絢の軌跡   作:ゆーゆ

38 / 93
悪霊の最期

ノルド高原北東部の一区画に広がる、巨石文明の足跡。

文明と一言で言っても、その全貌はまるで明らかになっていない。

何しろ千年前の遺跡である。『石切り場』と皆が呼ぶこの遺跡には、ノートンさんのように帝国から遥々足を運ぶ学者さえいたそうだ。

目的も手段も分からない。手掛かりとなるのは、ノルドに伝わる伝承のみ。

こうして立っているだけで、巨人の住処に足を踏み入れたかのような錯覚に陥る。

 

「ほら、あれだよ。あの入り口から犯人達が入るのを見かけたんだ」

 

ミリアムが指差す方向には、石造りの門を思わせる壁にぽっかりと開いた洞穴。

彼女の言葉が真実なら、犯人とやらはあそこから遺跡の内部へ身を隠したのだろう。

 

「あんなところに・・・・・・ガイウス、知ってた?」

「いや、俺も初めて見たな。あんなものは無かったはずだ」

「無理矢理こじ開けた、とかかな」

「何も起こらなければいいんだが・・・・・・」

 

石切り場に足を運ぼうとする人間は、少なくともノルドでは稀な存在のはずだ。

ここには『悪しき悪霊』が封じ込められていると、婆様に聞かされたことがある。

あくまで言い伝えに過ぎないとは思うが、それを抜きにしてもこの周辺は日の光が少ない。

言葉にはし辛い居心地の悪さが、原住民すらも寄せ付けない原因なのだろう。

 

「でもミリアム、あそこまでどうやって登るの?」

「登る必要はないよ。時間も無いし、正面突破だよ、正面突破!」

 

リィンの背後で馬に跨っていたミリアムが、慣れない手付きで馬から降りながら言った。

 

(・・・・・・今は言う通りにするしかない、か)

 

彼女と行動を共にしている経緯は、およそ1時間前まで遡ることになる。

 

数名の武装集団による、監視塔と共和国軍事基地への迫撃砲による襲撃。

それが彼女が語った事件の真相だった。

リィン達は先月の実習地であるバリアハートで、彼女の姿を目撃していたらしい。

そのことについて言及すると、彼女は額に汗を浮かべながら口ごもってしまった。

 

得体の知れない銀色の傀儡に、明かそうとしない身分。

信用できる要素が何一つ見当たらないが、私達は犯人を追う手掛かりすら掴めていない。

結局私達は藁をも縋る思いで、彼女の指示に従うことにした。

可能性が少しでも残されているのなら、それでいい。

 

「それにしても・・・・・・どこからどう見ても、女の子だよね」

「そうね。一体何者なのかしら」

「今は信用するしか無いさ。手掛かりが無い以上―――」

「いっけー、ガーちゃん!!」

 

リィンの言葉を遮るようにして、突然目の前が文字通り『爆ぜた』。

轟音と共に、目の前に立ち塞がっていた石造りの門が音を立てて崩れ始める。

文字通り、正面突破だった。

 

「・・・・・・アヤさん、ユーシスさん。よくご無事でしたね」

「・・・・・・あはは」

 

ユーシスと2人でミリアムと対峙したことを思い出す。

手を抜かれている感覚はあったが、一度でも攻撃を食らっていれば無事では済まなかったのだろう。

石柱群の何本かが破壊されていたことに、ガイウスは気付いていただろうか。

 

「まぁいい。とにかく中に入るぞ」

 

ユーシスに促され、瓦礫をかき分けながら遺跡の中に足を運ぶ。

そうだ。今は彼女を信用するしかない。残された時間もあと僅かだ。

両国のどちらかが口火を切ったその瞬間、このノルド高原は戦火に包まれることになる。

―――絶対に、許すわけにはいかない。そう胸の中で誓い、暗闇の中に身を投じた。

 

______________________________________

 

「とりゃー!」

 

ミリアムの陽気な掛け声とは裏腹に、『アガートラム』の剛腕が石槍へと叩き込まれる。

これで3回目だ。近道になるとはいえ、身震いする程ゾッとする光景だった。

 

「まったく・・・・・・どんなカラクリだ」

「ほらほら、早く行かないと逃げられちゃうよー」

 

呆れかえるユーシスを置いて、ぴょんぴょんと軽い足取りでミリアムが先行する。

 

(本当に・・・・・・何なんだろ、あれ)

 

岩をも砕く破壊力と、私の剣やユーシスのオーバルアーツを跳ね返す耐久性。

外見はどう見ても金属だが、斬った感触としては何とも言えない。

実技テストでお馴染みの傀儡とも違う気がする。ミリアムの素性以上に気を取られてしまう。

 

