絢の軌跡   作:ゆーゆ

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第7回生徒会交流会②

「―――このように、トールズ士官学院では街を挙げて、学院祭を一般人の方々にも開放しています」

 

発表はまず、生徒会の代表者が行う。

その次が、クラブ活動の代表者。すなわち私達。

今はトワ会長を含めた3人の生徒が、士官学院の行事や取り組み内容を紹介している最中だ。

 

私達から見て後方のスクリーンには、過去に開催された学院祭の模様が映し出されていた。

学院祭はトリスタをも巻き込み、街興しに近い領域にまで入り込んでいる。

トールズ士官学院自慢の、一大イベントだ。

 

「これらは各クラスが企画した、出し物の映像になりますね」

 

映像が切り替わる毎に、笑いや歓声が沸き起こる。

こうして客観的に見ると、本当に手が込んでいる催しだ。

 

すると突然、前方からどよめきが起こった。その大半は、主に男子生徒の甲高い声。

それはスクリーン上に映し出された、トワ会長に向けられたものだった。

 

「・・・・・・何だ。あれは」

「・・・・・・さあ。トワ会長、よね」

「えへへ。これは昨年、私と友人達が演奏会を実施した際の映像ですね」

 

何というか、エロい。そうとしか言いようがない。

アンゼリカ先輩もそうだが、最早水着と遜色無い程に露出が激しい。

クロウやジュルジュ先輩の姿もあった。たった4人で、あんな恰好で演奏をしたのか。

 

私やポーラ、ユーシスも。呆然とその映像を眺めながら、言葉を失っていた。

するとトワ会長が、ハッとした表情でマイクの音声をオフにしながら、私達に歩み寄る。

 

「い、今のは見なかったことにしてね!お願いだから!」

 

分かった。分かったから、こんな時に取り乱さないでほしい。

3人が首を縦に振ると、トワ会長は咳払いをしながら再び学生達の方へと向き直った。

 

「コホン。では次に、この半年間の生徒会の取り組みについてご報告します」

 

映像が切り替わった途端、あからさまな落胆の声が広がる。

気持ちは分からないでもない。そもそも映像が映し出される前からそうだった。

 

男女関係無く、誰もがトワ会長の姿に見惚れてしまっている。

発表内容そっちのけで、食い入るように見詰める男子生徒までいた。

目的を忘れるなと声を荒げたいところだが、まあ仕方ない。だってトワ会長だ。

士官学院が誇る天使様を、精々拝め。そんな意味不明な優越感が沸いてきてしまう。

 

「私達生徒会は、学生や街の住民の声を拾い上げ、手助けを行う取り組みを実施しています」

 

映し出された映像の中には、学内を奔走するリィンの姿もあった。

正確には彼は生徒会に入っていないが、似たようなものだろう。

配布された資料にも、その依頼の数々の一部が掲載されたいた。

 

生徒手帳を失くしてしまったから一緒に探してほしい。

教職員宛ての荷物を代わりに届けてほしい。

交友関係について相談に乗ってほしい。等々。

リィンが関わっていたであろう案件も、多数見受けられた。

 

これには誰もが感嘆の声を上げていた。

些細な相談事にまで、細部に渡り行き届いている。

学生のみならず、トリスタの住民の要望までもを。

やはり他校から見れば、新鮮味溢れる取組みなのだろう。

 

一しきり話し終えると、トワ会長は小さく頷き、再び前方に向き直った。

 

「以上でトールズ士官学院、生徒会の発表を終わります。ご質問のある方は、挙手をお願いします」

 

すぐさま手を上げたのは、科学院の男子生徒だった。

マイクを手渡された男子は、軽く自己紹介をした後、生徒会の取り組みについて触れた。

 

「大変素晴らしい取り組みだと思いますが、どれぐらいの要望が来るんですか?」

「多い時には、1日に5~6件程の依頼が来ますね」

「・・・・・・お、多いですね。それに全て、応えているんですか?」

「勿論生徒会だけでは、実務的に応え切れない場合があります。その際には、他の生徒に助力をお願いしているんです」

 

トワ会長は言いながら、後方に立つ私達に視線を送ってくる。

 

「《Ⅶ組》の生徒には、そういった面で日々助けてもらってばかりです。ユーシス君とアヤさんにも、色々と手助けをしてもらっています」

 

