絢の軌跡   作:ゆーゆ

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緋の帝都

7月24日の早朝。

第4回目となる特別実習初日を迎えた私達《Ⅶ組》は、帝都行きの列車内でマキアスやエリオットの話に耳を傾けていた。

 

「ヘイムダルは16区の街区に分かれてるんだ。それぞれが地方都市並みの規模を持っているんだけど、帝都全体の人口は80万人を超えているって話だね」

「80万・・・・・・想像も付かんな」

「近隣諸国で言うと、南にあるリベールの都が30万人。巨大貿易都市のクロスベルでも、確か50万人程度ですよね、アヤさん・・・・・・アヤさん?」

 

エマの振りに、目線と頷きで力無く答える。

今は声を出すことすら億劫だった。

 

「やれやれ。先が思いやられるな」

 

と腕を組みながらぼやくのはマキアス。

特別実習の初日に、目の下に立派なクマを作り気怠そうな態度を取られては、呆れるのも当然だ。

 

「・・・・・・はぁ。ごめん、実習には影響が出ないようにするから」

 

特別実習を明日に控えた昨晩、私は珍しく眠れない夜を悶々と過ごしていた。

何度も寝返りを打ちながら私が取った行動は、『本を読む』というありきたり時間潰しだった。

序章を読み終えたところで止まっていたカーネリアの栞を取った時から、私の体内時計は大きく狂い始めた。

 

気付いた時には、既に周囲が薄明るくなり始めていた。

気合で睡魔を引きずり落としたものの、まるで眠れた気がしない。

要するに、寝不足で絶不調なのだ。頭がボーっとする。

「やっぱりアヤもB班でいいわよ」なんてサラ教官が言ってくれたら、飛び起きそうなものなのだが。

 

実技テストの後、頑なな態度を取り続けた私は皆からも説得される形となり、A班への参加が決まった。

珍しくサラ教官の班分けに異を唱えたことで、思いっきり不審な目で見られる羽目になった。

ちなみにサラ教官は、珍しく反抗的だった私を見て、結構本気で気落ちしていた。

それを見て、私も割と落ち込んだ。流石に我がままを言い過ぎたかもしれない。

 

「私も同じような経験はあるけど、流石にタイミングが悪すぎよ」

「仕方ないさ。アヤ、帝都に着くまで少し眠っておいた方がいいんじゃないか?」

「ん・・・・・・ごめん、そうする」

 

目蓋を閉じる間際、反対側のボックス席に、心配そうな表情を浮かべるガイウスの姿があった。

大丈夫、ちょっと眠いだけだから。

そう胸の中で呟きながら手でそっと合図をすると、彼もそれに応えてくれた。

もしかしなくとも、眠れなかった原因はやはり班分けにあるのだろう。

3日間か。短いようで、長い実習になりそうだ。

そんな私とガイウスのやり取りを、やはりニヤケ笑いをしたユーシスが見詰めていた。

ユーシス―――後で見ていろ。そう心に決め、僅かな仮眠を取るために私はゆっくりと目を閉じた。

 

_____________________________________

 

鉄道憲兵隊。

帝国各地に張り巡らされた鉄道網を駆使して治安維持を行う、正規軍の精鋭部隊。

ユーシス曰く『鉄路さえあれば我が物顔で介入してくる連中』だそうだ。

聞こえは悪いが、実際にルナリア自然公園でクレア大尉が言い放った台詞も、似たようなものかもしれない。

ここヘイムダル中央駅は鉄道網のターミナル駅であり、彼らの活動拠点でもある。

 

「こちらになります、知事閣下」

「ああ。すまないね」

 

列車を後にした私達を出迎えてくれたは、実に2ヶ月振りの再会となるクレア大尉。

そして帝都ヘイムダルの知事閣下にして帝都庁長官、カール・レーグニッツ知事閣下。

何を隠そう、マキアスの実のお父さんだった。

 

(似てるなぁ、やっぱり)

 

こうして相対したのは勿論初めてだったが、顔を見れば血縁関係は想像するに容易かった。

クラスメイトの肉親と会うのはこれで何度目になるだろう。

リィンにアリサ、マキアス。バリアハートでのA班の実習を入れれば、4人目か。

 

「それでは早速、A班とB班の本日の依頼と宿泊場所を―――」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!どうして父さんが・・・・・・さすがに急すぎるだろう!?」

 

