絢の軌跡   作:ゆーゆ

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夢に向かって②

大陸横断鉄道の開通以降も鉄道学は妥協を許さず、その利便性と安全性は年々進化を続けている。

今この瞬間だけは、それも疑わしいものだ。今日ほど列車が鈍間と感じたことはない。

座席にジッとしている決心が鈍りそうに思えた私は、列車の中でも歩みを止めなかった。

車両の端から端を落ち着きなくさまよい歩く姿は異常に映ったようで、車掌から不審者扱いを受けてしまった。

おかげで学生手帳を示しながら「座っていられない性分なんです」と意味不明な言い訳をするはめになった。

 

歩き疲れた私は、結局眠ってしまった。気付いた時には、列車はクロスベル駅に到着していた。

本当にどうかしていると思う。いくらなんでも勢いに身を任せ過ぎだろう。

 

「はぁ・・・・・・」

 

溜息を付きながら、構内のホームを見渡す。

時刻は既に夜の8時を過ぎている。この時間帯になると、トリスタ駅で降りる乗客もまばらだ。

私が乗ってきた列車が帝都へ走り去っていくのを見送ると、一気に夜の静寂に包まれた。

 

「アヤ」

「・・・・・・えっ」

 

のそのそと改札へ続く階段へ向かっていると、声が聞こえた。

思わず目を疑った。ここにいるはずのない、目当ての男性の姿があった。

 

「が、ガイウス?どうして・・・・・・こんなところにいるの?」

「帰りが遅いと、少々心配になってな」

「夜になるって言ったじゃん」

「・・・・・・いや、そうなんだが」

 

気まずそうに頭を掻くガイウス。

心配してくれたのは、素直に嬉しい。

ただ、こんなにも早く顔を合わせることになるとは思ってもいなかった。

 

「長旅で疲れているんじゃないか。夕餉はまだなんだろう?」

「そうだけど・・・・・・」

「君の分は取ってある。皆も君の帰りを―――」

「待って、ガイウス」

 

私の荷物へ伸ばし掛けたガイウスの手を制し、正面から向きあう。

しっかりと目と目を合わせ、正面から。

 

「どうした?」

「・・・・・・ええっと。ちょ、ちょっと待って」

 

5秒で限界だった。ダメすぎるだろう、私。

一旦背を向け、呼吸を整えるように何度か深呼吸を繰り返す。

1回。2回。3回。・・・・・・よしっ。

 

「ガイウス、聞いて」

「あ、ああ」

 

さあ、言ってやれ。

列車の中で、何度も復唱しただろう。

伝えることができればそれでいい。見返りは要らない。

 

「その、私・・・・・・私ね」

 

今を逃したら、私はきっと後悔する。

この先もずるずると引っ張ってしまうに違いない。

 

「私っ・・・・・・」

 

そんなの、私らしくない。さあ言え。

3年間、ずっと胸に秘めてきた。今が、その時だ―――

 

「―――遊撃士になりたい!!」

「遊撃士?」

「・・・・・・」

「アヤ?」

「・・・・・・って、そっち!?そっちじゃないでしょ!!何言ってんの!?」

「落ち着いてくれ。そんな話、初めて聞いたが」

「その、違うから!!違うんだから!?」

「違うのか?」

「いや、違わないけど・・・・・・ああもう、そうじゃなくって!!」

 

たっぷりと溜めてから吐き出した言葉は、彼に対する想いではなかった。

代わりに、私が見つけた道。漸く垣間見えた、私が進むべき道だった。

 

「あはは・・・・・・はぁ。歩きながら、話そっか」

 

__________________________________________

 

1周回って、原点に帰ってきたかのような思いだった。

今も昔も、私は無意識のうちにお母さんの背中を追い続けていた。

私が剣を握る理由も、行動理念も何もかも。

何か決断を迫られた時は、いつだってそうだった。多分私は、ロイドと同じだ。

 

「そうか・・・・・・アヤは母親の意志を継いで、遊撃士になりたいと?」

「それだけじゃない。ノルド高原のことだって、理由の1つだよ」

「ノルドが?」

 

ノルド高原を取り巻く環境は、先月の特別実習で嫌という程思い知らされた。

あの時は最悪を回避できたが、再び同じような危機的状況に置かれる可能性はゼロではない。

それに近年では、ノートンさんのようにノルドへ足を運ぶ人々の数が増加の一途を辿っている。

2大国の巨大な軍事力と、高まりつつあるノルドへの関心。客観的に見て、異常な事態だと思う。

様々な思惑と人々が行き交うあの地が、この先どこへ向かうのかは誰にも分からない。

分からないが、一歩足を踏み外せば多くの人間が犠牲になる。それだけは分かる。

 

