Bazett in ClockTower (時計塔のバゼット) 作:kanpan
時計塔の中の、学生や講師はあまり近寄らない一角にフリーランス魔術師向けに仕事斡旋を行う部屋がある。
ここには時計塔のヒラの研究者から貴族までいろんな立場の魔術師たちがさまざまな依頼を持ち込んでくる。
内容は時計塔の暇な学生のアルバイトと大して変わらない程度の実験用の触媒入手や簡単な礼装作成の内職から、世界の果てまで遠征して現地の魔術師に戦いを挑むものなどと、初心者向けから達人向けまで幅広く取り扱われている。
とはいえ、ここに来るのはまだ売り込み中のフリーランス魔術師たちだ。有名な者は依頼者から直接仕事の依頼を受け、それで十分な報酬を得ているのでここには顔を出さない。ここにくる魔術師はここで請け負った依頼をこなして実績を詰んで名を上げ、より大きな仕事の依頼を受けることを狙っている。有名になって貴族たちのお抱えになり、時計塔で地位を得る者もいる。
この日のこの部屋には数人の魔術師が訪れて、仕事の斡旋を受けていた。
その格好は時計塔で日々研究をしている魔術師たちとは一風変わっていて、一般のビジネスマンとかわらないスーツ姿の者もいれば、時代がかかったシルクハットに燕尾服といういでたちの者、ライフルを携えている軍人のような服装の者、かと思えばこの現代でどこでそんな物をふるうのかと首をかしげたくなるような
バゼットはすたすたとその部屋に入っていった。それを窓口にいる係が呼び止める。
「お嬢さん、学生の教育棟は別の棟だよ」
「ここはフリーランス魔術師向けの仕事斡旋をしているところだと聞きました」
ここしばらくの間、時計塔の学生に行方不明者が相次いでいるため学生はアルバイトを制限されている。それでこの学生もこちらまで働き口を探しに入ってきたのだろう。
「そうだが。学生向けのアルバイトは取り扱っていない。教育棟の方にいきなさい」
「私は学生ではありませんし、学生向けの仕事を探している訳でもない。フリーランス魔術師として仕事を探しにきたのです」
窓口係はバゼットを見て、ずいぶん若いようなのだがといぶかしく思う。
「そこにファイルが並んでいるだろう。そこに今受付けている仕事の情報が入っている。
君には手前の方のがおすすめだ」
バゼットは窓口係が指した方を見た。そちら側の机の上にファイルがずらりと並んでいる。
色分けされているようで、手前のほうには赤、青、黄色とカラフルなファイルが並び、続いて地味な茶色のファイルが並び、奥には長い間だれも触っていないのかと思うほど古びて埃だらけになったファイルがあった。
とりあえず勧められた手前のファイルを1つ取って開く。単純な内職仕事しか載っていない。
真ん中あたりにある茶色いファイルを開く。時計塔でたまにやっていたような作り損ねのゴーレムの解体とか逃亡したり迷子になったホムンクルスの捜索程度の仕事しか載っていない。
一番奥にある古いファイル。引き出すと埃が舞い上がる。思わず咳き込むのを押さえて埃をはたき落としてファイルを開いた。そこにはかなりヤバい感じの戦闘が必要そうな仕事が載っていた。
バゼットはその古いファイルを窓口係の前に広げた。
「この仕事を受けたいのですが」
窓口係はそのファイルを取り上げ、あきれた表情でバゼットに告げる。
「君にはこの仕事は無理だ。こっちにしなさい」
机の端から内職仕事が載ったファイルをつまむとそれをバゼットに渡す。
窓口係はやれやれと嘆息した。まったく、自分を過信する年頃の子供はどうしようもない。
む、としていかにも不満そうな表情をバゼットは浮かべている。
その肩を後ろから急にぽん、と叩く者がいた。バゼットが振り返るとそこに先客であるライフルを持った男とハルバードを持った男のフリーランス2人組がいた。
「お嬢ちゃん、こんなところに何しにきたの?」
「ここは女の子がくるようなところじゃないぜぇ。早く帰りな。じゃないと怖い思いすることになるよー」
彼らはバゼットの肩どころか頭までつかんでぐりぐりとなで回してくる。
勝手に頭を触られる不快さをとりあえず我慢しながら、バゼットは幼い頃から慣れ親しんだ故郷の英雄の逸話を思い出していた。
赤枝の騎士クーフーリンは、まだ幼いからと戦士として認めて貰えなかったときにいったいどうしたか?
