5月31日、午前9時前。
2日間の特別実習を無事終えた私達B班は、セントアーク駅改札前のホールで帝都方面行きの列車を待っていた。
早朝から大急ぎで実習のレポートを仕上げたせいか、まだ体から疲労が抜けきっていないようだ。
それでも、これはこれで心地いい疲労感だ。
前回のように複雑な事情が絡んだトラブルも無く、失敗はあったものの達成感に溢れていた。
「ヴァンダイク先生に宜しく伝えておいてくれるかしら」
「はい。短い間でしたが、本当にお世話になりました」
私達を見送りに来てくれたのは、テンペランスさん。
本当はリオンさん達にも挨拶をしたかったのだが、彼らは彼らで今日も忙しいそうだ。
少し名残惜しいが、別にこれが今生の別れというわけでもない。
程なくして、目的の列車が到着する旨を構内アナウンスが告げた。
私達と同様に列車待ちをしていた乗客達が、ぞろぞろと改札の方へと流れ出す。
「アリサ」
「あ、はい」
改札を出るために荷物に手を伸ばそうとしたところで、テンペランスさんがアリサを呼び止めた。
彼女は腕を組み、小さな笑みを浮かべながら口を開いた。
「事情は分からないけど・・・・・・精々悩んで、考えなさい。でも焦る必要なんてない。あなたはきっと、立派な女性になるわ」
「・・・・・・ありがとうございます。私なんかには、勿体無い言葉です」
(かっこいいなぁ)
アリサが何かを抱えていることは、皆も承知のことだ。それが何かまでは分からない。
それを見透かした上での言葉なんだろう。何から何まで様になる人だ。
あれで酒癖の悪さが無ければ完璧なのだが。
「それに、アヤ」
「え、私?」
「先生から聞いたけど、あなた成績の方は芳しくないそうね」
「・・・・・・えぇー」
思わずズッコケそうになる。学院長はそんな情報まで教えていたのか。
「今のうちから努力しておくことね。その分だけ、あなたの未来の可能性は広がるわ」
「可能性・・・・・・でも私、テンペランスさんが想像する以上にダメダメですよ?」
「安心しなさい。私の方がダメダメだったわ」
「え?」
「言ったでしょう。初めての中間試験の成績が散々だったって。こう見えて、入学試験は下から2番目だったのよ」
下から2番目。どこかで聞いたことがあるフレーズだ。
あれは確か・・・・・・そうだ。ヴァンダイク学院長と厩舎の前で話をしていた時だ。
断片的にあの時の会話を思い出す。女子生徒。主席卒業。20年以上前―――
「も、もしかしてあの女子生徒って―――」
「あなた達は、まだ学ぶ立場にある」
先程よりも声を張って、テンペランスさんが言う。
既にそれは私だけではない、B班全員へ向けられているのだろう。
そしてそれは実習の初日、大学の屋上でも聞いた言葉だ。
「1つでも多くを学びなさい。懸命に学びなさい。失敗を恐れずに前を向いて、たくさんの経験を積みなさい。それがいつか、あなた達の糧となるはずよ。・・・・・・ふふ。また会いましょう、可愛い後輩さん達」
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セントアークを発ってから3時間半ぐらいだろうか。
列車に揺られながら眠りもせずに3時間以上を過ごすなんて、私からすれば奇跡に近い。
ガイウスでさえ半刻前から静かに寝息を立てているというのに。
「無理しないでいいのよ?あなたも相当疲れているみたいだし」
「それはお互い様。アリサだってかなり目が赤いけど」
「何かあった時のために、1人ぐらいは起きておいた方がいいと思ってね。帝都で乗り換えだから、寝過ごすことはないでしょうけど」
思えば昨夜、セントアークに向かうバスの中でもアリサは必死に眠気を堪えていた。
