ハイスクールD×D 精霊と龍神と   作:きよい

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7話

 聞き間違いで、あってほしかった。

 だが、そんなことは絶対にない。俺の目の前にいる少女――イヅナの表情を見ればそれがわかる。怒りに満ちた瞳、憎悪に染まりきった表情。

 俺に向けられる殺意。そのひとつひとつが、先ほどの発言がウソではないと証明している。

 でなければ、『――……ううん。今日はお別れを言いに来たの。もうあなたはリーダーじゃない。アンラ・マンユ襲撃のとき、あなたは仲間を見捨てて逃げた臆病者だ。仲間の仇――討たせてもらう』などと言われるものか。

 だが、仮にイヅナが俺に殺意を抱いているとしても、その理由がわからない。

 いや、わかってはいるんだ。さっきの発言はそのまま、アンラ・マンユ襲撃のひとつの結果としては合っている。

 ただ、納得したくないだけなんだ……。俺がリーダー失格なのはいい。臆病者と言われても仕方がない。でもな、

「体張って俺を守ってくれた仲間を、いつ俺が見捨てたって言うんだよ、イヅナ」

 そう、俺は一度だって、あいつらを見捨てた覚えはない。

「知らないふりをするの? なら教えてあげる。アンラ・マンユ襲撃の際、あなたはみんなを盾にして一人逃げたんだ。誰よりも強いはずのあなたが真っ先に逃げた。だから、体制が崩れて、みんないなくなったんだ。みんなみんな、アンラ・マンユに奪われた! だから、だから私はせめて! ――あなたを殺して、他のみんなを助ける」

 

 ――ッ!? おかしい、おかしいだろ! 

「ちょっと待て! あのときみんなは、俺に全てを託して自らの意志で俺を助けてくれたんだ! 怖い奴は全員逃げていいと俺は言ってあった。それでも残ってくれたみんなと、俺はアンラ・マンユに立ち向かって、そして――唯一俺だけが逃げ延びた……いや、みんなの手によって逃がされた。これがあの日の真実のはずだ!」

 だというのに、あのとき現場にいたはずのイヅナの記憶は、俺の記憶と一致していない?

 どういうことだ……。

「違う。あのときカイトは、みんなに命令したんだ。『俺を逃がせ』と。そのせいで多くの仲間が消えたというのに――ふざけるなぁ!」

 激昂の瞬間、背後から殺気を感じる。

 直感に任せ体を真横へと跳ばす。

 ヒュンッ!

 案の定、数瞬前まで立っていた空間を短剣が三本ほど通り過ぎていく。

「問答無用ってわけか……。説得、しねぇとな」

 原因はわからないが、俺とイヅナとの間ではあきらかに認識がズレている。いや、もしかしたら……。当時俺より三歳ほど幼かったイヅナには、俺が仲間を売ったように映っていたのかもしれない……。失った仲間の中には、あいつが大好きだった、姉のように慕っていた奴もいた。

 経緯はどうあれ、逃げ延びたのは俺。犠牲になったのはみんな。

 その事実だけが、結果だけが全てだと言うなら、イヅナの言い分は正しいのかもしれない。つまり、真に犠牲になるべきなのは、俺なのではないか?

 その結論に至ったとき、漆黒の羽があたりに舞い散る。

「おいおい、物騒なことしてるじゃねぇか、カイト」

 空中に滞在し、俺に呼びかけてくる男性が一人。

「アザゼルか」

「ったく、イッセーの修行の様子を見にきたはずだったんだが……。まさか冥界に妖狐がいるとはな。そんで、そいつは敵か?」

「――俺の仲間だ」

 光の槍を手元に創りだしていたアザゼルを止めるようにいう。

「それにしたって、襲われてる最中に見えるぜ?」

「……ほっとけ」

「そうもいかないな。生徒を失うリスクは減らす必要があるんでね」

「ここで先生面かよ……っとお」

 呆れる俺を見逃さず、短剣を放ってくるイヅナ。お構いなしか……。まえは兄ちゃん兄ちゃんとよく懐いていたんだがな……。

「チッ」

 舌打ちと共に、アザゼルが光の槍を投擲する。

「待て、アザゼル!」

 俺の制止も虚しく、その一撃はイヅナへと迫る。

 しかし、

「無駄」

 イヅナが手をかざす。そこには、若手悪魔が集まっていたときと同じように、次元が裂けたような穴が出来あがる。

 ズギャァァァァッ!

