やはり俺が闇鴉なのは間違っている   作:HYUGA

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 すみません。また長くなってしまったので分けてしまいました。後編もすぐに投稿できると思うので気長に待っていてください。

 それではどうぞ(^_^;)


第六話 剣豪将軍の配下獲得大作戦! 中編

 

 

 

 

 はじめて会った時から、我に対する彼奴らの扱いはそんなものだった。

 だが、不思議と嫌悪の感情は沸かなかった。

 それまでの我は、世の人間からも、社会のルールからも爪弾きにされてきた孤独な人間であった。

 だが、彼奴らは我をぞんざいに扱うことはあっても、決して存在を否定することはなかった。

 嬉しかった。我を認めてくれる人間がいる事が、とてつもなく嬉しかった。

 それはきっと、いつかその時を失ってしまったとき、失った時間を時折そっと振り返り、まるで宝物のように懐かしみ慈しみ、ひとりそっと盃を傾ける様な、そんな幸福な時であった。

 

 ゆえに、我は思う。

 かつて“三六の三羽烏”と謳われた三人の今が―――幸福であらんことを。

 

                        材木座義輝著『闇鴉がなく頃に』冒頭より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――― 第六話 剣豪将軍の配下獲得大作戦! / 中編 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―― 2012年同日 陰陽塾・呪術訓練場 ――

 

 場所は変わり呪術訓練場。

 普段の放課後の時間ならば、ここは呪術の自主練をする塾生で賑わっているのだが、でもなぜかここ最近はいつも閑古鳥が鳴いている状態が続いている。

 まぁ、理由は分かっている。それはここ数日、この呪術訓練場で幽霊が出るとの噂が流れているからだ。いや、幽霊って……プッ、誰だよ、そんな噂流したの。

 はいはい分かってます、分かってますよ。どうせどっかのリア充が悪乗りしたんだろ。

 まったく、これだからリア充は……。

 で、俺達の中のリア充代表の由比ヶ浜は、受け取った呪符を「ほぇー」と眺め、

 

 

「それで、厨二。その試作品の……ぽーるふぁんでーしょん? ってどんなのなの?」

 

 

 と、バカっぽいことを口にした。

 思わず額に右手を当ててしまう。こいつは何を言っているんだ?

 

 

「『ドールファンタズマ』な、由比ヶ浜。おまえ、なんで柱に化粧すんだよ。アニメ版のサンタナさんかよ」

 

 

 え、なに? 出会いがしらに「ハッピー・うれピー・よろピくねー♪」とか言っちゃうの?

 おいおい由比ヶ浜、そんなことしてみろ、殺されるぞ。

 けど、そんなネタを知る由がない由比ヶ浜は「そ、そんなことわかってるし!」と顔を真っ赤にしてそっぽを向く。

 俺は、きっと平塚先生なら分かるんだろーなーと、そんなことを思いながら材木座から渡された呪符に目を向けた。

 

 

「見たとこ、捕縛式でも追尾式でもないよな、これ」

「うむ。さすがは我が盟友比企谷八幡だ。一目でそこまで見抜くとは……やはり、おぬしは我が右腕として再び天下を担うために必要な人材のようだな! はーはっははっははは!」

「財津くん。私、何度も言ったわよね? その喋り方やめてって」

「ふひっ!? す、すみませんっ! だ、だからお願いします! 口は塞がないでっ!」

「最早、魂の段階まで恐怖が染み付いてんだな、こいつ……」

 

 

 あと雪ノ下。お前はいい加減、名前覚えてやれよ。

 情景反射なのだろう。そのクマのような大きな図体をこれでもかと縮ませ、土下座する材木座のその姿に、俺は同情すらしてしまう。

 疲れを出すように息を吐き、俺は雪ノ下を制止する。

 

 

「雪ノ下、そのくらいにしてやれ。話が進まん」

「……そう、残念ね」

 

 

