Bazett in ClockTower (時計塔のバゼット)   作:kanpan

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※シリアス回です。
「残酷な描写」ありです。
苦手な方は今回を飛ばしてエピローグを読む事をお勧めします。



第5話

バゼットは夢を見ていた。

それはアルスターの英雄クーフーリンの最後の姿。

 

奸計にはめられ、

自らと祖国と愛する物の名誉と引き替えに槍を奪われ、

誰よりも高い武勲を上げた戦士の輝きは、誰よりも早く燃え尽きて消えた。

 

なぜ彼はあんな運命を選んだのか?

私は彼のように運命に殉じることができるのだろうか?

 

 

起き上がったバゼットはめまいを覚えた。体がなんだか重い。

「ようやく起きたか」

アロルドが水筒を放ってくる。それを受け取ってさっそく水を口にした。気分の悪さがようやくすこしマシになる。

「すぐ出かけるぞ。準備しろ。

 なあに、頭がしゃっきりしないのは二日酔いってヤツだ。

 戦闘で飛ばしちまえ」

にやりと笑いながらアロルドがからかってくる。

昨日はうっかり張り合って慣れない酒を飲み過ぎてしまったようだ。

 

バゼットが立ち上がって周りを見渡すと、昨日とは結界の雰囲気が変わっている。

「これは…?」

バルタザールが答えた。

「昨夜一晩時間をかけてヤツの結界を除去し、オレが結界を張り直した。

 館のなかには外には出せないようなモノが巣くっている。

 結界を完全に破壊してしまうわけにはいかないからな」

昨夜わざわざここで野営したのはその為だったわけだ。

それを教えてくれれば微妙な気分にならずにすんだのに、とバゼットは思う。

 

出撃の準備と言ってもバゼットのする事は少ない。ルーンを刻んだ手袋をはめ直し、礼装を入れた筒を担ぐ。

今日はようやく封印指定の魔術師の館に踏み込むのだ。

昨日館の前に大勢群れていた敵は全て除去した。3人が館まで進むのを邪魔する者は誰も現れない。

 

館の扉の前に辿り着くとアロルドは右拳を左の手のひらにバシンと一度打ち付けて景気をつけてから、頭の後ろに振りかぶった。後ろの2人に声をかける。

「侵入するぞ。援護しろ!」

言ったが早いか扉に拳を打ち下ろし、破壊した。3人の魔術師は館の中に侵入して行く。

 

屋敷はそれほど大きくもなく、2階建てでおそらく地下に工房として使っているであろう部屋がいくつかある程度の規模に見えた。

相手の魔術師が屋敷のどの辺りにいるのかは、入り口付近からは探りようがなさそうだった。

「さて、部屋をしらみつぶしにあたるとしようか」

「まずは地上からだな」

屋敷の中に入り、2階への階段を登る。隊列はアロルドが先頭、バルタザールが真ん中、バゼットは後衛だ。

2階の部屋のドアを慎重に開け、もしくは鍵がかかっていて開かない場合は手荒に壊し、部屋の中をくまなく探っていく。

2階の部屋を探り終え、1階の部屋を同様に探索して回る。

どうやら地上の部屋に魔術師の姿は見当たらないようだった。

 

「やはり地下か」

「あんまり入りたくなかったんだけどねー」

執行者2人はわざとらしく軽口を交わしている。

この館の地下への入り口はいかにもという風情の禍々しい雰囲気を放っていた。相手の魔術師が隠れ潜んでいるならばきっとこっちだろう。

 

地下室に明かりはない。

バゼットは外で手頃な木の枝を3本拾ってくると(カノ)のルーンを施して即席のたいまつに仕立て上げた。こまかい魔術は得意ではないのだが、この程度の小道具作成なら苦はない。

「いやあ、ルーンも便利なもんだねえ」

この些細な細工物に執行者コンビは上機嫌である。

 

