あれ? バカテスあんまり関係なくね? とは言ってはいけない回です(笑)
「3番さんに抹茶パフェ2、餡蜜2! 6番さんに最中セット1、ぜんざいセット1!」
「はいよー」
店内に注文を伝える声が飛び交い、そしてすぐにその声も店内の喧騒に飲み込まれていく。空きテーブルや空きカウンターはまばらに見えるものの、これだけ賑わっていれば喫茶店としては大繁盛だろう。
その喫茶店の名はアルカンシェル。路地近くという立地にありながら駅前にあるラ・ペディスと文月生や周りの学生の人気を二分する喫茶店である。そして、現在の佳史のバイト先でもあった。
「って佳史! お前も運べや! 作るの早ぇんだから余裕あるだろ!?」
「店長ー、これ特別給出ないとやってられないッス」
「ふふふ、仕方ないわね」
「聞けよ二人とも! というか店長!? アンタはアンタでさっさと動いて!? 常連さんと世間話してる場合じゃねぇよ!?」
そしてついでに将も働いていたりする。ちなみに店長の名前は不明である。気付けば店長と二人とも呼んでいたが、どうにも鉄人こと西村先生や高橋先生の同期らしい。たまたま訪れた高橋先生がそのようなことを口走ったのを佳史は覚えていた。
しかし、それ以降は一切の隙を見せることはなく、アルカンシェルの店長で鉄人と高橋先生の同期であること以外は美人な淑女系S女性であることくらいしかわかっていない。
そして、将の必死の説得もあり、渋々ながらも二人がフロアの仕事もこなしてようやく客足が途絶えてきた時だった。
「それで、二人とも学校はどうなの?」
カウンターに座って組んだ手の上に顎を乗せ、ふわりとした笑顔を皿洗いしている二人に向けながら店長が二人に問いかけた。
「楽しいですよ。俺は毎日快適ですし。家よりいい設備ですし」
「ふふ、佳史くんは?」
「聞いといてスルーは酷くねぇ!?」
将が自らの扱いについて涙する中、佳史は手を止めずに少し考え込むと、ゆっくりと口を開く。
「ダルい」
「あら」
「教師は所々クズが混ざってやがるし、学園長は妖怪だし、バカは多いし、ストーカーはいるし、変態だらけだし、学園長は妖怪だし……」
「あらあら」
つらつらと不満を口に出して露にする佳史を、それでも慈愛の目で見つめる店長。完全にスルーされた将はバイト辞めようかな……、と半泣きである。
「けど……不思議と学校辞めようって気にはならねぇな」
「……ふふふ」
「……ねぇ、皿洗い終わったんだけど。そろそろ上がりなんだけど。帰っていいですかねぇ!?」
その後、二人は店長手作りのまかないを貰うと、寮に帰って行くのだった。
……あ、ちなみに将は店長が抹茶パフェ(525円)を奢ると機嫌を治したとか。
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「……遅いな」
「……戦争再開まで、後30分」
次の日の朝、Fクラスで戦争再開のチャイムを待っていた佳史達だったが、一つだけ問題が発生していた。戦争再開間近になっても、木下優子がいないのである。
念のためにAクラスに顔を出して優子が来ていないかを確認してみたりしたのだが、Aクラスには来ていない。門番の鉄人に聞いてみると、そもそも優子を見ていないという。欠席かと思って秀吉が木下家に電話してみても、むしろいつもより早く家を出たという。いよいよもってあやしいことになっていた。
戦争自体はほぼFクラスの勝ちに傾いているので問題ないが、どうにも不安感が巻き付いて離れない。
「根本がまたやらかしたのかな……?」
「いや。あいつは何だかんだで犯罪の一線だけは越えていない。というかあいつは自分以外に責任や被害がいくことは滅多にやらない」
「道に迷っているんでしょうか?」
「姫路、流石にそれはないと思うぞ……」
戦争再開のチャイムが鳴る。だが、何かありそうな不安感が拭えないFクラス主要メンバーは行動を起こせない。
~~~♪
『『っ!?』』
不意に、携帯の着信音が響く。何かあるかもしれないと鉄人に許可をもらってマナーモードを切っていたのだが、どうやら当たりだったようだ。
その着信は佳史の携帯で、佳史は携帯の画面を見ると、すぐさま机に何かを書き、自身は教室を飛び出して行った。
「け、佳史!?」
「佳史くん!?」
明久や瑞希は急に出ていった佳史を驚いた目で見ていたが、雄二だけは違った。食い入るように机を見ると、誰に話すでもなく呟く。
「……どうにも、面倒なことになったみたいだな」
机には、『鉄人に俺をつけさせろ』とのみ、書き捨てられていた。
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「(さて……どうしたもんか)」
