やはり俺が闇鴉なのは間違っている   作:HYUGA

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 長らくお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
 それでは、剣豪上軍の配下獲得大作戦/後編を投稿します。

 それではどうぞ(^_^)/~






第七話 剣豪将軍の配下獲得大作戦! 後編

 

 

 

 商品説明『ドールファンタズマ』

 

 式の種類:人造式(使役式)

 保存方法:日陰などの湿度の高い所はなるべく避け、呪的影響の少ない場所に保存してください

 原材料名:コート紙(呪的コーティング済み)、漆性インク(霊媒能力者の血液を使用)、呪的

      刻印、榊の樹脂(和歌山県産)、桃の果汁(栃木県産)、陰陽二種クラス呪力

 

 なお、本商品は一般の陰陽師向けの商品です。霊力を持たない方、特殊な霊力をお持ちの方、あ

 るいは特別『霊媒(・・)』能力の高い方はご使用をお控えお願いいたします

 特に、『生成り(・・・)』の方がご使用いただきますと大変危険です

 既存の霊的存在に呼応し、本商品の霊媒能力を大幅に超える強力な霊体を引き寄せる危険性があ

 ります。その場合の責任は、本社は一切承れませんのでご注意ください

 ご使用の際は用法に十分注意し、使用前には必ず、周囲の安全を確認の上、正しい使用方法にて

 ご使用ください

 

 尚、本商品の構築は、ウィッチクラフト社所属陰陽師『百枝(ももえ)』が担当しております

 ウィッチクラフト社は、陰陽師の皆様のより安全な退魔・修祓をご支援しております

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――― 第七話 剣豪将軍の配下獲得大作戦! / 後編 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―― 2012年4月某日 東京・陰陽塾、呪術訓練場 ――

 

 

「よしっ! できたっ! 見て見て、ゆきのんっ! できたよーっ!」

 

 

 呪術訓練場に響く結衣の歓びの声。その彼女の隣には、命の灯を持たない青い人型がニコリと微笑んでいる。見るからに細い身体に、綺麗な長髪。そして、頭にはぴょこんと跳ねる犬型の耳。

 結衣は、自分の“親友”そっくりに造ったその式に、えいっと抱き着いた。

 

 

「えへへ~、ゆきの~ん」

 

 

 結衣が『ドールファンタズマ』を使って生成したのは、犬耳の雪ノ下雪乃だった。

 この場にいないもう一人の奉仕部部員がこれを見たら、きっとこう口にするだろう。「お前、どんだけ雪ノ下の事、好きなんだよ…」と。

 結衣の突然の行動に、雪乃は恥ずかしさで顔を赤くする。

 雪乃自身が抱き着かれていないにもかかわらず、自分そっくりの式であるが故か、雪乃は普段自分に抱き着かれるよりも、恥ずかしく感じた。

 

 

「ゆ、由比ヶ浜さん…そ、その、あまりそういう事はしないでくれないかしら? 自分自身ではないとはいえ、その、少し恥ずかしいのだけど…」

「えー! なんでっ! 『ゆきわん』すっごく可愛いじゃんっ!」

 

 

 聞きなれないその呼び名に、雪乃の顔はさらに赤く染まる。

 

 

「ゆ、ゆきわん…ゆ、由比ヶ浜さん、その『ゆきわん』というのはいったい…」

「犬耳のゆきのん。だから、ゆきわんっ! ね? 可愛いでしょー!」

 

 

 それは罪の意識など全くない、澄んだ笑顔だった。

 

 

「由比ヶ浜さんお願い。やめて」

 

 

 さらに顔を真っ赤にして悲願する雪乃に、結衣は「えーっ」と、抗議の声を上げる。

 そして、ぷーっと顔を膨れさせ、いいもーんっと、『ゆきわん』のその薄い胸板に抱き着き、ぐりぐりとそのたわわに実った二つの果実を押し付ける。

 その天真爛漫な結衣の行動に、そんなところまで再現しなくともいいのに…と、雪乃はがっくりと肩を落とした。このとき、雪乃は純真な結衣の行動原理を心から恐ろしく思った。

 

 

「えへへ~『ゆきわん』可愛いよ! ゆきわん! 全体的に小っちゃいのがすっごい可愛い~!」

「ち、小っちゃい…」

 

 

 その言葉に、雪乃の顔が凍りつく。

 もちろん、その言葉を言った結衣に他意はなく、ただ普段の雪乃より小さな身体をした式を見て、素直に発した言葉であった。

 しかし、雪乃には、なぜか結衣に抱き着かれている『ゆきわん』の笑顔もまた、ピシッと凍りついたような気がした。その気持ちは痛いほどよく分かる。

 同じ雪ノ下雪乃として、雪乃は『ゆきわん』に、激しく同情してしまった。

 

 

「由比ヶ浜さん。あなただけは私の味方だと思ってたのに……」

 

 

