魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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一度消してしまってあぼーんしちゃった話です。
出来るだけ思い出して作りましたがちょっと不安。


第18話 三日目

 目的の島に行く船を見つけられなかった高畑がハワイの海を文字通り飛んで向かっている頃、日本の空の下では二人が押し問答をしていた。

 

「まだうちは飛行機に乗れないんですか」

「パスポートが出来てないんですから」

 

 成田空港の一角。民間人が入り込めない一室で桜咲刹那から連絡を受けた青山鶴子は近衛詠春に噛みついていた。

 長椅子に座っている詠春を立っている鶴子が問い詰めている形である。

 

「なんでこんな遅いねん。非常時やねんから後でええやないですか」

「本当なら一週間かかるのをかなりの無理を言って一時間でやってもらってるんですから、そんな無茶言わないで下さい。日本は法治国家なんですから法を無視するわけにはいかないんですよ」

「子供が教師をやってるのになにを今更」

 

 なんとか今にも飛び出しそうな鶴子を押さえつけている詠春だったが旗色は悪そうだった。

 詠春だって正直に言えば鶴子と同じ思いだが、彼には関西呪術協会の長という立場があって問題行動を起こせば即醜聞に繋がる。

 最近は何故か妙に組織内で評価されている詠春だったが好んで自分の評判は落としたくなどない。

 

「神鳴流の問題は神鳴流が肩をつけなあかんのは長も分かっとるはずや」

 

 痛いところを突かれた詠春は口を噤んだ。

 組織といっても表の世界の法律を適用できない場面が多々あるので独自のルールがある。

 罪には報いを。部下や仲間の仕出かした事には身内で対処する風習がある。どちらかといえば任侠の世界に近いものだろう。

 

「分かっています。今は関西呪術協会の長とはいえ、私も神鳴流の人間です。貴女の気持ちは良く解ります」

 

 月詠は神鳴流の人間ではないが、起こった問題は神鳴流が関わっているので鶴子の言葉はあながち間違いではない。実際には神鳴流も含めた関西授受教会の問題なのだが、この一件を任されているのが鶴子なので下手な口出しは状況を悪化させない。

 

「だからこそ、こうやって私まで出向いて急いでもらっているのですから無茶を言わないで下さい」

 

 刹那のことは詠春も気にかけている。しかも現地には木乃香や婿候補のアスカや知り合いになった少年少女達がいるのだ。鶴子よりも詠春の方が居ても立っても居られない気持ちである。それでもジッと待っていられるのは、今行動を起こしたところで余計に時間が遅れると分かっているからだ。

 

「すまんかった。言いすぎたわ」

「気持ちは同じです。構いませんよ」

 

 握り締め過ぎて血の気を失っている手を見れば鶴子だって詠春の気持ちが分からないわけではない。伊達に長い付き合いではない。

 

「うちもどうやら刹那のことが心配らしいわ。あれでも目をかけとった子やからな。あかんな年取ると」

「君にそう言われると年上の私はどうしたらいいんですか」

「知らんがな」

 

 思いの外、筋が良かった愛弟子がよりにもよって海外で追っていた月詠と戦ったと聞いて鶴子も動揺していたらしい。大きく息を吸って、焦燥と共に吐き出す。

 自分も年を取ったものだと諦観を覚えながら、それだけの所作で平静を取り戻す鶴子の相変わらずの精神制御の高さに詠春が内心で感心していた。

 

「しかし、実際のところこれで本当に間に合うんかいな。聞いた話やと敵は月詠含めて結構の使い手らしいやん」

「それに関しては心配ありません。今頃、タカミチ君が現地に到着している頃でしょうし、なによりも限定的ではありますがエヴァンジェリンの封印解除も行われる予定です。彼ら二人なら大丈夫でしょう」

「エヴァンジェリンってあの闇の福音かいな。タカミチってのは悠久の風のやろ。えらい豪勢な援軍やな」

 

 援軍を送る側が過保護なのか、それともそれだけの相手だと学園長が判断したのか。どちらにせよ、傍目には過剰戦力ともいえる二人が援軍となったわけである。

 

「その援軍であっても勝てるかどうか分からない敵です。特にゲイル・キングスは」

「知り合いなん?」

「思い出したくもない唾棄すべき男です。あの男だけは死んでも許せそうにありません」

「長がそこまで人を嫌うのは珍しいやん」

 

 最近イメージが変わってきているが、温厚で知られている詠春がこうまで嫌悪も隠さずに吐き捨てたことに鶴子は驚いた。

 温厚が皮を着て生きているような詠春がこれほど明確に人を嫌うのは珍しい。同じ家の生まれで長い付き合いの鶴子でも目の前の男が蛇蝎の如く吐き捨てるのを始めて見た。

 

「ゲイルの所業を知れば誰もが同じことを思います。私も行けるならあの頭を断ち割ってやるものを」

 

 これ以上は話すのも思い出すのも嫌とばかりに詠春は口を閉じた。

 口を開き続けていると愛刀を持って鶴子に同行しかねないと自覚していたからだ。

 関西呪術協会の長として勝手な行動は取れない。立場に相応しい態度を求められる。こういう時は昔のように自由に動き回れた紅き翼の頃を懐かしく思う詠春だった。

 

「ゲイルの対策は紅き翼で散々話し合っています。種さえ分かってしまえば容易い相手ですから、今のタカミチ君なら私の分も戦ってくれるでしょう。出来なければ後で折檻ですが」

 

 大戦期のことにしても純粋な実力ならば紅き翼には遠く及ばなかったゲイルである。今の高畑のレベルならば、種も割れているのでよほどのことがない限りゲイルに負けることはないと詠春は考える。

 この時、海の上を駆けている高畑が悪寒を感じたのは寒さが原因ではないだろう。

 

「ところで、長」

「はい?」

 

 ふふふ、と昏い笑みを浮かべてた詠春は鶴子に呼ばれてあっさりと素に戻った。

 どうもアスカと出会ってからキャラが変わり過ぎている昔馴染みに乾いた心証を抱きつつ、刹那に電話で聞いたことを思い出す。

 

「木乃香お嬢様がアスカと西洋術式で契約を交わしてしまったらしいで。どないしはりますの?」

 

 契約の仕方がキスだったことには首を捻った鶴子だったが、粘膜接触による契約は別段珍しいことではない。

 アスカの年齢が気になるが木乃香の14歳ならばキスの一つや二つはしているものだと考えながら、親バカで知られる詠春がどのような反応をするのかを楽しみにしながら見遣る。

 しかし、当の詠春はケロッとした顔をしていた。

 

「契約? ああ、恐らく仮契約でしょう。なんか問題でも?」

「…………一応、あれでも木乃香お嬢様は後継者候補なんやから、まだ完全な和解のなっていない関東魔法協会の人間とその仮契約をちゅうんをするのは不味いんとちゃうか?」

 

 逆に問われて鶴子の方が困った。

 木乃香は関西呪術協会の長である詠春の娘である。血筋が重要な意味を持つ古い体制が残っている組織では血縁が後を継ぐのも珍しくない。本人には莫大な魔力が潜在能力も十分。学び始めがかなり遅いが麻帆良に送った天ヶ崎千草から信じられない速度で上達していると報告も入っている。資質は十分ということだろう。

 幹部会でも木乃香が次期長候補に挙げられていることを知っていた鶴子は苦言を呈するつもりで言ったのだった。

 

「何も問題なしです。逆にアスカ君をこちらに引き込める良い口実になります」

 

 これはもう駄目だ、と無駄に良い笑顔でサムズアップする詠春を見て鶴子は思ったのだった。

 

「と言っても私は木乃香に後を継がせる気は全くこれっぽちもありませんから杞憂です」

「そうなんか?」

「あの子には古臭い体勢の組織は…………親の意向の所為で隠し事をせざるをえない刹那君と仲直り出来なかったようなことにならないように、組織に縛り付けられないようにしてあげたいんです」

 

 苦笑と共に告げた言葉は驚きの内容だった。

 詠春は木乃香を関西呪術協会の長にする気は全くないようである。組織のトップになった己が身を振り返っているのか、その顔には重い物を背負って生きざるをえない男の哀愁があった。

 

「『どんな鳥かごにも囚われず、どこまでも地の果てまでも己が翼で飛び立って欲しい』。昔、馬鹿な親友が子供に名付けた名前のように、木乃香には自由でいてほしい」

 

 言って詠春は苦笑した。

 

「これも親の意向になってしまいますがね」

「ええんちゃいます。子にこうなってほしいああなってほしいと願うのは親の特権やろ」

「そうでしょうか……」

 