 雪ノ下、頼むから、心の底から残念そうな顔するな。

 彼女のドSな一面を俺は再認識する。

 未だに地面に頭を擦り付ける材木座。俺は一度深呼吸をして材木座の肩に手を置き、雪ノ下と由比ヶ浜に聞こえないように、優しく言ってやった。

 

 

「ほら、材木座。うちのキャットバンテージは抑えたから、早く続きを言え」

「ぐすんっ…ホント、八幡?」

「あぁ、だから恐怖のあまり幼児退行を起こすな。…ぶっちゃけキモいぞ?」

「ふひっ…さーせん」

 

 

 俺の一声で、材木座はいつもの材木座に戻る。素に近かったさっきの幼児退行時の方がマシだったのは気のせいだ。気のせいだったのか?

 うん、いや、それにしても雪ノ下に対する物の例え。我ながらなかなかいい例えだと感心してしまう。

 これは、今年の八幡流流行語大賞はいただきだな。

 ま、本人にバレたら言霊で土下座強要されるレベルだがな…。

 

 

「……すごく不愉快なことを言われた気がするわ」

 

 

 え、聞こえちゃってた? 雪ノ下は腕を組み眉根を曲げ、いかにも「私、不機嫌です」オーラを出している。地獄耳かよ、こいつ…。

 対して材木座は、俺の言葉に安心したのか、地面からすばやく立ち上がり、いつもの仰々しい態度に戻る。うん、やっぱ、慰めない方がよかったかもな…。

 

 

「むはははははははっ! よかろうっ! しかと我の言葉を刻むがよい!」

「雪ノ下落ち着け。我慢、我慢だ。まだ、お前のその無駄な美声の出番じゃない!」

「び、美声って……ひ、比企谷くん、あ、あなた、セクハラで訴えられたいのかしら? け、けれど比企谷くんがもし自らの意思で投降するというのなら、私も鬼じゃないのだし恩赦くらいは認めてあげなくもないわよ。そうね、だいたい生命刑から追放刑くらいには減刑するのではないのかしら?」

「江戸時代かよ…ってか基本的には死刑なのな。なぜこれしきのことで俺は訴えられなきゃいかんのだ」

 

 

 こいつ、どうあっても俺を犯罪者に仕立て上げたいらしい。いい加減泣くぞ、こら。

 けれど、さっきまでの不機嫌オーラはどこへ行ったのか、雪ノ下はどこか嬉しそうにそっぽを向いている。え、なに? その反応? ちょっと予想外なんだけど……。

 それに反するように、こっちのワンコの機嫌が悪くなっている。

 おい、どうした由比ヶ浜。そんな頬を膨らまして……。

 

 

「むぅ……ヒッキー! あたしはー!」

「あーはいはい。かわいい、かわいいよー。だから、もう少しの間大人しくしててくれ」

「か、かわっ…! え、えへへ……ヒッキーが、かわいいって……」

「あ、あのー、我の話聞いてるー?」

 

 

 しゃーねーだろ。こっちはお前の発言で、言霊使いそうな雪ノ下を抑えるので手一杯なんだよ。

 おまけに由比ヶ浜は理由もなく拗ねるし、ホント勘弁してくれ。

 

 

「ちゃんと聞いてるって。ほら材木座、続き」

「う、うむ、そ、そうか八幡。……あれ、八幡、なんかすっごいリア充じゃね?」

「おい、材木座。今、なんて言った?」

「い、いや! なんでもないぞ八幡! けぷこむけぷこむっ! うおっほん! ではさっそく、このウィッチクラフトの新作、モデルMA1『ドールファンタズマ』の説明に入ろう!」

 

 

 ここに来てやっと本題に入れた気がする。

 いつものように仰々しい物言いで、材木座はそう切り出した。

 

 

「ふむ。では、まずは実際に見てもらうことにしよう。少し下がっておけ」

 

 

 材木座の言葉に従い、俺達は数歩後ずさる。それを確認した材木座は、「うむ」と頷き、バッと顔の前で腕を交差させた。

 