そう、赤枝の名にかけて———
バゼットは振り向きざまに男が持っているライフルを奪い取り、それを机に叩き付けた。机が真ん中からへし折れ、ライフルはブーメランのように曲がる。
「うぇぇ!?」
ライフルの持ち主が悲鳴をあげる。バゼットは隣の男が持っているハルバードも奪い取ると柄を膝にぶちあてて真っ二つに折った。
「な、なにすんだお前!」
ハルバードの持ち主がバゼットにつかみ掛かってきたのをかわして内懐に入りそのまま背負い投げ。相手は棚に激突し、棚のなかに入っていた資料や道具が床に散乱する。
「ひぃぃぃぃぃ」
更に壁に張り付いている相手に右ストレートを。ドゴン、という破壊音とともに相手の頭の上の壁に大穴が開いていた。
「わかった、よくわかりました!どうぞお好きな仕事を選んでください!
だからもう勘弁してくれ」
窓口係がバゼットを止めたときにはおおよそ部屋の3分の1が破壊されていた。
もう今日は仕事にならないな、と嵐の後のような室内を眺めて肩を落とす。
一方で、これで問題なく仕事を選べるようになった、と
バゼットは散らかった部屋の壁に寄りかかって先ほどの古びたファイルを読み始めていた。
「そのファイルに載っているのは仕事の請け手が見つからないような厄介な仕事ばかりだよ」
窓口係は部屋の片付けをしながらバゼットに話しかける。
「それと、念のため言っておくけれど、そのファイルには封印指定執行案件が混じっている。
執行者の仕事になんかに関わると嫌われるぞ」
窓口係にバゼットは尋ねた。
「封印指定ってなんですか?」
「………」
窓口係の目が点のように固まっている。またなにか私は妙な事を聞いたらしいな、とバゼットは察した。後でウェイバーに聞きに行こう。
だが、窓口係はまたバゼットが暴れたら困ると思ったのかとても丁寧に『封印指定』について教えてくれたのだった。
まず封印指定とは何か。
魔術協会は子孫に継承することができないその者一代限りの希有な才能をもつ魔術師を「封印指定」と認定し、その能力を保護する。
保護といえば聞こえが良いが、実際の対応は幽閉だ。そんな扱いをありがたがる者はいないので、当然封印指定の魔術師は逃亡する。
逃亡先でその魔術師が騒ぎを起こさず過ごしていれば、魔術協会は逃亡を黙認する。だがもし魔術の神秘が一般社会に漏れるような騒動を起こした場合、魔術協会は封印指定を強行するのである。
封印指定執行者とは、魔術協会が封印指定に認定した魔術師が逃亡し、その先で問題を起こした場合に現地に派遣される部隊だ。
強力な力を持つ魔術師を相手にするため、執行者には魔術協会の中でも抜きん出た戦闘能力を持つ者が任じられている。
その能力たるや時計塔の警備担当魔術師などでは比較の対象にすらならない。
また封印指定の保護の対象はあくまでその魔術師の能力の結晶である魔術刻印だ。執行者に求められるのは魔術師の体内の魔術刻印の回収であり、魔術師の命ではない。
結果、ほとんどの場合で執行者は封印指定の魔術師を殺して死体だけを持ち帰る。
つまり魔術協会公認の暗殺者であり、魔術師たちにとっては自分たちの研究成果を暴力で奪い取る忌むべき集団だ。
「時計塔の厄ネタ3つ、1.悪霊ガザミィ、2.封印指定、3.封印指定執行者。
そんな事も知らないで時計塔にいるのか?君は」
窓口係はあきれきった口調でバゼットに言い放つ。正直言ってこの少女の方がなんなんだと思わざるを得ない。
バゼットは話を聞きながら、ファイルの中の仕事を物色している。
このファイルにある仕事は他のファイルのものに比べて報酬の額が二桁は違う。これなら今までの借りが返せるし、自立も出来るだろう。
そんな経緯を経て、バゼットはフリーランス魔術師向けの仕事を始めた。
2、3の荒っぽい仕事をこなした結果、最初はバゼットを子供扱いしていた窓口係も最近はすんなりと仕事の取り次ぎをしてくれるようになった。いくらかは能力を認めてもらえたのだろうか。
ある日、いつも通りバゼットが窓口にファイルを持ち込み、この仕事をやらせてくれと言うと、久しぶりに窓口係は苦い表情を浮かべた。
「これは封印指定案件だよ」
窓口係が説明を始める。
