あー、そろそろぶっ壊れを書きたい病がうずうず……
シリアス続けられない作者なんだよぉ。
重力が狂う、足が確かに踏みしめているのに、全身に感じる浮遊感。
高層ビルの高速エレベーターに乗っているのと似ているような、むしろあれよりも更に無理やり掛かるGを誤魔化している感じとでもいうような、なんとも形容しがたい感覚。
その程度で上空一万メートル超を飛ぶ船と地上とを行き来した実感も無く街に降り立った士道がまず触れたのは、春先にあり得ない冷え切った空気だった。
みぞれ混じりの雨という、雪などよりもよっぽど体温を奪われそうな天候が支配する。
謎の技術で瞬間的に転送された場所は市街区の発展しているわけでもなく寂れているわけでもなく、といった一角だったので幸い雨風を凌ぐ場所に困るようなことは無かったが、服装的に快適な温度とは当然行かない。
「寒い………」
薄着で寒空の下放りだされるのが何故か初めてではないことに無性に切ない何かを覚えながら、士道は耳に手を当てる。
そこには何も無いように見えて、例によって不思議な技術で透明化している無線インカムが装着されていた。
イヤホンから聴こえてくるのは妹の声。
『悪いけど、我慢して。それより、状況を確認するわ』
「はいよ」
とるもとりあえずというか、士道が今回は琴里に協力すると決定してから素早くインカムだけ持たされて転送室まで連れて行かれたせいで着替える暇もなかったが、どうも時間との勝負らしく琴里の続く説明も要点を押さえながらも矢継ぎ早に繰り出された。
『相手にする精霊は〈ハーミット〉。言うまでも無く氷を操る精霊ね。今回彼女は空間震無しで現れて、市街地で能力を発動、被害は………重軽症者複数、幸い死者はいないわ。その後獣の形をした天使に乗って今士道がいる場所から二つ右隣の雑居ビルの3F空きテナントに移動、潜伏中よ』
「………」
琴里に教えられた場所に目を向けると、窓ガラスどころか壁面に大穴を空けて枠ごと崩れたその様子が見て取れた。
そこから入っていったのだろう、豪快なことである……というかああいうのも潜伏と呼ぶのだろうか。
精霊が天使によってそのようなことが出来ると言われても今さら驚かないが、精霊との遭遇を繰り返した士道も流石に相手が精霊であると知って会いに行くのは初めてで、緊張に唾を呑んだ。
対話しに行くと言っても、それが失敗したりそもそも問答無用だったりで士道にあの力が向けられる可能性もゼロではないのだ。
狂三の時のようなことは特に例外としても、はずみでということだってあるだろう。
切らそうと思っても切れるものではない危機感からいつでも〈贋造魔女【ハニエル】〉を発動できるように身構えつつ、問題の場所に恐る恐る向かう士道。
そんな彼の耳に琴里の説明は入り続ける。
『市街地で被害が出たせいで避難もなかなか進んでない、そうでなくてもASTはCRユニットの苦手とする屋内戦を強いて精霊相手に挑むことは殆ど無いわ――――つまり、』
「今なら二人きりでお話できます、か………」
冷えた手すりを時々うっかり触りながら段差の急な階段を上り、問題の場所にはすぐに辿り着く。
見えた、曇りきったガラスの嵌ったドア。
あの向こうに、見知らぬ精霊がいる――――。
僅かに漏れ聞こえる息遣いに、士道は慎重にそのドアを開いた。
「ひく、えぐ………っ!ぅ、ぅぁぁぁ……っ、ぐすっ」
「―――え、四糸乃?」
『は?』
冷蔵庫の扉を開けるのと全く同じ感覚で冷たい空気が対流してくるのを感じながら、その向こうに座り込んで泣きじゃくっている少女の姿を確認し、士道は呆気に取られる。
大きなウサギの耳のような形の飾りが特徴的な外套を纏い、パペットは左手ではなく胸に抱いて小さく身を包ませていたのは、間違いなく先ほど別れたばかりの四糸乃だった。
その小さな体を震わせ、ぎゅっと縮こまるように、霜の張った床の上に独り座り込み。
