ハイスクールD×D 精霊と龍神と 作:きよい
ロキと俺の視線が交差する中、頭上に影が落ちた。
「またか……。不意打ちってのは、一度っきりの奇策だからこそ意味があるんだよ」
牙をむいた子フェンリルを蹴り上げる。
角度がよかったのか、威力が強すぎたのか。理由は多々あるが、とりあえず牙は折れただろ。
「駄犬の相手をしてる暇はねえよ。飼い主を叩くまで大人しくしてろっての」
イッセー一人だと、やっぱ厳しかったか。止めきるまでには至らない。
「無事か?」
「神さま相手はやっぱきついな……。俺ももっと強くならないと」
声をかけた相手――イッセーはわりとピンピンしていた。強がりかどうかは知らん。
「なあカイト。このままだとフェニックスの涙も、アーシアのオーラも保たないぞ。どうにかしないと!」
「回復役がつぶれると一気に押されるからな。確かにまずいにはまずいんだが――」
現状、早急にロキを倒す意外の選択肢がない。
けどあいつって何気にオールラウンダーなタイプっぽいんだよなぁ。相手にしづらい。
「仕方ねえ、前みたいに俺たち二人で突貫しかないか。イッセー、いいよな?」
「ああ。仲間のために、やってやるぜ!」
と、距離を詰めようとした瞬間、視界に黒が映りこんだ。
ブオオオオオオオオオオオオンッ!
黒い炎らしきものが地面から巻き起こり、うねりとなって、ロキと子フェンリル二匹、量産型ミドガルズオルムを包みこんだ。
「これは……」
「――ッ! この漆黒のオーラは!? 黒邪の龍王ヴリトラか!?」
タンニーンが叫ぶ。
ヴリトラ? もしかして!
「「匙か!?」」
俺とイッセーの叫びが重なる。って、待て待て! あいつ炎なんて使えたか?
じっと眺めていると、やがて地面に巨大な魔方陣が現れた。その中心から、黒い炎がドラゴンの形となって生み出される。
ほぼ同時に、イッセーが誰かと会話を始めた。どうやら、緊急用に耳にイヤホンをつけているらしい。
相手の声までは聞き取れないが、アザゼルの同僚であるシェムハザが、こちらに匙らしき黒いドラゴンを送ったっぽいな。
「……ええ、なんとかやってみます。いざとなったら、力尽くで匙を止めます」
通話を切ったイッセーに事情を聞いてみると、
「匙にヴリトラの神器を全部くっつけたってさ。ただ、先生の計算ミスで、敵味方の区別はついてるものの、暴走状態にあるんだと。ヴリトラの意識は蘇ってるけど、蘇ったばかりで暴走。幸い匙の意識は残ってるって言ってたから、俺が語りかけてくる」
ヴリトラの神器っていうと、「黒い龍脈」、「邪龍の黒炎」、「漆黒の領域」、「龍の牢獄」の四つだったはず。それらすべてを埋め込まれたってことか。大胆っていうのか、無茶苦茶だと言うべきか。
「まあいいや。いまの匙じゃ長続きしないだろうし、さっさと倒しに行った方がよさそうだな」
敵は全員動きを封殺されているが、そのうち拘束を逃れるはずだ。
特に、ロキもいまでこそ狼狽しているものの、冷静になればすぐにでも拘束を破る可能性だってある。ゆっくりはしていられないな。
「イッセー、匙への呼びかけは任せる。俺はロキを潰しに行くから」
もうね、さっきから怒り狂いそうなんだよ! あいつの発言だけは許さねえ!
「待てよカイト! おまえもうけっこう限界が近いんじゃないのか? 絶対に決められるような大技でもあるのかよ!」
「あるわけないだろ! それでも、それでも潰さないと気がすまねえ!」
なにより、朱乃さんたちのことまでバカにしたこと。
許せるはずがない。
「ったく、だったら決着つけてこい! 俺たちが可能な限りサポートするから!」
イッセーがなにかを投げ渡してくる。
おい、ちょっと? なんかすげー重そうなモノ持ってるようですけど? え? 投げるの? 両腕で振り上げるのが限界って感じなんですけど!?
「受け、とれぇ……!」
重量感のある槌を、恐怖と期待の入り混じった感情のまま受け取ると、
「あれ? 軽い……っていうか、重さがない?」
なにこれ。さっきのイッセーなりのジョークかなにかだったの?
