ハイスクールD×D 精霊と龍神と 作:きよい
聞き間違いで、あってほしかった。
だが、そんなことは絶対にない。俺の目の前にいる少女――イヅナの表情を見ればそれがわかる。怒りに満ちた瞳、憎悪に染まりきった表情。
俺に向けられる殺意。そのひとつひとつが、先ほどの発言がウソではないと証明している。
でなければ、『――……ううん。今日はお別れを言いに来たの。もうあなたはリーダーじゃない。アンラ・マンユ襲撃のとき、あなたは仲間を見捨てて逃げた臆病者だ。仲間の仇――討たせてもらう』などと言われるものか。
だが、仮にイヅナが俺に殺意を抱いているとしても、その理由がわからない。
いや、わかってはいるんだ。さっきの発言はそのまま、アンラ・マンユ襲撃のひとつの結果としては合っている。
ただ、納得したくないだけなんだ……。俺がリーダー失格なのはいい。臆病者と言われても仕方がない。でもな、
「体張って俺を守ってくれた仲間を、いつ俺が見捨てたって言うんだよ、イヅナ」
そう、俺は一度だって、あいつらを見捨てた覚えはない。
「知らないふりをするの? なら教えてあげる。アンラ・マンユ襲撃の際、あなたはみんなを盾にして一人逃げたんだ。誰よりも強いはずのあなたが真っ先に逃げた。だから、体制が崩れて、みんないなくなったんだ。みんなみんな、アンラ・マンユに奪われた! だから、だから私はせめて! ――あなたを殺して、他のみんなを助ける」
――ッ!? おかしい、おかしいだろ!
「ちょっと待て! あのときみんなは、俺に全てを託して自らの意志で俺を助けてくれたんだ! 怖い奴は全員逃げていいと俺は言ってあった。それでも残ってくれたみんなと、俺はアンラ・マンユに立ち向かって、そして――唯一俺だけが逃げ延びた……いや、みんなの手によって逃がされた。これがあの日の真実のはずだ!」
だというのに、あのとき現場にいたはずのイヅナの記憶は、俺の記憶と一致していない?
どういうことだ……。
「違う。あのときカイトは、みんなに命令したんだ。『俺を逃がせ』と。そのせいで多くの仲間が消えたというのに――ふざけるなぁ!」
激昂の瞬間、背後から殺気を感じる。
直感に任せ体を真横へと跳ばす。
ヒュンッ!
案の定、数瞬前まで立っていた空間を短剣が三本ほど通り過ぎていく。
「問答無用ってわけか……。説得、しねぇとな」
原因はわからないが、俺とイヅナとの間ではあきらかに認識がズレている。いや、もしかしたら……。当時俺より三歳ほど幼かったイヅナには、俺が仲間を売ったように映っていたのかもしれない……。失った仲間の中には、あいつが大好きだった、姉のように慕っていた奴もいた。
経緯はどうあれ、逃げ延びたのは俺。犠牲になったのはみんな。
その事実だけが、結果だけが全てだと言うなら、イヅナの言い分は正しいのかもしれない。つまり、真に犠牲になるべきなのは、俺なのではないか?
その結論に至ったとき、漆黒の羽があたりに舞い散る。
「おいおい、物騒なことしてるじゃねぇか、カイト」
空中に滞在し、俺に呼びかけてくる男性が一人。
「アザゼルか」
「ったく、イッセーの修行の様子を見にきたはずだったんだが……。まさか冥界に妖狐がいるとはな。そんで、そいつは敵か?」
「――俺の仲間だ」
光の槍を手元に創りだしていたアザゼルを止めるようにいう。
「それにしたって、襲われてる最中に見えるぜ?」
「……ほっとけ」
「そうもいかないな。生徒を失うリスクは減らす必要があるんでね」
「ここで先生面かよ……っとお」
呆れる俺を見逃さず、短剣を放ってくるイヅナ。お構いなしか……。まえは兄ちゃん兄ちゃんとよく懐いていたんだがな……。
「チッ」
舌打ちと共に、アザゼルが光の槍を投擲する。
「待て、アザゼル!」
俺の制止も虚しく、その一撃はイヅナへと迫る。
しかし、
「無駄」
イヅナが手をかざす。そこには、若手悪魔が集まっていたときと同じように、次元が裂けたような穴が出来あがる。
ズギャァァァァッ!
