魔法先生ツインズ+1   作:スターゲイザー

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第17話 とある悲劇

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「なにが目的なのよ、アンタ達は」

 

 別のアジトに移って暫くすると起きた少女――――アーニャに問われたフェイト・アーウェンルンクスは、声が聞こえた方へと顔を向けた。

 ゲイルの姿はない。前のアジトに肝心な忘れ物をした為に取りに戻っているところだった。

 予想よりも遥かに速い目覚めに驚きつつもフェイトは顔に出さない。

 

「なに、とは?」

「目的よ、目的。人を誘拐してまでなにがしたいのかって」

「さあ、僕は雇われの身だから詳しくは知らない」

 

 フェイトが正直に答えたらアーニャは呆れたような顔をした。

 

「雇われたからって人を攫うなんて最低」

 

 フェイトの視線の先にいる少女の全身には魔法的な拘束が為されている。

 どうして捕まっているのにそこまでふてぶてしくいられるのか不思議でならないフェイトだった。

 

「君、自分が捕まってるってこと分かってる?」

「分かってるわよ。こんな状態で分からなかったらよほどの馬鹿じゃない」

「普通はもう少し怯えるものなんじゃないかな? あの子は違ったよ」

「怯えたって状況は何も変わらないわよ。私は愚鈍じゃないの。建設的にアンタ達の目的を探った方が賢明だわ。それと」

 

 あの子のことをアンタ達が語るのは吐き気がするから辞めて、と言われればフェイトは口を閉じざるをえない。

 だから、本当に賢明な人間ならそもそも捕まったりはしないとフェイトは思いはしたが口には出さなかった。

 僅かな会話だけでアーニャがああ言えばこう言う、フェイトが今まで出会ったことのないタイプの人間だと分かったからだ。

 

「詳しくなくてもこの際いいから、目的を吐きなさい」

「いいよ」

「え、本当に?」

「君が言えって言ったんじゃないか」

「言ってみただけで本当に言うとは思ってなかったもの」

「君は…………別に答えるなって言われてるわけでもないし、僕の知っている範囲なら教えてあげるよ」

 

 怒るよりも呆れる気持ちにされる少女の気持ちは一生分かりそうになかった。反対にアーニャからもフェイトの気持ちは一生分かりそうにないが。

 

「僕と月詠…………さっきまでいたゴスロリっていうんだけ? を着ていた子のことは覚えてるよね」 

「ええ、刃物に舌なめずりしてた子でしょ。友達は選んだ方が良いわよ」

「彼はこの間会ったばかりの同業者だよ。友達じゃない。彼も僕と同じくゲイルに雇われてるんだよ」

 

 どうもアーニャと喋っていると一々話が脱線することに脱力しつつも訂正することを忘れないフェイトだった。

 誰も好き好んで太刀についていた襲撃者の血を好んで舐める異常者の身内と思われたくない。

 

「ん? 彼じゃなくて彼女じゃないの?」

「あんな服着てるけど、彼で合ってる」

「…………OK、OK。そういう趣味なのね。私は器が大きいから差別はしないわ。で、ゲイルってのは、あの紅い眼をしたおっさんでしょ。私に喜色悪い幻術を見せた」

 

 度量の大きさを見せようと大きく頷いていたアーニャは、捕まった時に魅せられた幻術に背筋が粟立ったのか体をブルリと震わせた。

 

「彼の魔眼は厄介だからね。君は目的を探る為に生かさないといけなかったら、まだマシな方だと思うよ。下手をすれば精神が壊されてもおかしくないから」

「じゃあ、オッケンワインの当主があんな状態になったのも」

「そう、彼の魔眼の幻術によるものだよ」

 

 聞いたアーニャはかけられた幻術を思い出したのか、盛大に顔を顰めた。

 その表情に興味を覚えたフェイトの口は自然と動いていた。

 

「君はどんな幻術をかけられたんだい?」

「…………アンタも大概根性悪いわね」

「そうかい? 純粋な興味だから答えたくないなら言わなくてもいいけど」

 

 言った通りフェイトは答えなさそうなアーニャから視線を外して殺風景なアジトを見渡した。

 アジトといっても前回と大して規模は変わらない小屋である。

 唯一あるベッドを、先程までアーニャが起こそうとしていたオッケンワイン家から攫ってきた少女が魔法で眠らされたまま横になっている。

 その足元にナーデレフ・アシュラフが座って銃の手入れをしている。

 月詠は存在自体が物騒だからと小屋の外に出され、暇を持て余していたフォン・ブラウンと殺し合いをしている。

 

「うっさいわね、外」

 

 アーニャと気持ちは同じなのでフェイトは何も言わなかった。

 狂笑やら爆音が小屋の中にまで響いてくるので五月蠅いことこの上ない。

 これでもフェイトが消音結界を張っているが外に向けて大半の為、内側はどうしても甘くなる。超高位魔法使いであるフェイトを以てしても出来ないことはやはりある。

 

「一人は嫌なの」

 

 ぽつりとアーニャは囁くように言った。

 

「置いて行かれるのは嫌。嫌なの」

 

 外の音に掻き消される小さな声で、俯いて漏らす少女の泣き事にフェイトはやはり何も言わなかった。

 フェイトにとってアーニャは、重なることのない道で偶然に交差しただけの相手に過ぎない。アーニャが何を思って、どのような幻術をかけられたとしてもこの一時はそう長く続くことはない。だからこそ、アーニャもフェイトに愚痴を零せたのかもしれない。

 

「僕達の目的が知りたいと君は言ったね」

 

 アーニャから感じられる空気を不快とフェイトが思ったのかは定かではない。が、彼が進んで話題を変えたのは間違いない。

 

「ゲイルとフォン、そこのナーデの目的はカネの水にあるらしい」

 

 銃の手入れをしていたナーデがフェイトに視線を向けたが、興味を失ったのかはたまた別の理由かは余人に分からないがまた手元に目を落した。

 一瞬向けられた視線に殺気にも似た何かを感じ取ったが、フェイトは気にもしなかった。

 

「カネの水って?」

「さあ。永遠の命を得られるだとか、死者を生き返らせられるだとかって話の水らしいよ」

「凄い水じゃない。なのに、アンタは興味がなさそうね」

 

 僕は永遠を生きられるから、とは馬鹿にされそうなので、僅かな会話だけでアーニャの人となりを理解しつつあったはフェイトは言わなかった。どう考えても藪蛇になりそうになかった。

 

「じゃあ、アンタの目的はやっぱりお金?」

「いや……」

 

 金銭はあって困る物ではない。が、目的かと言われたフェイトは答えに窮した。

 真実を言うべきかとフェイトにしては珍しく逡巡したが、アーニャの連れが誰の関係者であることを考えてやがて口を開いた。

 

「僕の目的はある人物を探し出すこと」

 

 紅い髪をした人物がフェイトの脳裏を占めた。

 

「人物って?」

「ナギ・スプリングフィールド」

 

 言うとアーニャは喉の奥でヒクッと引き攣ったような呼吸音を漏らした。

 狙った通りの反応を示したアーニャに若干ながらのやり返した感を得たフェイトはそんな自分に不審を覚えた。

 自らを神の人形と定義しているフェイトが、特別な立場の身内というだけの少女をやり込めただけで愉悦を覚えるなどあるはずがない。なのに、愉悦を覚えてしまった自分自身にフェイトは内心で困惑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 修学旅行の二日目の夜。静かだったホテルは五月蠅いほどに騒動が息巻いていた。

 教師も部屋の中で大人しくしている者まで取り締まるつもりはない。仲間とのせっかくの旅行だ、そこまで干渉するのは無粋というものであろう。

 だが、部屋に戻った彼女達はホテル中に響き渡るほど騒ぎ捲くる。盛り上がるのは大いに結構だが、彼女達がいるのは決して、広野の一軒家ではなく、公共の宿。学園長が手を回していてもホテル側の迷惑になる。となれば………。

