絢の軌跡   作:ゆーゆ

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第7回生徒会交流会①

医学院前の、導力トラム停留所。

 

「ふぅ・・・・・・」

 

両足を広げ、右腕の脇を軽く締めながら、脇に構えて前方を見据える。

身体は弛緩させ、何も無い空間の中央、一点に意識を集中。

 

「―――はあぁっ!!」

 

刹那。私の右拳が宙を突いた。

そのままの状態で、ゆっくりと深呼吸を置く。

痛みはほとんどない。身体は順調に、思った以上の速さで回復してきている。

あるのは違和感だけ。我ながら、情けない拳打だ。

 

「・・・・・・鈍ってるなぁ」

 

一度は身体を壊した身だ。

それに何日間も寝たきりの生活が続いていたせいで、全く力が沸いてこない。

全身が鈍り切っている。これでは魔獣1匹すら相手取ることもできないかもしれない。

 

後ろから聞こえてきた声に、慌てて突き出していた拳を引っ込める。

人気がないと思っていたが、いつの間にか後ろに2人の人間が立っていた。

ここは停留所だったか。彼らも導力トラム待ちなのだろう。

 

『無理をするな。まだ傷は感知していないはずだぞ』

「大丈夫だってば。それより、今日はじっとしててよ」

『心得ている』

 

姿勢を正しながら、胸元に小さく囁きかける。

すると遠方から、導力トラムの走行音が聞こえてきた。

定刻通りの到着。あれにポーラとユーシスも乗っているはずだ。

 

「よしっ」

 

下ろしていた鞄を持ち上げ、ARCUSで時間を確認する。

第7回目となる、生徒会交流会。今日はその開催日なのだ。

 

_________________________________

 

「何か変な感覚ね。みんな授業中なのに、私達だけ帝都でトラムに乗ってるだなんて」

「あはは。私は慣れちゃったけどね」

 

ゆっくりと流れ行く街並みを見やりながら、ポーラに返す。

彼女が言うように、今日は私達馬術部の3人、そして一部の生徒会の人間を除けば、ちょうど1時限目の授業を受けている最中だ。

特別実習と同じく、今日は学外での研修という扱いになっている。

 

「そういえば、トワ会長達とは一緒じゃなかったの?」

「先に女学院へ向かっているはずだ。今回は士官学院の生徒会が取り仕切る番だからな・・・・・・忘れないうちに、これを渡しておく」

 

そう言ってユーシスが差し出してきたのは、見覚えのある便箋。

そこには予想通り、お義母さんの名が記されていた。

昨日に第3学生寮へ、私宛で届いていたのだそうだ。わざわざ持って来てくれたのか。

 

「遠路遥々足を運んでもらった身だ。すぐに返信を書いておけ」

「分かってるよ。ありがとう」

 

9月14日の朝方。

お義母さんは名残惜しそうに帝都を後にし、ルーレ直通の列車に乗った。

何だかんだで、ここで暮らした2泊3日の旅を楽しんでくれたようだ。

その証拠に、色々な土産物を買い込み、両手に抱えながら重そうにしていたっけ。

帝都を案内してくれたユーシスとポーラには、改めてお礼を言っておこう。

 

その前日の昼間。

帝都見物から戻って来た3人と入れ替わるように、エステル達も帝都を後にしていた。

トヴァルさんからの依頼を解決するため、今も帝国中を渡り歩いている頃かもしれない。

私とガイウスにとって、掛け替えのない出会いと時間だった。

また会うことがあれば、もっとたくさんの言葉を交わしたい。

 

少し気になったのは、レンちゃんが別れ際に発した一言。

 

―――その鳥を飼っているだなんてね。小さな女神様、といったところかしら。大事にしてあげるといいわ。

 

奇しくもそれは、ガレリア要塞でも掛けられた言葉だった。

偶然の一致だとは思うが、あれにはどんな意味があったのだろう。

ヨシュアとのやり取りの件もある。未だそれは、謎に包まれたまま。

ランに問い詰めても、相変わらず訳が分からない言葉を並べるばかり。

助けられた場面が多々ある分、強くは出られないのだ。

 