 そう悲しげに雪乃は呟く。

 そして雪乃は、自身の隣にちょこんと女の子座るをしている“式”の頭をそっと撫でた。

 まるで親が子を慈しみような、慈愛に満ちた表情の雪乃には、ねこみみ姿の“親友”が、ごろごろと嬉しそうにのどを鳴らしたような気がした。

 豊満で柔らかそうな身体。お団子に結われた髪。そして、頭にぴょこんと生えるネコ耳。

 全身が真っ青であるにも関わらず、雪乃はその“親友”の可愛さに、思わず見惚れてしまう。雪乃はうっとりした表情で式に語りかけた。

 

 

「もう、私の味方はあなただけよ―――『ゆいにゃん』」

 

 

 今更ではあるが、今回の話では基本的に雪ノ下雪乃は壊れているから、注意してほしい。

 ホントに、今更である。

 いまにも「にゃー」と言い出しそうなほど、夢中で撫でる雪乃。

 だが刹那、八幡が出て行ったきり閉ざされていた訓練場の扉が開かれるのを察知し、雪乃はギリギリのところで、「決定的な何か」が壊れるのを、思いとどまる。

 それはまだ、雪乃の中の理性が欲望より勝っていた証拠であった。

 

 すでに、かなり手遅れな気がしないでもあったが―――。

 

 

「邪魔するぞ」

 

 

 そう中にいる生徒に気を配りながら、そっと扉を開け、呪術訓練場に現れたのは平塚であった。

 だが、彼女の近くには平塚のもとに行ったはずの八幡の姿はない。

 部活顧問である平塚の登場に、雪乃と結衣は不思議に思いつつも、二人は微笑んで、平塚を迎える。

 

 

「こんにちわ。平塚先生」

「やっはろーです。平塚先生」

 

 

 自分が顧問を担当する部活の二人に、平塚は気さくに手を上げ寄ってくる。

 その視線は、きょろきょろと辺りを『視て』おり、どうにも落ち着かない様子だ。その顧問の様子に、二人は大体の事情を察してしまい、結衣は苦笑し、雪乃は「やっぱり…」と、呆れたように額に手を当てた。

 そして、二人の心情の応え合せのように、平塚は雪乃と結衣に問いかけた。

 

 

「……すまない、二人とも。ここに比企谷はいるか?」

「いえ。彼は十分ほど前に先生の所に行くと、出ていきましたが―――、先生、もしかして」

「あぁ、雪ノ下。そのもしかして、だ」

「ヒッキー…」

 

 

 平塚の言葉に、結衣は「うわ……」と、いう顔をする。

 まだまだ短い時間ではあったが、八幡と同じ時を過ごしてきた二人には、悲しきかな、八幡の浅はかな考えなど読めてまっていた。

 その二人の様子に、平塚もある程度の事を察する。

 そして顔を見合わせ、奉仕部顧問と女子部員は深いため息を吐いた。

 

 

「…平塚先生。やはり、あの男は来なかったのですね」

 

 

 雪乃の確認に、平塚は沈痛な面持ちで頷く。

 同時に、「そこまでして私から逃げたいか…」と、なんだか悲しい気分にもなった。

 もし―――。いや、もはや確実に、八幡が全力で平塚を避けているのであれば、彼は躊躇なく『穏形術』を使っているだろう。そうなっては、平塚単体で八幡を見つけるのは困難だ。

 なぜなら、この陰陽塾の歴代でも有数の穏形術使いである八幡を確実に見つけられるのは、講師を含め、陰陽塾では二人しかいないからだ。

 

 すなわち、穏形する彼の霊気を『視れる』ほどの高い霊視の才能を持つ雪乃か、あるいは、生成りの力で穏形を見破れる結衣の二人しか。

 

 その点において、二人は確かにに八幡のストッパー足り得ているのである。

 

 

「あぁ。まさか、比企谷がこうまでして私から逃げようとするとは…。ただちょっと明日の講義で使う資料運びを手伝ってもらおうとしただけなのに…」

 

 

 平塚は、それこそ婚活パーティの翌日のような落ち込みようだった。

 その哀愁すら沸いてしまいそうな姿に、雪乃と結衣は思わず同情してしまう。

 

 

「平塚先生。お気になさらないでください、悪いのは全部あの男なのですから…」

「そうだよ先生! 元気出してっ! ヒッキーにはあたし達からもちゃんと叱っておきますから!」

「お、お前ら…」

 

 

 奉仕部ガールズの慰めの言葉に、平塚は涙をぬぐう。

 女子高生に慰められるアラサーという、なんとも情けない光景であったが、なぜか妙にしっくりくる光景であった。普段から、手のかかる子供(八幡)の世話をしている奉仕部ガールズ(母親たち)の賜物である。

 そんな奉仕部ガールズの慰めで立ち直った平塚は、あらためて辺りを『見』渡した。

 すると、平塚の目に見慣れぬものが入ってくる。

 それは、ただ霊視で『視る』だけでは、確かに違和感はあるが、陽の気の塊でしかない。

 だが、普通に自分の肉眼で『見る』と、それが異様な光景であるとすぐに分かる。

 疑問を確かめるべく、平塚は奉仕部ガールズの二人に、問いかけた。

 

 

「ところでお前たち―――、こいつはいったいどうしたんだ?」

 

 

 平塚は、目に入ったそれを顎で指し、雪乃と結衣に説明を求める。

 それに対し、結衣は気まずげに目を逸らし、雪乃は「あぁ…」と、声を漏らした。

 