「言ってたよね?ノルドが平穏で居られる保証は、どこにもないって」

「・・・・・・ああ。だから俺は、皆を守るために強くなりたい」

「私だって力になりたい。この前みたいに、私にだってできることはあるはずだから」

 

帝国人でも共和国人でもない。両者の血が流れるノルド人で、外の世界を知っている。

帝国軍とも共和国軍とも違う、第3の力。私は、その力になりたい。

人種に関係無く、あの地に立つ全ての人々を守る架け橋になりたい。

 

「目指せ、遊撃士協会ノルド高原支部」

「・・・・・・なるほどな」

「なーんてね。でもテンペランスさんに比べたら、まだ現実的じゃない?」

 

夢物語であることは百も承知だ。単なる思い付きかもしれない。

それでも夢は大きい方がいい。そうすれば、私は足を止めることなく歩き続けることができる。

そのためにも、私はまず遊撃士の資格を手に入れたい。それが私の一歩目だ。

 

「やっぱり、無理があるかな」

「いや、俺はそうは思わない。ただ・・・・・・」

「ただ?」

「まさかとは思うが。アヤは、士官学院を辞めるつもりなのか?」

「・・・・・・ええ?」

 

不安げな色を浮かべながらガイウスが言った。

どうしてそうなる。私はただ、遊撃士になりたいと言っただけなのだが。

 

「馬鹿言わないでよ。それとこれとは話が別。辞めるはずないでしょ」

「そ、そうか。すまない、変なことを聞いたな」

 

いつの間にか、私達2人は中央公園に足を運んでいた。

話しながら学生寮へ歩を進めていたつもりだったが、お互いこのまま戻るわけにもいかない。

既に周囲には人影も無かった。学生寮の門限も近いから当然だ。

 

「ふふん。なになに、面白い勘違いしちゃって」

「・・・・・・忘れてくれ」

 

早合点もいいところだ。そこまで周りが見えなくなる程浮き足だっているつもりはない。

遊撃士を目指すにしても、それは士官学院を卒業した後の話に決まっている。

そんなことを口にしたら、アリサあたりに引っ叩かれるんじゃないだろうか。

 

「でもさ。本気で遊撃士になるためには、遅かれ早かれそういう時が来るんだと思う」

 

B級遊撃士だったお母さんは、歴代の遊撃士の中でもかなり優秀な女性だったそうだ。

そんなお母さんでも、準遊撃士から正遊撃士になるまで相当な苦労をしたと言っていた。

それに、帝国が置かれている現在の状況。

まともに機能している遊撃士協会支部は、辺境の支部を入れても僅かしかないと聞いている。

士官学院を卒業後もこの帝国に留まり遊撃士を目指すとなれば、その苦労の程は窺える。

 

「だから私さ、本当は嫌なんだ」

「嫌?」

「前にも言ったよね。私はいつか、ノルドから離れる時が来るかもしれないって。一時的にだって、そんなのは嫌だよ」

「だが遊撃士になるためには・・・・・・仕方ないことなんだろう?アヤなら、きっと大丈夫だ」

 

いつの間にか、足が止まっていた。

 

「・・・・・・それでも、嫌だよ」

 

無意識のうちに、語気が強まっていく。

まただ。言葉自体は優しいのに、私が欲しいのは、そんなんじゃない。

 

「仕方ないなんて言わないでよ。私は本気で言ってるんだよ」

「アヤ?」

「それが1ヶ月だって1年だって・・・・・嫌なものは嫌だよ」

 

どちらも私だ。漸く見つけた道へ進みたいを思う私と、離れたくはないと思う私。

士官学院を卒業した後、これまでと同じように故郷で暮らす。

それもいいかもしれないと、本気で考えてしまう。そうすれば、離れ離れになる必要なんてない。

 

「ガイウスが平気でも、私は嫌だよ。傍にいたいよ。1日だって・・・・・・離れたくないんだから!」

 

自分がどれだけ身勝手なことを言っているのか、自覚はしている。

なら仕方ない、諦めてずっとノルドにいてくれ。そんなことを、ガイウスが言うはずがない。

彼はそっと、後押しをしてくれているだけなのに。

本当はこんな言い方、したくはないのに。

もっと―――優しい言葉で伝えたいのに。

 

「だから、お願い。気付いてよ・・・・・・私は、そうなの」

 

彼の厚い胸板に額をそっと当てながら、視線を落とす。

 

多分これが、私の限界だ。不器用にも程がある。

まるで風邪でもひいているかのように全身が火照っている。

意識して呼吸をしないと、息が止まってしまうかのような感覚だった。

 