その視線の数が、一気に増加した。

いやいや。少なくとも私は、別に大したことはしていないはずだ。

精々旧校舎の探索に、力を貸しているだけ。その程度しか関わっていない。

ほとんどの依頼を、リィンが1人で抱え込んでしまっている。買被り過ぎだ。

 

トワ会長の説明に納得したのか、男子生徒は頷きながら「今後も頑張って下さい」と一言声援を送り、腰を下ろした。

次に手を上げたのは、芸術院の女子生徒だった。

彼女の質疑もまた、後半の取り組みないように関するものだった。

 

「内容を否定するつもりはないんですけど・・・・・・少し、踏み込み過ぎではありませんか?」

「踏み込み過ぎ、ですか」

 

例えば、と女子生徒が例に挙げたのは、ケインズ書房からの依頼だった。

事情はどうあれ、注文の品を届けるのは、あくまで書店員の仕事のはず。

それを学生が代理で行うのは、話が違うのではないか。

生徒会の仕事の範疇を、超えてしまってはいないか。そのような疑問だった。

 

言われてみれば、至極当然の指摘と言える。

普段のリィンの姿を見慣れてしまっていたせいか、感覚が麻痺していたのかもしれない。

彼女からすれば、いいように生徒会が使われている。そう感じたのだろう。

 

「そうですね・・・・・・ですが、学生と住民の方々の声に、区別はつけたくないんです」

「それはどういう意味ですか?」

「士官学院とトリスタの街は、お互いに助け合うべきなんだと思います」

 

トワ会長は語った。

書店に雑貨屋、ブティックに喫茶店。ガーデニングショップと何でも屋。

トリスタの街並みを構成する、数々の施設達。

そのどれもが、士官学院生にとっては必要不可欠な存在。

 

士官学院が設立されて以来、トリスタは近郊都市として益々の発展を遂げた。

需要と供給と言ってしまえばそれまでだが、それ以上に深い絆が築かれている。

だからこそ1つでも多くの声を拾い上げ、実現に向けた力添えをしたい。

それがトワ会長の考える、生徒会としての務めの1つ。

 

「確かに高すぎる理想かもしれませんし、至らない点があることも事実です。でもそれは、また改めればいいだけの話ですから。答えに、なっていますか?」

 

トワ会長がマイクを下ろすと、質疑応答の最中だというのに、温かな拍手に包まれた。

 

こうして彼女の口から語られたのは、初めてかもしれない。

リィンが何を思い、生徒会に助力していたかは定かではない。

少なからず、私は今し方問いかけた女子生徒と、同じような考えを抱いていた。

他人を放っておけないお人好しな人柄から来る、気紛れに近い活動。

何故抱えきれない程の要望を、生徒会が一手に引き受けてしまうのか。

 

そこには個人的な感情などなかった。

代わりに生徒会として、生徒会長としての揺るぎない信念。

こうありたいという理想像と、他人までもを巻き込む覚悟があった。

 

―――人は、国は。その気になれば、いくらでも誇り高くあれる。

 

劇中の中でオリビエが発した言葉。

きっとそれは殿下本人のものだと、確信が持てる数少ないお言葉。

今この瞬間だけは、トワ会長そのものだ。素直にそう思えた。

 

やがて拍手は止み、所定の質疑応答の時間も終了。

トワ会長らは再び司会進行役へと戻り、促すように私達馬術部に目を向ける。

マイクに手で蓋をしながら、小さく「頑張って」と一言。さあ、出番だ。

 

「それでは次に、士官学院のクラブを代表して、馬術部員による発表に移ります」

 

総勢40名超の視線が、私達へ注がれる。

これだけの人数を前にして話すのは初めての経験だ。

 

(よしっ)

 

まずは簡単な自己紹介。

所属と学年、名前を、ポーラが述べ始める。次に私。最後にユーシス。

 

「トールズ士官学院1年《Ⅶ組》、ユーシス・アルバレアだ。見知り置き願う」

 

開始前に起きたどよめきよりも、小さな驚きの声が耳に入ってくる。

それに気を向けることなく、ユーシスは後方のスクリーンに映し出された映像に触れた。

 

私達が今回用意したのは、参加者全員に配布された、馬術部の活動内容をまとめた資料。

ユーシスとポーラ、私の3人が協力して仕上げた物だった。

一目で分かりやすく理解できるよう、何枚かの写真も掲載してある。

そして発表用にも数枚の写真を準備し、それに沿う形で話は進める段取りだ。

今映し出されているのは、この国の紋章に掲げられた、黄金の軍馬だった。

 

