絢の軌跡   作:ゆーゆ

55 / 93
第5章
それぞれの語らい


8月7日、土曜日。

街中に溢れていた初夏の匂いが、その本格さを増した頃。

解放感と目が眩むような光溢れる、8月の初旬。

 

ある者は、今日から始まった5日間の夏季休暇を満喫しながら。

またある者は、来月に控えた『交流会』への準備に勤しみ。

そして誰もが夏の夜空に輝く星々を仰ぎ、夏の情緒に想いを馳せる。

 

そんな8月7日の夜。

私達《Ⅶ組》の女子5人と、担任が1人。

6人が1つの部屋に籠り、中央のテーブルを囲うようにして腰を下ろしながら、雑談に耽っていた。

 

「音楽院や芸術院に、科学院。確か、合計で6校です。一部の大学なんかも参加するようですよ」

「ふーん。話には聞いてたけど、要は何をする集まりなの?」

「学院の行事や取り組みの内容をお互いに発表し合いながら、それぞれの意見を交換し、交流を深める。といったところでしょうか。基本的には、生徒会が主導で行うみたいですね」

「ふむ。主導ということは、それ以外の生徒も参加する余地がある、ということか?」

「はい。昨年には、文芸部のドロテ部長も参加されたそうなんです」

 

数年前から恒例行事となった、学び舎の垣根を越えた交流。

9月中旬に予定されているそれは、エマが言うように学生が主導となって執り行われるそうだ。

毎年持ち回りで1つの学院が音頭を取るのが通例で、今年はちょうど、それが士官学院の番。

なら、実質的な中心はトワ会長か。きっと素敵な集いになるはずだ。

 

「それにしても・・・・・・私達の知る情報とエマのそれとじゃ、随分と開きがあるわね。そこまでの詳細は、今初めて知ったわよ?」

「私も部長から教えていただいただけなので・・・・・・」

「・・・・・・サラ」

「ぷっはああああああ」

 

フィーに話を振られたサラ教官が、冷えたビールで喉を潤した感動をありのままに表現した。

ああ、殴りたい。私の前で露骨に自慢するかのように、勝ち誇ったその顔を見せびらかす恩師を。

 

「あら、何かしら。何も悪いことはしていないわよ」

「前にも言いましたよね。学生寮は飲酒禁止です。何度言わせれば気が済むんですか」

「『学生の』に決まってるじゃない。行間を読みなさいな。そんなんじゃ大人の女性になれないわよ」

「どいて、アリサ」

「お、落ち着きなさい!私の部屋で何をするつもりよ!?」

 

6人が一手に集う、初めての夜。

キッカケは、私がアリサの部屋に転がり込み、取り留めのない話に花を咲かせていただけのこと。

そこにエマが加わり、より一層会話が弾んだ。賑やかになった一室に、ラウラとフィーが2人仲良く訪れた。

シャロンさんが作ってくれた軽食に釣られ、ほろ酔い気分のサラ教官が最後に。

 

まぁ全てのキッカケはといえば、女学院の正門前でエマが放った言葉だったに違いない。

実習が終わったら、誰かの部屋で一晩中語り合いたい。図らずも、それはすぐに実現した。

 

「サラ教官。もしやとは思うが、我々への連絡事項等に漏れがあるのではないか?」

「あー、それはほら。最近印刷機の調子が悪くってね。連絡書一式、今度配るわよ」

 

忘れていただけだろう。

そんな5つの視線を器用に掻い潜り、教官はシャロンさんお手製の燻製サモーナを堪能していた。

まぁ、今に始まった事ではない。いちいち相手にしていては、突っ込み役が何人いても足りない。

 

「そういえば・・・・・・」

 

アリサのその言葉を合図にして、陣形が瞬時にして変わった。

戦術リンクさながらの、無駄一つ無い連携。

途端に、頭の中で警笛が鳴った。まずい、これは非常にまずい。

そういえばの後に続く話題は、絶対に180°回転した脈絡の無いそれだ。

 

思い至った時には、テーブルではなく私が囲まれていた。

退路は無かった。味方もいない。今晩だけで3回目の、四面楚歌。

 

「アヤ。何て言って告白されたの?聞かせなさい」

「だから!!何回言わせるの!?」

 

3回目だった。いや、4回目か。

どうだっていい。鬱陶しいこと極まりない。

 

「アヤさん、無理にとは言いませんが・・・・・・教えていただかないと、作品の執筆が進みません」

「書かなくていい、書かなくていいから」

 

