絢の軌跡   作:ゆーゆ

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初恋の思い出

9件中、7件。2日目の特別実習で、私達B班が達成した依頼の数だ。

任意を含めても全部で8件だった依頼は、午後一で急遽追加された必須の依頼により、そのえげつなさを増した。

幸いにも実習範囲は大学とセントアーク東部の一部に限られていたため、移動や捜索に費やす時間が少なかったことが救いだった。

それでも結局2件、緊急性の低い任意の依頼が手付かずになってしまったのだ。

 

目標は未達成。悔しいという思いは勿論ある。

だが悔やんでいる余裕など無かった。理由を一言で言えば―――疲れ切っていたのだ。考えることを止めたくなる程に。

 

(ね、眠い)

 

私達は大学前の停留所からバスに乗り、身を揺られながらセントアークを目指していた。

出発するやいなや、座席に腰を下ろしたアリサとエリオットは深い眠りに入ってしまった。

体力が最もあるであろうガイウスも、目を擦りながら欠伸を噛み殺しているようだ。

 

「いたっ」

 

「ゴツン」という音と共に、私の隣に立っていたラウラが小さく声を上げる。

一部始終を見ていたが、察するに一瞬眠りかけた拍子に、頭を窓にぶつけてしまったらしい。

悪気はないが、見てしまった以上は仕方ない。

 

「あはは。ラウラ、今のもう1回やって」

「断固拒否する。忘れるがよい」

「ちょっと可愛かったよ。『いたっ』って」

「・・・・・・忘れるがよい」

 

最近分かってきたことだが、ラウラはこう見えて表情がとても豊かだ。

時折こうして彼女の困り顔を引き出すことが最近の楽しみの1つでもある。

・・・・・・我ながら悪趣味だと思う。

 

「冗談だよ。そろそろ着く頃だね」

「むぅ・・・・・・ふむ。そのようだな」

「そろそろ起こしておくか。2人とも、起きるといい」

 

今日の実習のタイムリミットは午後の6時。

既に日は暮れかけ、車内には大学から帰路につく学生の姿がちらほらと目に付いた。

ラウラが声を掛けると、アリサとエリオットは目を擦りながらキョロキョロと辺りを見渡していた。

どうやら頭の中はまだ起きていないようだ。

 

「あれ、僕達・・・・・・」

「そろそろセントアークだよ。今7時過ぎぐらい」

「ああ、そっか」

 

エリオットが言うのと同時に、バスが停まる。

ここからは徒歩だ。前回は30分弱で着いたはずだから、約束の時間には間に合うはずだ。

 

事の経緯は、さかのぼること1時間前。

 

昨日同様、私達は実習の報告をするためにテンペランスさんのオフィスを訪れていた。

しかしそこに彼女の姿は無く、代わりに1枚のメモ用紙が扉に貼られていたのだ。

 

『実習が終わったら下記の住所に向かうこと。PM19:00までには来るように』

 

その住所には見覚えがあった。

初日に訪れた、ライアンさんのアパルトメント『ガーデン』の1階。あそこの1階には喫茶店があったはずである。

『来るように』ということは、今テンペランスさんはあの喫茶店にいるに違いない。

意図は分からないが、私達はその指示に従うしかなかった。

 

いずれにせよ足を運ぶのはこれで2回目。

停留所を後にした私達は特に迷うこともなく、目的地の前に辿り着いていた。

 

「やっと来たみたいだね。時間通りってところかな」

「あれ、リオンさん?」

 

私達を迎えてくれたのは、大学生のリオンさん。

実習の初日に初めて大学を訪れた際、テンペランスさんを呼んできてくれた男性だ。

彼は彼女の研究室の3回生だそうで、ちょうど今日の朝方にも声を掛けてくれたのだ。

 

「あの、私達テンペランスさんに呼ばれて―――」

「分かってるよ。ほら、中に入って。みんな待ってるから」

 

アリサが言う終わる前に、リオンさんは喫茶店の扉を開けながら私達を案内してくれた。

 

(・・・・・・『みんな』待ってるから?)

 

戸惑いながらも、喫茶店の中に足を運ぶ。

 

まず目に入ったのは、小さ目な店内のスペースの中央に並べられたテーブルと、その上に並べられた彩り豊かな料理の数々。

それに、15人ぐらいだろうか。テーブルを囲うようにして座っていた男性と女性達が、一斉に私達に視線を向けてきた。

 

「こ、これって・・・・・・」

「待ちくたびれたわよ」

 

声の方に振り返ると、テンペランスさんがワイングラスを片手で揺らしながらカウンター席に座っていた。

 

「彼らは皆私の研究室の学生なの。リオンが折角の機会だからってうるさくてね」

「そういうわけなんだ。昨日今日と大変だったって聞いたからね。僕らからのささやかな贈り物さ」

 

突然のサプライズに、皆驚きを隠せないでいた。

そしてこちらに向かってゆっくりと歩いてくる男性の姿に、私達は再度驚かされた。

 

「おっす。昨日はどうも」

「ら、ライアンさん!?」

 

