれば、かなり計画の深部に触れるものもあった。

 

 前者はここ数日の物で例を挙げると、関西の最高幹部刀久里鉄典が争乱での無理がたたって引退を決意したとか、長の詠春の処遇が戦えぬよう四肢に特殊な封を施された状態での軟禁に落ち着いたとか、開発班の中でカ○リーメ○トのメー○ル派とそれ以外の味の販売を求める者達の間で大規模な衝突があったことなど。

 

 後者は指揮系統を従来どおりのままにしておくのか、それとも新しく統一しなおすのか。それにあわせてどれだけの戦力を投入するのか。また、既に決まっていた物の開発と生産の進行具合に、関係各所への根回しに関することなど。

 

 

 今日の場合は後者で、しかもかなり重要な物だった。

 

 

「それでは空里君、報告をお願いします」

 

「はいっす。これを見てください」

 

 

 今回の会議の出席者の一人、いつもと同じ赤いジャージ姿の空里がセイに促されて報告を始める。

 

 空里は組織の諜報と通常時の実働部隊を取り仕切る立場にある。当然計画においても必然的にその深奥に近い立ち位置にいることになる。

 

 この日の報告もそれに関係することで、空里が手元の端末を操作すると室内の照明が落ち、円卓の中央から空間にどこかのマップが投影される。投影されたマップは縦横無尽に伸びた複雑怪奇な構造の上、一部未踏領域があるなど規模も相当なものだ。

 

 

「これが前もって長から渡されたデータと収集できた位置座標などの情報を元に作成した“世界樹~図書館島近隣地下高域巨大迷宮状構造物群”略して『世界樹の迷……」

 

 

 セイは、強く眉間を抑えた。

 

 

「……空里君」

 

「はいっす」

 

「その仮称、何とかしなさい。色々とまずそうな気がするので」

 

「他にいいのがないっす」

 

「……ただ地図と。そう言いなさい……」

 

 

 セイは何とも言えない微妙な顔をしており、空里は至って普通だ。他も同様だが、何が面白いのか朴木が一人笑いをこらえているようだ。

 

 

「はいっす。じゃあまずはこれを」

 

 

 再び空里が端末を操作すると、マップの色が変わっていく。

 

 色は三色。青、白、黒で、上層は青一色で下にいけばいくほど白や黒が多くなり、ある所からは黒一色となっている。

 

 

「青と白が実際に踏破したエリアで、青は長のデータ上は存在しないはずのエリア、つまりは魔法使いが明治以降に造ったエリアになるっす」

 

「黒は?」

 

「……開発班の重力波観測や長のデータ上は存在するはずっすけど、感づかれる危険があったために確認できなかったエリアっす」

 

 

 会議室の中に少し不穏な空気が流れる。空里は関東に参加する組織の中で唯一の忍の頭領であり、戦闘力は当然としてこと隠密にかんしては最高の技術を持っている。

 

 そんな空里でも潜入ができなかったとなると……

 

 

「これを見て欲しいッス」

 

 

 空里が言うと、マップに緑の灯りが大小数十灯る。小さい物は点在しているが大きい物は丁度白のエリアの中で一番深い所と黒一色になるエリアとの境にある場所だ。空里はその大きい点を指した。

 

 

「この地点が奥のエリアに通じる唯一の箇所になるんすけど……大きな扉で閉じられていて、これを開けない限り構造上通行不能なんで諦めました。あと小さな点も奥には未踏エリアの存在が確実でしたが壁などで塞がれており、なんらかの痕跡が残る可能性があったので踏破を諦めました。あと更に……」

 

 

 今度は、赤と黄色の点が大量に現れた。赤は大きな緑の点を挟んで二つだけ。黄色の点はいくつかの箇所ごとにまとまって並んでいる。

 

 

「赤の内一つはワイバーン、もう一つは何かいるのはわかってるんすけど扉の向こうに行ってないので正体不明。黄色は何か多脚戦車やらロボットやら大量にあったっす」

 

