絢の軌跡   作:ゆーゆ

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終章
Aya's Diary


10月1日、金曜日。

 

月が変わっただけなのに、今夜は一段と冷え込みが強い気がする。

思えば日記を書き始めたのは先月の初め。そろそろ1ヶ月が経つ。

入院中だけのつもりが、我ながらよく続いていると思う。

疲れがひどい時なんかにサボることはあるけど、既に日課になりつつある。

熱しやすく冷めやすい。二者択一を迫られたら、私はそんな性格だと思っていたから少し意外。

 

ガイウスに冷めることはない。ガイウス大好き!

 

なーんて書いても、誰も見ることはない。それがストレス発散になっているのかもしれない。

誰かに見られたらどうしよう。問答無用でぶん殴ってもいいよね。

日記は見せる物じゃないっていうアリサの台詞が、今なら理解できる。やっぱり殴っていい。

 

明日からは待ちに待った湯治場旅行。

行先がリィンの故郷、ユミルということもあって、今日はその話題で持ちきりだった。

土曜日曜と、特例の2連続自由行動日を設けて貰ったのは、少しだけ気が引ける。

まあ皇帝陛下から直接招待されたともなれば、当然の待遇かもしれない。

私は勿論、みんなも心身共に疲れ切っている。今月から多忙な日々が続くというのに。

しっかりと英気を養って、学院際に向けて頑張ろう。

 

昨晩、あの列車に乗り合わせた車掌さんから手紙が届いた。

顔が赤くなるぐらい、感謝の言葉で埋め尽くされていた。

驚いたことに、士官学院宛てで、同じような手紙が届いていた。

おかげで私が準遊撃士見習いとして行動していたことが、皆にもバレてしまった。

私の知らないところで話は飛躍して、たった1日で色々な人から声を掛けられるようになった。

恥ずかしいことこの上ない。そっとしておいてほしい。

 

でも手紙を貰ったこと自体は、素直に嬉しい。私にとって、あれは私だけの特別実習だった。

同時に遊撃士としての初仕事だったのかもしれない。なら、あの手紙は初報酬。

少し恵まれ過ぎている気がするけど、この気持ちを大切にしよう。

何故遊撃士が身を粉にして働くのか。多分それは、今の私の中に答えがある。

 

現地ではステージ演奏の楽器やポジションの割り振りを発表すると、エリオットが言っていた。

私は既に決まっているようなもの。気になるのは曲調だけ。それが一番厄介ではある。

衣装も気にはなるけど、動きやすくて最低限が見えなければ不満は無い。

 

「おいおい、お前さんの最低限ってどこまでだよ?」ってクロウが聞いてきた時のこと。

間髪入れず、ガイウスが無言でクロウの肩を掴んだ。多分本気で。

夏ぐらいから、ガイウスは感情を露わにすることが増えた。うんうん、いい傾向だと思う。

 

明日も早いし、今日はここまで。

ミリアムも今までで一番の笑顔を振りまきながら、ベッドの上ではしゃいでいる。

あんな調子で今夜眠れるのかな。少なくとも私が無理。頑張って寝かせよう。

 

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10月2日、土曜日。

 

少し色々なことがあり過ぎた。

この気持ちが色褪せないうちに、書き留めておこうと思う。

 

アンゼリカ・ログナー先輩。

今思えば、初めて言葉を交わしたのはグラウンドだった。

突然首筋に鼻を当てられて、匂いを嗅がれた。思わず放った掌打は、見事に受け流された。

翌日にはキルシェでお手伝いをしていた時に、お客さんとして現れた。

唐突に気を当てられて、面食らった。先輩の実力を肌で感じたのは、あれが最初だった。

 

それからは何度も顔を合わせては、私の不安定な力をコントロールする術を、叩き込んでくれた。

子供が蛇口のハンドルの捻り方を教わるように、繰り返し水を流し続けた。

私はそれを月光翼と呼ぶようになり、確かな力として今も息づいている。

 