3人はたいまつをかざして地下の暗闇の中に下って行った。

地下1階、なにもなし。

地下2階、やはりなにもなし。

「………………」

全員の口数が少なくなる。執行者コンビなどは地下に降りる前は盛んに軽口ばかりを飛ばし合っていたものだが。

実際、地下に潜って行くほどに3人の直感に嫌な気配が濃厚に忍び寄ってくるのである。

 

 

地下3階、ここにもなにもなし。

そのかわりに目の前には地下4階につづく階段があった。その先には更に得体の知れない暗闇だけが空間を埋め尽くしている。

この時点で3人は直感はほぼ確信に変わった。

 

———これは罠だ。

結界を壊し、館にやすやすと侵入できたのは相手の魔術師が描いた脚本どおり。自分たちは相手の思惑通りの演者にされていたに過ぎないと。

 

「戻るぞ!」

先頭にいたアロルドが叫ぶ。

だがその彼の後ろで、4階の階段の闇がぱっくりと口を開け、彼を足下からすぽり、と飲み込んだ。

 

「アロルドっ! 

 ……っとうわ!」

バゼットは階段から現れた虚無に引き込まれるアロルドに反射的に手を差し出そうとし、後ろから急に襟首を掴まれ引き戻される。

どさりと手荒く床に投げ出され、げほげほと咳き込むバゼットの真横をバルタザールが駆けさった。

 

「バゼット立って走れ!」

バゼットは慌てて立ち上がってバルタザールの後を追ってその場から逃走した。

階段から這い上がってきた虚無の塊は部屋全体を飲み込んで行きつつある。

バゼットは走りながら理解し、戦慄していた。もしバルタザールに止められていなければ、自分もほぼ間違いなく後ろから追ってくる虚無の中に取り込まれていたに違いない。

 

全力で疾走しバルタザールに並ぶ。バルタザールが横からバゼットに囁く。

「次に出会ったら殺せ」

意味は考えなくともわかる。もし次にアロルドに出会った場合、それは既に人間(アロルド)ではないのだ。

 

地上へ繋がる階段を必死で駆け上がる。もはや地上への道があるのかどうかさえも怪しい。

バゼットたちがいるところはすでに相手の魔術師の体内にすら等しいのだから。

 

階段を登りきり地上の光が見えた。そして光の前にいびつで大柄な影が立ちはだかっている。

それは、人間(アロルド)だったものであった。

 

 

その人型のモノは体内の魔力がデタラメに暴走し、筋肉はいびつに肥大化していた。胴体に比べて極端に太い腕と脚。目に光はなく、そこには虚無とおなじ昏い色の穴が開いているだけだ。

 

人型が腕を振り回し突進してくる。その動きはめちゃくちゃだ。元の人間が身につけていた格闘術のなごりは全く見当たらない。

バゼットとバルタザールは左右に別れて敵の突進をかわす。

2人を捉えそこねた人型はバゼットのほうを当面の獲物と見定めたらしく、彼女の方向へその巨体をむけた。

 

バゼットはそのまま敵の正面へと走り込む。

「はっ!」

相手のやたらに膨張した太ももを足がかりにし、その顔の前まで跳躍する。

躊躇はしない。する余裕もなかった。

eihwaz(エイワズ)!」

バゼットの詠唱と共に拳のルーンの強化が発動する。そのルーンのライトグリーンの発光を

相手の虚ろな眼めがけて叩き付けた。

 

ずしゃり、という音がして巨体の上に載っていた小さな頭が原型を残さず吹き飛んだ。

それにもかかわらず、巨体の腕は動きを止めない。バゼットの体を掴むと床に叩き付ける。

「ぐっ…」

その腕の力はむやみに強く、バゼットを床に押しつけ、そのまま押しつぶそうと巨体の体重をみしりとかけてきた。

強化のルーンを全身に、とバゼットは片手で敵の手を押さえながら、もう片方の手でルーン文字を刻もうとする。

その時、バゼットの背後でカキィン、と金属が砕ける鋭い音が響いた。

 

バルタザールは身につけている銀細工の鎖を服から引きはがすと地面に叩き付けた。華奢な鎖が床に激突して粉々に砕け散る。

その鎖の破片はまたたく間に銀色の毛をしたオオカミの群れに変化してゆく。バルタザールは銀色の鎖を触媒に数十匹の銀狼の魔獣を召還した。

 

