ハイスクールD×D 精霊と龍神と 作:きよい
病室の前につくまで、何度再生されただろうか。
レーティングゲーム中の匙の言葉は、それだけ本気の思いが込められていた。
頭には、それが残ってる。でも、特別共感できたわけでも、心に響いたわけでもない。
響くはずがない。あれは匙だけの思いだ。あいつが掲げる思いは、俺とは違う。
あいつらに届いても、俺だけには届かない。
一人のためだけの思いじゃないから。
でも、そんな『仲間』の様子を見に行くのは、悪いことじゃないだろう。
仲間の様子を見に来た理由なんて、必要ないんだから。理由がないと見に来ないなんて、仲間に失礼だ。
「失礼しますよっと」
だから俺は、なんの遠慮も迷いもなく、病室の扉を開いた。
ベッドの上には、すでに起きていたのだろう。
匙が上半身を起こしていた。
「よう、匙」
「……カイトか」
「悪かったな、愛しの会長じゃなくってよ」
冗談めかしてそう言ってやった。
ただ、匙は「ああ、そうだな……」なんて言って落ち込んだ様子を覗かせるだっけだった。
会長ネタで慌てないのは珍しいな。
まあ、落ち込んでる理由も、わからなくはないんだが。
「ゲーム、見てた。力だけなら、やっぱりグレモリー眷属の方が数段上だ。それに今回は、イッセーの禁手もあったしな。事前にわかっていれば対策も練ったんだろうが。流石にゲーム前にそんなこと全部知るのは無理な話だ。いつだって、不確定要素があるもんだ」
隠してた本人が言えた台詞ではないが、いまだけは許してもらおう。
本当に、戦闘もゲームも不確定要素だらけだ。だから、俺が隠してたのも、不確定要素だったとしか言いようがない。
「わかってる。でも、あいつはさらに前に行っちまったってことか……。ゲームにも、負けちまった……」
「うじうじしてんな気持ち悪い。迷ってて格好つくのは女だけだぞ。慰められるのも、女だけだ。そんな情けない表情してないで前向けよ」
「気持ち悪いっておまえ……。そんなすぐに気持ちの切り替えなんかできねえよ。ボコボコにされて負けたんだぞ、俺」
そこが問題か。
それなら多分、俺と見てた上級悪魔たちが注目してたのは匙だったと思うが。
「赤龍帝に負けたものの、おまえの評価は結構高いよ。なにより、上にはおまえが叫んでたことが、結構響いたみたいだ。よかったじゃないか。それとな、俺もよかったと思ってるよ。自分を犠牲にした戦い方は褒められたもんじゃないが、どれだけ本気かはよくわかる」
「犠牲じゃねえよ……」
「おまえにはそうでも、そう映る奴もいるってことだ」
俺はばっさりと、匙の言葉を否定する。あの戦い方は犠牲だと、言い聞かせるように。
「でもな、おまえは正しいのかもしれない。自分の力ひとつであの赤龍帝に立ち向かえるおまえの姿は、見てて観客を沸かせた。イッセーを追い詰めたおまえの姿は、多くの悪魔に勇気を与えた」
「カイト……」
「先生になるんだろ? おまえたちの夢は、笑われるために掲げたわけじゃないんだろ?」
その話題を出したとき、初めて匙の顔にくやしさ以外の表情が浮かんだ。
同時に、俺は匙の言葉を思い出していた。
『俺は先生になるんだ! 先生になっちゃいけないのか!? なんで俺たちは笑われなきゃいけない!? 俺たちの夢は笑われるために掲げたわけじゃないんだ……ッ!』
こいつはそう叫んでいた。
「だから、それ以上先生やる時間を減らす行為はやめとけよ? 本気だったのはわかってる。でも、だからこそ、あのやり方は好きになれねえよ」
「……わかったよ。でも、俺たちは負けたんだ」
「勝者がなにかを得て、敗者は失う。当然だ」
そこまで言うと、匙が何か言いたそうに口を開きかけた。
「でもな、今回は、敗者も得るものがあるぜ、匙」
