絢の軌跡   作:ゆーゆ

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新しい仲間

熱っぽい。夢から覚めた瞬間にそう感じた。

目はまだ半開き。頭もまだ覚醒しきっていない。

それでも、顔に火照りを感じる。熱がこもっている。

頭が重い。こんな夏の真っ盛りに、風邪をひいてしまったか―――

 

「・・・・・・ラン。何やってんの」

『ぴぃ』

 

―――実際に、重かった。

額に濡れタオルを乗せるように。私の頭上に、羽を休める鳥が一羽。

既に夢の内容は記憶の底に埋もれ掛かっていたが、あまりいい内容ではなかった。

この子のせいか。おかげ様でこの通りの目覚めである。

私の8月18日は、そんな朝から始まった。

 

「ふわあぁぁ・・・・・・」

 

肩にランを乗せながら、手早く顔を洗い寝癖を直す。

身体を傾けた程度では、ランは私から離れない。

器用に重心と立ち位置を調整して、私に合わせてくる。頭がいいんだか悪いんだか。

 

1階に下りながら周囲の様子を窺うと、まだ誰も起きてはいないようだ。

私が1番か。いや、正確には2番。この人はいつも、睡眠をしっかりとっているのだろうか。

 

「おはようございます。シャロンさん」

「おはようございますアヤ様。一昨々夜はお楽しみいただけましたか?」

「あーはいはいそれはもう」

 

相手にしては駄目だ。その時点で負け。しつこいにも程がある。

 

平静を装いながら食堂の椅子に腰を下ろすと、シャロンさんが氷水を用意してくれた。

ありがたい。渇いた喉と火照った身体にはこれが一番だ。

当のシャロンさんは普段のように、厨房でテキパキと華麗に舞っていた。

 

「ランが私の部屋にいたんですけど。何か知ってますか?」

「申し訳御座いません。昨晩からどうしてもと仰るもので。誠に勝手ながら、アヤ様のお部屋にご案内させて頂いた次第です」

「またですか・・・・・・」

 

トールズ士官学院学生寮規定、第9条。

1. 犬、猫等のペット類を寮内で飼育することを禁ずる。

2. ただし、十分な飼養経験と知識を有する管理責任者が、飼育を通した教育を目的とする場合は、その限りではない。

 

ランの扱いをどうするか。

困り果てていた私達に助け船を出してくれたのは、シャロンさんだった。

 

学生寮規定に目を付けたシャロンさんの手際は、見事としか言いようがなかった。

小動物の飼育を通した教育という名目の下に、ランの飼育は正式に認められてしまったのだ。

 

インコの飼育から何を学べと言うのか。それはまあ別として。

申請に必要な書類を揃え、誰にも有無を言わせない完成度を誇る文面を一気にまとめ上げ。

シャロンさんが動物飼養管理士などという聞いたこともない資格を有していたことも相まって、申請は何の滞りも無く通ってしまった。

 

『おなかへった』

「はいはい」

 

騙すような後ろめたさは勿論あったが、連れてきてしまった以上、私にも責任はある。

結局はシャロンさんの好意に甘える形で、ランは第3学生寮の新しい住民となった。

 

普段は1階の鳥小屋で飼われているランは、時折暴れては私の部屋に解放される。

教科書の何冊かは啄ばまれ、一度白い爆弾をベッドにお見舞いされたこともあった。

・・・・・・まぁ、それぐらいは目を瞑ろう。おかげでここも大分賑やかになった。

 

皆は何故かランを好き勝手な名で呼ぶ。アリサは『アヤ』と呼んだりする。

ユーシスは「もう子供を産んだのか」という、笑えない冗談を吐くことがあった。

本気で蹴ってやった。今後も謝るつもりは毛頭無い。

 

「アヤ様、朝食は如何なさいますか」

「お願いします。目も覚めちゃったんで・・・・・・?」

 

ふと目に止まったのは、棚に収められた食器の数々。

気のせいだろうか。数が増えている気がする。

 