 自信なさげに苦笑を深める詠春の横顔は父親のそれだった。

 

「ん、来たようやな」

「ですね」

 

 話をして時間を潰していた二人は部屋に急いだ様子で近づいてくる気配を感じ取っていた。

 座っていた詠春が立ち上がり、突然鶴子に向かって深く頭を下げる。

 

「子供達を、お願いします」

「…………分かりました。任せといて下さい」

 

 どれだけ苦渋の判断で頼んだのだろうか。立場に共に行けない我が身を恨みながらの言葉には切実な想いが込められていた。一人だけ行ける鶴子が頷かないわけにはいかない。

 何時もの服装、何時もの武装で鶴子はハワイに向かって行った。

 

「皆さん…………木乃香、無事に帰って来てくれ」

 

 詠春は空港のロビーから鶴子が乗った飛行機がハワイに向けて飛び立って行く姿を何時までも見送っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日目の朝食の場所は変わらず、ホテルの大ホールである。

 とある人物たちの所為で決して雰囲気の良くない中での食事だった。

 

「ふん」

「けっ」

 

 大ホールの真ん中でアスカ・スプリングフィールドと犬上小太郎は、互いの顔を絶対に見ない様にやけ食いのように食事をする。

 不機嫌も露わに次々と食べ物を口に放り込む二人の周囲はエアポケットが出来たように空間が開いていた。雰囲気が良くない原因は言わずもがな、この二人の所為である。

 理由は3-A全員が知っていたが、近くで二人を見ているネギは首を捻った。

 

「たかがキスぐらいで大袈裟な」

「「ああんっ!」」

「ひぃっ!? ごめんなさい!!」

 

 デリカシーのなさでは定評のあるネギが不用意な一言を放って、二人に睨まれてすごすごと下がる。

 震えて怯えているネギを優しく迎え入れているのは宮崎のどかだった。のどかの隣で綾瀬夕映と早乙女ハルナが良くやったとばかりにサムズアップしているのは余談である。

 昨夜、アスカと小太郎の間に何があったかを知っている3-Aの生徒達は苦笑と共に見遣るのであった。

 比較的アスカ達に近い位置で食事をする神楽坂明日菜もまた苦笑を浮かべながら食事を口に運ぶ。

 

「もう、二人の所為で御飯が美味しくないわ」

 

 言いつつも、明日菜の口元は笑みの形になっていた。その目はバクバクと昨日よりも格段に顔色が良くなって普通の健康状態に戻っているアスカに向けられている。

 

「アスカ君が元気になって嬉しいんやな。素直やないんやから明日菜は」

「ですね」

「ちょっと二人とも!?」

 

 世間で言うツンデレを分かりやすく表現する旧友に笑ってしまう木乃香と思わず頷いてしまう刹那。

 正確に心を突き刺す指摘に顔を真っ赤にする明日菜を見た刹那は、それでも余裕を見せて笑っていられる木乃香の懐の深さに感銘を受けていたのだった。真に恐ろしいのは刹那の木乃香限定の曇った目かも知れない。

 どれだけ言っても暖簾に腕押しな木乃香に徒労感を覚えた明日菜は深い溜息を吐く。

 その三人の様子を見ていたのは雪広あやかが班長の班であった。

 

「桜咲さん、恐ろしい子」

「何言ってんの委員長?」

「なんでででしょう。言わなければならない気がしたので」

「あやかったら、訳の分からないことを言って。駄目じゃない、めっ」

 

 やっぱ馬鹿ばっかだな、と斜に構えた所のある長谷川千雨は、劇画調チックに驚愕している委員長こと雪広あやかと突っ込みを入れる村上夏美、小さな子供を叱るような仕草をする那波千鶴の三人から視線を逸らしたのだった。

 

「私の台詞が誰かに取られたような気がするです」

 

 と、綾瀬夕映が何時ものようにレモンオレンジという混ぜていいのかと首を傾げたくなる名称のパックジュースを飲んでいた。

 夕映の台詞を取ったとは知る由もない千雨の逸らした視線の先で、アスカが朝から豪快にも肉に被りついた。見ていることに気づいたらしく千雨の方に顔を向ける。

 

「っ!?」

 

 視線がかち合った千雨は何故か頬が火照るのを感じて顔ごとアスカから逸らすのだった。

 

「待てや……」 

 

 隣のアスカが視線を動かしたのでつい釣られて同じ方向を見た小太郎は、近くにいた明日菜と彼女から少し離れた所でのどかとぎこちない様子で話すネギの姿を視界に捉えて重大な事実に気づいてしまった。

 記憶を思い返すと、やはり間違いない。

 小太郎が麻帆良学園都市に到着した日の夜に行われていた戦い。その中でアスカと明日菜がした契約の儀式。そしてアスカが使ったアーティファクトがどうやって手に入れられるか。

 

「お前、ネギとも接吻しとるやないか!?」

 

 仮契約をするにはキスしかないと誤解している小太郎が叫びを上げた瞬間、大ホールの空気は昨夜に続いて凍り続いた。

 今度も爆発は早かった。

 アスカが静止する暇もないあっという間の出来事だった。

 勿論、大人しくじっとしているわけがなかったが、小太郎でさえ唖然とする速さで一瞬の内に集まって来た生徒達によってアスカは身動きが果たせなかったのである。

 

「は、離せ……っ!」

「なんで僕まで……っ」

 

 誰かの手によってネギも集団に巻き込まれ、カップリング相手と目されるアスカに押し付けられる。

 二人が図らずとも抱き合ったしまったことが更なる暴発を引き起こす。

 

「え、もしかして二人ってそういう関係?」

「双子の禁断関係って…………燃える!!」

「そうなると性格的にアスカ君が攻め?」

「小太郎君も性格的には攻めじゃない。意外に受けかもよ」

「アスカ君総受けのまさかのネギ君の攻め!?」

「明日菜やエヴァンジェリンさんと仲良いみたいだし、アスカ君って両刀使いじゃないのかな」

「楓姉、両刀使いってなに?」

「なに?」

「にんにん、お主達が知らなくても良い事でござるよ」

 

 爆発した3-Aは混乱の深め、小太郎の発言もあって特にアスカにとって不名誉な噂が一瞬にして広がって行く。

 これはホテル側の迷惑になると判断した新田が止めるよりも早く千草が動いた、

 

「アンタらいい加減に」

「だぁ――――っ!! は・な・れ・ろぉ――――っ!!」

 

 注意しようとした千草よりも更に早く、殴ると決めれば男女平等パンチが繰りだせるアスカが我慢の限界を迎えて生徒達を力尽くで振り解いた。

 怪我をさせないように力加減しながらの振り解きは、アスカなりに級友達のことを考えて事なのだろう。全員を痛みも感じずに振り解くことは出来ず、床に倒れた時に悲鳴を上げる者もいたが流石にアスカといえどもそこまでは不可能だったようだ。

 醜聞が原因とはいえ、生徒達だけに全面的な非はない。倒れている明石祐奈にまず起こそうと手を伸ばそうとした。

 そこでアスカは風を切る音が聞こえてそちらに顔を向けた。

 直後、ガチンと奇妙な音が響いた。

 

「にゃにだ!?」

 

 何かが飛んで来たので歯で噛んで受け取めたアスカは、飛んできたのがフォークであることに気が付いた。

 物凄く嫌な予感がして視線を噛んで受け止めているフォークから飛んできた方向に目を向けて固まった。

 

「あらあら、アスカったら。女の子に乱暴するなんて。そんな子に育てた覚えはないのに不良さんになっちゃって」

「ふぉかいだ!」

 

 顔に陰影を濃く刻んだネカネが言いながら投げて来たフォークを手で受け止めたアスカは、正確に目を狙ってくるのに冷や汗を浮かべていた。

 誤解だと弁明するが、当のネカネはアスカが大人しく罰を受ける気がないと勝手に判断して、どうやってかさっきまではなかったはずの両手の指の間にフォークを挟んでいた。

 

「不良になって女の子に乱暴する弟を更生させるのは姉の役目よ!」

「にょわっ?!」

「粛正されなさいアスカ!!」

 

 乱れ撃ちとはこのことか。ネカネが腕を振る度に銀色の閃光が走る。

 魔力で身体強化でもしているのか、フォークの進撃速度は並ではない。運動が苦手な者達には影すらも見させず、正に閃光の如くアスカを襲う。

 

「ふぉっふぁっ!? へっすぅ!? ちょんわ!?」

 