 一応、言っておくが、式神の生成にそんな動作は必要ない。

 材木座は、次いで右手に持つ式符に何かを込めるように「はぁぁぁぁぁぁっ!」と、声を出しながら力を入れる。

 

 もう一度言っておくが、式神の生成にそんな動作は必要ない。

 そして、呪力を込め終えたのか、材木座はふぅと息を吐き、集中するように目を閉じる。さらに、交差させた両手をまるでカンフーをするようにゆっくりと回す。刹那、材木座は閉じていた目をカッと見開き、バッと勢いよく呪符を頭の上に掲げ、叫んだ。

 

 

「式神生成! 喼急如律令(オーダー)!」

 

 

 しつこい様だが、何度も言おう。式神の生成にそんな動作は必要ない。

 その無駄な動作に、俺も雪ノ下も苦い顔で顔を反らす。恥ずかしすぎて直視できなかった。

 けれど、由比ヶ浜だけは、なぜかうぅ~っと、唸りながらも材木座のそれを見続けていた。これを顔も逸らさず見られるなんて、もしかして由比ヶ浜って、けっこう大物なのかもしれない。

 

 

「……ヒッキー、あたし、あんなことするくらいなら、陰陽塾辞める」

「安心しろ由比ヶ浜。あれは決して陰陽師のデフォじゃない、あいつが特殊なだけだ」

 

 

 訂正、由比ヶ浜はただ単にバカなだけだった。

 こいつ、本当は式神の生成の仕方が分からなかったから、材木座の見て真似しようと思ってやがったな……。俺の視線に気づいた由比ヶ浜は、またうぅ~っと、唸りながら、味方を探してきょろきょろしだした。そして、頼りの雪ノ下の背中に回り込んだ。

 楯にされた形の雪ノ下は、ふぅっと息を吐き、材木座が生成したそれに目を向ける。

 その視線に釣られ、俺もまた材木座が生成した『ドールファンタズマ』に目を向けた。

 その姿に、俺は少し驚嘆の声を上げた。

 

 

「…え? なに、これ?」

「…そうね、私もこれはすこしばかり予想外だったわ」

 

 

 雪ノ下と意見が重なる。由比ヶ浜も、出てきたそれを不思議そうに眺めていた。だが、不思議と二人と材木座との間に隔たりが出来たように俺には、感じた。

 その事実に気づかないのか、材木座は、俺達のその反応に満足して「うむ」と頷いた。

 

 

「どうだっ! これこそ我が第一の配下! 『ドールファンタズマ』タイプZである! どうだ八幡? 驚いたか? 驚いたであろう!」

「あぁ、そ、そうだな。正直そうとう驚いてる。…だってこれ―――」

 

 

 まるで我が子を自慢する親ばかの様に迫る材木座に、弱冠引きながらも、俺は頷く。

 言葉通り、俺は内心かなり驚嘆していた。

 それは、無駄にテンションが高い材木座に対してもだが、なにより、材木座が生成したその式神の姿形に驚愕する。

 その予想外すぎる『ドールファンタズマ』の全貌。それは―――。

 

 

「これ……『材木座(おまえ)』じゃねーかっ!?」

 

 

 俺も、自身のどこから出たのか分からいほどの大声で叫んでいた。

 そして、俺の叫びに呼応するように、雪ノ下と由比ヶ浜はさっと、一歩後ろに下がる。

 雪ノ下も由比ヶ浜もちょっぴり嫌そうな顔をしている。だがそれを責めるのは酷という物だろう。なぜなら、俺の方がもっとずっと嫌な顔をしているからだ。

 

 

「うむっ! まったく、ここまで再現するのにはそうとうな時間が掛かったが、それでも我はしかとやり遂げた! ゆえに、今ここには、確かに我の分身が存在しているのだ! ただでさえ三界を制す力を持つ我であるが、我と同じ力を持つ我の配下がもう一人。これで我に逆らえる敵は居らぬと言うことだ! むははははっ!!」