それを俺は制した。
「注目だ。シトリー眷属とはいかないけど、おまえ自身は結構注目されたぞ。赤龍帝とやりあった、無名の『兵士』ってな。今日でおまえは、大分多くの方々に注目されたんだ。もっと自身を持て。自分を下だと思うな。おまえはもっと上を目指していいんだよ。それでも不安があんなら、俺のとこに来いよ。いつでも修行に付き合ってやるから」
「どうやら、カイトくんにすべて言われてしまった後みたいだね」
それに匙が応えるよりはやく、後ろから声がかけられる。
なんだ、来たのか。
「サーゼクスさんですか。どうかしたんすか?」
振り返るまでもなく、声の主が誰かわかった。
「カイトくんが来ていたんですか」
一応確認してみると、会長もサーゼクスさんに続くように病室に入ってくる。
「あら会長。いやいや、すいませんね。いろいろと」
主にイッセーのこととか。と思いつつもまったく悪びれた様子がないのが俺だったりする。
だから形式上だけだ。
「いえ、むしろカイトくんには修行につきあってもらってばかりでしたから。おかげでみんなの動きがよくなりましたよ」
「……そうですか。じゃあ俺はこれで。ああ、匙」
「おう……」
「さっき言ったことは本気だ。今度、また話そうぜ。――レーティングゲームの先生になれるように」
「……。……ああ、ああ……」
先ほど話の途中から目が潤んでいたのは知っていたが、ここにきて耐え切れなくなったのだろう。涙でくしゃくしゃになりながらも笑顔を向け、おれにかろうじて返答した。
「サーゼクスさん、会長。あとよろしくお願いします」
俺はその涙混じりの笑顔をもう一度だけ見て、その後すぐに病室を出た。
さって、やることは終わったことだし、そろそろみんなのところに戻るか。
俺が戻ると言った場所も、やはり病室だった。
勝ちはしたものの、匙の執念の結果だろう。イッセーもわりとダメージを負っていた。
簡単に言えば、ここはイッセーの病室だ。
「失礼します。イッセー、おめでとさ……ん?」
入ってすぐ、違和感に気づいた。
匙と同じようにベッドに座るイッセー。その横に佇む部長。よし、ここまではいい。
チラリとさらに横に視線を向けると、帽子かぶった隻眼の白ヒゲじいさんと、鎧着たかわいい女の子がいたんだ。
いや、違和感の正体こいつらしかないだろ……。
「部長、イッセー。初勝利おめでとうございます。今回は部長としても満足いく結果になったんじゃないですか? イッセーも、考えることがあったろ?」
「匙のことだよな」
「正解」
「おい待たんか。さらっとわしを無視せんでくれんか」
チッ……。
せっかく居ないものとして扱おうとしたのに。変なのに巻き込まれたくないから。
「仕方ない……。で、あんた誰だよ」
「わしは田舎のジジイじゃよ。カイトで間違いないの?」
「……なんで知ってるんだ?」
「さぁて、なぜじゃろうな」
「気持ち悪い。ストーカーかよ」
「おい待て! 思考が飛躍しすぎじゃろ!」
うるさいじいさまだ。
話が進まない。部長に視線を向けると、それだけで察してくれたのだろう。
「カイト、この方はオーディンさまよ。お兄さまが今回のゲームの観戦に招待していたの」
そう説明してくれた。
なるほど。このじいさんが……。うん、マジでか。
北欧の神々の主神――オーディン。
「フフフ、少しは驚いたか?」
「ああ、驚いた。まさかあんな有名な神がこんなダメそうなじいさんだったとはな。ってことは、そっちの連れは戦乙女のヴァルキリーってことか」
「まあそうじゃの」
それはそれは。あのオーディンが連れているってことはさぞかし優秀なのだろう。
はあ、まさかの遭遇だったぞ。ここで神に会うとか考えてなかった。
