絢の軌跡   作:ゆーゆ

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ラマール本線の戦い②

「あーもう、これだから融通の利かない軍人は嫌いなのよ!」

「まあまあ。特急に乗れただけでも運がよかったじゃないですか」

 

時刻は午前11時過ぎ。

結局私とサラ教官は、帝都発オルディス方面行きの特急列車に乗ることになった。

各停なら13時を回ってしまうが、特急なら30分程度は短縮できる。

 

トワ会長は帝都に留まり、予定通り情報収集に当たっている頃合いだろう。

朝方に出発したというアンゼリカ先輩らも、同じタイミングでルーレに着くはずだ。

 

「それにしても、日曜日なのに・・・・・・乗客、少ないですね」

 

周囲の人数を大雑把に数えながら言った。

日曜日の午前中といえば、もっと混雑するイメージを抱いていた。

それにオルディス方面ともなれば、観光目的の乗客が多いという話も聞いていた。

だというのに、私達が乗る車両には指の数で足りる程度の乗客しか見受けられない。

 

「無用な外出は控えるようにって、政府から公式に呼び掛けているからでしょう」

 

それを抜きにしても、テロリストが未だ捕まっていないこんな状況では無理もないか。

列車のダイヤも装甲列車の出動の影響か、本数自体が減ってしまっているようだ。

この列車が発車するより20分程前に、あの装甲列車も先んじてオルディスへと向かっていた。

 

「それで、オルディスに着いたらどうしますか?」

「まずは状況を把握するわ。こうしている間にも、常に状況は動いているものよ」

「・・・・・・飛空艇の話、あれって確かなんですよね」

「当然。だからこそオルディスでも衝突が起きている。分かっていることでしょう?」

 

別に疑っていたわけではない。

トワ会長もサラ教官も、2人の情報筋は信頼してもいい。そのはずだ。

私はただ、認めたくないだけなのかもしれない。

 

今月に入ってから、私にはいくつもの出会いがあった。

同時に、多くの闇に触れた。国内外から、嫌になるぐらい嫌なものを知った。

それはずっと蓄積してきたもの。長年に渡り続いた鉄鉱石の横流しのように。

積りに積もった何かが今、満を持して一気に噴出しようとしている。

 

緊張感が漂いつつも、平穏はある。

何も知らされることなく、変わらない日常を送る人々もいるかもしれない。

いつまで続くのだろう。私達の日常は、あとどれだけ残されているのだろう。

卒業まであと1年と半年。まだ4分の1だ。なのに、先が見えてこない。

 

「顔を上げなさい、アヤ」

「え?」

 

そんな私の胸中を知ってか知らずか、サラ教官が言った。

その表情は、私が大好きなサラ教官。数える程度しか見たことがない、慈愛に満ちた女性。

フィーを拒絶した時。帝都地下から生還した時。昨日、意識を失う間際。

温かく包み込んでくれた、サラ教官の顔。思わずお母さんと呼びたくなる。

 

「溜まったら酒でも飲んで晴らせばいいでしょ。知ってる?オルディス産のトゥインクルって発砲ワイン。あれが滅茶苦茶美味いのよ」

「知ってますよ。一度しか飲んだことないですけど、あれは格別ですよね」

「買って帰ろうかしら。何なら今夜付き合いなさい」

「あはは。殴っていいですか?」

「あら、昨日散々殴ったくせに足りないわけ?」

 

前言撤回。そして想像戦闘。

息が合った者同士でこそ可能な、頭の中で繰り広げられる打撃戦。

私が打ち込んだ瞬間、見事な下突きで腹部を突かれ、膝が折れる。

・・・・・・駄目だ。体術でもこの人には敵いそうにない。何をやっても返される。

 

「でもまあ、あなた益々リィンに似てきたわね」

「リィン?私がですか?」

「トワと協力して苦労を背負い込むなんて、ソックリじゃない」

 

言われてみれば、確かにそうかもしれない。

先週なんかは特にそうだった。だが『益々』の意味合いが分からない。

 