ともあれ彼女のおかげで迷うこともなく、最短距離を選べているはずだ。

邪魔な障害物は、文字通り排除しながら進んできた。

エマ曰く、この一帯は特別な力が作用しているそうだ。

その影響なのか、今まで対峙したことがない特殊な魔獣が数多く現れた。

突然姿を消したかと思いきや、背後から音も無く現れる。剣がまるで通じない魔獣もいた。

そんな中で、エマやアリサが使う上位属性のアーツは大いに活躍している。

おかげさまで空回りしている感が否めない。力は有り余っているというのに。

 

「ガイウス、どう?」

「人の気配は感じないが・・・・・・終点は近いはずだ。風の流れが変わった」

「そう。気を引き締めないとね」

 

ミリアムによれば、犯人は複数人いるという。人間とはいえ、2大国の目を欺く様な連中だ。

半ば強引にゼクス中将の許可を得ているとはいえ、慎重に行動すべきなのかもしれない。

 

「ねえねえ。『シカンガクイン』ってどんな所なの?」

「え?」

 

突然、ミリアムの声が右耳に入った。

先行していたと思っていたが、いつの間にか私の右隣にまで下がっていたようだ。

前方には、リィンとユーシスが様子を窺いながら先導していた。

 

「どうって言われても・・・・・・学校だから、勉強するところだよ?」

「むー、それぐらい知ってるもん。そうじゃなくってさ」

 

アガートラムの右腕の中で、ミリアムがふくれっ面で足をブラブラと揺らす。

思わず笑みを浮かべてしまった。シーダもこれぐらい素直に感情を表に出してくれればいいのに。

 

「勉強って何だか大変そうだし、僕は苦手だな。アヤは嫌いじゃないの?」

「苦手意識はあったけど、最近はそうでもないかな。みんなで頑張れば楽しいよ」

「ふーん、そっか。ごめんね、思い出させて」

「・・・・・・何のこと?」

「蛇のこと。アヤは、忘れた方がいいよ」

 

そう言ってミリアムは、再び前方にいるリィンの横に並んだ。

 

(・・・・・・見喰らう蛇、か)

 

彼女は私のことを、どこまで知っているのだろう。そして、あいつらのことを。

 

そこまで深い因縁があるとは思えない。私はただ、巻き込まれただけなのだと思う。

道端に転がっていた石ころを蹴飛ばすような、そんな感覚。石は私だ。

それでもこの先、再び私の前に姿を現す可能性はあるのだろう。

仮面の男は、私をずっと見ていると言っていた。今でもそうなのだろうか。

 

「―――待ってくれ。人の気配だ」

 

リィンの声に、皆が足を止めた。

考えるのは後回しだ。今は私がすべきことは、過去を思うことではないはずだ。

 

「4・・・・・・いや、5人だ。間違いなくいるな」

 

リィンに続いて、ガイウスが声を潜めながら気配の数を皆に指で示す。

「すごーい」と声を上げそうになったミリアムの口は、即座にユーシスの手によって塞がれた。

沈黙を守りながら忍び足で歩を進めるにつれ、会話の声も耳に入ってきた。

全ては聞き取れないが、内容や口調から察するに何か揉めているように思えた。

少なくとも、こちらの存在には気付いていないはずだ。

 

(リィンさん、どうしましょうか?)

(5人か・・・・・・よし、機を見て突入しよう。みんなも準備を整えてくれ)

(タイムタイム!待ってよ、リィン)

 

両腕でTの字を作り、異を唱えた。前回の実習でもこのサインを使った気がする。

様子を窺う時間すらも惜しいが、このまま突入するには得策ではないように思えた。

 

_______________________________________

 

勢いよく飛び出した私の目に飛び込んできたのは、4人の武装集団。

そしてと灰色のコートに身を包んだ、眼鏡の男性だった。

 

「監視塔、共和国軍事基地攻撃の疑いで、あなた達を拘束する!」

 

先程の会話の内容から察するに、後者がこの中で指揮を執る立場なのだろう。

私は長巻の切っ先を中央の男性に向けながら、声高らかに宣言した。

 

「な、なんだこいつら」

「トールズ士官学院だと?」

「お前達は・・・・・・フン、そうか」

 

動揺の色を隠せない4人とは真逆に、眼鏡の男は落ち着き払った声で私達を見渡しながら言った。

 

