絢の軌跡   作:ゆーゆ

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悪魔の微笑

クロスベル発、寝台特急列車『メルベイユ』。

初のテスト走行を年初に終えたばかりの、最新型の夜行列車。

移動手段としてよりも、もっぱら鉄道旅行の場として利用されることが多いそうだ。

そんな豪華列車で私は今日、クロスベル市から帝都へ向かう手筈となっていた。

 

私がこの2日間でこなした依頼は、合計で11件。

全て非公式な依頼ということもあり、目立った報酬は無し。受け取るつもりもなかった。

その代わりにとミシェルさんが贈ってくれたのが、寝台特急車の指定室券だった。

元々私は滞在3日目の昼に、帝都方面行きの列車に乗る予定だった。

一方のチケットは夜行列車のそれ。裏を返せば、1日一杯夜まで働けということ。

特に不満も無かった。それに指定室券だ。個室で寝泊りをしながら列車で移動することができる。

一度は乗ってみたかったし、折角の好意を無下にするのも気が引けた。

 

そして10月の16日。

現時刻、午後22時。クロスベル駅前通り。

 

「アヤ、忘れ物は無い?」

「大丈夫。パンセちゃんにも宜しく言っておいてね」

 

特務支援課のメンバーとウェンディ。

ロイドが予告していた通り、皆が私を見送りに来てくれていた。

オスカーは今日も夜が遅いそうで、昼間に挨拶だけ交わしていた。

キーアちゃんは待ちきれなかったのか、既に夢の中。ツァイトと一緒にお留守番中だ。

 

「ロイド、セシルさんにも宜しく伝えておいて貰えるかな。今回も挨拶できなかったから」

「分かった。伝えておくよ」

「それにティオちゃん。ぬいぐるみ、ありがとね。きっと喜んで貰えると思うよ」

「いえ。同志に喜んで頂けるのなら、私も嬉しいです」

 

長いようで短かった、2泊3日のクロスベル。復興支援の旅は、今終わりを告げる。

前回の来訪に比べてたくさんの人と言葉を交わし、再会し、そして出会いがあった。

突き付けられた現実に、戸惑いを覚えた瞬間もあった。それでも満ち足りた時間だったと思える。

 

「昨日に続いてのお別れか。なんつーか、やっぱり寂しいもんがあるよな」

「そうね・・・・・・私達も、昨日からお世話になりっ放しだったもの」

 

皆が名残惜しそうな色を浮かべ始める。私だって、もう涙を堪える作業で手一杯だ。

ロイドとの繋がりがあったとはいえ、誰もが私を快く受け入れてくれた。

帝国からやって来た見知らぬ女性。そんな色眼鏡で見る人間は、誰1人としていなかった。

たった2日間の付き合いと割り切れる程、私は器用じゃない。

 

列車の時間まであと30分。少し早く出過ぎかもしれない。

当駅始発とはいえ、列車に乗れるまではもう少し時間が掛かってしまいそうだ。

少しだけ気まずい空気が流れ始めると、ロイドが一歩、私の前へと歩み出る。

 

「アヤ。君が来てくれて、本当によかったよ」

「え?」

「みんなとは短い付き合いだったけど、クロスベルを想う気持ちは一緒だろ。俺達はもう仲間だ。それに・・・・・・ここは紛れもない君の故郷なんだ。いつだって歓迎するよ。ずっと待ってるからさ」

 

言いながら、ロイドの右手が私の前へ差し出される。

言葉や仕草、そのどれもが彼らしい。素直にそう思えた。

 

彼の背後に目を逸らすと、案の定、やれやれといった表情の仲間達がいた。

エリィさんは昨日の朝同様、思わず目を逸らしたくなるような表情で私を見ていた。

 

「・・・・・・うん。ありがとう、ロイド」

「ああ。俺もっぅ痛たたたた!?」

 

だから私は、握力を最大限に引き出しながら、その右手に応えた。

もう夜更けなのに、大きな声を出さないでほしい。

手を解放すると、右手を押さえながらロイドが膝を折り、蹲る。

私はその様子を見下ろしながら、言った。

 