「益々って。以前ガイウスにも何度か言われたことありますけど、似てますか?」

「んー。ほら、《Ⅶ組》じゃ黒髪は2人だけだし」

「髪色だけじゃないですか・・・・・・」

 

強いて言うなら、あとは戦術リンクレベルが突出して高い。それぐらいだ。

もっと言えば、エリゼちゃんの呼び方が兄様姉様とお揃い。これはまるで関係が無い。

 

「お母さんに似てるとはよく言われ―――っとと」

 

不意に、身体が前のめりになる。

反対側の座席に座るサラ教官は、背もたれに背中がピタリとくっ付く。

どうやら列車が減速を始めたようだ。

 

「・・・・・・あれ?この列車、特急ですよね?」

「変ね。この辺りは駅も無いはずだけど」

 

私達が乗ったのは、オルディス行きの特急。

オルディスの駅に着くまでは、道中の駅には止まらない。アナウンスでもそう言っていたはずだ。

だというのに、列車は段々と減速していき、遂には停車してしまった。

車窓を開けて辺りを見渡しても、どこまでも続く平原しかない。何かあったのだろうか。

 

他の乗客もざわつき始めた頃、頭上から車内アナウンスの声が耳に入ってきた。

 

『緊急停止信号が確認されたため、当列車は一時運転を見合わせております。繰り返します。緊急停止信号が確認されたため―――』

 

停止信号。これも5月の実習でアリサが言っていた信号のことだ。

何かトラブルが発生した際に、安全を優先して列車の緊急停止を指示する赤信号。

察するに、この先で何かがあったのだろう。

 

「よりによって今?やれやれ、ツイてないわ」

 

特急に乗れたと思いきや、これである。確かに運が悪い。

アナウンス通りなら、この列車自体には問題は生じていない。

この先の線路か、先を行く列車に問題が発生したと捉えるべきか。

そうなると、いつ運転再開の目途が立つかが―――

 

「―――待って下さい。おかしいです」

「え?」

 

帝都でセントアークの実習を思い出したせいかもしれない。

知らぬ間に、道中の信号を確認する度に、その色を目に焼き付けていた。

青、青、青。全部青だった。通り過ぎた鉄道信号は、全て例外無く青色を示していた。

赤だったら気付かないはずがない。

 

「それは確かなの?」

「はい。見逃していなければ、の話ですけど」

 

私の話を聞いたサラ教官は、腕を組み顎に手をやりながら、考え込む素振りを見せる。

すると車両の先頭から、制服を着た添乗員と思われる男性が入ってきた。

添乗員は周囲の乗客に一言ずつ声を掛けながら、こちら側へ歩を進めてくる。

おそらく運転を停止したことについて、詫びと説明をして回っているのだろう。

 

「どうしますか?」

「そうね・・・・・・まあ、聞いてみるしかないわね」

 

サラ教官が近寄ってきた添乗員を呼び止める。

周囲に漏れないよう声を潜めながら、真っ直ぐに疑念を投げ掛けた。

 

「申し訳ありません。当列車は緊急停止信号により―――」

「その信号が青かったって、この子が言っているんですけど。本当にそうなんですか?」

 

サラ教官が言うと、男性の表情が一瞬だけ変わった。

教官でなくとも分かる。この人は何かを隠しているはずだ。

とはいえ、ここで長時間引き留めておくわけにもいかない。

教官の追及に対し、男性も頑なに否定するばかり。このままでは埒が明かない。

 

通じるかどうか、こうなったら一か八かだ。

私は胸元から遊撃士手帳を取り出し、それを男性の眼前に置いた。

 

「遊撃士協会の者です。事情だけでも話して頂けませんか」

「遊撃士・・・・・・君が?」

「それに、この人は元A級の遊撃士です。何かお力になれるかもしれません」

 

この国で遊撃士の存在が希少になってから、約2年間の時が経つ。

それでも民間人よりかは特別視されるはずだ。私はともかく、元A級ともなれば説得力がある。

 