そしてもう1つ。

エステル達から明かされた、異変の真相と顛末。

しばらくの間は、私とガイウスだけ。2人の胸の中に留めておくことにした。

確信はないものの、私たちはこの国が抱える闇の一端を垣間見てしまったのだ。

鍵を握るのは、オリビエ。オリヴァルト殿下以外に思い当たらない。

 

「どうしたのよアヤ、難しい顔しちゃって。やっぱりまだ本調子じゃないの?」

「ううん、何でもない。身体の方はもう大丈夫だよ」

 

殿下の判断に任せるしかない。それまでは、《Ⅶ組》の皆にさえ話すことはできない。

いずれにせよ、今考えるべきことではないはずだ。

 

「そう。まあ外出許可が下りるぐらいだし、心配なさそうね」

「退院も近いしね。月曜日は午後から顔を出せると思うよ」

 

9月21日、月曜日。待ちに待った、念願の退院日。

初めは来月まで掛かると診断されていたにも関わらず、医師が驚く程の早さだった。

もしかしたら、実技テストや特別実習に間に合うかもしれない。

そんな期待は、一昨日の晩に叶わぬことになってしまっていた。

 

「その件だが・・・・・・話は聞いているな」

「一通りね。覚悟はしてたし、仕方ないと思う」

 

予定通り、9月15日に士官学院で開催された、理事会議。

二転三転した議論の末、今月の特別実習も、当初の計画通りに行われることが決定した。

 

一方で、そこには1つの条件が提示された。

それが私。アヤ・ウォーゼルは、今回の実習への参加を見送る。

今までの実習と異なるのは、それだけだった。

 

そもそも実習が中止寸前まで追い込まれたのは、クロスベルや帝国の実状に起因している。

ガレリア要塞におけるテロリストの暗躍に、クロスベル方面の独立問題。

国中が混乱の渦中にある状況下で、学外での研修はどうしても危険が付き纏う。

そしてもう1つが、私が入院に至ってしまったという事態。

事情はどうあれ、それが事を大きくしてしまった一因でもあるのだ。

 

残念極まりないが、受け入れざるを得ない。

それに退院できたとはいえ、私の身体は今朝の通りだ。

魔獣との戦闘が伴う実習に、今の私を連れて行けば足手纏いでしかない。

 

「そうなんだ・・・・・・じゃあ、実習の間にアヤは何をしてるの?クラスメイトが誰もいないじゃない」

「みんなとは違った形で、実習に関わることになるんだって。トワ会長が一役買ってるらしいけど・・・・・・」

 

今までの一通りの話は、ガイウスから教えてもらっていた。

だが今言ったように、実習中の身の振る舞い方については、要領を得なかった。

どうやら自主学習で時間を潰す、というわけではないようだ。

こればっかりは、当事者であるトワ会長から教えてもらうしかない。

 

「とりあえずさ、今は交流会のことを考えようよ。話は後でもいいでしょ?」

「そうだな。誰かさんが発表中に噛んだりしないか心配だ」

「あんたこそ、その高圧的な態度のまま喋らないでよね」

 

あれやこれや考えても仕方ない。

何せ今日は帝国の高等学校のうち、6校が集う大きな催しだ。

生徒会同士が学内の行事、取り組み内容を共有し合いながら、交流を深める。

そして各校、代表するクラブが活動内容を発表する。それが私達3人の役目。

生徒会と同じく、士官学院を代表する身だ。下手な発表はできない。

 

事前に貰っていた交流会の資料を鞄から取り出し、パラパラと捲る。

一通り目は通していたが、他の参加校についてまでは気が回っていなかった。

 

聖アストライア女学院高等部に、トールズ士官学院。

帝都科学院、芸術院、音楽院。例年の参加校5校に加え、特別参加のセントアーク理科大学。

5月のB班の実習地でもあった、あの大学だ。

 

