君と居ると笑わずにいられない   作:まかみつきと

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 雁の大学を見学に行ってはどうですか、と陽子に言ったのは、冢宰の浩瀚である。

 朝も落ちついてきたことだし、政以外にも視野を広げておいた方がいいでしょう、というのが冢宰の提案だったが、ここしばらく書類に埋もれるようにして昼夜を問わず仕事をこなしていた陽子への、ご褒美兼休養なことは明白だった。

 学府ではあっても国官育成施設のようなところだから、学生以外では見て廻れる場所にも限界があるだろうが、齢五百年を数え学問も栄える雁と慶では、大学の内容も天地の差にちがいない。

 国土だけでなく国政と王を支える有能な官を育てる為にも、雁大学の見学は悪い提案ではなかった。

 もちろん、陽子にそれだけの任務が任されているわけではない。

 大学など教育を扱う専門の官はちゃんといるし、なによりこちらの学問、しかも雁の大学などで講されるような小難しいものを、陽子がわかるはずもない。

 なにを見てくるにしても、雰囲気がどうだったとか人数がこれくらいとかその程度しか報告できないのはわかっている。

 浩瀚もそこに期待しているわけではなく、息抜きにしてもただ余暇をもてあますよりは理由があったほうがいいということらしい。

 どちらにしろ、滅多にない機会であるには違いない。あとで聞かされた祥瓊や鈴などは、異口同 音に「たまには休んでいいってことね」と完全に休暇扱いしたものである。

 

 手際よく書類を仕分けながら、浩瀚が日付を確かめた。

「折りよく大学もいまは試験の時期から外れているそうですし、部外者がちょろちょろしていてもさほど気にはされないでしょう。手続きは取っておきますから、主上は誰か案内してくれる人に声をかけておいてください」

 ちょろちょろって……と白い目で浩瀚を見た陽子だったが、たかが十七、八の小娘が睨んだところで、海千山千の冢宰に通じるはずもない。

 しれっとした顔で供手すると、目下王宮最強の人物はこれで連絡は終わりとばかりに堂室を退室していった。

 強引な冢宰に呆れながらも、陽子は笑みが零れて仕方なかった。

 誰か案内してくれる人、と浩瀚は言ったが、雁の大学に知り合いなど、陽子は一人しかいない。

 (らん)のやりとりはしているものの、滅多に会えない友人。

 休みついでに彼に会ってきなさいと、そういうことだと思っていいのだろうか。

 自分で連絡を取れというからには、今日の執務はもうないのだろう。

 暇なときにでも目を通しておこうと思っていた瑣末な書類は、浩瀚が持って行ってしまったから、これはしなくていいという意味。

 すぐに連絡をとって、彼の時間が取れる日を聞いて、自分の予定を調整して。

 浮かれて自然弾む足で廊下に出た。そこへ裳裾を綺麗にさばきながら歩いてきた娘が、にこりと微笑む。

「あらお仕事終わったの?」

「うん、いまさっき」

 よかったこと、と(ねぎら)う女史を、陽子は満面の笑顔で拝んだ。

「祥瓊、忙しくなければ鸞鳥をよろしく。大至急で」

 忙しくなければと言いながら大至急と矛盾に満ちた王命を受けて、祥瓊が目を見張った。

「大至急とはただごとじゃないわね。なにがあったの?」

 眉をひそめる友人に、笑ったままで片目をつぶる。

「教えるから、鸞を連れてきて。お茶でも淹れておくよ」

「承知致しました、主上」

 あらまぁと笑った祥瓊が、おどけて拱手する。

 紺青の髪が楽しげに翻るのを見送って、堂室に戻った。

 たまにはこんな嬉しいことがあるのなら、王様稼業も悪くない。

 窓辺に置かれた卓机で鼻歌交じりにお茶を淹れながら、陽子はなんと言って彼に知らせようかと考えだした。

 




雁大学見学会行き直前の陽子。
見事に短くて申し訳ありません。(きりがよかったので)

『黄昏~』で王が相手でも平気で説教かます浩瀚様が大好きです。
彼は厳しいけどちゃんと息抜きもさせてくれる人、という印象。
一番楽俊を慶に引きぬきたいのは、陽子ではなくこの人ではないかと・笑
ところで、空位中、慶の大学は機能してたんでしょうか。
つーか、今やってんですか?レベル高くなさそうだなぁ(失言)


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