男性は一旦席を離れ、腰元の通信機らしき物に向けて口を動かし始めた。

誰かと会話を試みているようだ。1分間程の通信の後、男性は再び私達に歩み寄り、口を開いた。

 

「先頭の運転台まで来て下さい。事情はそこでお話しします」

 

すぐにサラ教官と視線が交差した。

やはり停止信号ではない、何か不測の事態に陥っているに違いない。

 

「いい観察眼と判断力ね。アヤ、ついて来なさい」

「はいっ」

 

珍しく褒め言葉を口にしたサラ教官は、男性に続いて運転台を目指し始めた。

私はサラ教官の背中を追いながら、思わずにやけてしまった表情を正す。

別に褒めてくれなくていい。ついて来いと、背中を見せてくれるだけで構わない。

私の前を歩いていてほしい。目標とするもう1つの背中は、まだまだ遠いはずだから。

 

_______________________________

 

運転台で頭を抱えていた車掌さんが、掻い摘んで話してくれた。

 

第一報は、この列車の先を行く装甲車両から入った。私達が帝都で見たあの列車だろう。

内容は至って単純。すぐに列車を停止しろ。それだけだった。

正確に言えば、直後に通信が途絶えてしまい、詳しい状況を確認することができなかった。

 

次に入ったのが、帝都中央駅からの通信。

ヘイムダル運輸司令所から、何らかの指示が下りた。

かと思えば、今度はこの列車の通信機能が急に不調を訴え始めた。

何度通信を試みても、聞こえてくるのはザーザーという雑音だけ。

 

「要するに、何も分かっていないってわけね」

「はい・・・・・・運転を再開するわけにもいかないですから。現在係員が通信の復旧を試みている状況です」

「あのー、魔獣除けの導力装置は大丈夫なんですか?」

「それは問題ありません。確実に作動しています」

 

それだけでも一安心だ。5月の騒ぎのように、魔獣の襲撃に怯える必要はない。

だがこのままでは状況は何も変わらない。通信が復帰さえすればいいのだが。

ARCUSも試してはみたが、通信機能は使えそうにない。最寄りの駅からでも離れ過ぎていた。

 

「アヤ、あなたならどう判断する?」

「復旧を待ちながら待機するしかないと思います。駅も装甲列車も遠過ぎます」

「100点満点。0点か100点しかない以上、それしかないわね」

 

列車の動向は帝都の司令所が全て把握している。

立ち往生している以上、遅かれ早かれ応援が駆けつけてくれることは間違いない。

今はそれを待つしかない。下手に動いては何が起きるか分からないし、やはり待機しかない。

 

いずれにせよ、私達も席に戻った方がいい。

どう見ても学生にしか見えない私が運転台にいては、乗客も不審に思ってしまう。

 

「サラ教官、私は席に戻ります」

「そうしましょ。あたしも―――」

 

サラ教官が言葉を切ると、後方からどよめきのような声が聞こえてくる。

次に聞こえてきたのは、車両の走行音。列車ではない、これは導力車のものだ。

近くの車窓から頭を出すと、道なき道を駆ける装甲車が数台、確認できた。

 

「救援にしては随分と早いわね。車掌さん、あれは?」

「最寄りの駅から出動してきた部隊だと思います。各駅に鉄道憲兵隊の詰所がありますから」

 

合計で4台の装甲車が、私達がいる先頭車両の傍らに停車した。

5月の事件の際には、大型の装甲車が複数台派遣され、乗客を全員帝都へ送り届けてくれた。

それに比べれば、確かに数が少な過ぎる。先行して駆けつけてくれたのだろうか。

 

装甲車の扉が開くと同時に、車掌さんとサラ教官が車両から降り立ち、私も続く。

それと同じタイミングで、装甲車から1人の軍人が姿を現した。

フィーやクロウを思わせる、銀髪の細髪に目を引かれる男性だった。

 

「第8065列車に間違いないな。君が責任者か?」

「はい、そうです」

 