あの時は結局崩れ落ちる様にして眠ってしまったが、その反動もあるのかもしれない。
自分のことは二の次で、周りへの気配りを忘れない。それが今の私が知る、一番のアリサの魅力だ。
「アリサ、テンペランスさんが最後に言ったこと、覚えてる?」
「ええ。あの人が言うからこその言葉ね」
「サラ教官が言ったら爆笑ものかも」
「失礼なこと言わないの。でも・・・・・・ふふ、ちょっと似合わないわね」
多分、私達は士官学院生の中でも大変に恵まれた生徒だ。
こうして遠地に赴いての実習など、《Ⅶ組》以外では考えられないことだろう。
なら、私達ができることは1つしかない。
テンペランスさんの言う通り、少しでも多くを感じ、学び取ることだ。
それが実習に関わってくれた協力者、そしてサラ教官への恩返しに繋がるはずだ。
「失礼、乗車券を拝見します」
「あ、はい」
私達に声を掛けた男性に、アリサが人数分の乗車券を手渡す。
その男性の出で立ちは軍人そのもの。特徴的な灰色の制服に身を纏い、黒光りする小銃を肩に掛けている。
列車内に目を光らせるその姿は、『鉄道憲兵隊』の1人に他ならなかった。
「はい、確かに。ご協力感謝します」
「お疲れ様です」
アリサが言うと、男性は私達が乗る先頭車両の後方、2番車両へと姿を消した。
「鉄道憲兵隊、だよね?何人かこの列車に乗ってるみたいだけど・・・・・・正規軍が乗車券確認なんてするの?」
「警備のついでじゃないかしら。列車内で見かけることは珍しくもないでしょう」
「・・・・・・それもそうか。仕事熱心だね」
銃器を携帯していることも、警備巡回中と考えれば別段おかしくもない。
それにしても、警備中とはいえ随分と険しい顔をしていたように思えた。
警戒心の表れなのだろうか。
窓枠に肘をつき流れ行く風景を眺めていると、ゴォーという音と共に窓枠からの光が閉ざされる。どうやらトンネルの中へ入ったようだ。
記憶が確かなら、トンネルを抜けて半刻もすれば帝都に着く頃合いだろう。
「・・・・・・変ね」
「え?」
唐突に、アリサが怪訝そうな表情で呟く。
「ほら、トンネルに入る時はいつも汽笛を鳴らすじゃない?でも今は何も聞こえなかったわ」
「・・・・・・言われてみれば。車掌さん、居眠りでもしてるのかな」
「怖いこと言わないでよ」
アリサの言う通り、確かに汽笛の音は聞こえなかったように思える。
よく気が付いたものだ。だが汽笛の1つや2つにそこまで気を向ける必要もないだろう。
その後もアリサは眉間に小さい皺を作りながら、窓枠から外の風景を眺めていた。
その表情からは、風景を楽しむ姿勢など微塵も感じられなかった。
「ねぇアリサ、少し考えすぎじゃ―――」
「やっぱりおかしい」
「え?」
先程とは打って変わって、確信のある物言いだった。
何か気になることでもあったのだろうか。
「おかしいって、何が?」
「信号よ。今通り過ぎた信号は間違いなく赤だったわ。停止信号よ」
「・・・・・・嘘?」
鉄道沿いに一定の間隔を置いて設置されている鉄道信号には、青と赤、黄色の3色が存在する。
鉄道に詳しくない私でも、「赤」が停止を意味することぐらいは知っている。
だというのに、列車は止まる気配を見せない。アリサが言うことが事実なら、確かに何かが起きているようだ。
「どうかしたのか?」
眠っていたはずのガイウスが、険しい表情で訊いてくる。
私とアリサの雰囲気を感じ取ったのか、ラウラとエリオットも同様に目が覚めていたようだ。
「お、おい。大丈夫かよ、あんた」
手早く3人に事情を説明するやいなや、男性の声と共に車両の前方が喧騒に包まれる。
ここは先頭車両だから、前方には運転台があるはずだ。
「ふむ。やはり何かあったようだな」