記憶はある。忘れるはずがない。

実技テストそっちのけで、四肢だけを武器としてお互いに殴り合ったことも。

入院中、心を弱めて下を向いていた時、私を受け止めてくれたことも。全部私の大切な思い出。

だからもっと思い出したい。数え切れないぐらいの会話をしたはずだから。

その全てを思い起こしたい。初めから日記を書く習慣があれば、こんな思いをせずに済んだのに。

 

・・・・・・やめやめ。辛気臭すぎる。先輩に泣くなと言われたばかりだしね。

今頃リィンはどうしているかな。考えるまでもないか。彼ならきっと受け止める。

別に今生の別れというわけでもないし、私には先輩が託してくれた武具がある。

 

うん、決めた。先輩の手甲と鉢がねを付けて、ステージ演奏に出よう。

衣装とは全くと言っていい程合ってない気がするけど、刀剣を振るって踊るわけだし。

きっといいアクセントになる。否定されたら有無を言わさず迫ってやる。

 

 

 

閑話休題。

温泉郷ユミル。思っていた通り、冷たくて澄んだ空気がとても美味しい。

本格的に冷え込むのはこれからみたい。私はこれぐらいが丁度いいと思う。

招かれた建物も、由緒正しいとーりゅー(←豆乳?)施設とかで、私には勿体無いぐらい。

 

まあ一番驚いたのは、エリゼちゃんに手を引かれて、リィンの実家に案内されたこと。

大まかにはこんな感じ↓だった。

 

「お母様、お父様。姉様をお連れしましたっ」

「フッ、久しく見ないうちに綺麗になっ・・・・・・リィン!?」

「いや、私は」

「あらあら、いつの間にか胸もこんなに大きっ・・・・・・リィン!?」

「いやああぁ!?」

 

一瞬でも見間違われたのが衝撃的だった。兄様と姉様を聞き間違えただけだと思いたい。

ガイウスといいサラ教官といい。似てるのかなぁ、私とリィン。

 

それは置いといて。リィンのご両親からは、感謝の言葉をこれでもかというぐらい頂いた。

私とエリゼちゃんが帝都地下で生き埋めになったことを、リィン達から聞き及んでいたらしい。

2人がどういう形で話したのかは分からないけど、私は娘を救った命の恩人として扱われた。

否定しても仕方なかった。あれから1ヶ月ぐらい、リィンも事ある毎に良くしてくれたっけ。

おかげで美味しそうなユミル産のお土産をたくさん貰った。ひゃっほー!いえー!

 

漸くステージ演奏の役割が決まった。

私は予想通り、剣舞役。ミリアムにフィーと一緒に、バックダンサーとして踊ることになった。

ちなみにガイウスはベースという楽器。音楽史でも習った楽器だった。

見た目はシタールと共通点があるけど、基本的には別物らしい。ガイウスも大分苦労しそう。

 

学院際まであと3週間。このまま何も無く、順調に準備も進んでほしい。

遠くから女性の悲鳴が聞こえてきた。何だろ。区切りもいいし、今日はここまで。

 

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10月3日、日曜日。

 

昨日以上に、事が起き過ぎた。正直なところ、余り思い出したくない。

リィンやみんなには悪いけど、あの笑い声が頭から離れない。

 

ブルブランとは、また対峙することになるとは思っていた。でも、あの男は別。

7年前の過去を知るガイウス、リィンとラウラは、私の態度で察したと思う。

サラ教官も気付いているかもしれない。

余りにも唐突な再会に、ひどく浮ついてる。自分のことなのに、まるで他人事のよう。

 

猟兵に襲われたあの日。

もしヴァルターがオーツ村に立ち寄らなかったら、私は間違いなく殺されていた。

あの男のせいで、私は生き延びてしまった。異常な力を与えられ、独りになった。

あの男のおかげで命を拾い、戦う力を手に入れて、私は今ここにいる。

 

昔は恨み憎んでいたと思う。4年間の孤独はそれぐらい辛かったから。

今はどうなんだろう。身喰らう蛇の執行者として、その存在を許すわけにはいかない。

あの組織が引き起こした事件で、数え切れない人々が犠牲になった。

こうして書いているだけで、主観と客観が入り混じってくる。自分が分からなくなってくる。

全ての過去を受け入れたつもりだったけど、違ったのかも。

 

