絢の軌跡   作:ゆーゆ

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ノルドへの軌跡③

「お母さん!お母さんっ!!」

 

1人の少女が涙を流しながら、地面に横たわる女性の身体を揺すっている。

母と呼ぶからには、女性はあの少女の母親なのだろう。

 

「いやあ!死んじゃやだよ、お母さんっ!!」

 

女性の胸元からは、おびただしい量の血が流れ出していた。

一目見ただけで、この先の展開が見えてしまう。あれではもう、助からない。

それを少女も分かっているのかもしれない。

 

「生きて・・・・・・ユイ。生きな、さい」

 

それで漸く気付いた。

あれは―――私だ。4年前の私。

名を呼ばれるまで気付かなかったのか。どうかしている。

 

「いやあああ!!!」

 

少女の、私の悲鳴が辺りに響き渡る。

やっぱりお母さんは、最期にあの言葉を残していた。

だから私は生き続けた。懸命に、歯を食いしばりながら。

 

でもその約束を、私は守れなかった。

声が聞こえなくなっていたから。剣は―――お母さんは、もう何も言ってくれなかった。

もう十分。そういうことだったのだろうか。

いずれにせよ、私はまたお母さんと会える。地上にも未練は無い。

それなのにどうして私は、今更になって4年も前の光景を見ているのだろう。

 

______________________________________

 

「ゲホッ!?」

 

突然、溺れているかのような錯覚に襲われた。

咳と一緒に、肺の中から水が溢れ出てくる。

呼吸が思うようにいかない。苦しさの余り、水と一緒に涙が目から零れ落ちていく。

 

「ゲホッ、ゴホッ・・・・・・はぁ、はぁっ」

 

本当なら楽な姿勢を取りたいのだが、身体がピクリとも動かなかった。

口の中の水を吐き出すことすらままならない。

何がどうなっている。私は今、どこで何をしている。

 

「よかった・・・・・・間に合ったみたいだな」

 

男性の声が聞こえた。どうやら聴覚は生きているようだ。

視界も少しずつ回復してきた。色から察するに、この眩しさは夕焼けのそれだろう。

一方で身体はやはり動かない。冷水に浸かっているかのように、全身が凍えるような寒さだ。

 

「聞こえるか?聞こえていたら、手を握ってくれ」

 

動かないものの、感覚はあるはずだ。

右手が何か温かい物に包まれている。これを握ればいいのだろうか。

渾身の力を振り絞って、指を動かす。

僅かながら、私の右手は意思に応えてくれた。

 

「すぐに火を増やす。もう少しだけ我慢してくれ」

 

遠のいていく意識をどうにか繋ぎ止めていると、上下左右からパチパチという薪の爆ぜる音が聞こえてきた。

少しずつ体温が上昇していくのが分かる。

漸く、自分が置かれている状況が分かってきた。

私は―――生きている。投げ出したはずの命が、ここにある。

 

「どう・・・・・・して」

 

たったそれだけの言葉を口にしたあと、私は再び意識を失った。

 

___________________________________

 

再び目蓋を開くと、周囲は既に夜の暗闇に包まれていた。

眠っていたのだろうか。少なくとも意識を失っている間に、日が沈んでしまったようだ。

 

「私は・・・・・・」

 

先程よりも、随分と楽になった。呼吸も落ち着いている。

相変わらず身体が思うように動いてくれないが、何とか身を起こすことはできた。

 

「えっ?」

「目が覚めたみたいだな」

 

男性の声が背後から聞こえた。それは今どうだっていい。

私の身体には、青色の布地が覆いかぶさっていた。

その上から枯れ葉が敷き詰められていたようだ。保温のためなのだろう。

その下は―――下着しか無かった。上半身は何も無い。半裸だ。

何だこれは。私の衣服はどこにいった。

 

「悪く思わないでくれ。濡れたままでは体温が上がらない。漸く渇いてくれたところなんだ」

 

そう言って、男性が私の傍に腰を下ろした。

どういうわけか彼も半裸だった。その右手には、私が着ていた衣服があった。

 