最初に目を丸くして驚いていたのがアリサだ。

それもそのはず、彼とは昨日ここで3時間以上もああだこうだと話をしたばかりなのだ。

 

「その、一応礼は言っておく。アリサっていったっけ」

「え?」

「正直ムカついた。俺の苦労も知らない女の子に、何でそこまで言われなきゃならないんだよってな」

「・・・・・・ごめんなさい」

 

無理もない。大学に顔を出すようライアンさんを説得する中で、アリサに行き過ぎた言動があったことは確かだ。

アリサにも後悔はあったようだが、非礼を詫びたところでその事実は無くならない。

 

「でもまぁ、あの後考えさせられたよ。俺も研究者として自覚がぁ痛たたたたたたっ!?」

「1ヶ月以上研究をほったらかしにしたくせに何を偉そうに。こっちに来なさい」

 

テンペランスさんに髪の毛を引っ張られながら、ライアンさんはカウンター席の奥へと姿を消した。

・・・・・・多分、10本以上抜けたはずだ。想像したくない。

 

「俺からも礼を言うよ。あいつ、今日久しぶりに大学に来てさ」

「そうなんですか?」

「うん。口ではああ言ってるけど、君から説教されたおかげで心を入れ替えたみたいなんだ」

 

リオンさんの言うことが事実なら、結果オーライというやつだ。

要するに、彼のプライドに障ったアリサの言葉がいい方向に働いたのだろう。これでアリサも少しは気が楽になったはずだ。

依頼を達成できなかったこと以上に、彼を怒らせたことを悔やんでいるのは皆分かっていたことだ。

 

「さて、立ち話もなんだし座りなよ。お腹も減ってるだろうから、遠慮はいらないよ」

 

私達はお互いに視線を交わす。

空腹以上に疲労を解消したいところだが、こうなっては断るわけにもいかない。

何より私達のことを思ってのおもてなしだ。

 

「ありがとうございます。みんな、お言葉に甘えましょう・・・・・・って、あれ?アヤは?」

「あそこだ」

 

アリサの視線を背中に感じた頃、私は2切れ目のピザを口の中に頬張っていた。

 

______________________________________

 

「ほ、本当によく食べるなぁ。大丈夫かい?」

「リオンさん、『美味しいは正義』です」

「・・・・・・あ、そう」

 

私達を労ってくれる集いだから、『お疲れさま会』とかだろうか。

時刻は午後の8時半。お疲れさま会が始まってから、約1時間が経っていた。

 

初めはお互いのことを教え合いながら料理を口にする和やかな雰囲気だった。

・・・・・・だったのだが、大学生側のお酒が進むうちに、ややおかしな方向にシフトしかけていた。

 

「へぇ、1人っ子か。あ、俺?俺も1人っ子なんだ。奇遇だな」

「は、はぁ」

 

アリサはやたらとライアンさんが声を掛けてくることに対し、戸惑いの色を隠せないようだ。

彼はアリサのことが大分気になっているようだ。

同年代なら軽くあしらうところだろうが、相手が相手なだけにアリサも気を遣っているのかもしれない。

 

「むんっ」

「うぉぉ・・・・・・ま、マジで強いな君」

 

ラウラの方は心配ない。経緯はよく分からないが、彼女は腕相撲で男性陣と力比べをしていた。

「私より強い女性を知っている」と言いながらこちらを見てきたが、気付かない振りをしておこう。

私まで巻き込まないでほしい。

 

「あー、絶対お姉ちゃんがいると思った」

「分かる分かる。ていうか、髪サラサラね。羨ましい」

「あ、あはは・・・・・・あの、近い、近いです」

 

エリオットは女性陣に囲まれ、ただひたすらに弄られていた。

その外見も相まって、言ってしまえば大人気だ。エリオットには悪いが、見ていて少し楽しい。

助け舟を出そうかとも思ったが、如何せん出し方が分からなかった。とりあえず放っておこう。

 

「羊?羊なら1人で200匹は面倒を見ますが」

「すごい、200匹も?見てみたいなぁ」

「馬で有名って聞いてたけど、流石は遊牧民よね」

 

ガイウスも、おそらく心配はない。留学生という立場なだけあって、話題には事欠かないようだ。

女性ばかり群がっているのは・・・・・・まぁそういうことなんだろう。

ノルド出身とはいえ、外見には帝国人との間に大きな違いはない。

私が言うのもなんだが、ガイウスの整った顔立ちは間違いなく女性受けがいいはずだ。

 

4人の様子を一通り見渡していると、隣に座るリオンさんがバツが悪そうな表情を浮かべていた。

 

「悪く思わないでくれると助かるよ。みんな勉強に研究の毎日だから、こういう場は貴重なんだ」

「それは何となく分かります」

「・・・・・・何か不機嫌に見えるけど」

「そうですか?・・・・・・ああ、お酒を飲めないからかも。士官学院生は飲酒禁止なんです」

 

私はリオンさんとまったり会話をしながら、用意されていた料理の数々に舌鼓を打っていた。

欲を言えばお酒も欲しいところだが、立場上そういうわけにもいかない。

だというのに―――

 

