ハイスクールD×D 精霊と龍神と 作:きよい
オーフィス……。
話したい。側にいたい。いま、目の前にいるのに。なのに。
アザゼルには多少知られているとはいえ、サーゼクスさんは知らない。この人の前でオーフィスと親しく話すのは誤解を生みかねない。
残念だけど、ここは無視するべきなんだろう。
もう無難に再会のあいさつは済ませた。だから、ここでまたお別れだ。
オーフィスに背を向け、イッセーたちのいる宮殿へと向かおうとする俺に、アザゼルから声がかかる。
「カイト。悪いな」
「……なにがだ?」
「おまえとオーフィスのことだが、俺が知ってることはサーゼクスとミカエルには話してある」
「なに!? 話したのか、俺たちのことを!」
サーゼクスさんの表情をうかがう。ここで俺もろともオーフィスの相手をするつもりか?
「そう構えなくていい、カイトくん。キミのことは信頼しているから、オーフィスと関わりがあったとしても私はなにも疑っていないさ。それどころか、キミがオーフィスをこちらに引っ張ってくれればとさえ思っているよ。なに、心配しなくていい。安心して話してくれ」
「本当に、疑わなくていいんですか? 俺が『禍の団』に寝返る可能性だってあるでしょう?」
「それこそありえないよ。私の知るキミは、そんな人物じゃない。カイトくん、私の――私たちの知っているキミを押し付ける気はないが、聞いてくれ。私たちは誰一人、キミの行動を疑っていない。それはいままで起きた事柄に対しての活躍もあってこそだが、なにより信じているよ。仲間であるキミのことを」
そこまで評価されてたなんてな。うれしい限りだ。
まさかサーゼクスさんから『仲間』なんて言葉を言われるとは思ってもなかった。それだけで十分だ。この人はやっぱり、俺が信頼するに値する人だ。そして。俺が悪魔の中で唯一、頭を下げる方だということがわかった。
「まあそういうことだ、カイト。いまこの場にいる奴誰一人として、文句は言わせない。いいところは全部サーゼクスに持ってかれちまったがな」
アザゼル……。
「タンニーン。悪いがここは目を瞑ってもらいたい」
サーゼクスさんが、イリヤとクロを守っていたタンニーンにそう願い出る。
「もとよりそのつもりだ。オーフィスを止めれる者がいるなら喜んで見守ろう」
「そうか。聞いての通りだ、カイトくん。もうこの場にキミを縛るものはなにもない」
サーゼクスさんの瞳が、「存分に」と告げていた。
ここまでされて動かなかったら、この人たちのためにも申し訳ない。
「ありがとうございます! 正直、今回は無理だと思いますが、必ずオーフィスを取り戻します」
そう、取り戻す。『禍の団』には渡さない。オーフィスは俺の家族だ。
「というわけでオーフィス。俺のとこに帰ってくる気はないか?」
俺たちのやり取りを無表情で眺めていた彼女に話しかける。
「無理。いまの我、目的ある。そのために、蛇渡した」
「目的ってのはやっぱり」
「――静寂な世界。故郷である次元の狭間に戻り、静寂を得たい」
それは知ってる。でも、俺の家に居ることはそれを実行に移したことはなかった。
つまり、そのときが来たとでも言うのか?
「わからないな、オーフィス。もう少し待てないのか? 俺がなんとかするそのときまで、待てないか?」
「わかってないのはカイト」
「俺が、わかってない? なにを……」
オーフィスと向き合っていた俺は、不意にオーフィスの姿を視界から失う。
その直後、至近距離で黒髪が舞った。
「我、カイトのこと大事。だから、危険な目遭わせるの勧めない。次元の狭間に戻ればそれもなくなる。カイトの手を借りずにそれ実行すれば、なにも起きない」
「……」
次にオーフィスを視界に納めたのは、俺の体にピタッと抱きついたときだった。
そのときにはもう、言葉を失っていた。なにも言えなかった。
あのオーフィスが、そんなことを考えていたと、誰が想像する? 神すら手が出せない存在だぞ。そんなこいつが、なんで……。
「カイトが言うように、我もカイトのこと家族だと思ってる。だから我、危険なこと起きる前に帰る」
満足したのか、抱きつき回していた手を離し、俺から距離をとった。
「カイト。カイトはもう関わるべきじゃない。我が与えた力をもって、アンラ・マンユにのみ集中するべき」
言い残された言葉は、別れだった。家族と言われ、俺のことを気にかけたあいつの言葉は、別れだった。
アンラ・マンユに集中するべき。これはもう、この争いに干渉するなという意味だろう。
もう俺たちを気にすることなく、オーフィスは去っていく。
このまま行かせていいのか? 次に会える保障はないぞ。でも、いまのあいつになにを言っても帰ってこない。だから。だからせめて――。
「ふざけるなよ!」
――言いたいことぐらいは言ってやれ!