 手首を軽く捻るだけでフォークを再装填して弾切れを見せる気配ないネカネにアスカは良く受ける。

 避けたら生徒に当たる。万が一でもそれを許せば悪鬼から魔神へとジョブチェンジするネカネの逆鱗に触れるわけにいかず、必死に全身でフォークを受け止めるアスカであった。

 カンフー映画のようなアクションに生徒達が盛り上がる中でネギはというと、こちらはこちらで窮地に陥っていた。

 

「さあ、ネギ先生。今の内にわたくしとめくるめく官能の世界へと。アスカさんの身体など忘れさせてみせます」

「僕だけなんで何時もこんな役なの!?」

「ネギ先生!」

「邪魔はさせませんわ、のどかさん!」

「行かせません!」

 

 ネギの貞操を本人だけが密やかに狙っていると思っているあやかにのどかが果敢に挑む。

 背景に魔王城に幽閉された王女ネギと助けに来た勇者のどか、それを阻もうとする魔王あやかの幻影が映り出しそうな二者の気合の入れようである。こちらはこちらでギャラリーが盛り上がっていた。

 盛り上がっていない数少ない例外である村上夏美は隣の那波千鶴を見る。

 

「委員長は修学旅行でも全然変わらないね、ちづ姉」

「小さい頃から好きな事には全力投球な子だから。変わらないわ、あやかは」

「へぇ、ちょっと昔の姿とか見てみたいかも」

「そんなに見たいなら実家に写真があるから送ってもらいましょうか?」

「いいよ。そんな悪いし」

 

 夏美は同室のあやかの幼い頃の写真を持っているという千鶴の提案に心揺らぐものを感じたが、気心の知れている相手といってもかける手間と迷惑を考えて顔の前で右手を振った。

 千鶴とあやかの家が大財閥で二人が小さい頃からの幼馴染であることを知っていたので驚くことはなかったが、どちらかといえば千鶴の小さな頃の方が気になった夏美だった。写真を見て自分がどのような反応をするのか分からなかったので、逆鱗に触れる前に回避する選択を選べたのはあやかほどではないが長く傍にいた経験か。

 しかし、惨劇を回避したはずの夏美の隣で千鶴はネギをシャリシャリと擦っていた。

 

「え、どうしてネギを両手に持ってるの? というかどこから出したのそれ?」

「誰かに悪口を言われた気がしたのだけど」

「気の所為だよ気の所為!」

 

 黒いオーラを纏って『ゴゴゴ』と周囲の空間を震わせる謎のプレッシャーに晒されて尻が変な感じに疼いて精一杯宥める夏美の姿が見られた。

 

「騒がしい奴らだ。もっと静かに食事できんのか」

「これが3-Aです、マスター」

 

 このような騒がしい状況で普通に食事しているエヴァンジェリンこそ、逆にこの騒がしい空間では異様に映ることに千雨は頭痛を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新田の大喝によって諌められ、千草の説教を受けたアスカ達は部屋に戻っていた。

 

「納得いかない」

 

 額にネカネが投げたフォークの刺さった痕が深々と残るアスカは、ベッドの端に座ってポケットに両手を入れながら足をぶらぶらとさせていた。

 

「俺、被害者じゃん。カモには踊らされるし、変な疑いはかけられるし、ネカネ姉さんは年々叔母さんに似てくるし」

 

 言っている間にどんどん雰囲気が暗くなっていくアスカ。明日菜が慰めようかと口を開くよりも早く、ネギが口を開いた。

 

「キスとかも?」

「それは忘れろ」

「あがっ!?」

 

 デリカシーと空気の読めなさ具合で定評のあるネギがやはりいらないことを言ってアスカに粛清された。

 昨夜のこともあってアスカを頑として見ようとしなかった小太郎がベッドから転げ落ちるネギを見て不可解さに気づく。

 

「どうやった今?」

「ふふん」

 

 アスカはポケットに手を入れたままでネギの声を聞いてすぐに顔を向けた小太郎の目には攻撃動作が見えなかった。

 ポケットから手を出してネギを殴ったのだとしても、小太郎の目ならば戻す前に見れたはずである。

 当のアスカは自慢げに鼻を高々とさせているだけで答える気はなさそうだ。

 

「無音拳。タカミチの技を真似たか」

「言うなよ」

 

 あっさりと真相をバラしてしまったエヴァンジェリンにアスカの高く伸びていた鼻がポキリと折れた。

 

「無音拳?」

「学園№2の男が使う技だ。大分前から親交があったと聞くし、技を盗んだのだろうよ」

「悪かったな。その通りだよ畜生」

 

 まだ高畑と会ったことのない小太郎は当然無音拳のことも知らなかった。首を捻ったところでエヴァンジェリンが説明し、不貞腐れたアスカは片手をポケットから出した。

 もう片方の手を見たエヴァンジェリンは皮肉気に唇を吊り上げた。

 

「一発放っただけで腕が使い物にならなくなるようではまだまだだがな」

「うぐっ」

 

 出さないのではなくポケットから出せない震える手を指差されたアスカは図星を指されて顔を逸らした。

 そんなアスカを救ったのは部屋に入って来た刹那だった。

 

「あの、私が何か?」

 

 部屋に入ると同時に全員から注目された刹那は自分が何かをしたのかと咄嗟に考えたが流石に違うかと苦笑した。

 

「どこに電話かけたん?」

「鶴子さんに。敵の一人が神鳴流を使っていたので何か知っているのではないかと」

 

 鶴子、という名前と神鳴流から一人の人物を連想したエヴァンジェリンが反応した。

 

「鶴子とは、もしかして神鳴流の剣鬼と呼ばれたあの青山鶴子のことか?」

「はい。どうやら月詠は神鳴流の門下ではないようなのですが関わりがあるようで今日中にこちらに来ると連絡がありました」

「そうか……」

 

 エヴァンジェリンは麻帆良に十五年も縛り付けられてきた。その間にナギと関係のある人間は大体洗っている。

 ナギが所属していた紅き翼に神鳴流の青山詠春――――現在は結婚して近衛詠春――――もいたので神鳴流のことは調べていた。詠春を差し置いて神鳴流の歴代№1か2とまで呼ばれている青山鶴子のことは知っていた。

 今は引退したと聞いていた剣客が海外まで足を運ぶ月詠の価値を考えるエヴァンジェリンであった。

 

「なんや元気ないな、せっちゃん」

「…………なんでもっと早く連絡してこないのかと怒られました」

 

 少し煤けた刹那が一日遅れで連絡したのは、負けたことを知られるとどのような仕打ちになるかと恐れた為であったが口にすることはなかった。

 代わりに別方向から口撃が来た。

 

「敵の神鳴流使いって刹那が負けた奴だよな」

「ぐっ」

 

 アスカの何気ない一言に、刹那の心に幻影の太刀と小太刀が突き刺さる。

 

「こ、小太郎さんが封殺されたのは銃士でしたね」

「ぬあっ」

 

 自分だけではすまさないとばかりに刹那も攻撃し、銃弾に蜂の巣にされたように小太郎の体が震えた。

 

「そ、それを言うたらアスカなんてネギと合体してネスカになったのに、魔法は弾かれるわ、ボコボコにされるとるやないか。しかもそれぞれ別々の相手」

「うおっ」

 

 小太郎の切り返しの一撃がアスカの心にクリティカルヒットする。

 三人が三人ともノックアウトである。

 

「止めなさい。みっともない」

「自分達の傷を抉り合ってもしゃあないやん」

 

 もう十分に傷を抉り合って三人は呆れた様子の明日菜と諌める木乃香から一斉に顔を逸らすのだった。みっともなさは自覚していたらしい。

 そこへベッドの下で倒れていたネギが目を覚ました。

 

「いたた。なんで僕、ベッドから落ちてるの?」

 

 撃たれた頭を抑えて転げ落ちたベッドに手を置いて体を支えて身を起こしたネギは首を捻っていた。

 状況を理解していない様子のネギを見たアスカは邪悪に嗤った。

 

「どうしたんだネギ、急にベッドから落ちて。もしかして体調でも悪いのか?」

「そんなことはないんだけど…………。どうしたのアスカ? 人の心配するなんて気持ち悪いんだけど」

「人聞きの悪い。これでもネギを心配してんだよ。ほら、手貸せって」

「う、うん、ありがとう」

 

 明らかに不審な態度の双子の弟に不審を抱きながらもネギは促されるままに手を伸ばして。

 アスカはこのまま勢いと言葉で乗り切ろうとネギをベッドに引き上げる。

 

「大丈夫か? ベッドから落ちた時、凄い音がしたぞ」

「頭の横がちょっと痛い。あ、小さいけどたん瘤出来ている」

「冷やした方がいいな。ほら、氷持って来るから横になってろって」

 

