夏季休暇を除けば、士官学院には年末年始しか長期休暇は存在しない。大変に貴重な存在だ。
と言っても、その過ごし方は様々。帰省する生徒がいれば、外国旅行を満喫する生徒もいる。
普段のようにクラブ活動に勤しむ生徒だっているし、それは平民と貴族で大きく異なるようだ。
それにこの時期、貴族生徒には色々な名目で長期休暇をとることが許されている。
過ごし方に差が出るのは当然の事なのだろう。
「―――というわけなのだよ」
目の前でマッハ号の背を撫でるランベルト先輩も、近々実家に顔を出すのだと聞いていた。
忘れがちになるが、その純白の制服を泥だらけにして馬と戯れる先輩も、貴族生徒なのだ。
「こ、交流会に、ですか!?」
ただ、今はそれどころではない。
彼の提案に、思わず声を上げてしまった。
「ああ。我々馬術部も参加できるよう、トワ君に話は通してある。いい経験になると思ってね」
8月8日、日曜日。
私達馬術部の、来月に控えた交流会への参加。
それが午前中のクラブ活動を前にして、ランベルト先輩から告げられた内容だった。
「単なる思い付き、というわけではないようですが」
と腕を組みながら言ったのはユーシス。
大して動じていないものの、やはり怪訝そうな視線をランベルト先輩に向けていた。
一方のポーラは、流石に戸惑いを隠せないようだ。
「でも生徒会以外の参加は、教職員の推薦や認可が無い限りできないって書いてありましたけど」
「え、そうなの?」
「・・・・・・アヤ。あなた配られた連絡書には目を通しておきなさいよ」
失礼な。全部あのだらしない担任教官のせいだ。
私達は今度配ると昨日言われたばかりだし。知らないのも無理はない。
ポーラによれば、交流会では一部のクラブに活動内容を発表する場が設けられるのだそうだ。
参加には事前申請と認可が必要で、希望者が多い場合、生徒会と教職員の判断で篩に掛けられる。
ランベルト先輩の物言いだと、既に馬術部の参加は決まっているのだろう。
「実は昨年、私も一見学者として参加したことがあるのだよ。その時は、文芸部のドロテ君が代表だった」
「文芸部・・・・・・ああ、あの人か」
話したことは無いが、エマが所属する文芸部の部長さんのことだろう。
一見すれば大人し目な先輩のようでいて、いつもギラギラと目を光らせているあの人だ。
そういえば、昨晩エマがそんなことを言っていた気がする。
・・・・・・昨年?昨年ということは、ドロテ先輩は1年生の身で代表を務めたということだろうか。
「実に情熱的だった。同学年ながらも、堂々と文芸部の魅力を熱弁するドロテ君の姿に、いたく感心してしまったよ。まぁ、内容は別としてだ。内容はね」
「・・・・・・えーと。それで?」
「あの時から考えていたのさ。来年は我々馬術部も、とね。昨年から学院長とトワ君に打診してきた甲斐があったというものだよ」
なるほど。それなら私達が参加できるようになった経緯も理解できる。
交流会か。話では聞いていても、その内容はまるで想像が付かない。
何せ帝国を代表する6つの学院が集う会だ。人数もかなりの規模になるに違いない。
「ハッハッハ。他校の生徒と触れ合えるいい機会ではないか。そう気負わず、存分に楽しんできたまえ」
「「え?」」
私とポーラの声が重なり、お互いの顔を見合わせた。
そんな私達の胸中を代弁するように、ユーシスが小さく溜息を付きながら口を開いた。
「予想はしていましたが・・・・・・俺達3人が、代表というわけですか」
「もちろんさ。元々参加人数も限られていたし、私が参加しても仕方ない。諸君の好きなようにするといい。きっといい経験になる」
当然ランベルト先輩も参加するとばかり思っていたのだが、そうではないようだ。
私達が馬術部、そして士官学院の代表。・・・・・・急に肩の荷が重くなってきた。
戸惑うばかりの私達を尻目に、マッハ号は高らかな鳴き声を上げていた。
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午後13時過ぎ。
午前中のクラブ活動を終えた私達はキルシェに足を運び、交流会に関する資料を読み耽っていた。