「アヤ、あなた全然飲んでいないじゃない。19歳って書類にはあったわよ」

「人の話を聞いて下さいテンペランスさん。ていうか士官学院の卒業生ですよね?」

 

テンペランスさんはもう何杯目か分からないワインを口にしながら、私の肩に腕を回してきた。

彼女は酒が入ると性格が変わるタイプなんだろう。やたら顔を近づけながら言ってくる。

ある意味でサラ教官よりたちが悪い。

 

「なら男の1人や2人引っかけてきなさい。ウチの学生は結構人気があるのよ」

「な、何を・・・・・・イヤですよ。興味無いです」

 

何て面倒くさい人だ。昨日の私達の感動を返してほしい。

リオンさんにヘルプの視線を送るが、彼は首を横に振って「諦めて」と小声で囁いてきた。

 

「面白くないわね。あなたにも恋愛経験の1つや2つあるでしょうに」

「・・・・・・それは、まぁ。1つや2つぐらいは」

「男の子?女の子?」

「男に決まってるじゃないですか!」

 

突っ込むように言うと、4人の目がこちらに向いたのが分かった。

 

(や、やばっ)

 

私が「何でもない」という視線を皆に送ると、視線を逸らしつつもこちらに聞き耳を立てているのが丸分かりだった。

ガイウスまでもがこちらの様子を窺ってくる。

・・・・・・本当に、何て面倒くさい人だ。

 

______________________________________

 

「も、もう限界・・・・・・」

 

倒れ込むようにベッドに寝転がり、壁に掛けられた時計に目をやる。

もう夜の10時を過ぎている。いつもなら眠る準備を終えている時間だ。

これからお風呂に入って、今日の実習のレポートをまとめて―――

 

「・・・・・・2人とも、レポートは明日にしよ。さっさとお風呂に入って寝たい」

「賛成。今日はもう頭が回らないわ」

「ああ。心身ともに疲労困憊のようだ」

 

午後の9時半を回ったところで、私達のお疲れさま会は漸くお開きとなった。

リオンさん達には本当に感謝しているが、同時に残された体力の全てを持っていかれた感覚だ。

 

「ふむ。だがその前に」

「ええ。そうね」

 

枕に埋めていた顔を横に向けると、私と同じように寝転がりながら怪しげな笑みを浮かべたアリサにラウラ。

分かってはいたが、こうなると逃げ場がない。

 

あの後、テンペランスさんは私が言った『男の子』について詳細を聞き出すべく絡みまくってきた。

当然話すつもりなど無かったのだが、あまりのしつこさにある程度のことは話してしまったのだ。

聞き耳を立てていた2人にも、その会話は少なからず耳に入ってしまったのだろう。

 

「それで、何の話をしていたのかしら。恋愛だの初恋だの、色々聞こえてきたわよ」

「気のせい」

「甘く見ないでもらおう。我がアルゼイド流は五感を研ぎ澄ませ―――」

「あーもう分かった、分かったってば」

 

考えてみれば、この手の話題に触れたことは今までなかったように思える。

それはエマやフィーも同じだ。アリサはともかく、ラウラまで探りを入れてくるとは。

同じ女性なのだから、関心があるのは当然かもしれない。

 

「面白くも何ともない話だよ。小さい頃、仲が良かった男の子がいたってだけ」

「ほう。いつ頃の話なのだ?」

「私が12歳の頃かなぁ。あっちは確か1つ下で・・・・・・前に少し話したでしょ?クロスベルにいた時の話だよ」

 

クロスベル自治州の中心である大都市、クロスベル市。私の生まれ故郷だ。

帝国人と共和国人の血が流れる身でありながら、私という人間、人となりの根幹には、クロスベルで過ごした生活があるはずだ。

 

「でも他に仲がいい女の子だっていたし、期待するようなことは何も無かったよ」

「でも、アヤは違ったんでしょう?」

「どうだろ。あの頃は小さかったし、恋愛なんてよく分かんないし。今じゃただの思い出に過ぎないよ」

「思い出ね・・・・・・連絡を取り合ったりはしてないの?」

「できるわけないじゃん」

 

言ってからハッとした。恐る恐る2人の様子を窺ったが、特に変わった様子はないようだ。

 

「どうしたのだ?」

「ううん、別に何でもない」

「あ、何か誤魔化したわね」

「あはは、どうだろうね」

 

これ以上は話すべきじゃない。『できるわけない』理由を話してしまったら、2人に気を遣わせてしまう。

 

あの頃の私はもういない。『アヤ・ウォーゼル』でない私は、もういないのだ。

別に過去から目を背けているつもりはない。この2ヶ月間のおかげで、踏ん切りはついている。

でも、向き合い方が分からない。私を知るクロスベルの人達の中には、12歳の私しかいない。

 

「ほら、早くお風呂に行こうよ」

「続きはお風呂でってことかしら?」

「しつこいなぁ、もう」

 

いずれにせよ、道は1つしかない。それは分かっている。

でもそれは、私1人で決めることはできない。

止まった時計を動かすために、生まれ故郷を訪れる―――その覚悟は、もうできている。

それはきっと、そう遠くない出来事のはずだ。


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