「シャロンさん、買い足したんですか?」

「はい。また必要になると思いましたので」

「はぁ・・・・・・」

 

よく分からないが、考えても仕方ない。

8月も残すところあと2週間。来週に控えた実技テストと、恒例の特別実習。

ある意味でこれからが8月の本番だ。今日も頑張って乗り切ろう。

 

______________________________

 

「西ゼムリア通商会議・・・・・・IBC総裁も務めるディーター・クロイス市長の提案により開催される国際会議ね」

 

ホームルーム前の穏やかな一時。

普段は思い思いの時間を過ごす時間帯に、今朝はリィンとガイウスの席を皆で囲みながら、とある催しに関する話題に花を咲かせていた。

 

「帝国からは皇帝陛下の名代としてオリヴァルト殿下、そしてオズボーン宰相が正式に出席されるんでしたよね」

 

西ゼムリア通商会議。私も話は聞き及んでいた。

大陸各国の首脳陣が一手に集うそれがどれ程異例なものなのかは、私にも理解できる。

そして通商会議の開催地である、クロスベル自治州。

 

「そういえば、アヤ君はクロスベル出身だったか」

「うん。やっぱり色々と慌ただしいみたい」

 

今月に入ってから、一度だけロイドとの間で手紙のやり取りがあった。

7月に勃発した皇族の誘拐事件について触れた私の手紙に、ロイドは大層驚いたそうだ。

騒動の事実はともかく、詳細はクロスベル内でも広まってはいないらしい。

情報が規制されているのかもしれない。帝国としては、他方面に知られたくないのは事実だろう。

 

クロスベルの方でも、色々と抱え込んでいる事情があるようだ。

およそ2ヶ月前に明らかとなった、州議会議長の大スキャンダル。

市民へ銃を向けた警備隊の信頼は失墜し、未だに取り戻せてはいない。

 

(大変だな・・・・・・クロスベルも)

 

会議の場では貿易や金融以外にも、安保関連の課題も議題として挙がると聞いている。

クロスベルは勿論、帝国と共和国の間にはノルド高原の領有問題もある。

どのような討論が交わされるにせよ、相当にキナ臭いやり取りになりそうだ。

 

一方で、ロイドからの手紙には明るい話題もあった。

一時解散となっていた、ロイドが所属するクロスベル警察特務支援課。

近々活動を再開する目途が立ち、新たなメンバーも加わる予定なのだそうだ。

今日もクロスベル中を走り回っているのかもしれない。頑張って、ロイド・バニングス。

 

「そういえば・・・・・・サラ教官、遅いですね」

「まったくあの人は。まさか寮で寝坊してたりしないわよね」

 

教室の時計に目を向けると、ホームルームの開始時間を既に10分も過ぎていた。

5分なら誤差の範囲内だが―――いや、それ自体問題か。相変わらずのだらしなさだ。

 

「こらこら。今日は違うわよ」

 

私達の発言に突っ込みを入れるように、サラ教官の声が耳に入ってきた。

漸く来てくれたか。これでやっとホームルームに入れる。

 

教壇に立ったサラ教官は、改まった表情でコホンと1つ咳払いを置いた。

 

「遅れたのにはちゃんとワケがあってね。今日はみんなに、新しい仲間を紹介するわ」

「「え?」」

 

私達の頭上へ、一斉に疑問符と感嘆符がセットで浮かんだ。

 

「編入生、ですか?」

 

新しい仲間。素直に受け取るなら、アリサが口にした存在を指すのだろう。

応えるように、教官は私達にウインクを1つ。本当に編入生だと言うのか。

 

「それじゃ、入ってきて」

 

皆が顔を見合わせた。余りにも突然すぎる。

男性なのか、女性なのか。年齢はいくつなのか。

出身はどこなのか。帝国なのか、外国からやって来たのか。

帝国なら、貴族か平民か。様々な疑問と期待が一気に膨れ上がり―――

 

「うーッス!」

 