「私はね、ロイドのそういうところが、一番の魅力なんだと思うよ」

「み、右手が、右手がっ・・・・・・」

「でもさ、いつか痛い目にあう時が来るかもしれないじゃん?だから、今のはその忠告」

 

顔を歪めながら疑問符を浮かべるロイド。

その後ろでは、エリィさんとティオちゃんが盛大な拍手をもって賛同していた。

ランディさんとワジ君の表情は何だろう。畏怖、だろうか。それはそれで解せない。

ウェンディは特に変わりなし。日常風景を見るかのごとく、平然としていた。

 

まあ、人のことは言えないか。

ガイウスへの想いを自覚するまで、私も異性に対し、不用意な言動があったように思える。

もしかしたら、昔は常に一緒だったせいか、男女の境が曖昧なのかもしれない。

・・・・・・あれ?

 

「ねえウェンディ。もしかして、私のせい?」

「どうかしら。半分ぐらいはそうなんじゃない?」

「多いよ・・・・・・」

 

別れ際の名残惜しさはいつの間にか吹き飛び、乗車許可のアナウンスがホームから響き渡る。

いずれにせよ、彼にとっての特別。掛け替えのない女性の手を握る瞬間を願うばかりだ。

 

「じゃあみんな、バイバイ!」

「どうかお元気で。学院祭、頑張ってね」

「アスタルエゴ、おねーさん」

 

そして彼らと再会するその日まで。このクロスベルに、平穏が訪れますように。

そう願いながら、私は皆に別れを告げた。

 

________________________________

 

列車に身を揺られること約8時間。10月17日、午前6時前。

私はトリスタ駅に到着するより前に目を覚まし、食堂車へと足を運んでいた。

まだ早朝ということもあり、利用者はまばら。列車の走行音しか耳には入って来ない。

車窓から差し込む朝陽が心地良く、秋の到来が迫っていることを知らせてくれた。

 

こうも快適な列車旅は初めての経験だ。

腰や尻を痛めながら長距離を移動する特別実習と比べれば、雲泥の差がある。

あと1時間程で、ヘイムダル中央駅に到着する頃合いだろう。

その後は普通列車に乗り換えて、トリスタへ折り返せばいい。

 

「17日か・・・・・・」

 

10月17日、日曜日。今日が延期されていた住民投票の開催日。

結果がどうあれ、そこには法的な拘束力は一切無い。

ただクロスベルの情勢に、大きな影響を及ぼすことは、容易に想像が付く。

それに、結果は火を見るよりも明らかのように思える。

 

引き金となったのは、間違いなくあの襲撃事件に他ならない。

怒りと悲しみ。クロスベルには今、やり場のない住民の感情が積りに積もっている。

もしあるとするなら、それが今日。一気に噴出しても、おかしくはない。

 

「すみません。相席、いいですか?」

「え?あ、はい」

 

不意に背後から声を掛けられた。

合わせるように答えてしまったが、今はそこら中のテーブルが空席だらけ。

どうしてわざわざ、このテーブルに。そう思い振り返った瞬間、背筋が凍った。

 

「え・・・・・・」

「どーも、お久しぶり。1ヶ月半振りぐらいか?トリスタ駅以来だな」

 

帝国軍情報局所属。鉄血の子供達。宰相閣下が拾い上げた、才ある人間の1人。

レクター・アランドール大尉。8月の実習以来となる、予期せぬ再会だった。

服装はネルシャツにハーフパンツというラフな物だったが、一目で彼と認識できた。

 

「いやー、快適快適。一度これに乗ったら、他の列車に乗れなくなっちまうぜ。そう思わないかぁ?」

「あ・・・・・・その」

「そう畏まるなよ。俺はただ個人的に鉄道旅行を楽しんでんだ。ま、ガレリア要塞から帝都に帰るだけなんだがなぁ。ちょっとした贅沢ってやつさ」

 

思考が働いてくれない。

どうして大尉が、この列車に乗っている。今の言葉を信用してもいいのだろうか。

それを抜きにしても、この人の前ではやはり身体が委縮してしまう。

胸の中を覗き込まれるような感覚が、あのブルブランと対峙した時のそれを抱かせた。

 