咄嗟にそれに手を伸ばそうと体を動かした瞬間、右足の付け根に途方もない激痛が走った。

 

「あぐっ・・・・・・!?」

「無茶をするな。重要な血管は無事みたいだが、傷は深いようだ。動かない方がいい」

 

見れば、右足の大腿部に赤色の帯がぐるぐる巻きにされていた。

―――いや、これは私の血の色だ。既に渇き始めているようで、布地が固まりかけていた。

血は止まっていても、この痛みだけは如何ともし難い。

 

「どう・・・・・・なってるの。ここはどこ」

「俺達が飛び込んだ川の下流だ」

 

男性は薪をくべながら、私達が置かれた状況をゆっくりと話し始めた。

 

どうやら私が振り払った彼の腕は、私の身体を再び捕らえたらしい。

そのまま長時間、私達は水の中にいたそうだ。

あの近辺の川は流れが強く、あっという間に遥か下流へと流されてしまったのだという。

 

「思い出したか?」

「・・・・・・少し」

 

右足を弛緩させながら深呼吸を繰り返すうちに、徐々に記憶も鮮明なものになっていった。

そうだ。水流に飲み込まれながらも、私は完全に意識を失ってはいなかった。

僅かではあるが、彼に身を包まれた感覚を身体が覚えている。

 

その間に私は大分水を飲んでしまっていたのだろう。

完全に意識が飛んだのは、大分流された後のはずだ。

そうでなければ、私は生きているはずがない。

右足の傷は、流されていた間に何かで切ってしまったようだ。

 

「もう手遅れかと思ったが、処置が間に合ってよかった」

「処置って・・・・・・」

 

想像するに容易い。あんな状況の私に施す処置と言えば、限られている。

思わず手の甲で唇を拭った。臆面も無くよく言えたものだ。

少しは恥じらいを感じているのだろうか。

 

「どうして、助けたの」

「どうしてって・・・・・・君は面白いことを聞くんだな。助けては駄目だったか?」

「助けてなんて言ってない」

「それはそうだが、君だってトーマ達を助けただろう。それと一緒だ」

 

覚悟はできていた。だから私は腕を払ったのだ。

だというのに、私はまた生き延びてしまった。

睨みつけても、返す言葉が見つからない。何だか負けたような気分だ。

結局私は視線を逸らし、別の話題に切り替えた。

 

「服、着てよ」

「その前に君が着てくれ。その恰好じゃ凍えるだろう」

 

彼はそう返しながら、私に背を向けて座り込んでしまった。

よくよく見れば、私を覆っていた青色の布はどうやら彼の衣装のようだ。

こんな低気温の中であれでは、火があるとはいえ先に彼が凍えてしまう。

 

上はともかく、下衣は足を通すことすらままならなかった。

少しでも右足動かせば、身の毛がよだつような激痛に苛まれた。

その前では恥じらいなど無意味だった。結局、彼の手を借りた。

まるで赤子に戻ったかのような気分だ。今後一切思い出したくもない。

 

「今日はもう休んでくれ。明日の朝には上流を目指す。集落の皆も俺達を探しているはずだ」

「そう。勝手に行って」

「・・・・・・言っておくが、君も連れて行くぞ」

 

何を言っているのか分からなかったが、嫌な予感はした。

私の足の状態は、彼も十分すぎる程理解しているはずだ。

身動きを取れない私を連れて行く方法など、1つしか思い当たらなかった。

 

「改めて礼を言わせてほしい。俺はガイウス・ウォーゼルだ。君は?」

「・・・・・・アヤ」

「アヤ。君は俺の兄弟を救ってくれた。だから俺は、君を助ける」

 

彼の真っ直ぐな翡翠色の瞳を、私は見ることができなかった。

 

______________________________________

 

ガイウス・ウォーゼル。14歳。

同年代か少し上、それ位だと思い込んでいた私は心底仰天した。

体格もそうだが、やけに大人びている。ノルドの男性は皆こうのだろうか。

 

(今・・・・・・10時頃、かな)

 