 

「コラァ、3-Aいいかげんにしなさい!!」

 

 騒ぎ捲くる3-Aの生達を一喝の下で廊下に出した学園広域生活指導員の新田は烈火の如く怒り、朝まで自分の班部屋からの退出禁止、更に出ているところを見つかればロビーで朝まで正座させるとまで言い渡される。

 みんな不満があったが新田の横にいる千草が頭を痛そうに抑えているのを見ては流石にばつが悪く不満を口に出せない。

 先生方が去っていく際、皆の中に燻りが残っていることは教師陣の目には明らかだった。どう考えても静かな夜を過ごせるとは思えない状況は目に見えていた。

 皆一様に新田からの叱責をもらえばその場はしょぼんとするが、本音はもっと遊びたいと思っている。そこに彼女達とは別行動を取っていた和美がふらりと現れ、とあるゲームをしないかと提案した。

 当初、あやかは当然委員長として断固反対の姿勢をとったが、周りに圧倒されて負けてしまった。

 そして彼女達はゲームのために騒ぐ事無く、静かに時間になるまで時を待つ。

 退室禁止にしたから今夜はもう何も起こらない、と新田以外の引率の先生は、そう考えていた。実際、目に余るようなドンチャン騒ぎは表向きだけは成りを潜めているからだ。

 しかし、少女達は息を殺し、各々の部屋の中で枕を寄せ合ってテレビにかじりついていた。

 そして時間が近くなり、3-Aのそれぞれの班のテレビには彼女達に取って見慣れたクラスメイトの顔が映し出される。

 

「それじゃ、修学旅行特別企画!!『3-A最強は誰だ! 問答無用の頂上決戦!!』始めるよー!!」

 

 夜の九時に各班の部屋の中にあるテレビから、テンションの高い朝倉和美の熱の入った実況が部屋に響く。イベントの開始を今か今かと待ち望み、画面を食い入るように見つめていた非参加者達は抑えた声で歓声を上げる。

 何時も以上のテンションの高さを見せながら、和美は今回の企画のルール説明を始める。

 

「参加者は我こそはという強者のみ! 既に参加者の一人が中庭にいるぞ!」

 

 その瞬間、テレビ画面が上下三つずつ、計六つに分割され、ライトアップされている中庭の映像が映し出された。無駄に凝っているが、その信じがたい技術の高さもまた3-Aたる由縁の一つなのかもしれない。

 画面の一つに中庭を歩く金髪の少年の姿が映っていた。

 

「さて、誰が最初にアスカ君に勝負を挑むか! 実況は報道部、朝倉がお送りします!! では、スタート!!」

 

 ゲームの開始を告げた和美は、マイクのスイッチを切ってパンパンと軽く叩いて音が漏れていないことを確認して近くの棚に置く。

 超らの協力で設置したテレビ類がある部屋で、今回の片棒というより主犯に視線を向けた。

 

「アスカ君に何の事情も話してないけど良かったの?」

「構わねぇだろ。アスカの兄貴も分かってくれる」

 

 和美の懸念は、空き部屋を勝手に利用していることもあって煙草の煙はマズイと考えて咥えているだけのカモには届かない。

 

「刹那の姉さんと龍宮の姉さんが出てくんなかったがそれは高望みだ。お仕置きは覚悟の上。今は少しでも足掻いておかねぇとな」

 

 

 

 

 

「う、うぅ――――ッッッ!!?!?」

 

 カモに中庭に呼び出されたアスカは、麻帆良女子中等部の男版のジャージに包まれた背をぞくぞくと這い上がる冷たい悪寒が走り抜ける。思わず立ち止まって辺りを見渡す。

 

「まさか風邪か? いや、そういうのとはまた違うような気が。それに中庭全体にギスギスというか、まるで戦場のような雰囲気が漂っている……………何故?」

 

 ホテル中が肉食獣を放したようにピリピリしている。それは敵意とも違うが、明らかに『正のベクトル』ではない異様な気配で、無視するには余りにも不気味すぎた。

 

 歩きながら視線を生い茂っている中庭の木々に向けると、あちこちに隠しカメラが設置されていた。元々あったものではなく誰かが取り付けた物だ。何かをしているのが丸分かりである。

 カメラは和美とカモが今夜の中継のために取り付けたものなのだが、アスカはそんな事知る由もない。一応目立たない位置に取り付けられてはいても、時間の経過と共に回復しているアスカの五感は誤魔化せなかったようだ。

 何となく姿が映るのは不味い気がしたのでカメラに映らないように死角に回ろうとしたが、至る所に仕掛けられていたのでそれも叶わなかった。

 

「なんなんだよ、全く」

 

 上空から見下ろせば三角形になっているホテルの真ん中は吹き抜けになっていて中庭は広い。夜であっても自然を楽しめるようにとライトで照らされた中庭は昼のように明るい。

 先程の悪寒もあってこれは早めに部屋に戻った方が良さそうだと判断したアスカは出口を目指して歩く。

 悪寒を感じたのが丁度中庭の中心付近にいたこともあって、出口に歩を進めて伸びている木の枝を避けたところで、首の後ろに鳥肌が立った。

 

「――っ!?」

 

 前後に現れた気配と、続いて生まれた首に走った危機感に従い、脱力して身を下げることで避ける。

 下がった頭の上を手が二本通過するのを見ながら、そのまま流れるような動作で重心を斜め後ろに下げ、弛んだ膝に力を入れて後ろに飛ぶ。

 顔が地面につきそうになるぐらい低い姿勢で回りながら、足から着地して更に一歩、大きく後方に飛びながら顔を上げると、先程までアスカがいた地点に人の姿が二つ。

 

「今のを避けるとは思わなかったアル!」

「やるでござるな、ニンニン」

 

 攻撃を躱わされたことで何かのスイッチが入ったのか、やけに生き生きとした目をした古菲とやたらと嬉しそうな楓の姿。

 真相は簡単。気配を殺して木の幹に隠れていた古菲と、上の葉に紛れていた楓が降りてきて、アスカの首を狙ったのだ。

 二人の力だと首が胴体と生き別れになるかもしれないのに、避けなかったらどうするつもりだったんだろうか。最早、口に出すまでもないような強烈な予感に、だがアスカは何時ものように笑った。

 

「一応聞くが、何の真似だ?」

 

 既に得意の八卦掌の構えを取った古菲と、その隣りに悠然と立つ楓に無駄と思いつつも問いかける。

 

「3-A最強は誰かっていう朝倉発案のゲームアル。最近、試合をしていなかったから勝負を、と」

 

 古菲の即答を聞いて顎に手を当てつつ、楓に真偽を確かめるために視線を向けると物凄く嬉しそうな顔をして頷かれた。

 

「らしいっていえばらしいか」

 

 昨晩のことは知らないが3-Aらしく騒がしかったとネカネに聞いていたアスカは納得を深めつつ、薄らと笑みを浮かべた。

 

「いいぜ。丁度、体がどこまで動くか知りたいと思っていたところだ」

 

 肩慣らしとばかりにコキコキと骨を鳴らしながら好戦的な笑みを浮かべたアスカの懐に疾風の如く飛びこんだ者がいた。

 

「隙ありアル!」 

 

 楓の横を飛び出した古菲が素早い動きで、一瞬でアスカの懐へ入り込んで拳を突き出した。

 まだ戦闘準備をしていなかったアスカ。二人の間では戦うことが決まった時から既に勝負は始まっている。油断している方が悪いと暗黙の了解が出来上がっていた。

 

「隙なんてねぇよ」

 