 

「いえ、特に先生にお話すようなことでもないのですが……。ただ、彼が私たちに対して不貞なことを言ったので、ちょっと調きょ……ではなく、教育的指導を施したまでです。これはその副作用とでも思っていただければ結構です。ですから、先生もあまりお気になさらないでください」

「そ、そうか……雪ノ下。なら、仕方ないな…うん」

 

 

 そうは言うものの、平塚は気になって仕方なく、ちらりとそれを見る。

 いったい、雪乃はどんな調きょ―――もとい、教育的指導をしたのか、あるいはどんな調きょ―――もとい、教育的指導をされればこうなってしまうのか。

 平塚は、床に蹲(うずくま)る彼―――材木座義輝を見て、そう思った。

 だが、不思議と聞こうと言う気にはならない。なぜなら、それを聞いてはいけない気がしたからだ。

 平塚はもう一度、ちらりと材木座を見る。

 その彼は、最早何かに憑りつかれているかのように、うわ言で何かを呟いていた。

 

 

「す、すみません、すみません、ごめんなさい。すみません、すみません、ごめんなさい、許してください。だ、だって、厨二病という特徴を抜いたら、ボクのアイデンティティ無くなっちゃうじゃないですか。厨二病のないボクなんて、ただのデブキャラでしかありませんし。だからやめてください、お願いします。ボクの口を塞がないで、お願いします。あ、あ…あ…あぁああああぁぁぁ―――」

 

 

 見なかったことにしよう。平塚は今見た映像を、脳から振り払おうと首を振った。

 幸いなことに、平塚には話題転換の矛先がすぐそこにあった。

 しげしげと、それを見つめ、平塚は、今度は雪乃と結衣の隣に居る彼女達の式に話題を移す。

 

 

「ふむ。これが例の、ウィッチクラフトの新型の式か…」

 

 

 平塚の視線に応じるように、『ゆきわん』と『ゆいにゃん』がニッコリと微笑む。

 どうやら、変則的な基本動作であるようだ。

 中身のない自立式には決してできない行動に、平塚は感嘆した。

 

 

「ほう、これはすごいな…」

 

 

 平塚は、すぐに視界を切り替えて式の中を『視る』。霊視により、平塚は一瞬で、式の中に存在する「霊的存在」を感知する。その技術に、平塚は感心したように頷いた。

 

 

「なるほどな、これはおもしろい。まさか、霊的存在を式に入れるとは……。なるほど、いわばこれは、疑似的な使役式というわけか。しかし、この式の形状は―――」

 

 

 そこまで聞いて、その様子を見ていた式の主である現実の雪乃と結衣はあわあわと焦る。

 

 

「あ、あの平塚先生。べ、べつにこれは由比ヶ浜さんに、ねこみみがついていたら可愛いんだろうなと、思ったわけじゃなくてですね……」

「せ、先生。あたしも! あたしも、ゆきのんがいぬみみだったら可愛いんだろうなーっておもったわけじゃないんですよ! たまたま。たまたまです!」

「そもそもですね先生。これは、あの男から身を守るための、私たちなりの防衛手段なのです。放課後の時間を私たちのような美少女と同じ部室でずっと過ごすのですから、あの男がいつ不埒なことを考えて、血迷うか分かりません。そうならないためにですね……」

「そ、そうなんです先生! ヒッキーって、ときどきあたしたちの胸とか脚とかチラ見してるから、いつそう言う気持ちになっても、おかしくないっていうか……べ、べつにいやってわけじゃないんですけど……あっ! 今のなしっ! お願い先生っ! 今のは聞かなかったことにしてくださいっ!」

 

 

 様々な言い訳をあわあわしながら言う奉仕部ガールズに、平塚は苦笑し、

 

 

「わかった、わかった。お前らの言い分はわかった」

 

 

 向けられる雪乃と結衣の視線に、「まいった」と、両手を上げた。

 なんとも、微笑ましい光景だと、平塚は思う。

 いくら言い訳したところで、彼女達、奉仕部ガールズの思惑など手に取るようにわかる。と、いうより最初に二人とも口に出していたことに気づかないのだろうか。

 まだ出会って数日しか経っていないはずなのだが、結衣との出会いが、まさか雪乃をここまで変えるとは、予想以上の成果だった。

 

 願わくば、もう一人の方にも影響があれば万々歳なのだが―――。

 

 そこまで考え、平塚は自分の考えがとてつもない希望論であることに思い至った。

 平塚は思い出す。二年前、はじめて八幡に会ったときのことを。

 彼の心に潜む闇は、雪乃以上に根深い。それを変えることは簡単ではないはずだ。

 だが、同時に平塚は思う。

 

 この二人ならば、いつかきっと――-。

 

 

「いやはや、仲が良くて結構なことじゃないか。この調子であの捻くれ者のことも頼むぞ、二人とも」

 

 

 そう口添えし、平塚はパチリとウィンクする。

 本人が無駄に美人なため、普段なら鼻につくその仕草も、妙に様になっていた。

 

 