リィンが一歩前に踏み出せたこと。それが唯一の救い。

以前私が見た夢は、紛れもない彼の過去だった。

私達に打ち明けてくれたのは、素直に嬉しい。余程の覚悟が必要だったんだと思う。

 

ブルブランにヴァルター。また私達の前に現れた時、私はどうすればいいのか。

リィンのように、その覚悟はしておこう。あの2人は、私達の敵に他ならない。

 

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10月6日、木曜日。

 

忙しくなるとは思っていた。それでも甘かった。

日記も3日間飛んだ。今日もどうしようか悩んだけど、何とか頑張ってみる。

 

学院際の準備が思った以上にキツイ。

馬術部では2年生の有志による発案で、乗馬教室のようなものを開くことになった。

初心者に経験者、どちらも楽しめる場を提供する、がコンセプト。

現状では人や設備、用具がまるで足りてない。とりわけ人の手が深刻かも。

初心者には特に安全面に配慮する必要がある。

経験者には競技場のように本格的な場を設けないと、楽しめない。

書いているだけでも気が遠くなってくる。あと2週間と少ししかないのに。間に合うかな?

 

みんなも各クラブの展示や発表の準備に追われてる。

授業が終わった途端に、足早にそれぞれのクラブに顔を出しては精を出す。

無所属のはずのリィンが一番忙しそうなのはいつものこと。少し癒される。

あれは掛け持ちって言った方がいいかもしれない。

 

そしてステージ演奏の準備。

今は各パートに分かれて、個人個人で練習をしている。

これが一番の課題。時間が無いし、場所も無い。そう、場所が無ーい!

 

通常の練習は、当然音楽室の一角を借りて行う。

でも私達には本当に時間が無い。授業の合間や自由時間を使わないと、練習が追いつかない。

時間内なら学院の敷地内で練習できるけど、夜は当然学生寮での自主練習になる。

 

そうして始まるバラバラな演奏会。各部屋から響いてくる楽器音。

ボーカル組の歌声と、私達3人組のダンス音。時々マキアスとユーシスの罵声。

開始1日目にして、近隣住民から苦情の嵐だった。

お詫びの品を抱えながらトリスタを走り回るシャロンさんに、みんなで頭を下げた。

 

音が響かないよう工夫すればいいだけなんだけど、それが叶わない人間も当然いる。

ラウラの打楽器もやりようはある。が、本番と同じ物を使いたいと頑として退かない。

常に両腕と背に打楽器一式を抱えて歩き回り、時間と場所を見つけては練習に励むラウラ。

不器用と真っ直ぐを通り越してかっこいい。あと可愛い。

 

今日も今日で2階からあーだこーだと言い合う声が聞こえてきた。

何だその腑抜けた声は!君こそ半音ズレただろう!云々。

最近はお決まりになってきた。そんなやり取りを終わらせるのは、いつもエリオット。

 

「僕はどっちも○○だと思うな」

 

ガイウス曰く、初日の評価がこれ。日記に書くのも気が引ける。

昨日は何故か『ドローメ』という単語が聞こえたらしい。

どうして歌声の評価にドローメが引き合いに出されるのかが分からない。

 

眠い。最近ランがノートをよくかじる。鬱陶しい。

 

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10月7日、金曜日。

 

私達の悩みを耳にしたジョルジュ先輩が、一晩でやってくれた。

防音性のフィールドを展開することができる導力装置。やったねラウラ!

仕組みは飛空艇に使われている、防風圧の装置を流用しているらしい。

その力のおかげで、飛行中にも甲板へ出ることができるそうだ。

よく分からないけど、悩みが1つ減ったのは素直に嬉しい。頑張れラウラ!