 古菲の動きに気づいていないと思われたアスカは、見もせずにまるでそこに収まるのが当然だというように広げた掌に拳が収まった。

 古菲も防がれるのを予測していたのか、連続で蹴りを含めての連続攻撃する。

 

「ハイィ!」

「残念」

 

 しかし、確実な一打は入らずに彼女の攻撃を簡単に受け、捌き、避けきるアスカ。

 余裕を持って攻撃を捌くアスカと必死な表情で攻撃を繰り出す古菲。そこには誰が見ても明らかな実力差があった。

 彼女は後ろへ跳び、仕切り直す。

 

「全て避けるアル、か。自信喪失するアルよ」

 

 曲がりなりにも中国武術研究会の部長であり、前年で「ウルティマホラ」で優勝した彼女が一撃も浴びせられずに悔しそうに顔を歪める姿を誰が想像できようか。

 

「ふむ……」

 

 当のアスカは自然と動いていた体の状態をチェックするように拳を閉じたり開いたりを繰り返す。

 

「まだまだアルよ! というより、そっちも攻撃するアル!」

「分かってるよ。大体、体が回復していることも分かった。こっちも行くぜ」

 

 大きく息を吐きながらアスカが構えを取った。

 拳を軽く握り、足を開いて腰を落した姿勢は構えというには大仰なものであったが、古菲は圧倒されるものを感じた。

 最後に試合を行ってから一ヶ月程度しか経っていないにも関わらず、先程の攻防を全てあっさりとシャットダウンされてしまったことから開いてしまった実力差を実感してしまった。

 

「……………」

 

 古菲の得意とする拳法は形意拳と八卦掌。後はミーハーで八極拳と心意六合拳を少しばかり齧っている。形意拳と八卦掌得意というだけあって古菲が取った構えに隙はなく防御に攻撃、どちらも効率的にできるいい構えだ。

 強敵手が弱くなりこそすれ、強くなるのは大歓迎。にも関わらず、古菲の背に流れる冷たい汗の意味は。

 

「来ないならこっちから行くアル!!」

 

 そう言って今度も先手を取って地を蹴り、アスカに向かい一直線に飛び込んでいく古菲。その勢いを利用した拳が顔面目掛けて飛んで行く。

 これを喰らったら一溜まりもないと思う。

 踏み込みから打ち込みまで速さが先程よりも段違いに速い。なのに、アスカは首を僅かに傾ける事によってこの攻撃を簡単に躱す。

 楓が見守る中、果敢に攻める古菲。

 

「ちっ」

 

 攻撃した直後の隙がある自分に攻撃してこないアスカに苛立って古菲にしては珍しく舌打ちして、先程以上の連撃を繰り出す。

 これでもかと何度も何度も古菲が攻撃をけしかけるが、アスカはそれを手による捌きと体移動することによって悉くを回避する。

 

「いいねいいね、背筋にビンビンと来る攻撃だ」

 

 必死に、本当に必死に攻撃を続ける古菲。攻撃してこないのではカウンターも意味がなく、小技では防御を突破できないからと単発の大技をしても無駄なことが分かる。

 攻撃を簡単に払われた古菲は、バク転して態勢を立て直すと今度は中国拳法の八極拳の秘伝である箭疾歩でアスカの懐に入り込もうとする。

 

「だが、足りねぇ。アイツはもっと早く鋭かった」

 

 箭疾歩は構えの状態から僅か一歩で敵へと近づく歩法で、敵の距離感などを狂わし、勢いのついた強力な突きを繰り出すものだが横に回りこまれたアスカによって突きは空を切った。

 

「はぁ、はぁ、なんで攻撃、しないアル」

「ちと思うところがあってよ。気にすんな。それよりももっとその中国拳法を見せろ」

 

 体力には自信のあった古菲だが、自分だけが攻撃をしている状態が長く続いて肉体的にも精神的にも疲れが見えた。攻めてもすべて防がれてしまうのだ。それぐらい力の差は歴然としていた。

 それでも諦めずに踏み込み、更に技を含めての連続攻撃。

 残りの体力を考えずにピッチを最大限に上げたせいか、それとも己よりも実力が上になってしまったアスカに引っ張られるように動きに鋭さが増しているからか定かではないが、事実アスカは避けるよりも攻撃を捌く回数が増えてきた。そして、遂にガードを抉じ開けたのか隙が生まれる。

 

「そこアル!!」

 

 古菲の必殺の一撃―――――と見せかけて途中で止める。

 フェイントに引っ掛かってアスカの両腕が上がった。腕が上がったことで体の中心部の防御が開いた。始めて出来たアスカの隙。

 ここだけが勝機と古菲は自分の体を縮め固めながら肘を体の中心に立て、上がった腕の下に潜りこみながらそのまま踏み込みと同時に肘鉄を繰り出す。

 

「はぁぁ!!」

 

 八極拳、八大招の一つ硬開門である。八大招は相手の動きに対するカウンターの動きの一つのことで、硬開門は相手の攻撃を逸らしながら打撃を加える一連の動きの事である。

 アスカの腕は上に上がっており、防御は不可能。避けられる距離ではない。これで決まるはずだった。

 

「な!?」

 

 古菲は驚いた。確かに当たったはずなのにアスカは存在しなかった。

 

「フッ」

「!?」

 

 息吹が古菲の耳の直ぐ近くで聞こえた。

 アスカの動きは、風に揺れる木の葉のように澱みがなかった。古菲に耳に息吹の音が聞こえると同時に、深く踏み込んだ左足が払われる。

 同時に古菲の背後の空間にごく自然に入り込み、指で服の裾を引っ張り、踵の後ろを踏んづけて残った足で軽く浮いたままの古菲の軸足を払う。まだ左足が宙に浮いたままの古菲は、払われたことで崩れた体勢を立て直そうとした動きと後押しされた勢いのまま、激しく地面に叩きつけられた。

 無様に尻餅をついたまま、古菲は信じられないという面持ちでアスカを見る。アスカは必要最小限のポイントを押さえるだけで相手の重心を崩してみせたのだ。その技の鮮やかさは、まさしく魔法染みていた。

 尻餅ついた所で目の前には拳。つい受け身で腕を使ってしまったので受けることは出来ない。実際に完敗だったので、彼女もこれ以上続けようとはしない。

 

「うし、俺の勝ち」

「……………………降参アル。何時のまにここまでの」

 

 一ヶ月前までの戦績は互角だったはずだ。なのに、たった一ヶ月で二人の間には果てしない差が広がっていることを古菲も認めなければならなかった。

 

「やっぱりアスカは強いアル」

「また戦ろうぜ」

 

 差し伸ばされたアスカの腕に掴まり立ち上がると古菲はニッコリと気持ち良く笑う。

 

「じゃ、次は二人で来るか」

 

 うずうずとした様子でバックステップをしながらアスカは古菲と楓の二人を視界に収める。

 二人掛かりでかかって来いと言われた楓も流石にカチンと来た。

 

「もしや、拙者も加わって来いと言っているのでござるかな?」

「おうさ。もう少し動きたいんだ。俺を退屈させてくれるなよ」

 

 敢えて挑発と分かる言葉を繰り出しているアスカに、楓はそこに込められた飽くなき強さへの探求心を読み取って笑みを浮かべた。

 古菲と視線を交わし合い、場は一気に緊迫し始める。

 高まって行く緊張感にアスカも面持ちを変えて身体を僅かに曲げる。

 

「ハイィッッ!!」

 

 まず先手を取ったのは古菲。楓に一歩先んじて屈んだような構えから頭を一切浮かせる事なく、獲物に飛び掛る肉食動物のように一気に踏み込む。

 そして踏み込みの勢いを乗せて、アスカの胴体掛けて右の崩拳を放つ。成人男性すら容易く昏倒させる威力を持つそれはさながら弾丸のように放たれ、アスカは僅かに体を左に開きつつ突きを払って内側に捌く。