槍が裂け目に呑み込まれ、消失する。
「私にとって、そんな一撃は意味ないから」
「なるほど」
ひとつ頷いたアザゼルは、「ならこれでどうだ?」と言わんばかりに次の一撃に取り掛かろうとするが、それより早くイヅナが口を開いた。
「邪魔が入ったから、今日のところは退くよ。でも、忘れないで。カイト、あなたは必ず殺してみせるから――」
話終えるのと同時に、イヅナの体も夜の闇に溶けていくように消えていく。
「逃げたか……」
「みたいだな」
俺がそっけなく返事をし、何事もなかったかのように帰ろうとすると、アザゼルに肩をつかまれた。
「なに普通に帰ろうとしてんだよ。話してもらうぜ、さっきの妖狐のこと」
ですよねー……。
「拒否権は?」
「あると思うか?」
「……了解」
いまだ眠るイッセーをよそに、俺とアザゼルは満天の星空を見ながら話を始めた。
俺はイヅナがかつての仲間であること、そして俺を狙った理由、俺の過去。アンラ・マンユっとの関係も簡単に話し終えたところだ。
「なるほどな。おめーさんもわりと苦労してる身ってわけだ。前回の会談のときにそれとなく話は聞かせてもらったが、なるほど。一歩間違えればおまえは世界を破壊する存在にもなるってわけか」
それがアザゼルの結論か。危険分子。そう見られても仕方ないが……。
「俺はやっぱり危険か?」
「いや、そんなことないさ。俺にとってはおまえただの力を持ってるガキでしかないからな」
「そうかよ」
そう言ってくれることに、少しばかり頬が緩む。
「そんで、おまえはさっきの妖狐――イヅナだったか? どうするつもりだ?」
「もちろん連れ戻す……と言いたいところだけどな」
「迷ってるってわけか」
「まあな」
アザゼルには、過去の話をすると共に、さきほど俺が思い至った結論も伝えた。
そのときは特に反応を示さなかったがな。
「アザゼルなら、どっちを選ぶ? 力ずくで取り戻すか、仲間だからこそ、望みに応えるべきか」
「そうだな。それは俺が決めるべきことじゃねぇからな」
「どっちかくらい答えてくれてもいいだろ?」
「俺が答えたとして、おまえはそれを実行できるのか?」
「……」
実行? それはまるで、いまの二択にはない答えを言うぞ、とでも言っているようじゃないか。
「ま、悩め悩め。迷うことは若者の特権だ」
笑い、立ち上がる。
「そうやって話を濁すつもりか?」
「……」
無視かよ。
まあ、いいけどさ。これは俺の問題だしな。他人に介入されても困ることだ。
俺がケリをつければいいだけ。ただ、それだけ。
でも、どうすればイヅナを救えるだろう? ただ連れ戻すのはダメだ。なにも変わらない。それどころか、悪化するだけだろう。
なら俺が殺されるか? いや、これもダメだ。そうなれば他の仲間を救えない。イヅナだって『仲間を救う』と言っていた。つまり、生き残っている連中がいるってわけだ。尚更、死んでる場合じゃない……。
クソッ!
「そう慌てんなよ、カイト。おまえは仲間を助けるために戦ってるんだろ? なら、今回も一緒だ。悩むのはいい。だが、思いつめすぎるな。ただただ、救おうという一心で向き合ってやればいいだろ、仲間によ」
「あっ……」
「それに、外部からの接触があった可能性がある。同士討ち、なんてのは邪神が好きそうだと思わないか?」
――。
「おっ、引き締まった表情するじゃねぇか。そうだ、悲観的になるには少し早い。俺も少し探ってやる。だが、期待はするな」
「悪いな、アザゼル」
「先生をつけろ、先生を」
まったく、この総督さまは。
「わかったよ、アザゼル先生」
どうやら先生も、仲間思いのバカヤロウらしい。
「さて、イッセーが起きたら一度帰るぞ」
「ああ、了解だ。わざわざありがとな」
「なに言ってんだよ。帰るのはおまえとイッセーも一緒にだ」
一緒に? それはまた。
なにかあったのだろうか? いや、みんなの修行メニューに問題はないはず。
だとしたらなにがあるっていうんだ?
「イッセーが用事があるが、おまえは少しゆっくりしてこいってことだ。とりあえず、考えをまとめる時間をやるってことさ」
「ああ、なるほど、ってそれいま考えたろ」
「……さあな」
バカ話をしながらも、夜が明けていく。
一夜にして問題が浮かび上がってきてしまったわけだが……。それも身内からとはな。
だけど、もう俺は俺を犠牲にしての解決は選ばない。とことん、愚直なまでに救い出す方を選ぶぜ。俺と言う犠牲のもと解放するんじゃない。
俺は仲間として、あいつを暗闇から引きずり出す!
「生きて会えてよかったと思ってるんだ。絶対、絶対に――」
まだ原因はわからない。本当にただ俺を恨んでいる可能性は大分濃い。でも、それでも。
仲間を見捨てるのは、もうたくさんなんだよ!
俺の決意に呼応するかのように、朝日が昇り始めた。