車掌さんが首を縦に振ると、軍人は私とサラ教官に視線を向けた。

思いっきり怪訝な表情だった。まあ25歳の女性と制服を着た19歳の女子ともなれば、当然か。

 

「この2人は誰だ」

「えっと、この方々は遊撃士の―――」

「紫電のバレスタイン」

 

声を遮るように、サラ教官が唐突に二つ名で名乗りを上げる。

その手には、知らぬ間に導力銃と剣が握られていた。

 

途端に軍人の顔色が変わった。先程までとは打って変わって、態度も豹変したように思える。

それは勿論いい方向に、だ。駅で素っ気無く返された時とは大違い。

自己紹介は状況に応じて変えるものよ。そう言いたげな表情で、教官はウインクを私に向けた。

 

「失礼。一武人として、噂は聞いている。時間と人手も無い、あなたにもご協力願いたい」

「まずは状況を説明して貰えるかしら。一体何が起きているわけ?」

 

紫電の名乗りが功を奏したのか、無駄1つないやり取りが交わされていく。

 

内容は私達が把握しているそれと大差無い。

装甲列車の緊急停止が確認されたかと思いきや、どういうわけか通信が繋がらない。

ただ1つだけ、私達が知らなかった事実。事態が深刻だと判断されたのは、ここだった。

一時的にではあるが、通信自体は繋がった。通信機から聞こえてきたのは、声ではなく喧噪。

けたたましい戦闘音。そして―――銃声と爆発音。

 

「銃声ね。確かに穏やかではなさそう」

「駅や司令所の通信は繋がっている。直に救援も駆けつけるとの連絡を受けている。我々は司令所の指示に従い、状況を確認するために先行するつもりだ。同行願えるか?」

「勿論。お堅い正規軍人にしては話が分かるじゃない」

「レミフェリア出身でな。従妹がクロスベルで遊撃士をしている」

「・・・・・・そう。髪の色、よく似ているわ」

 

男性が笑い、サラ教官が笑う。何か共通の話題があるようだ。

 

装甲車の扉が開かれると、サラ教官は迷うことなく車内へと足を踏み入れる。

私はどうすればいい。口に出す前に、サラ教官の指示が私に向けられた。

 

「念のためにあなたは待機。ARCUSは絶対に手放さないこと。いいわね?」

「分かりました。気を付けて下さいね」

 

扉が閉まった途端、4台の装甲車が線路に沿いながら唸りを上げた。

置いて行かれたわけではない。この場合、寧ろ光栄に思うべきなのだろう。

駆けつけた装甲車が全台、騒動の場へと走り去っていく。

万が一に備えて、私はこの場を任された。そう考えれば、責任は途方も無く重い。

 

隣を見ると、青ざめた表情の車掌さんが立っていた。

捲し立てるようにあんなことを言われれば、責任者といえど動揺は隠せないと見える。

無理もないし、責める気は更々無かった。

 

「さてと。じゃあ、乗客の皆さんに説明して回りましょうか」

「そ、そうですね。詳細は伏せておきましょう」

「賛成です。列車の設備的なトラブルということにして、無用な混乱は避けて・・・・・・私、手伝ってもいいですか?」

「是非お願いします。乗客の皆様も安心して頂けるかと。この国にも、まだ遊撃士がいたんですね。心強い限りですよ」

 

一気に胸が熱くなり、奥底から何かが込み上げてくる。

多分私は、今の言葉を生涯忘れない。何度も噛み締めながら、私は車両内へと戻って行った。

 

___________________________________

 

ずっと考えていた。

この現象の裏にある真実。一体何が起きているのか。

今分かっていることは数少ない。先行する装甲列車に、何かが起きた。

銃声という事実がある以上、やはり穏やかではない事態に陥っていることは確かだ。

 

これもセントアークの実習後と同じ。

この状況下で不利益を被るであろう存在。得をする人間。

それさえ突き止めれば、きっと真実が見えてくる。

 

(・・・・・・同じ、だよね)

 