「……えぇ。まぁ、大変不本意なのですが、先生の直接の依頼なので無碍にもできませんし、あの男の事は任せてください。私たちできっちり更生させますから」

 

 

 雪乃は「ふふっ」と、いつもより少し優しい顔で頷く。次いで、結衣が「ふんすっ」と、気合いを入れたように、拳を握りしめた。

 

 

「任せてください! あたしたちでヒッキーのこと真人間にしてみせますから!」

 

 

 もし、本人が聞いてたのならば「よけいなお世話だ」と、口を曲げそうな物の言いようであった。

 だが、平塚は二人の言葉に満足げに頷く。

 最初は、確かに依頼だったのかもしれない。だが、今の雪乃と結衣からは、確かに八幡のことを思う気持ちが見て取れた。

 二年前。封鎖された病室で初めて出会ったあの危うい彼を、心から心配する者が出来たことに、平塚は心の底から安堵する。あとは、その彼自身さえ、変われば―――。

 

 

(比企谷。ここには、お前の事を心配する者が二人もいるんだ。だから、お前も―――)

 

 

 そこまで思い、平塚ははにかむように自嘲した。

 

 

「ははっ、なんとも心強い言葉じゃないか。……ありがとうな、二人とも」

 

 

 その最後の言葉は、一体どう言う気持ちで言ったのか平塚自身にも分からなかった。

 ただ、一つだけ確かなこともある。

 本人がどう思っているかは皆目見当のつけようがない。が、平塚から見たら、二年前のあの日からずっと、平塚が気にかけていた孤独な彼は、もう―――。

 

 

「さしあたっては、彼の更生プログラムを真剣に考えなければいけないわね。由比ヶ浜さん、手を貸してもらってもいいかしら?」

「もちろんだよゆきのん! 二人で頑張ろう!」

 

 

 独りでは、なくなっていた。

 その事実に、平塚はまた優しげに微笑む。

 

 

「さて、それじゃあそろそろあの愚か者を探すとしようか」

 

 

 ぱんぱんと手を叩き、平塚は二人の意識を自分に向けさせた。

 二人の視線がこちらに向いたのを確認すると、平塚はポケットから葉を取り出し口にくわえた。

 そして、いつものようにライター代りの呪符で葉に火を点けると、少し考えるように腕を組む。その光景に、結衣は「あ、あれならあたしでもできそう!」と、目を輝かせ、雪乃は初めてそれを見たときの八幡と同様に、無駄にきめ細やかな技術で編まれた呪符と、その使用方法に何とも微妙な気持ちになった。

 ふーっと、一回煙を吐き、平塚は話を続ける。

 

 

「とりあえずは、比企谷の居場所だな…あの小心者のことだから、塾内にはいると思うのだが―――」

「あ、それなら大丈夫ですよ先生! さっき、平塚先生の名前を出してヒッキーにメールしたらすぐに戻るって言ってましたから!」

 

 

 と、にこやかに八幡の最期通告を告げるのだった。

 いったい、いつの間に―――。と、雪乃は親友の技術に少しだけ感心した。

 それにしても、雪乃はふと疑問に思う。あの捻くれ者にしては些か素直すぎる気がする。いったいどんなメールを送ったのだろうか?

 そして、結衣のその言葉に平塚は再び満足げに頷いた。

 

 

「でかしたぞ由比ヶ浜! そうか、そうか、すぐ来るか。うん、やはり学生は素直な方が可愛げがあっていい。うん、だんだんと比企谷も変わってきたということだな。だが―――」

 

 

 そこまで言って、平塚はニヤリと唇を吊り上げた。

 その少し邪悪な笑みに、雪乃は疲れたようにため息を吐き、結衣は帽子の中の犬耳がピンと逆立たせる。完全に自業自得ではあるのだが、雪乃と結衣は少しだけ八幡に同情してしまうのだった。

 

 

「あの比企谷(捻くれ者)には、少しばかり教育的指導が必要なようだな…」

 

 

 平塚の視線の先には、『ゆきわん』と『ゆいにゃん』。二体のドールファンタズマの姿。

 それを使って、何かよからぬことを考えているのは、誰の目にも明らかだった。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 思えば、それが悪夢の始まりだった。

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

「ほう、そういう事情ならば我が協力しないわけにはいかぬな」

 

 

 数分後、訓練場では無理やり現実に呼び戻された材木座が「ニヤリ」と笑っていた。

 その嬉々とした様は、どうやらさっき八幡にしてやられたことを相当恨んでいるらしいことが、すぐに分かるほどであった。だが、雪乃は同情などしない。

 なぜならこうなった原因は全部、八幡の自業自得であったからだ。

 

 

「ふふふ、では発表しよう! 今回、比企谷を懲らしめる作戦は名付けて! 『ドキッ! 呪術訓練場に入った瞬間お化けが出たよっ! IN陰陽塾!』だあぁああああああ!」

「いえぇーいっ!」

 

 

 平塚の叫びに呼応し、結衣がハイテンションに乗る。

 まるで、子供みたいにはしゃぐ平塚(大人)に、雪乃は呆れてため息を吐く。

 もしこの場に八幡が居たら「先生、いい年してなにしてるんですか…ていうか、そのタイトルってまんま80年代―――」と、口にだし、衝撃のファーストブリットをくらっているところだろう。