ごもっとも。皆のそんな声が聞こえた気がした。

帝都知事閣下と言えば、文字通り帝都の行政のトップに立つ人間だ。

普段なら顔を拝むことすらままならない彼が、どうして私達なんかの実習に関わりを持つことになったのか。

そんな私達の疑問を、レーグニッツ知事は実に分かりやすい端的な言葉で示してくれた。

 

「実は私も、トールズ士官学院の常任理事の1人なのだよ」

「ええっ!?」

「ユーシスさんのお兄さん、アリサさんのお母さんに続いて・・・・・・」

「・・・・・・流石に偶然というには、苦し過ぎる気がするな」

 

ラウラが言うように、偶然にしては出来過ぎている。

アリサのお母さん、イリーナさん。マキアスのお父さん、レーグニッツ知事。

それと先々月リィン達がお世話になったという、ユーシスのお兄さんの―――何という名前だったか。

頭が働かないせいか、すぐに名前が浮かんでこない。

確か―――あ、まずい。これは非常にヤバい。

 

「やはり《Ⅶ組》設立に、何かの思惑があるという事ですか?」

「いや、それについては―――」

「ふわぁぁっ」

 

周囲に漂い始めた暗い影の中央で、私の間抜けな声が広がった。

・・・・・・はい、欠伸です。後でいくらでも謝るから、みんなそんな目で見ないで。

 

「ご、ごめ―――っくしゅん!」

 

追い打ちを掛けるようにして、唐突にくしゃみが出た。

いや、欠伸は自業自得かもしれないけど、今のは唯の生理現象だ。

お願いだから、年長者に対して幼子を見るような目を向けないでほしい。

軽蔑してくれた方がまだマシだ。穴があったら入りたい。

 

「はっはっは。難しい話は後にして、実習の内容に移ろうか」

 

愉快な笑い声を1つ上げた後、レーグニッツ知事は実習の範囲や宿泊場所に関する説明に入った。

ちょうどその頃、クレア大尉が私達に対し温かいコーヒーを振る舞ってくれた。

なるほど。私の欠伸とくしゃみを見て、気遣ってくれたのだろう。

大変にありがたい限りだが―――ごめんなさい、クレア大尉。

私、コーヒーが飲めないんです。

 

___________________________________

 

ヘイムダル中央駅を後にした私達は、玄関口である駅前広場の景観を眺めていた。

こうして帝都を訪れるのは、《Ⅶ組》の中ではエマとガイウスが初の体験だ。

言葉が見つからない、というのが本音だろう。

他の近郊都市とは何から何までスケールが違い過ぎるのだ。

 

「先々月のセントアーク以上だな。すごい数の導力車だ」

「気を付けないと、本当に危ないからね」

 

以前にも経験したことがあるが、危うく導力車と接触しかけたことは一度や二度ではない。

何しろ向こうは猛スピードで駆け抜ける鉄の塊なのだ。その危険性は馬車とは比較にならない。

 

「アヤの言う通りだね。去年施行された帝国交通法で交通網はかなり整備されたけど、それでも毎月のように事故が発生しているんだ」

「移動にはくれぐれも気を配ってくれ。それじゃあ、行くとするか」

 

マキアスの声を合図に、私達は各班ごとに行動を開始した。

皆に続いて名残惜しそうに踵を返そうとすると、浅黒い手が私の腕を掴んだ。

 

「アヤ、今夜連絡する」

「え?」

「待っていてくれ」

 

その言葉を最後に、ガイウスは足早にアリサ達と合流した。

今夜連絡する?どうやって?

 

(ああ、そっか)

 

ついつい忘れがちになる、私達が所持するARCUSの通信機能。

レーグニッツ知事によれば、帝都内なら問題なく導力波による通信機能が使えるそうだ。

ふわりと体が軽くなるような感覚に陥る。うん、我ながら単純だ。

 

「アヤ、急いでくれ。ちょうど導力トラムの発車時刻だ」

「ん、今行くよ」

 

一時的に離れるとはいえ、声が聞けるだけでよしとしよう。

これ以上教官や皆に迷惑を掛けるわけにはいかない。

 

____________________________________

 

導力トラムの運賃は行先によって細かく変動する。

普段から使い慣れている者はともかく、初心者は勝手が分からず降車の際に手間取ってしまうことがある。

エリオットによれば、導力トラムあるある、だそうだ。

 

「要するに、導力バスと同じシステムだよね?」

「いや、運賃の仕組みが少々複雑でね。区間によっては運賃が上がったり下がったりすることがある」

「・・・・・・何で?普通上がるものじゃないの?」

「新しい路線が今も開発中でさ、逆に封鎖された路線があったりで・・・・・・その名残らしいよ」

 