いつだったか。誰かが「女性は集まると怖い」と言っていたことが思い出された。

まさか同性の身でありながらそれを体感する時が来るとは。

ともあれ、もう慣れてきた。恥じらいも薄れてきたような気がする。

 

「別に、普通に好きとか、一緒にいたいとか。確かそんな感じ」

 

湧き上がる拍手喝采。

フィーは小型の金管楽器を手にし、「パフパフッ」と煽るように鳴らしていた。

シャロンさんがつまみと共に持ち込んだ時はまるで理解できなかったが、用途があったのか。

 

「まぁ、素直に喜ばしいことね。おかげで胸焼けしそうだわ」

「ああ、そうだな。私もいずれ・・・・・・コホン、何でもない」

 

ここだ。機は今しかない。

 

「ちょっとみんな!今ラウラから気になる発言が出た!!」

「アヤ、酒のつまみが無くなったわ。もっとパンチの効いた話をちょうだい」

 

私の振りは誰の気を引くことも無く、消え失せた。

包囲網に付け入る隙は無かった。弄りを通り越して虐められている気分だ。

 

「ああもう。そんなこと言われたって、話すことは何も無いですよ」

「期待する方が無駄なのかしら・・・・・・相手があのガイウスだしね」

「我々が気付かぬ程に、普段通りの2人にしか見えなかったな」

「ふふ。アヤさんとガイウスさんらしいです」

「・・・・・・」

 

あれ、何だろう。急に冷静になってきた。

その「どうせ何もないんだろう」的な視線が、優越感に似た感情を抱かせてくる。

何故かと聞かれれば、何かあったから。いや、正確に言えば、無かったか。

 

お互いに笑える程に不器用過ぎて―――うん、これも別の話だ。

何の準備もしていなかったのだ。それで行為に及ぶ程、私達は馬鹿じゃない。

・・・・・・まぁ、あれでは同じようなものか。思い出すだけで息が熱くなる。

 

「みんな、アヤの様子が変。探りを入れるべき」

「へ?」

 

いつの間にか、フィーが覗き込むようにして私の隣に座っていた。

近い、近すぎる。息が当たる程の距離で、突然何を言い出すんだ。

 

平静を装い聞かなかった振りを決め込む私を余所に、皆の目には怪しげな色が光っていた。

長い夜になりそうだ。一週間前の、あの夜以上に。

 

____________________________

 

一方その頃。

第3学生寮の2階。

 

「何だか3階が騒がしいね」

「ど、どうして楽器の音まで聞こえてくるんだ・・・・・・?」

 

《Ⅶ組》の中心にして重心。本人は否定しても、周囲がそう認めている。

リィン・シュバルツァー。彼の自室には、俺達《Ⅶ組》の男子が勢揃いしていた。

 

キッカケは些細なことだ。特別実習を終え、5日間に渡る夏季休暇の初日。

こんな日にも、リィンは生徒会の手伝いとやらに奔走していた。

対する俺は、自由気ままにキャンバスにペンを走らせるだけ。

お互いに自分自身の意志での行動とはいえ、リィンは自分を削り過ぎる傾向にあるように思えた。

彼も同じ学生だというのに。あれでは身体がいくつあっても足りないだろう。

 

俺にできることは、滋養に効く薬草と茶葉を使い、茶を淹れてやることぐらいしかなかった。

リィンには、リィンにしかできないことがある。それは俺だって同じだ。

 

特徴的なその香りに引かれて、ユーシスが扉を叩いた。

続くようにして、マキアスとエリオットも。ごく自然に、皆がリィンの下に集った。

 

「はは・・・・・・癖のある味だけど、不思議と身体が解れてくる感覚だ。礼を言うよ、ガイウス」

「そうか。気に入ってくれて何よりだ」

「興味深い香りだな。これもノルド原産の物なのか?」

「ああ、そうだ」

 

同年代が4人。こうして改めて見ると、今でも不思議な感覚に陥る。

ノルドでは考えられないことだった。一番歳が近い同性でも、4つは離れていた。

同じ建物の中で、学び舎で生活を共にし、横並びで歩を進める。

たったそれだけの事実が、確かな力になる。これが友というものなのだろう。

 

「ガイウス、何を笑っているんだ?」

「フッ・・・・・・いや、詮無いことだ。気にしないでくれ」

「あはは。もしかして、アヤのことでも考えてた?」

「・・・・・・そんなことはないが。そう見えたのか?」

 