運転台からの景色を眺めながら、考える。

同じなのだ。何度繰り返しても、全てが同じ。

あの実習の時と、同様の答えに辿り着いてしまう。

本当にそうなのだろうか。駒が少ない分、今のところ信憑性は低い。

 

「どうかしましたか?」

「いえ、何でもないです。あれから何分経ちましたか?」

「40分弱ですね」

 

運転台の計器を見ながら、車掌さんが答える。

 

装甲車を率いていたあの軍人の言葉が正しいなら、救援が駆けつけるまであと30分。

400セルジュ程先に停車中の装甲列車に、サラ教官らが到着しているだろう時間帯だった。

10分程前から、サラ教官のARCUSとは通信が途絶えていた。やはり距離が離れ過ぎている。

 

今頃帝都の司令所はどうなっているのだろう。混乱の程が想像できる。

こんな状況では、後続の列車も立ち往生しているに違いない。

通信が使えないとなると、私達以外にも線路上で孤立している列車があると考えていい。

 

「そろそろ動きがあってほしいものです。乗客の皆様も、気が立ち始めていますから」

「そうですね・・・・・・あっ、待って下さい」

 

腰元のARCUSが着信音を奏で始める。

まず間違いなくサラ教官からだろう。通信範囲内に戻って来てくれたか。

早る気持ちを抑え、音量を小さめにしてから通信ボタンを押した。

 

「はい、アヤです。サラ教官―――」

『アヤ、落ち着いてよく聞きなさい』

 

音量は最小だというのに、叫び声に近い声が鳴り響いた。

表情はそのままにして、スピーカーを左手で覆い隠し、聞き耳を立てる。

 

「聞こえてます。状況を教えて下さい」

『人形兵器よ。3体の大型人形兵器に装甲列車は襲われたの』

 

思わず息が止まった。

落ち着け。今私が取り乱したら、車掌さんや乗客の皆に飛び火する。

下唇を噛みながら、私は再度サラ教官の声に耳を傾けた。

 

駆けつけた時点で、乗員の大半は事切れていた。もう半分は戦闘不能。

一戦交えた直後ということもあり、3体のうち2体は教官らの手により破壊。

その代償として装甲車も全て破壊されてしまい、身動きが取れない状態にある。

サラ教官は自らの足で通信範囲内に戻り、今こうして状況を報告していた。

 

「ま、待って下さい。残りの1体は今どこにいるんですか?」

『高速機動型で、取り逃がしてしまったわ。目測で最高時速700セルジュ。今そっちに向かってる』

 

―――そっちに、向かってる。

サラ教官の指示を待つことなく、私は車掌さんに言った。

 

「すぐに列車を帝都方面に走らせて下さい。できますよね?」

「え?そ、それは可能ですが。一体何が―――」

「大型魔獣がこちらに向かっています。私が降りた後、後続の列車に気を配りながら急いで。ここから少しでも遠く、可能な限り離れて下さい」

 

大型魔獣という言葉に反応した車掌さんは、大急ぎで従ってくれた。

私が降りた後。この部分にも特に気を向けることなく、列車を動かしてくれた。

乗客への説明は後回しでいいだろう。この状況を鑑みれば、まずは移動が最優先だ。

 

列車が視界から消えた頃に、私は再びARCUSを使い、サラ教官と繋がる。

通信は切っていなかった。耳を当てただけで、すぐに声が聞こえてきた。

 

「サラ教官。列車は避難させました」

『待ちなさい、今あなたはどこにいるの!?』

 

返さずに無言でいると、それはそれは耳が痛くなる程の怒鳴り声が耳を貫いてくる。

全て覚悟の上で、私は通信を切った。謝っても、今度ばかりは許してくれないかもしれない。

 

足止めさえできればいい。時間が稼げればそれでいい。

乗客を避難させようにも、ここは線路のど真ん中。

道を外れれば、どこで魔獣に襲われるか分からない。車両内が最も安全だ。

それなら、少しでも遠ざければいい。応援部隊もこちらに向かっている。

 

