ハイスクールD×D 精霊と龍神と 作:きよい
最悪だ。まさかこの状況で、アンラ・マンユ自身が出てくるのか……。
このために。このためだけに、緋夥多を泳がせたな。乗っ取り、俺の前に出てくるためだけに!
「しばらくぶりだな、カイト。迎えにきたぞ。さあ、ともに理想となる世界を造ろうじゃないか。闇が支配する世界。心地いいと思わんか?」
「思わねぇよ。そもそもおまえの存在自体が不愉快だ」
緋夥多の姿のまま、笑い声を上げるアンラ・マンユ。
俺の発言に怒りを見せる様子などまったくない。
「何度も言ってきただろう? キミが真の闇になってくれれば、私の下に多くの力が集まる。そうなったときこそ、戦争を始めよう! キミと私の力で、世界を敵に回して争おうじゃないか!」
「……狂ってんな。俺たちは、あんたと真逆――平和のためにいまこの場にいるってことを忘れんなよ。俺はあんたの下には降らない」
宣言した俺に、緋夥多――アンラ・マンユは不気味な笑顔を見せる。
「祐斗、ゼノヴィア……。流石にコイツは放っておけない。放っておけば、いまサーゼクスさんたちが張ってる結界も壊させるかもしれない」
いまだ魔法使いたちと戦っている二人に告げる。
「それなら、どうするっていうんだい?」
祐斗が振り向きざまに問う。
本来なら、率先してやりたいなんてことはない。もちろん、あいつのことは憎い。すぐにでも殺したい程に。
でも、わかってしまう。あいつは、俺より強い。感じてしまう。闇に対する恐怖を。
それでも、誰かがやらないと。
そして、その誰かは、俺だ――。
「俺が、足止めする。その間にアザゼルかサーゼクスさん。ミカエルさんが適任か? その誰かに加勢してもらってくれ。そんで、この状況が一転したら俺たちの勝ちだ」
「それまで、耐えられるのかい?」
「……すぐに勝って、俺が状況を変えてやるっての」
「僕たちもそっちに参戦した方がいいんじゃないのかな」
視線を俺に合わせてくる。
「いいから、早く誰かを戦場に引っ張り出してこいよ。俺らだけじゃ厳しいってね」
それだけ言い残し、祐斗から視線を外す。
祐斗も笑みを浮かべながら、再び魔法使いに向かっていった。
「――よかったのか? あの二人と共に向かってくれば、ほんの少しばかりキミにも希望が残ったかもしれないぞ」
いまだ笑みを消さず俺に向かって問うてくる。
それは、バカにしたような、見下したような態度。まるで「おまえ一人でなにができる」といわんばかりだ。
「でも、な……。退けないときってのもあるんだよ。――それにだ。いまも昔も、おまえは俺の仲間を甘く見すぎてる」
「なにを――」
瞬間、アンラ・マンユの周囲に幾重もの聖魔剣が出現する。
それらは一斉に邪神に襲い掛かる。
「こんなものが通じるか!」
大きくレーヴァテインを振り払い、聖魔剣を砕く。
やっぱ、強敵相手にするにはまだまだ強度が足りないみたいだな。
でもいまは、この一瞬の隙で十分だ!
全方位を囲むようにして出現した聖魔剣を砕くためにレーヴァテインを振ってしまった邪神の懐に潜り込む。
「貴様――ッ!?」
「二人称は『キミ』じゃなかったのか? ――絶剣技、破ノ型――烈華螺旋剣舞・十六連!」
無数に瞬く剣閃が、隙だらけだった邪神――緋夥多の体に炸裂した。
そのまま数十メートルと吹っ飛んでいき、校舎を破壊して中に突っ込んでいった。
「ナイス、祐斗」
緋夥多の体が飛んでいくのを見届けた俺は、周囲の魔法使いを蹴散らし祐斗の側へときていた。
「カイトくんなら、僕の考えを読んでくれてると思ったよ」
「あのとき、おまえが俺に視線を合わせてくれなかったらわからなかったさ。助かったぜ」
「それはなによりだね。それで、もう彼はだいじょうぶなのかい?」
アンラ・マンユのことだよな。
あいつは緋夥多の体を乗っ取り話していたに過ぎない。だからこそ、
「宿主……。いや、乗っ取った本体が動けなくなればあいつ自身もそこからじゃなにもできないだろ」
アンラ・マンユの下で動いていた緋夥多は、気づかないうちに体の中に闇に侵入されていたんだろうな。それが、今回の一件で芽を出したってところか。
「緋夥多は人間だっただろうし、俺の破ノ型を食らえば体の機能なんか働きはしないさ」
「それなら、はやいところ――」
「危ねぇ!」
祐斗を突き飛ばし、俺自身も後方へ大きく飛び退く。
俺たちがいた場所には、極太の光の槍が突き刺さっていた。
「これは……」
「ああ、間違いねぇな」
二人揃って上空を見上げると、アザゼルとカテレア・レヴィアタンが激しい攻防をおこなっていた。
いまのは、その余波だろう。迷惑な戦い方をしてくれるもんだな。
まあ、おかげでわざわざ呼び出さなくてよくなったわけだけど。結果だけ見るなら、加勢してくれたようなものだからな。
「それにしても、実力的にはアザゼルの方が上だと思うけど、大分食い下がるね」
「そうだな。もしかしたら」
「たら、なんだい?」
俺は祐斗との会話を区切り、カテレアへと意識を集中させる。
そこでは、懐から取り出した小瓶の中から小さな黒い蛇を取り出し、飲み込む姿があった。
「カテレアの魔力が膨れ上がった!? そんな! あの質量は、サーゼクスさまやセラフォルーさまに迫る勢いだ……。先ほど飲み込んだ蛇はいったい……?」
隣では、祐斗が驚いている。
いやな予感ってのは、よく当たるもんだ。
「蛇……。オーフィスの力を借りたな」
「そんなことが……」
「ありえるから怖いのさ。祐斗、急ぐぞ。俺たちもあっちに参戦する!」
「わかった!」
そういえば、ゼノヴィアの姿が見えないが……。あいつはもっと遠くで戦ってるのか?