ランベルト先輩から聞かされた話では、士官学院の参加者は生徒会から5名。
クラブ活動については、私達馬術部の3名が代表。合計で8名の参加だ。
「活動内容の発表かぁ・・・・・・ポーラ、ユーシス。どんなことを話せばいいのかな」
「目的によるだろう。単に馬術部の活動を周知させるだけなら、俺達が参加する意味など無い」
「・・・・・・うーん」
分かるような、分からないような。そもそも馬術部の活動内容は至って単純だ。
馬の世話に、乗馬技術の向上。確かにそれを発表するだけでは参加する意義が見当たらない。
ちなみに、馬術部の部員数は10名足らず。
乗馬についてまともに活動をしているのは、私達3人とランベルト先輩ぐらいだ。
と言っても、日々の世話は他の部員も手伝ってくれている。それで手一杯といった印象だった。
「言われてみれば、弟君の方が馬術部らしいわね。たまに遊びに来るし」
「あはは。それはそうかも」
馬に触れたくなるのか、時折ガイウスは馬術部を訪れることがある。
乗馬の回数だけで言えば、4人に続いて一番多いかもしれない。
「そういえば・・・・・・アヤ。あなた達、休みの間にどこかに出掛けたりはしないの?」
「あー。まぁ、今のところは予定は無いかな」
「折角の夏季休暇なのに?何だか勿体無いわね」
「それは分かるんだけど・・・・・・」
痛いところを突かれた気分だ。思わず溜息が出てしまった。
普通の男女の仲なら、それが普通なのだろう。考えてみれば、2人で遠出したことは一度も無い。
誘ってほしいという思いはあるが、ガイウスにそれを求めてもなぁ。
なら私から。と考えもしたが、これといって何も思い浮かばない。
冗談抜きで、何も。何を目的に、どこへ行けばいいのかもさっぱりだ。
最近実感することが多いが、私もガイウス同様、色々とズレているところがあるようだ。
それは例えば、帝国に関する知識。私が4年間帝国を流れる中で得たものは、この国で人目に触れず生きていくのに必要な知識だけだ。
貴族に関するイメージなど、お母さんが教えてくれたそれしか無かった。
ユーシスのような人間もいれば、パトリックのような典型的な貴族もいる。
そういえば、初対面の時はユーシスにも敬語を使っていたか。今となってはいい思い出だ。
「・・・・・・まぁ、心配は無いみたいね」
「え?」
考え事の道が逸れ掛けたところで、ポーラが安堵の溜息を付きながら言った。
その視線の先には、口元に小さな笑みを浮かべていたユーシスの顔。
どういうことだろう。ポーラもユーシスも、その表情の意味がよく分からない。
一方で、それはユーシスも同様のようだった。
「おい。どういう意味だ」
「付き合いも長いし、アンタが考えてる事ぐらい顔を見れば分かるわよ」
「・・・・・・フン」
視線で語り合うポーラとユーシス。
これはこれでほほ笑ましい限りだが、私を置いてけぼりにしないでほしい。
何だか阻害感すら抱いてしまう。
「それよりも今は交流会でしょ。今のうちに、叩き台ぐらいは考えておいた方がいいわね」
「え・・・・・・まだ1ヶ月ぐらい余裕はあるよ?」
「来月からは学院祭の準備もあるんだから、後回しにすると痛い目にあうわよ」
「ああ、それがあったっけ」
10月に予定されている、士官学院恒例の学院祭。
詳細は話でしか聞いたことが無いが、1年生はクラス別で独自の催しを考える必要があるそうだ。
アイデアからその準備、段取りに至るまで生徒が主導となって計画し、立案する。
考えただけでその苦労の程が窺える。何しろ《Ⅶ組》は他のクラスに比べて生徒数が半分以下。
その分苦労も倍増すると考えておいた方がいいのかもしれない。
「いずれにせよ、一通り詳細を聞いてからでなければ始まらん。生徒会室に行くぞ」
「昨年度までの資料があれば、それも参考にしましょう。導力端末も必要になるわね」
2人はこういったことには慣れているのだろう。
ユーシスは当然として、ポーラも頭の回転が速い行動派の人間のはずだ。
学業に力を入れ始めてからは、成績はクラスでも上位にまで上がってきていると言っていた。
「ちょっとアヤ、いつまで食べてる気?」
「ま、待ってよ。ピザがまだ・・・・・・あちちっ」
