絢の軌跡   作:ゆーゆ

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復興支援①

10月15日。

クロスベル市の西通り街区、アパルトメント『ベル・ハイム』。

 

起床と共に目に入ってきた、見慣れない室内。

この部屋で夜を過ごしたのは、もう10年以上も前の出来事になる。

初めての友人宅での寝泊り。普段とは違うベッドで眠ると考えただけで、心が躍った。

 

(5時半、か)

 

私の隣。寝床を共にしていた私の幼馴染は、ベッドの中で小さな小さないびきをかいていた。

10年前は真新しく、広々と感じたセミダブルサイズのベッドも、今となっては窮屈極まりない。

お互いにそれだけ大きくなった。10年という時の流れを実感できる、貴重な一時だった。

 

「ウェンディ、朝。もう5時半だよ」

「・・・・・・ん。お願い、あと10分」

 

そう言って10分後に起きる人間などいない。

強引に引きずり出そうかとも思ったが、今のウェンディに無理強いはできない。

少しでも多くの休息が必要だ。この街には、彼女に救われた人間が数多くいる。

 

隣のベッドで眠るパンセちゃんに気を配りながら、音を立てないようにベッドから出る。

さて、どうしたものか。この一室の住民は、2人とも夢の中。

こうしてお世話になっている身だし、朝食の準備ぐらいはしてあげたい。

まずは私自身、頭をスッキリさせよう。荷物の中からタオルを取り出し、洗面所へ向かった。

 

______________________________

 

午前5時45分。

アパルトメントの屋上で両腕を左右に広げながら、深々と深呼吸を3回。

朝の冷たく澄んだ空気が、全身に流れ込んでいく。息が白くなるのは、もう少し先の季節になる。

 

「んー・・・・・・はぁ。みんな、早いなぁ」

 

眼下に広がるクロスベル市の街並み。

陽が昇り始めてまだ間もないというのに、既に住民の姿がちらほらと見受けられる。

角材を肩に担ぐ者。土砂を運ぶ大型運搬車。

独特の重低音を奏でるフォークリフト。木材に釘を打ちつける金槌音。

誰もが復興と再建に向けて、それぞれの役目を全うしていた。

絶望や諦めは感じられない。それが私にとって、何より嬉しかった。

 

 

 

遡ること1週間前。10月8日、午後17時52分。

クロスベル市は8月の通商会議に続き、テロリスト集団による襲撃に見舞われた。

その被害規模は甚大。警察署は倒壊し、旧市街は巨大な炎に包まれた。

湾岸区の貿易ビルは爆薬による爆破で跡形も無く、IBC本社ビルは巨大な瓦礫と化した。

劇団アルカンシェルの大スターは重傷を負い、現在も意識不明の重体。

傷跡を挙げようと思えば際限がない。塞がりかかった傷もあれば、未だ生傷も存在していた。

 

一連の蹂躙劇は、帝国は勿論、周辺各国に強い衝撃を与えた。

特に大陸経済の中心地であるIBC本社ビルが破壊された事実は、一晩で大陸全土を巻き込んだ。

ラジオや新聞といった数々のメディアも、連日クロスベルに関する報道に追われていた。

 

騒動の翌々日、10月10日。月曜日の早朝。

私を含めた5人の士官学院生が、ヴァンダイク学院長の下に集められた。

クラスも学年も違う、見知らぬ生徒同士。共通点はクロスベルにあった。

 

1人1人が担任と面談を行い、被害の規模を聞かされた。

私のように、既に聞き及んでいる生徒がいた。そこで初めて知らされた生徒もいた。

とある男子生徒は、1人だけ別室へと連れて行かれた。

数分後、室内から悲鳴と喧噪が聞こえてきた。男子生徒は気を失っていた。

後に人づてに聞いた話では、彼の父親はクロスベルの警備隊に勤めていたらしい。

それだけで、事情は察せられた。彼に釣られて、涙を流す女子生徒がいた。

 

クロスベル市を襲ったテロリスト集団は、今も行方を眩ませている。

再びテロ襲撃が発生する危険性を考慮し、帝国では民間人のクロスベル方面行きが規制された。

それが解除されたのが、昨日の出来事。私は居ても立っても居られず、サラ教官に懇願した。

私だけではなかった。クロスベルに縁を持つ生徒は、皆がクロスベル入りを申し出た。

目的はそれぞれ。その目で肉親の安否を確かめたい者。現実を受け止めたい者。そして私。

こうして私達は3日間の滞在が認められ、士官学院を通して、正式な出国許可を得るに至った。

 