 攻撃を捌いた後、古菲の直ぐ後ろにいた楓の攻撃を避けるために頭一つ分だけ身を屈め、首を刈り取らんばかりのハイキックをアスカの髪の毛を掠める程の紙一重の距離で避ける。

 しかし、楓の攻撃を避けた次の瞬間には、払われた瞬間に体を捻って回転した古菲の左の拳が、アスカの身体を起こそうとボディーブローに近い形で迫っていた。普通なら完全に視界の外から飛んできた拳だが、アスカは楓の攻撃を避けながらも古菲から目を放していない。

 古菲のアスカの腹を狙った拳を掌で受け止め、屈んだ姿勢のままのサイドステップで木に寄ろうとする。木を背負うのは好ましい事ではないだろうが、それでもこの二人の挟撃を受けるよりはマシだと判断したためだ。

 

「ハイッ!」

「はあっ!」

 

 そうはさせないと楓が壁際に先回りして防ぎ、古菲が繋いで拳打、蹴撃と矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける。顎、こめかみ、水月、脾腹、膝、足の甲、一般人なら一発でも貰えば動けなくなりそうな暴力の嵐をアスカは避け、時には捌く事でやり過ごしていく。

 

「ははっ!」

 

 猛攻に晒されながらも楽しくて堪らないとばかりにアスカは笑う。

 

(全く、理不尽アル。二対一で圧倒できないとは)

 

 攻撃を続けながら古菲は心の中で呟く。

 先ほどのように余裕の表情ではなく、少しずつ追い詰めているが笑みは変わらない。

 決して侮っていた訳ではないが、圧倒できていない以上、先程見せた実力はまだ一端でしかなかったようだ。だが、それが面白い。

 

「倒す!」

 

 その為には徹底的に追い詰めて、これ以上ない隙を作る必要がある。その思いの下、古菲の攻め手はより苛烈さを増していく。

 

「おおっ!? こりゃまずいか」

 

 手数をある程度まで抑え、速さと正確性を高めた拳を上下に打ち分け、楓と協力してアスカの意識を全身に散らしていく。

 下段に放たれた右突きを上半身を後ろに逸らしながら捌くアスカ。そうして突き出された腹部に目掛けて、古菲の左拳が最短距離を通って振るわれた。体勢が後ろに傾いている以上、アスカは後ろに下がって避けるしかない。

 

「はっ! せいっ、りゃあっ!!」

「せあぁっ!!」

「むっ!」

 

 後ろに下がったところに踏み込んできた楓の繰り出した膝蹴りを受け止めた所為で、アスカの体が浮き上がる。その瞬間、アスカは己が罠に絡めとられたことを直感した。

 

「しまっ―――」

「―――ハッ!」

 

 楓の攻撃に一瞬だけ古菲から意識を離したことによって生まれた隙。ズンッ、と床を踏み抜く勢いで古菲の足が振り下ろされ、浮いたアスカを越すような勢いで踏み込む。活歩と呼ばれる強大な突進力を誇る八極拳の歩法だ。

 そこから放たれるのは、突進の力をそのまま力に変える肘打ち。一見、何の変哲もないただの突きに見えるが、その実、恐るべき威力が込められている。左肘を突き出すように体全身を捻り、古菲の持てる力の全てが集約された一撃がアスカの鳩尾目掛けて迫る。

 これで詰みだという事実を前にしても、一切気を抜かずに古菲は必殺を込めて肘をアスカに打ち込んだ。

 

「…………え?」

 

 古菲の目の前で吹き飛ばされた筈のアスカは、少しの間だけ空を飛んで空中で見事な後ろ宙返りをし、まるで何事もなかったかのように着地した。着地したアスカは目立ったダメージもなくしっかりと立っており、最適のチャンスと渾身の一撃を受け止められ古菲の目が大きく見開かれる。

 呆然とする古菲を余所に、二人の近くで客観的な視点から見ていた楓にはアスカが何をしたのかが大体分かった。

避ける事も捌くことも不可能と判断したアスカは足に瞬時に気を集めて中空で後ろに飛んだのだ。しかし、それだけでは殆どダメージがないのは説明できないが。

 

「虚空瞬動でござるか」

「――――ハァ、…………ふぅ。残念、違う。攻撃を受けた瞬間、力を抜いただけだ」

 

 空中で瞬動、即ち虚空瞬動をしたと楓は予想するもアスカは息を吐きながら否定する。

 生身だけでは耐えられないと判断したアスカは、打撃を受ける際に極限まで脱力して、風に揺れる柳のように逆らわずに自ら吹き飛ぶ事で大半の威力を殺したのだ。

 

「消力……。まさか私の技を」

「ああ、前に使ってたのを見てたから真似させてもらった。流石に完全にダメージは消せなかったが、使えるなコレ」

 

 古来より中国武術では高級技とされる消力。古菲がアスカに見せたことのある技である。

 

 以前に古菲はアスカの打撃を消力で無力化したことがあった。その時のことを覚えていたアスカは真似したのである。

 見様見真似で消力を成功させて耐えたわけだが、それでも完全に威力を殺すことができず、身体の芯にダメージが入っている。ノーダメージに見えるのはいま追撃されるとノックアウトされるのでやせ我慢しているだけだ。

 

「真似が出来るような技では…………信じられぬ才でござるな」

「それでこそ、アスカアル」

「へへ、戦いはこれからだ。まさかこの程度で止めるとは頼むから言わないでくれよ」

 

 言われて古菲と楓は顔を見合わせ、戦意も十分と示すために構えを取った。

 まだまだやる気十分な二人に笑みを見せたアスカも腰を落す。

 更なる戦いの火蓋が切って落とされる。

 

「待て」

 

 と、思われたが彼らではない第三者の声が落ちそうだった火蓋を止めた。

 

「エヴァ」

「私も混ぜろ」

 

 威風堂々と現れたのは茶々丸を背後に控えさせたエヴァンジェリンである。

 戦いに混ざろうとしているエヴァンジェリンにアスカが言うべき言葉は一つ。

 

「いいぜ。エヴァとも一度やりたいと思ってたんだ」

「お二方の相手は私が」

 

 アスカの横を通った茶々丸は未だ臨戦態勢のままの楓と古菲の前に立つ。

 

「茶々丸が私達とやるアルか?」

「主の意向を邪魔させないのが従者たる私の務め。データベースには各種格闘技のデータがインプットされています。お二人に退屈はさせないかと」

「これはこれで面白そうでござる」

 

 言いながら腰を下ろして腕を上げた茶々丸の構えは堂の入ったものだった。

 それもまた良しと判断した楓につられる様に、楓からも距離を取った古菲は二人を視界に入れながら構えた。

 

「では、始めようか」

 

 エヴァンジェリンが言い放った直後、身に纏う威圧感が増してプレッシャーとなって襲ってくるのをアスカは感じ取った。

 アスカが対峙するは姿形こそ十歳程度の少女だが、無邪気で可愛い女の子には見えない。そのように非力でも、人畜無害でもない。魔法世界にその名を轟かせる悪の魔法使い。ナマハゲ扱いされる「闇の福音」。

 魔力が殆ど使えないからって甘く見るな、とアスカは他でもない自分自身に言い聞かせる。

 

「シッ!」

 

 後ろで三人が激突したのを耳にしながらもアスカは踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中庭で繰り広げられる戦いは朝倉和美の情報基地を通して各部屋のテレビで六つに分割された画面で流されていた。

 分割された画面の一つであっても、そこらのアクション映画よりも迫力のある攻防に、各部屋は大いに盛り上る。

 中国武術研究会の部長を務め沢山の大会で優勝を収めた古菲や、同じ武道四天王と呼ばれている楓の猛攻を捌き切った事や、乱入してきたエヴァンジェリンと茶々丸も合わせてバトルロワイヤルの様相を呈し始めた戦い。