 

当の私、ミリアムとフィーは、学生寮の裏庭を使っていた。

初日に部屋で舞ったが最後、周辺の壁やベッドシーツを見事に斬り裂いた。

模造刀を使ったのに、加減を間違えて剣圧でやってしまった。

練習も本番も、ミリアムとフィーを上手く躱しながら舞う必要がある。これが難しい。

それにテンポが未だ掴めていない。東方とこの国の音楽は、根本が違ってる。

一方の2人は初日から息が合っていた。今の調子なら、心配は必要なさそう。

迷惑を掛けてしまわないよう、私も頑張りたい。

 

ガイウスは至って順調。ベースの扱いにも大分慣れてきている。

元々芸術派なところがあるから、音楽にも向いているのかもしれない。

手先も器用だし、指使いがすごい。あはは。うん、知ってた。あははのはー。

 

今日は10月の7日、金曜日。

クロスベルの独立の是非を問う住民投票が、2日後の日曜日に行われる。

新聞や雑誌を読んでいる限りでは、過半数の票が賛成に集まる見込みらしい。

当然、それを冷ややかな目で見る反対派も、クロスベルには存在する。

理想を取るか、現実を取るか・・・・・・私なら、どうするんだろう。

極論を選ぶには、私は知り過ぎている気がする。何が起きるか分かったものじゃない。

 

そういえば最近、ロイドからの手紙が来ない。

先月末に返事を書いたのが最後で、それ以来見ていない。

住民投票が近いし、ロイドも忙しいのかもしれない。

手紙だけを読んでいると、特務支援課って遊撃士協会以上に多忙そうに思える。

 

先月に入ってから、ロイドとの手紙のやり取りは楽しくもあり、怖くもある。

手紙を貰う毎に、私には知り得ない事実が1つ、また1つと見えてくる。

オリヴァルト殿下は国境を『殻』と例えた。実際には、もっと分厚い何かのように思える。

勿論、嬉しいこともある。ロイドがレンちゃんを知っていたこともその1つ。

やっぱりあの3人は紛れもない家族。今度会ったら、もっとレンちゃんとも話をしてみたい。

 

それに手紙だけじゃなく、もう一度クロスベルに行きたい。

と言っても、時間が無い。自由行動日を使っても、行って帰ってで終わってしまう。

クロスベルと関わりがある人間は、士官学院1つとっても私だけじゃない。

クロスベルで暮らしている親戚がいる、とか。一時クロスベルで暮らしていた、とか。

サラ教官の話では、そんな生徒は複数人いるらしい。でも、遠い。離れ過ぎている。

独立問題の件もあるし、一度でいいから故郷を見てみたい。どうにかならないかな。

 

今日は久しぶりにランと一緒に寝ようと思う。

ランは最近口数が少ない。元から少なかったけど、少し心配。

折角人目を避けて時間を作っても、一言二言で会話が終わってしまう。

かと思えば、人が貧乏揺すりをするみたいに、私のノートをかじってくる。

何か悩みでもあるのかな。いや、鳥に悩みなんてないか。いやいや、鳥じゃなくて犬だった。

いやいやいや。ヨシュアの言葉に習うなら・・・・・・何だっけ。

 

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10月8月、土曜日。

 

放課後、エリオットが音楽室で『空を見上げて』をピアノで弾いていた。

お母さん一番のお気に入り。私にとっては思い出の曲。当然エリオットもそうなんだと思う。

彼のお母さんが作った曲だし、私にとってはお母さんの剣みたいなものなのかも。

実習の最中に帝都で買ったレコードは、キルシェで流す曲の定番になった。

 

嬉しさの余り、口笛でエリオットの演奏に乗っかった。

エリオットもノリノリで弾いてくれた。やっぱり音楽となると人が変わる。

曲が終わった後、「口笛じゃなくて歌ってよ」と何度もお願いされた。

私の歌声を知るのは、エリオットとミリアム、入院中に書いた9月9日付の日記だけ。

音楽家ってすごいと思う。少なくとも人前で歌うなんて、私にとっては罰ゲームでしかない。

 

エリオットは気分転換にピアノやヴァイオリンを弾くことが多いらしい。

色々な楽器に触ったことがあるみたいけど、好みはその2つ。

得意な楽器もそう。それもお母さんの影響だって言っていた。

今日が練習の初休日なのに、気分転換にピアノを弾くってどういうことだろ。流石エリオット。

 

帰り際に変な相談をされた。

「もし僕の予感が当たったら、アヤの歌声と思い出を、僕に貸してくれないかな」

書いてみても、まるで理解できない。どうなるっていうの、エリオット。

 

そういえば、クロスベルタイムズの最新号を買っていなかった。

明日の朝にミヒュトさんのところへ行こう。高いけど。すっごい高いよ!