 唯一の良心だった結衣がノリノリでこの企画に乗っかったため、この場において本当に唯一の良心となってしまった雪乃は辟易とした。

 

 

「……あの、平塚先生? これはいったい何なのでしょうか?」

 

 

 雪乃の至極真っ当な疑問に、平塚は「ノリの悪い奴だな…」と、呆れたように腕を組んだ。

 その、自分が悪いみたいな空気に、雪乃は少しだけムッとした。

 

 

「いいか、雪ノ下。比企谷の捻くれ具合は、それはもう天然記念物ものだ。そんなあいつが、ちょっとやそっとの事では変わるはずがない。ここまでは分かるな?」

「…まぁ、その通りですね。あの男は、つくづく集団の心理が分からないぼっちの達人ですから」

 

 

 平塚の言い分に、雪乃はとりあえず納得する。

 だが、彼女の瞳には相も変わらず平塚への疑わしげな光が宿っている。

 それに応えるように、平塚はむんっと胸を張った。瞬間、平塚の揺れる胸部に、雪乃はさらに精神的なダメージを受けた。

 

 

「そこで、だ。私は考えたわけだ。だったら、一度、あの捻くれ者にはぎゃふんと言わせなければいけないとな。これは持論だが 躾に一番効くのは痛みだと私は思うのだよ」

 

 

 平塚は言葉を続けた。

 

 

「それに、都合の好い事にここには新型の式『ドールファンタズマ』があるからな。式神の使役の訓練もかねてやるのだから、悪い話ではないだろう?」

 

 

 そう言う平塚の視線は、結衣へと向けられていた。

 元来、陰陽塾に入る予定のなかった結衣は、陰陽師に関する知識に疎く、陰陽塾内では落ちこぼれとして扱われている。平塚は、その改善も込みで、この作戦を思いついたのだ。

 だが、それでも雪乃は渋る。雪乃はどうしてか、ひどい胸騒ぎを覚えていたからだ。

 

 

「で、ですが、比企谷くんを懲らしめるためとはいえ、不安定な試作品の式をそんなことに利用するのはいかがなものでしょうか? それに、私たちは塾生ですから、まだ未熟な身ですし―――」

「なーに、その辺りは心配いらないさ。元祓魔官の私がいるのだぞ? 問題はないさ」

 

 

 そこまで言って、平塚は「話は終わった」と言わんばかりに式符に呪力を込める。

 そして、式が具現化され、実態を持つ。

 それは最初に材木座が実体化させた、材木座自身を模した「青い材木座」のドールファンタズマの式神だった。

 

 

「と、いうわけだ、二人とも。この材木座の式神を幽霊仕様に魔改造するぞ! ほら! どんどんやっていけ!」

 

 

 平塚の言葉に、結衣と材木座は「おー!」と、手を振り上げる。

 最早、あきらめに似た感情で、三人を見ながら、雪乃は疲れたように額を押さえてため息をつくのだった。

 

 

「そういうことであるなら我は角でも生やすかな。ハッタリの効いた我の式にふさわしい奴を!」

「ふむ。だが材木座。それでは幽霊と言うより鬼になってしまうのではないか? 迫力はあるかもしれんが、些か恐怖という概念からは離れるような気がするな」

「ふむん、一理ある。ならば平塚教諭、マントならどうだろうか? それならば、幽霊の羽織る霊布のようで気味が悪いと思うが」

「お、なるほど、それは名案だ。ならば私は火の玉でも浮かばせるか。心霊スポットに火の玉は付き物だからな」

「ほう、さすがは平塚教諭、やりますな。だったら我は右手に鉈でも持たせて、某ひぐらしのごとく―――」

「ひ、平塚先生。それに財津くんも。そんな簡単に言いますが……」

 

 

 お絵かきでもするような気楽さで言う二人に、雪乃は慌てて釘を刺そうとした。

 しかしその雪乃に、結衣が抱き着く。

 

 

「ゆきのーん! あたしたちは何しよっか!」

「ゆ、由比ヶ浜さん!?」

 

 

 突然の出来事のに驚く雪乃に、結衣はあっけんからんと微笑んだ。

 

 

「心配しなくても大丈夫だよゆきのん。要はさっきまであたしたちがやっていたことを、皆でやろうってだけでしょ? あたしにもできたんだからきっと大丈夫だよっ!」

「い、いえ、由比ヶ浜さん。そう言う問題ではないのよ。私が言いたいのは―――」

 

 

 けれど、雪乃がそこまで言ったときには、結衣はすでにそこにはいなかった。

 

 

「あ! だったらあたし効果音付けたいな! ほら! 幽霊って、こう『ドロドロ~』って言いながら出てくるじゃん! あれな感じ!」

「待て、由比ヶ浜。だったらそんなありきたりな音じゃなくて、なんかこう、壮大なファンファーレとかをな…」

「ほぉーそれは良い考えだな、平塚教諭。ならば、ついでに登場シーンに何か口上を喋らせるのもよいかもしれん。こう、壮大な我の配下にふさわしい素晴らしい口上をだな―――」