「本当に・・・・・・この国、おかしいよ」

 

もう認めよう。この国は黒い。隅々まで真っ黒だ。

人形兵器が現れた以上、蛇までもが巣食ってしまっている。

 

騒動の目的も1つしかない。装甲列車を襲ったのは、正規軍をオルディスへ近づけないため。

十中八九、貴族派の差し金に違いない。たったそれだけのために、多くの軍人が命を落とした。

そして数え切れない程の民間人の命が今、危険に晒されている。何だ、これは。

 

『ほう。君は遊撃士なのか』

『それ士官学院の制服だろ?学生でも遊撃士になれるんだな』

『お姉ちゃん遊撃士なんだ。じゃあ安心だね!』

『この国にも、まだ遊撃士がいたんですね』

 

私は勘違いをしていたのかもしれない。

この国にはまだ、遊撃士協会への想いが息づいている。しっかりと根を張っている。

車掌さんと共に車両を回る中で、たくさんの言葉を浴びせられた。

道中、涙を堪える作業で必死だった。おかげで漸く、自信が持てた。

 

遊撃士は、私はこの国で必要とされている。

オリヴァルト殿下のように、革新派でも貴族派でもない、第3の何かが求められている。

 

「・・・・・・おいでなすったね」

 

視界の遥か先に、その姿を捉えた。

大型と言っても、レグラムやガレリア要塞で対峙した人形兵器より一回り大きい程度。

それよりも、速い。近づくに釣れて、見る見るうちにその大きさが増していく。

 

ここを通すわけにはいかない。どうしてあの人達が脅かされる。

民と共に生き、守るのが領邦軍の務めだろう。ふざけるのも大概にしろ。

一歩たりとも近づけて堪るか。この紋章にかけて―――絶対に、通さない。

 

「特科クラス《Ⅶ組》出席番号1番、馬術部所属。黒板消し係兼切り込み隊長、シャンファ流2代目―――準遊撃士見習い」

 

だからお願い。私の中に眠る、確かな何か。

月光翼の限界を引き出しても意味がない。この身を犠牲にするのは逃げ道でしかない。

今なら分かる。必要なのは意志と覚悟、揺るぎない信念。

サラ教官が呼び起こしてくれた、私だけの色。もう一度、この剣に力を貸して―――

 

「―――絢爛!!」

 

_________________________________

 

「ふむ。これはこれは・・・・・・私らしくもない」

 

帝都ヘイムダル駅から繋がるラマール本線。

その道中で溢れんばかりの輝きを放つ、1人の少女。

純白の衣を纏う仮面の男は、崖上から一部始終を見下ろしていた。

 

「紫電の君の慧眼を称えるべきか、我が凡眼を恥じるべきか。いずれにせよ良き物を拝めた。見たまえ、彼女は今再び、美に値する輝きを放っている」

 

その隣。

深々と息を吸い込む度に、口元のオレンジ色の光点が浮かび上がる。

吐き出されたのは紫煙。猛禽類を思わせる佇まいと、虫1匹寄せ付けない気性。

 

狼には光が見えていなかった。

黒眼鏡越しに映る姿は、ただ剣を取りながら華麗に舞うアヤの姿だけ。

だが肌で感じていた。それが片鱗に過ぎないことを。力の一端に触れただけだということも。

 

「クク、久しぶりに外に出てみれば・・・・・・おもしれえ。いい女に育ってるじゃねえか」

「そうだろう。かの異変以降、唯々燻り続けるだけだった君を想い、連れて来た甲斐があったというものだ」

「馬鹿言え。俺は退屈してただけだ。だがまあ、礼は言うぜ」

 

2人は歓喜していた。

仮面の男は、少女から再び美を感じ始めたことを。

いくつもの真実に辿り着いた時、彼女がどんな色を見せるかが待ち遠しくて仕方ない。

 

狼はその力を。

気紛れで拾い上げた少女が放つ、力の波動を肌で感じ取れたことに快感を覚えていた。

 

