ハイスクールD×D 精霊と龍神と 作:きよい
小猫はやはり、いい顔はしなかった。
俺と話すのがいやなのか、全く関係のないこと――例えば黒歌のことを思い出してるのか。
けど、だからといってなにも話さないわけにはいかない。
様子をうかがうが、ケガがあるわけでもないので、体力的なところでの疲労だろう。
「無理したんだってな。あんまり急いで頑張っても、度を越えれば逆効果だぞ。俺もアザゼルも、そんなことを望んで今回のメニューを考えたわけじゃない。そんなのはイッセーだけで十分なんだよ」
「……」
小猫は不機嫌そうにしながらもなにも応えない。
イッセーはなにかを言いたそうにしていたが、会話を邪魔しないためか、握りこぶしをつくっただけに留めた。
「なんでだ? なんで今回はそんなに頑張るんだ? いや、もちろん頑張るのはいいことなんだけどさ。無理して頑張ったのはなんでだ?」
「……なりたいからです」
消え入りそうな小さな声。気を逸らしていたら聞き漏らしていたような声でつぶやく。
「なりたい?」
「強く、なりたいんです……。祐斗先輩やゼノヴィア先輩、朱乃さん……イッセー先輩、そしてカイト先輩のように心と体を強くしていきたいんです。ギャーくんもきっと強くなってきてます。アーシア先輩のように回復の力もありません。……このままでは私は役立たずになってしまいます……。『戦車』なのに、私が一番……弱いから……。お役に立てないのはイヤです……」
「小猫……」
そうだよな、やっぱりそこなんだよな。祐斗はいい感じだし、イッセーはまだまだ弱いがドライグ――赤龍帝を宿してる。朱乃さんもアーシアも、ギャスパーもゼノヴィアも個々の長所を伸ばしてきてるし、仕上がればまともになるだろう。決心も、ついてきたころだろうか?
その点俺といえば、少し前まで……
「なあ小猫。俺もさ、強くなりたいよ……」
「……十分、強いじゃないですか」
さらに不機嫌ば声音に変わる。でも俺は、話すのをやめない。
「強くないんだよ。俺さ、少し前に無くしたはずの仲間に会ったんだ。でもそいつさ、俺のこと殺そうとしてて、俺が仲間が消えた元凶だって言うんだ……。そんで、俺が死ねば他の仲間は帰ってくる。迷いに迷ったね、あれは」
「答えは……? 答えはもう、決めたんですか?」
「ああ。でもな、それでいいのか? うまくいくのか? 決心したいまでも、揺らぐんだ。求めるものがすぐ近くにあって、手が届きそうなのに、不安で押し潰されそうになる……。そんで、俺の中にいる俺が囁くんだ。『前もおまえのせいで仲間を失ったのに、今回もおまえは仲間を見捨てるのか? おまえの意志次第では、全員救えるかもしれないのに、目の前の一人だけを、救える保障もないのに救おうとするのか?』って」
怖いもんだよな、人の想いってのは。
アザゼルのおかげで決心ついてもこの有様だ。結局、俺は正しいことはなんもわからずに進むしかない。それも、どっちをとっても確証のない道しかないとは……。
「……私も、そうなのかもしれません。うちに眠る猫又の力は使いたくない……。使えば私は……姉さまのように……。でも、弱いままはイヤです……。私は、私はどうすればいいんですか…………」
俺の話を聞いてか、小猫が自身の本当の気持ちを漏らしていく。
小猫は、仲間のために、部長のために役立てないことが辛かったんだろう。かつて俺が、仲間を守れなかったときのように、辛く、歯がゆい思いに駆られていたのかもな。
「俺も、俺にもそれはわからないよ。俺だって、アンラ・マンユを倒しきれるだけの力が欲しい。でもその力はきっと、俺を俺として保てなくなるモノだから、扱いに困る。小猫の問題も、俺の問題も、答えは誰かにはわからないよ」
「それじゃあ! それじゃあ私は……ッ!」
「そう焦るなよ。一歩を踏み出すまでは勇気が必要だ。それも、並の勇気じゃ足りない。ありったけのが必要になる。きっと、この答えがわかる人物がいるとしたら、それはきっと俺たち自分自身だけだよ。自分の全てを肯定しろとは言わない。好きになれとも言わない。でも、向き合うことだけは、自分を認めてやることだけはしてやれよ。それもきっと、勇気になる。大きな一歩になる。俺は改めて自分と向き合って、いま、ここにいる」
俺はそれだけ言い残し、一度小猫の頭を撫でてから、数歩後ろに下がった。
もう言うことはない。黒歌の件はあるが、それをいま話すこともないだろう。
イッセーは……あれ? なんか泣いてる!?
「い、イッセー? どうしんだ?」
「二人の話聞いてたらなんか悲しみと感動が襲ってきてさ……。俺も強くなんないとっていう気持ちが強くなった。俺、自分にしかできないことをやってみるよ」
いい目になった。あいつもあいつなりに、越えなきゃいけない壁と向き合えてきたか?
イッセーはそのまま部屋を出て行った。
「朱乃さん、小猫。俺もそろそろ行くけど、一歩踏み出す勇気が出るといいな。必要なら、俺も手貸すからさ」
二人の返事を待たず、退室する。
あの二人は少しばかり似てる部分がある。似たもの同士なら、案外一緒に乗り越えてくるかもな。他のみんなはどうしてるだろうか?
なんとなくだけど、この夏はイッセー、朱乃さん、小猫。この三人を大きく成長させそうだ。
ちなみにイッセーはこの日ゆっくり休んだあと、朝一であの山へ戻っていった。
俺は今日から見る修行相手が変わるから知らなかったのだが、山では俺たちが帰ったことを知らなかったティアマットが長い間待機していたそうで、この日の修行は大荒れだったという。
理不尽な怒りの全てをイッセーとタンニーンは物理攻撃として食らったらしい。
「カイト、カイト……。もうすぐ、もうすぐよ。もうすぐ、あなたを殺してあげる。アンラ・マンユは大嫌いだけど、この力を授けてくれた三頭龍は嫌いじゃないわ。例えアンラ・マンユから生まれていようと、関係ない。カイトをただ、殺せさえすれば! アハ、ハハハハハハハハッ!」