「それで、アンタは学生だろ。日曜日の朝に、なーんで寝台特急なんかに乗ってんだ?」

「私は・・・・・・昨日まで、クロスベルにいたので。その帰りなんです」

 

私はクロスベルを訪れた一連の経緯を、大尉に話し始めた。

特に隠す必要性は見当たらないし、話したところで不利益を被るはずもない。

沈黙が続く方が居心地も悪いし、何かを話していた方が気が楽だった。

 

「なるほどねぇ。士官学院も粋な計らいをしてくれたもんだな」

「そうですね。言い方はアレですけど、充実した3日間を過ごせたと思います」

 

私が言うと、テーブルに2つの紅茶が届けられた。

ごく自然な動作で、大尉がそのうちの1つを私に差し出してくる。

思わずドキリとするような、大人の男性を思わせる、正に粋な計らいだった。

私はお礼を言いながら、そっとティーカップを口へと運んだ。

 

「なら、愛しのロイド君とも色々話せたわけだ。赤い星座の黒幕は掴めたか?」

 

口に運びかけたティーカップを、そっとソーサーへと置いた。

口を付ける前で良かったと思う。危うく唇を火傷するところだった。

数秒だけ間を置いてから、私は視線を落としたまま言った。

 

「そうですね。幼馴染なので、色々な話をしましたよ」

「そうかい。でもまあ、夜に出歩くのは感心しねえなぁ。彼氏に誤解されるし、『変質者』に覗かれたりするかもしれないぜぇ?精々気をつけな」

「・・・っ・・・・・・ご忠告、感謝します」

 

精一杯の虚勢を張って、答える。

私のそんな姿が余程面白かったのか、大尉は笑いを堪えるように、身体を震わせていた。

まるで身包みを剥されたかのような気分だった。

 

「・・・・・・あの、レクター大尉。あなたは、一体」

「言っておくが、今の俺はレクター・アランドール個人だ。情報局も一介の学生に構う程、そこまで暇じゃないんでね。だからこれは、俺からアンタへの忠告だ」

 

大尉はシュガースティックの封を切ると、それを少しずつ紅茶へ溶かし始める。

私が今置いたばかりの、紅茶の中へ。それで初めて気付かされた。

砂糖を入れるのを、忘れていた。驚き戸惑う私に構うことなく、大尉は続けた。

 

「あれよあれよという間に、随分と物知りになったもんだな。挙句の果てにはリベールの異変、あの真相を確かめるために、ラインフォルトの第2製作所へ探りまで入れる始末だ。ま、そいつはこの際どうだっていい」

 

1本目を全て注ぎ終えると、続いて2本目。

ゆっくりと2本目の砂糖が溶かされていき、その勢いがピタリと止まる。

私の好み。1本と3分の1の砂糖が溶かされたところで、手が止まった。

 

「アンタみたいな人間は何人も知ってる。俺達にとっちゃ、脅威でもなんでもない。だが怖いもの知らず以上に怖いものは無いんだぜ。身の程を弁えて、彼氏と宜しくやっとけよ。優しいお兄さんからのアドバイスだ」

 

捲し立てるように並べられた台詞が終わり、静寂が訪れる。

ガタンゴトンという走行音と、周囲の乗客同士の会話だけが、そっと鼓膜を揺さぶる。

 

何も言えなかった。答えも反論も、何も見つかりはしない。

昨晩、私とロイドが密室で交わした会話ですら、大尉は把握しているのかもしれない。

クロスベルを襲撃した集団の正体。その黒幕。真相は結局掴めず仕舞いだった。

態度から察するに、この人は知っている。その態度すらも、全て偽物の可能性だってある。

 

私は精一杯の力を振り絞り、何とか口を開いた。

どうしても、確かめたかった。

 

「1つだけ・・・・・・教えて下さい。大尉は、私達の味方ですか?」

「はっ、アンタにその質問は無しだろ?ノルド高原での一件を忘れたかよ。感謝される覚えはあっても、疑われるなんて心外だ。泣きたくなってくる」

「そ、それは・・・・・・す、すみません。その」

 