連絡取れないけど、あいつならだいじょうぶか。
そう判断し、アザゼルのもとへ急ごうとした俺たちの目前で、信じられないことが起きた!
カテレアと空中戦を繰り広げるアザゼルへ向け、その横合いから、予想外の一撃がアザゼルを襲った――。
なんなんだ、今日は! さっきから予想外の事態ばかり起きる!
俺と祐斗はアザゼルが落ちたと思しき場所に全力で駆けていた。
「おい祐斗! あそこだ!」
俺はアザゼル、それに――
「ヴァーリ……ッ! てめぇか」
白龍皇であるヴァーリがアザゼルと敵対している光景を目にする。
そこには、イッセーに部長、ギャスパーの姿も見える。
よかった。ギャスパー救出は成功したんだな!
だが、変だ。カテレアの姿が見えない。他にも、アザゼルの片腕がないじゃねえか。
俺はイッセーへと駆け寄り、事情を訊いた。
「イッセー、無事ギャスパーを救出できたな。それで、悪いだがこの状況はどうなってるんだ?」
「カイト! よかった! いま大変な状況で――」
話を要約すると、カテレアを倒したアザゼルは、最後の足掻きにと自爆を謀り手に絡み付いてきたカテレアから逃れるために、自ら腕を切り離したらしい。
「おうカイト。ここまで来たか……。だが少し待ってろ。いまからヴァーリに説教するところだ」
アザゼルが不敵に笑い、光の槍をヴァーリに向ける。
「……カイトがきたんだから、アザゼルよりもカイトがいいなぁ……。だって、あたしがいま一番戦いたいのはカイトだもん」
当のヴァーリはアザゼルから視線を移し、俺に笑顔を向けてくる。
「そういうことらしいが、アザゼル?」
「はあ……。カイト、おまえがいいなら俺の変わりといっちゃなんだが、相手してやってくれ」
「俺、あんまり女の子相手にすんの得意じゃないんだけど?」
なんか、斬っちゃいけない感情がなぁ……。
殺意むき出しできてくれるなら、一切躊躇わずに斬り捨てるんだけど。ヴァーリからは殺意っていうより、戦闘を楽しむ気しか感じないんだよな。
「イッセー、おまえヴァーリの相手しない?」
「えー! カイトやんないの!? なんで!!」
俺がイッセーに投げかけると、イッセーの返答よりはやくヴァーリが口を開く。
あ、こらイッセー! おまえなに「よかったー、俺にまわってこなくて」って感じで息吐いてんだよ! っておい! こっち見ろよ! 視線を反対側にまわすな!
「……覚えとけよイッセー。いつか絶対戦わせてやる」
「カイト?」
「ヴァーリ、少し相手してやるよ。そんで、こっち側に引き戻してやる」
俺の言葉を聞いて、嬉しそうに笑うヴァーリ。
「嬉しいな。やっとカイトと戦えるんだね。なら――最初っから全力でいかないとね!」
「ああ、本気でこいよ。俺も――」
「カイト! 危ねぇ!!」
イッセーが叫ぶように俺の名を呼ぶ。
なんだって――ザシュッ。
耳障りな、不快な音。
その瞬間、全身から力が抜けていくのがわかった。
ゴボッ。口から血が逆流し、吐き出される。
呼吸は激しく乱れ、激痛が襲う。
視線を下に向けると、白い肌に覆われた腕が、夥しい量の血に染まりながら、俺の腹を貫いていた。
「……あの程度で、私を倒せたと思うなよ。キミは少しばかり、私を甘く見すぎている」
先ほど、俺が放った言葉を真似るように言った相手は――
「……アン、ラ・マン……ユ……」
腹から腕が引き抜かれ、大量の血が飛び散り、流れ出る。
「ぐっ――……」
「カイト!!」
「カイトくん!」
「月夜野先輩!」
「……カイト」
仲間たちの悲鳴を聞きながら、俺は崩れ落ちた……。
アンラ・マンユの顔は、狂喜に歪んでいた――。