「そんなこと、どーでもいいわっ!!」

「ふひっ! 八幡ひどいっ!」

 

 

 まるで乙女の様に体をひるがえす材木座。やめろキモい。

 けれど、今問題なのは、その材木座の隣に居るもう一人の材木座のほうだ。

 もう一度だけ、モデルMA1『ドールファンタズマ』のその全貌を説明しよう。

 先ほど材木座が謎のポージングをもって、ふわりと投じた式符。それは、直後に空間にラグを生じらせ―――一体の人型の式神を顕現させた。

 まるでクマを思わせる巨大な体躯。全身に纏う冬用のコートは如何にも暑苦しそうだ。そして、手にはご丁寧に指ぬきグローブまで装備させており、これを作った人間のこだわりを感じさせられる。

 それはマジマジ視ずともすぐに分かった。材木座だ。

 材木座が投じた式符『ドールファンタズマ』はなぜか、もう一人の材木座を顕現させたのだ。

 

 

「おい、材木座。一応聞いておくが、これはなんだ?」

「はひっ! な、なんだって……『ドールファンタズマ』であるが……」

「いや、そう言う問題じゃねーよ。百歩譲って、この式神の形状がお前であることは認めよう。若干キモいが、それでもまぁ仕方ない。だがな―――」

 

 

 そう、別にただ材木座が現れただけなら、別段俺達もそう嫌な顔はしない。

 いや、やっぱするか。

 だが、この式神版材木座を構成する要素で、最も信じられないのはそこではないのだ。

 なぜなら、この式神版材木座は―――。

 

 

「なんでこの式神のお前! 全身『真っ青(・・・)』なんだよ!?」

 

 

 まるで青いペンキをぶっかけたみたいに、青い色をしていたからだ。

 これには女子二人はドン引きである。けど、それも仕方のないことだ。だって、目の前に全身真っ青な材木座が現れたらそりゃ、ねぇ。

 街中でそんなのに遭ったら、俺でも逃げるもん。

 探の装・改はあかんだろ。あれただの不審者じゃん。

 俺の叫びに似た問いかけに、材木座は「あぁ、そのことか」といった顔で頷いた。

 

 

「うむ。さすがの八幡でも知らぬことがあるのだな。ならば、我が説明する他あるまい。

 そもそも、ウィッチクラフト社は陰陽庁以外で唯一、人造式の販売を許されている会社なのは知っておるな? まぁ、知っておるだろう。けれど、ウィッチクラフト社の人造式は陰陽庁の機械染みた人造式とは違い、造形がリアルであるからな。そこで、本物との区別を付けるために、法律でこのカラーリングにすることが義務付けられているのだ」

 

 

 それを聞いて俺はふと思い出す。

 そういえば、WA1『スワローウィップ』もWA2『キャットバンテージ』も、こんな色をしていたなと。

 あまり気にしたことはなかったが、確かに『スワローウィップ』も『キャットバンテージ』も、本物のツバメやネコにそっくりだ。もし、そうと知らなかったなら、確かに問題になるはずだ。

 特に『キャットバンテージ』は、見た目は猫だが、その大きさは大型犬とも差はないほどだ。

 もし、そんなものが普通に街中にいたとしたら、式神を見分けられない人間にとって、確かに恐怖の対象でしかない。それを考えたら、このカラーリングは当然のことなのだろう。

 だが、それでも―――。

 

 

「材木座はお前一人しかいねーから、必要ねーだろ」

 

 

 材木座の式神(こいつ)まで真っ青な理由にはならい。

 俺の問いに、材木座は最初ポカンとしていたが、やがて何かに気づいたように「うむ」と頷く。

 

 

「八幡よ。さてはおぬし、勘違いをしておるな」

「勘違い……?」

 

 

 材木座の言葉に俺は眉を曲げる。そして再度、材木座は頷く。

 

 