要するに、導力トラムの路線は更なる利便性を求めて改廃が進んでいるのだろう。

そのうち運賃も改定されるとのことだったが、都民からすれば早くしてくれというのが本音じゃないだろうか。

夏至祭を控えたこんな時期でも、それは間に合っていないようだ。

 

「ちょうど今の時期が、各方面忙しさのピークみたいだな」

 

リィンが言うように、猫の手でも借りたいといった状況なのだろう。

レーグニッツ知事にとっては、それが猫ではなく私達だったというわけだ。

ともあれ、こんな密集した都市にまだ開発の余地が残されているとは。

単純に面積だけで言うなら、ヘイムダル全域を含めたとしても、ノルド高原の南部にすら及ばない。

そこに80万人もの人々が生活しているというのだから、驚愕の思いだ。

 

「アヤ。体調の方はよいのか?」

「え?」

 

私の顔色を窺いながら聞いてきたのは、ラウラだった。

 

「うん、大分良くなってきたよ。日中は問題無く動けると思う」

「そうか。そなたの新たな力にも期待するとしよう」

「あはは。応えられるよう頑張るね」

 

両腕の手甲をコンコンと鳴らしながら、ラウラに答える。

 

実技テストで試用した手甲と鉢がねは、今回の実習でも健在だ。

アンゼリカ先輩の「どうせなら実習にも役立ててくれたまえ」という言葉に従い、出発の時からフル装備である。

額に鉢がね、両腕の手甲に、腰に携えた長巻。

傍から見れば、完全に東方の剣士のように見えることだろう。

それでいて服装は士官学院の夏服である。このギャップが何とも気恥ずかしい。

戦闘においては防御力が向上しただけのように思えるが、使い方によっては戦術の幅が広がるはずだ。

今回の実習はそれの試験運用と考えれば、腕が鳴る思いだ。

 

「アヤが帝都に来たのは、いつの話?」

 

と声を掛けてきたのは、フィー。

 

「いつだったかな・・・・・・街中を歩いたのは、4年以上前かな。ノルドに行く前の話だよ。フィーは?」

「私もよく覚えてない。でも、団にいた頃は何度もあるよ」

 

団という言葉が出たところで、少しだけ雰囲気が変わった。

まぁ、私にとっても明るい話題では無い。あまり思い出したくはない記憶だ。

リィン達は多少気まずそうに、ラウラは一目で分かる程に顔をしかめていた。

 

「き、君達は色んな都市を回ったことがあるんだな」

「ま、まぁね・・・・・・そうだ。言ってなかったけど、私レグラムにも行ったことがあるんだよ」

「ほう。そうだったのか?」

「ずっと前に、お母さんと観光して一泊したことがあるんだ。いいところだよね」

 

別に隠していたわけではないが、こうしてあの時のことを話したのは今回が初めてだ。

勿論黙っていた理由はあるのだが、それは今話すべきことではないだろう。

 

それにしても・・・・・・こんな調子で、本当に大丈夫だろうか。

リィンとエリオット、マキアス。そして、ラウラにフィー。

不安要素があるとすれば、彼女ら2人の確執以外に見当たらない。

それはA班だけ、2人だけの問題ではない。《Ⅶ組》としての、全員の問題でもある。

 

《Ⅶ組》の問題。私達に足りないもの。おぼろげながらも、私には見え始めている。

必要な時が来れば、私は喜んでその役を引き受けよう。そう心に誓った。

 

___________________________________

 

アルト通りに到着した私達は、エリオットの実家へと足を運んでいた。

まずは宿泊地で荷を下ろしたいところだったが、停留所から程近い場所にあるらしい。

宿泊場所を正確に把握するためにも、実家で地図なんかを確認しておこうという流れになった。

エリオットによれば、お姉さんが帰っているかもしれないとのことだ。

 

「いいところじゃん。色んなお店が軒を連ねてるし、暮らし易そうだね」

「この辺は落ち着いた街並みだからね・・・・・・夜ぐらい、導力トラムの走行音を何とかしてほしいってのが本音だけど」

「む、無茶を言わないでくれ。鉄道と一緒で、夜間の本数を増やしてほしいという都民の声だって少なくはないんだ」

「そうだけど、僕みたいな声が多いのも事実でしょ?」

 