「銀狼よ殺到せよ!」

バルタザールの号令一過、銀狼の群れは人型の巨大な筋肉の塊に飛びかかった。人型の影は

銀狼の群れにくまなく喰いつかれる。

「喰らい尽くせ!」

さらなる命令の元、銀狼たちの魔力を帯びた牙が巨体の筋肉の帯を次々と喰いちぎる。喰いちぎられた肉は青白い炎を発しながら消滅して行った。

ほんの数分の間に、巨大な人型は跡形もなくその場から消え失せた。

 

「脱出するぞ!」

敵が消滅し目の前が空くやいなや、バゼットとバルタザールは地上への光のなかに飛び込む。

間に合った———2人は魔術師の罠に喰われる事なく地上へ戻る事ができたのだ。

 

 

地上へ出た2人が周囲を見回すと屋敷は影もカタチもなくなっていた。そして、今自分たちが

出てきた場所を振り返るとそこは暗い虚無の穴がずぶずぶとうごめき、周囲の空間を浸食しつつある。

 

「執行者諸君。よくぞ我が館から戻ったものだ」

しわがれた声がする。

2人が声の方を向くとそこに、まるで枯れた樹木のような姿の老魔術師の姿があった。

 

顔も手も、目に見える肌には深い皺が刻み込まれ、体格はすでに骨と皮だけのように見える。その痩せぎすの体に豪華な装飾の施された年代物のローブをまとっているが、もはやローブだけが宙に浮いているかのようにすら感じる。ミイラのごとく乾いてしぼんだ顔の中で2つの目だけが爛々とした輝きを保っていた。

 

老魔術師が口を開く。

「おまえは銀狼使いのバルタザールだな?

 ふん。なにぶん長い事貴様ら協会の狗に追い回されてきたものだからな。貴様らの顔と名前は大概知っておる」

老魔術師はバゼットにも視線を移して続けた。

「お前の隣にいる娘も知っているぞ。フラガの末裔よ。

 ルーンの名門が魔術の探求もせずに執行者ごときに堕ちるとは」

バゼットは老魔術師の狂気をはらんだ視線を受け止めてしまい、さしもの彼女も背筋がすくむ。

 

バルタザールは感情を顔に出さずに言葉を返す。

「結界から魔獣をうろつかせるとは耄碌が始まったかと思ったが、あいかわらず頭は達者なようだな。

 だが貴様は以前は余計な事をせずに魔導の探求に勤しんでいた。だからいままで封印指定は執行されていなかったのだ。

 それがここしばらくはどういう風の吹き回しだ。時計塔の学生や講師に怪しげな術をかけては貴様の結界に誘い込み、魔力を吸い上げ、抜け殻を使い魔として使役している」

 

魔術師は陰惨に笑っている。

「……もうワシの魔術も、生命も終わりだからな。

 魔術協会に封印指定をくらい、世界中を逃亡して回ったわい。だがワシの魔術にあう土地はなかった。

 この60年余りの間でワシは元の魔力を失ってしまった。

 この魔術師喰らいの術はもともとワシの技ではない。世界を逃げ回る間に他の魔術師がやっていたことを真似て始めた歪んだもの。この術を続けていればまもなくワシもあの虚無に喰われて滅ぶ。

 だがそれで構わんのだ。もう先の無いこの身、最後に執行者(きさまら)に一矢報いられればそれで満足よ」

老魔術師はやにわに天に向かって叫んだ。枯れ枝のような腕がローブから露出し振り上げられる。

「さあ虚無よ広がれ!

 この堕落した執行者どもを飲み込んで、その魔力を我が物とせよ!」

 

「させるかァ!」

バルタザールが老魔術師に向かって疾走する。風のように駆けるその体が白銀の光に包まれ、半人半狼の姿となって老魔術師に飛びかかった。

狼の牙と爪が老魔術師の細い骨に食い込み、皮を切り裂く。

「もう無駄じゃ。

 いちど開放したあの虚無はもはや止められぬ。

 貴様らを取り込み、ワシも取り込み、果ては時計塔のやつら全員を取り込む」

 

「そんなことをしてなんの意味がある!?」

狂った老魔術師を鋭い爪で締め上げながらバルタザールは問う。

「意味だと?

