デート・ア・ライブ 士道リバーション   作:サッドライプ

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 知ることのなかった秘密。
 隠すこと、打ち明けること、その選択は時に悪意以上に信頼と絆を引き裂く。

 親しいと思っているからこそ必要となる勇気。

――――どうせ受け入れてもらえる。

 そんな甘えは…………“信じている”ではなく“裏切っている”と言うのだ。




五河コンフュージョン

 

 

 

「「「「精霊だ(です)けど、それが何か?」」」」

 

 

 

 その衝撃の告白に、実に数十秒の間琴里は沈黙していた。

 

 内、茫然としていたのが数秒。

 他は思考の立て直しと、そして顕現装置【リアライザ】の技術で不可視化したヘッドセットから部下の報告を受けていた時間だ。

 

『琴里。彼女達が精霊であることは本当だろう。君が彼に本題を伝えた瞬間、“不安定”になったのだろう、彼女達から精霊反応が観測された。データベースに一致がある―――彼女達は、』

 

(七罪とやらが〈ウィッチ〉、美九が〈ディーヴァ〉、夕弦と耶倶矢で〈ベルセルク〉………一時期の士道と同じ匂いがする方が耶倶矢かしら?)

 

 流石令音、仕事が早い。

 そう部下の解析官の手際を評価しつつも、彼女達4人が精霊と分かればその名はすぐに浮かんでいた。

 

 忘れもしない一年前、処女航海から間もないこの空中艦〈フラクシナス〉のどてっ腹をぶち抜き、航行不能に追い込んで事態への対応と始末書の山に琴里以下クルーを追い込んだ時の精霊達だからだ。

 空間震もなしに現れて、同じ精霊に対し集団で襲いかかっていた特異事例。

 まさかという思い込みから初見では繋がらなかったが、精霊というキーワードが出れば分かる程度には強い印象を持っていた。

 

 そして………と、思考を深めようとしたところで、美九がうんざりしたような声を出した。

 

「もーお話は終わったんですよねぇ?帰っていいですかぁ?」

 

「………どうぞご自由に、とは言えないわね」

 

 琴里の答えを予想していたのだろう、七罪が肩をすくめながらため息をついた。

 それから視線を外し、

 

 

「でも、色々と訊きたいことは出来たけど、まあ本題は一つだけだわ。

――――士道、私達〈ラタトスク〉と一緒に、精霊の保護に動いてくれるかしら?」

 

 

「………っ」

 

 この時琴里は驚きはしたが、“嬉しい誤算”だと思い直していた。

 精霊が普段人間と変わらない反応しか計器で観測できず、そして感情の乱れに応じて力を取り戻していく、そして彼女らが見せる士道への親愛。

 それが意味するものを“検証”によって知っている琴里は、それを複数の“実績”と捉えた。

 

 放課後家に直帰していることの珍しい兄、素行調査によれば女の子との付き合いが多い様だったが、それが精霊相手のものであったのならば寧ろ頼もしい点となる。

 何より優しい兄ならば、周りの親しい女の子の仲間に偏見を持たず、精霊達を助け同時に空間震を食い止めていく活動に否やを言わないと考えられる、と。

 

――――五年前から英才教育を受け、司令官となれる資格を修得したとはいえ、十三歳の琴里はやはり経験が浅かったのだろうか。

 

――――それとも、彼の知らないと思っていたさまざまなことを打ち明ける重大な場にぶつけられた、あまりに衝撃的な告白に、やはり動転して逸ってしまったのだろうか。

 

 士道と精霊の彼女達が具体的にどんな関係を築いてきたかを把握する前に、彼はきっとこう動く…………そんな“打算”で以て接してしまった。

 

 それは、隠しているつもりですら存外に伝わりやすい感情。

 

 さて、純真だと思っていたのがいきなり豹変して怪しい組織を背後に付けた妹に、そんな目で見られた士道が何を感じるか。

 何を感じたか、そのサインを………見逃して、しまった。

 

 一瞬強張り、小刻みに震え始める手。

 士道の瞳に過った陰りを七罪は察知し、その手が強く強く握りしめられる前に自分の小さな掌で暖かく包み込む。

 

 

「お断りよ。頼みごとにしても杜撰が過ぎる………精霊という前提だけを話したところで、伝えるべきこと、承知しておかないといけないこと、何一つ言わずになんて。いまどき三流の詐欺師でもやらないでしょう。

……………夕弦、耶倶矢、士道をお願い」

 

 

「任された」

 

「承知。八舞の名に懸けて」

 

「あ………」

 

「ま、待ちなさい!まず士道に話を―――っ、」

 