―――教室の外から聞こえてきた声とその姿に、それは一気に萎んでいった。

おかしい。絶対に何かがおかしい。何故そうなる。

 

「2年の・・・・・・アームブラスト先輩?」

「クロウ・アームブラストです。今日から皆さんと同じ《Ⅶ組》に参加させてもらいます・・・・・・てなワケで、よろしく頼むわ♪」

 

爽やかな好青年を思わせる笑顔を浮かべるクロウ先輩。

私からすればツケの常習犯だ。新鮮さの微塵も感じられない。

 

事情が呑み込めない私達に、サラ教官は一から説明してくれた。

要するに、クロウ先輩は昨年単位を落としまくり、必修科目すらも取りこぼしていたそうだ。

必修科目の単位取得は、卒業には必要不可欠な最低限のライン。

それを理解した上で落としたのか。駄目人間がここにもいた。

 

「ARCUSの試験導入に参加した実績もあるからね。その点に関しては、君達のいいお手本になるかと判断したのよ」

 

その点に関してだけ言えば、私も同意見だ。

先月末の、旧校舎での一件。あの時もクロウ先輩はARCUSの戦術リンクを使いこなしていた。

初めてリィンと繋いだとは思えない手並みだった。あればっかりは流石と言わざるを得ない。

いずれにせよ、3ヶ月のみとはいえ私達《Ⅶ組》の一員となるのは事実のようだ。

これからは付き合い方を考えた方がいいだろう。

 

「・・・・・・サラ教官。扉が開いたまま、という事は」

 

これからの《Ⅶ組》に考えを巡らせていると、ガイウスが教室の扉を見ながら言った。

それで私も気付いた。どうやらガイウスとリィンは、いち早く察したようだ。

扉が開いているというより、2人はその先の気配を感じ取ったのかもしれない。

 

「あら、バレちゃったか・・・・・・というわけで、出てきて挨拶しなさい」

 

どうしたのだろう。

サラ教官の声色が、先程までとは異なるように思えた。

その表情にも、明らかに戸惑いの色が浮かんでいた。

 

「はー。待ちくたびれちゃったよー」

 

思わず息を飲んだ。

声で察したのは、私とリィンだけだった。

足早に教室へと入ってきたその小柄な体躯を目の当たりにして、他の面子も言葉を失くしていた。

 

「君は・・・・・・」

「ノルド高原で会った・・・・・・?」

「うん、お久しぶりだねー!」

 

快活な声を上げた少女の髪は、海を連想させるアクアブルーに染まっていた。

それに見合う純粋無垢な笑顔を浮かべ、少女は再び口を開いた。

 

「初めての人もいるから、改めて自己紹介するね。ボクはミリアム。ミリアム・オライオンだよ!」

 

_________________________________

 

「てなワケで。《Ⅶ組》が一気に2人も増えたんだよね」

「ふーん。随分と急な話ね」

 

時刻は16時半。

私は今朝の出来事を一通りポーラに説明しながら、厩舎の新たな清掃用具一式を下ろしていた。

何度も申請していたそれは、今月度に漸く購入するに至った。これもランベルト先輩のおかげだ。

交流会への参加が決定したことも影響しているそうだ。そんな駆け引きも必要なのだろう。

 

「《Ⅶ組》ってことは、例の実習なんかにも参加するわけ?」

「そう聞いてる。まぁあの2人なら何の問題も無いと思うよ」

 

クロウ先輩の実力と行動力は、特別実習ではいい方向に働くだろう。

ミリアムは・・・・・・まぁ、戦闘に関してはある意味で頭1つ飛び抜けているはずだ。

今日も軽はずみな言動が目立っていたが、それさえ目を瞑れば問題は無いだろう。

 

それ以上に気になるのは、どうしてミリアムが編入生としてやって来たか。

彼女の素性を知る私達からすれば、何かしらの疑いを抱かざるを得なかった。

サラ教官に何度問いただしても、結局満足な返答を貰えてはいない。

 