この案件のターゲットである魔術師はロンドンの校外の森に結界を張って人払いをして住んでいる。
この魔術師はずいぶん昔に封印指定を受けた者で、すでに80歳か90歳の年寄りのはず。他の封印指定の魔術師と同様に海外に逃亡していたのが10年くらい前にいつの間にか戻ってきていた。
なんでもこの魔術師の魔獣だかホムンクルスだかが結界の外に出て活動していることが時折あり、処分が必要なのだそうだ。
「封印指定の魔術師が何で戻ってきたのか知らないが、まあ、歳でボケたんだろう。
そのうち執行者どもが出張ってくるはずだ。かち合うと面倒だぞ」
と窓口係は暗に止めるのだが、
「この仕事を請けます」
と躊躇せずバゼットは返事した。
この仕事の報酬は他と比べてさらに破格なのだ。やりごたえもあるだろうし、きっと自分の力の証明に役立つに違いない。
バゼットがターゲットの魔術師が結界を張っている森に着くと、森のなかから強い魔力を感じた。魔力をたどって出元に辿り着くと魔獣の群れと2人の魔術師がにらみ合っていた。
先客だろうか。
フリーランス向けの斡旋所に出る仕事は特に1人の魔術師に依頼するとは限らない。仕事場でほかの魔術師と鉢合わせする事もありうる。
見たところ魔獣は20匹ほど。多勢に無勢だ。
バゼットは魔術師たちから見える位置にある木の枝に飛び乗って彼らに声をかけた。
「私はこの森に住む魔術師を追って来たフリーランスだ。
もしよければ助太刀しますがどうしますか?」
魔術師の片方が返事をした。
「助太刀を頼もう。では、始めるぞ!」
バゼットに返事を返すやいなや、2人の魔術師は魔獣の群れに突撃していく。
おっと、遅れはとるわけにいかない。バゼットも木から飛び降り、魔獣狩りに参戦した。
バゼットは調子良く魔獣たちに拳や蹴りを叩き込み、さっそく数匹を仕留めた。
助太刀する、といった手前、圧倒的な戦果を見せたいところだ。
が、他の2人もバゼットに全く劣らないペースで魔獣を狩っている。彼らは相当な腕利きなのではないだろうか。時計塔にきてから出会った魔術師たちのなかで一番腕の立つ者たちのように見える。
助っ人のつもりで参加したのが、もはやあの魔術師たちとの魔獣狩り競争のような気分になってきていた。
魔獣狩りがはじまって10分も経たないうちに残るは最後の1匹となった。いままでにバゼットが仕留めたのは6匹。
あと1匹を仕留めてスコアを稼ぎたいところ———。
バゼットは逃げる最後の1匹を追いつめる。あと数歩で捕まえられるか、というところで目の前をナイフ状の刃が横切った。その刃が獲物の首をそぐ。
「お疲れ。ハンティングは終了だ」
木陰から魔術師の1人が姿を現した。
結果、魔獣狩りのスコアは7:7:6で終わった。
1人負けになったバゼットは正直悔しく思っていた。この手の戦闘で他人に負けるとは。
森の中からもう1人の魔術師も姿を現す。
坊主頭にアーミージャケットのゴツい男と肩ぐらいの長髪に黒い衣服にたくさんの銀色のアクセサリーをつけた男。
「やあ、また会ったな
そっちはもう覚えていないか?」
坊主頭の方にそう言われて、バゼットは自分の記憶をたどる。そういえば彼らを見かけた事があった。そうだ、それは確か月霊髄液を追った公園でだ。
「久しぶりだね。バゼット。
我々は協会の封印指定執行者だ。この森に住む魔術師は魔獣を結界から逃亡させたかどにより、これから封印指定を執行する」
長髪の方が穏やかな口調で続けた。
「私の事を知っているのですか?」
バゼットは少し驚く。この相手はバゼットの名前を知っていた。
「もちろん。君は君が思っているよりも有名人だ。
この件はもうフリーランスの魔術師はお引き取り願う所だが、君の助太刀であれば歓迎する。報酬も弾もう。どうする?」
長髪の男の涼しげな目は挑発しているようにも見える。こちらにも異存はない。
「もちろん、共闘を続けましょう」
坊主頭はアロルド、長髪はバルタザールと名乗った。
「それはとても心強い。
バゼット・フラガ・マクレミッツ、君の協力に感謝する」
実力行使で上級者クエストカウンターを解禁し、執行者クエストに飛び入り参加したバゼットさんでした。
今回から本格的にシリアスモードに入りました。
最後の方に出てきた執行者コンビはオリキャラです。