 甲斐甲斐しくネギの世話を焼くアスカに集まる視線の数々。

 部屋に備え付けられている冷蔵庫から氷を取り出して、ネギが横になって頭の下にタオルを敷いてたん瘤が出来ているとこに当てているのを見た明日菜が立ち上がり、歩み寄りながら拳を振り上げる。

 

「あいたっ」

 

 アスカに悪気はあったのか、明日菜が近づいて拳を振り下ろしても避けようとはしなかった。

 大人しく拳を受けたアスカはネギのたん瘤を冷やしながら明日菜を見上げる。

 

「嘘つくんじゃないの。カモに変な影響受けてるんじゃないの」

「呼びましたかい、明日菜の姉さん」

「うわっ、ボロ雑巾が動いた!?」

 

 さてこれから説教を始めようかという時になって、話題に上げた当オコジョが反応したことに明日菜は驚いてしまった。

 

「ボロ雑巾って酷いですぜ。俺っちだって好き好んでミンチになってたわけじゃないのに」

 

 ボロ雑巾――――カモは鳥籠の中で身を起こすと立ち上がって前足を伸ばすと、器用にもかけらていた鍵を外して外に出る。

 ベッドサイドに降り立ったカモは包帯塗れの自分の体を見下ろし、これまた器用にも包帯を外すと体を丸めて舌で白い毛並みを毛づくろいする。

 おかしな光景ではないのに物凄い違和感が感じていたのは明日菜だけではなかった。日常でのイメージは大切である。

 

「まだ生きとったんかいな小動物」

「ちっ、ネギさえ邪魔に入らなければ息の根を止められたのに」

 

 忌々しげな小太郎と吐き捨てるアスカ。

 カモをボロ雑巾にした張本人達は真剣に殺す気であった。ネギが涙交じりに静止に入り、一晩中治癒魔法をかけていなければ今頃黄泉路を渡っていたことだろう。

 名目上の主であるネギとしては親友を殺されかけて良い気はしない。

 

「二人ともいい加減にしなよ。物事には限度があるんだから」

「じゃあ、お前が小太郎とキスしろよ」

「じゃあ、お前がアスカとキスしろや」

「失言だった」

 

 たん瘤も小さな物だったので冷やすと痛みもマシになったので起き上がりながら注意するも、返って来たほぼ異口同音の返事に失言を悟るのだった。

 ネギだって偶然とはいえ、小太郎やアスカとキスするなど想像だけでも嫌であった。特にのどかに告白されて意識するようになった今この時は特に。

 男三人の間で空気が統一され、取りあえずカモをもう一度締めとくかと結論が出されるのは早かった。

 

「ちょ、ちょっとなんなんすか? あれはわざとじゃないって何度も言ったじゃないですかい。ネギの兄貴……」

「ごめんカモ君。僕にはどうしようもないよ。君が悪いんだ。僕を裏切った君が」

 

 ゆらりと立ち上がったアスカと小太郎に危機感を煽られたカモがネギに助けを求めるも、あっさりと見捨てられた。

 このままで昨日の惨劇の再現になるかと思われたが、それよりも早く部屋のドアが開いた。

 

「お久。昨日振り」

「おお! 和美の姉さんじゃねぇか!!」

 

 ドアを開けたのは朝倉和美であった。

 地獄に仏というタイミングで現れた和美の下へと走り寄って、体を伝ってその肩の上に上る。

 

「良くあれで生きてたね、カモ君」

「この不肖カモ。生命力だけならゴキブリにも負けねぇって自負してるオコジョ妖精だぜ。あの程度、おちゃのこさいさいだぜ。三途の川を渡りかけて親父とお袋に蹴り帰されちまったけどな」

 

 昨夜の屠殺現場にいた和美はトラウマになって寝れなかったので怪我一つなくケロリとしているカモに感心したのだが、よりにもよって女の子が嫌いな物ランキングの中で高い方のゴキブリに自分を例えたのだから嫌そうな目で肩の上にいるオコジョ妖精を見ていた。

 しかし、ここで振り払うことは目的の上では出来ず、自分で墓穴を掘ったことに気づかないオコジョを極力意識しないようにするのだった。

 

「で、ネギが魔法を使っているのを見られてカモがフォローしたのはいいとして」

「いいんかな?」

「当人たちが良いって言ってんだからいいんじゃない。じゃないと話が進まないでしょ」

 

 いい加減に話を進めようとした明日菜に木乃香が混ぜ返そうとするが、気にせずに進める。

 麻帆良に戻った僕はオコジョなんだ、とベッドに伏せて泣くネギを放置して勧めなけれ本当に話が進まない。エヴァンジェリンが笑っているのも茶々丸が心配でオロオロしているのにも突っ込まないったら突っ込まないのだ。

 

「百歩譲ってそのフォローの為に見せた仮契約陣を消しきれなかったのはいいわ」

「良くないぞ」

「万死に値するで。今からでもぶっ殺したい気分や」

「やるか?」

「やらなあかんやろ。俺達の名誉の為に」

「ひぃっ!?」

「後にして。さっきから話が全然進んでないじゃない」

 

 話が進まないのは明日菜が余計なことを言うからじゃないか、と刹那は思いもしたがそれこそ話が進まなくなるので口を挟まなかった。

 

「なんで『3-A最強は誰だ! 問答無用の頂上決戦!!』とかいうゲームをしたのよ」

「必要だから。アーニャちゃんが捕まってんでしょ? 戦力は大きい方がいいじゃない」

 

 ニヤリと笑った和美は振り返り、開かれたままのドアから二人の人影が部屋に入る。

 

「龍宮、楓」

 

 入って来た龍宮真名と長瀬楓の姿を見た刹那は目を丸くするも、直ぐに頷いた。

 

「この二人なら大丈夫です。龍宮とは偶に仕事を一緒にしますし、楓の実力も保証できます。戦力としては十分です」

「でも、無関係の二人を巻き込むわけには」

 

 二人の実力の一端を知る刹那が太鼓判を押すが、今回の一件に関わりの薄い二人を巻き込むことに対してネギが難色を示した。

 

「あながち無関係というわけでもござらんよ」

「そうだろう。敵と通じているなどと言い出さねばな」

 

 ネギの言葉に対する反論を口にした楓だったが、本気の殺意を向けて来るエヴァンジェリンには閉口したようだった。

 その殺気を向けられた真名は、普段からクールな彼女にしては珍しく躊躇いを含みながら口を開いた。

 

「提供された情報を伝えはしたが、誓って私は君達の敵じゃない」

 

 エヴァンジェリンは疑わしそうだったが、それほど真名を疑っている様子はなかった。どちらかというとその情報の入手元を知りたい様子だった。

 

「いいぜ、信じる」

「いいのか?」

「ああ、真名も友達(ダチ)だからな」

「…………ありがとう」

 

 真名の情報を信じて敵のアジトを襲撃したばかりに死にかけたアスカはあっさりと真名の主張を認めた。それだけに留まらず、歩み寄って手を伸ばす。

 握手を求められると分かった真名は訝しげにしながらも、信頼しかない眼差しに礼を言いながら握手を持って答えた。

 

「武道四天王の三人が揃ってるのにくーふぇは呼ばんの?」

「あ、それは私も龍宮と長瀬を呼んでて古菲を呼んでないのは変じゃないかって気になってた」

 

 面々を見渡した木乃香は不思議そうに問いかけた。

 真名と楓を呼んだ当人である和美も同じ意見なのか、昨日のゲームの影の主催者であるカモを見た。

 

「悪いがあの姉さんは実力不足だ。そうだろ、アスカの兄貴」

「ああ」

「え、どういうこと? 古菲は昨日のゲームを見る限りアスカよりは弱いかもしれなけど十分強いじゃない」

 

 実力不足だと言われても信じられない明日菜が辺りを見渡すも、呼ばれた二人と同じ疑問を抱えている木乃香と和美は除外するとしても他の反応は芳しくなかった。

 

「僕は古菲さんのことは良く解らないのでアスカが決めたことなら支持します」

「俺も見てたわけちゃうからな。決めたのはアスカや」

 

 近接系ではないネギと昨夜のゲームを見ていたわけではない小太郎は判断権をアスカに預けていたようだ。

 明日菜が残りの三人を見るとアスカが頭を掻いた。

 

「表の世界で見れば古菲は十分に強いと思うぜ。だがな、俺達が戦おうとしているのは裏の世界の話だ」

「古菲は満足に気を操れていません。今のままでは明日菜さんよりマシ程度の戦力にしかならないでしょ」

「早い話が足手纏いだ」

 