まぁ、私は私なりに頑張ろう。精々足を引っ張らない程度に。
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「どうしたんですか、ガイウス君」
「む」
右手にはデッサン用の木炭。目の前にはスタンドに掛けられたキャンバス。
そしてその向こう側から覗き込むようにして、愛らしい小顔を俺に向けるリンデ。
美術室には相も変わらず、俺とリンデ、クララ部長の姿しか無かった。
入部当初はもう少し人数がいたはずだが、精力的に活動している部員はこの3名しかいない。
学業に専念するため、部を抜けた生徒もいた。
他人事ではないが、それ程この士官学院の授業はついていくだけでも一苦労なのだろう。
「構図、定まったみたいですね」
「ああ、やっとな。これは故郷であるノルド高原の風景だ」
「え・・・・・・すごい。私はてっきり、想像画の類かと思ってました」
驚嘆の声を上げるリンデ。
俺にとっては、別に特別なことではない。目を閉じれば、ここからの光景が鮮明に浮かんでくる。
全ての始まりの場所。ある意味で、アヤにとってもそうかもしれない。
この場所からの風景写真が、アヤがノルドへと足を運ぶキッカケになったのは事実だ。
漸く構図もまとまってくれた。だが納得のいく出来になってくれるまでは、もうしばらく掛かりそうだ。
「その割には、表情が晴れないですね。考え事ですか?」
「・・・・・・そう見えるのか?」
「ふふ、朝からずっとですよ」
今度はお見通しとばかりに、フフンと勝気に笑うリンデ。
・・・・・・降参だ。普段のリンデからは想像も付かないが、どうも彼女は勘が鋭いようだ。
今に始まった事ではないか。アヤの事で思い悩んでいる時もそうだった。
時計に目を向けると、短針は午後の14時と15時の間を指していた。
「小し休憩を入れませんか。私、またノルドの紅茶を飲みたいです」
「そうか。ならキルシェに行くとしよう。クララ部長?」
「構うな。好きにしろ」
一心不乱に彫刻を彫りながら答えるクララ部長。
彼女を見る度に、芸術という文化の奥深さを思い知らされる。
部長にも今度、故郷の紅茶を飲んでもらおう。飲んでくれればの話だが。
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キルシェに足を運ぶと、店内はいつも以上に閑散としていた。
士官学院が夏季休暇中だからだろう。俺とリンデ以外には、2人の男子生徒の姿しか無かった。
確か、世間では夏休みと呼ばれる時期だ。学生以外の人間も、今は仕事を忘れて夏を満喫しているのかもしれない。
「お出掛け?」
「ああ。その、折角の夏季休暇だろう。思案してはいるが・・・・・・これといって、いい行先が思い付かない」
昨晩の皆からの助言を参考に考えてはみたものの、まるでいい案が思い浮かばなかった。
そのせいで柄にもなく寝不足気味だ。眉間に皺が寄っていたのは、それが原因でもある。
「お待たせ致しましたー。ノルドティーになります」
「どう・・・・・・も?」
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
2つのティーカップをテーブルへ置いたドリーさんは、どういうわけか俺の頭を撫で出した。
たっぷりと時間を掛けて、満面の笑みを浮かべながら。
何だ、今のは。どうして俺は今、幼子のような扱いを受けたんだ。
「あははは。何となく、ドリーさんの気持ちも分かりますよ」
「俺にも分かるように言ってくれないか・・・・・・」
「何でもないです。えっと、ガイウス君はアヤさんをどこかに誘いたいんですよね?」
怪訝な視線を送る俺を尻目に、リンデは俺の相談事へと思考を向け始めた。
ありがたい限りだが・・・・・・まぁ、今は置いておこう。これだけでも、彼女には頭が上がらない。
「とりあえず、近場の方がいいと思いますよ。余り遠くだと、楽しむ時間が減っちゃいますから」
「いや、外泊も視野には入れている。それも一興だろう」
「え・・・・・・でも、外泊届けは申請していないんですよね?」
「・・・・・・それは、すぐにできないものなのか?」