「四糸乃!お前一体、どうして――――、」
こんなところに、と続けようとして、途中で泣いている理由を問うものに切り変えた。
四糸乃が逃げ遅れた一般人の少女と考えるのは無理があり、ここにいる時点で精霊であることは分かってしまったから。
…………生憎士道は義妹までもが精霊だったということを知ったばかりで、もう誰が精霊と言われても驚かない。
その声に士道を認識した四糸乃は、ゆっくりと顔を上げると、視線があったと同時に勢いよく顔を背ける。
よしのんを抱いたままフードを片手で押さえ怯えるように退いた体勢を取っていた。
四糸乃の態度に若干傷つきそうになった士道だが、自分から逃げようとする気配が無いので嫌われたわけではないだろう、一応そう信じて近づきなだめにかかった。
「大丈夫、大丈夫だ!」
「…………、っ……?」
またおそるおそる視線を少しずつ上げる四糸乃を根気よく待ち、精一杯笑顔を作って安心させてやれるようにと頑張る。
その甲斐あってか四糸乃は小さくしゃくり上げながらもがばっ、と士道の胸に飛び込んできた。
「士道さ、し、どう、さ、……うえぇぇぇぇぇ」
「あ、っと…………よしよし……」
そこからまた激しく泣き出したが、士道が四糸乃の背中をさすりながら宥めるにつれて寧ろ周囲の気温の低下はややましになっていった。
『士道っ!いったい、何が――――』
「……………」
インカムから琴里の事態についていけてないような声が聞こえてくるが、士道はナビはもう十分としてインカムを外してポケットに放り込む。
一対一で話していてこそこそやり取りしていたら怪しまれるに決まっているし、サシで女の子と大事な話をするのに別の女とも話をしながらとか“なし”だろう常識的に考えて、という判断で、寧ろ当然そうすべきという認識だった。
…………色々と根本的というか本質的というか、とてもとても重要な何かを否定した気がするが、多分気のせいだ。
そのまま暫く四糸乃が落ち着くまで過ごしていたが、いつしか四糸乃がぽつりぽつりと先ほど何があったのかを語り出す。
泣き過ぎてしゃっくりを起こしているようで、声もかすれ気味でもともとの四糸乃の声の小ささもあって正確に聞きとるのは苦労したが、琴里にされた状況説明も合わせて概要程度はなんとか把握した。
「士道さんと一緒に、っ遊んだところ…めちゃくちゃにして、わけ、わかんなっ……!よしのんも、何も言ってくれなくて……っ」
「そっか。…………そっか」
よしのんは抱いたまま。
四糸乃が今到底腹話術ができるような状態でない為、自動的によしのんは喋られなくなる、というルールなのだろうか。
つまり今四糸乃には、本当に自分しかいないのだと士道は認識した。
事情があったとはいえ、四糸乃が悲劇を生みだしたことは事実。
死者がいなかったからいいというものではない。
だが、それで四糸乃だって傷ついているのだ―――被害に遭った人たちを激怒させるような言い分だけれども。
そして、今仮に四糸乃がのこのこと外に出ていけば、軍隊は彼女を殺しにやってくる。
精霊だから、災厄だから。
その言い分は、痛いほどにただ正しい。
それでも、四糸乃に味方できるただ一人として、自分にできることがある筈。
ごく自然に、士道はそう考えていた。
自分の大切な人たちが精霊だから、ではなく。
琴里に助けを請われたから、それはあくまでここに来た理由というだけで。
勿論同情なんかでは断じてなく、ここで四糸乃が唯一頼れる自分が彼女を見捨てて悲しい顔をさせるのがどうしても嫌だった。
ただ、それだけのエゴ。
「ごめんなさい、ごめんなさい…………っ」
「いいんだ。“大丈夫”なんだ、四糸乃」
そのエゴで以て、士道は四糸乃を―――――許した。
人間だろうが精霊だろうが、過ちを犯すことを避けて通ることなど出来ない。