太陽の位置から現在の時刻を予想する。大体は合っているはずだ。

 

私はガイウスの背に身を預けながら、川に沿って上流へと向かっていた。

自分の足ではないとはいえ、彼が歩を進める度に脂汗が滲んでくる。

この傷の前では、私のオーバルアーツなど焼け石に水だった。

 

「・・・・・・もういい。下ろして」

「そうはいかない」

「助けを呼びに行くなら1人で行けば?」

「その間にアヤが魔獣にでも襲われたらどうする」

「なら助けが来るまで待ってればいい」

「君の傷の手当てが先決だ」

 

これである。どうやら彼もザッツと同じ側の人間らしい。

強引に身を離しても、彼は私を置いて行ったりはしないだろう。分かり切っている。

力ずくで連れて行かれるのも御免だ。虚勢を張るには、傷が深すぎた。

結局私は流されるがままだ。もう何度同じような思考を辿ればいいのだろう。

 

「足は痛むか?」

「別に」

 

言葉とは裏腹に、表情が歪む。顔が見えない分、それは露骨に表に出てしまう。

とはいえ、こうしているだけで彼の気遣いが伝わってきた。

重心が明らかに左へ傾いている。右足に負担を掛けないようにしているのが丸分かりだ。

 

何かと追及されるだろうと踏んでいたが、訊かれたのは年齢や出身ぐらいだった。

その代り、ガイウスは自身の多くを語った。集落や家族、この地に関する様々なこと。

大半は聞き流したつもりだったが、不思議と頭に残ってしまった。

 

初めは口数が多かった彼も、次第に沈黙が多くなっていった。

背中越しに聞こえる荒々しい息遣いと汗が、その過酷さを如実に物語っていた。

 

程無くして、私は一時的に彼の背中から解放された。

流石に人一人を背負った状態で歩き続けるには、この川沿いは険し過ぎるようだ。

 

「その剣は・・・・・・形見、なのか?」

 

額の汗を拭っていたガイウスが、私が背負う長巻を見ながら言った。

一瞬戸惑いを覚えたが、そういえば長巻を追いながら「お母さん」と呼んだ気がする。

それを聞いていたのだろうか。

 

「これは、お母さんが生前に使っていた剣」

「そうか。失くさずに済んで何よりだ」

「・・・・・・ん」

 

どうして話してしまったのだろう。教える必要などどこにもないというのに。

どうも調子が狂う。ザッツ以上のやり辛さだ。

 

(綺麗な目・・・・・・)

 

原因の1つは、彼の瞳の色かもしれない。

水で濡れたような、鮮やかな翡翠色。クロスベルや帝国では、かなり稀なはずだ。

見られただけで吸い込まれそうになる。

 

「どうかしたのか?」

「な、何でもない」

「そうか。さて、そろそろ休憩は―――」

 

終わりにしよう。そう言いたかったであろう彼の視線の先には、一羽の鳥がいた。

上空を舞うその鳥が近づいてくるにつれ、次第に大きさが増していく。

随分と大きな鳥だ―――いや、大きすぎる。

 

(鳥じゃ、ない?)

 

周辺の木々の葉を上空へ舞い上げながら、それは私達の目の前に立ち塞がった。

 

「ば、馬鹿な。何故こいつがこんな低地に!?」

 

真っ赤な紅色の羽毛に包まれた、大型の鳥型魔獣。

この地で対峙したどの魔獣よりも、遥かに大きい。

その威圧感だけで、足の傷がズキズキと疼いてくる。

 

最悪だ。2人掛かりならともかく、今の私は単なる足手まといだ。

私を抜きにしても、彼1人でどうこうできる相手とは思えない。

 

「アヤ、下がっていてくれ。こいつは俺が何とかする」

「いい。構わないで」

「駄目だ、下がっていろ」

「構わないで!」

 

無力と分かりつつも、背中の長巻に手を伸ばす。

その瞬間、魔獣がその巨大な羽を大きく羽ばたかせた。

身体がふわりと浮くような感覚に襲われ―――いや、実際に浮いていた。

身を焦がすような熱風が、周辺の岩ごと私達を遥か後方に吹き飛ばした。

 