忘れてなどいない。だからこそ、分からない。

こうして話している今でも、この人が何者なのかが分からなくなってくる。

一瞬だけ結社の存在が連想されたが、そうは思いたくない。あってほしくない。

大尉は故郷の恩人だ。その事実だけとっても、疑いを持つこと自体、本来失礼では済まされない。

 

何かを言いたいのに、続かない。何を言っても、全てがひっくり返りがなら返って来る。

結局、言葉は見つからなかった。気付いた頃には、列車は既に減速を始めていた。

 

_________________________________

 

乗り換えの最中、一言も会話を交わさなかった。

列車を降りてから階段を上り、連絡通路を通ってトリスタ方面のホームへと降りる。

帝都で降りるはずの大尉が、何故私と同じホームに降りるのか。

たったそれだけの些細な疑問すらも、聞きそびれてしまっていた。

 

やがてトリスタ方面行きの列車がホームへ到着し、扉が開く。

この列車なら、午前8時過ぎにはトリスタ駅に着けるだろう。

私は列車へと乗り込み、ホームで立ったままの大尉へと振り返る。

 

「その。ありがとうございました。私はこれで―――」

「よお、交渉を成功させるコツを知ってるか?」

 

大尉はそう言いながら、一歩私から遠ざかる。

 

「手っ取り早く済ませるなら、拷問と一緒だ。外堀を埋めて、ちょいと痛い目にあわせてから出方を窺う。それで駄目なら、もっと痛い目にあってもらう。ま、その繰り返しだな」

「・・・・・・あの、一体何のことですか」

「勿論、痛い目にあうのは本人じゃない。そうだな・・・・・・アンタぐらいの年齢なら、恋人なんかが打って付けかもなぁ?」

 

その言葉の意味を理解できるまで、私は数秒間の時間を要した。

理解するに至ったと同時に、列車のドアが自動的に閉ざされていく。

 

「そ、そんな。まさか―――」

「言ったろ。知り過ぎると痛い目にあう。今後の教訓ってやつだ。もう『遅い』けどな」

 

扉の向こう側には、ゾッとするような微笑を浮かべた、悪魔が立っていた。

走り出した鉄の箱の中で、私はどうすることもできず、呆然と立ち尽くしていた。

 

_____________________________

 

乗車してから下車するまでの記憶は、ひどく曖昧だった。

改札を通ってからは、生きた心地がしなかった。

大粒の涙を流し、呻き声を上げながら、ただひたすらに走り続けた。

 

第3学生寮の扉を開けると、そこには皆がいた。

どういうわけか、自由行動日の朝にも関わらず、1階に皆が揃っていた。

ガイウスの姿だけが、見当たらなかった。

 

「あ、アヤ」

「み、みんな!ガイウス、ガイウスは!?」

 

荷物を放りながら駆け寄ると、そこにガイウスはいた。

床に座り込んだエマに介抱されるガイウスは、瞼を閉じながら、力無く横たわっていた。

 

「嘘・・・・・・が、ガイウス?」

「あ、アヤさん。落ち着いて下さい。今ベアトリクス教官が向かっていますから」

「突然倒れてしまって。呼吸はあるけど・・・・・・意識が、戻らないんだ」

 

夢だ。全部、夢であってほしい。

私が知り得た何もかもが夢だったら、こんなことにならずにすんだのに。

全部―――私のせいだ。

 

「ガイウスっ・・・ごめん、ごめんね・・・・・・ガイウスぅ・・・っ」

 

この時の私は、気付いていなかった。ガイウスの左手には、1枚の写真があった。

クロスベル市、中央広場。恋人のように寄り添う2人の男女。

写真には、ロイドの腕を抱く私が写っていた。誤解を解くのに、丸3日間の時間が求められた。

 

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※ここからは短編集、後日談になります。

 

 

『ノエルの送別会』

 

 

送別会が盛り上がりを見せるに釣れて、話題がころころと変わる。

私がこの場にいることもあり、今は私達《Ⅶ組》に関する話へと移っていた。

 

「元A級遊撃士か。すごい人が教官を務めてるんだな」

「普段は少しだらしないけど、尊敬する女性の1人だよ」

 