 何を愚かな事を問うのだ。決まっているではないか。

 根源への到達。これのみよ。ほかに何がある?

 時計塔の魔術師どもを全て取り込んだ虚無の魔力のなかで、

 ついに目にすることができるのだ。

 全ての魔術師の悲願たる根源の渦を———」

 

「——————斬り抉る!」

魔術師の繰り延べる盲執の言を、バゼットの詠唱が斬り裂いた。

 

 

バルタザールは老魔術師に飛びかかる寸前にバゼットに目で合図をおくった。

バゼットはバルタザールが飛び出すと同時に後ろを向く。

目の前では虚無の穴が一瞬一瞬と周囲の世界を喰らって巨大化していっている。

バゼットは背負った筒から鉛色の球体を取り出してその名を呼ぶ。

後より出でて先に断つもの(アンサラー)

球体はバゼットが引いて構えた右拳の上に浮遊して発動の瞬間を待ち構える。

 

虚無の穴は拡大して行く。その拡大に伴うかのように球体(ラック)は帯電し、閃光をほとばしらせる。ルーンをきざんだ鋭い刃が突出し、青く光る球体は透明となり、その中のトゲのある物体の姿があらわになる。

これこそ時間の概念を越える、運命を覆して、顕現した邪悪を打ち消す剣。

バゼットは拳を全力で振り切ってその剣を打ち込む。

 

「——————斬り抉る戦神の剣(フラガラック)!」

 

 

一条の光線が虚無の穴を貫く。

全てを飲み込もうとうごめいていた漆黒の闇は世界から、その存在を消した。

 

 

辺りには一転して静寂が訪れた。

激しい戦闘で焼き尽くされ、そして残っていた物も虚無に吸い込まれ、周囲にはただただ広い空間だけが広がっている。

 

バルタザールは地面にへたり込んだ老魔術師の頭を掴んだまま告げる。

「我々にとっては幸いで、おまえにとっては不幸なことに、

 ここには神父どもが来ていない。

 懺悔の言葉はあるか?

 私でよければ聞くが」

老魔術師の瞳がその身に残された全力の憎しみを映して最後の狂気を放つ。

 

「魔術協会の走狗ども…。

 おまえたちは…執行者どもは壊すばかりで何も生み出さない。

 我ら魔術師が生涯をかけて得たものを暴力で強奪して、それでも貴様らには魔術師としての矜持があるのか?

 この悪鬼!厄災どもが!」

老魔術師の呪いの叫びを全て聞き届けずに、バルタザールは腕を振りぬいた。鋭い爪が老魔術師の首と銅を切り離した。

 

 

バルタザールは老魔術師の死体を小さな筺に魔術をもちいて収納すると、バゼットの方を振り返った。

その表情は爽やかに笑っている。

先ほどの陰惨な戦闘の余韻をかき消してしまうように。

「ご苦労だったバゼット。

 今回の仕事はほぼ君の手柄といって差し支えない。

 一緒に封印指定執行部に来ないか?

 報酬の大幅な上乗せを上層部に掛け合おう」

 

「…………」

バゼットは少しの間沈黙したあと、

「……いえ、結構です。

 私は今日は1人で戻ります」

とその提案を断った。

 

「そうか、ではまたな」

バルタザールはそう言い残して、全身を銀狼の姿に変化させる。

そして瞬く間に森の中をかけ去って行った。

 

 

その翌日、バゼットは今まで一度も呼ばれた事のない貴族(ロード)たちの集会場に呼び出された。

その優雅な貴族(ロード)たちは、壇上からバゼットを見下し、自分たちの意のままにならなかった厄介な骨董品にこう宣言した。

 

まだ若輩の身ではあるが、特例として、バゼット・フラガ・マクレミッツを封印指定の執行者に任命する、と。


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