「あれ?そういえば、大学にも生徒会ってあるの?」

「大学からはサークルと呼ばれる同好会の参加のみだ。俺もよく知らんがな」

「ふーん・・・・・・あ、そろそろだね」

 

いつの間にか、周囲の風景が見覚えのあるそれに変わっていた。

先々月の自習でアルフィン殿下に招かれたこともあり、女学院は初めてではない。

車内には、女学院前停留所に間もなく到着する旨を伝える、アナウンスが流れ始めていた。

 

_____________________________

 

午前8時半過ぎ。

交流会の開催は9時半。十二分に余裕を持って着くことができた。

何か手伝えることがあれば、トワ会長達の手助けをしよう。元々そう3人で決めていたのだ。

 

辺りを見渡しながら、開放されていた正門をくぐると―――

 

「ふふ、おはようございます。トールズ士官学院、馬術部の皆様ですね」

 

―――そこに立っていたのは、思いも寄らない人物だった。

面食らって立ち尽くしていた私達の中で、ユーシスが一足先に我に返る。

 

「・・・・・・コホン。おはようございます、殿下。それで、あなたがどうしてここに?」

「あら、私はこの女学院の生徒ですもの。何もおかしくはないでしょう?」

 

そこじゃないってば。

そう胸中で突っ込みを入れていると、無表情のポーラが私の右肩をポンポンと叩いてくる。

構うことなく、私もユーシスに続いた。

 

「アヤさんもお久しぶりです。先々月はエリゼ共々、お世話になりっぱなしでしたわね」

「き、恐縮です。その、今日はこんなところで、何をされているのですか?」

「他校の方々と知り合える貴重な日ですから、こうして会場までの案内役を買って出たんです」

 

何て畏れ多い。

というか、ある意味で参加者全員、初っ端から大変な目に合ってしまう気がする。

面識がある私とユーシスはともかく、ポーラは口を半開きにして呆けてしまっていた。

そんな彼女の頭を、ユーシスが強引に右手で垂れさせる。

 

「ちょ、ちょっと。何すんのよ?」

「阿呆が。呆けていないで、せめてご挨拶差し上げろ」

「分かったから離しなさいっての!」

 

一足遅く我を取り戻したポーラと、取り乱すユーシスのじゃれ合い。

平民にすぎない女子に小突かれるユーシスを、アルフィン殿下は温かな目で見守っていた。

 

_________________________________

 

会場である女学院内の講堂に足を踏み入れると、私達はまたもや見知った少女と出くわすことになった。

 

「おはようございます、アヤ姉様」

「え、エリゼちゃん?」

 

エリゼ・シュバルツァー。

入り口に程近い場所にあった受付の場にいたのは、何とエリゼちゃんだった。

 

聞けば、案内役も受付役も、本来なら高等部の生徒会が行うはずだった。

そこに声を上げたのが、アルフィン殿下だったそうだ。

要するに、彼女は律儀に殿下の思い付きに付き合ってあげているのだろう。

振り回されていると言ってもいいかもしれない。ちょっとだけ可哀想かも。

 

「姉様、お身体はもう大丈夫なのですか?入院されたと聞いていましたが・・・・・・」

「大丈夫だよ、もう痛みも無いから。心配掛けてごめんね」

 

参加者名簿に学校名と名前を記入しながら、エリゼちゃんに笑顔を向ける。

後ろに立つポーラは、リィンの妹が私を姉様呼ばわりしている事に、頭を抱えてしまっていた。

 

「どうやら俺達が一番乗りのようだな」

「そうですね。お手数ですが、こちらをお付けになって下さい」

 

エリゼちゃんから手渡された名札を胸元に付けながら、辺りを見渡す。

会場である講堂には長机や椅子が準備されており、各机にはそれぞれの学校名が記された用紙が貼られていた。

どうやら各校2つの机が割り当てられているようだ。1つが生徒会用で、もう1つがクラブ代表の生徒用といったところか。

それらに対面する向きで、前方にも机が1つ置かれていた。代表者はあそこに立ちながら発表を行うのだろう。

ちなみに私達トールズ士官学院は、右側の一番前の席だった。

 