「ケルディックでの仕込みを邪魔してくれた学生共だな」

「ケルディックって・・・・・・まさか」

「そう、私だったというわけだ。我が名はギデオン。同志からは『G』と呼ばれているがね」

 

ケルディックで野盗達を操っていた存在。『同志』というキーワード。

それだけで、彼が何かしかの組織に所属していることは想像するに容易い。

テロ組織のようなものだろうか。何とも大それたことを仕出かしてくれたものだ。

自分達が何をしようとしているのか、理解できているのだろうか。

 

「問答は無用だ。この地に仇なすならば、全力をもって阻止させてもらう」

 

長巻の切っ先に合わせるようにして、ガイウスが槍を向ける。

元々期待はしていなかったが、テロ組織の存在が垣間見れただけでも上出来だろう。

 

「おい、やっちまってもいいんだな?」

「ああ。知られた以上、生かして帰すわけにはいかん」

 

腰元のホルダーに収められたARCUSが、音も無く私に語りかけてきた。

これは―――ユーシスのオーバルアーツだ。時属性のアーツだろう。

それが合図だった。

 

「馬鹿じゃないの。喋ったのはあんたでしょ」

 

これで茶番劇は終わりだ。

これ以上時間を浪費するわけにはいかない。

 

「うだうだ言ってないで、撃てるものなら撃ってみなよ。それともそれは唯の飾り?」

「こ、このガキ・・・・・・たった『2人』で何が―――」

 

銃口が私に向いた瞬間、背後から風を感じた。

飛び出した影が、瞬く間に彼らが手にしていた導力銃を遥か上空へと斬り飛ばした。

二の型『疾風』。ユーシスの補助アーツを抜きにしても、相変わらず見事な太刀筋だ。

 

「なっ―――」

「「ダークマター!」」

 

リィンの斬撃に続いて二重の空属性アーツが発動した瞬間、テロリストを囲む空間が歪んだ。

見えない力に引きずりこまれるように、5人の身体が中央の歪みへと吸い込まれる。

アリサとエマの合わせ技に、骨が軋む思いだろう。満足に呼吸すらできないはずだ。

 

「がはっ・・・・・・」

 

アーツの効力が消えた後、5人のテロリストは力なく地に突っ伏した。

奇襲は成功だ。こうも見事に嵌ってくれるとは思っていなかった。

銃を持ったテロリスト相手に正面から挑むよりかは、時間も掛かっていないはずだ。

 

「よし、うまくいったみたいだな」

「そうね。あとはこいつらを差し出せば・・・・・・」

「あはは、僕達の出番すら無かったねー、ガーちゃん」

「ミリアムちゃんの出番はこれからです。この人達をアガートラムさんに運んでもらわないと」

 

身を潜めていたリィン達が、様子を窺いながら彼らを囲んだ。

エマが言うように、これで終わりではない。

全ての元凶であるこいつらの存在を、一刻も早く両国に知らしめる必要が―――

 

(―――笛?)

 

唐突に、笛の音色が聞こえた。

見れば、ギデオンと名乗った男の手には、確かに縦笛のような物があった。

 

「ちょっと、何を―――」

 

一歩も動けなかった。こんな状況で笛を奏でる意味が分からない。

それは皆も同様だったようで、誰もが彼の演奏を見守るしかなかった。

音の発生源はどう見ても笛だ。なのに、四方八方から高らかな音色が耳に入ってくる。

たった数秒間の、思考と身体の硬直。それが仇となった。

 

「・・・っ・・・・・・みんな、上だ!」

 

ガイウスの声に促され、内部の天井に目をやる。

それで漸く気付いた。どうして今まで分からなかったのだろう。

天井の洞穴から溢れ出る脅威に、押しつぶされそうな感覚に陥った。

 

「―――それでは、いい死出の旅を」

 

ギデオンが崖下に身を投じたのと同時に、それは姿を現した。

蜘蛛型魔獣、という言葉では表現しきれない程の、邪悪な気当たり。

足の倍の数はある目は燃えるような真紅に染まり、ぎょろぎょろと蠢いていた。

 

「が、ガイウス!こいつまさか」

「ああ。伝承にあった『悪しき悪霊』かもしれないっ・・・・・・!」

 

唯の言い伝えだとばかり思っていた。

千年以上の時を経て、呼び起こされたとでもいうのだろうか。

今まで対峙してきた魔獣とは根本的に違う。魔物と呼んだ方がいいのかもしれない。

 

「シャアアッ!!」

「うわわ!?」

 

突然、魔物の口から白色の何かが吐き出された。

粘性をもつそれは、目の前にいたテロリストの1人を包み込み、身動きを封じた。

 

(い、糸?)