 思いがけない本格的なバトル。エンターテイメントとしては上々であり、下手なドラマよりよほど面白い。 思わず別口でトトカルチョを組んで欲しいと思わせるほどのものだった。

 その中にあって同室の楓と古菲がいないので一人で観戦している龍宮真名だけは違う観点から戦いを見ていた。

 

「ナーデはアスカ君のことをヒーローと言っていた。そして昨夜の彼らは恐らく天ヶ崎先生が作った偽物だろう。今日の様子からしてなにかがあったとも思われる」

 

 灯りが消され、テレビの光だけが部屋を照らす中で真名の意識は別にあった。

 

「馬鹿が。最初から何かが起こっていると分かっていたはずだ」

 

 ヒーロー。瞬く間にクラスに馴染み、エヴァンジェリンすらも虜にした魅力の持ち主。アスカに期待を覚えなかったといえば嘘になる。 

 

「ナーデの目的はコウキの復活。だが、そんなことが許されるはずがない」

 

 ならば、ナーデが言ったように彼女を殺すかと考えた真名は首を横に振った。

 狂気の闇に墜ちたナーデを止めるには確かに殺す以外の道はない。しかし、幼き真名をコウキと共に救ってくれたナーデを殺せるはずがない。

 

「それでも、ナーデを止めるのは私の役目だ」

 

 他の誰でもない同じ男を愛した女であるからこそ、止める役目は真名以外にありえない。

 決心は固めた。決意は出来た。

 

「だが、私にナーデを止めることが出来るのか?」

 

 師であり今も先を行くであろうナーデを力尽くで止められるビジョンを思い描けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 犬上小太郎は目も開けずにうるさい周辺の騒音に眉を顰めた。

 

「うるさいのう」

 

 だが、特になにをするでもなく再び睡魔に身を任せた。

 小太郎が寝ている枝の木の近くでアスカ達の戦いが繰り広げられていたのである。小太郎は気付かなかった。

 

「シッ!」

 

 開始の合図を発せられた陸上のスプリンターの如く、一足の間合いを詰めてアスカが走る。

 文字通りの一歩で縮まっていた距離を一気に踏破したアスカが固めていた右拳を、構えを取っていないエヴァンジェリンのがら空きの顔面に向かって躊躇なく放った。

 

「女の顔面を容赦なく狙うか」

 

 フェミニストを気取る紳士ではないと証明するように迫る拳を前に、感心したようにエヴァンジェリンが笑う。笑いながら握り込んでいた右手の人差し指を弾くように伸ばした。

 なにかが肩に引っ掛かったかと思うと、ぴんと弾ける音が間近で聞こえ、張りを失った何かが生き物のように目前を舞った。

 

(糸?)

 

 光を反射して、至極細い何かがアスカの視界を過ぎった。

 糸に一瞬だけアスカの意識は引き寄せられ、放った拳が避けられたと気づくのが僅かに遅れた。拳を避けたエヴァンジェリンが右手の手の平を広げた視線を取られたことも次の行動を遅らせた要因の一つだった。

 

「悪くないが、正しくもない」

 

 次の瞬間、別の糸がアスカの胴体に絡みついた。

 飛び上がって千切ろうとして、風にも千切れそうな細さでありながらその糸は跳躍を塞き止める。

 エヴァンジェリンは続けざまに右足を軸にして左の足払いを放つ。上半身の攻防に気を取られていたアスカは反応が遅れた。両足が刈られ、アスカの身体が前に傾く。そこを足払いの勢いのままに左回転して、ポケットから取り出して遠心力が付加された鉄扇が襲う。

 

「――――がっ!?」

 

 脇腹を抉る。その中にある内臓さえ破裂しそうな重い一撃――――アスカの意識が一瞬だけ遠退きかける。

 地に足がついていないため、アスカの身体は横に吹き飛ぶ。エヴァンジェリンは追いかけた。広げた右手を前に出し、左手は鉄扇の先端をアスカに向けて後ろに引いた。突きの体勢で地を駆ける。

 吹き飛ぶアスカと身体が並んだ。―――――アスカは苦悶に歪みながらもエヴァンジェリンを見ている。

 エヴァンジェリンは追い越して、身体を向けて横から飛来したアスカの身体の中心に、渾身の力で上から鉄扇を突き落とす。

 次に来る結果を予想したアスカの顔に、先程よりも濃い苦悶の表情が浮かぶ。目が見開かれ、歯を食い縛り、悲鳴すらも忘れて――――エヴァンジェリンが放った鉄扇が、アスカの下っ腹に突き刺さった。

 貫通する衝撃が、内臓を抉る。一点に集中して貫通した衝撃によって吹き飛ばされるようなことはなく、まるで打ち倒される大木のようにゆっくりと落下する。

 しかし、直ぐにアスカはバネ仕掛けの人形のように立ち上がって距離を取る。

 

「痛つつ」

 

 立ち上がったアスカだが、それぞれの手で打たれた下っ腹と脇腹を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。

 

「防御していたか。頑丈な奴め」

「それでも痛いことは痛いっての」

 

 攻撃をした感触で必殺の威力を確信できていなかったエヴァンジェリンは、鉄を打ったような手応えの残る手をプラプラと揺らめかせながらアスカを見る。

 アスカにしても咄嗟の防御が間に合ったのと、攻撃を受けたのが空中であったからこそ必殺にならなかったことを理解している。気を抜けば嘔吐しそうな内臓の痙攣を堪えているだけでも精一杯だった。

 何度か深い息を吸って吐くと繰り返すことで嘔吐感を抑え込む。痛みはジンジンと広がっているが我慢できないほどではない。

 

「糸か。もう同じ手には引っかからない」

 

 糸の正体は既に看過出来ていた。エヴァンジェリンの技能である『人形遣い』の能力のことはネスカで戦った時に経験してあるので頭の中に叩き込んである。次はこのような罠には引っかからない自信があった。

 

「どうかな?」

 

 アスカが踏み込んだ瞬間、エヴァンジェリンが僅かに下がった。条件反射的に離れた距離を埋める為に踏み切る足に力を入れる。それすらも罠だと気づくことなく。

 

「!」

 

 下がった分だけより前に踏み込み、ほんの一瞬だけ間合いを外したことで目算がずれた隙を衝いて、エヴァンジェリンは攻撃の為に伸ばされた腕の内側に掻い潜りその手を掴んで投げた。

 

(ぬっ!)

 

 投げられているのを察したアスカは、浮いた足を跳ね上げて抱え込んでエヴァンジェリンの懐側に掴まれている手を力任せに強引に外す。

 投げられて極められた左腕に僅かな鈍痛を感じながら、アスカは右手で地面を掴み後転の要領で足を振り上げる。

 拘束を外すための回転が強すぎたのか、きりもみしながらアスカの身体は何度も地面の上を転がってザザッと滑るも、何事も無かったように立ち上がる。

 エヴァンジェリンは追撃せず、殆ど動かずにアスカの様子をじっと観察して油断なく構える。

 

「…………魔力が無かろうが強い奴は強いか」

 

 アスカはそう呟くと、しっかりとした足取りで無造作に前に出た。

 近くで楓達が戦っているのを視界に入れたアスカは不用意に突っ込むような愚を犯さず、右半身に構えたまま地面滑るようなすり足で時計回りに動きながら様子を窺った。

 

「魔力を使えないのに凄い技術だ。流石は闇の福音と褒め称えた方がいいか」

「ふん、百年程前に日本を訪れた時にチンチクリンなおっさんに習った体術だ」

 

 純粋に敬意が籠った賞賛に気を良くしたエヴァンジェリンは、鉄扇を開いて扇面に描かれた日の丸を揺らめかせて笑う。

 