「ときにカイト。お主のことは色々こちらまで情報が届いとる。どうじゃ、こちらで勇者として名をはせてみるのは」
「遠慮しとくよ」
「もう少し考える素振りくらい見せい。まあ無理なのはわかっていたこと。悪魔側が居づらくなったらいつでも歓迎しよう」
「そりゃどうも。そういうことなら頭の片隅にでもとどめとくよ」
多分、すぐに、いや。明日には忘れてると思うけど。覚えておく素振りくらいは見せてやろう。
「さて、これでまたおまえの彼氏候補は消えたな。やはりおまえは一人身ということか」
連れているヴァルキリーの肩に手を置き、そんなことを囁く。
「なっ……」
「堅いうえに勇者も増えんとなると……。やはり勇者をものにするのは夢のまた夢かのぉ」
「ど、どうせ、私は彼氏いない歴=年齢の戦乙女ですよ! 私だって、か、彼氏欲しいのにぃ! うぅぅ!」
う、うわー……。二言ほどで号泣しだしたぞ。なにあれ。精神攻撃すれば勝てそう。余裕。マジ余裕。
「あんなんで護衛って務まるのか」
「すまんの。こやつは器量はいいんじゃが……。こんな感じで男のひとつもできない状態での」
答えになってるのか、それ。
「あんた、まだ若いっていうか、俺らとほとんど変わらないだろ。焦る時期でもないんだし、彼氏候補くらいゆっくり探したら?」
泣き崩れていたヴァルキリーの頭に手をのせ、ゆっくりと撫でる。あ、髪すげーさらさら。
近くでみてもやっぱかわいいし。なんで彼氏いないのかね。
「……」
そのまま少しの間、黙りこくったまま俺に撫でられ続けていた。
「ふむ。やはり素質があるやもしれん。欲しい人材に間違いはないな」
じいさんがなにか言ってるが知らん。というかよくわかんない。
「さて、わしはそろそろ行くとしよう」
「行くってどこに?」
「会議です。大切な会議があるので」
声は俺のすぐ正面から返ってきた。ヴァルキリーの女の子だ。
あ、目逸らされた……。なんだ? 話はしてくれるけど目はあわせないってなんだ? 頭撫ですぎて嫌われたか。それともさっきの発言か? ゆっくり探せってのはNGワードだったの?
「まったく、満足そうな顔をしながら言いよるわ。そろそろ行くぞ。わしのお付きのおまえがそんな状態じゃ示しがつかん」
「……わかりました。でも、いつもしっかりしてないのはオーディンさまですから!」
ああ、そんな気がする。
ヴァルキリーの女の子は立ち上がると、病室から出て行こうとしていたオーディンの後へと向かった。
「いまから天使、悪魔、堕天使、ギリシャのゼウス、須弥山の帝釈天とテロリストの対策の話合いじゃ。さて、お主ら。今回はうまくいったかもしれんが、この先も試練だらけじゃろうて。じゃがな、辛いこと以上に、楽しいこともあるぞい。存分に苦しんで前へ進むんじゃな。がむしゃらが若造を育てる唯一の方法じゃよ。――無理のしすぎはよくないがの。のう、カイト。ほっほっほっ」
それだけ言い残すと、じいさんとヴァルキリーの子は病室をあとにする。出て行く直前、女の子が俺を一度確認するように見てから出て行ったのが気になるが。
「部長。俺、あれが北欧の主神だなんて信じたくないです」
「部長、あんなエロじじい俺の敵です」
俺とイッセーの感想が、部長に向け重なった。
というかイッセー、なにがあったんだよ……。
部長なんか苦笑い浮かべてらっしゃる。
まあ、もういいか。とりあえず関係を持ってしまった以上は、有効活用していこう。
さて。
あとは帰ればこの夏の強制冥界旅行も終わりだな。
忘れているかもしれないが、俺が冥界に来ているのは強制的に連れて来られているからなのだ。でも、それももうすぐ終わりだ。
はいすみません。
終わらせるには一話足りませんでした!
次回に持ち越しという形で。