「……はぁ」

 

「ワイバーン、西洋竜のことだな」

 

「たっ、たたた多脚戦車だとぅ!?」

 

 

 嘆息するセイに、冷静に情報を分析する白刃乃。さらには多脚戦車というワードに反応する開発班の大班長。

 

 場が荒れそうな気配を察して、空里がセイに問いかける。

 

 

「とまあここまでが報告になるっすけど、他に何かあるっすか?」

 

「そうですねえ……麻帆良の図書館って、結構近代的な部分もありますよね?」

 

「それは……あるっすね。途中何度か装甲防火扉なんて名目の隔壁を見ましたから。下手な軍施設よりかよっぽど充実してるっすよ」

 

 

 セイは、少し考えたあとマップの上の方、図書館島の下の真っ青なエリアを指した。

 

 

「少し予定を変更します。当日までに、この辺りの浅いエリアに――」

 

 

 

 ――数時間後――

 

 

 

 会議でのセイの指示を受け、一通りこの日の会議が終わり参加者は解散しそれぞれの持ち場へと戻っていった。

 

 その中に、連れだって歩く二人の男女の姿があった。

 

 神里忍軍の首領である神里空里と、開発班の本部長である朴木である。どちらも関東呪術協会の構成組織の代表であり、関東にかかせない人材である。

 

 

「あーー……疲れたっす。三徹は忍者でもきついっすわー。ぶっちゃけ忍者食とドリンクあれば月徹とかもできますけど、眠いもんは眠いッスよねー」

 

「そう言える内はまだ大丈夫だよ空里君。ウチの部下に多岐という男がいるけど、昔一週間以上働いた後で他の奴らが酒盛りしているのを発見してね? 彼が不眠不休で働いていた理由が彼らの後始末だったものだから彼が怒ってねぇ」

 

「ほー、多岐っていうと開発班の有名なショタじじいっすよね。どうなったんすか?」

 

「それ本人に聞かれたら殺されるよ?」

 

「……俺でもっすか?」

 

「ヘタするとね。本気になった後の強さはまさしく一騎当千のスーパーロボット……」

 

「開発班では既に男のロマンが実現してたんすか!?」

 

「が、数機がかりで相手をするような敵の秘密兵器だからね」

 

「まさかの敵の方!? しかもその口調からするに最後の敵っすか!?」

 

「そうだよ、まだこの天乃五環が着工する前の話でね。おかげで採掘の手間が随分と省けた。……まぁ、彼は私もあまり怒らせたくはないかな。光子収束砲を重力子縮退砲を利用して曲げ撃ちされたときはさすがの私も覚悟したよ」

 

「……何かとんでも無い話してないすか? 縮退とかSFちっくなのはさっぱりなんすけど」

 

 

 彼らが連れ立って歩く様は、傍目には楽しげに見えるが実際は……本人達は楽しんでいるが、周りからすればいろいろと突っ込みどころの多い内容である。しかし、周りにいるのも彼らと同じような人間がほとんどのため実際に突っ込まれることはほとんどない。

 

 そんな彼と彼女に近づく、少し小柄な影があった。

 

 

「あの……ちょっと良いですか?」

 

「おや、あなたは……」

 

「さよさんじゃないっすか。どうしたんすか? 長ならまだ会議室にいるはずっすけど」

 

 

 影の正体は、空色の髪を長く伸ばした女性で、本名を玄凪さよという。

 

 ――旧姓、相坂さよ。二十年ほど昔、セイが活動し始めてからずっと側にいた彼女はセイのパートナーであると同時に、関西関東共に一目置かれる幹部のような存在である。

しかしかといって特に役職を持っている訳ではないため仕事は無く、普段はセイに付き従い政務の補佐をしたり主婦をしたりしている。

 