80万人を代表する、都民ならではの意見のぶつかり合い。

第3学生寮沿いを走る列車の走行音の方が、余程うるさいだろうに。

いずれにせよ、2人のやり取りを聞いただけでレーグニッツ知事の苦労の程が窺える。

私は喫茶店から漂うピザの匂いの方が気になって仕方ない。

 

「アヤ。食事はまだだからな」

「わ、分かってるよリィン・・・・・・あっ」

 

視線の先には、『クレイグ』と記されたネームプレートがあった。

ということは、あの建物がエリオットの実家か。

 

「お待たせ、みんな。ここが僕の実家だよ」

「ふむ。ここがそなたの・・・・・・」

「結構立派な建物」

 

周辺の建物の中でも、大分目立っているように思える。

庭先に植えられた色取り取りの植物が、玄関口を囲んでいた。

プランターの数だけでも相当数ある。これは世話をするだけでも一苦労だろう。

 

「はぁ。久しぶりだから、ちょっと緊張しちゃうなぁ」

「久しぶりって言っても、4ヶ月も経ってないよね?」

「・・・・・・アヤ。先月君は、泣きながらご両親に―――」

「わーわーわー」

 

リィンの声を掻き消しながら、エリオットの背中を押す。

半ば強引に建物の中に足を踏み入れると、のんびりとした女性の声が2階から聞こえてきた。

 

「はいはい、ただいま・・・・・・」

 

階段を下りてきたのは、エリオットと同じ髪色の女性。

目元や顔付、佇まいさえもが彼とそっくりな美人だった。

間違いない。彼女がきっと、エリオットのお姉さんだ。

 

「エリ、オット・・・・・・・・?」

「え、えっと・・・・・・ただいま、姉さん」

「エリオット!」

 

そこから先は、私が1ヶ月前に経験したものと同じだった。

言葉や仕草までもが、なぞるようにして。

こうして他人の視点から見て、改めて気恥ずかしさを覚える。

皆の目からも、私とお義母さんはこんな風に映っていたのだろうか。

 

(うわぁー・・・・・・)

 

「どうしたのだ、アヤ?」

「な、何でもないっ」

 

今日2度目となる、穴があったら入りたい。

感慨深い表情のA班の中で、私だけが顔を背けていた。

 

____________________________________

 

エリオットのお姉さんはフィオナと名乗った。

普段は音楽教室でピアノを教えている講師であり、今日は偶然にもお休みだそうだ。

エリオットも吹奏楽部でバイオリンを弾いているし、何かと共通点が多い姉弟に思えた。

その一方で、お父さんの職業を明かされた私達は、心底仰天した。

 

「『紅毛のクレイグ』!?」

 

帝国正規軍の中でも最強の打撃力を誇るという、第四機甲師団。

それを束ねるのが、オーラフ・クレイグ中将。人呼んで『紅毛のクレイグ』。

察するに、ゼクス中将のように偉大な軍人なのだろう。

そんな軍人さんがエリオットのお父さんだなんて。受け入れがたい事実だった。

 

「まぁ、僕と父さんじゃ結びつかないよね・・・・・・あまり、知られたくはなかったんだけど」

 

そう言ってエリオットは視線を落としてしまった。

何か事情があるのだろうか。もしかしたら、アリサと同じ類のものかもしれない。

 

「そうだ、姉さん。この辺に新しく宿泊施設が建ったりはしてないかな?」

「え?」

「手配してもらった宿泊場所を探しているんだけど」

「・・・・・・ええ!?ウチに泊まっていかないの!?」

 

悲鳴のような声を上げて、フィオナさんはエリオットを再び抱きしめた。

いや、そんな「弟だけでも」みたいな目で私達を見られても困る。

 

「そ、そういうわけにもいかないよ。今回は実習で来てるんだし」

「そっか・・・・・・きっとエリオットも、お姉ちゃん離れの年頃なのね。寂しいけど、私も我慢しないとね」

 

そう言いながら、エリオットを抱くフィオナさんの腕により一層の力が込められた。

台詞と行動がまるで一致していない。むしろ弟離れを問題にするべきではなかろうか。

マキアスが羨ましそうな視線を送っている件については・・・・・・触れないでおいてあげよう。

 

「はは、仲がいい姉弟なんだな」

「ふむ。姉弟とはこういうものなのだろうか」

「そうね。姉がこうして弟を抱きしめるのに、理由なんて必要ないもの」

 

絶対に何かが違う。そう思っていると、フィーとラウラの視線が私に向いた。

続くようにして、リィンとマキアスも私の様子を窺い始めた。

 