そして、この感情。まぁ、これは3年前からのものだったが。

自覚しただけだ。彼女が「帰ろう」と言ってくれた、あの日から。

笑ってくれたあの日から、ずっとそうだった。

 

士官学院に来てから、自分の知らない自分が見えてくる。

毎日が新たな発見と学びに満ち溢れている。恵まれた環境だ。

 

「しかし、君も水臭いな。僕らにまで隠す必要はないだろうに」

「アヤに口止めされていたんだ。そうでなくとも、キッカケが掴めなかったのも事実だ」

「フン、俺は知っていたがな。それがお前と俺の差だ。認めろ」

「君はたまたま見ていただけだろう!?」

 

そう、見られていた。今思い出しても、顔が熱くなる。

こんなことを言ったら、皆はどう感じるのだろうか。

俺にだって、恥じらいはある。まさかあの場面を見られていたとは思ってもいなかった。

気配にすら気付かなかったのは、それだけ彼女しか見えていなかったからだろう。

 

「改めて言わせてよ。おめでとう、ガイウス」

「見限られんよう、精々大事にしてやれ」

「ありがとう、みんな」

 

茶を飲まずとも、身体が温まる。アヤは何を迷っていたのだろう。

皆が支えてくれる。何も知らない俺に、たくさんのことを教えてくれる。

遠慮はいらない。思う存分に頼りにさせてもらおう。

たった1人で彼女を支えられると思う程、思い上がってはいない。

 

「なぁガイウス。今回の夏季休暇、やっぱりアヤと何か約束しているのか?」

「いや、特に予定は無いが」

「「えっ」」

 

リィンの問いにそう返すやいなや、4人の声が重なった。

見れば、皆の表情に意外や戸惑いの色が浮かんでいた。

悪い風が吹いている。何だ、俺は何かおかしなことを言っただろうか。

 

「じゃあ、このままずっとトリスタにいるの?ノルドに帰省する予定は?」

「それもない。一月前に戻ったばかりだからな。年末までは、帰らないつもりだ」

 

まただ。また嫌な風が俺に向けて吹き荒れてくる。

初めての経験ではない。物を知らない俺だからこそ分かる。

きっと俺は彼らにとって、普通ではないことを言っているのだろう。

 

「そ、それは僕もどうかと思うぞ。折角の夏季休暇だ。何か特別なことをしてあげたらどうなんだ?」

「特別・・・・・・帰省しろということか?」

「阿呆が。それは選択肢の1つに過ぎん」

「ほら、今しか作れない思い出ってやつだよ」

 

士官学院生としてたった2つしかない、5日間に渡る夏季休暇。

それは大変に貴重で、何かを感じ、思わずにはいられない掛け替えのない自由な一時。

・・・・・・よく分からないが、長期に渡り自由行動を許されることが、特別だということは理解できる。

 

ノルドには、自由行動日や休日といった概念は無い。

だが帝国には、ノルドの外には確かに存在している。

そんな発想が無かったのも、無理もないのかも―――いや、違う。

 

知ろうとしなかっただけだ。それは俺の怠慢でしかない。

2年後。アヤは、俺とは違う道を歩むことになる。離れ離れになる。

今までのように、会う事すら叶わなくなるのだ。それはもう、すぐ近くにまで迫っている。

それなら、今しかない。

 

「あー、コホン。それと念のために訊いておくが。夏季休暇の最終日は、何月の何日だ」

「・・・・・・8月11日、だが」

「お前は思っていた以上に唐変木だな・・・・・・聞くに堪えん。いいか、その1ヶ月前。お前は何をした」

 

7月11日。

そうだ。あの日の夜に俺は、想いを打ち明けた。彼女も、それに応えてくれた。

それが何を―――駄目だ。考えるな、感じろ。

既成概念に捉われるな。俺の考えは、ここでは普通じゃない。

アヤはクロスベルという地で生を受け、帝国を流れてきた。俺が彼女に合わせるべきだ。

 

成就してから、ちょうど1ヶ月。そこに何か意味がある。

季節の節目を祝うように。生誕の日を祝うように。父さんと母さんが、婚約した日を祝うように。

きっと、その辺りが近いはずだ。

 

「なるほど。その特別な日に、何か特別なことをすればいいんだな」

「手の掛かる男だ・・・・・・何だ貴様ら。その気色悪い視線を今すぐ外せ」

「ユーシスって・・・・・・えへへ、ちょっと意外だな」

「ユーシス・アルバレア。君は恋愛指南書を嗜む習慣でもあるのか?」

「表に出ろ、マキアス・レーグニッツ・・・・・・っ!」

 

