ハイスクールD×D 精霊と龍神と 作:きよい
目を覚ましたイヅナは、辺りを見回して、そして何かを考え込んだあと、ゆっくりと口を開いた。
「ねえ、カイト……。私ね、夢を見てたみたいにおぼろげなんだけど、暗闇の中で、カイトの声が鮮明に聞こえたの」
「……」
「私を想ってくれる声が、聞こえたの」
そうか、そうだったのか。俺の声は、ちゃんと届いていたんだな。
ずっと、届かないのだと、遠くにいってしまった存在なのだと思っていたけど、届いていたんだ……。
「だから、教えて。私の記憶は、カイトをわざと憎むように改ざんされてる。あの日、なにがあったのか、本当のことを教えて」
それは、辛い選択だろう。このまま、知らない方がいいんじゃないのか? いまさっきまであんな目に会ったイヅナを、さらに追い詰めることになるんじゃないのか?
それでも――。
「本当に、訊きたいか? あの日、なにがあって、今日までどうしてきたのか」
考える素振りを見せず、ひとつ首を縦に振る。
そうか、わかったよ。
「あの日は――」
それから俺は、アンラ・マンユ襲撃の際、俺を仲間が逃がしてくれたこと。アンラ・マンユが俺を狙った理由。そして、他の仲間がどうなったのかわからないことを、イヅナに話した。
「そっか……。じゃあやっぱり私がおかしくなっちゃってて、それでカイトを殺そうとして……。大事な仲間なのに、私は……。ごめんなさい、ごめんなさい、カイト……」
涙をぽろぽろ溢しながら謝り続ける。
「気にしなくていいんだって。仲間同士のケンカはよくあっただろ? 今回もそれと同じだ」
「でも……」
「でもじゃねーよ。それにな、俺は嬉しかったんだよ。会えないと思ってた奴に会えたんだからさ。ホント、もう会えないんじゃないかって、思っててさ……」
イヅナにつられたのだろうか? 溜まっていた感情が表に出てきて、俺の頬を一筋の水滴が伝っていく。
「俺を憎んでてもいい。殺そうとしてきたっていい。ただ、無事でよかった……。それだけで、どれだけ嬉しかったか。どれだけ救われたか……」
「カイト……。カイト、カイトぉ」
涙でぐちゃぐちゃになった顔で俺へと飛び込んでくるイヅナ。
彼女にもう、俺を憎む意志は無いんだろう。
これで本当に、元通りだ。
――おかえり、イヅナ。
この状況で口にするのは恥ずかしかったのか、俺でもわからないが、心の中だけでそう呟いた。
「一件落着、かな?」
後ろから声がかかる。ヴァーリだ。
「ああ、多分そうだと思う。ありがとな」
「お、お礼言われるようなことしてないし! あたしはただ通りかかった際にカイトがいたから、本当はカイトと闘おうと思って――」
「ヴァーリは確か『カイトが危ないから行かないと』って言ってなかったかな?」
「――曹操は黙っててよね!!」
おいおい、なんかまたケンカ始まったぞ? いや、放っておくか。ケンカするほど仲がいいって言うしな。
それにしても、あのヴァーリがまさかそんなことで助けに来てくれるとは。俺、誤解してたかもな。
「なあ、ヴァー」
「違うから! あたしはただ、闘ってない強い人が消えるのがイヤだっただけだから」
「そうですか。じゃあそういうことでいいよ」
不器用なことで。
「曹操も、ありがとよ。今回ばかりはおまえらが来てくれなかったらイヅナを取り戻せなかったよ。イヅナもお礼、言っとけ」
「うん。ありがとうございました、御二方。おかげで私も、本来の自分を取り戻せました」
声が震えて聞こえるのは、まだ泣きじゃくってたからだろう。
「……なんだがこういうのは慣れないな。俺はただ異形の相手をしてきただけの人間だからね」
「なら初めての体験ってことで、ここで学べよ」
「……。……そうか、そうだな。たまになら、こういうのも悪くない、かな」
へぇ。思ったよりずっと人間らしいとこあるじゃんか。
「それで、カイト。あたしたちの方へは来る気ある?」
ここでヴァーリがその話をふってくる。そういえば、さっきしたっけ?