「以来、一世紀の間に暇潰しに研鑽を積んでいた。魔力を失ってから存外にも役立っている。何事にも手を出しておくものだな」

 

 一世紀も研鑽を積んでいた、という言葉にアスカは羨ましさを感じないでもない。

 寿命が制限されている者にとっては羨ましい限りの特権で研鑽を重ねたことを意味している。それだけの時間があればアスカにも極められるのだろうかとの疑問が浮かび上がるも詮無きことだと忘れることにした。

 現在のエヴァンジェリンは魔力が封じられて吸血鬼特有の怪力はないといっても、鍛え上げられた武術の腕は如何なく発揮されているので、同じように素の状態のアスカでは突破口が掴みにくい。下手な攻撃は命取りといえた。

 様子を見るのは主義ではない。考えるよりも行動するのがアスカである。

 

「ウダウタ悩むよりも真っ直ぐに突き進んでみなってね!」

 

 踏みしめた足が地面を蹴る音を合図にアスカは駆け出した。木々の間に張り巡らされていた糸を避けるように、直線ではなく緩やかな弧を描くように迂回して。しかし彼がエヴァンジェリンの元に到着する時間は、先の直進に要した時間とほぼ同じ。――――速度が上がっていた。

 

「速い」

 

 前にいたはずのアスカがエヴァンジェリンから見て右横から攻めてくる。

 封印状態で常人よりかはマシなぐらいの能力しかないエヴァンジェリンでは、アスカの動きを目だけでは補足しきれない。

 

「が、見えているぞ」

 

 エヴァンジェリンの視界にアスカの姿は映っていない。しかし、強者になれば視覚のみで動きを補足しているわけではない。聴覚によって相手の足音を、触覚によって風の流れを、経験によって動きの予測を―――――そして第六感で魔力や気を感じ取り、全ての感覚を鋭敏にして相手の動きを捉えているのだ。

 エヴァンジェリンは顔をアスカに向けることなく左に跳ねる。距離を離す間に向き直り、視界にアスカを移す。

 地面に両足を着け、反動を付けて前へ。左を突き出して隙だらけのアスカ目掛けて、エヴァンジェリンは畳んだ状態の鉄扇を突き出す。

 アスカは突き出した左手の勢いを殺さぬまま、くるっと独楽のように左手を追いかけるように回転。遠心力を乗せた右手の裏拳で、迫る鉄扇を弾いて軌道を逸らす。そのまま鉄扇を辿るようにエヴァンジェリンに接近し、下段から膝を突き上げる。

 鉄扇を突き出したエヴァンジェリンにその一撃を防ぐ手立ては無い。ならば躱すしかないのだが鉄扇を持っていない方の手の小指を僅かに曲げる。

 これでアスカの足下にあった糸が足を取らせるはず。なのに、アスカはまるで直上から自分を見ているかのように、足首に絡まりかけていたが避けた。

 

「ちっ」

 

 舌打ちをしたエヴァンジェリンは鉄扇を引き戻しつつ、バックステップ。しかし、ジャージのホックが僅かに間に合わずに弾け飛ぶ。これでもアスカが絡まりかけていた糸を避けていなければ直撃していただろう。

 膝を振り上げているのでアスカも直ぐに追撃が出来ず、二人の距離が離れた。

 鉄扇を持っていると対応できない攻撃があるのでエヴァンジェリンはポケットに直した。今は攻撃力よりも手の万能性が必要だと判断した結果だった。

 直後、同時に踏み込んだ二人の狭間で、腕が、肘が、指が、膝が、足の甲が、行き交う。時には掴もうとする五指の先だけで押し合い、流れを取ろうと激突する。

 打たせない、取らせない、組ませない。言葉だけを聞くと防戦だけをしているようにも聞こえるが、実際には数多の技の応酬と相手の動きの読み合いが繰り返されていた。

 至近距離から打ち出された何発もの突きを全て捌き、頭部を狙ったエヴァンジェリンの肘撃ちを受け止めた。横っ腹を狙ったアスカの膝を受け止めたエヴァンジェリンが接近する。

 が、運動能力で遥かに勝るアスカの次の行動の方が早かった。

 

「む……!」

 

 迫る右ストレート。これを何とか間に合った左腕で防御するも、元々の身体能力の差は如何ともし難く、軽々と吹っ飛ばされた。

 強すぎる一撃に体が泳ぐの自覚したエヴァンジェリンは、その場で体勢を整えるのを放棄して空中で後転宙返りをして足から着地するも、一撃を受けた腕の痺れは取れていない。

 

(基礎身体能力が違いすぎる)

 

 こと打撃においてはアスカの方が勝っていた。基礎身体能力で劣るエヴァンジェリンよりも、一定距離内では予知の如く反応するアスカの行動の方が数倍は速い。

 エヴァンジェリンがほぼ魔力封印状態にあってアスカが身体強化を用いないことで、より互いの肉体の力の差が明確なっていた。

 真祖の吸血鬼として衰えない変わりに成長もしない体。吸血鬼になる以前はただの少女に過ぎなかった彼女の身体能力など、そうなるように鍛え上げられてきたアスカと比べること自体が問題なほどの差。

 更にナギを彷彿とさせるような攻撃に対して予知の如き精度で反応する勘。近接戦闘なれば成程先手を打つように動き、身体能力の差もあってかけ離れた技量を埋めていた。

 

「だが、能力の差が戦力の絶対的な差と思うな!」

 

 アスカが右拳打を放ったと同時に左腕で払いながらエヴァンジェリンが踏み込んで来た。

 今までの攻撃から考えればあまりにも稚拙な大上段からの右手刀。訝しげながらも払われた腕を上げて受けたアスカだったが、脇に減り込む当て身の痛みに自らの過ちに気がついた。

 

「くっ」

 

 過ちの代価のように肺から強制的に息が放出される。

 抜けた酸素がアスカの脳から思考の時間を奪い、生まれた絶好の機会にエヴァンジェリンは手刀を放った右手で受け止められた手の手首を掴む。そしてそのまま手首を持った左腕を回して捻り体重をかけた。

 手首と肘、肩と極まって容易には抜け出すことが出来ない。

 

「イッ!?」

 

 ミシィッ、と極められた手首の骨が鳴る音が響き、一瞬遅れて鈍痛が巻き起こる。思わずアスカは痛みの呻きを漏らした。

 手首は大きな力を出せる箇所ではないので両手で極められてしまえば抵抗できるものではない。無理をすれば折られてしまう。頭の理解よりも即座に動いた体が極められた方向に逆らわずに自ら投げられて力を逃がす。

 自分から跳んだ勢いで極められた腕を外し、宙にある状態からサッカーで言うオーバーヘッドキック染みた蹴りを直上から後頭部目掛けて叩き込んだ。

 極めていた腕を外した段階で攻撃を予感していたのかエヴァンジェリンは危なげなく受け止めたが、それでも不自然な体勢でありながら身体能力に任せたパワーの蹴りに非力な肉体では耐えられず、数歩パワーに押されてたたらを踏んだ。

 エヴァンジェリンが体勢を立て直した時にはアスカも着地しており、更に着地と同時に後方宙返り一回捻りをして距離を取って正対した。

 

「折るつもりだったんだが見事と言っておこう」

 

 エヴァンジェリンは手首を折るつもりで極めたが即座に飛んだアスカに、的確な判断に紛れもない賞賛の声をかけた。

 

「それはどうも」

 

 後少しでも飛ぶのが遅れていたら折られていたことを御くびにも出さず、痛む手首を擦りながら平静とした顔で返す。

 また、両者は殆ど同時に踏み込み、攻防を繰り返す。

 時には身体を重ね、時に身体を崩し、打撃技から掴み技、投げ技、立ち技関節まで、なんのタイムラグもなくスムーズに移行する。足運び、繰り出される一撃、回避動作。一の動作に十の意味と十の偽がかけられていた何もかもが高次元過ぎて理解が及ばない。武道に関わりがなくても舞うように動く二人の戦いに、テレビで観戦している観客達は歓声を上げていることだろう。

 

(腕を取られた!?)