目の前で勃発した睨み合いは、多分俺のせいではないだろう。

しかし―――特別なこと、か。これは流石の俺にも理解はできる。

 

それは例えば、シャルがトーマにそうしたように、何かを贈る。

間違いではない気がするが、思い出とは何か違う気がしてならない。

婚約した日を祝う時には・・・・・・いや、これは飛躍し過ぎているな。

 

「ガイウス、そう難しく考える必要は無いんじゃないか?2人でどこかに出掛ける、とかさ。それだけでも喜ばれると思うぞ。エリゼの機嫌取りに、よくそうしていたものさ」

「うんうん。アヤならやっぱり、地元の美味しい物が食べたいんじゃないかなぁ」

「お前が考えて自ら行動することに意味がある。いいか、男子なら・・・・・・貴様ら、雁首揃えて表に出ろ!」

 

思い悩む俺を尻目に、次から次へと溢れ出てくる。頼んでも、いないというのに。

 

「・・・・・・フフッ」

 

思わず漏れ出た笑い声は、誰の耳にも入ってはいないようだ。

士官学院に入って、彼らに出会えて本当によかった。

アヤ。君だってそうだろう。もしかしたら、同じように同窓と語り合っているのかもしれないな。

 

ともあれ、考えることは山積みだ。考えて答えが出るような問題ではない。

悩んだら打ち明けよう。俺には仲間がいる。それだけで俺は、前に進める。

 

___________________________________

 

「さっきから下の階も賑やかね」

「ふふ。もしかしたら私達のように、お喋りに夢中になっているのかもしれませんね」

 

お喋り。今お喋りと言ったか。

拷問の間違いだろう。問答無用に散々こっ恥ずかしい言葉を出させておいて何を言う。

おかげで顔は熱いし喉はカラカラだ。許されるなら、サラ教官のように喉を潤したいというのに。

 

「ふむ。少々悪乗りが過ぎたようだな。すまない、アヤ」

「ラウラ・・・・・・大好きだよ」

『パフパフッ』

「フィー、今のは違うからね」

 

包囲網が崩れ去ると同時に、私の身柄は解放された。

疲れた。まるで特別実習の直後のような疲労具合だ。

 

「でも私達だって、寂しかったんだからね。知っていたのが、ユーシスだけだったなんて。あんまりじゃない」

「それは・・・・・・ごめん」

「責めるつもりはないんです。ですが、アリサさんのお気持ちも理解できますから」

「そうだな。その、力になれるとは断言できぬが・・・・・・話を聞くぐらいは、私にもできる」

『パフパフッ』

「そなたも楽器を置くがよい」

 

それを言われると、返す言葉が無い。それに、私にも迷いがあったのは確かだ。

血の繋がりが無いとはいえ、私達は姉弟。エリゼちゃんと同じ葛藤だってあった。

皆が私達の関係を、受け入れてくれるのか。躊躇いの半分は、それに他ならなかった。

 

・・・・・・情けない限りだ。ユーシスやポーラを見れば、分かり切っていただろうに。

皆を信じ切れなかった私が弱かっただけだ。悪いのは、私だ。

 

「ごめんね、みんな。何かあったら、その時は相談させてもらうよ」

「ふふ、任せなさい。何せ3年越し愛だもの」

「はい。3年越しの愛ですから」

「ああ。3年越し―――」

「もういいから!!」

 

もう遠慮は要らない。こんなやり取りも、きっと掛け替えのない思い出になってくれる。

悩んだら打ち明けよう。嬉しいことがあったら存分に共有しよう。今までのように、これからも。

・・・・・・ただ、この場はさっさと次の話題に移ってほしい。どれだけ弄れば気が済むんだ。

 

「うんうん、これが青春ってやつよねー♪」

 

皆の視線が、ベッドの上で足を組みながら晩酌をするサラ教官に向けられた。

ビール瓶を数本開けて、ワインボトルを・・・・・・ほとんど空だ。

相当に飲んでいる。夏季休暇とはいえ、流石に羽目を外し過ぎではないだろうか。

 

「さ、サラ教官!ベッドにお酒が零れてるじゃないですか!?」

 

不意に、アリサの悲鳴が上がった。

 

「え?ああ、ごめんごめん。後で拭いておくわ」

「今ですよ、今!ああもう、臭いが・・・・・・っ!」

 