でも、
「悪いな。やっぱ俺はそっち側には行けない」
「そっか。まーわかってたよ?」
ならそんな落ち込んだ表情見せるなっての。
「その代わり、おまえたちがこっち側に来ないか、ヴァーリ、曹操」
「「は?」」
「HA? じゃねぇよ。だから、おまえら二人とも『禍の団』抜けてこっちに来いよ」
これは俺の正直な気持ちだ。共闘してみてわかったが、こいつらそこまで悪党ってわけじゃない。この先はわからないが、いま現在はそこまで悪いとは思えないんだよ。
「そんなことしたら、そっちに行った瞬間にカイトの仲間や魔王、堕天使の総督に四大セラフに殺されちゃうか監禁だよ」
「いや、されないかもしれない。というかさせないけど?」
ヴァーリの問いに即答する。
「どういうことかな?」
お、曹操も食いついたな。
「俺は悪魔側の協力者ってことになってんだけど、少し前にサーゼクスさんと契約したんだけどさ。俺の仲間には一切危害を加えないってことになってるんだ。だから、俺の仲間としてこっち側に来れば、それを盾にしてなにもさせやしない」
それはもちろん、イヅナもだ。
せっかく取り戻した仲間だ。サーゼクスさん、あの言葉がウソだったときは、あんたから消すからな。
まあ、サーゼクスさんのことは信頼してるし、滅多なことは起きないだろうと俺も確信している。
「そいつはいい! だけど悪いね。俺たちもやるべきことがあるんだ。まだそちら側には行けないな」
「あたしも曹操と同じだよ。こっちにいた方がやりたいことのために自由に動けるしねー」
ダメか。これは予想通りではあるけどな。
「じゃあ、お互いに交渉失敗だな。とはいえ今日は本当に助かった。冥界に、それも悪魔の領地に居たことは黙っとくよ」
「それ、問題になるんじゃないのカイト」
「さあな? 俺は今日なにも見てないからな。ただ仲間を一人取り戻したこと以外は」
「アハハ、そっかそっか!」
納得したヴァーリは笑ったあと、イヅナを一度撫でていった。
「じゃあね、カイト。今回も闘えなかったけど、次は――」
「はいよ。今日のお礼分も含めて相手してやるよ」
「そうこなくっちゃね! じゃーね」
曹操より一足先にこの場を後にしていった。
「おまえも、行くのか?」
「ああ。結構派手にやったからね。俺の存在がばれる前に逃げるとするよ。じゃあまた。キミとはまた会いそうだからね」
「そうだな。俺もそう思うよ」
その会話を最後に、曹操は霧に全身を包まれ消えていった。
変わった方法もあるんだな。
「カイト、いまのは私を救ってくれた人たちなのに、仲間にしなかったの?」
「ああ。いまはまだ無理だってさ。でもいいよ。今日のところはイヅナが帰って来たからね」
「そ、そう?」
「もちろん。それと、少し真面目な話になるけど、イヅナは誰に記憶の改ざんと、あの力――闇をもらったの?」
「……誰かは、わからなかった。二人いて、一人は名前も呼ばれてなかったし。ただ、闇を私の中にいれた人の姿は覚えてる」
「アンラ・マンユか?」
「違った。三首の龍だよ。自分のことを、絶対悪の存在だって言ってた」
じゃあやっぱり、闇を斬るときに見たあの形は、そいつを表してたってことか。
「……そうか、わかったよ。じゃあ、帰るか。もちろん、今度は一緒に帰ってくれるんだろ?」
「――うん!」
それからグレモリー邸に一度戻って、部長にイヅナのことを話した。
部長はイヅナのことを可愛いと気に入ってくれたみたいで、話は順調に進んだ。サーゼクスさんへの報告は、部長がしてくれるみたいだ。
これで、イヅナが三大勢力から狙われることはまず無いだろう。
そういえば、俺たちの戦闘でメチャクチャにしてしまった森は、あとで直してくれるそうだ。
迷惑かけてスイマセン……。
その後、イヅナを朱乃さんに紹介したが、こちらも可愛いと絶賛された。女の子って可愛いもの好きだよね。
イヅナは俺たちより年下だし、きっと妹みたいで可愛いのだろう。
と、油断してたら朱乃さんが俺にも抱きついてきた。
や、やめて!
他のみんなは各自修行中だからこの場にいないが、戻ってきたら、みんなにもイヅナを紹介しないとな……。朱乃さんを剥がすのを諦めた中、俺はイヅナが戻ってきたことへの喜びで、頭の中がいっぱいだった。
今日はきっと、いい夢が見れる。この夏は、残りの日も、悪夢なんて見ないだろう。
「お兄ちゃん、なんであんな人に抱きつかれてるの? お兄ちゃんにそういうことするのは妹だけだよ? なのに抱きつくなんて、非合理的ィ」