「アヤ、君は・・・・・・」

「何か言って。どっちだっていいから・・・・・・何だっていいから。お願い」

 

もうまともに顔を見ることもできない。

怖い。怖いし、聞きたくない。耳を塞ぎたい。

立っているだけなのに、足が震えてしまう。

 

「平気なわけ・・・・・・ないだろう」

「え・・・・・・ひっ!?」

 

俯いたままの頭の上に、そっと手が被さった。

思わず小さな悲鳴を上げ、身体がビクンと痙攣してしまった。

気付かれて・・・・・・ないわけがないか。

嫌な思いをさせてしまっただろうか。私は、嫌じゃないのに。

 

「覚えているか、アヤ。3年前に、君が崖の上でいった言葉を」

「3年前?」

 

3年前の、崖の上。何のことを言っているのだろう。

その2つだけでは、ガイウスが何のことを言っているのか分からなかった。

 

「『帰ろう』と言ってくれただろう。皆が待っているから、帰ろうと」

「・・・・・・あっ」

 

おそらく、あの時だ。

ガイウスが教えてくれた場所。ザッツさんと一緒にルーレで目にした、あの写真。

うろ覚えだが、確かに私は言った気がする。

 

「多分、あれが始まりだ。あの瞬間から、風の色が変わった」

「・・・・・・どういう、意味?」

 

私が問うと、ガイウスは私に背を向けて、一歩前に歩を進めた。

何度も見てきた彼の背中が、今日はどこか違った色に見えた。

夜空に浮かぶ星を見上げながら、ガイウスは続けた。

 

「始めは単なる好奇心だった。どうしてこの少女は笑わない。何故いつも悲しげな色を浮かべている。何が彼女をそうさせているのだろう、とな。それが不思議でならなかった」

「年上に少女はやめてよ」

「茶化さないでくれ・・・・・・だが共に暮らしていく中で、君はよく笑うようになった。イルファの背を撫でる時も、リリを寝かしつける時も、食事をする時も・・・・・・大半は、食事の時だったが」

「茶化さないでよ」

「いつの間にか、それが俺の全てになっていた」

「・・・・・・え?」

 

背中を向けたまま腰に手をやり、いつものように落ち着き払った声で言うガイウス。

それでも心なしか、声が震えているに思えた。

 

「気付いた時には、そうだった。ずっと・・・・・・分からなかったんだ。太陽のように笑うアヤを見る度に、湧き上がってくる感情が。3年間、分からず終いだった」

「ガイウス・・・・・・」

「その名前を知ったのは、つい最近だ。ある女子生徒が教えてくれた」

 

このまま背中に飛び蹴りをかましたくなるような衝動に駆られた。

同時に、後ろからぎゅっと抱きしめたくなるような感情も沸いてくる。

相反するようで、どちらも私の素直な気持ちなのだろう。前者はただの、照れ隠しだ。

 

「アヤ。君がいない日々なんて、俺にはもう考えられない」

 

そう言って振り返った彼の表情は、出会ってから3年間の中で初めて見るそれだった。

涙と共に、思わず笑いがこみ上げてくる。

きっと一緒だ。私も今、同じような顔をしているに違いない。

 

「ずっと君に惹かれていた。姉弟として、家族としてだけじゃない。一人の、女性としてだ」

「・・・・・・私も。私だって、同じだよ」

 

身も心も委ねて、私は彼と身体を重ねた。

制服越しに鼻に入ってくる彼の匂い。雄大な大地の土と草原を思わせる、翡翠色の匂い。

全部私の物だ。絶対に誰にも渡さない。

お義父さんにもお義母さんにも、トーマ達やリィン達にだって。

もう迷いは無い。遠慮なんてするものか。

思う存分、調子に乗らせてもらおう。

 

「大好きだよ、ガイウス」

「ああ、俺もだ」

「やめてよそんなの。ちゃんと言って」

「・・・・・・好きだと言ってるんだ」

 

・・・・・・調子に乗り過ぎた。少しは遠慮した方がいいかもしれない。

まるで頭の中が溶けてしまいそうな感覚だ。

 

「アヤ。たとえ離れてしまっても、俺はいつだってアヤを想う。だから迷わないでくれ。君が信じる道を、まっすぐに歩いていけばいい」

「うん・・・・・・うん。そうする」

 

それは再来年の話になるだろう。気が早いかもしれないが、もう大丈夫だ。

今の私なら、何だってできる気がする。ガイウスと一緒なら、私は何にだってなれる。

 