「ミョルニル、託したからな」
なるほどね。
「託された。任せてくれ」
役目を奪っちまった気もしなくはないが、ありがたい! これならロキも倒せるってもんだ。
イッセーは精神を集中させ、匙の意識との接触に専念し出したし、ここからは俺の戦いか。
俺はミョルニルを巨大なハンマーに変える。
握り締めると、バチバチと雷が宿った。剣じゃないのが残念でならないが、文句を言ってられない。
ただ、全力でぶち込んでやる!
一度屈み、あらん限りの力で地面を蹴り抜く。
生み出されるのは、最高速度での跳躍! 突貫!
さあ、目標はただ一人! ――ロキ!
「舐めるな! この程度のことで!」
ロキの手から魔術の一撃が撃ち出される。避けようものなら、再び落とされるか……。
「でも、おまえも舐めんなよ!」
目の前で爆発が起きる。
後ろを確認すると、イッセーは手を突き出した状態だった。
そう、イッセーの一撃がロキの魔術を相殺してくれたんだ!
これで、決められる。
「くっ……。ふざけている! こんな、こんなちんけな炎でこのロキを捕らえ続けるなど!」
そう思った矢先、とうとうロキが匙の炎の結界を打ち破った。ダワーエほどじゃないと気を緩めていた部分もあるが、やっぱ神は神か!
「でもなぁ、このまま引き下がるってのは選択肢にないんだ」
加速を続ける俺は、もうじきロキまで届く。
「悪いが、無駄だ。高度を上げれば、貴殿の一撃が届くことはない。我は一時退却する。ふはははは! しかし、三度ここに訪れて混沌を――」
ビガガガガガガガアアガガガガガッ!
ロキが空中高く浮かび上がったときを狙ったかのように、雷光が煌き、特大の一撃がロキを呑み込む。
朱乃さん――と、バラキエルの、二人での一撃か。見れば、互いに手を取り合っていた。朱乃さんも、堕天使の翼を出しながら。
「な……なにをした!」
煙をあげ、こちらへと落下してくるロキ。ダメージは大したことなさそうだが、動きを止めることはできている。
そこに追撃のように、黒い炎が再びロキを包む。匙、最高だな!
「バカなっ! 一度は解いた炎の結果のはずだ!」
「生憎、匙も根性が俺並みに凄まじいんでね! そうそう簡単に諦めたりしないんだよ!」
ロキよりさらに上空にまで移動してきていたイッセーが、ロキへと一撃を入れる。
加速度を増してこちらに向かってくるロキは、驚いた表情をしていて。
「どっちが滑稽だよ」
「頼むぞ、カイト!」
もちろんだよ、イッセー。
飛んでくるロキへ向け、一気にハンマーを振り抜く!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああっっ!!」
ドン!
巨大なハンマーの頭が、ロキの全身へ完璧に打ち込まれた!
「てめえに、てめえに家族を、仲間をバカにする資格なんかないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
刹那――。ハンマーからとんでもない量の雷が発生する。
特大の一撃はロキを呑み込み、大きな煙を上げながら、ロキを地面に墜落させた。もうボロボロで、立ち上がる力も残ってないだろ。
同じ頃、二匹のフェンリルと、量産型のミドガルズオルムも倒されていた。
俺のぶんのフェンリルが残ってないじゃないか……。
「駄犬を手なずけるのは無理だったけど、みんな無事ならいいか。どうせ、もうフェンリルと戦うだけの体力もないし、な……」
半端じゃない疲労が襲ってくる。
ダワーエのときの無茶が響いてきているのかもな。
もう、これっきりだ。あんな希望の塊みたいな力を使うのは、これで最後。
あんなの、自分の私闘に持ち込むべきじゃねえわ。
(笑顔で言っても、反省してるなんて思えないわよ)
(マスターはバカです。きっと、また自分のためになにかを裏切ります)
レスティアとエストが、やや辛口な評定をしてくる。
俺たちが。いや、俺とダワーエの最後のとき。あのとき交わした言葉は、まだ他のみんなは知らない。
闇の中、すべてを光へと誘ったあのとき。
何度か口を開くものの、やはり言葉には出せない。
だって、あれはまだ、誰も知らなくていいことのはずなのだから。
記憶に蓋をするよに頭の隅に追いやり、笑顔を向けるみんなのもとへと下りていく。むしろ落下してく。
上空から、破壊されつくした地上を確認し、修復活動もあるんだろうな、なんて他愛ないことに意識を向ける。いまだけは、これでいいはずだ。いまだけは、きっと。