「ガイウス君・・・・・・」
恐る恐る聞いてみると、リンデは躊躇いながらも教えてくれた。
外泊届けというものは、その1週間以上前に申請する必要があるのだそうだ。
失念していた。なら彼女が言うように、場所はかなり限定される。
「うーん。アヤさんが行ったことがない場所だと、新鮮味があっていいと思いますけど」
「大きな都市のほとんどを網羅しているはずだが・・・・・・オルディス、だったか。そこには足を運んだことがないそうだ」
「い、移動に時間が掛かり過ぎますよ」
その可能性は無くなったか。なら、必然的にアヤも行ったことがある場所になる。
最近訪ねたことがある場所は除いた方がいい。アヤも面白みに欠けるだろう。
・・・・・・段々と選択肢が少なくなってきた。リンデの眉間にも、皺が寄り始めていた。
「リンデ、君ならどうだ。どこか連れて行ってほしい場所はあるか?」
「私が、ですか?」
いずれにせよ、決めるのは俺だ。これ以上彼女を悩ませるわけにはいかない。
ただ、できるだけ多くの意見を聞いておきたいところだ。
アヤの立場に立ってもらう必要は無い。同年代の女性としての声を聞いておくべきだろう。
「・・・・・・そ、そそそんな。私がおと、男の子となんて。む、無理ですよっ」
何だ。急に顔色と口調が変わった気がするが。
視線も徐々に下がっていき、俯いてしまった。
「気軽に思い付いた場所でいい。聞かせてくれないか」
「き、気軽にって言われても・・・・・・その」
身体をもじもじと揺らしながら、リンデはゆっくりと顔を上げた。
「だ、誰と、行けばいいんですか?」
「・・・・・・誰でも構わないが」
想像の上に想像を重ねた話だというのに、それは必要なことなのだろうか。
何故だろう。先程まで心強い限りだった友が、急に遠くへ行ってしまった感覚だった。
しばらくの間、リンデの返答を待っていると―――
「・・・・・・えへへっ」
―――彼女は顔を赤らめ、幸せそうな笑みを浮かべ始めた。
どうやら俺を置いて、想像を重ねすぎたようだ。どこまで行くんだ、リンデ。
その相手とやらも気にはなるが、今重要なのはそこではない。戻ってきてくれ。
「ガイウスとリンデか。2人で何を―――」
「きゃあああ!?」
それはあっという間の出来事だった。
リンデの背後から現れたリィンが声を掛けた途端に、彼女は店外へと走り去ってしまった。
残されたのは、笑顔のまま凍りつくリィンと俺。
置いてけぼりの、置いてけぼりだった。
「なぁガイウス」
「何だ」
「俺は何を謝ればいいんだ?」
「・・・・・・」
「頼むから何か言ってくれ・・・・・・」
昔の俺なら、首を傾げるだけだったはずだ。
察するに―――リンデの想像上の相手は、おそらく目の前の彼だったのだろう。
できれば場所を教えてほしかったのだが、それは後にするか。教えてもらえる気がしないが。
ノルドティーの代金は、俺がまとめて払っておくとしよう。
「リンデは一体どうしたんだ?」
「俺からはどうにも―――」
不意にそれは、カウンターに置かれた導力ラジオから聞こえてきた。
とある催し事を知らせる、1つの事実。聞き漏らさないよう、息を止めて耳を傾けた。
場所と距離、時間。そして、8月11日。全ての条件が、俺の背中を押していた。
「・・・・・・いい風が吹いたようだな」
「ガイウス?」
思いもよらないところから、いい情報を得ることができた。
おそらく、これしかない。リンデにも相談してみよう。
早る気持ちを抑えながら、俺は足早にキルシェを後にした。
背後から「俺が払うのか!?」というリィンの悲痛な叫びが聞こえた気がするが、きっと空耳だ。
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午後18時過ぎの図書館。
窓枠から入り込んでくる茜色の夏の夕焼けが、閑散とした館内を煌びやかに染め上げる時間帯。
司書であるキャロルを除けば、既に3名の士官学院生の姿しかそこには無かった。
そのうち2名は、生徒会から渡された資料に視線を落とし―――うち1名は、微睡の中にあった。
「ん、こんなものかしら。前半の詳しい文面は任せるわよ」