サラ教官に食付いてきたのは、やっぱりランディさん。

ランディさんは教官の容姿や人となりを、私に求めてくる。

 

「お酒が好きで、気が強くて・・・・・・やっぱり美人だと思うよ。年齢は20代前半だったかな」

 

20代前半。この部分は少しだけサラ教官におまけをした。

するとランディさんは目を輝かせながら、天井を仰いだ。

 

「おお・・・・・・か、かなりドストライクだぜ。アヤちゃん、俺に紹介してくれない?」

「ちょっとランディ。アヤさんを困らせるようなこと言わないでよ」

「あはは。でも教官も『いい男がいたらあたしを紹介しておきなさい』って言ってたし、どうしよっかな」

 

おっしゃー!とランディさんがガッツポーズを作りながら叫ぶ。

まあサラ教官には色々とお世話になっているし、ここらで恩返しといこう。

 

「課長さん、紹介したい女性がいます」

「あん?」

 

_______________________________

 

 

『2次会』

 

 

キッカケはワジ君の一声。折角だから、何かゲームをして遊ぼう。

そんな提案に、ランディさんは王様ゲームなるものを持ち出した。

女性陣からは大ブーイングだったものの、物は試しに1回だけ。

そんな流れで、私は生まれて初めての王様ゲームを体験することになった。

 

1回目。

王様⇒ランディさん「②(私)が⑤(ロイド)の恥ずかしい秘密を暴露する」

 

「小さい頃に一緒のベッドでお昼寝してたら、ロイドがお漏ら―――」

「だあああああああ!!?」

 

2回目。

王様⇒ティオちゃん「④(私)がロイドさんの恥ずかしい秘密を暴露する」

 

「そしたらロイドさ、『これは僕じゃなくてユイが―――』」

「だあああああああ!!?」

 

3回目。

王様⇒ワジ君「私がロイドの恥ずかしい秘密を暴露すればいいじゃない」

 

「嘘だとバレた瞬間、ロイドが泣きながら半裸で―――」

「だあああああああ!!?」

 

4回目。

もうクジを引く必要すら無かった。

 

_______________________________

 

 

『テスタメンツと姉御』

 

 

「これは共和国に伝わる伝説らしいけど・・・・・・もう20年以上も前に、それなりに名の売れたチームが、1人の少女に潰されたっていう話があるんだ」

「たった1人に、か?」

「少女がチームを潰す・・・・・・し、信じられないな」

 

「当時はまだ13歳の女の子だったそうだよ。『ノスフェラトゥ』って呼ばれてたんだって」

「通り名が既に悪魔だな」

「13歳!?俺達が少女に潰されるようなものか。恐ろしいな」

 

「その後は足を洗って、武人として生きる道を選んだって話だね」

「20年以上前ってことは、今は40歳前後ぐらいか?」

「伝説だし、全部嘘っぱちかもしれないな」

 

「・・・・・・それ多分、私のお母さん」

「「えっ」」

「お母さん」

 

その瞬間から、彼らは私を姉御と呼ぶようになった。

 

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『リリランタ』

 

クロスベル市旧市街区。

陽が沈めば、この街区には最低限度の光しか無い。

帝国暮らしが長かったせいか、夜の暗闇がやけに心地良く感じられる。

 

クロスベルを訪れた理由は1つ。

私にしかできないやり方で、故郷を支える。その思いに嘘偽りはない。

だというのに、胸の中に靄が掛かったかのような感覚に苛まれる。

 

「・・・・・・しょーもない音やな」

 

鍵盤ハーモニカを小さく鳴らすと、ひどく寂しげな音を奏でた。

音楽家にとって、楽器は鏡。音は鏡に映る自分自身。

 

彼を慕っていた人間は、1人を除いて誰もが大怪我を負い、入院していた。

どこにもいない。気落ちしていたらド突こうと思っていた拳に、行き場がない。

今頃どこにいるのか。誰も私も、知る由が無い。

 

このまま帰ってしまおうか。そういえば、帰りの列車賃が無い。

こんな状況では、歌や演奏で路銀を稼げるとは到底思えない。

無断で音楽院を抜け出してきた身だ。そろそろ帰らないと嫌な予感がする。

 