「残念だけど、暫く士道の発言権は封印させてもらうわ。そっちがそういうやり方なら、士道本人に喋らせたらどんな言質を取られるか分かったものじゃない」

 

 優しくその体を押し出して二人に士道を任せると、七罪は琴里と対峙する。

 ここで琴里は何かを感じたようだが、話の主導権は七罪が握る。

 

 

「ま、今帰ったところで空間震警報は鳴り続けてるだろうし、その間くらい“私達”が話をしてあげるわよ。

――――まさかノーとは言わないでしょう?」

 

 

「…………っ」

 

 精霊との対話を謳う〈ラタトスク〉に所属する琴里の立場としては、情報を少しでも得るために自分から精霊との対話のチャンネルを打ち切るなど出来る筈がない。

 

 幼いと言ってもいい司令、琴里の失策。

 感情で説くならば組織人としての面は極力見せるべきではなかった。

 立場を重視するなら、それが有効かは別としてもビジネスライクを貫くべきだった。

 二律背反に縛られ、琴里は呻く。

 

 “敵地”にあって精神的には七罪がやや優位に立ちながら、二人の少女は視線で火花を散らし始める。

 

「まずもって私達からは、その〈ラタトスク〉とやら、相当胡散臭いんだけど自覚ある?」

 

「常道でないことは確かだけど、構成員は全員精霊との対話と保護という理念の下に集まっているわ。胡散臭いかどうか………平たく言えば信用は、そんな私達構成員の行動から判断してもらうもの。実際にやり方を見て判断してもらうわ」

 

「ならいきなりマイナス100点よ。一番大事な精霊との接触役に当て込んだ士道はこれに関して何の事情も知らなかった一般人!外部の人間を協力者に仕立てて、いざとなったら切り捨てる気まんまんじゃないの」

 

「そんなつもりはない。ただ精霊に先入観を持った人間にデリケートな対話役を任せることは出来ないから、士道にはこれまで情報を伏せてきたの」

 

「ものは言い様ね。勝手に自分達の頭数に入れていた予備知識(せんにゅうかん)の無い人間に、世界を蝕む化け物と命懸けの接触に当たれ、って?そんな役に自分の兄を据えようなんて、なるほど見下げた(みあげた)理念への忠実さじゃない」

 

「当然バックアップ体制は万全に整えているわ!何重にも保証は掛けられるようにだってしてある」

 

 七罪が言い募るが、琴里も自分の組織についてこの程度の言い合いで言葉に詰まることはない。

 だが、七罪にとっても別に論破するのが目的でもなければその必要もない。

 

 要は言いがかりをつけ瑕疵を探しながら、いきなり現れた厄介事<ラタトスク>の正体を見極め、出来れば関わらずに今までの生活をという理想的な結果にどう近づけていくかを会話から模索しているだけなのだから。

 琴里もそれをなんとなく察しながらも、彼女なりの言い分を通す為に頭を必死に回転させながら言葉を選んでいる。

 

「そもそもなんで士道?あなたの身内だから?」

 

「それは………あなた達の方が分かってる筈よ。全員したんでしょ?士道と――――キスを」

 

 士道とキスをしたことで、七罪達が何故か精霊の力の殆どを士道に奪われたこと。

 “そういう現象”が最終的な狙いなのだと、琴里は明かす。

 黙っていても予想されるであろうことだから敢えて隠さないのがせめての誠意でもあったが、そのリアクションは辛辣だ。

 

「さあね、だから何?ほら、精霊は人間とキスすると力を失うとかそんな童話チックなオチだったりするかもよ?試してみれば?私達は士道以外とキスする気なんてさらさら無いけど」

 

 それは自分達が今こういう状況にあることが既に答えなのだが、七罪には続ける言葉がある。

 

 

 

「そんな彼に自分達が糸引いてホストの真似事させますって?舐めんじゃないわよ、少なくとも私達はそれを許すほど女のプライド捨てた覚えは無い………ッ!」

 

 

 

 士道に対し七罪達四人で囲っている形だが、それはあくまで状況の特殊性と、誰か一人でもいなくなったら士道が本気で悲しむと分かっているから成り立っている関係に過ぎない。

 無論今は彼女達に信頼関係はお互いにある、だが、初めの内はやはり士道に対する不義理は無いという信用からだったのも事実だ。

 だから、士道の周囲に女が急に増えるのを無条件で容認するということを意味している訳では断じてない。

 それが士道の意思でないならなおさらの話。

 

 そして、それに関して更に言いたいことがあるらしい“彼女”に、ここで七罪は発言を譲った。

 

「私、だーりんが運命のひとだって、結構本気で信じてるんですよぉ。それが例えば、そう“例えば”………“誰か”の思惑で結ばれたのだとしても、それも含めて運命だからだーりんは私のだーりんです」