「おぉ! やるじゃん厨二っ! だったらさ、声も工夫しようよっ! みんなの声をサンプリングして、エコーなんかもかけてっ! その方が絶対ウケるってっ!」

「え? あの? 三人とも、それ本気で言ってるんですか? ほんとにやるんですか?」

 

 

 雪乃が恐る恐る確認したが、他の三人は、もうろくに返事もしない。全員真剣な面持ちで腕組みし、ああでもない、こうでもないと唸っている。

 

 

「……もっとデザインをだいたんにすべきか。……いっそ、足でも増やすか……」

「ほう、確か北欧神話のスレイプニルは八本足であったな……いや、むしろこの場合ケンタウルスというのが妥当かもしれぬな」

「ヒッキーが驚きそうなこと……あ、そうだ! ピカーって光らせようよっ! そんで、光に合わせてみんなの声で『わっ!』って言うのっ!」

「……ふむ。女朗、お主もやるな。……あとは、カッコよさも追及したいものだ。マントの色をシルバーとかゴールド……いっそ、虹色にするのも……」

「いや待て、材木座。それでは驚かす前に比企谷が気づいてしまう。だから、ここは敢えて色ではなくマントの形にこだわってだな……」

「ねぇ! 顔にハートマーク付けようよ! その方が絶対可愛いよっ!」

「「それはないっ!」」

「え~っ!」

 

 

 たたずむ『ドールファンタズマ』を見つめながら、ぶつぶつと呟く結衣と平塚と材木座。式神を見つめる瞳がいつしか怪しげな光を放っている。雪乃はごくりと生唾を飲んだ。

 

 

「あ、あの、三人とも? 時間は限られているのだし、もうその辺で―――」

 

 

 やめませんか? そう続けたかったのだが、雪乃が口にするよりはやく、

 

 

「そうであった! 急いで改造せねばっ!」

 

 

 材木座が叫び、平塚が『ドールファンタズマ』を式符に戻し。

 そして、その式符を「結衣(・・)」に渡す。

 

 

「調整している暇はないから一発勝負でいくぞ! やれ! 由比ヶ浜!」

「は、はいっ!」

 

 

 平塚の号令に、結衣は決心したように応じ。

 材木座は「うむ」と頷き。

 雪乃は思考を停止させた。

 残念ながら、まるで徹夜明けのようなテンションの彼女らに、それが誤った判断だと区別できるだけの思考は持ち合わせていなかった。

 いったい、どうしてこうなったのか、雪乃は目の前の光景を見ながら思う。

 もしこの場に、もう一人の奉仕部部員が居たら、この奇行を止められたのかもしれない。

 それは、彼が数々の「トラウマ」と言う名の不条理を浴びせられてきたから故に身に着いた、鋼のメンタルを評価しているからこその思いだった。

 

 

(あぁ…比企谷くん。今ほど、あなたに傍にいてほしいと思ったことはないわ…)

 

 

 そして、雪乃は覚醒した頭で目の前の光景を『視る』。

 幸か不幸か、他人より霊視能力が優れる雪乃には、その変化がすぐに分かった。

 結衣の唱える呪文によって、魔改造されていく式符。

 

 そこに群がるこれまでより、遥かに(・・・)大きな(・・・)霊的存在。

 

 それは明らかに、人工的な式符ごときが封じれる存在ではなかった。

 刹那、カッと式符が光る。

 雪乃は無駄だろうと、心の底で思いながらも、必死に手を伸ばした。腰の呪符ホルダーから一枚、呪符を取り、そして―――。

 

 

「ダメよ! 由比ヶ浜さん! 今すぐその式符を放してっ!」

「ふぇ?」

 

 

 瞬間、結衣の持つ式符が盛大に暴れ出す。

 それは、呪術訓練場崩壊のわずか三分前の出来事だった。

 

 

 

 

         *

 

 

 

 

 大切なのは、雪ノ下、由比ヶ浜、それに平塚先生の奉仕部ガールズ(?)の虫の居所だ。

 由比ヶ浜から秘密のメールを受け取り、いつも昼飯を食べるマイ・フェーバリット・スポットから、呪術訓練場に向かって全力疾走しながら、俺はそんなことを考える。

 え? 逃げたんじゃないのかって?

 ハハッ(某ネズミのマスコット風)、何を言ってるのかなキミは。

 あれは逃げたんじゃない。そう、あれは訓練だったのだ。

 陰陽塾内を、穏形したまま全力疾走して、体力と霊力の持続力を高めるだけでなく、穏形の訓練にもなる。一石二鳥どころか、三鳥の素晴らしい訓練なのだ。

 俺ってばマジ策士。

 べ、べつに、平塚先生にビビったわけじゃないんだからなっ! ホントなんだからなっ!

 はーはっはっはっはっはっは。はーはっはっはっはっは。はぁ……。

 

 

「あいつら、何土下座で許してくれるかな…」

 

 

 はい、ただへタレただけです。本当にすみませんでした。

 自らの過ちに気づき、俺は億劫になる。

 だって仕方ないじゃん。平塚先生怖いじゃん。あの人、婚活パーティーの翌日とか、普通に新作の呪符の実験台として呼び出したりするんだぜ!? どんだけ俺の事好きなんだよ!?