まずは一クラスメイトとして接しながら、様子を見よう。

それがミリアムへの対応を話し合った結論だった。それしか今はできることが無い。

 

「フィーって子よりも幼いように見えたけど。彼女何歳なのかしら」

「分かんない・・・・・・ねぇポーラ。聞いてもいい?」

「何よ、急に」

「そのブレスレットなんだけど」

 

私の目に止まったのは、ポーラの左手首に着けられた革製のブレスレット。

実を言うと、見覚えがあった。ガイウスと一緒に回った、ケルディックの夏祭り。

 

数ある出店の中に、輪投げの店があった。

景品に向けて輪を投じ、掛けることができればその景品を貰うことができる類の店だった。

私とガイウスも、何度か挑戦した。その中に、このブレスレットがあったのだ。

 

「ああ、これね。言ったでしょ、私達もお祭りに言ったって」

「うん、それは聞いた」

「面白かったわよ。柄にもなくムキになって輪投げに夢中になるんだもの」

 

そのムキになった張本人は、今グラウンドでランベルト先輩と肩を並べている彼。

どうしても意識してしまう。それもこれも、今日の昼休みの出来事が発端だった。

 

_____________________________

 

「え、私?」

 

昼食後、トレーを食堂のカウンターに持っていく道すがら。

唐突に2人の女子生徒に声を掛けられた。

何組の生徒かは分からない。身なりから彼女達がⅠ組かⅡ組に所属していることだけは分かった。

誰だろう。顔は何度か見た記憶があるが、話したことはないはずだ。

 

「えーと。私に何か用ですか?」

「1つお聞きしたいことがあります」

「あ、はい。何でしょう」

 

キョロキョロと辺りを見渡す貴族生徒2人組。

彼女らが口にした言葉は、あまりにも予想外というか。

思わず聞き返してしまうような内容だった。

 

「あの、すみません。もう一度言ってもらえますか?」

「ですから、あのポーラという女子です。彼女、ユーシス様とどういった御関係なのですか?」

「・・・・・・ええ!?」

 

____________________________

 

「・・・・・・なわけないよね」

「何のことよ?」

「ううん、何でもない」

 

どういう関係。遠回しのようでいて、直球過ぎる問いだった。

少なくとも、ただのクラブ仲間というのが紛れもない事実だ。

疑いを持ったのは、あの夏祭りがキッカケのようだ。

 

庶民の祭りを見学するためにケルディックを訪れた彼女らは、ユーシスの姿を見掛けた。

その隣にいたのがポーラ。2人が楽しそうに祭りに興じる光景を目の当たりにしたそうだ。

 

それだけを聞かされると、無理も無いのかなと思ってしまう。

それでも・・・・・・うーん。この2人が、なんて。あり得ないだろう。

当人達の感情は別としても、色々と問題事が多すぎるように思える。

それ以上に前者が問題か。事実、どうなのだろう。

 

「何なのよもう。人の顔をジロジロと」

「な、何でもないってば」

 

とりあえず、今は考えないようにしよう。

話を逸らすように、私は再び話題をミリアムへと向けた。

 

「それで、彼女もそっちの寮に住むようになるわけ?」

「そうみたい。荷物も一通り寮の方に送ってるって言って・・・・・・あれ?」

 

言いながら、私は1つの事実を思い出した。

ミリアムが第3学生寮にやって来る。生活を共にする。

それ自体には何の問題も無い。ただ、大きな問題が1つだけ。

どう考えてみても、それは回避できないのではないだろうか。

私の懸念はこの日の夜に、現実となるのであった。

 

_____________________________

 

「腹を割って話し合いましょう」

 

食堂のテーブルに集う、クロウ先輩を除いた《Ⅶ組》生徒一同。

既にここには椅子も含め、新たに2人分の一式が用意されていた。

シャロンさんが買い足したと言っていた食器の類も、クロウ先輩とミリアムの物だったようだ。

 