「なに勝手に決めてんだよ! 俺はおまえをもう一度あの家に迎え入れてみせる! そう決めた! 危険な目に会うのは勧めない? もう関わるべきじゃない? 悪いが却下だ。とことん関わってやるよ。おまえが帰ってくるの、待ってるからな」
言い終わるが早いか、オーフィスは姿を消した。
消え去る瞬間、あいつは俺の声を聞いていただろうか? いや、聞いてないはずがない。
言ったからには実行だ。
手始めにディオドラでも蹴散らすか。俺のオーフィスの力を利用した奴だ。許せん。というか力を返したとしてももう許さねえ。
「さて、すいません。そういうわけですからオーフィスの件はもう少し時間をください」
「わかった。それではカイトくん。ここに来たからには協力してもらうよ」
「当然です」
そもそもここにはイッセーたちの救援と、ディオドラを潰しに来たのであって、いままでの行動がイレギュラーな状態だったのだ。
「では、リアスたち眷属の救援に向かって欲しい。キミの仲間だ。頼めるね」
「はい。自分の中で、答えは出ています。彼らは俺の仲間です。やるべきことをします」
サーゼクスさんは俺たちのここ数日の状態を知ってるっぽいからな。やはり心配ではあるんだろうな。
「来たからには義務を果たしますが、俺個人の意志として行動します。イッセーたちは任せてください」
返答はいらない。
聞きたいことは聞けただろうから。これ以上の会話は必要としない。
ここからすべきことは、行動で示す。
「イリヤとクロを頼みます!」
「カイト! これまでに今回の首謀者であるクルゼレイ・アスモデウスはサーゼクスが消した。残り一人! 旧ベルゼブブの子孫が残っている! 注意していけ」
「了解!」
アザゼルから情報が入る。
首謀者はあと一人。そいつも蛇を貰ってるだろうから、見つけたら消してもいいよね。
さあ、まずは目下のディオドラ! 待ってろ、すぐに潰してやるから!
移動速度がどんどん加速していく。
そして俺は、神殿に向かった。
そのころイッセーたちが、アーシア救出のためディオドラとその眷属と戦闘を繰り広げ、すでにディオドラと戦闘中であることを知らなかった。知っていたなら、イッセーとディオドラの一対一の戦いに横槍を入れたりしなかったのに……。
しかし、時すでに遅く。
ドゴォォォォォンッ!
壁をぶち破り、ディオドラがいると思われる部屋に進入する。
そして、その存在を発見する。
「……いた」
そこからの行動は、我ながらはやかった。
黒い魔力を拳に纏わせ、一発。ディオドラに肉薄し、その右頬に突き刺す! 俺の一撃と同時に、赤い魔力を纏った拳が、ディオドラの左頬に突き刺さった。
「あ、が……?」
なにが起きたかわからないであろうディオドラは、奇妙な声を漏らし真上に回転しながら吹っ飛んでいった。
「さあ、オーフィスから蛇を貰ったクソ野郎! 報いを受ける時間だぜ!」
「アーシアを傷つけたクソ野郎! てめぇだけは絶対に許さねぇッ!」
拳を放つタイミングだけでなく、台詞を叫ぶときまで重なるか。ったく、本当にここ数日はなにやってたんだかな。ここまで息ピッタリの相手を無視していたとは。
「カイト、おまえなんで……」
ようやく俺の存在に気づいたそいつは、困惑した表情を見せていた。
だから俺は、こう言ってやった。
「ようイッセー。おまえたちを助けに来た」
それが俺とイッセーの、十日ぶりの会話だった。