「知っての通り、古来より人は馬と共に在り、共に助け合いながら生きてきた。この紋章に代表されるように、戦においては軍馬として、人に代わる足として重宝されてきた」

 

だがそれも獅子戦役以降、大きく意味合いを変えた。

時代が変われば、人のみならず、馬の在り方も変わる。

 

「内戦の時代を経てからは、帝国人の生活も変わった。もっぱら軍用的な利用価値を重要視されてきた馬は、移動用や農耕用としてのそれに重きを置かれるようになる」

 

七曜歴1000年代以降。

軍馬としての需要は保ちつつも、絶対数は緩やかに減少を続けた。

代わりに増加したのが、ユーシスが言ったような家畜としての需要だ。

馬は戦場で活躍するもの。そんな先入観が消え、より身近な存在へと変わっていった。

そしてそれは、1150年代の導力革命以降、時代の流れと共に一気に変貌を遂げた。

 

ユーシスは一旦言葉を切ると、隣に立つポーラへとマイクを手渡す。

ここからはポーラの出番だ。

 

「1158年に、導力駆動車が発明されました。翌々年には、貨物鉄道路線開通・・・・・・その後も人々の暮らしが豊かになるにつれ、街道を走る馬の数も、減少の一途を辿りました」

 

歴史的な背景により、馬産業は他の畜産業よりも、圧倒的に手厚い保護を受けている。

競馬業界の影響も強く、今後どれだけ導力化が進もうとも、馬産業が消えることはない。

だが現実として、帝都から馬車は姿を消した。それは否定できない事実なのだ。

 

「と言っても、都外や外国ではまだまだ現役なんですけどね。あ、これは彼の恥ずかしい写真です」

 

再び映像が切り替わると、今までとは色が違うざわめきが起こった。

映っていたのは、絶妙なタイミングでポーラにより撮影された1枚の写真。

厩舎で足を滑らせ、尻もちをついて表情を歪める、泥塗れのユーシス。

何とも物議を醸しそうな1枚だった。

 

「私自身、馬術部に入るまでは、馬って何となく苦手でした。見ての通り、世話も大変だし・・・・・・臭いがキツイし、蹴られそうで怖いですから。でも付き合ってみると、案外可愛い生き物なんです」

 

言いながら、ポーラが私へマイクをバトンタッチする。

振り返ると、そこには再度新たな一場面が映し出されていた。

多分これは反則だ。何しろ馬術部に関係無いと言われても、言い返せない。

まあ少しぐらいは許されるだろう。

馬と人を繋ぐ絆。それを伝えるためには、私にとってこれ以上の物はない。

 

「私は士官学院に入学するまで・・・・・・3年間、ノルド高原で生き、馬達と共に生きてきました」

 

シーダとトーマ。そして士官学院の制服に身を纏いながら、イルファと戯れる私。

6月の実習の一場面を、ノートンさんが撮影した1枚。彼が贈ってくれた写真だった。

客観的に見て、あり得ない光景に違いない。

 

「馬はとても頭がいいんです。家畜というより、家族みたいなものですね。だから私は、新しい命が生まれれば泣いて喜びますし、命の灯が消えれば、泣いて悲しみます。私達と全部、同じなんです」

 

私はイルファと共に3年間を過ごし、彼女と共にノルドの危機と闘った。

馬術部に入り、馬と共に、ユーシスとポーラと共に時間を共有した。

私達と何も変わらない、掛け替えの無い存在だ。

 

再びユーシスへとマイクを戻しながら、静聴する生徒達の様子を窺う。

思っていた以上に、関心を集めることができたみたいだ。

ここまでは前半部。馬の何たるかを知ってもらう、掴みの部分だ。

 

「では次に、この半年の馬術部の活動記録を報告する」

 

その後の話は、後半の活動内容の紹介へ移っていった。

日々の馬の世話に、乗馬術の練習。座学による知識の習得。

聞いた話では、学生クラブとして活動する馬術部は、ここ帝国でも珍しい存在だそうだ。

それが後押ししてくれたのか、誰もが私達の発表に聞き入ってくれていた。

特に引っ掛かることも無く、事前の打ち合わせ通りに発表を終えることができた。

 

「以上で馬術部の発表を終わります。ご静聴ありがとうございました」

「ありがとうございました。ではご質問のある方は、先程と同じように挙手をお願いします」

 