私は今日が2日目。

昨晩の深夜、私はロクな準備もせずに、最終列車に乗ってクロスベル駅に降り立った。

呆然とした。1週間の時が経ち、順調に再建が進みつつあると聞いていた。

深夜だというのに、生まれ故郷が負った傷の深さを、目の当たりにした。

導力灯の光に包まれていたはずの夜の街並みが、一部は漆黒の闇に包まれたままだった。

 

同時に、途方に暮れた。私は宿の手配さえしていなかった。

ホテルや宿場喫茶は、襲撃の影響でその大半が休業していた。

もう半分は、行き場を失った被害者の避難所として開放されていた。

私は外国からやって来た身。彼らと寝床を共にするのは、気が引けた。

 

私は友人であるウェンディを頼りに、彼女らが暮らすアパルトメントを訪ねた。

もう深夜帯だというのに、アパルトメントの入口で、仕事帰りの彼女とばったり出くわした。

聞けば襲撃事件以来、もうずっとそんな生活が続いているそうだ。

ウェンディのような技術者は、今のクロスベルにとってどこでも重宝されるらしい。

そんな経緯で、私は10月15日の朝をクロスベルで迎えていた。

 

「みんな・・・・・・頑張って。私も頑張るから」

 

多くの死傷者が出た。立ち直るには、まだ時間が必要だ。

生まれ故郷の力になれるなら、私は何だってする。

できることは限られているかもしれない。私を知る人間は、もうこの街には少ない。

どうだっていいし、見返りはいらない。滞在を許可されただけでも恵まれている。

まずは、朝食の準備をしよう。それが今回の旅の、初仕事だ。

 

________________________________

 

部屋に戻ると、案の定ベッドの中で熟睡するウェンディがいた。

帰宅して僅か5分でベッドに入ってしまったウェンディ。

結っていた髪を解き、作業着を無造作に脱ぎ捨てただけ。

そのだらしなさが、彼女の疲労の程を表していた。

 

「ウェンディ、起きないと。もう6時近いよ」

「むー・・・・・・」

 

ウェンディがごしごしと目を擦りながら、下着姿で扉へと向かう。

こらこら、そっちは玄関だから。浴室はこっちだってば。

 

ウェンディを誘導してから、パンセちゃんのことを思い出す。

まだ学生だし、起床するにしてはこの時間は少し早過ぎる気がする。

そう思っていると、パンセちゃんは自然とベッドから半身を起こし、こちらを向いた。

 

「あ、おはようパンセちゃん。起こしちゃった?」

「むー・・・・・・ううん。おはよー、おねーさん」

 

言いながら、ウェンディに続いて洗面所に向かうパンセちゃん。

何だかんだ言いつつ、こうして見れば姉妹に他ならない。

1つ1つの細かい仕草がウェンディにソックリだった。

 

台所を借りて3人分の朝食を準備した後、私達は同じテーブルを囲んだ。

顔を洗って朝食を食べ始めたウェンディは、見違えるように復活してくれた。

 

「はー。何か久しぶりに温かい朝ご飯を食べた気がするわね」

「ごめんね、勝手に台所を借りちゃって」

「構わないわよ。こっちこそ助かるし・・・・・・ウチ、こんなにポテト余ってたっけ。パンセが買ってきたの?」

「あたしじゃないわよー。おねーさんが持ってきたんだよね?」

「あ、あはは」

 

ロクな準備をしていなかった私が持参したのは、最低限の着替えと日常品。

そして食堂にあった、ほっくりポテトが詰まった麻袋。何故それを取ったのかはよく分からない。

お腹を空かせた住民のために。そんな安易な発想だったのかもしれない。

まあポーラからのお裾分けの行き場に困っていたし、丁度良かったと思えばいい。

ポテトサンドにポタージュ、サラダ。ユーシスが見たら発狂しそうな光景だった。

 

「それで、ユイは何でクロスベルに来たの?しかもこんな大変な時に」

「昨日話したじゃん・・・・・・それと、ユイじゃなくてアヤ」

「ああ、ごめんごめん」

 