先月の一件以来、新聞や雑誌はクロスベル問題に関する話題で持ち切り。

テロリストの脅威が去ったこともあって、入れ替わるようにクロスベル色に染まった。

いよいよ明日が住民投票。開示結果はラジオでも速報される。どうなることやら。

 

そう、テロリストはもういない。言い方は悪いけど、呆気ない、と感じてしまう。

今わの際に、彼らは何を思ったのだろう。この国には、結局何も残せていない。

不思議なことに、胸の中にぽっかりと穴が開いたみたいな、そんな感覚があった。

 

短いけど今日はここまで。眠気がひどい。

明日は久しぶりにキルシェで気分転換をしよう。

 

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「ふぅ」

 

日記に走らせていたペンを置き、目頭を押さえる。

ミリアムは既に夢の中。私もそろそろベッドに入っておこう。

演奏の練習で疲れも溜まっている。明日の1日で全てをリセットする必要がある。

 

「・・・・・・あれ、ラン?」

 

ふと窓の方に目をやると、窓際で静かに佇むランの姿が目に入った。

いつからこの部屋に。今までにも勝手に入ることはあったが、普段なら当然気付くはずだ。

 

ミリアムに気を配りながら、足音を潜めて歩を進める。

ランは外を一点に見詰めながら、微動だにしない。

外に何かあるのだろうか。そう思い窓から外を見渡しても、何もない。

天気が悪いわけでもない。夜の暗闇と静寂が、目の前に広がるだけだった。

 

「ねえ、どうしたの。ねえってば」

 

聞こえていないはずがない。が、やはりランは動かない。

剥製のように固まりながら、一向に私の声に反応しない。

 

かと思いきや、突然その羽根を羽ばたかせ、頭上へと飛び立った。

・・・・・・驚かさないでほしい。危うく声を上げそうになってしまった。

やがてランは私の右肩へと着地し、呟くように言った。

 

『発現したようだな』

「はつ・・・・・・え、何?」

 

再びランがだんまりを決め込む。

やはり最近、様子がおかしいように思える。何かあったのだろうか。

どうせ聞いても答えてはくれない。少しだけ寂しさを感じた。

 

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翌朝。

朝食をとった後、私は予定通り、質屋ミヒュトへと足を運んだ。

目当ては勿論クロスベルタイムズ。最近は私が頼まなくとも、気を利かせて入荷してくれる。

もう少し安くしてくれたら、もっといいお客さんになってあげるのに。

 

「おはようございます、ミヒュトさん・・・・・・と、サラ教官?」

 

正面扉を開くと、店内にはいつものようにカウンターで新聞を広げるミヒュトさん。

そしてサラ教官の姿もあった。今日はやけに朝が早いと思っていたが、ここにいたのか。

 

「サラ教官も来てたんですね。何か探し物ですか?」

「そんなところよ。あなたは?」

 

私が言う前に、お目当ての品物がカウンター上に放り投げられる。

流石はミヒュトさん、隙が無い。

彼の副業を知って以来、私の中では文字通り「何でも屋」になりつつある。

 

お礼を言いながらクロスベルタイムズを受け取り、カウンターに代金を置く。

そこで初めて気付いた。2人の表情が、普段と違う。

始めは普通だったはずのそれが、知らぬ間に変わっていた。

 

「あのー、どうかしましたか?」

「ん・・・・・・おい、話してやったらどうだ。遅かれ早かれ、知ることにはなるだろうしな」

 

私はサラ教官から全てを聞いた。

テロリストの脅威は既に、この国から去った。久方ぶりの平穏が訪れつつあるはずだった。

標的を変えるように。通商会議をなぞるように。

私の生まれ故郷は昨晩、大きな傷を負っていた。

知らぬ間に、住民投票は延期せざるを得なくなっていた。




突然ですが、次話より話の舞台が変わります。
アヤが豚汁を作る話です。

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