「あ、みんな!もう着いちゃったんだ」

 

3人で荷物を机の上に下ろしていると、前方から聞きなれた声が聞こえてきた。

見れば、トワ会長がよいしょよいしょと書類の束を抱えながら歩いていた。

 

「随分と早く来たんだね。まだ開始まで1時間近くあるのに」

「あはは。遅刻は嫌だったし、何か手伝えることがあればと思って」

「ああ、それなら大丈夫だよ。私達生徒会が任されたんだから、みんなは発表の準備をしておいてもらえるかな。私達が一番目だからね」

「い、一番!?」

 

トワ会長の言葉に、ポーラが驚きの声を上げた。

6校が参加するのだから、そこには当然順番がある。が、今の話は初耳だった。

今年の交流会は、士官学院が取り仕切る番。例年その担当校が、初めに発表を行うのだそうだ。

そんな大事なことは事前に教えておいてほしい。心の準備というものがある。

 

「・・・・・・何か変に緊張してきたわ」

「私も。思ってたよりも人数が多そうだし」

「フン。念のためだ、もう一度発表の流れを確認しておくぞ」

 

柄にもなく深呼吸を1つするユーシス。

彼も彼で、見っともないところは見せたくないに違いない。

前向きに考えよう。先に済ませてしまった方が、気が楽になるはずだ。

 

「頑張って、みんな。私達は準備があるから、また後でね」

「あ、トワ会長っ」

 

踵を返すトワ会長を呼び止め、足早に駆け寄る。

彼女には、1つ確認しておきたいことがあった。

 

「何かな?」

「その、ガイウスから聞いたんですけど。今月の特別実習、私は何をすればいいんですか?」

 

私が言うやいなや、トワ会長の表情が少しだけ曇ってしまった。

 

「まずはごめんね。私からも、参加できるよう掛け合ってはみたんだけど・・・・・・」

「そんな。それは仕方ないことですし、気にしてませんよ」

 

その気持ちだけで十分だ。何処にも気に病む必要はない。

生徒会とはいえ、《Ⅶ組》の方針や理事会の決定に関わることなど不可能だろうに。

捲し立てるように感謝の意を表すと、少しだけ表情が和らいでくれたようだ。

 

「えっとね、アヤさんには私のお手伝いをしてほしいんだ」

「お手伝い?それ、実習に関することですか?」

「勿論。最近は交流会や学院祭の準備もあって、正直なところ、きりきり舞いなんだよね」

 

あのトワ会長がきりきり舞い。ちょっと想像ができない。

余程のことがない限り、そうはならないはずだ。少し心配になってきた。

 

それにしても、彼女が言わんとしていることが汲み取れない。

トワ会長の力になれるなら何だって構わないが、それが実習とどう繋がるのだろう。

 

「私から言うのは気が引けるけど、特別実習には色々な事前準備とか、根回しが必要なんだよね。それを今回は、アヤさんにやってほしいんだ」

「はぁ・・・・・・まあ、何だってやりますよ。気を遣ってくれてありがとうございます」

「こちらこそ。詳しい話はまた今度するから、今日は交流会の方をお願いね」

「そうですね。任せて下さい」

 

事前準備に根回し、か。何となくではあるが、大変に苦労しそうだ。

どんな形であれ、私も皆と一緒に実習に参加できるなら、言うことはない。

 

「ちょっとアヤ、いつまで話し込んでるの?」

「ごめんごめん。今行くよ」

 

いずれにせよトワ会長が言うように、今日専念すべきは目の前の交流会だ。

士官学院生の肩書に恥じぬよう、精々頑張ろう。

 

「あれ?」

 

席に戻ろうとした矢先にもう1人、見知った顔に目が止まった。

あちらも私達に気付いたようで、ゆっくりと私達の下へ向かって歩を進めてくる。

 

「マカロフ教官、来ていたんですか?」

「引率者として、な。今年は俺の番なんだよ。導力学は今日自習だ」

 

