青かった空も茜色に染まり、街灯に命が吹き込まれるにはまだ早い夕暮れ時。
授業を終えたはやて達四人は、学校から歩いて行ける距離にある塾へと向かっていた。
「う~~ん…………どこやったかな?」
無意識に軽く眉を潜め誰に問う訳でもなく、ぽつりとはやてが口に出したのは、アリサが発見した塾への近道となる林道を歩いている時だった。
普段、塾へと向かうときは街の中に大きく敷地をとった公園内の綺麗に整地されそれなりに人通りと道幅がある道を使う。
けれどもアリサが見つけてきた道は幅は狭く、足を躓くような物は取り除かれていが、道は
「あ、はやてちゃんもそう思う?」
そんなはやての声に反応したのはなのはだった。
他人が聞いても何を意図しているのか分からず首を傾げる呟きだが、幼馴染であるなのはに分かったのは、はやてと同じように感じていたからだろう。
「なのはちゃんも感じてるんや? 週末に行く山は――」
「違うと思う。平坦な道なんて見た事ないから」
「そうやよね。でも最近のことだと思うんや」
「うん。わたしもそう思うな」
う~んと考え込んで二人は立ち止まってしまう。
週末で長時間修練に時間を掛けれる日は、海鳴市を囲む山々で頂上まで登山やキャンプをする場合がある。はやてはそこの事を口にしたのだが、なのはに否定されて簡単に納得出来るのは本人も多分違うだろうと判断していたからだ。
ちなみに山に行くのは足腰や五感を鍛えるという理由の他にも、植物の知識やサバイバル技術を教える為という理由もあるが、純粋に自然と親しんで情緒を育てたいという思惑が士郎達にはあった。
「二人とも何してんのよ。置いて行くわよ」
「あっ、ごめん」
そう言ってはやて達は先を歩くアリサ達に追いつく。
「それで、二人とも急に立ち止まってどうしたの?」
歩きながら訪ねてきたすずか。
「この道通ったことは一度もないんやけど、何か見覚えがあるような気がして気になったんよ」
「わたしもなの。絶対にどこかで見たと思うんだけど………………あっ!?」
突然何かに気づいたとばかりに声を上げたなのはが走り始め、釣られるように三人は慌てて後を付いて行く。
道を少し進んだ所で脇にそれ、草むらを掻き分けるように入る。人がまったく踏み入らない事を示すように雑草に覆われた地面。
その光景がはやての記憶を刺激した。
(この先には!!)
果たして先行していたなのはが立ち止まる場所には、想像した通りの光景があった。
小金色の体毛に覆われ、大きさは大人の猫程だが、体つきはそれよりも一回りは細い。肩の部分は血で汚れているフェレットらしき動物。
そう、それは――
「「夢で出て来た……えっ!?」」
お互い出した言葉になのはとはやては顔を突き合わせ、驚愕の表情で固まるのだった。
● ● ●
自宅のベッドで上で大の字になりながら、携帯の向こうへとはやては話しかける。
「なぁ、どない思う?」
湯上りの心地よさに弛緩した思考に、優しく身体を受け止めるベッドの抱擁。頭の中は半分夢の世界に入り込み、残りの半分も旅立ちたがっているが、それを押し留めるのは夕方の出来事だ。
見つけたフェレットを見過ごす事も出来ず、取り敢えず動物病院へと運び込んだが、その後の面倒を誰が見るかについては答えは出ていない。
アリサとすずかはフェレットを飼う事は出来るけれども、アリサは犬、すずかは猫を複数飼育しており環境的によろしくない。なのはにしても実家が喫茶店を経営してるので衛生面で反対される可能性が大きかった。
ならはやてはどうかと言うと、実は問題になるようなことはない。
保護者の玲に飼っても問題ないか帰宅した時に聞いてみたが、はやてが面倒をみるなら構わないと言葉を頂いている。
ただ――
「人間さん……なのかなー?」
携帯の向こうから返ってきたなのはの言葉が問題だった。
夢で出てきた動物が現実に出てきたとしても、偶然の出来事にしか思わなかっただろう。しかし、なのはも同じ夢を見たのなら話は変わってくる。
夢の内容をお互いに確認しあったところ、言葉で伝え合った内容の中に一部を除いて差違はない。
二人の話を聞いていたアリサは、人が動物に変身するなんてありえないと言い。すずかはそれについては答えあぐねていたが、凄い偶然でしょの一言で片付けるアリサの言葉には同意していた。
だが、はやての直観は――
「その可能性は高いと思うんよ。――士郎さんは何て言うたん?」
「わたしがちゃんと面倒をみるなら飼っても良いよって。はやてちゃんは?」
「……わたしは……ちょっと厳しい……かな」
そう玲から貰った逆の答えを告げ、内心で大きな溜め息を漏らす。
正直、あのフェレットを引き取ることに対して消極的だ。いや、はっきり言うなら関わりを持つのも、なのは達に持たせるのも否定的だった。