 あまりに理不尽なアラサー講師の所業の数々を思いだし、俺は溜息を吐く。

 願わくば、平塚先生の機嫌がいいことを祈るばかりであった。

 

 

「……あー、とうとう来ちゃったよ……」

 

 

 そして、ついに俺は呪術訓練場の前まで来る。訓練場の鉄の扉の重さが、今の俺の内心を現しているようで、なんとも憂鬱な気分だ。

 これ、なんて心理の扉? あ、ミスった真理か。いや、ある意味真理か。

 けれど、いつまでもこうしていたら何も始まらない。俺は決意し、訓練場の扉に手をかける。

 その矢先、ポケットの中のスマホがブーブーと、震えた。

 外国人のメーラーダエモンさんからのメールが、あまりにもうるさいから、常にマナーモードにしている俺の目覚まし時計付き高性能暇つぶしが震えた音だ。

 マナーモードの時間が長いから、メールではない。

 俺は、ポケットからスマホを取り出し、発信者の名前を確認する。

 

 

「あ? 由比ヶ浜?」

 

 

 電話の発信者は由比ヶ浜だった。

 俺は不審に思いつつ、画面の着信ボタンをタッチする。

 よくよく考えてみれば、いったい何カ月ぶりの着信だろうか? 過去、目覚まし機能付き暇つぶしでしかなかった俺のスマホに、着信が入ったのだ、少しだけ気分がいい。

 ていうか、うちの親。少しは息子に電話しろよ。

 高ぶる鼓動を落ち着かせ、俺はスマホを耳にあてる。そして、約数カ月ぶりの携帯越しの会話をするため、俺はゴクリと唾を飲んだ。

 

 

「あー、由比ヶ浜か? 悪い悪い。どうやら今日の昼に食べた焼きそばパンが―――」

『比企谷くん! いまどこにいるのっ!?』

 

 

 約数カ月ぶりのスマホ腰の電話の相手は、予想以上に緊迫した声だった。

 何事だよ。ていうか、この声―――。

 

 

「お前、雪ノ下か?」

 

 

 正直まさか、電話の相手が雪ノ下だったことに驚く。

 そして、別の意味でも俺は驚いていた。

 こんなに焦った雪ノ下が初めてだったからだ。だから一瞬、声の主が誰だか分からなかった。

 俺はこの謎の電話の事と次第を聞くため、雪ノ下に問いかけた。

 

 

「おい、雪ノ下。なんで由比ヶ浜の携帯からお前が電話してくるんだ? ていうか、由比ヶ浜は? そもそも、お前いったい俺に何の用事があるんだよ?」

 

 

 なるべく平静な口調を心がけ、それとなく確認する。

 だが、それに対する雪ノ下の返答は、それどころではなかった。

 

 

『余計なことを聞かないでっ―――! 比企谷くんっ―――! はやく答えなさいっ―――! あなた今、どこにいるのっ―――!?』

 

 

 途切れ途切れに、再度電話向こうから問いかけられる。

 というより、こいつ、まさか息切れしてる?

 いよいよ以って不自然だ。

 俺は愕然とした面持ちで雪ノ下の問いに応える。いつの間にか、唇も震えていた。

 

 

「わ、悪い……あー、その、今は、呪術訓練場の前に着いたとこだな。すぐに入るから、もうちょい待って―――」

『だめよっ! 比企谷くんっ! 入って来ちゃダメっ!』

 

 

 それは、あの雪ノ下の口から出たとは思えないほど激しい言葉だった。

 刹那、背後で、ガシャンッ、バタンッ、と何かが暴れ回っているような音が聞こえる。それと、同時に耳にキーンッと、響く誰かの叫び声―――これは、悲鳴か?

 俺はこの瞬間、完全に悟った。

 

 あ、これ、アカンやつだ、と。

 

 

『もう、あなたの霊気は登録済みだわっ―――! まさか暴走っ! とにかく危ないわっ! 比企谷くんっ! 早くにげっ―――!?』

 

 

 そこまで言って、雪ノ下の声は途切れた。

 あまりの出来事に、俺は絶句する。

 だが、すぐに意識を取り戻し、俺は電話口に向けて必死に彼女の名を呼んだ。

 

 

「おいっ! おい、雪ノ下っ! どうしたっ……! 何がっ……!」

 

 

 訳が分からないまま俺は電話口に怒鳴る。が、いくら叫んだところで雪ノ下からの応答はなかった。俺は息を呑み、必死に電波の先へ耳を澄ます。直後、

 

 

『―――喼急如律令(オーダー)!』

 

 

 その雪ノ下の叫びと共に、プツンッと、通話が切れた。

 ツー、ツーと電子音が木霊するスマホを片手に、俺は茫然と立ち尽くす。

 俺はこれまで聞いたことがなかった。雪ノ下が、あの常に優雅に、最早美しいと表現すべき呪術を使う雪ノ下雪乃が、優雅さのかけらもなく「喼急如律令(オーダー)」という言葉を使うのを。いつも、俺を罵倒したり、言霊を唱える、あの精美さすら感じさせる声が、こんなにも荒々しく乱れるのを。