私は昨晩に続いて、クロスベルを訪ねた経緯を打ち明けた。

2人もクロスベル市の現状を話してくれた。現地で暮らす2人の生の声は、大変貴重だった。

 

損壊した建物や設備は、まだ再建の目途が立っていない。

まずは被害に遭い居場所を失くした市民の生活と、負傷者の手当てが最優先。

それらを支えるには、麻痺してしまった交通網と、生活基盤の復旧が求められる。

 

幸いにも市外には大きな被害が無く、各地から支援の手が届けられていた。

一部手付かずの街区はあるものの、順調にライフラインは回復しているとのことだった。

 

「人手はあるけど、導力機器の修復がどっさりとウチに回ってくるのよ。おかげでフル残業もいいところだわ。本業でもないし、残業代が出るのか心配ね」

「本当にお疲れ様。これ、余分に作っておいたから、お昼にも食べてよ」

「え、ホント?」

「夜も何か作ろっか。お世話になってる身だしね」

「・・・・・・ねえ。私達、結婚しない?」

 

間に合ってます。

言いながら、黙々と朝食を口に運ぶパンセちゃんに視線を移す。

美味しく頂いてくれているようだが、口数は少ない。私のことは、よく覚えていないらしい。

最後に会ったのはもう7年前。彼女がまだ5~6歳ぐらいの頃の話になるし、無理もない。

 

「お姉ちゃん、今日もおそいの?」

「多分ね。今日はアヤがいるから、ご飯はアヤと食べるといいわ。レイテさんには今度お礼を言っておくから」

「・・・・・・分かった。そーする」

 

あの頃から、パンセちゃんの口癖は『お姉ちゃんみたいにはならない』。

フェイさんの熱心な教育の甲斐なく、全く導力機器に興味を示さなかった。

その態度は今も変わらない。そうウェンディに聞かされていた。

 

ただ、今のパンセちゃんからは、そういった嫌悪は感じられない。

寧ろウェンディに対し、思うところがあるように見受けられる。

身を粉にして故郷のために働く姉の姿から、何かを感じ取ったのかもしれない。

 

「それで、こっちに来てから誰かと会った?」

「まだ誰とも。気にはなるけど、みんな無事みたいだしね。邪魔しちゃ悪いと思って」

 

昨晩の遅くに来訪したこともあり、2人以外の知人とはまだ顔を合わせていない。

会いたいと思う気持ちはある一方で、今は誰もが復興作業で多忙の極みなのだ。

郷愁に駆られて動くわけにはいかない。幸いにも、知人の中で被害にあった者はいなかった。

 

「そうかしら。私はみんな喜ぶと思うわよ」

「うーん・・・・・・まあ、少し考えてみる。ねえウェンディ、あの写真なんだけどさ」

 

それは木製のボードに、ピンで留められた複数枚の写真。

半分はウェンディらが写った家族写真。もう半分は、ある飛空艇の写真。

初めはカレイジャスかと見間違えた。が、形状や色合いが異なっていた。

 

「ああ、ほら。通商会議でリベールからお偉いさんが来たでしょ。その時に撮った写真よ」

 

大陸最速の翼、アルセイユ。

写真とはいえ、その全貌を目にしたのはこれが初めてのことだった。

ウェンディ曰く、お店の展示用カメラを拝借して、夢中になって撮りまくったそうだ。

細かな違いはあるものの、こうして見ればカレイジャスと瓜二つだった。

 

「思えば今年に入ってから色々あったわね。アヤが戻って来てくれたことも、その1つだけどさ」

「あはは、私もそう思う。帝国もそうなんだけど、クロスベルも、ね」

 

教団事件に通商会議。そして今回の襲撃事件。

新聞や雑誌、そしてロイドからの手紙で知り得た様々な事件に出来事。

帝国に負けず劣らず、この1204年は、激動の年のように思える。

 

それらはバラバラなようでいて、どこかで繋がっている。

帝国解放戦線。身喰らう蛇。その毒牙に、このクロスベルまでもが侵されている。

どこでどう繋がっているのか。それを知る由が、私には無い。

 

「あ、私はもう行かなきゃ。ごめん、後片付けも任せちゃっていい?」

「勿論。行ってらっしゃい、ウェンディ」

「が、がんばって。お姉ちゃん」

 