「左様。この『ドールファンタズマ』は確かに、我の姿をしている。ゆえに、我と同じように三界を制す力を得ることが出来るようになったのだ。…あ、もちろん設定だよ八幡?」

 

 

 わざわざ「設定」のところだけ小声で言わずとも分かっとるわ。

 俺の冷ややかな視線に、材木座は誤魔化すように大きく咳払いする。

 

 

「うおっほん! だがな八幡よ。これこそがこのモデルMA1『ドールファンタズマ』の性能なのだ」

 

 

 そして材木座は、腰の呪符ケースからまた式符を取り出す。それはさっき材木座が生成した式符とまったく同じ形状の式。モデルMA1『ドールファンタズマ』の式符だった。

 

 

「式神生成。喼急如律令(オーダー)」

 

 

 再び式符を生成する材木座。刹那、材木座の隣にまた新しい式が現れる。

 だがそれは、最初に材木座が生成した「青い材木座」とはまったく違う形状をした式だった。

 一応は人型ではある。だが、顔はない。服は着ていない。体に凸凹もない。男か女かの違いもない。それは『ドールファンタズマ』の名の通り、云わば人形のような形状だった。

 

 ぶっちゃけコナン君の犯人の青いバージョンである。

 

 

「あ!あたしこれ見たことある!」

 

 

 生成された式に由比ヶ浜が反応した。

 その言葉通り、俺も、そしてきっと雪ノ下もその式を見たことがあると思う。

 と、いうよりよく使う。

 それは、俺たちが普段使う人型の簡易式と瓜二つだった。

 それを見た雪ノ下が、顎に手を当て考えるような仕草でぽつりと言う。

 

 

「これは…もしかして疑似的な霊媒かしら?」

「うむ。さすがは学年成績一位の雪ノ下女史だ。それをすぐ見抜くとは……やはりおぬし、天才か!」

「今更ね。私が天才なのは陰陽塾内では周知の事実のはずよ。知らなかったの財津くん?」

「あ、はい、なんかすみません」

 

 

 うおっ、すげーっ、雪ノ下。あの材木座を引かせたぞ。

 いやそりゃ、自分で自分のことを天才って言うやつに引くなって言う方が“あれ”だが。

 けど、それに対しては特に思う所はないのか、雪ノ下は生成された二体の『ドールファンタズマ』を見比べて感心したように、肯首している。

 どうやら天才で在らせられる雪ノ下さんは、この『ドールファンタズマ』の構造をかねがね理解されたようだった。

 

 

「で、こいつなんなの?」

 

 

 俺は新たに生成された無印の『ドールファンタズマ』を指差し、材木座に問う。

 ショックから立ち直った材木座は、また仰々しく頷き、再び言葉を紡いだ。

 

 

「うむ、話がだいぶ反れてしまったようだ。ごらむっごらむっ! 今、我が生成したこの『ドールファンタズマ』は、見ての通り、さきほど我が生成した『ドールファンタズマ』タイプZとは姿形がだいぶ違う異なっておる。だが、この姿こそが『ドールファンタズマ』の本来の姿なのだ!」

 

 

 その先の言葉を雪ノ下が引き取る。

 

 

「つまりね、二人とも。この式神は疑似的な霊媒―――霊的存在と人間とを直接に媒介することを可能にしているのよ。これは本来なら霊媒師、俗に言うシャーマンと呼ばれる存在を介してでないとできない事なのだけど、この『ドールファンタズマ』はそれを介さずに霊的な存在を形代に宿すことができるのよ」

「あーっと、つまり、どういうことだ?」

「つまり、この式符は意図的に形代を超自然的な状態に変化することができるということよ。霊格、とでもいうのかしら? 本来ならば人の意識をトランス状態にすることなのだけど、この場合はその場に既存する霊的存在を強制的に形代に放り込んでいるのね。もちろん、入れるための格には限界があるはずなのだけど…この式はもしかして、霊媒能力の高い人間の血を使っているのかしら? だから、霊的存在の捕縛も可能なのね。けど、そんなことをしても身体を離れた血肉は、時間と一緒に霊媒能力が落ちるはずだし。だったら霊媒の形代そのものを特殊な呪術で縛っているのかしら? どちらにせよ、これは相当高い技術の代物であるのは確かね」