佳史は文月学園の前の坂を抜け、商店街を走りながら頭をフル回転させる。
ついさっき佳史に届いたメールは、アドレスこそ優子のものであったがその内容は『皐月町』という簡単なものだった。普段ならば無視していたくらいの雑なメール。だが、状況が状況だけにとてもではないが無視などできるはずもない。
警察に知らせ、皐月町を調べてもらう……下策。誘拐までする相手が逆上すると何をしでかすかわからない。
知り合いに手伝ってもらう……保留。最悪使うが、迷惑はかけたくない。
鉄人に任せる……無謀。そもそも戦争中止が前提。書き置きはしたが難しいだろう。
頭の中で次々と考えを浮かばせては却下していく。佳史と言えどもまだ高校生だ。流石にパニックになっているのか当たり前の考えしか出てこない。
内心で舌打ちをしながら、佳史は皐月町の方へと走るのだった。
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「ダメだ」
一連の出来事を少しぼかして説明した後、雄二達に帰ってきた鉄人の言葉は否定だった。
「鉄人!」
「だから、事情を話せ。ただ単に雑賀がそう言ったからといっても俺は納得できん。ただでさえ今は試召戦争中なんだ。俺がいなければ色々差し支える」
理由はもっともだ。鉄人はある意味試召戦争の要である。彼がいなければ脱走者が出、ルール違反者は続出し、最悪負けてもゴネる者も出かねない。それら全てが鉄人の存在によって無くなっている。故に、鉄人は動けない。
加えて、鉄人は国家公務員の社会人である。そう易々と職務を放棄できるわけもない。かと言ってバカ正直に鉄人に理由を説明すれば警察沙汰になる。佳史が警察を呼べと書いていなかった以上、何か考えがあるのだろう。それを崩す訳にもいかない、と雄二は考えていた。普段切れ者という言葉すら生ぬるい佳史という存在のイメージが、佳史がパニック状態である可能性を雄二の頭の中から消してしまっていたのだ。
「……話がそれだけなら、すまないが俺は戻るぞ」
「ま、待ってください西村先生!」
「お前らに何かがあるというのはわかる。だが、俺はそれだけでは動けない立場なんだ。事情を説明出来るようになったらまた呼べ。話を聞いてやる」
そう言って鉄人は雄二達に背を向ける。その背中に雄二達は必死に声をかけるが、鉄人は聞き届けない。聞き届けられない。
「いや、もう少し待ってください西村先生」
そんな中で、雄二達とは逆方向……教室の入り口から声が聞こえた。その場所にいた人物は……
「根本!? お前どうして……」
「いつまで経ってもお前達に動きがない。それどころか学園から出ていった雑賀以外に誰も出てこない。それで変に思うなって方が無理だ。念のためにクラス全員引き連れてFクラスの前に来てみたら大声が聞こえたんでな。始めは待ち伏せしてやろうと考えたんだが……」
教室から入って来たのは根本だった。だが、普段雄二達に接する時とはとはまた違う不機嫌そうな表情であった。
「もう少し待てとはどういうことだ根本?」
「……今日に限り、俺達はFクラスとの停戦を承諾する」
根本の言葉に、クラスを問わず全員が瞠目する。
「これで問題ないでしょう?」
「出ていけるだけの理由がない」
「ああ、それなら……雑賀が出ていったってことは木下優子辺りが拐われたんでしょう」
「!? っおい根本!!」
雄二が根本に詰め寄り胸ぐらをつかむ。何せ今までの苦労を水の泡にされたのだ。
案の定、鉄人は携帯に手を伸ばし、警察に連絡しようとしている。
だが、それを止めたのも根本だった。
「西村先生、警察に連絡するのは多分逆効果ですよ」
「何故だ?」
「恐らくですが、犯人は竹原元教頭ですから」
根本の言葉に、鉄人は手を止める。
「……どういうことだ?」
「昨日、竹原元教頭に会ったんですよ。『坂本や雑賀に復讐したくないか』ってね」
断ったがな、と付け加えて根本は言葉を切る。鉄人は一瞬目を伏せると、目にも止まらない速さで教室を飛び出して行った。恐らく佳史の方へと向かってくれたのだろう。
「……何が目的だ?」
残された雄二が、根本を睨みながら言う。根本を疑わずにはいられなかったのだろう。
対する根本は嫌そうに雄二に目を向け、ゆっくりと話始める。
「お前らを潰すのは俺だ。八つ当たりだろうが、逆恨みだろうが、俺がお前らを潰す。絶対にだ。
……卑怯者にも、卑怯者なりのプライドってヤツがあるんだよ。お前らは気に入らねぇ、が、竹原も気に入らねぇ。だから竹原から潰す。それだけだ」
そう言い残して、根本はさっさと教室を出ていく。雄二達はしばらくポカンとしていたが、すぐに鉄人を追うために教室を飛び出すのだった。