「ああ、行ってみよう」
足早に車両の前方に足を運ぶと、服装からこの列車の車掌と思われる男性、そして灰色の軍服の男性―――鉄道憲兵隊の1人が、床に寝かされていた。
「何があったんですか?」
アリサが2人の男性を取り巻く乗客の1人に声を掛ける。
「ふらついたかと思ったら、突然崩れ落ちる様に寝ちまったんだよ」
男性が言うには、運転台に立っていた車掌が、突然倒れ込むように意識を失ってしまったらしい。
その直後、車掌に駆け寄ろうとした鉄道憲兵隊の男性も、同様にして崩れ落ちてしまったそうだ。
「車掌さんが・・・・・・そ、それってかなりまずいんじゃ―――」
「落ち着いてエリオット。それにラウラ」
エリオットが言う終わる前に、アリサが冷静な口調で遮る。
「後端の運転台にも車掌と鉄道憲兵隊がいるはずだから、この場は彼らに任せましょう。2人とも、お願いできるかしら」
「承知した。任せるがよい」
「う、うん。分かったよ」
「余計な混乱を生みたくないから、周りの乗客には悟られないようにね。慌てる必要はないわ」
エリオットとラウラが後方の車両へ向かうと同時に、アリサは周囲に声を上げて呼びかけた。
「皆さんも一度席に戻って下さい。それと、医療関係者の方がいたら、手を貸して頂けませんか?」
ガタンコトンという列車の走行音だけが、周囲に鳴り響く。
と思いきや、1人の女性が手を上げ、戸惑いながらも名乗り出てきてくれた。
「一応、看護士をしているけど・・・・・・その、あなた達は?」
「トールズ士官学院の者です。こういったトラブルへの対処には心得がありますから、どうか落ち着いて下さい」
学生手帳を手にしながらアリサが言うと、周囲からは「ああ、士官学院の」「軍人の卵か」と声が上がった。
やや落ち着きを取り戻した乗客達は、不安げな色を浮かべながらもぞろぞろと席へ戻り始めていた。
看護士の女性は2人の腕を取りながら、容体を確認し始めたようだ。
「見事な手際だな」
ガイウスが言うように、時間にすれば2分間にも満たない出来事だ。
異常を察知してから今に至るまで、当然のようにこの場を治めてしまった。
「流石アリサ。私惚れ直しそう」
「私だって一杯一杯よ。それに・・・・・・嫌な予感がするわ。もしかしたら、相当まずい状況かも」
「・・・・・・そうなの?」
私がアリサに返すのと同時に、彼女の腰元、ARCUSが入ったホルダーからベル音が鳴り響いた。
「ちょっと待って」
アリサが額の汗をハンカチで拭い、軽く深呼吸をしてからARCUSの応答ボタンを押す。
スピーカーから漏れてくる声で、その相手がエリオットだと分かった。
「はい、アリサよ・・・・・・ええ、大丈夫。落ち着いて」
スピーカーの音量を上げてくれていたおかげだろうか。これなら私とガイウスにも会話の内容は把握できる。
エリオットの口調から察するに、相当取り乱しているようだ。
「・・・・・・やっぱりそうだったのね」
「え?」
聞き漏らさないように傾けていた耳に、信じられない会話が飛び込んできた。
聞き間違いでないとするなら、アリサが言うように相当にまずい状況だ。
「よく聞いて。ラウラと一緒に、乗客の中に鉄道関係者がいないか探してちょうだい。くれぐれも落ち着いて、取り乱さないように。何か聞かれたら、学生手帳を見せて適当に誤魔化しなさい。それと、ARCUSは絶対に手放さないでね」
『う、うん。探してみるよ』
エリオット曰く、後方の車両でも同様の事態に陥っているらしい。
この列車の操縦を担う、2人の車掌。乗り合わせた鉄道憲兵隊に、常駐する整備員でさえも。
その誰もが意識を失い、起きる気配を見せていないそうだ。
(・・・・・・もしかして、大ピンチ?)