 彼女も昔とは違い、二十年で得た術と知識を使い見た目をセイと同じ二十歳くらいに変化させていた。幻術ではなく、実際に作り替えるタイプの術である。

 

 関東の中でもよく知られた存在であり、空里と白刃乃の両名とも繋がりがある。

 

 

「少し、相談したいことがあって……」

 

「相談したいこと? ならちょっと待っててください。今長呼んでくるんで」

 

「待ってください!!」

 

 

 さよが慌てた様子で空里を呼び止める。いつもはたおやかさよが思わず声を大きくしたことに、空里は動きを硬直させた。

 

 

「その、セイさんのことでお二方に相談があるんです」

 

 

 

  ◆

 

 

 

「これを、見てもらいたいんです」

 

「これは……」

 

「書簡っすかねぇ。ちょいとかしこまった札に見えなくもないっすけど」

 

 

 所は変わり、一層のセイとさよの私室。障子を閉め切った部屋の中、三人の視線の中央には一通の書簡が置かれていた。

 

 薄い油紙に丁寧にくるまれた、淡い桜色の和紙の書状。封はない。

 

 

「ま、とにもかくにも中身を拝見と」

 

「駄目です!」

 

「ふぉあ!?」

 

 

 書状に手を伸ばした空里が、さよのポルターガイストで膝立ちの状況のままくるりとその場で転がった。

 

 

「……何するんすか」

 

「迂闊に触らないで下さい! 何が起きるかわからないんです!」

 

「私も空里君も、“そういったもの”に対する見識はあるつもりだけれど?」

 

「それ、セイさんの書簡です。それも、机の奥の方に隠してあった奴です」

 

「!?」

 

「うわっ、なんつうもん引っ張り出してきたんすか!!」

 

「皆さん身辺整理してるじゃないですか。家もコウが色々ひっくり返している時に見つけてきたんです」

 

 

 起き上がり再び手を伸ばしつつあった空里は慌てて手を引っ込め、朴木も包帯で表情はよくわからないが明らかに危険物を見る目をしている。

 

 

「何を思って、これを私達に……?」

 

「それは……」

 

「幾ら俺らでも、流石に長の物はヘタにいじれないッス。時期が時期ッてのもあるっすけど」

 

「うー、でも、知りたいじゃないですか! これ、昔一度だけ見たことがあるんです。そのときも中身は教えてもらえなかったんですけど……」

 

「いつっす?」

 

「二十年くらい前に、セイさんと初めて麻帆良で会った後に」

 

「二十年前ったら思いっきりアウトじゃないっすか!! 長の活動し始めた頃っしょ!?」

 

「手を出しづらいね」

 

「でも知りたくないですか?」

 

「いや、知りたいッすけど」

 

「まぁ知識欲はそそられるけども?」

 

「でしょう?」

 

 

 

「……そんなに人の手紙って見たいものなんですかねぇ?」

 

 

 

 本来は聞こえるはずのない声。それに空里と朴木は凍り付く。しかし“その声”を聞き慣れたさよだけは違和感を覚えなかった。

 

 

「知りたいですとも!」

 

「そんなに?」

 

「はい!」

 

「……ほぉ」

 

「…………」

 

「……………」

 

「……………?」

 

「まったく、あんなに奥に厳重に仕舞っておいたというのに」

 

「きゃああああああああああああああああああああああああ!?」

 

 

 背後。いつの間にか、そこにはセイがいた。障子は閉め切ったままであるから、わざわざ転移をしてきたらしい。

 

 

「まぁ、ずっと隠してきたわけですし教えてもいいんですけどね。そんな面白いものじゃぁないですよ。それは」

 

 

 封のない、薄い油紙に丁寧にくるまれた、淡い桜色の和紙の書状。

 

 

 

「それはですね。有り体に言ってしまえば、まぁ……遺言状ですよ」

 

 

 

 





 今日は単発です。次回は十二月までには。

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