 アスカ・刹那と続いて、エヴァンジェリンが半分以上素人の明日菜でも分かるような簡単な結論を出した。

 きついと思わなくもないが強いアスカですら一敗地に塗れる相手が敵なのだから仕方ないのかと自分を割りきる明日菜だった。

 そこへ『プルルルルルルル』とホテル備え付けの電話の鳴る音が響いた。

 

「僕が出ます」

 

 ここはネギ達男子の部屋なので、千草やネカネは理解があるが常識的に考えて女子がいるのは不味いので出る人間が限られる。

 咄嗟に反応して受話器を取りかけた木乃香を遮ってネギが電話に出た。

 ホテルのフロントからのようで、数言話すと電話を切った。

 受話器を置いたネギが見たのはアスカだった。

 

「フロントからエミリアさんが来てて、アスカに降りて来いって」

 

 事態は次なる事態へと移行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃を警戒して何度目かのアジト替えを行い、少女誘拐から三日目の朝を迎えたゲイル一行。

 

「標的が動き出したか」

 

 壁に凭れかかって片膝を立てて腕の内に愛銃を抱きしめるように眠っていたナーデレフ・アシュラフは、ゲイル・キングスの喜色混じりの声に反応して瞼を開いた。

 同じように眠っていた面々も同時に目を覚ましたようだった。

 眠っていようとも意識の端が覚醒していたナーデは眠気の欠片もない目で、罅割れている窓から差し込む朝日を見る。

 ふと、コウキが死んだ日もこのような朝日が差す室内にで目覚めたと益体もつかないことを思い出した。

 

「準備はどうか、ナーデ」

「私をその名で呼ぶなと言ったはずだぞ」

 

 過去を想っていようとも看過できないゲイルの名前の呼び方に、ナーデは熟練過ぎて過程を吹っ飛ばしたように錯覚するほどの速さで愛銃の銃口を向ける。

 

「貴様、ボスになにを……っ!」

「構わん、フォン。すまなかったアシュラフ」

「…………それでいい。だが、次はない」

「気をつけよう」

 

 敬愛するゲイルに銃口を向けて今にも撃とうとしているナーデにフォンはいきり立った。

 ナーデが愛称で呼ぶことを許した人間は少ない。そしてゲイルはその中にいない。それだけで殺す理由としては十分であったが、直ぐに謝罪したゲイルにナーデも銃口を下ろした。釘を指すことも忘れない。

 

「ああん、殺り合いませんの。残念ですぅ」

「君ね」

 

 月詠の異常振りは今に始まったことではないので、気に入らないとばかりに眉を顰めたフォンと違ってナーデは気にも止めなかった。

 この面子の間でゲイルとフォンの間以外に仲間意識など皆無なことは始めから分かりきっていたことで、ナーデはここにいる名目上は仲間を誰一人として信用も信頼もしていない。

 それぞれ目的の為に一時的に同行しているだけで、本来ならば殺し合いをしていてもおかしくない間柄だ。

 ゲイルのやり方もフォンの信仰も月詠の狂人振りもフェイトの人形振りもなにもかもが気に入らない。

 

『お姉さん』

 

 だからというわけではないだろう。攫った少女の話を聞いたのは。

 だからというわけではないだろう。少女が話すヒーローの下へ昔馴染みを通してアジトの情報を流したのは。

 

(感傷だ)

 

 少女に罪悪感を持ったことも、久方ぶりに話した普通の少女に絆されて気が付けば二年間から自分の手が血に塗れていることも、既に何もかもが遅い。

 現れたヒーローは紛い物で、本当にいるのなら何故二年前にコウキを助けてくれなかったのかと憎む。

 

「我が願いが成就する時が来た。さあ、行こうではないか、約束の地へと我らを誘う踊らされているだけの愚者達を嗤いに」

 

 そこにいるだけで闇を生み出すゲイルから視線を外して再び窓を見る。

 朝日に照らされたベッドの上で魔法具によって縛られ眠らされ続けているナナリーとアーニャ。そして影の中にいるゲイル達。ナーデはその間で半分だけ光に照らされていた。

 仄暗い闇の底から見上げた昏い瞳で見た朝日はとても眩しすぎて見れた物ではなかった。今のナーデは二年前と違って闇の中に安息を得るようになっていた。

 もはや戻ることは叶わない道を進んでいる己が所業を思い出してナーデは過去に逃げる。

 

(コウキ…………マナ…………)

 

 思い出の中の二人は笑顔だった。笑顔だったことがナーデを苦しめる。

 この二年間と同じように闇の中で光を求めて彷徨い続ける。歩み道の先に救いがあると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一階に一人で降りて来たアスカはロビーを見回してエミリアの姿を見つけ出して近づいていく。

 

「よ、一昨日ぶり」

 

 ソファーに座って優雅にミルク入りのコーヒーを飲んでいたエミリアは顔を上げた。

 飲みかけのコーヒーカップを近くの机の上に置いたエミリアは組んでいた足を解きながら、座ったままアスカを見上げた。

 

「ん?」

 

 可及的速やかに得た情報を伝えるべきだと分かっていても、一昨日に泣いて縋りついたこともあってエミリアの頬に朱が散った。

 プライドだけは一流を飛び越えて超一流に達しているエミリアとしては、情けない姿を見せてしまったことに対する恥ずかしさがあった。

 アスカを直視できずに視線を逸らしかけたが意地だけで元に戻す。

 

「遅いわ。私が来たんだからもっと早く来なさい」

「十分に急いで来たつうの」

「来る前から待ってるぐらいの気概を見せないよ」

「無茶言うな」

 

 対面の椅子に腰を下ろしたアスカに、恥ずかしさから語気や言い方がきつくなっているのを指摘されて自覚したエミリアは軽く咳払いをする。

 

「あなた一人?」

「他の奴らには待っててもらってるつもりだったんだが」

 

 あの日屋敷にいた面々も同席すると思っていたエミリアが周りを見ながら言うと、アスカは困った顔をしながらロビーの角に顔を向けた。

 すると、慌てた様子で顔を引っ込める者達が十数人。

 

「出歯亀がいるのは許せ」

「偉そうね。アンタとこの身内じゃないの」

「身内つってもクラスメイトってだけだ。結局は他人だからな。人のやることにまで責任は持てねぇ」

 

 投げやりに答えつつ、生徒達に呆れているのはアスカも同じなのだろう。隠れているつもりで隠れ切れていない生徒達からエミリアに視線を戻した。

 こちらの居住まいを正さずにはいられない強い意志の籠った目にエミリアの背筋は粟立った。

 父がスプリングフィールド兄弟を家に招きたいという気持ちは遂にエミリアには分からなかった。だが、このアスカの目を見ると認識を変えざるをえない。

 こういう目を持つ者が英雄となるのだろう。

 こういう目をする者が英雄となっていくのだろう。

 エミリアは自らがこれから英雄となっていく者の始まりを目撃しているのではないかと思った。

 

「ナナリーを誘拐した敵の目的地が分かったわ」

「へぇ」

 

 ニヤリと笑うアスカに引き込まれる物を感じたエミリアは努めて自分を戒めた。

 弱さを見せるのは一度で十分。エミリアは一度は解いた足を再び組む。

 

「場所は?」

「北西ハワイ諸島の一つよ。無人島だと思われてたけど、人がいるらしいわ。お母様の遺品から生まれを特定したの」

「島か。飛んで行くしかないか」

「そんなことしなくてもうちが船を出すわ。敵にバレるリスクを考えればそっちの方が無難よ」

 

 それもそうか、と納得したアスカは敵に発見される恐れがあることまで考えを回していなかったのか頷いた。

 北西ハワイ諸島ってどこだろうかと、地図など頭に入っていないアスカは思いもしたが口に出さなかった。偶には空気を読むこともあるのである。

 

「船の準備は出来てるのか?」

「何時でも出発できるわ。ただし」

 

 なら早速、と腰を上げたアスカを静止したエミリアは最近とみに膨らんでいる胸の下で腕を組む。

 

「私も連れて行きなさい」

「は?」

 

 予め決めていたことを伝えると、アスカは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

 始めてアスカに勝てた気分になれたエミリアは、更に言い募る。

 

「昨日、お父様が死んだの」

「この前の様子からして自殺か」

「ええ、窓から飛び降りて。即死だったわ」

 

 思えば襲撃を受けた夜に当主の心は壊れたのだろう。アスカが見た時は既に様子がおかしかった。

 当主は善人とまでは言わなくても根っからの悪人というわけでもなかった。利に聡く、どこまでも人間な人だった。そんな彼にエミリアが死ぬと分かってナナリーを身代りにしたことは致命的だったのだろう。