 

 

 そこまで言って、雪ノ下は唇に指を当て、うんうんと考える仕草をする。

 けど、正直なところ、俺は話の半分くらいしか頭には入らなかった。

 俺で半分なのだから、由比ヶ浜のほうは一割も理解していないかもしれない。ちらりと由比ヶ浜を見るとやはり由比ヶ浜は、脳のキャパシティを越えたのか、「ほぇー」っと間抜けな顔で、雪ノ下が考えている様子を眺めているだけだった。

 俺は今にも式符を解剖しようとする雪ノ下を手で制し、彼女の思考に割って入った。

 

 

「ちょっと待て雪ノ下。すまんが俺らは話についていけん。もう少し掻い摘んで話してくれ」

「あら、それはごめんなさい。けれど、比企谷くん。仮にも学年十位以内に入る成績の所持者なのだから、これくらいは理解しなさい」

 

 

 思考を中断させられた雪ノ下が不機嫌そうに俺を睨む。

 だが、そのとき彼女の隣に居る由比ヶ浜が目に入ったのか、雪ノ下は冷静な頭を取り戻し、俺達とのコミュニケーションを再開した。

 

 

「簡単に言ってしまえば、この式はそこにいる霊的な存在を憑依させることができるのよ。いわゆるシャーマンの式神バージョンということね」

「う~っ、ゆきのん、あたしさっきからゆきのんが言ってることほとんど分かんないよ~」

「だいじょうぶよ、由比ヶ浜さん。こんな知識、持っていても無駄なだけだから」

 

 

 俺にかけた言葉とは違って、ずいぶんとお優しい言葉ですね、雪ノ下さん。俺に対する扱いと、由比ヶ浜に対する扱い違いすぎやしませんかねぇ…。

 ま、今に始まったことじゃないから別にいいんですけど…。

 

 

「けど、霊媒という話は、私たちよりむしろ、あなたに関係のある話のはずよ、由比ヶ浜さん?」

「ふぇ?」

 

 

 雪ノ下の言葉に、由比ヶ浜はきょとんとする。

 その仕草に雪ノ下は呆れたように息を吐く。

 そして雪ノ下は、由比ヶ浜の頬に手を添えると、俺には絶対に向けない笑顔を向けた。

 

 

「由比ヶ浜さん。確かあなたのおばあ様のご実家は巫女の家系だったわよね?」

「う、うん。あたしが生まれるまで、ほとんど繋がりはなくなってたんだけどね…」

 

 

 雪ノ下の問いに、由比ヶ浜は少しだけ困り顔で頷いた。

 言葉の後半になるにつれて、彼女の声音がだんだんと小さくなった辺り、由比ヶ浜も自分の祖母の実家には、そうとう複雑な心境を抱いていることが分かった。

 それはまるで一種の乙種呪術のように、彼女を縛っているのだろう。

 由比ヶ浜の祖母の実家は、四国の古い社であるそうだ。だが、彼女の祖母以降は、霊的な素質が徐々に衰退しているらしく、家の存続は風前の灯であったらしい。

 そこに数十年ぶりに生まれた巫女の素質を持つ者こそが、由比ヶ浜なのだ。

 

 

「古来より巫女は神楽を舞ったり、祈祷をしたり、占いをしたりする職業であったわ。そして、その役目の中に、口寄せを行って神託を受け取るというのもあるのよ。つまり、巫女とは日本版シャーマンとも言える存在なのよ」

 

 

 分かっているのか、分かっていないのか、由比ヶ浜は目をぱちくりと瞬かせる。

 そんな由比ヶ浜に優しく微笑み、雪ノ下は言葉を続けた。

 

 