 

蜘蛛の生態に行き当たったのと同時に、魔獣は迷うことなく、喰らった。

頭部から、人間を喰らった。

 

「―――!!」

 

後ろから、アリサとエマの悲鳴が聞こえた。

それを掻き消すように、人間を喰らう音が聞こえた。

骨が砕かれる音。肉を引き千切る音。上半身を失った体躯から、ごぽごぽと血が噴き出す音。

ばら撒かれた生温かい血の一部が、私の頬に掛かった。

 

「・・・っ・・・・・・」

 

目を背けることもなく、全てを見送った。

こんな時は、アリサやエマのような反応が普通なのだろう。

一方の私は、寒気を感じる程に冷静だった。

魔獣と同じだ。返り血を浴びることは珍しくもない。

 

「ひ、ひいいい!」

「た、助けて、助けてくれえ!」

 

腰が抜けて立つことすらままならないのか。

テロリストの1人が、私の腰元にすがり付くようにして助けを求めてきた。

―――鳥肌が立つかのような、嫌悪感が広がった。

 

「触らないで」

「た、助けくれえっ」

 

ミリアムが言っていた。こいつらは、猟兵だ。

いや、傭兵ですらない。縁もゆかりもないこの地を悪戯に脅かした、ただそれだけの存在。

血の色が赤いことが不思議で仕方なかった。

 

「触らないでっ!!」

 

人の顔を本気で殴ったのは、これが初めだ。やはり魔獣の時と何ら変わりない感触だ。

拳に鈍い痛みが広がった。今ので指を切ったのだろうか。

 

「があっ・・・・・・な、何を」

「あんた猟兵でしょ。強者が弱者を喰らう、あんた達が今までやってきたことでしょ。因果応報って知ってる?」

「ふ、ふざけんな!」

「そっちこそふざけないでよ!!」

 

返す腕で、もう一発。今度は左手が差すような痛みに苛まれた。

 

「他人を・・・・・・私達を、この地を散々踏みにじっておいてっ・・・・・・自分にはそんな事は起こらないとでも思ってたの!?馬鹿言わないでよ!!」

 

言葉を並べる毎に、目元に涙が溢れかえっていく。

自覚はしていた。私は今、朝方から抑えていた感情の全てを吐き出しているだけだ。

 

怖かった。本当は怖かった。

私は、冷静なんかじゃなかった。平静を装って感情を押し殺していただけだ。

どうしてなのだろう。何故私は我慢しなかればいけなかったのだろう。

恐怖と絶望。蓋をしていたはずの感情が、憎悪へと変わっていく。

 

「あんたなんか、あんた達なんか―――」

 

長巻に手を伸ばし掛けた、その時。

 

「アヤ」

「アヤさん」

 

不意に、両の手から痛みが消えた。

凍りついた手が、湯煎で溶かされていくかのような感覚。

これは―――回復系のオーバルアーツだ。

 

「アリサ・・・・・・エマ?」

 

右にアリサ。左にエマ。2人が両手で私の手を包みながら、笑みを浮かべていた。

場違いなほどに、穏やかな笑みだった。

 

「私達にだって、背負うことはできるんだから」

「どうか私にも分けて下さい、アヤさん」

 

(あ―――)

 

―――俺にも、俺達にも君が抱えるものを背負わせてほしい。

今でも覚えている。ガイウスが私に言った、3年前のあの台詞。

アリサとエマには、昨晩聞かせたばかりだ。2人の言葉は、そこに繋がっているのだろう。

 

「アヤ。俺達の敵は、あいつだ」

 

後ろから、肩に手を置かれた。

ガイウスの視線の先には、猛威を振るう悪しき悪霊の姿があった。

既にリィン達3人は交戦に入っている。彼らだけの手に負える相手ではない。

 

「これが最後の戦いのはずだ。君の力が要る」

 

冷え切っていたはずの身体が、急速に温まっていく。

手を握り返すと、自然に笑みが浮かんだ。

2人にまで背負ってもらうわけにはいかない。こうして手を取ってくれるだけで十分だ。

 

「・・・・・・分かってる。もう、大丈夫」

 

いずれにせよ、テロリストの存在は戦争を回避する鍵となるはずだ。

彼らの命を救わなければ、故郷は救えない。

ガイウスが言うように、これが正真正銘、私達A班の最後の戦いだ。

 

「アリサ、エマ、力を貸して。ガイウス、気合入れなさい!」

「ああ、お互いにな」

「そうこなくっちゃ!」

「時間がありません。行きましょう!」

 