 ことに娘に似ていたことが決定だったのか。もはや、故人である当主の考えは分からない。死人に口はないのだから。

 

「それとお前を連れて行くのとどう関係があるんだ? 言っちゃ悪いが戦力になりそうにない奴を連れて行く気はないぞ」

 

 共に行くメンバーは既に決まっている。そのメンバーと比べるとエミリアの立ち振る舞いから察する戦闘力はガクンと落ちる。戦闘専門の魔法使いではない足手纏いを抱えて戦えるほど甘い敵ではないことは、死にかけたアスカが一番良く知っている。

 

「私だって自分の分は弁えてるから戦わせろなんて言わないわ。でも立場上、任せっきりっていうわけにはいかないの」

「いいじゃねか、任せてしまえば。え~と、そうだ。適材適所ってやつだ」

「だからそういうわけにもいかないの。こっちにも事情があるんだから」

 

 こいつ馬鹿ね、と言葉を考えていたアスカの性格を見抜いたエミリアは溜息を吐きつつ、頭が痛い問題を思い出して今度は違う意味で溜息を吐く。

 

「先代が死んでから親戚連中が遺産を寄越せってうるさいのよ。今回の件を解決すれば連中を黙らせるには十分な材料になるわ」

 

 オッケンワインの家は先代が一人で名家にのし上げた様なものである。

 成り上がりなんて揶揄されている面もあるが、その財力はアメリカ魔法協会でも屈指。財力に群がって来る親戚を先代は忌避していた。

 先代の死に乗じて財産を狙って群がって来る親戚たち。たった数日の間に自称親戚まで現れている中で、連中を黙らせるには高額賞金首であるゲイル・キングスを捕まえるか倒すほどの功績が必要になる。

 エミリアは自らが戦闘を得手としているわけではないことを知っており、己の分を弁えている。

 

「同行はしても戦いには手は出さないわ。大人しく後ろに下がってる。誓ってもいい」

「そんな都合の良い話があると思ってるのか?」

「駄目なら場所は教えない」

「お前な」

「悪い話ではないと思うわよ。特定できたのは島だけ。そこで暮らす人にカネの水がどこにあるのか聞くのに、村出身の身内がいる私がいれば楽になるはずよ」

「むぅ」

 

 旗色が悪くなってきた状況にアスカは唸りを漏らした。

 現状、敵の目的地を知っているのはアスカの目の前にいるエミリアのみ。しかも、その場所にしても大きな括りであって厳密には正確ではない。

 死者を蘇らせるほどの水の在処を地元住民達が理由があるといっても外来者であるアスカ達に素直に教えてくれるとは思えない。母が地元住民であるエミリアがいてくれた方が相手を安心させる一助になるのは間違いない。

 相手に先行してその場所を破壊してしまえば敵の目的を挫けると考えたアスカは、大きなため息を吐いて了承するしかなかった。

 

「分かった。でも、戦いには絶対に参加するなよ」

「その前に逃げるわ」

 

 胸を張って言うことでもないとも思いもしたがアスカも突っ込みはしなかった。

 

「うし、善は急げだ。早速行くか」

 

 膝をポンと叩いたアスカが立ち上がったところで動きを止めた。

 

「しまった。今が修学旅行中なのをすっかり忘れてた」

 

 視線の先には見つかったと思って角に隠れる生徒達。今は修学旅行中である。三日目の予定は全体行動で、班別の自由行動が許されているのは四日目と五日目である。

 アスカ達だけ別行動など許されるはずがない。

 

「どうするの? 手伝いが必要なら手を貸すけど」

「つってもな…………」

 

 生徒が多数行方不明になれば学校の責任問題になりかねないことは無鉄砲なアスカにも分かる。

 千草やネカネに協力してもらえれば一時はなんとかなっても、やはり人数が多いので露見する可能性は高い。

 

「しゃあない。ちょっと待っててくれ」

 

 悩んで最適な答えを出せるような頭の良さを持っていないと自負しているアスカは考えることを放棄して、エミリアにそれだけ言って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ、小太郎」

 

 アスカが去り、教師としての仕事があるネギが続き、真名と楓やエヴァンジェリンらが自分の部屋に戻った直後にカモからカードを投げられた小太郎は見ることもこともなく飛来するそれを掴む。

 

「これは…………アスカらが持っとった仮契約カードってやつか」

「ああ。昨日のやつのな。おっと、本当に他意はなかったんだって」

「分かっとるわ」

 

 昨夜の悪夢を思い出して体が勝手に動いて上がった拳を解きつつ、背筋に走った悪寒を忘れようと頭を振る。

 カモには小太郎に纏わる計略はなかったのは百も承知である。

 エヴァンジェリン戦後に顔を合わせたが、アスカとなら波長がピッタリと合うのだがカモはどちらかといえば合わないタイプの相手なので挨拶程度で積極的に話はしていない。

 小太郎は実生活でも正面から向かい合うことを好む。なので、回りくどい事や細かい性格の持ち主とはどうにも合わないのだ。こういう面はアスカも同じなのだろうが、アスカの場合はネギと兄弟ということもあって耐性があるのだろう。

 

「なんて書いてあるんやこれ」

 

 カードをヒラヒラとさせながら小太郎はカモに問うた。

 

「細かいことは省くが、アーティファクトは『繋がれざる首輪』。称号は『誇り高き狼』だな。洒落てる称号じゃねぇか」

「大層な名前やの」

「称号なんてそんなもんさ」

 

 狼と付いたのは小太郎が狗族のハーフだからだろうが、誇り高いは余計だと思った小太郎は背中が痒くなった。

 

「じゃあ、アスカの称号はなんやねん」

「アスカの兄貴の? え~と、『比翼の英雄』だな。な、大差なんてねぇだろ」

 

 主が持つマスターカードと従者が持つコピーカード以外に自分で持つ分も用意しているのか、カモはどこに直していたかアスカの仮契約カードを取り出しながら言った。

 まだ部屋に残っていた明日菜は自分のカードに描かれた『傷だらけの戦士』と書かれているのを見ながら、アスカの称号について考えた。

 

「比翼、って比翼の鳥とかのあの?」

「さあ? カードに称号をつけてるのは俺っちとは違う種族の精霊だから、どういう意味なのかはこっちが解釈するしかねぇ。アーニャの姉さんの『張り子の女王』とか、どういう基準で称号がついてんのかも分かんねぇからな」

 

 言われてみれば自分が『傷だらけの戦士』なんて物騒な称号を与えられているので、成程と頷いた明日菜もそれ以上の追及はしなかった。

 明日菜のカードを羨ましそうに見ている木乃香。

 

「うちやったらどんな称号付くんやろ」

「お嬢様も仮契約をしたのでは?」

「そうやん。ナイス、せっちゃん。カモ君、うちのカードは?」

「あ、そういえばそうだったな。すまねぇな、木乃香の姉さん。バタバタしてたんで渡すのを忘れてた」

 

 どのような称号だろうかと想像を膨らませていた木乃香の横で言った刹那の言葉で、一昨日の夜に緊急事態とはいえアスカと仮契約をしていることに今更気が付いた。

 カモも事態が事態だっただけにすっかりと忘れていて、これまたどこから出したのか木乃香の仮契約カードを出した。

 

「これがうちのカードやねんな」

「称号は『癒しなす姫君』。ピッタリじゃねぇか」

 

 渡されたカードを受け取った木乃香は感動した様子で、カモの声も聞こえていない様子だった。

 制服姿で大剣を持っている明日菜のカードと違って、木乃香のは神職が切るような和服を着て扇子を両手に持っている。

 

「木乃香のは私のと違って制服じゃないのね」

「絵柄の変更は申し込めば出来るぜ。アーティファクト召喚の呪文を唱える時に予め特定の衣装を登録しておけば、召喚時にその衣装に瞬時に着替えることも出来るからな」

「便利ですね」

 

 西洋の魔法文化には疎かった刹那も仮契約後の便利なシステムに感心しているようだった。

 嬉しそうな木乃香と自分の衣装の変更を考えている明日菜。そして純粋に感心している刹那を見遣ったカモは、一つの考えに辿り着く。

 

「ションベン行ってくるわ」

 

 カモが動くよりも早く小太郎が動いた。

 このままここにいては面倒事に巻き込まれると動物的な直感で察した小太郎は、明日菜に部屋のカードキーを投げ渡すと止める暇もなく部屋を出て行った。

 

「どうしたんだろ?」

「そんなにおしっこしたかったんかな」

 