 

 柔和な顔立ちでにこにこしていれば穏やかな人格をしているように見える誘宵美九。

 それが――――本気で表情を凍らせる時の冷酷さを、仲間達は知っている。

 

 

 

「―――――でも、それはそれとして、その“誰か”さん。凄く不愉快ですよね?」

 

 

 

「…………ッ!?」

 

 適役に任せた警告の言葉は、その本気と共に琴里に響いたらしい。

 実際に美九が抱いているそのドロドロとした感情、“心当たり”だけでなく場合によっては目の前の士道の妹にすら本気で向けられることは容易に予想できた。

 

 

 『お姫様願望持ちのメンヘラ女』。

 いつか七罪が美九を評した言葉だが、人格の気質そのものが劇的に変わるなどそうそうない。

 士道達との穏やかな日々の中で幾分丸くもなっていたが、その箍が外れる出来事が昨年に起こってしまったこともあった。

 

――――籠の鳥のお姫様は、恋に落ちた若者と手に手をとって駆け落ちしました。

――――残された国は国政が混乱し、国民が飢え、国土は戦火に曝されましたが、お姫様は一人の女の子として幸せにすごしました。

――――めでたしめでたし。

 

 良い悪いの問題ではなく、〈挽歌【エレジー】〉の恐るべき性質の根本とも併せ、誘宵美九はそもそもそういう気質の女。

 仮に美九がその“お姫様”の立場なら笑顔でこう言うであろう――――姫一人いない程度でダメになる国が悪いですー、と。

 

 

 こんな怖ろしい女に本気で睨まれて、一瞬たじろいだものの話し合いを続ける姿勢を見せた琴里を七罪はある意味で評価した。

 そこから話の流れをひっくり返すことが出来るわけもなく、この日は七罪達優勢のまま話は一度お流れとなったのだが。

 

…………本当は七罪も美九のことを言えるものではないことは自覚していた。

 

 当たり前だ、〈ラタトスク〉の言う精霊を保護しつつ空間震の脅威を取り除く活動というのは、その胡散臭さはともかくとしても、その建前に本気で打ち込めるのなら大したものだ。

 実現出来るのならば誰も損をしない、まさに快挙…………それを、実行役が士道という一点のみで女の感情から反発しているのだからその言い分はまさに自分勝手ここに極まる。

 しかもその自分勝手を言っているのが、封印はされているとはいえ精霊四体なものだから無視も出来ないというのを計算に入れた上で。

 

 だが、士道を得体も掴めない精霊に接触させることでの彼への命の危険に対する反発を、まだ言いがかりの軸にしなかっただけまだ抑えていたのかもしれない。

 

 自らの血溜まりに斃れ、狂三の影に吸いこまれた士道――――その光景は、忘れようと思って忘れられるものではない。

 士道の命の安全の話でもし口論になって激した時、七罪は正直士道の妹が乗っているこの〈フラクシナス〉とやらを、“駆逐艦エルドリッジ【フィラデルフィア実験船】”に変えない保証など無かったのだから。

 士道を八舞姉妹に任せたのは、それに巻き込まないように二人に士道を守ってもらうことも理由の一つだった。

 

 箍が一度外れ戻り切っていないのは、美九に限った話ではないのだ。

 

 

 

 

 

「どうするのかな………」

 

 春の暖かな陽射しの中で、やる気無さげな呟きが溶けていく。

 なんとなく駅前の繁華街をぶらつく渦中の五河士道―――だが、どうにも無気力さが先に立った姿だった。

 

 自分が今割とダメ人間である自覚はある。

 何せ昨夜は家に帰りづらいという理由で中学生の妹一人を両親が海外出張中の家に残し、女の子の家に転がり込んで泊まってしまったくらいだ。

 美九など嬉々として世話を焼いて甘やかそうとしてくるから、つい押しに負けて同じベッドで添い寝までしてしまった。

 

 仕方ない、といえば納得できるのか、いやそもそも納得する必要があるのかも分からないが。

 そう、分からない…………彼個人の本音はそんなところだった。

 

 謎のSFチックな空飛ぶ船に拉致されて一日。

 事の始まりは空間震警報が鳴っているのに妹の琴里の携帯のGPSが町中のファミレス前から動かないせいで、琴里と昼食をそこで約束していたこともありまさかとは思いながらも確認する為に皆に付き添ってもらいながらシェルターを出たところで感じた浮遊感だった。

 アブダクションされ、そこに現れた妹は態度どころか人格すら変わって現れ、見ず知らずの精霊を口説けと言い出す。

 