ざっと見て3名か。

ここからは準備のしようがない。誰がどう答えるかは、その場で決めることになっていた。

初めにマイクを手渡されたのは、セントアーク大学の女子学生だった。

・・・・・・気のせい、だろうか。どこかで見たことがある顔のような気がする。

 

「ウチの大学にも乗馬サークルがあるわ。週に一度、外部の乗馬施設で乗馬を嗜んでいるの。あなた達の学校は、自前の設備と厩舎で管理しているのよね。それだけでも、とても大変そうに思えるけど・・・・・・」

 

仰る通り。思わず即答したくなる。

ユーシスは手にしていたマイクのスイッチをオンに切り替え、そのまま答え始める。

 

「生徒会と同じだ。用務員や一部の教官、学院長までもが持ち回りで世話を買って出て下さっている。馬の健康面についても、定期的に専門家のチェックが入る。苦労は多いが、それも馬術部の活動の1つと考えている」

 

今月は特に、だろう。

何せ私という貴重な部員が、1名不在の状況が続いてしまった。

これだけでも、ユーシスとポーラには相当な負担が掛かってしまったはずだ。

・・・・・・来年の目標は、部員数の確保になりそうだ。

今以上に部員が減ったら、私達だけの手には負えなくなる。

 

次は何だ。身構えていると、今度は生徒ではなく、教職員側からも手が上がった。

見れば、マカロフ教官の隣に座る男性の職員が、教官と何かを喋りながら右腕を上げていた。

そういえば、質疑応答は生徒に限らないとトワ会長が言っていたか。失念していた。

 

「科学院のキアースといいます。発表にもあったように、乗馬には常に危険が付き纏います。初心者でも気軽に入部できるとありますが、安全面の配慮はされているのですか?」

 

また何とも難しい質問だ。

初心者、という点に引っ掛かったのか、今度はポーラがマイクを手に取り、答え始めた。

 

「経験が少ない生徒が乗馬する際には、必ず経験者立ち合いの下で行います。私も士官学院に入ってから乗馬を始めた人間ですから、今でもお世話になりっ放しなんです」

 

敢えて否定する必要はない。

が、その点について、最近はポーラとユーシスが揉めることが多い。

ある程度慣れてきたんだから、私1人でも大丈夫。阿呆が、調子に乗って怪我をしたいのか。

そんなやり取りが、ランベルト部長の高らかな笑い声の下で延々と続く。

確かに安全面については明確な基準がなく、不備があると見られても仕方ないかもしれない。

この辺についても、今後の課題になりそうだ。

 

質疑応答の時間も限られている。もう1人ぐらいか。

それを察したかのように、今までで一番の勢いで高々と手が上げられる。

帝都音楽院、文芸部所属、リリランタ。開始前に会話を交わした彼女だった。

 

リリさんはマイクを取ると、満面の笑みで口を開いた。

 

「馬術部に入って、一番良かったーって思うことを聞かせてくれへんかな。ユーシス君?」

 

しかも名指しで。

順番的に私が応える番だろうと思っていたのに、見事に裏切られた。

というか、名指しはアリなのだろうか。

問いかけるようにトワ会長へ視線を送ると、これまた満面の笑みで首を縦に振った。

 

ユーシスは戸惑いながらもポーラからマイクを受け取り、少し考え込むような仕草を見せる。

あんな抽象的な質問に、彼がどう答えるのか。私とポーラは固唾を飲んで見守った。

 

ユーシスは咳払いを1つした後、隣に立つポーラへと向き直る。

すると手にしていたマイクの先端で、ポーラの頭を小突き始めた。

 

(コンコンッ)

 

マイクがその小さな音を拾い、講堂中へ静かに響き渡る。

お前は何をやっているんだ。そんな全生徒の突っ込みが聞こえた気がした。

 

「・・・・・・ねえ。あんた何してんの」

 

(コンコンッ)

 

ドアをノックするように、再び音が拾われる。

ついでにポーラの呟くような声も。

 

「意味分かんない。痛いんだけど」

 

(コンコンッ)

 

「痛いって言ってるでしょう!!」

 

(ゴンッ!)