「ふむ。私はやぶさかではないが・・・・・・」

「ええ。誰かがそうしなければ、ミリアムちゃんも困ってしまいますし」

「むー、何だか悪者になった気分だよ。ボクは何もしてないのに」

 

ミリアムの生活用品も、1階のロビーにどっさりと届いていた。

新しいベッドも手配されている。何の問題も無い。必要な物は全て揃っていた。

足りないのは、1つだけ。

 

「あのさ、どうして僕達まで集められたのかな?」

「客観的な意見を聞くためよ。決め方を含めてね」

 

部屋が無い。部屋が足りないのだ。

 

今現在、この寮の空き部屋は2階に1部屋だけ。

その部屋も、週末にはクロウ先輩が移住してくる手筈になっていた。

ミリアムの部屋が、無い。深刻な問題だった。

 

元々この寮の部屋は、2人組で生活できるように設計されている。

やけに広いと感じたのは、そのせいだったようだ。

空き部屋が無い以上、誰かがミリアムと合い部屋にならざるを得ない。

必然的に、私達女性陣の誰かの部屋になる。

それを今決めなければ、今後のミリアムの寝床が無いのだ。

 

「うーん。正直なところ、みんな本心は自分専用の部屋が欲しいよね?」

 

私の言葉に、女性陣が顔を見合わせた。

ミリアムには悪いが、やはりそれは皆同じのようだ。

ラウラもエマもああは言っていたが、誰だってそうなのだろう。私だってそうだ。

 

「1階の物置を片して、部屋を空けるというのはどうだ?」

 

マキアスが言うと、今度は男性陣が顔をしかめ始めた。

 

「あそこは窓すら無いだろう。俺はどうかと思うな」

「僕もそう思う。ちょっと可哀想だよ」

「ああ。公平にすべきじゃないか」

「フン、血も涙も無い奴だなお前は」

「思い付いたことを言っただけだろう!?」

 

一斉に非難を浴びるマキアス。

私も考えはしたが、口に出さなくてよかった。危ない危ない。

いずれにせよ、やはり合い部屋が一番手っ取り早く、公平なのだろう。

 

「なら、これで決めよ」

 

それまで沈黙を守っていたフィーが取り出したのは、1丁の拳銃。

同時に取り出した1発の銃弾を手早く装填すると、リボルバーを勢いを付けて回し始めた。

 

「1人1回、撃ってもらう。当たれば銃口から花が咲く」

 

ゴトリという音と共に、テーブルに拳銃が置かれた。

銃も銃弾も何のために、いつの間にどこから用意してきたのか。

そんな突っ込みを入れる余裕も無く、誰もがゴクリと唾を飲んだ。

 

3階の住民。私、アリサ、ラウラ、エマ、フィー、サラ教官。

この場にいる誰かが銃弾に当たらなければ、サラ教官ということなのだろう。

 

なら、誰から。躊躇なく拳銃に手を伸ばしたのは、ラウラだった。

 

「当たっても私は構わぬが。フィー、引き金を引くだけでよいのか?」

「ん」

 

直後に、上方に向けてラウラが引き金を絞った。

カチャリ。渇いた金属音が周囲に響き渡った。

 

「外れのようだな。次は誰が撃つ?」

「なら私が」

 

ラウラに続いたのはアリサだった。

この流れだと、椅子に座る席順で撃っていくことになりそうだ。

ということは、私が最後か。やはり本音では、当たりたくはない。

 

そんな私の願いを裏切る様に、続けざまに4回。引き金は引かれた。

花は咲かなかった。必然的に回ってきた、私の番。

6分の1だった確率が、いつの間にか2分の1。50%にまで引き上がっていた。

 

「あはは。何だか楽しくなってきたね♪」

 

快活に笑うミリアム。申し訳ないが、面白くも何ともない。

別に私だって、合い部屋自体には何の抵抗も無い。

ただ―――それでは、今までのようにいかなくなる。

 

(の、残り物には福があるって言うしね)

 