「ああ・・・・・・やれやれ、こいつは終始使い物にならなかったな」
「写真撮りを任せたんだから、寝かせておきなさいよ」
「分かっている」
発表時間は10分。事前に別途資料を作成する場合には、既定のサイズで2枚以内。
それ以外には、特に決まりは無し。それが彼らがトワから聞かされた条件だった。
自由度が高い分、普通の生徒なら思い悩んでしまうところだったが、それはポーラとユーシスには当てはまらなかった。
資料のレイアウトや方向性、発表の流れに至るまで、土台は完成しつつあった。
文章で伝えきれない部分は、活動風景の写真を掲載することで分かりやすく表現する。
どうせなら、泥に塗れたユーシスの写真を一面に。これはアヤとポーラの案だ。
初めは拒否していたユーシスも、結局は折れる結果となった。
その写真撮りの担当が、夢の中にいるアヤの担当だ。
「いい寝顔ね。もしかして、夢の中でも弟君と会ってるのかしら」
「惚気顔を拝まされるのは勘弁願いたいのだがな」
「いいじゃない、別に・・・・・・ずっと、独りだったんだから」
温かな笑みを浮かべながら、アヤの寝顔を見守るポーラ。
歳の差を感じさせないその表情は、まるで姉妹を見守るそれに近いものであった。
思わずユーシスが見入ってしまったことに、ポーラは気付いていなかった。
「・・・・・・こいつのことを、お前はどこまで知っている」
「大体のことは、この間漸く話してくれたわ。信じられない話だったけど・・・・・・全部、事実なんでしょう?」
「おそらくはな」
母親との死別に、帝国中をたった独りで生き抜いてきた4年間。そしてノルドとの出会い。
1週間前の、8月1日。ポーラはアヤから、全てを打ち明けられた。
何の変哲も無い平民としての人生を歩んできた彼女にとって、俄かには信じ難い過去だった。
「最近のアヤは、本当に幸せそう。見てるだけで胸が一杯になりそうな感覚ね」
「・・・・・・そうだな」
珍しい反応だ、とポーラは思った。
らしくない色の笑みを浮かべるユーシスに、今度は彼女が我を忘れる番だった。
だがそれも束の間、彼女は含みのある笑みを浮かべ、ユーシスの表情を窺った。
「ふーん、勘弁願いたいんじゃなかったの?」
「フン。こいつの間抜け面はいい気分転換になる」
太陽を引き合いに出したガイウスの例え話は、あながち間違いでもない。
凄惨な過去を抱えながらも、ひたむきに。純粋に、健気に。
人は―――人の間に在る限り、笑うことができる。
その逆も然り。アヤを見守る2人の顔も、そうだった。
「でも、ユーシスだってそうじゃない」
「何の事を言っている」
「最近鏡を見たことないの?以前に比べたら緩々よ」
「わけが分からん・・・・・・お前は相変わらず粗暴で淑女には程遠い」
「何でそうなるのよ。バカ」
お互い様だ。
入学当初に比べれば、ユーシスの態度や表情は軟化の一途を辿りつつあった。
だがそれはポーラも同じだ。《Ⅶ組》同様、馬術部3人組の間にも、既に壁は無い。
その絆も、確かなものになりつつある。
「精々泥に塗れていい写真を撮られれば?ファンが増えて言う事無しじゃない」
「興味が無い。鬱陶しいだけだ」
「・・・・・・そう。それで、アンタは部長みたいに実家に戻ったりはしないわけ?」
「阿呆が。わざわざ居心地の悪い実家に戻る人間がどこにいる。泥に塗れている方がマシだ」
裏を返せば、馬術部は居心地がいい。
ユーシスにその意図は無かったが、彼にとっては紛れもない事実であった。
ポーラも、彼の言葉をそう受け取っていた。
「なら明日も顔を見せるんだ。ちょうどいいわ、アヤと一緒にポテトの処理に付き合いなさい」
「ポテト、だと?」
「実家から大量にほっくりポテトが送られてきたのよ。明日、何か作ってくるから」
「キュリアの薬を持参しておく」
「アンタやっぱり最低よ」
「・・・・・・2人とも、何の話してるの?」
夢から覚めたアヤの前には、いつものように睨み合うポーラとユーシス。
いつの間に眠ってしまっていたのか。というか、ポテトが一体どうしたというのか。
頭上に疑問符を浮かべるアヤを余所に、館内には閉館を知らせるチャイムが鳴り始めていた。