歩いて行こう、私が信じる道を。どんな苦難が待ち受けていようと知ったことか。

そして支え合っていこう。彼が歩もうとしている道も、決して生易しいそれではない。

違えた道は、いつかまた交わる時が来る。その先にある未来を、2人で一緒に。

 

「・・・・・・ねえ。1つ訊いていい?」

「何だ?」

 

幸せを噛み締める一方で、私はふと気になった人物について言及した。

 

「『ある女子生徒が教えてくれた』って、誰のこと?」

「リンデだ」

「は?リンデ?」

「ああ。最近よく相談に乗ってもらっていてな」

「・・・・・・ふんっ」

「ぐはっ!?」

 

鳩尾にめり込む、私の右拳。

くの字型に折れる、ガイウスの身体。

 

「あのさ、こんな時に他の女の子の名前を出さないでくれるかな」

「あ、アヤが聞いたんだろう・・・・・・待ってくれ、息がっ」

 

その相談というのは間違いなく・・・・・・そういった内容だったのだろう。

驚いた。まさかガイウスがリンデとそんなやり取りをしていただなんて。

彼にそんな存在がいたこと自体、驚天動地の思いだ。

・・・・・・ということは、彼女はガイウスの気持ちを知っているということか。

 

「うわ・・・・・・うわぁ」

「ど、どうしたんだ?」

「・・・・・・もしかして今日のことも、リンデには話しちゃうわけ?」

「それが礼儀だと思うが・・・・・・話してはまずいのか?」

 

流石にしばらくの間は秘密にしておきたい。気恥ずかしいにも程がある。

仲のいい友達にだけ、なんて気は毛頭ない。寧ろ親しい分だけ気まずいというものだろう。

自覚してから想いが成就するまで、思いの外短かったせいもあるのかもしれない。

 

「ああもう。ならリンデだけは許すよ。私がいいって言うまで、他のみんなには内緒だからね?」

「・・・・・・2人ほど、もう知っている人間がいるようだが」

「え?」

「あー。ウォッホン」

 

聞き覚えのある咳払い。

あれは確か、先月の特別実習だ。

リィンとアリサに隠れて、盗み聞きをしていた時の―――

 

「―――ゆゆ、ユーシス!?それに、ポーラも!!?」

 

振り返れば、2人がいた。

腕を組みながら遠い目をするユーシスと、気まずそうにこめかみを掻くポーラ。

馬術部の同期が、暗闇の中から突如として姿を現した。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。何でいるの?ていうか、いつからいたの!?」

「『だからお願い、気付いてよ』」

「うわああ!?言わなくていいから!!」

 

ユーシスの言葉を遮って、声を荒げた。

見事にあの時のリィン達とは立場が逆転している。

どういうことだろう。そもそも何故2人が、こんなところに。

 

「キルシェから帰る途中に2人を見掛けたのよ。盗み聞きするつもりは無かったんだけど」

「な、何でこんな時に限って2人仲良く・・・・・・」

「阿呆が、ランベルト部長との3人だ。こいつと2人なわけがないだろう」

 

そうして始まる、ユーシスとポーラの痴話喧嘩。

今はそれどころではないというのに。

 

「安心しなさいよ、他のみんなには内緒にしておくから。でも、おめでとうぐらいは言わせてよね?」

「ぐっ・・・・・・あ、ありがとう」

 

突然の出来事に、素直に喜べない。

一方のガイウスはユーシスの手を取りながら何とか立ち上がり、男同士のやり取りを始めた。

 

「フン、お前も物好きな男だな」

「そうかもしれないな」

「精々尻に敷かれんようにすることだ」

「・・・・・・あまり自信が無い」

 

何だかすごく失礼なことを言われているような気がする。

まぁ、2人は口が堅い方なのは間違いないだろう。

 

「私達はいいとして、問題はアヤでしょう。弟君はまだしも、アヤはすぐ顔に出るんだから」

「・・・・・・あはは。私も自信無くなってきた」

 

ともあれ、こうして想いは重なった。

今からどういう顔で皆と接すればいいか分からないが、明日が待ち遠しくて仕方ない。

通じ合っていると思うだけで、胸が一杯になる。

 

今日という日を、私は忘れない。願わくば、この先もずっと。

7月11日の夜空の下で、私はそう誓った。




読者の皆様、いつもご感想ありがとうございます。
たまには後書きを、ということで。

漸く、1つの区切りを終えることができました。
アヤの物語は、ある意味でここからが本番かもしれません。
先は長いですが、これからもお付き合いいただけたら幸いです。

・・・・・・最近、アヤを「さん」付けする読者様が多いのは何故なのでしょう。
何かしたのか、アヤ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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