若干的外れの表現を胸中で引用しながら拳銃を受け取り、引き金に指を掛けた。

頼むから、咲かないで。目を閉じながら、私は銃口を天井に向けた。

 

『パンッ』

 

見るまでもなかった。

皆の視線は、私の手元に向いていた。

テーブルに置いた拳銃からは、見事な桃色の花が悪びれることもなく咲いていた。

 

「・・・・・・ミリアム。今日から宜しくね」

「うん!よーし、早速荷物を運ばなきゃ。ガーちゃん!」

 

突如として姿を現したアガートラム。

気のせいだろうか。今頭部を私に向かって下げたように思えたのだが。

こちらこそ宜しくお願いします。ただ私の部屋には入らないで下さい。

力無く右手を振りながらそう心の中で挨拶をすると、ミリアムとアガートラムは食堂を後にした。

 

「はぁ・・・・・・」

 

肩を落とす私に、皆の生温かい視線が降り注いだ。

 

「ま、たまにはローテーションしましょ。とりあえずは任せたわよ」

「そうですね。その方がミリアムちゃんも楽しめそうですし」

「ありがとう・・・・・・うーん。でもこれじゃあ、夜にガイウスと―――」

 

そこまで言って、口を噤んだ。

今度はまったく意味合いが異なる、含みのある視線が私に向いてきた。

ガイウスだけが気まずそうに、俯いていた。

皆が沈黙を守る中、ユーシスが笑みを浮かべながら言った。

 

「やれやれ。2人目を産むつもりだったのか」

 

徒手、一の舞『飛燕』。

ユーシスの身体は壁際まで吹き飛んでいった。

 

________________________________

 

一通りの荷物とベッドを部屋に運び込んだ後、私達は少し遅めの夕食をとった。

その後はミリアムと協力して荷解きに汗を流し、漸く片付いたのが夜の21時。

いつもは一番乗りの入浴も、今日は最後になりそうだ。

 

「ミリアム、シャロンさんからハンガー貰ってきたよ」

「ありがとー。うん、これで一段落かな」

 

自室に戻ると、私のルームメイトは部屋の中で鬼ごっこをしていた。

鬼はミリアム。追われるのは、宙を逃げ回るラン。割と本気で逃げているようだ。

彼女はランを『ランちゃん』と呼んだ。至って普通の呼び名に大変癒された。

ユーシスよりは何百倍もマシだ。

 

『おなかへった』

「アヤ。お腹減ったって言ってるよ」

「口癖みたいなものだから、気にしないでよ」

 

逃げるようにして、ランが私の頭上に着地した。

振り落とさないよう注意しながら、様変わりした部屋を見渡す。

 

こうして改めて見ても、彼女の荷物は可愛らしい小物の類で溢れていた。

棚や机には、ぬいぐるみや人形も多数置かれている。年相応の趣味があるようだ。

 

「ねぇ。ミリアムって今何歳?」

「ボクは13歳だよ」

「ふーん」

 

見た目通りの年齢だった。あのフィーよりも2つ下か。

疑問は増えるばかり。何故そんな少女が、情報局などという機関に所属しているのか。

アガートラムの件も含め、分からないことだらけだ。聞いても答えてはくれないだろう。

 

「アヤは何歳なの?」

「19歳。みんなよりもちょっとだけ年上だよ」

「6歳も上なんだー。うんうん、アヤはお姉さんって感じがするもんね」

 

お姉さんと来たか。悪い気はしない。

妹の扱いは慣れているつもりだ。てんこ盛りの疑問は、しばらく脇に置いておこう。

 

「ミリアム、一緒にお風呂入ろっか。狭いけど、もう遅いしね」

「うん!」

 

新たに増えた《Ⅶ組》の仲間。生活を共にする仲間。

これからさらに賑やかになりそうだ。

 

「ねぇねぇアヤ。ボクも聞いていい?」

「何?」

「ガイウスとアヤって、いつ結婚したの?」

「ええ!?」

 

姉弟だってば。彼女がそれを納得するまで、かなりの時間を要することになった。


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