「由比ヶ浜さん。あなたは確かに、あなたの家系で数十年ぶりに生まれた見鬼の才の持ち主だわ。それに、あなたの霊力は、比企谷くんどころか私ですら凌駕出来るほどのものよ。けど、それだけでは巫女にはなれないのよ。あなたのご実家も、もちろんそれを知っているはずよ。あなたが持っているもう一つの才能を」

「もう一つの才能?」

 

 

 こくりと由比ヶ浜は首を傾げる。

 だがやがて、彼女は考えるのをやめたのか、いつも通りニット帽を深くかぶり直して「えへへ」と笑った。

 

 

「ごめんゆきのん。わかんない」

「……バカだろ、こいつ」

「むぅ、ヒッキー! そんな小声で言ってもちゃんと聞こえてんだからね!」

 

 

 思わず本音が口から出てしまった。

 そこまで言ってわかんないって、どういうことだよ…。

 俺の声が聞こえたのか、由比ヶ浜は、ぷくーっと顔を膨らませ俺を睨んでくる。

 けれど、その怒りはお門違いという物だ。事実、俺を由比ヶ浜を見る雪ノ下の瞳は、どこか出来の悪い子供を見るように、どこか優しいし。

 はぁっと、一つため息を吐く。

 ガシガシと頭を掻き、俺は由比ヶ浜の代わりに雪ノ下の言葉に応えた。

 

 

「霊媒としての資質、だろ?」

 

 

 俺の言葉に、雪ノ下は頷いた。

 

 

「そのとおりよ。いくら霊的な資質が高くても、霊媒としての才能がなければ巫女にはなれないもの。あなたのおばあ様のご実家も、それは知っているはずなのだから、あなたは霊媒としての才能があるということよ。まぁ、あなたのおばあ様のご実家が、いったい何を信仰されている神社なのかは知らないのだけどね」

 

 

 凛として、最後に雪ノ下はそう付け加えた。

 それは、彼女が由比ヶ浜と言う友人を心の底から案じているよう言葉のように思えた。

 由比ヶ浜の才能を知った彼女の祖母の実家は、由比ヶ浜を無理やり巫女にしようとしたらしい。ただの人間ではなく、霊的な才能を持つ由比ヶ浜を巫女にしようとしたくらいだ。その目的が、呪的な何かなのは、ほぼ間違いない。

 だが、呪術というものには―――特に、霊的な、もしくは神的な存在を身体に憑依させる口寄せには、それ相応のリスクが伴うものだ。

 それを何も知らない女子高生だった彼女に押し付けるのは、あまりにも残酷だ。

 だから、雪ノ下はそれを看過できないのだろう。彼女もまた呪術界の名家の生まれ。呪術の恐ろしさを誰よりも知っているのだから。

 

 

「それに由比ヶ浜さん、あなたには“それ”もあるのだし…」

 

 

 そう言った雪ノ下の視線は、由比ヶ浜のニット帽に向けられる。

 その視線に由比ヶ浜は「あっ」と声を出し、無意識なのだろう。自然とニット帽の淵をきゅっと握った。

 

 

「そっか…これも憑いてるわけだから、その霊媒ってのと、無関係じゃないんだ…」

 

 

 由比ヶ浜が普段から被っているニット帽の下には、彼女の―――由比ヶ浜の、最大の秘密がある。俺と雪ノ下、そして、一部の教師しか知らない由比ヶ浜の本来の姿が。

 生成り―――。それはいわゆる鬼や竜など、その身に何らかの霊的存在を憑依させた者達のことを現す言葉だ。かつて千葉で起こった【意富比の大祓(おおいのおおはらい)】の被災者である由比ヶ浜は、その後遺症として、かつて飼っていた“サブレ”という犬の霊魂をその身に宿しているのだ。

 

 

「えぇ、けどあなたの“それ”は巫女の神託とはわけが違うわ。一度、数分の間だけ霊的な存在を降ろす巫女とは違って、あなたの“それ”は恒久的に憑くことになる。いつ暴走してもおかしくない危険な状態なのよ」