「かはっ・・・・・・!」

 

鈍い衝撃音と共に、みしみしと木が揺れる音が耳に入ってくる。

背中から大木にぶつかったのだろう。意思とは無関係に、肺から空気が吐き出された。

一瞬意識が飛びかけたが、それ以上の痛みが右足を襲っていた。

それが気つけになってくれたおかげで、何とか気を失わずには済んだようだ。

 

苦痛に耐えながら身を起こすと、地面に力無く横たわる彼の姿が目に入った。

息はあるように見えるが、彼の身体は微動だにしなかった。

 

「お、起きて。起きてよ・・・・・・が、ガイウスっ」

 

名を呼んでも、反応は無かった。

一方の魔獣は舌なめずりをするかのように、私達を見下ろしながら上空を旋回していた。

まるで死神だ。偶然にも命を拾ってしまった私を迎えに来た、死神。

 

(このままじゃ・・・・・・)

 

絶望と諦め。後悔と罪悪感。

様々な感情が湧き上がっては消えていく。

 

「クエエェッ!!」

 

魔獣の咆哮が響き渡ると同時に―――私は再び剣を取った。

いずれにせよ私にできることは、1つしか無い。

 

「・・・っうぐ・・・・・・」

 

右足を庇いながら、ゆっくりと立ち上がる。

痛みは耐えればいい話だ。左足は生きているし、両腕も動く。

 

ここが私の死に場所であっても、彼にとっては絶対に違う。

この魔獣が死神だというなら、差し出すのは私の命だけで十分だ。

彼を巻き込むわけにはいかない。一時でも身を預けてしまった自分が嫌になる。

兄弟がいたはずだ。彼には待っている人達がいる。

私とは違う。死なせるわけにはいかない。

 

「だから・・・・・・お母さん。今だけでいいから、お願い」

 

力を貸して。

そう願った刹那、右前方から力の波動を感じた。

 

「え―――」

 

翡翠色に輝く矢のようなものが、魔獣の頭を突き抜けた。

的確に飛来したそれは、一本の槍。地面に刺さっていなければ槍だと気付かなかっただろう。

急所を貫かれた魔獣は、声を上げる暇も無く崩れ去った。

全てが一瞬の出来事だった。

 

「ガイウス!無事かっ!?」

 

驚き呆けていると、茂みの中から1人の屈強な男性が姿を現した。

声と出で立ちで、彼が何者かはすぐに分かった。

どうやら私は―――再び命を拾われたようだった。

 

________________________________________

 

私の予想は当たっていた。

ラカンと名乗った男性は、正真正銘ガイウスの父親だった。

彼は明朝から数人の男を引き連れて、私達を探し回っていたそうだ。

まさに間一髪だった。まさか父親にまで命を救われるとは思ってもいなかった。

 

「・・・・・・結構、暖かいんだ」

 

気付いた時には、私は彼らが暮らす集落にいた。

ザッツが教えてくれた『ゲル』と呼ばれる移動式の家屋がこれなのだろう。

木の枠組みを布地で覆った簡易な作りでありながら、普通の家と遜色無い居心地だ。

既に日は暮れているが、寒さは無かった。動物の皮でも使っているのかもしれない。

組み立て式とはいえ、ベッドまであるとは。思いの外充実している。

 

集落のゲルへと招かれた私は、アムルと呼ばれる男性から右足の手当てを受けた。

薬草を煎じたような緑色の液体を塗られた時は、気が飛びそうな程の激痛が走った。

今では嘘のように痛みが引きつつある。鎮痛の効能もあったのだろうか。

 

「し、しつれいします」

 

か細い声と共に、不安げな表情を浮かべる少女が入り口から顔を覗かせた。

見覚えのある顔だ。シーダ、といったか。後ろにはトーマと呼ばれていた少年もいた。

 

「あの・・・・・・これ」

 