はやてには無声映画だと思い込んでいたものが、なのはには発声映画だったらしく、夢の中で彼は言ったらしい、『力を貸して』と。
『力を貸して』――つまり何かを成す為に助力が欲しい。『何か』――そんな物は多分、あの
二人にだけ夢が見えたのはその『魔法』の才能があるからなのか。はやては思わずにはいられない。あれが何の変哲もないフェレットでありますように――と。
「…………あんな。あのフェレット引き取るつもりなん?」
Noという答えが欲しい。可哀相だがあのフェレットとは、これい以上関わりたくない。今の平穏な一時ひとときを乱されたくない。
しかし、無情にもその想いは裏切られる。
「うん。困っているなら助けてあげたいの。わたしに出来ることならだけど」
その回答を聞き嘆かずにいられない。
もともとお人好しの気質はあったのだろうけど、士郎の怪我でなのはが苦しかった時にはやて達によって助けられた経験が息づいているのだろう。恩送りとも言うべきか、困っている人を見つけたら迷わず手を差し伸べるのは称賛するが、この時ばかりは愚痴を溢さずにはいられない。
道に迷っている人や、重たい荷物を持った老人の手助けくらいなら
荒事になった場合、習っている武術で対応すれば良いという考えがないでもないが、それは本来の趣旨から離れる。
武術を習っているのは強くなりたいからではない。始まりは些細な事が切っ掛けだったが、今は突発的な事態に自分の身を守れるようにと護身術――些か稽古が激しすぎると指摘されるが――として続けているだけだ。
危険に巻き込まれるのと、自分から首を突っ込むのとでは意味合いが違う。
何事もない日常のままでいたい。そんな日常を友人達と心穏やかに過ごしていたいというのが、はやての細やかな願いだった。
だから一度決めたら意外と頑固ななのはを説得するのは困難を極めるけれども、説き落そうと口を開く。
だが、言葉が出る前に日常は非日常へと変移する――いや、もう夢を見た時点で変移していたのかもしれない。
『聞こえますか、僕の声が聞こえますか――」
無理やり意識のチャンネルを
『聞いてください。僕の声が聞こえるあなた、お願いです――』
耳から入ってくる音と違い、頭の中に直接
『僕に少しだけ力を貸して下さい――』
止めてと叫びたい。大事な日常を壊さないでとも。しかし、呼び掛けは一方通行でこちらの声は向こうに届くことはない。
『お願い。僕のところへ。時間が。危険が、もう』
切羽詰まった声が途切れると頭に感じていた違和感はなくなるが、今度は大きな声が耳を直撃する。
「今の声、夢と
「あっ!? ちょっ!? なのはちゃん!? ――ああ、もう!」
切れた携帯にはやては悪態を
幾ら関わりを持つのが嫌で、なおかつなのはが声を掛けてこなかったとしても、見捨てる程少女は非情ではない。
苛立たしげに寝巻きをベッドの上に脱ぎ捨てると、平服に着替えて部屋を飛び出す。そして階段を音を立てて駆け降りれば、
常識に照らし合わせれば、子供一人での夜間外出は誉められことではないし、はやてもそれは承知している。
これがコンビニに行くといった普遍的なものなら率直に言って同行でもしてもらえば良い。だが、なのはがフェレットにテレパシーのようなもので呼び出されて心配なので、様子を見に行くと口に出してしまうのは、何かよろしくない気がする。
「あぁ~……その……」
しかし、上手い理由を考えようとしても咄嗟の出来事に焦り、思考が空回りして言葉が出てこない。まごついている間に、はやてよりも先に玲が口を開いてしまった。
「こんな遅い時間に外出するつもり?」
寝間着から普段着に着替えているのを見て、外に出て行こうとしているのを察したのだろう。だた声の調子に咎める様子はなく、事実を確認するような口調だったことから素直に頷いてしまう。
「保護者としては歓迎できないんだけど」
と頭を掻き溜め息を吐く姿に罪悪感が湧き思わず俯いてしまうが、リビングに取って返した玲が差し出してきた物を見て驚き、勢いよく顔を上げる。
「気を付けて行くんだよ。それと遅くなるようなら連絡を入れること。そしたら迎えにいってあげるから」
そう言われ、はやての顔が綻ぶ。
訳も言えず萎縮している時に、目的も問わず優しい笑顔で言われてしまえば、信頼されていると感じ胸に温かい物が宿ってしまうのは仕方がない。
「いってきます!」
そう言って差し出されて物――多分、何かあった時に身を守れるようにと木刀の入った竹刀袋――を受け取り、はやては家を飛び出していくのだった。
プロローグからどんどん字数が減っていくのが悩みの種。
取り敢えず4000字を下回らないように気をつけるのと、もう少し更新頻度を上げるよう努力します。