「な、何?どうしたの?」

「この中で弟持ちの姉といえば、アヤ君しかいないだろう」

「エリオットの姉上はああ言っているが、そなたらもそうなのか?」

「馬鹿言わないでよ!!?」

「待て、何故剣を抜く!?」

「アヤが乱心」

「みんな、アヤを止めろ!!」

 

仲睦まじい姉弟を尻目に、私は冷静ではいられなくなった。

冗談と理解しつつも、我慢できなかった。

 

____________________________________

 

旧遊撃士協会、帝都ヘイムダル第1支部。

それが私達A班にあてがわれた宿泊場所だった。

内部は想像していた以上に広く、2階の宿場には真新しいベッドと純白のシーツが敷かれていた。

今回のために新しく用意してくれたのだろうか。

 

「へぇ・・・・・・やっぱり広いな」

 

2階から1階の活動スペースを見下ろす。

こうして立っているだけで気分が高揚してくる。私は今間違いなく、遊撃士の拠点にいるのだ。

まさかこんな形で帝都の支部を訪れることになるとは、思ってもいなかった。

 

「ラウラ、そっちはどう?」

「やはり真新しい備品の類しか見当たらない。遊撃士に関する物は、全て引き上げられているのかもしれぬな」

「そっか・・・・・・」

 

空き部屋を一通り回ってきたラウラが、肩の埃を払いながら言った。

やけに内部が広く感じるのは、物が異常に少ないせいもあるのだろう。

代わりにそこかしこに目に付くのが、『帝都庁』と記された張り紙だった。

 

話には聞いていたし、帝国内における遊撃士協会の現状については、それなりに理解しているつもりだ。

期待こそしていなかったが、まさかここまで徹底的に排除されているとは。

何か1つでも遊撃士協会の名残があれば、ここまで気落ちすることもなかったのに。

 

「どうだった?」

「なーんにも無い。無人の宿場って感じだよ」

 

部屋に戻ると、ベッドの上で装備を整えるフィーの姿があった。

 

「まぁ分かってはいたけどさ・・・・・・よいしょっと」

 

ベッドに寝そべりながら、天井を見詰める。

遊撃士がこの帝国で稀な存在となったのは、2年前。

 

グエンさんによれば、始まりはこの帝都支部が見舞われた火災事故。

それを発端として、帝国内の各協会支部は次々と縮小し、ついには現状に至る。私が知っているのはそれだけだ。

グエンさん貸してくれた色々な情報誌にも目を通したが、真相は分からず仕舞いだった。

エリオットが言うようにテロリストの仕業という噂もあったし、軍による策略だなんていうゴシップ記事もあった。

いずれにせよお母さんと志を共にする人間が消えていくのは、私には寂しい限りだった。

 

(考えても仕方ない、か)

 

今日の事も残念ではあるが、落ち込んでいても始まらない。

気持ちを切り替えて勢いよくベッドから跳ね起きると、相変わらずの2人が目に映った。

私が何かを話さなければ、この部屋は終始静寂に包まれたままだろう。

 

「・・・・・・ねぇ、2人とも」

「ん」

「どうしたのだ?」

 

今のうちに、言っておいた方がいい。

そうでなければ、誰も2人に釘を刺すような真似はしないだろう。

 

「フィーはバリアハートでの実習で、リィンと一緒だったよね」

「そだね。それがどうかしたの?」

「私とラウラは話でしか知らないけど・・・・・・結構酷い傷だったんでしょ」

 

酷い傷という言葉で、フィーも私が言わんとしていることに思い当たったようだ。ラウラもそれに続いた。

 

事の詳細は、実習の報告会で聞いていた。

マキアスとユーシスのいざこざが引き金となった、リィンが背中に負った傷痕。

エマが持ち合わせていた薬草のおかげで大事には至らなかったそうだが、もし一歩でも間違えていたら。

そして―――同じことが、もし繰り返されたら。

 

皆は少し優し過ぎるのだと思う。

《Ⅶ組》に足りない物があるとすれば、私は真っ先にそれを挙げる。

私だって、私情を挟んで皆に迷惑を掛けたことはあるはずだ。

言えた義理ではないが、だからと言って見て見ぬ振りはできない。それはきっと、優しさではない。

 

「あんなことはもう懲り懲り。誰かのせいで仲間が血を流すなんて・・・・・・私は嫌だから。もし、そうなったら―――」

 

―――私は、何を言うか分からないから。

私の言葉に、2人は真剣な面持ちで首を縦に振った。


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