「あれはまだ育つ。まだ食い時じゃねえ。それまでは、てめえらのお遊戯に付き合ってやる」

「オルフェウス最終計画が第2幕、幻焔計画第2楽章。開幕はもう目前まで迫っているさ」

「相変わらずワケ分かんねえな。てめえも、柱の連中もよ」

 

狼にとっては、どうでもよかった。

あるのは乾き。狂気に近い欲求。食欲や睡眠欲、性欲さえもが取るに足らない。

剣帝に弟弟子、かつての想い人。全てを記憶の片隅に追いやりながら、笑った。

 

煙草が、美味い。紫煙を愛する人間にしか、それは理解できない感覚だった。

 

______________________________

 

同日、午後14時半。ザクセン鉄鉱山最奥部。

 

「同志『V』。たった今、鉄鉱山内部への侵入者を確認しました」

「領邦軍の封鎖なんざその程度だろうよ。プランDに変更、状況を把握しつつ『C』の連絡を待ちな」

 

帝国解放戦線の精鋭部隊が3人。そして幹部であるヴァルカン。

部隊の1人が、侵入者に関する情報をヴァルカンへ機械的に述べていく。

 

侵入者は合計で7人。

士官学院の学生と思われる少年少女、合わせて7名。

ルーレ市から続く非常用の連絡通路を経由して、鉱山へ入り込んだという内容だった。

 

「ヘッ、結局あいつらか・・・・・・おう。その中に刀を持った女はいなかったか」

「刀、ですか。いえ、少年の姿はありましたが、女性は確認できていません」

 

二度に渡り対峙してきた士官学院の学生達。

下らない、とヴァルカンは思った。手段を選ばなければ、小鳥のように捻り潰せる。

計画の一環であることは理解しつつも、回りくどいやり方は性に合っていない。

 

そんな中で見つけた1つの楽しみ。彼にとっては遊具のような存在。

癒えたばかりの左手、人差し指を折りながら、8年前の記憶に頭を巡らす。

 

団で保護した年端も行かぬ少女に、手を出した団員達がいた。

激昂したヴァルカンは、男達を半殺しにした挙句、貨物列車の積み荷内へと投げ捨てた。

彼らがその後どうしたかなど、ヴァルカンには知る由が無い。

命を落とした者もいれば、生き長らえた者もいるかもしれない。

 

重ガトリング砲を斬られ、左手の人差し指を折られた。

その学生はレグラムに行った覚えはないかと聞いてきた。

あんな辺境に団を動かした覚えは無かった。だとするなら、可能性は1つ。

 

「クックック・・・・・・」

 

込み上げてくる感情が、可笑しくて堪らない。

悪いことをした。そんな感情が自分に残っていることが滑稽で仕方ない。

 

『人は―――人の間に在るから、人間なんだよっ!!』

 

戻れはしない。もう何も残っていない。

この身と共に、家族を奪ったあの男を燃やし尽くすしか道は無い。

こちら側も既に多くの犠牲を払っている。

何人もの兵隊に、同志『G』。立ち止まるわけにはいかない。

 

「同志V。そろそろ侵入者がこの区画へ来ます」

「うるせえな、んなこたあ分かってんだよ」

 

ともあれ、他愛もない戯れ事に付き合うのはこれが最後。

来月の今頃には、計画は最終段階に入る。その先には―――

 

「―――くっだらねえ。先なんざねえだろうが」

 

自分自身へ言い聞かせるように、吐き捨てる。

心残りがあるとするなら、もう少し遊んでやってもよかったかもしれない。

理由は分からない。帝都地下で対峙した時からそうだった。

全く違う境遇にありながら、自分と同じ匂いがする少女、アヤ。

忘れたはずの何かを押し殺しながら、ヴァルカンは重ガトリング砲を手に取った。

 

 




これにて第6章は終了の予定です。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
オッサンに愛されるアヤで終わってしまったことだけが心残りです。

次回からは終章になります。漸く終わりが見えてきました。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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