「何やねん。おもろない」

 

とりあえず、寝よう。いざとなれば、アヤに借りよう。

今日は何日だったか。ああ、そうだ。10月の16日の夜だ。

・・・・・・もうおらんやんけ。やっぱりおもろない。

 

_______________________________

 

 

『仲直り』

 

 

「ね、ねえ。ガイウス」

「今日の夕食、美味しかったね。少し食べすぎちゃったかも」

 

「・・・・・・」

 

「ユーシスのエビフライを横取りしたら、すっごい怒られてさ」

「あ、あはは」

 

「・・・・・・」

 

「あのさ、ガイウス」

「・・・・・・ガイウス」

 

「・・・・・・」

 

「誤解、なんだよ?」

「日曜日から言ってる通り。ロイドとは何もないから」

 

「・・・・・・」

 

「ガイウス・・・・・・」

「・・・・・・ガイ、ウスぅ」

 

「・・・・・・」

 

「やだよ・・・・・・もう、いやだよ」

「こっち、向いてよぉ・・・っ・・・」

 

「・・・・・・」

 

「うぅ・・・・・・こんなの、やだ」

「ぐすっ・・・うぇぇ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「ひぐっ・・・・・・うぅっ」

「ごんなに・・・ずぎ、なのにぃっ・・・・・・」

 

「・・・・・・アヤ」

 

「え。が、ガイウス?あ―――」

 

 

____________________________

 

 

『仲直りを見守り隊』

 

 

「こちらエマです。アリサさん、聞こえますか?」

 

『ええ、聞こえるわ。キルシェ2階からは難しいわね。アヤの左半身しか見えないわ』

 

「そうですか。ラウラさん?」

 

『ブランドン商店屋根裏からなら、ガイウスの姿は確認できる』

 

「アヤさんの全身を確認したいところですね。フィーちゃん、ミリアムちゃん?」

 

『んー、話し声は聞こえるかな?もう少し壁が薄ければよかったのにねー』

 

『夕食がどうとか言ってる』

 

「話題にムードの欠片もないですね・・・・・・」

 

『それにしてもこの通信機、便利よね。皆の声が聞こえるだなんて』

 

「通信範囲に課題は残りますが、流石はジョルジュ先輩といったところですね」

 

『でも、3日間も進展がないのは予想外』

 

『ふむ。既に誤解は解けているはずだが、何故ガイウスは折れぬのだ?』

 

『つまらない男の意地ってやつよ。意外に小さいのね』

 

『身体は大きいのにねー』

 

『腐れ外道』

 

「そ、それはともかくとして。この分だと、今日も仲直りは難しそう―――」

 

『あ!ちょっとみんな、アヤが泣いてるわよ!』

 

『なんだとっ・・・・・・』

 

「アリサさん、それは何の涙か分かりますか?」

 

『・・・・・・多分、普通に泣いてるわ』

 

『あーあ。ガイウス泣かせちった』

 

『エマ、壁殴っていい?』

 

「だ、駄目です。意味がありませんよフィーちゃん」

 

『ガイウスは微動だにしないが・・・・・・むぅ。あの男は何をしているのだ』

 

『ガーちゃんでぶん殴ろっか?』

 

『落ち着きなさいミリアム。導力弓ならピンポイントでいけるわ』

 

「死人が出ます。どちらも絶対に駄目です」

 

『でも流石にこれは見てられ・・・・・・あら?』

 

『むっ?』

 

「アリサさん、ラウラさん、どうしました?」

 

『・・・・・・っ!!』

 

『・・・・・・っ!!』

 

「もしもーし。アリサさーん。ラウラさーん」

 

『・・・・・・ぅゎ』

 

『・・・・・・ぉぉぅ』

 

「ど、どうしたんですかお二人とも!?」

 

『ねえエマ。何か変な声が聞こえる』

 

『ガサゴソ音が聞こえるね。寒いから着替えてるのかな?』

 

「え・・・・・・あっ!」

 

______________________________

 

 

『別働隊』

 

 

「おいポーラ、状況を教えろ。一体何がどうなっている。俺と代われ」

「・・・・・・ぁぅ」


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