 

ポーラはユーシスがマイクを握る手を取り、そのままユーシスの頭へと振り下ろした。

それはそれは痛々しい反撃を返されたユーシスは、頭を押さえながら蹲る。

まるで理解できない一連のやり取りを、誰もが口を半開きにして見詰めていた。

1つ確かなことは、ポーラがユーシスを殴り倒したこと。

どう見ても平民に過ぎない女子生徒が、大貴族に対して容赦なく手を出したこと。

 

私自身、全く分からない。唐突にド突き漫才を繰り広げたユーシスの意図が、汲み取れない。

やがてダメージから回復したユーシスは、よろよろと立ち上がる。

殴った張本人も、その弱々しい姿に見るに見かねて、そっと腕を貸した。

 

「あー、コホン。見ての通りだ」

「いや、全然分からへんよ」

 

リリさんが的確な突っ込みを入れると、ユーシスが頭を振りながら再び語り始める。

 

「馬の前では、俺は1人の人間にすぎん。それに・・・・・・馬術部にいる間、俺は1人の男子生徒だ。どちらも俺にとって、何よりありがたい」

 

(あっ―――)

 

漸く、ユーシスが言わんとすることの意味が理解できた。

どうしてこうもややこしい、遠回りな言い回しと方法を選ぶんだろう。不器用にも程がある。

だから私は、ユーシスからマイクを奪い、代わりに言った。

 

「資料2枚目の下部に掲載してある、写真をご覧になって下さい」

 

載せるか載せまいか。期日ギリギリになるまで3人で話し合った。

ユーシスは反対。私とポーラは賛成。たった3人の多数決。

そんな3人と馬の写真。8月10日に撮影した、一夏の思い出。

 

「彼が伝えたかったことは、その写真にある通りです。そうでしょ、ユーシス?」

「・・・・・・まあ、そんなところだ」

 

ジリリリッ、と質疑応答の終了を知らせるベルが鳴り響く。

ベルの音が鳴りやむと、再び講堂は深い静寂に包まれる。

 

初めに掌を叩いたのはリリさんだった。その次にカリンカさん。次にトワ会長。

結局は全員の拍手喝采が、私達3人に向けて送られた。

 

ユーシスは頭を押さえながら。ポーラはその背中を小突きながら。

私はトワ会長へVサインを送りながら、元の位置へと戻っていった。

 

______________________________

 

聖アストライア女学院高等部、ラクロス部。

女学院にもラクロス部があることは、以前からアリサに聞かされていた。

今回の交流を機に、士官学院のラクロス部との合同練習、交流試合なんかを企画できないか。

そんな話が持ち上がった。

 

帝都科学院のキアース助教授は、マカロフ教官の1つ下の後輩だったそうだ。

驚いたことに、教官はルーレ工科大学を首席で卒業という、輝かしい功績を持っていた。

過去に科学院に勤めていたこともあり、外部講師として特別講義に参加してもらえないか。

忙しいから無理、というマカロフ教官の意見はともかく、確かにあの場では判断できない。

いずれにせよ科学院の生徒としても、偉大な大先輩の話は聞いてみたいのだろう。

 

帝都芸術院は帝国に存在する様々なコンクールを紹介してくれた。

芸術院の歴史は古く、名高い芸術者を何人も輩出している名門だそうだ。

女学院や士官学院にも美術部が存在する。

今後もお互いに交流を深め、時には合同で講習を開こうという話に繋がった。

これはガイウスも喜びそうな話だった。

 

帝都音楽院、文芸部。部が設立したのは、昨年の出来事。

発端は昨年度の第6回生徒会交流会。士官学院文芸部、ドロテ先輩の発表に起因していた。

彼女の情熱にあてられた生徒が、音楽院にも文芸部を作ろうと決心した。

カリンカさんやリリさんという新入生も入り、漸く軌道に乗ったそうだ。

 

セントアーク大学、チェスサークル。

彼らは同好会としての活動のみならず、大学の何たるかを教えてくれた。

高等部の学生である私達にとって、大学生の生の声は新鮮味溢れるものだった。

参加者の中にも、将来大学への進学を志望している生徒がいたはずだ。

思いがけない大学生との出会いは、きっと大変に貴重なものになる。

 

ちなみに、質疑応答の中でマイクを取った女子学生。

彼女はテンペランスさんの研究室に所属する学生だった。通りで見覚えがあるはずだ。

テンペランスさんは毎年卒業生として、士官学院の学院祭を楽しみにしている。

今年は私達《Ⅶ組》が参加することもあり、期待していると伝えてくれた。

 