 

 

「は、はははは……なんだよ、これ……」

 

 

 別に「虎牙破斬」と言われたわけではないが、思わず、乾いた笑いが出る。

 と、今度はメールの受信音がスマホから流れる。

 受信画面をタッチして、発信相手を確認する。材木座からだった。

 だが、そのメールの内容に俺は戦慄する。

 タイトルはなし。それも、慌てて打ったのか、文字変換すらされていない内容で、しかも、よく見たら間違った字で、ただ一言―――。

 

 

『にでろ』

 

 

 全身から、嫌な汗が噴き出してきた。

 心臓の鼓動の早まりが、嫌でもわかる。

 もう、やることは―――やるべきことは決まった。たったひとつだけ策はある。とっておきのやつだ。いいか。息が止まるまでとことんやるぜ……フフフフフフ……。

 

 

「……逃げよう」

 

 

 決断即行動だった。それはもう、某ジョースター家のごとく。

 だが、いざ逃げようとしたそのとき、メキメキと、なにかが無理やり劈(つんざ)くような、鈍い音が俺の耳に届いた。

 それは、某「なんということでしょう!」のフレーズでお馴染みのリフォーム番組で、家を解体するときに聞く音に似ていた。と、いうよりそのままその音であった。

 思わず、視線を音の方向へと誘ってしまう。

 音の方角は、呪術訓練場の屋根の方。俺の視線は、自然と上へと引き寄せられた。

 だが、俺は後にそれをひどく後悔することになる。

 そんな意味のないことをせず、俺は足早に逃げるべきだったのだ。

 俺が、上を見上げたその刹那、

 

 

「…は?」

 

 

 呪術訓練場の屋根を突き破り、青い(・・)何かが飛び出した。

 

 瞬間、辺りに雷鳴がとどろき、しかも―――耳を疑ったが―――ファンファーレが鳴り響く。

 次いで、パカラッ、パカラッと勇ましい蹄の音が俺の耳を劈(つんざ)き、次の瞬間、暗闇の中で、突然シャッターを切られたかのような、激しい光が俺の目から視力を奪い去った。そして、さらに刹那、まるで壊れたラジオのような、何重にもエコーのかかった複数の声が、俺の聴力をも奪う。五感の主要器官である二つを奪われた俺は為す術なく、その場に跪き、集中力を失ってしまったため、穏形も強制的に解かれた。

 

 そのすべてが、僅か数秒足らずのことだったため、俺には何が起こったのかさっぱりわからなかった。

 そして、唖然と立ちすくむ俺の頭上に、影が落ちる。

 僅かに回復した視力で、俺はとっさに上を見上げると、そこには―――。

 

 無数の火の玉を纏い、背に禍々しい形のマントを羽織り、右手にはなぜか某ひぐらしのごとく鉈を持ち、そして、どうしてそうなったのか、足が全部で八本ある。

 青い材木座が―――。

 というか、キメラが―――。

 

 

 『颯爽とうじょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 剣豪将軍! 材木座よしてぇええええええええええええる!』

 

 

 刹那、青い材木座の放ったレーザービームが、呪術訓練場を包み込む。

 2012年の春。それは後々、新塾舎が完成し、二人の土御門が入塾するそのときまで語り継がれることになる物語の始まり。

 

 陰陽塾三十六期生の風雲児。【三六の三羽烏】が起こした、最初の事件だった。

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 今回の事件における被害統計。

 陰陽塾、呪術訓練場―――全壊。陰陽塾、特別棟―――多少の被害を確認。事の対処に当たった教員及び実技講師、並びに要請により参上した陰陽師の負傷者、計―――23名。

 

 なお、今回の事件を、陰陽寮はフェーズ2相当の霊災として扱い、事件の関係者には事情聴取のうえ、それ相応の対応が求められた。

 それに加え、事件関係者のほとんどが学生であったうえ、事件の責任はほぼウィッチクラフト社によるものと結論され、同社もそれを承認する。奉仕部にとっては、商品発売前の段階であったのが攻を奏した。もし販売後であったのならば―――。結果、関係者の待遇は以下に減罰される。

 

 平塚教諭は減俸五カ月。直前に申請された有給休暇は取り消され、予定していた婚活パーティをキャンセルせざるを得なくなり、平塚教諭はまた、婚期を延ばすことになった。

 奉仕部トリオは、停学一週間の上、停学明けの授業をすべてを反省文に費やすこととなる。さらに、夏の奉仕活動への強制参加が決められ、比企谷は貴重な夏休みも、働かざるを得なくなった。

 

 

「は? ウソだろ? 俺、休みの日とか働きたくないんですけど…」

「有り得ないわ…この私が、停学処分だなんて…屈辱(くつじょきゅ)よ…」

「えへへ、ヒッキー! ゆきのん! 夏休みも三人一緒だね!」

「あのー、我は?」

「カムバアァアアアアアアアアアック! マイマリイィイイイイイイイッジ!!!!」

「誰か…誰か早く貰ってあげて…」

 

 

 なお、これは追記ではあるが、

 その後『ドールファンタズマ』が市場に出回ることは、金輪際なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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