つまりこの列車は、今や誰の手にも掛かっていないのだ。想像しただけで背筋が凍る思いだ。
アリサはARCUSをホルダーに戻し、制服の上着を脱ぎながら口を開いた。
「聞こえていたでしょう、2人とも。状況は最悪だわ」
「ま、待ってくれ。じゃあこの列車はどうやって動いているんだ?」
「自動運転装置が働いているおかげでしょう。私も詳しくないけど・・・・・・このままじゃ、大変なことになるかもしれない」
その自動装置とやらがどういった働きをしているかは分からない。
だがアリサの言う通り、最悪の可能性も考慮して行動するしかない。
「ガイウス、あなたもこちら側から鉄道関係者を探しながら後方へ向かって。さっき私が言ったことを忘れないでね」
「ああ、任せてくれ」
ガイウスが乗客達に聞いて回る姿を確認した後、私とアリサは床に横たわる2人の男性の様子を窺う。
看護士の女性曰く、どう見ても深い睡眠状態に陥っているとしか思えないそうだ。
その原因までは特定できていないらしい。
何が起きているのだろう。
間違いなく、これは何らかの作為的なものが働いて、起きるべくして起きた事態のはずだ。
一体誰が、何のために。
「どういうことだろ・・・・・・一服盛られたとかかな?」
「かもしれないわね。いずれにせよ原因は今重要じゃないわ。来て、アヤ」
アリサは小声で言うと、周りの乗客に悟られないようにして運転台がある小部屋へと足を運んだ。
私も後を追うようにして、アリサに続く。
列車の運転台など初めて目にしたが、思った以上にシンプルな見た目だ。
「ど、どうするの?もしかしてアリサ・・・・・・」
「できるわけないじゃない・・・・・・あなたも少し落ち着きなさい」
「実は列車の運転経験があるのよ」なんてあり得ない可能性が脳裏をよぎるあたり、確かに冷静ではないようだ。
今まで様々な境地を経験してきた私でも、目の前のこれは余りにも異質だ。
だからこそ、冷静にこの状況へ対処しているアリサが今は大変に心強い。
「列車無線で指示を仰ぐぐらいなら、私達でもできるはずよ」
アリサは操作盤のマイクを手に取り、一度コホンと咳を払ってからマイクに向かって喋り始めた。
「えーと、こちら第9095列車、トールズ士官学院の者です。応答願います」
『・・・・・・こちらヘイムダル運輸指令。第9095列車、もう一度復唱願います』
いい感じだ。こちらの状況を説明するのは難しいが、アリサに任せておけば問題ないだろう。
あとは鉄道関係者が乗客の中にいてくれれば―――
「「きゃあああ!?」」
車両内に耳をつんざくような悲鳴が鳴り響く。
声に反応して後方を振り返ると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
半開きの車窓にへばり付いていたのは、背中に羽を生やした紫色の魔獣。
「と、飛び猫!?」
見間違うはずもなく、街道でも度々目にする魔獣だった。
しかもざっと目に付いただけで、3匹はこの車両の中を覗き込むようにして纏わりついていた。
(な、なんで?)
高速で移動する列車にあんな低級な魔獣が飛びつくなど、聞いたことがない。
半ば呆気にとられていると、飛び猫は自力で半開きの窓をこじ開け、今にも車両内に侵入しようとしていた。
驚き呆けている場合ではない。
「みんな、早く後ろの車両に逃げて!」
私が叫ぶより前に、乗客のほとんどは後方の車両へ我先にと避難していた。
同時に窓を全開にした飛び猫が、いきり立ちながら車両の中へと入りこんでくる。
「アリサ、看護士さんと2人をお願い」
「え、ええ。でもアヤ、あなた1人じゃ―――」
「大丈夫、アリサはそのまま連絡を取り合って。時間が無いんでしょ?」
問答無用だ。あいにくと私の長巻は座席に置いたままだが、あの程度の魔獣なら徒手空拳で十分事足りる。
「・・・・・・分かったわ。背中は任せたわよ」
「OK、リーダー」
前方に殺気を向けると、合計4匹の飛び猫が私に向かって飛び掛かってきた。
剣が無くとも問題はない。私の師であるお母さんは、元々はそっちの出なのだ。
「せいやぁ!」
足場が限られているため、敵が向かってくる反動を利用して続けざまに拳打を放つ。
相手が4匹だから、4発。それで終了だ。物足りなさすら感じる。
やはり私はこういう分かりやすいことの方が性に合っている。
「よいしょっと」
片手に2匹ずつ魔獣を抱え、侵入してきた車窓から勢いよく外に放り投げる。
念のため全ての車窓に鍵を掛けて回り、周囲の様子を窺う。もう魔獣の気配も感じられない。