 小太郎同様に嫌な予感を悪寒付きで感じていた刹那も動いた。

 

「私も、ちょっと……」

「待ちな」

 

 流石に小太郎のようにトイレと言うには女性として出来ないが適当な言葉が思いつかず、言葉を濁しながら退出しようとした刹那の前に回り込んだカモ。

 

「木乃香の姉さんと仮契約しな」

「え?」

 

 まさかの発言に刹那の頭の中は真っ白になった。

 

「アスカの兄貴が会ってるっていう子から情報が齎されれば状況はそろそろ動くだろ。使える引き出しは多い方が良い。仮契約ならリスクも少ねぇ。もう一度言うぜ、仮契約をしな」

「しかし……」

「関西呪術協会の話は千草の姐さんに聞いた。もうアスカの兄貴と契約しちまったんだ。身内であるアンタとしたところで問題にはなりやしねぇ」

 

 今までのおちゃらけた面のあるカモではない。ここにいるは拙い少年少女達と共に険しい道を歩むと決めた賢者である。

 相手の逃げ道を塞ぎ、己が望む答えを言わせようとする知恵者の策略の前に刹那は追い込まれるのみだ。

 

「うちはええよ」

「お、お嬢様!?」

 

 どうやって断ろうと考えていた刹那と違って木乃香の方は実にあっさりとしていた。

 既にカモが木乃香に根回ししていると知らない刹那は滑稽なほどに動揺した。

 

「し、しかしですねお嬢様!? 女の子同士でキスなんて」

「うちはせっちゃんやったらええんやけど」

「いえ、やはり節度は守らないとっ!」

 

 絶賛混乱中の気持ちが良く解る明日菜であったが、女子中なので同性同士でキスなんて話は良く聞いていたので、その延長と思えば気にはならない。

 同じ立場になったらとまでは考えない明日菜だった。

 

「準備はいいぜ」

「何時のまに」

「巧遅は拙速に如かず、が俺っちの性分だから行動は早くだ」

 

 二人の様子を見ていた明日菜にも気づかぬ速度で仮契約の準備を終えたカモは、当事者達を急かす。

 

「せっちゃん。ほら、早よ」

「ですがお嬢様……」

 

 中心にして描かれた仮契約の陣が光り輝いている中で、待つように顎を上げて瞼を閉じている木乃香を前にしても勇気が出ない刹那。

 これで戦闘モードになったら目つきも変わって勇ましくなるのだから人は分からない。明日菜は内心でそんな感想を抱きながら、そっと刹那の背中を押すのであった。

 

「あ」

仮契約(パクティオー)!!」

 

 なんとなく小太郎が部屋を出たのはこうなることをどこかで予測していたのだろうと考えながら、二人が口づけするのを見る明日菜であった。

 

「む……ふむ、ん……く……」

「ん……」

「おーい、いい加減に戻って来ーい」

 

 仮契約は無事に終わったのに何時までもキスをしている二人。しかもちょっと息遣いが艶めかしい。

 蚊帳の外に置かれている明日菜は突っ込まざるをえなかった。

 

「ぷあっ、く、苦しいですお嬢様」

「あや、ごめん」

 

 明日菜の突っ込みに反応したのか、それとも満足したのか。木乃香から離れると刹那はキスをしている間は息を止めていたのか、大きく息を乱していた。反対に木乃香は落ち着いたものである。

 

「明日菜の姐さん。あの二人は出来てんのか?」

「う~ん」

 

 定位置の肩の上に飛び乗って来たカモの質問に答える言葉を持たなかった明日菜である。

 どう答えたものかと、顔を真っ赤にしている刹那と余裕のある木乃香を見ながら考えていた明日菜は、コンコンと部屋のドアがノックされたのをこれ幸いと思考放棄した。

 

「はいは~い、今出ます」

「あっ、姉さん」

 

 カモが何かを言おうとしたが、もう百合が舞い散る空間に一秒でも長居したくなかった明日菜は、事前の取り決めで訪問者が来ても応対しないようにとの決まりも忘れてドアを開けてしまった。

 魔法関係者ではない生徒の前では喋ることが出来ないカモは動物の振りをしなけれならなかった。

 

「どうも、明日菜サン」

「超」

 

 ドアを開けた先にいたのはクラスメイトの超鈴音であった。

 超は少年達の部屋であるにも関わらず、明日菜がいることに驚いた様子も見せず、部屋の様子を一瞥して幻の百合の花が咲き誇っていることに首を捻りながら、また明日菜を見た。

 

「あ、ごめん。アスカ達に用ならアイツら今いないのよ」

 

 ここにきて明日菜もようやく己が失策を悟る。

 この部屋はアスカ達の部屋。明日菜達女子は入室禁止がルールとして定められている。

 応対するべきではなかったと後悔するのは後の祭りであったが、ドアを開けてしまったものは仕方ない。責任は忘れさせた刹那達に押し付ける気満々だった。

 

「問題ないネ。用があるのは明日菜サンにだから」

「私に?」

 

 言ってはなんだが明日菜は超とそこまで親しいわけではない。

 明日菜と超との接点はそこまでない。超は同じ中華系の古菲や、頭の良い葉加瀬や超包子を経営している関係から四葉五月と親しい。クラスメイトなので挨拶や世間話をするが、今まで超個人が明日菜に用があったということはとんとない。

 珍しいことに明日菜は顔を乗り出した。

 その肩からカモが飛び降りる。女子中学生の内緒話に興味はあるが、下手に首を突っ込み過ぎるとネカネからどのような折檻が待っているか分かったものではない。

 戦略撤退である。断じて逃げたのではない。

 

「いいかナ」

「いいけど、なに?」

 

 カモの背を視線で追っていた明日菜は超へと顔を向ける。その耳元に顔を寄せた超は内緒話をするように小さな声で爆弾を落す。

 

「アスカサン達に動きがあっタ。直ぐにでも動くようだヨ。アーニャサンを助けるためニ」

 

 最初、明日菜は超が何を言っているのか分からなかった。

 次第にその言っている意味が脳内に浸透してくると、目の前にいる超から距離を取ろうとした。

 その前に超の手が伸びて明日菜の動きを封じる。

 

「私は敵ではないヨ。落ち着いてほしイ」

「なんでアンタがアーニャちゃんのことを知ってるのよ、超!」

 

 明日菜が言葉を吐く前に腕を引っ張って室外に引き摺り出し、中に声が聞こえない様にドアを閉めた超はニヤリと笑う。

 反抗しようとするが、明日菜がいくら力を入れても超の手は離れない。

 

「エヴァンジェリンのことは知っているだろウ。その従者である茶々丸を作ったのは誰だと思っていル」

「知らないわよ」

「知らないのカ」

 

 ガクリ、とまさか知らないとは思っていなかったらしく超の手から力が抜けた。

 その隙に掴まれていた腕を振り解く。

 

「茶々丸を作ったのは私と葉加瀬ヨ。つまり、私も魔法関係者。だから、そう喧嘩腰にならないでほしイ」

「証拠は?」

 

 疑り深い明日菜に超はやれやれとばかりに肩を竦めた。

 

「アスカさんとのキスの味はどうだたカ?」

 

 ニヤリと笑いながら放たれた特大の爆弾は、明日菜の全身を即座に真っ赤に焼いたのだった。

 

「ファーストキスの相手が一昨日の夜に別の女とキスした感想は? 更に昨日には小太郎ト。大人気だナ、アスカサンは」

「…………もう、いいわ。どこで見てたのよ」

「茶々丸のメモリーを見させてもらったネ。それに昨夜の監視カメラの映像も誰が用意したと思ってるネ。超科学に不可能はないヨ」

 

 明言はしなかったが監視カメラの映像でもちょろまかしたのだろうと推測した明日菜は握っていた拳を解いた。

 百パーセントの警戒を解いたわけではないが、敵である可能性は低い。乙女の秘密を盗み見た罪の報いはいずれ与えるが。

 

「帰ってもいいかナ? なにか悪寒がするのだガ」

「駄目よ。逃がさないわ」

 

 今度はガシリと超の両肩を捕まえた明日菜は、肩を砕かんばかりの力で締め上げる。

 

「忘れなさい。いいわね」

「了解、了解ヨ。だから、力を抜いてほしいネ」

 

 涙目で懇願する超に溜飲が下がった明日菜は掴んでいた肩から力を抜いて話した。

 

「こんなのがご先祖様とハ」

「なんか言った?」

「いや、なにも言ってないヨ」

 

 超が口の中で呟いた言葉は明日菜の良く聞こえる耳を持ってしても聞こえなかった。

 問うと超は無駄に良い笑顔で答える。

 