私とパンセちゃんに見送られながら、ウェンディが急ぎ足で部屋を後にする。

私もそろそろ行動しよう。何せ滞在時間は限られている。

目的はあくまでクロスベル市の復興支援。そのために遠路遥々足を運んだ。

 

だが一方で、確かめたいことがある。噂の真意を確かめる必要がある。

私が持つ人脈は2つ。2つの目的を達成するには、やはり両者を訪ねるしかなかった。

 

__________________________________

 

「・・・・・・来ちゃったよ」

 

結局、来てしまった。

2つの人脈のうちの1つ。2つの目的のうちの、1つを叶えるために。

築30年以上が経つ、旧クロスベル通信本社。そして、現特務支援課ビル。

3ヶ月前にも足を踏み入れた建物が、目の前に佇んでいた。

 

こうして来てみたはいいものの、まるでキッカケが掴めない。

支援課のリーダーが幼馴染。ほとんど部外者と言ってもいい。

こんな大変な時期に訪ねていいものかどうか、判断が付かなかった。

まだ早朝なこともあって、通信で連絡を取るのも気が引けた。

 

「うーん・・・・・・うん?」

 

玄関前でうんうんと唸っていると、背後から気配を感じた。

振り返ると、そこには超然とした雰囲気を纏う、大きな警察犬の姿があった。

 

「あ、本体さん・・・・・・じゃなくて、ツァイト。久しぶりっ」

「がるるっ」

 

屈みながら、頭の上にそっと右手を乗せる。

噛み付かれないか冷や冷やしたが、見た限りでは敵意は感じられない。

あるわけないか。それに、すっかり忘れていた。

確かめたいことが、目の前にも存在していた。

 

「ねえ、あの小鳥。ランって呼んでるけど、あれって本当にツァイトの分身なの?」

 

返事がない。唯の警察犬のようだ。

そんな誤魔化しが通用するわけがない。喋っている時点で唯の鳥ではないし、犬ではない。

もふもふと、その深い毛並みを手で弄り遊ぶ。ノルドの羊を思い出してしまった。

 

「何か言ってよ。この間も変なこと言ってたし、気になるんだから」

「・・・・・・」

「私の胸の間によく入ってくるけど、ツァイトも変態さん?」

「がるるっ!?がうっ!」

 

突然牙を剥いたツァイト。否定しているのだろうか。

少なくとも、私の言葉を理解しての反応だろう。やはり普通ではない。

それにこれは、確かな感情に他ならない。人が発するそれと、何も変わりはしない。

 

いずれにせよ、怒らせたままでは話が進まない。が、からかってみるとこれは面白い。

うりうりと、ツァイトの顔を胸元へと埋める。そんなことをしていると―――

 

「ツァイト、朝っぱらからうるさいです」

 

―――声と共に、玄関の扉が開かれた。1人の少女が、その先に立っていた。

視線が重なり、たっぷり数秒間の沈黙が訪れる。

その空気に耐えきれず、私は口を開いた。

 

「あ、あはは。その、おはようございます」

「・・・・・・おはようございます」

 

とりあえずの朝の挨拶。それが言えただけでも上出来かもしれない。

対する少女も、訝しむような表情で私に応えてくれた。

当然その先が続かない。早朝から玄関先で、犬に胸元を押し付ける、見知らぬ女性。

傍から見れば、不審者ととられてもおかしくはない。いや、どう見ても不審者だ。

 

「あのー、どちら様ですか」

「えーと。私、ロイドの知り合いで。彼、いますか?」

「ロイドさんですか。はい、いますけど・・・・・・」

「あー!アヤだー!」

 

ミリアムを思わせる快活な声が、周囲に響き渡る。

続いてシーダのように、腰元へタックルのごとく抱きついてくるもう1人の少女。

ライムグリーンの鮮やかな長髪と、純粋無垢な笑顔。忘れるはずがなかった。

彼女も3ヶ月前の来訪を、まだ覚えてくれていたようだ。

 

「あはは。久しぶり、キーアちゃ―――」

「き、キーア!不審者に抱きついては駄目です!」

 

すぐさまキーアちゃんを引っぺがしに掛かる少女。

言葉に出されると辛いものがあった。やはり私は不審者だった。

 