 

 アスカの攻撃を見切って数ミリ単位の距離まで下がって避けたエヴァンジェリン。攻撃のために伸びた動作が戻ると共に踏み込み、右腕を持たれて回り込まれた。踏み込み等が全て一連の動作として成り立っていた。

 エヴァンジェリンの左腕が肩に近い上腕を下から巻き取るように抱え込み、右腕が前腕を長つけるように持っていた。柔道で言えば一本背負いの形に近い。

 アスカが投げられないように背負われる前に腰を捻って技を外そうとして、

 

「!!」

 

 エヴァンジェリンもまた更に体を捻って、連動するように上腕を抱え込んでいた左腕は前腕へと下がって掴み、右腕を外してアスカの顔面へと遠心力で破壊力を増した肘撃ちを叩き込んだ。掴まれた右腕は離されていないので避けることも出来ない。

 

「はっ!!」

 

 攻撃はそれだけでは終わらない。前腕を掴んでいた左腕だけで投げた。

 片手、それも不完全な握りでは完璧な投げにはならず、アスカは投げられても足から着地することが出来た。それも肘撃ちに自分から当たりに行って額で受けなければK.Oしていた可能性もある。

 しかし、肘撃ちによるダメージは抜けておらず、グラグラと揺れる視界を頭に活を入れて無理やり痛みと衝撃で元に戻した。映らなくなった古いテレビを直す右斜め45°方式である。

 

「痛いだろうがっ!!」

「こっちの方が痛いわっ!!」

 

 撃ち合った肘と額を紅くしながら手が届く距離での差し合いが再開された。投げかと思えば打撃、打撃かと思えば関節、関節かと思えば投げと瞬く間に切り替わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しそう、二人とも」

 

 ホテルの自室で優れた武技に見惚れていた刹那は、発せられた声の発生源である明日菜を見た。

 歓声を上げている木乃香も明日菜とは反対側の隣にいるが、誰もが戦いに見入っている

 戦いを重ねる間にもエヴァンジェリンの技からは長年溜まっていた錆が抜け落ちていく。幾ら打撃で勝っているといってもアスカも投げでは五歩も十歩も劣っている。

 気を抜けば一気に勝負を決められる状況において、投げを警戒して今一歩踏み込めていなかった。互いに起死回生の一打を打てず、戦況は硬直状態に陥っていた。

 二人は何十合と鬩ぎ合う。一挙手一投足が舞のように洗練されている。一歩間違えれば致命傷を負いかねない――――目を背けたくなるような暴力の激突だというのに、鬩ぎ合いは目が離せないほどに美しかった。

 

「本当に楽しそう」

 

 どこか切なげに戦いを見つめる明日菜に、刹那はかけられる言葉がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは佳境に突入していた。

 何時の間にか二つの戦いの距離は近くなり、アスカVS楓VS古菲VSエヴァンジェリン&茶々丸という変則的なものになっていた。取りあえず目の前の相手を殴っておけば良いと考えた前者三人の所為である。

 古菲と拳打を交えながらも、茶々丸は楓とエヴァンジェリンを同時に相手にしているアスカを見た。

 目の前の強敵と戦いながらの余所見に、論理と矛盾した意識活動が顕在化するのを感じていた。

 起動して数年だが、茶々丸は奉仕活動の過程で数々の個性的な人々と触れ合ってきた。量子コンピュータを思考中枢に採用している茶々丸は、従来のデジタルコンピュータと異なり、矛盾や曖昧さというカオス的要素を許容して物事を判断できる。

 

(アスカさん)

 

 メモリ内からアスカの映像を取り出す。その厳重にかけられたロックは、それが茶々丸がその映像に対してどれ程執着しているかを表していた。

 戦うことを楽しんでいるアスカは笑っている。

 なのにアスカと戦うことを嫌がっている自分のロボットにあるまじき矛盾を抱え、思考が堂々巡りになる。計算不能というのは機械としては恥ずべき事態なのだが、何故かそれを快く思っている部分がある。期待している、と言い換えてもいい。

 

(私は、壊れてしまったのでしょうか………)

 

 マスターが望むならと分かっていても、アスカと過ごすこの時間が長く続いて欲しい、とも思った。幾らエラーチェックを掛けても発見されたエラーはゼロ。戦闘を続けながら茶々丸は何度もエラーチェックを繰り返す。

 アスカの体が楓に蹴り飛ばされて木の幹に激突した。

 その木の枝には昨夜から悶々としたものを抱えていた犬上小太郎が寝ていた。

 

「んなっ!?」

 

 振動は木を揺らし、枝の上で寝ていた小太郎を起こすだけでは留まらなかった。

 それほど太い枝でもなかったので衝撃で折れ、小太郎の体はあっさりと落ちた。

 

「あ?」

 

 狼狽した声にアスカは幹に打ちつけた背中の痛みに眉を顰めながらも顔を上げた。

 小太郎が落ちているのを見て取ったアスカは、『なんでこいつはこんなところにいるんだ?』と意識の隅で思いながらも焦らずに回避行動を取る。か弱い女ならともかく、まかり間違ってもライバル視している男を受け止めるような趣味を持ち合わせていなかったからだ。

 無様に落ちたら笑ってやろうと考え、慌てず騒がず冷静に数歩分移動する。その下がった場所に虚空瞬動で移動していた小太郎が落ちてくるとは考えずに。

 小太郎にしてもまかり間違ってもアスカに助けられる気はとんとなかったのである。体勢回復よりもまず優先したのが落下位置の移動という辺りが性格が出ていた。

 

「「あ」」

 

 二人の声が重なった。

 小太郎を地球の重力が引きずり落とし、アスカに覆いかぶさるように落ちていく。互いの視線がやけにがっちりと重なるのを、二人は自覚する。

 既に彼我の距離は一メートルをとっくの昔に切っている。

 だが、この程度ならば二人とも十分に行動に移せる距離だった。

 互いの距離を離す為に行動に移った二人。

 

「くっ」

 

 しかし、バックステップをしようとしたアスカの背中に古菲の攻撃を受けた茶々丸がぶつかった。

 

「え」

 

 目の前の小太郎から距離を離すことだけを優先していたアスカは、背後から迫っていた茶々丸に気が付かなかった。茶々丸が無機物であるので気配を発していなかったことにも気が付かなかった原因はあるが。

 ドン、と体重差もあって思いきり押される形になったアスカは吹っ飛ぶ形になり――――。

 

「「―――――っ?!」」

 

 結果的にせよ、空中にあった小太郎を押し倒す形になったアスカの唇が、丁度良い場所にあった柔らかい部位に密着してしまったのである。

 奇しくも二人が唇をくっ付けてしまったのは夕方、和美に魔法を見せるためにカモが仮契約の魔法陣を書いた場所であった。

 土をかけて消したつもりになっていた仮契約はその効果を失っていなかった。

 キス、という儀式を行うことで契約は成された。

 

「あ」

 

 二人がキスしてしまったその様子を、監視カメラを通して見ていたカモの口から火の点いていない煙草が零れ落ち、真横に仮契約カードが現れた。

 

 

 

 

 

 その時、ホテルの複数の部屋で窓が割れるかと思うほどの歓声が沸いた。

 

 

 

 

 

 中庭の空気が凍りついていた。まるで物質化して凍り付いてしまったような状態に陥ってしまった錯覚に陥るほどの固まりよう。

 全員の視線が地面で折り重なって倒れているアスカと小太郎に向けられていた。

 

「「「「………………」」」」

 