察するに、教官側も持ち回りで引率者を決めているのだろう。

生徒が主体となって行うとはいえ、各校共に教職員も同行して来るに違いない。

・・・・・・引率者なのに、一番最後に来るのはどうなのだろう。引率していない。

ユーシスもポーラも、今初めて耳にしたようだが。

 

「最悪だ。あの嬢ちゃんに喫煙所がどこか聞いたら、全面禁煙なんだとよ」

 

受付で申し訳なさ気な表情を浮かべるエリゼちゃん。

悪くないからね。全然悪いことはしてないから。

 

_______________________________

 

午前9時20分。

開始10分前ということもあり、講堂はいつの間にか学生で溢れかえっていた。

各校少なくとも5~6人の生徒が参加するようで、こうして見れば1つのクラスのようだ。

 

驚いたことに、参加者の中には初対面ではない生徒がいた。

そのうちの1人が、私達の後ろ。音楽院の席に座っていた。

 

「久しぶり、カリンカさん」

「え?・・・・・・あら。あなたは確か、エリオット君のクラスメイトの」

 

モーリスとロン、そしてカリンカ。

マーテル公園で出会った、帝都音楽院に通うエリオットの友人達の1人。

柔らかそうな淡い桃色の髪とカチューシャで、すぐに彼女だと認識できた。

何よりあの時に目に止まった、可愛らしい音楽院の制服に、自然と目が惹かれてしまった。

 

「アヤさん、だったわね。あなたも生徒会に入っているの?」

「ううん、今日はクラブ代表で来てるんだ。そっちは?」

「私もよ。文芸部なの、私達」

 

私達。それはカリンカと、その隣に座る女子生徒を指したものだった。

私よりも短めの金髪と、小顔に収まった大きな水色の瞳。

一見しただけで見惚れてしまいそうな、知的な美人さん。それが第一印象だった。

 

「何や、この人カリンカの知り合いやったん?」

 

そんな第一印象は、一気に崩れ去った。

別に訛りを特別視する気は毛頭ない。だが彼女の口からそれが飛び出すとは思ってもいなかった。

これはあれだ。いつも商売人魂を燃やしているⅤ組のベッキーのせいだ。

 

「前にも話したでしょう?士官学院に通うエリオット君。彼女は彼のクラスメイト、アヤさんよ」

「あー、カリンカが大好きなエリオットきゅんな。今日は来てへんの?」

「わーわーわー!」

 

リリと呼ばれた女子生徒の首根っこを、両手で締め上げるカリンカ。

面白いなぁ、この2人。カリンカってこんな人だったっけ。まあ初対面なようなものだけど。

それにしても・・・・・・なるほど。へぇー。そうなんだ、ふーん。

 

「アヤさん、今の聞こえた?」

「ううん、何にも。リリさん、宜しくね。私の妹もリリっていうんだ」

「あー、ちゃうよ。本名はリリランタ。みんなリリって呼ぶんよ、言い辛いから」

 

リリランタ。変わった名だ。

確かに胸の名札にはそう記されている。少なくとも今まで聞いたことがない。

彼女曰く、奇抜で噛みやすい名前を付けたオトンを今でも恨んでいるとのことだった。

随分と開放的な性格のようだ。思ったことを口に出してしまう性分なのだろう。

 

後ろを振り向いて会話を交わしていると、両隣に座るユーシスとポーラも私に続いた。

エリオットという共通する話題もあり、彼女達とはすぐに打ち解けることができた。

 

「馬術部のポーラよ。今日は宜しくね」

「同じくユーシスだ」

 

ポーラは別として、ユーシスもごく自然に小さな笑みを浮かべながら、名を名乗った。

こうして改めて見ると、本当に丸くなったなぁ。感慨深いものがある。

そんなことを考えていると、リリさんの視線がユーシスの顔に釘付けになっていることに気付いた。

 

「どうしたの、リリさん?」

「いや・・・・・・気のせいちゃうよなぁ。ユーシス君、いっこ聞いてもええ?」

「何だ」

 