私達のやり取りを聞きつけたのか、後方からぞろぞろと男女の姿が集まってくる。

その中に、お目当ての男性がいた。3ヶ月前と、何も変わってはいなかった。

 

「あ、アヤ?アヤなのか!?」

「はぁ・・・・・・久しぶり、ロイド」

 

大きな溜息を付きながら、正面の男女らを改めて見詰める。

合計で7名。その遥か後方に、煙草を咥える課長さん。

全員、美男美女揃いだなぁ。そんな詮無いことを考えてしまった。

 

_______________________________

 

ロイドのおかげで、私の身元は皆の知るところとなった。

全くの初対面ならまだしも、課長さんやキーアちゃんとは面識がある分、話はスムーズに進んだ。

それに通信を介して、この中の何人かとは既に会話を交わしていたことも、いい方向に働いた。

 

「というわけで、今回は復興作業をお手伝いするために来ました。どこかでお会いするかもしれませんし、その時は宜しくお願いします」

 

挨拶と同時に頭を下げると、ぱちぱちと拍手の音が耳に入ってきた。

漸く好意的に受け入れて貰えたようだ。少なくとも不審者の域は脱することができた。

 

私に続いて、支援課の面々も一言二言の挨拶を私に送ってくれた。

当然だが、私の中では既に名前と顔が一致していた。

設立当初の4人は、クロスベルタイムズでも大々的に取り上げられていた。

後に加わった2人についても、ロイドから話に聞いていた。

 

「ふふっ、先々月ぐらいかしら。支援課に通信を掛けてきたのは、アヤさんだったんですね」

「そうですね。夜分遅くにすみませんでした」

 

エリィ・マクダエルさん。

かのヘンリー・マクダエル州議会議長の孫娘であり、支援課の初期メンバーの1人。

年下とは思えない程に大人びていて、超が付く美人さん。

そんな彼女が何故警察官になったのか、少しだけ気になるところではある。

 

「いやー、ロイドにこんな可愛い子ちゃんな知り合いがいたとはな。今度俺とデートでもどう?」

「あはは。同じ口説き方をされたって、ウェンディが言ってましたよ」

 

ランディ・オルランドさん。

元々は警備隊に所属していたそうで、今は支援課の年長者。頼り甲斐のある兄貴分。

そうロイドから聞かされていたが、随分と軽いノリが目立つ男性だ。

ガイウスの中身をクロウにしたら、こんな風になるかもしれない。うん、止めよう。

 

「・・・・・・先程はすみませんでした」

「ううん、私の方こそ突然訪ねちゃってごめんね」

 

ティオ・プラトーちゃん。

その幼い外見とは裏腹に、少女らしからぬ言葉遣いが特徴的な女の子。

支援課に来る前は、エプスタイン財団に身を置いていたらしい。

まだシーダより少し上ぐらいの年だろうに、やはり支援課に来た理由が気にはなる。

 

「士官学院・・・・・・軍人を養成する学校ですね。話には聞いたことがあります」

「私の場合、軍を目指しているわけではないんですけどね。進路は色々あるんですよ」

 

ノエル・シーカーさん。階級は曹長。

先々月から支援課に入った新メンバーで、ランディさんと同じく、元警備隊所属。

今は出向という形で、支援課の活動を通して勉強中と聞いていた。

若手の中では将来を期待されており、導力車の運転技術に秀でているそうだ。

その真っ直ぐな目と雰囲気からは、ラウラを思わせる何かがあった。

 

「先々月はどうも。君の恋人には宜しく言ってくれたかい?」

「言ってないよ・・・・・・」

 

アンゼリカ―――じゃない。ワジ・ヘミスフィア君。

元不良グループの長、副業でホストというまるで理解が及ばない経歴の持ち主。

一応、他方面からの推薦で支援課のメンバーに加わったという話ではある。

先々月の会話では、何やら意味深なやり取りがあった。あれは一体何だったのだろう。

 

「アヤは準遊撃士見習いの資格を持ってるんだ。きっと復興の力になってくれると思うよ」

 

リィン―――じゃないってば。ロイド・バニングス。

昔と何も変わっていない一方で、同じ警察官だったお兄さんの面影がある。

私の後ろを走っていた彼はもういない。支援課のリーダーとして、立派に働く男性に他ならない。

そして平然とした顔で甘い台詞を吐く。3ヶ月前、ついつい想い出に浸ってしまった。

 