長巻の鞘を払い、私は再び立ち上がった。

 

______________________________________

 

硬い。それが魔物を斬った印象だった。

いや、斬ってなどいない。表面に掠り傷を負わせるのが精一杯だ。

その気になれば鉄さえも両断する私やリィンの剣が、全く通用しない。

ミリアムの一撃にも魔物は怯む気配すら見せてくれなかった。

 

「グリムバタフライ!」

「シルバーソーン!」

 

ユーシスとエマの上位属性アーツが、周辺の小型魔獣を巻き込みながら発動する。

白と黒の相反する導力に身を包まれ、魔物は呻き声を上げながら8本の足を苦しそうにバタつかせた。

 

だがそれも束の間、魔物は再びその真紅に染まる目を私達に向けてくる。

膨れ上がった腹からは、再度小型の蜘蛛型魔獣が吐き出された。

戦闘が開始してから、これの繰り返しだ。キリが無いにも程がある。

 

「埒が明かない・・・・・・ねえエマ、蜘蛛の急所ってどこにあるの?」

「蜘蛛、ですか?確か・・・・・・腹部です。上部を這うようにして、心臓があるはずです!」

 

腹部。そこはもう何度も斬ったが、刃が通ることすらままならない。

いずれにせよ、あの鉄以上に硬い皮膚を貫かなければ致命傷にはなり得ない。

ミリアムの打撃でも有効打にはならない。剣による斬撃も、アーツの力でも駄目。

 

(それなら、点だ)

 

点。一点に集中させた力で、皮膚を貫く。

エマの知識が正しいのなら、心臓は腹部を覆う皮膚のすぐ下にあるはずだ。

 

「・・・・・・みんな。一瞬でいいから、隙を作って。あとは私とガイウスが何とかする」

 

私の言葉に、皆の視線が集まる。

突き技の威力を考えるなら、ガイウスの槍しかない。

とはいえまともに飛び掛かれば、魔物の糸に身を取られてしまうのは目に見えている。

 

「フン、どちらにしろこのままではジリ貧だ。考えがあるのならさっさと用意しろ」

「そうね・・・・・・もう時間が無いし、それに掛けるしかないかも」

「オッケー、私とガーちゃんに任せてよ!」

 

説明している時間は無い。攻撃の手掛かりさえ掴めればそれでいい。

長期戦になればなる程、故郷を救える可能性は少なくなっていく。

 

「アヤ、どうすればいいんだ?俺の槍でも、あれが相手では・・・・・・」

「大丈夫。上空からの突き技、ガイウスの十八番でしょ?」

「し、しかし」

「大丈夫、私を信じて。絶対に『外さない』」

 

槍を握る彼の手を、私の手が覆う。

応えるようにして、その上に彼のもう片方の手が置かれた。

それでいい。一か八かの賭けかもしれないが、今はこれ以外に方法は無い。

 

「行くぞ、ユーシス!」

「ああ!」

「いっけー、ガーちゃん!」

 

正面から魔物に向かって突進したリィンとユーシスが、魔物の目の前で左右に飛んだ。

全く同じタイミングで目標を見失った魔物に、銀色の巨体が視界を遮るようにして組み掛かった。

 

「「ダークマター!!」」

 

間髪入れずに、テロリストを捕らえたアリサとエマの二重アーツが発動する。

周囲の小岩すらも巻き込みながら、中心へと作用する力が魔物を拘束していく。

アガートラムも巻き添えになってしまうが、きっと耐えてくれるはずだ。

動きと視界は封じた。狙いも定めた。

期は今しかない―――

 

「ガイウスっ!!」

「ああ!!」

 

魔物の上空に舞ったガイウスが、落下の速度を利用して腹部目掛けて槍を構えた。

コンマ1秒の差で彼の後に続き、長巻を振り上げながら刃を返して照準を付ける。

 

「風よ、俺に力を―――」

「四の舞『月槌』上段―――」

 

風は私だ。ARCUSの戦術リンクが無くとも、呼吸は重なる。

3年間、一緒だった。いつだってずっと一緒だった。

心と願いは1つだ。絶対に当ててみせる。

全ては一瞬。槍の切っ先が魔物へと突き刺さる、その一瞬。

狙いは柄の先端の、石突。

 

「「はあああっ!!」」

 

そこに向かって、刃を返した長巻を力の限り振り下ろした。

ガイウスの槍に、私の剣の力が加わる。

寸分違わず線と点が交わった時、ガイウスの突きは通常の何倍もの威力へと昇華した。

それが、千年以上の眠りから覚めた悪霊の最期だった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。