 槍が裂け目に呑み込まれ、消失する。

「私にとって、そんな一撃は意味ないから」

「なるほど」

 ひとつ頷いたアザゼルは、「ならこれでどうだ?」と言わんばかりに次の一撃に取り掛かろうとするが、それより早くイヅナが口を開いた。

「邪魔が入ったから、今日のところは退くよ。でも、忘れないで。カイト、あなたは必ず殺してみせるから――」

 話終えるのと同時に、イヅナの体も夜の闇に溶けていくように消えていく。

「逃げたか……」

「みたいだな」

 俺がそっけなく返事をし、何事もなかったかのように帰ろうとすると、アザゼルに肩をつかまれた。

「なに普通に帰ろうとしてんだよ。話してもらうぜ、さっきの妖狐のこと」

 ですよねー……。

「拒否権は?」

「あると思うか?」

「……了解」

 

 

 

 いまだ眠るイッセーをよそに、俺とアザゼルは満天の星空を見ながら話を始めた。

 俺はイヅナがかつての仲間であること、そして俺を狙った理由、俺の過去。アンラ・マンユっとの関係も簡単に話し終えたところだ。

「なるほどな。おめーさんもわりと苦労してる身ってわけだ。前回の会談のときにそれとなく話は聞かせてもらったが、なるほど。一歩間違えればおまえは世界を破壊する存在にもなるってわけか」

 それがアザゼルの結論か。危険分子。そう見られても仕方ないが……。

「俺はやっぱり危険か?」

「いや、そんなことないさ。俺にとってはおまえただの力を持ってるガキでしかないからな」

「そうかよ」

 そう言ってくれることに、少しばかり頬が緩む。

「そんで、おまえはさっきの妖狐――イヅナだったか? どうするつもりだ?」

「もちろん連れ戻す……と言いたいところだけどな」

「迷ってるってわけか」

「まあな」

 アザゼルには、過去の話をすると共に、さきほど俺が思い至った結論も伝えた。

 そのときは特に反応を示さなかったがな。

「アザゼルなら、どっちを選ぶ? 力ずくで取り戻すか、仲間だからこそ、望みに応えるべきか」

「そうだな。それは俺が決めるべきことじゃねぇからな」

「どっちかくらい答えてくれてもいいだろ?」

「俺が答えたとして、おまえはそれを実行できるのか?」

「……」

 実行? それはまるで、いまの二択にはない答えを言うぞ、とでも言っているようじゃないか。

「ま、悩め悩め。迷うことは若者の特権だ」

 笑い、立ち上がる。

「そうやって話を濁すつもりか?」

「……」

 無視かよ。

 まあ、いいけどさ。これは俺の問題だしな。他人に介入されても困ることだ。

 俺がケリをつければいいだけ。ただ、それだけ。

 でも、どうすればイヅナを救えるだろう? ただ連れ戻すのはダメだ。なにも変わらない。それどころか、悪化するだけだろう。

 なら俺が殺されるか? いや、これもダメだ。そうなれば他の仲間を救えない。イヅナだって『仲間を救う』と言っていた。つまり、生き残っている連中がいるってわけだ。尚更、死んでる場合じゃない……。

 クソッ! 

「そう慌てんなよ、カイト。おまえは仲間を助けるために戦ってるんだろ? なら、今回も一緒だ。悩むのはいい。だが、思いつめすぎるな。ただただ、救おうという一心で向き合ってやればいいだろ、仲間によ」

「あっ……」

「それに、外部からの接触があった可能性がある。同士討ち、なんてのは邪神が好きそうだと思わないか?」

 ――。

「おっ、引き締まった表情するじゃねぇか。そうだ、悲観的になるには少し早い。俺も少し探ってやる。だが、期待はするな」

「悪いな、アザゼル」

「先生をつけろ、先生を」

 まったく、この総督さまは。

「わかったよ、アザゼル先生」

 どうやら先生も、仲間思いのバカヤロウらしい。

「さて、イッセーが起きたら一度帰るぞ」

「ああ、了解だ。わざわざありがとな」

「なに言ってんだよ。帰るのはおまえとイッセーも一緒にだ」

 一緒に? それはまた。

 なにかあったのだろうか? いや、みんなの修行メニューに問題はないはず。

 だとしたらなにがあるっていうんだ?

「イッセーが用事があるが、おまえは少しゆっくりしてこいってことだ。とりあえず、考えをまとめる時間をやるってことさ」

「ああ、なるほど、ってそれいま考えたろ」

「……さあな」

 

 バカ話をしながらも、夜が明けていく。

 一夜にして問題が浮かび上がってきてしまったわけだが……。それも身内からとはな。

 だけど、もう俺は俺を犠牲にしての解決は選ばない。とことん、愚直なまでに救い出す方を選ぶぜ。俺と言う犠牲のもと解放するんじゃない。

 俺は仲間として、あいつを暗闇から引きずり出す!

「生きて会えてよかったと思ってるんだ。絶対、絶対に――」

 まだ原因はわからない。本当にただ俺を恨んでいる可能性は大分濃い。でも、それでも。

 

 仲間を見捨てるのは、もうたくさんなんだよ!

 

 俺の決意に呼応するかのように、朝日が昇り始めた。

 


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