再び運転台に向かうと、アリサは親指を立てて私に合図を送りながら、無線で連絡を取り続けていた。
『状況は分かりました。魔獣除けの導力装置がダウンしている可能性があります』
「魔獣除けの・・・・・・ああ、これですね。レバーを上げればいいんですか?」
なるほど。それが魔獣が寄ってきた原因か。
それならもう安心だ。あとはこの列車をどうにかさえすれば、何とかなるだろう。
最悪、無理やり列車を止めてしまえばいい。緊急用のブレーキの類ぐらいはあるはずだ。
そう思った次の瞬間、列車内にドスンという大きな衝撃が走った。
「な、何よ今の?」
看護士さんが慌てながら周囲を見渡す。
車窓からの風景は何ら変わりはない。
だが明らかにこれは魔獣の気配だ。それに、先程の飛び猫などとは比べ物にならない殺気を感じる。
再びドスンドスンという振動が鳴り響く。それで確信した。
「上・・・っ・・・みんな伏せて!!」
私が叫ぶのと同時に、鋭い巨大な何かが天井を突き破り襲いかかった。
幸いにもその先には誰もいなかった。もしいたら、間違いなく文字通り『串刺し』だ。
「く、嘴?」
「アリサ、この車両の上にいる!鳥科の大型魔獣だよ!」
合点がいった。もしかしたらこの魔獣は、人間を捕食するタイプかもしれない。
もしそうなら、この列車は餌が詰まった鉄の箱も同然だ。
「このままじゃ本当にヤバい・・・・・・アリサ、早く!!」
「分かったわ!!」
再びアリサが運転台に向き直る。
彼女にはそちらに集中してもらう必要がある。
(さて、どうしようかな)
考えうる中で最悪の展開は、後方の車両に魔獣の気が逸れることだ。そちらには多くの乗客が乗っている。
看護士さんには悪いが、こちらに注意を引いて時間を稼ぐしかない。
「さあ、来なさい鳥さん。餌はこっちだよ」
車両の上方に全感覚を集中させる。
先程の一撃で、タイミングは把握できた。
「クエエェッ!!」
魔獣の咆哮と共に、頭上の天井が突き破られる。
私は間一髪のところで身体を逸らし、何とか串刺しを免れた。
「アヤ!無事か!」
後方をちらと見ると、ガイウス達がこの車両に入り込んでくる姿が見て取れた。
何とも微妙なタイミングだ。今この車両に人数が増えるのは得策ではない。
と、次の瞬間列車内に車内アナウンスの音声が鳴り響いた。
『皆さん、この列車は今から緊急停止します!近くの物につかまって下さい!』
(あ、アリサ!?)
こちらも何てタイミングだ。
だが迷っている暇はない。私達はアリサの言葉に従い身を屈め、衝撃に備えた。
途端に、金属同士が擦れ合うけたたましい摩擦音が鳴り響いた。
身体全体が前方に押し出されるような、気味の悪い感覚に襲われる。
「わあああぁっ!?」
「クエエエェェェッッ!?」
魔獣と一緒に絶叫を上げるなど、これが最初で最後の経験だろう。
そのおかげか、目の前の現象を冷静に見ることができた。
おそらく魔獣も前方に身を投げ出されているのだろう。
だが車両に突き刺した嘴がつっかえてしまい、身動きが取れないでいるに違いない。
列車の速度が減少していくのを感じた後、停止を待たずに私達は身を起こした。
「みんな、無事!?」
「ああ、何とか」
「ぼ、僕も大丈夫」
「私もだ・・・・・・どうやら大型の魔獣のようだな」
列車が完全に停止すると、魔獣は嘴を引き抜き、再び上空へ舞い上がったようだ。
同時に運転台にいたアリサがこちらに駆け寄ってくる。彼女も大事ないようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「みんな、外に出ましょう。このままじゃ乗客全員が標的になるわ・・・・・・!」
アリサの言葉に、5人全員の視線が交わる。
他に道は無い。停止した今となっては、走行中以上にこの列車は無防備に晒されているはずだ。
急いで車両の扉をこじ開け、上空に気を払いながら外に出る。
どうやら魔獣はまだ上空を旋回しているようだ。
「厄介な相手だな。ああも自在に空を駆けられては手出しができぬ」
「直に鉄道憲兵隊が来てくれるはずだから、それまで時間を稼げればいいわ。深追いは禁物よ」
いつの間にか、帝都にかなり近いところまで来ていたようだ。
アリサが言うように、応援が駆けつけてくれるまでが踏ん張りどころだろう。
「特別実習の総仕上げってところかしらっ・・・・・・士官学院《Ⅶ組》B班、全力でこの列車を守り抜くわよ!」
「「おおっ!」」
帝都ヘイムダルから約70セルジュ離れた草原の中に、私達B班の声が響き渡った。