 正直、秘密結社がどうのと、琴里が設定に凝っただけだったならどれだけましだっただろう。

 あるいは、その精霊個人と関わりを持ち、何もなければ狂三の場合のようにその接触に乗り、妹は妹だからと言われるがままに琴里に従ったかもしれないが………士道には七罪が、美九が、夕弦と耶倶矢が居る。

 

 自分が狂三に殺されかけた後の彼女達の取り乱しよう……そして、半年は外で一人きりになれなかったほどべったりになった彼女達の心の傷を思えば、自分の身の振り方とはいえ軽々しく頷ける訳がない。

 今士道が一人で外を歩いているのだって、七罪達がまた琴里と話をしている最中であることの他に、士道が最悪天使で自衛出来るからというのが大きかった―――そうでなければ、一人になりたいと言ったって過保護気味になった彼女達がそれを許してくれた筈もない。

 

 一人になりたい、そう一人で考えたかった。

 平日は夕食前に学校から家に帰り、そこから登校まで士道が最も長く時間を過ごす場所は家であって、そこには琴里がいつもいた。

 おにーちゃんおにーちゃんと甘えてきて……あれはさて、演技だったのか。

 家族として接してきた士道をあんな目で見ながら危険な役に据えようとするのは、やはり騙されていたのだろうか。

 一方自分はそれでどうしたいのか。

 

 一人で考えても答えなど出ない、つまり分からないだけで。

 どの道士道本人に発言権が無いので、どうにもならないもので。

 

 自分の意思では何も変わらない状況に流されているだけの今に、心に溜まっていくもやもやだけでもせめて晴らしたくて、士道は一人で空を見上げた。

 

 

 太陽がちょうど雲に隠れ………水滴がその顔を打つ。

 

 

「……通り雨」

 

 それまで晴れていた天気が急に崩れたことを不思議に感じながらも、近くのゲームセンターの軒先に避難しながら肩掛けカバンの底に突っ込んでいた折り畳み傘を取り出す。

 ちょうどその隣に、今まで彼女について考えていた琴里と同じくらいの、静かな雰囲気の少女が佇んでいることに士道は気づく。

 

 ウサギの耳のような形をした飾りが特徴的なフード付きの外套に身を包んだ、儚げな顔立ちをした少女。

 それが鞄も何も持たずじっと通りを見つめているのを見て、士道はなんとなく声を掛けた。

 

「ねえ」

 

『?なんだい?』

 

「……っ?」

 

 返ってきた反応は、何故か少女が左手に付けていたウサギのパペットから。

 一瞬士道は面食らったが、それが腹話術と分かると微笑ましい気持ちになった。

 少女の唇は全く動いているようには見えないし、パペットの操り方も見事だったから、この年頃の少女がこんな凄い特技を持っていればそれは四六時中披露していたくもなるだろう、と。

 

 そんな彼女になんだか癒されながらも、士道は話を続ける。

 

「傘持ってないのか?それで帰れない、とか?大丈夫?」

 

『おおう………何か絶妙に勘違いされてる気がしなくもないよよしのん。でも確かに全部答えは“はい”だっ。あはははは、おにーさんいい人みたいだからありがとうって言っとくよ!』

 

「どうも。……そうだな、俺の傘使うか?俺はゲーセンで雨上がるまで暇つぶししててもいいからさ」

 

「、………っ!?」

 

 言いながらも士道は折り畳み傘を開き、少女にその柄を握らせてみた。

 一瞬びくりと身を震わせた少女だが、軒先に出した傘が雨粒を弾く様などを見て少し驚いたり興奮したりするので、なんだか小動物みたいで“妹”みたいで………士道も少しだけ笑顔になった。

 

『うわー、うわー、いいのこれ?すごいよあれだよ、よしのんもう返さないかもよ?』

 

「いいよ、濡れて風邪ひくなよ」

 

 うさぎパペット―――よしのん?にそう返しながらもつい癖でぽんぽんと士道は少女の頭を軽く撫でる。

 そこでさすがに初対面で慣れなれし過ぎたかな、と思った士道はそのままゲームセンター店内へと足を向ける。

 

 さて久しぶりに音ゲーでもやるかな、などと言いながら立ち去る士道の背中。

 それをじっと見送りながら少女は………その白い頬を微かに赤く染めていた。

 

 

 





 いつもより長め。
 キャラの心理描写とか思惑とかやってると切りどころ見失った………。


 そして恐らくシリアスに交渉とか議論とかしてるかもしれない琴里と七罪達を余所に蚊帳の外にされた本人である士道さんは、またもロリナンパ。
 あれ、なんかコントの匂いがしないでもない……?



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