「で、用件ってなによ」

 

 何かを安心している超に首を捻りながら明日菜は、どうにも自分の周りには脱線したがるものが多いと思いながら用件を問うた。

 

「アスカサンの後を追いたくはないカ?」

 

 スイッチが切り替わるように表情を別種の笑顔に変えた超の発言に、明日菜はまたしても固まった。

 明日菜は自らの力不足を悔いている。そしてアスカの傍にいたいともまた思っている。

 自分は従者なのだから、アスカの傍にいなければならないと胸の中にある感情に名前をつけるのを拒みながら。

 

「無理よ。アスカは連れてってくれない」

「私が手を貸すヨ」

 

 追うと、連れて行く。この二つの言葉の意味に気が付かない明日菜は、手の平で上手く転がってくれた獲物を見るような超の笑みに気づかない。

 

 

 

 

 

「では、幸運を祈るヨ」

 

 超は閉まって行くドアの向こうで全身を覆うレインコートのような物を持った明日菜を見送った。

 バタン、と閉じたドアのこちら側で誰も見ていないことを良い事に大きなため息を漏らす。

 

「やれやれ、御先祖様は本当はあのような感じだったのカ。私も記憶を美化していたということカ」

 

 潰されかけた肩を労わりつつ、次の目的地へと向かって歩き出す。

 次の目的地はそれほど遠くない。そもそもこの階は3-Aで貸し切っているようなもので、クラスメイトに用があるなら大した手間はかからない。

 目的の部屋に到着した超は、明日菜を呼び出したようにドアをノックして目的の人物を呼ぶ。

 性格か、呼ばれた人物は直ぐにドアを開けてくれた。

 

「超さん、どうかしたんですか?」

「どうも、のどかサン。おや、ハルナサンがいないようだガ」

 

 ドアを開けた宮崎のどかと、部屋の中にいるのが綾瀬夕映だけであることを確認した超はわざとらしく聞いた。

 

「ハルナは昨日も遅くまで起きてたから眠気覚ましにシャワー浴びてるです」

「そうカ。それは都合が良イ」

 

 パイナップルパンプキンという訳の分からないジュースを飲んでいる夕映の返答に笑みを浮かべながら頷いた超は、改めて困惑している様子ののどかを見る。

 

「のどかサン、ネギ先生の秘密を知りたくはないカ?」

 

 超鈴音は笑い続ける。未来を引き寄せる為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いします!」

 

 新田は困惑していた。

 寂しい一人部屋に一度戻って今日の予定を確認して、時間は大分早いが集合場所に移動しようとした矢先にアスカの訪問を受けた。

 訪問自体は別になんでもない。問題はその内容にあった。

 

「君は何を言っているのか分かっているのかね? 集団行動が原則の修学旅行で他の生徒も連れて別行動がしたいなど、しかもその理由は言えないときている」

「不躾なお願いだとは分かっています。それでも必要なことなんです」

 

 新田は困惑している。目の前で土下座をして頼み込んで来る金髪の少年に困惑していた。

 

「それはアーニャ君が戻って来ないことと関係しているのかね」

「……………」

 

 沈黙は時に言葉よりも雄弁に事実を伝える。

 

「お願いします。行かせて下さい」

 

 アスカはそれしか言わない。先ほどから延々とループしている話に新田は頭の痛さを覚えながら、目上の相手であろうと自分が間違っていないと決めたら決して頭を下げようとしない少年の頑迷さを思い出す。

 アスカは問題児である。

 喧嘩は日常茶飯事。物を壊すこともあるし、諍いは耐えない。だが、その喧嘩も諍いも他人の為であることが少年をただの問題児とは違う見方をさせる。

 

「どうせ止めても行くのだろう。行ってきたまえ」

 

 虐めを許さず、弱者を虐げる者を許さず、その拳は何時だって誰かの為に振るわれる。偶に自分の欲求に従う時もあるが、相手も同意している時が大半だ。

 真っ先に飛び出し、戦ってきた少年を時に叱って来た新田は、アスカが止めて聞くような性格であることを承知している。

 

「真っ先に動く君のことだ。他の誰かに任せることは出来ないと考えているのだろう」

 

 アスカが新田の下へ来たのはスジを通す為であって、止まることはない。止めても勝手に飛び出していくことだろう。新田に残された選択肢は送り出すことだけだ。

 アスカに背中を向け、窓際によって外の風景を眺める。

 

「ただし、戻ってくる時は必ずアーニャ君も連れてくるのだぞ」

「必ず」

「こちらのことは心配しなくていい。これでも柔道有段者だ。生徒達のことは守ってみせる」

「ありがとうございます!」

 

 頭を強く床に擦りつけ、飛ぶように部屋を出て行ったアスカを見ることなく新田は天高くある流れて行く雲の間を飛ぶ鳥達を見つめる。

 

「神戸の時もそうだったが、子供は何時だって大人の想像を超えて羽ばたいていくものだな。これだから教師は辞めれん」

 

 麻帆良学園都市に赴任する前に働いていた学校で強く印象に残っている生徒のことを思い出して笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルの裏口で、一緒に行けないネカネは弟たちの見送りに来ていた。

 

「怪我だけはしないでね。みんな無事に帰って来て」

「確約は出来ねぇ。ま、なんとかするさ」

 

 アスカの根拠のない自信は今に始まったことではないが、ネカネが今欲しいのは確たる言葉である。

 

「最善は尽くすよ、僕達も」

「はい」

 

 ネカネの不安は消せなくても、証明なんて出来ないネギも刹那も自分に出来るだけのことをするだけだ。

 

「無茶はせんようにな」

「ああ」

 

 何時もしているように無造作に頭に乗せた手で撫でられた小太郎は、頬を紅く染めながら頷いた。

 

「私も封印が解け次第すぐに向かう。それまでは頼んだぞ、茶々丸」

「イエス・マスター」

 

 エヴァンジェリンと茶々丸の主従。学園長を急かしているが、直ぐには難しいとしか返事は返ってこない。かなりの無理をさせて時間の短縮を図っても同行できないエヴァンジェリンは従者である茶々丸の同行を決めた。

 

「準備はいいでござるか真名」

「…………ああ」

 

 真名の反応が鈍いことに楓は僅かに眉尻を下げた。

 カモの提案を呑んで、決心のついていない真名を引き込んだのは楓だ。いざとなれば守らなければならないと決意を固める。

 

「準備はいい?」

「何時でもいいぜ」

 

 エミリアの問いに頷いたアスカは何時もの軽装だった。

 持っているのは仮契約カードとナギに貰った魔法発動媒体だけ。何時ものアスカの戦闘スタイルであった。

 

「明日菜の姉さん達は見送りは来てねぇんですかい? 来ると思ってたんすけど」

 

 最近は定位置だった明日菜の肩の上ではなくネギの肩の上で辺りを見渡したカモは、見送りのメンバーがエヴァンジェリンと成人教師の二人だけであることに不信感を覚えていた。

 明日菜の様子から付いてくる可能性も考えていたので、逆にいないとどうしたのかと思う。

 

「見送ると未練が残るからって部屋に戻りました」

「そうすっか」

 

 エヴァンジェリンに抱えられたさよの言葉は納得のいく返答だったが、納得のいかない面もあった。だが、この場にいないのでは疑う要素もない。カモは明日菜達のことを意識から除外した。

 

「じゃ、行ってくる」

 

 アスカの言葉が引き金だった。

 戦いに赴く者と待つ者の間で明確なラインが引かれる。

 性格的にも能力的にも戦いには向かないネカネは何時だって待つ側であった。アーニャが敵に捕らわれ、アスカ達が敵に赴くのように足が震えて何も出来ない自分が情けなく感じる。

 

「大丈夫だって」

 

 知らずに下がっていた視線がアスカの声で上がる。

 そこにあったのは、あの日に見たナギに似た強い意志を宿したアスカの眼。

 ネギの後ろで怯えていた子供が一端の目をしていた。

 

「でも……」

 

 成長を喜ぶべきなのだろう。しかし、これから戦いに赴く身内を笑って送り出せるほど、ネカネは達観していない。一昨日に死にかけた事実は消えないのだから。

 

「アーニャもナナリーも助ける。俺達も死なねぇ。信じろ」

 

 嘗ての何時か。石像となった村の人々の前で発した少年の誓い。不可能を覆す為の言霊をここに新たに誓い直す。

 

「俺に出来ない事なんてない」

 

 

 

 

 




本作には渡界機は存在しません。超の来歴も変わっています。当然その目的も。

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