リリさんがユーシスに投げ掛けた問い。

考えてみれば、それは当然のものだった。私自身、普段意識していないせいか、失念していた。

 

カリンカが驚きの声を上げると、それは瞬く間にこの場にいる生徒中に広がった。

アルバレア公爵家の御子息。正門で殿下と出くわした驚きよりも、小さかったかもしれない。

一方で、周囲の生徒達が一斉に、彼を特別な目で見始めている。それは事実だった。

 

「・・・・・・フン。言っておくが、無用に畏まるな。今はただの学生にすぎん」

「そら助かるわ。でも、気悪くせんといてな。思ったことは口に出てまう性分なんよ」

「それでいい」

 

ユーシスはそう言うと、腕を組みながら前方に向き直った。

小さなどよめきに近い声が、辺りから耳に入ってくる。空気も変わった。

隣に座るポーラは、その表情を大いに歪めていた。

 

「ご歓談のところ失礼します」

 

不意に、講堂の前方にあったスピーカーから、トワ会長の声が鳴り響いた。

ユーシスに続いて向き直ると、そこには士官学院の生徒会が3人、トワ会長を含めて立っていた。

 

「定刻となりましたので、これより第7回生徒会交流会を開催致します」

 

頭上の時計を見やると、開始時刻である9時半を示していた。

話し込んでいるうちに、大分時間が過ぎていたようだ。

 

周囲を見渡すと、全ての机が学生で埋まっていた。

左側に並べられた机には、各校の教職員と思われる面々が席を連ねていた。

 

「では初めに、今回の担当校である士官学院を代表し、マカロフ教官よりお言葉を頂戴致します」

 

しーん。どこまでも広がる深い静寂。

教職員が座る机に目を向けると、1つだけ空席があった。

マカロフ教官が、いない。教官を名指ししたトワ会長も、言葉を失っていた。

 

ガチャ。

 

後方から扉が開く音が聞こえると、トワ会長が安堵の色を浮かべた。

・・・・・・ある意味で、あの人はサラ教官以上に駄目人間ではないだろうか。

大方敷地の外に出て、タバコでも吸っていたのだろう。

 

状況を察したのか、足早にマカロフ教官がトワ会長の下に駆け寄り、マイクを受け取る。

コホンと1つ咳払いを置くと、教官の力強い声が講堂中に鳴り響いた。

 

「若者よ、世の礎たれ」

 

しーん。再び静寂に包まれる講堂。

・・・・・・いや、借り物の言葉を使うのはいいが。余りに場違い過ぎるだろう。

構うことなく、マカロフ教官は続けた。

 

「今のはトールズ士官学院を設立した、ドライケルス大帝の言葉だが・・・・・・今は忘れていい」

 

(え?)

 

「そんな大仰なことは考えず、気楽に今日という日を存分に楽しめ。道を違える者達が一堂に会し、交流を深める。学ぶ立場にあるお前達だからこそ許される、最初で最後の特別な1日だ」

 

いつの間にか、聞き入ってしまっていた。

正直なところ、私は自分達、馬術部の発表のことばかり考えていた。

でもそうじゃない。この会の目的は、お互いの良さを持ち帰り、今後に活かす事にある。

 

マカロフ教官が挨拶を終えると、自然と大きな拍手に包まれた。

思い付きで言葉を並べたわけではなかったようだ。少し彼を誤解していたのかもしれない。

 

「ありがとうございました。では早速、各校の発表に移りたいと思います。担当の生徒は、準備をお願いします」

 

トワ会長が言うと、周囲の視線が私達へと向いた。

さあ、本番だ。今日という日を迎えるために、私達は入念に準備を進めてきた。

 

「行くぞ。もう一度言っておくが、噛んだりせんようにな」

「分かってるわよ。しつこいわね」

「あはは・・・・・・よしっ」

 

資料を手に取り、私達は席を立った。

トールズ士官学院馬術部。ランベルト先輩のためにも、立派な発表にして見せる。


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