ともあれ、一度ロイドの職場の面々と会ってみたいとは思っていた。

実動隊が6名に、課長さんが1人。そしてキーアちゃん。

これがクロスベル警察、特務支援課。私達《Ⅶ組》を連想させた。

誰もが異色の経歴を持ちながらも、その絆は強いように感じられた。

 

そんな中、私達のやり取りを後方で聞いていた課長さんが、咥えていた煙草を持ちながら言った。

 

「遊撃士か。あいつらも猫の手を借りたいぐらいだろうからな。力になってやるといい」

「そう言って貰えると嬉しいです。できる限りの助力をさせて頂きます」

 

話に聞いていた通り、遊撃士協会とはいい間柄を築けているようだ。

私が動くことでロイド達の負担が減るなら、尚更頑張るしかない。

 

そう考えていると、ワジ君が右手を挙げながら言った。

その表情は先程までとは打って変わって、真剣そのものだった。

 

「でも、君が帝国人だってことは、伏せておいた方がいいんじゃない?」

 

彼に釣られて、皆の表情も固まった。空気も変わった。

それが意味するところは、1つしかない。

 

「おいワジ。そういう言い方はないだろう。アヤは―――」

「いいよロイド。私も噂ぐらいは聞いたから」

 

初めて耳にしたのは、列車の中。次に、ウェンディの口から直接聞いた。

実しやかに流れるその噂を考えれば、このクロスベルにとって、帝国人は紛れもない敵。

私が何を言ったところで、否定はできない。真実は私には知り得ない。

身元を伏せた方がいいのなら、私は喜んで従うつもりだった。

 

「ま、その辺は別としてだ。復興が進んでるって言ってもまだまだ時間掛かっちまいそうだし、人手が増えるんなら素直に喜んでいいんじゃねえの?」

「そうね。わざわざ帝国から足を運んでもらった以上、私達は彼女に感謝すべきだわ」

「いえ、私は別に気にしてないですよ」

 

それは本心だった。

変に気を使われるよりかは、ワジ君のようにハッキリと言ってくれた方が寧ろスッキリする。

彼も悪気があったわけではないはずだ。憎まれ役を買って出てくれたと考えた方がいい。

 

「アヤ、ワジにいじめられたの?」

「ううん、違うよキーアちゃん・・・・・・私、ワジ君の言う通りにするよ。客観的に考えて、私もそうした方がいいと思う」

 

私が視線を送ると、ワジ君が肩を竦める仕草を見せる。

随分と損な役回りをする。この辺はユーシスに似ているかもしれない。

 

感心していると、隣に立つロイドが私の肩を叩きながら言った。

 

「宜しくお願いするよ、アヤ。それで、今日は何か用があって来たのか?」

 

周囲の視線が、私へと一手に注がれる。

別に幼馴染に会いたかったわけではない。当然、目的はある。

ただこの場合、皆の前で口にするのは躊躇われた。変な誤解を生む恐れもある。

だから私は口を手で囲みながら、ロイドの耳元で囁くように言った。

 

(今晩、2人っきりで話がしたいんだけど。時間作れる?)

「え?2人っきりで話って、何か相談でも―――ぶほぁっ!!?」

 

思わず本気で拳打を叩き込んでしまった。

どうしてわざわざ復唱する必要がある。それぐらい察しろ。

恐る恐る背後を振り返ると、キーアちゃんを除いた全員が、所謂ジト目で私達を見ていた。

とりわけエリィさんが、勘ぐるような目で私を見てくる。誤解だってば。

 

不穏な空気が流れ始めたところで、課長さんが手を叩きながら話の方向を変えた。

 

「まあ長話もなんだ。おいノエル、お前も何か話したいことがあるんだろ」

「え?」

「顔にそう書いてあるしな」

 

今度は私を含めた7人分の視線が、ノエルさんへと向いた。

彼女はやや俯いた姿勢で、考え込むような素振りを見せた後、再び顔を上げた。

 

「随分と悩みましたけど・・・・・・昨晩、決めました。あたし、警備隊に復帰しようと思います」

 

その目からは、確かな決意と意志が力強く感じられた。

延期された住民投票を3日前に控えた、早朝の出来事だった。


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