特に状況が過ちを犯す以外の選択肢を理不尽に全て潰してくることだっていくらでもある。
でも過ちは誰かが許してくれなければ、そこから前に進めなくなるから。
他の全てが、彼女自身すらも四糸乃を断罪するのなら、自分だけは傲慢にも四糸乃を“許してあげよう”。
(精霊を救う、か)
救う、という言葉は士道自身はあまり使いたい言葉というわけではない。
自分に救われたと言う彼女達も、七罪と美九は放っておけなくて全力でぶつかっていっただけで、八舞姉妹に関してはそれで何も出来なかったという苦い後悔をどうしても感じてしまう。
自分にそれが出来ると言う者たちも、琴里個人はともかく〈ラタトスク〉とかいう組織で見ればやはり胡散臭い。
何より、救う自分が救われる相手より上で、当然に幸せであることが前提であるかの様な言葉に感じてしまうから。
それでも、四糸乃を前に進めるようにしたいなら、躊躇うことなど何もなかった。
「四糸乃。俺はお前を救いたい」
「士道、さん……?」
両肩を痛くないように、しかししっかりと掴んで四糸乃と目と目を合わせて話せるように距離を開ける。
真剣に見据えてくる士道に戸惑う彼女に、なおも言葉を続ける。
「四糸乃。こんなの嫌だ、って思ってるよな。力を持って、誰かに傷つけられて、傷つけて」
「…………は、い………嫌です、いや!痛いのは、感じるのも見るのも、怖いから……っ」
「俺は、そうならないようにすることができる!でも、代わりに面倒な事が山ほどあるだろうし、四糸乃の力と大切なものを一つ貰わなくちゃいけない」
「大切なもの……?」
四糸乃が胸元に抱いたよしのんを見て不安そうな顔をする。
それに士道が首を振って否定を示すと、四糸乃は穏やかな顔で頷いた。
「お願いします、士道さん」
「いいのか、詳しい話を聞かなくて」
「いい、です。士道さんに、助けて欲しい、です………!」
精霊だからだろうか、ずっと泣いていたのに一途に士道を信頼してくる表情は崩れずに一点の染みもないまっさらな純真さを湛える。
きれいだ、と一瞬見惚れた。
その預けられた心に真摯に応えようと、士道は誓いを添える。
「分かった。…………約束する、これからずっと、四糸乃を絶対に不幸にしないって」
「あ……っ、ありがとう、ございま――――っ!?」
四糸乃の後頭部に手を添え、唇を合わせる。
それは儀式。
五河士道が、精霊の力を剥奪し、封印し、我が物にする為の。
そうであると自覚して初めて自分から行う口づけ。
だが、陶酔したように目を蕩かせる四糸乃の唇は…………病みつきになりそうなくらい柔らかく、心地よかった。
例によって四糸乃の霊装が消失して裸を晒す前に、フラクシナスは士道と四糸乃を回収した。
転送室に現れた二人に、出迎えた琴里と七罪達四人、うち琴里から毛布を渡されたので四糸乃に被せてあげたのだが、どこか彼女は憮然とした様子であった。
果たして四糸乃が毛布とよしのんを抱きながらもつつ、と士道の背中に縋って服の裾を握って離さないのは、急に変な場所に移動した驚きか、それとも琴里の態度か集団にいきなり囲まれた不安か。
「四糸乃、平気か?」
士道が気遣うと、四糸乃は泣いていたせいだが収まってきていた赤らんだ頬を僅かに戻し、微笑して返した。
「はいっ。士道さんが、ずっと幸せにするって約束して、キスしてくれましたからっ」
「「「「「………………」」」」」
凍る場、時間、空気。
流石氷の精霊――――――なんて、ギャグにもなっていない。
語弊のあり過ぎる言葉の選択というか、狙ってやっているのだろうか。
「おにーちゃん?」
「士道?」
「だーりん……」
「「士道!!」」
「ま、待って、話を聞いて――――――!!」
随分と忙しい一日だった………のに。
なぜかまだひと頑張りしないといけない士道なのであった。
最後がやりたかっただけと言えばそう。