 エヴァンジェリンですら一言も発することが出来ない空気の中で、当の一番固まっていた二人の距離がようやく離れた。

 もし、テレビで観戦していたなら離れた二人の唇の間に繋がる薄い糸が見えたことだろう。勢いあまってナニまで入ってしまったかは敢えて語るまい。

 

「……………クククク……………アハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

「アハハハアアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハ!!!!」

 

 ゆっくりと立ち上がったアスカが哄笑し、続くように小太郎が奇妙な笑い声と哄笑がミックスしたような叫びを上げる。

 皆が固まるがその声は徐々に小さくなり、やがて消えた。

 

「「殺す……」」」

 

 静まり返った中庭に二人が漏らした呟きだけが響く。

 

「ア、アスカ?」

 

 明らかに様子のおかしいアスカ達に、代表してエヴァンジェリンが恐る恐る話しかける。

 

「「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!!!!!!!」」

 

 瞳から光沢が消えて表情の無い二人は、同時に監視カメラの方を向くと笑顔でたった一言。

 

「「……アハ……♪」」

 

 その口はニタァ、と三日月の形に開き、身体からはどす黒い暗黒のオーラを放っていたと現場を目撃していた少女達は後に語る。

 

『アーメン…』

 

 ゆらゆらと不気味に身体を揺らしながら中庭から去っていく二人を見て、テレビで観戦していた者達は和美に訪れる地獄を思い、胸の前で十字を切って冥福を祈ったという。

 その日、クラスメイト達はテレビの電源を落して布団にもぐりこんで固く耳を閉ざしていたという。

 教師が呆気にとられるほど静まり返ったホテルに和美とカモの絶叫だけが何時までも響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 和美主催のゲームに騒ぐ級友達から離れて部屋を抜け出した二人の少女。ホテル内を見回りしている教師に見つからないように進む宮崎のどかと綾瀬夕映。

 

「ゆ、ゆ、ゆえ――――」

「ネギ先生は私の知る中でも最もマトモな部類に入る男性です。アスカさんや犬上君のような乱暴者よりも、のどかに似合うのはネギ先生のような知的なタイプです。あなたの選択は間違っていないと断言しますよ」

 

 夕食後にネギからのどかに告白の返事をするから裏庭に来て欲しいと呼び出しを受けていたのだ。本当ならのどか一人が呼び出されたのだが、心配になった夕映が付いて来たのである。

 呼び出しにしても明日の早朝だったのに、わざわざネギに会って今日に変更させたのは一刻も早く答えをのどかに伝えさせるため。

 

「ゆ……ゆえ……」

 

 親友の励ましにのどかの胸が熱くなる。

 

「さあ、行くですよのどか」 

「うん!」

 

 廊下の角から先を見て教師がいないことを確認している夕映の言葉に強い返事を返す。

 途中でクラスメイトが泊まっている部屋から歓声が上がったりして、騒ぎすぎに生徒に注意をする新田と千草の怒号が響き渡る中を二人の少女達が進む。

 ドアを開けて少女達が目的地に着いた時、既にネギは待っていた。

 

「ほら、のどか……」

 

 ある程度近づいたところで足を止めた親友の背中を押す。

 

「あ、ネギ先生」

「……宮崎さん……」

 

 直ぐ近くにいた人を見て、少し距離を置いてお互いに見詰め合う。顔を見合わせた途端、告白したされた二人は気まずそうな表情で向かい合う。

 

「あの……お昼のことなんですけど…………」

「えっ……い、いえ―――あのことはいいんです…………聞いてもらえただけで―――」

「すいません……宮崎さん…………ぼ、僕……まだ誰かを好きになるとか…………よく分からなくて」

 

 慌てまくるのどかは答えを聞くのが怖いので止めようとするが、ネギの方も止まらない。

 ネギは今の正直な自分の想いを口にするが、中学校の教師をしているとはいえ、彼はまだ数えで十歳の子供なのだ。確かに知能面では大人顔負けではあっても、昔から魔法に傾倒し過ぎた事もあって情緒面では同年代に圧倒的に劣る。つまり、ネギは初恋どころか異性に興味すら抱いたことがなかったのだ。

 それは相談を受けたアスカも同様らしく、具体的なアドバイスを貰うことは残念ながら出来なかった。貰えたのは助言だけ。

 

『助けたのはネギだけじゃないってのは言って向こうも承知しているなら、断ったら相手を傷つけるとか教師と生徒とかそういうことを考えるんじゃなくて、思ったことを純粋に伝えるのが一番いいと俺は思う』

 

 立場や相手の気持ちになってしか考えていなかったネギにとってアスカの助言は目に鱗だった。

 それからネギは必死に考えた。自分がのどかをどう思っているか、立場や相手の気持ちを考える前に自分の心に問いかけた。上手く形になっているとは言い難いが告白に対する返事は決まった。

 

「いえっ……もちろん宮崎さんのコトは好きです。で、でも僕、クラスの皆さんのコトも好きだし、いいんちょさんやクラスの皆さん、そういう好きで……あ、それに、その、やっぱり教師と生徒だし…………」

「い、いえ……あの、そんな、先生――」

 

 のどかは自身の考えが纏まっていないのか、時々詰まりながらに思いつくままに話しているネギを止めようと声を掛けるが、一杯一杯で彼女の声は聞こえていないようだ。

 

(そうですね。まだ十歳なのですからこれが普通でしょう。私は何焦っていたのでしょうか)

 

 それを聞いていた夕映は、自分が先走ったのだと悟って反省する。しどろもどろになりながら答えるネギを見て、如何に教師をしていようが十歳の子供に過ぎないのだとようやく理解できたのだ。

 

「だから僕、宮崎さんにちゃんとしたお返事できないんですけど……その……――あの、と、友達から……お友達から始めませんか?」

 

 ネギは俯きながら話していた顔を上げてまっすぐとのどかを正面から見据えて、意を決して自分の気持ちをのどかに告げた。

 真っ赤な顔でのどかにマジメに話すネギに夕映はネギの言い分に納得している。のどかも今のネギにはこれが精一杯の返事であろうと思い、嫌われていないとことは分かったので、返事は保留という形だが今はこれで十分。

 

「はいっ♪」

 

 ネギの言葉にのどかは充分に満足できる答えなので、まず一歩ネギとの距離が近付いた事が嬉しくて満面の笑みを浮かべていた。

 夕映もホッと一息し、片手に持った超神水という何の味がするのか非常に気になるジュースを飲み始める。

 

「えーとじゃあ、戻りましょうか」

 

 幾らハワイが温暖な気候だといっても夜は少し肌寒い。人に知られないように密会場所を屋上に選んだが少し失敗だったかもしれない。

 

「は、はい」

 

 そう言って歩き出すネギ。のどか達もそれについて行くが、そこで夕映は一計を案じてのどかの足に自分の足を差し出して引っ掛ける。勿論、そうなれば決して運動神経が良いとはいえないのどかはバランスを崩し、ネギのいる方向に倒れ込む。

 

「あっ!?」

 

 このままでは倒れそうなのどかに気付いたネギは支えようとするが、元より運動神経が良いわけではないので一緒に倒れ込んでしまう。

 結果としてのどかがネギに馬乗りになるような形で地に倒れ伏す。夕映としては抱き合って良い雰囲気なればぐらいの行動だったが棚から牡丹餅だった。

 

「あっ………すすすす、すいませっ……!!」

「い、いえ、あのこちらこそ……」

 

 慌てて離れて真っ赤になり謝るのどかと、同じように真っ赤になりつつフォローするネギ。

 

「ほら、何時までやってるですか。早く戻るですよ」

 

 微笑ましい二人を夕映は促したのだった。

 二人と別れ、そしてネギが自室に戻るとそこには地獄絵図が…………。

 

 

 

 

 


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