ワインの濃紫色に染まったベッドシーツ。

そして泣きそうな顔で部屋を飛び出したアリサ。シャロンさんにヘルプを頼みに行ったのだろう。

駄目だ、この人。駄目過ぎる。誰もがそう思わざるを得なかった。

 

「ほらほらどうしたの。話を続けなさい。面白くないじゃない」

「・・・・・・あのー、サラ教官?1つ、お伺いしたいことが」

「エマ、聞くだけ無駄。いないから」

 

エマが問いかける前に、フィーが教官に代わって答えた。まぁ、事実に違いない。

尊敬に値する人だと思う。立派な人間だと自信を持って言える。

だというのに、どうしてこうなのだろう。だらしないにも程がある。

 

「あらあら、サラ様ったら」

 

透き通るような声が、私達の複雑な胸中を綺麗さっぱり洗い流した。

音も無く現れたシャロンさん。いつの間に背後にいたのだろう。

シャロンさんは足早にベッドへと近づくと、慣れた手つきでシーツを外しに掛かった。

無言の圧力で、サラ教官も腰を上げざるを得なかった。

 

「手慣れているな。流石はシャロン殿だ」

「サラとは大違い」

「ぐぬぬ・・・・・・」

 

この安心感と安定感。

比較しても仕方ないが―――事実、仕方ない。目の前のそれは、長所と短所に過ぎない。

私は今日まで、素敵なサラ教官を何度も目の当たりにしてきた。

 

「大丈夫ですよ、サラ教官」

「え?」

「だって私のお母さんが結婚できたぐらいですから」

「・・・・・・励ましてるの、それ」

「もちろんです」

 

その説得力は、私にしか理解できないだろう。伝わらないのも無理はない。

サラ教官はサラ教官だ。彼女の魅力を分かってくれる男性が、きっといるはずだ。

それがいつになるかは分からない。その時は、皆で祝福してあげよう。

 

(あっ)

 

サラ教官の晴れ姿を想像したところで、唐突にある事を思い付いた。

うん、案外悪くは無いかもしれない。気が早いが、皆にも冗談交じりに提案して―――痛っ。

 

「・・・・・・待って下さい。何で私叩かれたんですか」

「勝ち誇った顔でニヤニヤ笑うからよ、ムカつくわね。そんなに男を自慢したいわけ?」

「ち、違いますよ!・・・・・・ああもう。もういいです!」

 

あれは10歳の頃だったか。お母さんの知人の挙式に、一度だけ参加したことがある。

日曜学校で見慣れた教会が、別世界のような華やかさに溢れていた。

 

それが5年後でも10年後であっても。

《Ⅶ組》を象徴する真紅の袖に腕を通して、祝福する。サラ教官へのとっておきのサプライズだ。

―――と思ったのだが、考え直そう。自業自得だ、このバカ教官。

 

_______________________________

 

「3階、漸く静かになってきたね」

「もうこんな時間か。はは、随分と話し込んじゃったな」

 

時計の針は、夜の22時過ぎを指していた。普段なら、寝床に入っている時間だ。

睡眠と起床の時間だけは、故郷でのリズムを崩さない。俺なりの習慣だった。

 

「僕はそろそろ部屋に戻ろう。ガイウス、何か相談があれば遠慮なく言ってくれ」

「やめておけ。地雷を踏みたくなければ、俺のところへ来るがいい」

 

マキアスとユーシスは、反発し合いながらも引かれ合うように。

エリオットもそれに続き、リィンの部屋を後にした。

 

「すまなかったな、リィン。元気付けるつもりが、こちらが相談に乗ってもらってしまった」

「構わないさ。みんな、ああいった話題で熱くなったりするんだな。少し意外だったよ」

 

同じ思いだった。

おかげで俺はまた1つ、知らない世界を肌で感じることができた。

それがアヤの幸せに繋がるなら何よりだ。まぁ、それは俺次第というところか。

知識は活かすことで、初めて知恵になる。ご隠居が教えてくれたことだ。

 

踵を返し、ドアに手を掛けたところで―――歩を止めた。

 

「どうしたんだ?」

「リィン、お前にも・・・・・・いるんじゃないか。特別な存在が」

 

すぐに答えは来なかった。

この風の色はなんだろう。戸惑いか。あるいは、別の何かか。

 

「・・・・・・分からない。ただ―――いや。その時は、俺も相談させてくれ」

「そうか。いい夢を」

「ああ。おやすみ、ガイウス」

 

どうとでも受け取れる返答だ。リィンらしい。

風と女神の導きを。そして親友と呼べる彼に、支えとなる存在があらんことを願うばかりだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。