マカロフ教官が言ったことは正しかった。

今日という日は、最初で最後になる。たくさんの出会いと、繋がりがあった。

今月に入ってからは、こんなことばかりだ。

日を追うごとに、私という世界に1本ずつ糸が増えていく。

 

「・・・・・・15時半か」

 

導力トラムに揺られながら、ARCUSで現時刻を確認する。

あと10分ほどで医学院前の停留所に到着するはずだ。

 

「付き合ってくれてありがとう。2人も疲れてるのに」

「それはこいつに言え」

 

腕を組みながら隣の座席に座るユーシス。その隣には、寝息をたてるポーラ。

医学院を経由しなければ、もっと早く駅前の停留所に着くことができる。

2人は律儀に、私に付き合ってくれたというわけだ。

 

「くぁっ・・・・・・」

 

ユーシスが手で口を押さえながら、欠伸を噛み殺す。やはり疲れているに違いない。

ポーラも昨晩はギリギリまで発表の練習をしていたと言っていたし、やはり私がいないと馬の面倒を見るのも一苦労なのだろう。

 

「ごめんね。退院したら、バリバリ働くから」

「病み上がりで無理をするな。厩舎で倒れても俺は知らんぞ」

「分かってるよ。それにしても・・・・・・何であんなことしたの。もっと素直に言えばいいのに」

「思い付いたことをしたまでだ」

 

思い付きで女性の頭を小突くなと言いたい。ポーラだからギリギリ許されるというのに。

まあ、ユーシスがポーラ以外の女性にあんなことをするわけないか。口は悪いけど紳士だし。

 

ともあれ、交流会は大成功と言っていいだろう。

馬と触れ合う中で感じたこと。学んだこと。身に付けたこと。

トールズ士官学院馬術部の素晴らしさと、私たちの絆。全てを伝えることができたと思う。

 

『次は医学院前、医学院前停留所になります』

 

もう着いたか。私の入院生活も、あと2日で終わりを告げる。

月曜日からは、念願の士官学院生活だ。待ち遠しくて堪らない。

 

導力トラムが完全に停止すると共に、鞄を抱えて腰を上げる。

ポーラはまだ夢の中のようだ。今はゆっくり眠ってもらおう。

 

「じゃあユーシス、またね」

「ああ・・・・・・待っているぞ」

「あはは。私も」

 

馬術部に入って、一番良かったと思うこと。それはきっと、3人が3人とも同じ。

ポーラの寝顔に小さく手を振りながら、私は2人の親友に別れを告げた。

 

_____________________________

 

「ん・・・・・・あら?」

 

ゴシゴシと目を擦りながら、車窓の向こう側を見やる。

最近はもう何度も目にした風景。帝都とトリスタを繋ぐ鉄道の中間地点。

少しトリスタ寄りぐらいか。あと10分もすれば駅に着く頃合いだろう。

 

帝都で列車に乗り換えてから、また眠ってしまったようだ。

自由行動日は明後日だというのに、相当に疲れが溜まっているのかもしれない。

 

「ねえ、ユーシっ・・・・・・」

 

声を掛けようと思いきや、今度は彼が夢の中にいた。

かなり深い眠りについているはずだ。私の右肩に、頭がもたれかかってしまっている。

 

今思えばお互いに、必要以上に資料の加筆修正を繰り返してきたように思える。

より良い発表へ仕上げたかったという思いはあった。それ以上に、寂しかったのかもしれない。

馬術部3人組、なんて呼ばれるぐらい、いつからか放課後は3人1組の行動が常だった。

初めは私とアヤだけだったのに。知らぬ間に、1人増えていた。

 

来週からはまた元通り。

アヤ・ウォーゼル。私の自慢の大親友。月曜日からまた一緒だ。

だというのに―――どうしてこうも、心が躍らない。

なんて、自問自答しなくても分かっている。私はそこまで馬鹿じゃない。

自分のことぐらい、理解できている。

 

肩に乗った頭の細髪をそっと掻き分けると、案の定、小さなタンコブができていた。

流石に強く叩きすぎたか。まあ自業自得だ。

 

「本当に・・・・・・不器用なんだから」

 

私と彼は違う。叶わないなら、蓋をしてしまえばいい。

感情が曖昧なうちに、胸の奥へ隠してしまえばいい。

何だかんだ言って、今の関係も悪くない。曖昧なら、曖昧なままで。

 

私も案外、不器用なのかも。

どっちなんだろう。どっちでもいいか。


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