少女が差し出してきた木製のトレーには、同じく木製のコップと大きめの皿。

皿には野菜が入ったスープのようなものが湯気を立たせていた。

 

「・・・・・・これを、私に?」

「う、うん」

「こらシーダ、そうじゃないだろ」

 

少年は軽く少女の頭を小突いた後、改まった口調で名を名乗った。

 

「僕はトーマ。こっちは妹のシーダです。昨日は魔獣から助けてくれて、ありがとうございました。これはそのお礼です」

「あ、ありがとう。おねーちゃん」

 

少年に続くようにして、少女も深々と頭を下げながら言った。

少年―――トーマもまだ10歳ちょっと程度だろうに、随分としっかりとしている。

幼い子供と言葉を交わすのは、それこそ4年振りかもしれない。

 

「おねーちゃん。足、大丈夫?」

「平気」

 

半ば虚勢気味に足を動かす。

本当なら絶対安静だろうが、これぐらいなら傷に障ることもないだろう。

 

「後で父が話があるそうです。それまでゆっくり休んでいて下さい」

 

トーマはそう言って、名残り惜しそうな表情のシーダを連れてゲルを後にした。

手元に置かれたトレーに視線を落とすと、香りのいい湯気が食欲を刺激してきた。

 

「あったかい・・・・・・」

 

口に入れた途端、全身に生気が漲っていく。生き返るような感覚だ。

今思えば、今朝から水以外何も口にしていなかった。

独特のハーブの匂いに多少戸惑いを覚えたが、これはこれで新鮮味がある。

 

皿の中が空っぽになった頃、再び入り口から女性の声が聞こえた。

 

「具合はどうかしら」

「あなたは・・・・・・」

「ふふ、まだ挨拶もしていなかったわね」

 

ファトマ・ウォーゼル。

この集落に連れてこられてから、何度か彼女の姿は見掛けた。

ラカンと同様に、彼女がガイウスの母であることは一目で分かった。

彼はどちらかと言えば、母親似かもしれない。繊細な顔立ちが特に似ていた。

父が後で話がある、とトーマは言っていたはずだが、聞き間違いだったのだろうか。

 

「あの人の代わりに着替えを持ってきたの。ついでに少し、話をしてもいいかしら」

 

差し出されたのは、彼女が今着ている物と同じ類の衣装だった。

上着はともかく、私の下衣は足の手当てのために右半分が切り取られている。

それを気遣ってくれたのだろう。

 

「その、どうも」

「身体も拭いてあげるわ。一日中歩きっ放しで疲れているでしょう」

 

歩きっ放しだったのはガイウスなのだが。

とはいえ、川に身を投じてからは心身ともにぼろぼろだ。

着替えを出してくれただけでも、素直にありがたい。

 

「改めてお礼を言わせてちょうだい。あなたには感謝してもしきれないわね」

「私は、別に」

 

上着を脱ぐと、ファトマはゆっくりと私の背中を拭き始めた。

これも4年振りだ。この地に足を踏み入れてから、何回目の4年振りだろう。

 

「ガイウスから聞いたわ。あなたは1人で帝国から来たそうね」

「いえ・・・・・・はい」

 

何も話すつもりは無い。

そんな私の思いを余所に、ファトマは何も訊かなかった。

母子共々、余計な詮索は控える性分のようだ。

 

すると突然、ファトマの手が止まった。

見れば、手は私の胸元で止まっていた。そこにあるのは、2つの銃創。

 

「ただの、古傷です」

「アヤ・・・・・・」

 

全身に残った傷は、私が独りで生き抜いてきた証。

一方でその傷痕は―――私がたった独りになった証。

 

ファトマはその証をそっと指で触れた後、その手を私の頭の上に置いた。

 

(あ―――)

 

胸の奥底から、記憶と共に身に覚えのない感情が湧き上がってくる。

いや、私は知っている。ひどく懐かしくて、温かい。

 

「・・・・・・傷が癒えるまで、ここで身を休めていきなさい。それぐらいのことなら、私達でもしてあげられるわ」

 

彼女の言葉に、私は無言で頷くしかできなかった。


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