 

 

 だが生成りは、その性質上“霊災の種”になる場合もあり、一部の人間には差別の対象となっている。雪ノ下が言葉を濁したのはそれが理由だ。

 由比ヶ浜のような女の子が差別の対象にされるのは俺だって我慢ならない。

 それはきっと、彼女の友達である雪ノ下なら尚更なはずだ。

 きっと、雪ノ下もそれほどまでに唯一の友達である彼女のことをとても大事に思ってるのだ。

 

 

「けど、安心して由比ヶ浜さん。陰陽塾(ここ)にいる限り、何かあっても、私があなたのことを守ってあげるわ。だって私たちは…その…友達…なのだから…」

「ゆきのん…」

 

 

 そして二人はお互いに見つめ合った。

 いつものゆるゆり状態突入である。なんかこう書くとパチンコみたいに見えるから不思議だ。

 不器用な雪ノ下の優しさ。これまで友達がいなかった彼女には、さぞ勇気のいる言葉だっただろう。

 だが、だからこそ綺麗に思えた。

 隣の芝生は青いと言うが、俺はそんな二人の関係を、少しだけ―――羨ましく思った。

 

 

「…あのー、さっきから何を話していらっしゃるのでしょうか?」

「うおっ!? 材木座!! お前いたのかっ!?」

「ひどいっ!!」

 

 

 素でビビった。そういやいたな、こいつ。

 突然ぬぼっと隣から現れた材木座に、思わず顔を引きつらせてしまう。

 奉仕部ガールズも、二人きりの世界(俺は入ってない)にいきなり割り込んできた材木座(異物)に、驚いてぷいっと僅かに赤くなった顔を反らした。

 話に入れない苦味を知っている材木座は、ぐすんと鼻を啜った。

 その苦味が分かるからこそ、俺は材木座の肩に手を置き「悪い悪い」と慰める。

 何とも言えない光景がそこにはあった。

 

 

「ぐすん…義輝は泣かないよ。ぼく、強い子だから…」

「だから悪かったって。凹むなよ」

 

 

 ショックのあまりまた幼児退行を起こしている。

 高2の小太りの大男がぐすんぐすん言いながら、弱音を吐く姿は何ともシュールだ。

 正直言って―――ウザい。

 慰めるのもめんどくなった俺は、未だにへこたれる材木座を放置し、俺達の中で唯一『ドールファンタズマ』のことを理解しているらしい雪ノ下に問いかけた。

 

 

「あーもう、面倒くせぇな……おい、雪ノ下。もう、こいつの事はいいからお前が説明してくれよ。時間も圧してんだしさっさと終わらせ―――」

「わー! 待って八幡! 我にもう一度! もう一度チャンスをください!」

 

 

 役目を全部取られると思ったのか、材木座は必死に叫ぶ。

 だったら最初からやれ、とはさすがに言わない。ぼっちのメンタルは鋼の様に強い反面、少しでも傷付けたらすぐに崩れる脆いものだと知ってるからな。

 同じぼっちをそこまで傷つけるほど、俺は鬼ではないのだ。

 俺はぼりぼりと頭を掻いた。

 

 

「悪い、材木座。正直、お前の相手すんのちょっと面倒くせぇなと思って」

「う、うむ。これはしたり。左様。実力が拮抗する主相手ではさしもの我も手加減しづらい故な。我の相手を嫌がるのは百も承知よ」

「そうそう、それ。そういうのが面倒くせぇ。だから、材木座。さっさと話を続けてくれ」

 

 

 ここで否定すると、材木座はきっとグババババッ! と気色悪い高笑いを上げるだけだ。

 ここ数分の経験からそれを知っている俺はあえて、材木座の言葉を肯定した。

 ふっ、これで材木座マスターの称号はいただきだな。ゴミ箱どこだっけ?

 俺の言葉に調子を取り戻した材木座は、クイッとカッコつけて眼鏡を上げると、ドヤ顔でフフンッ! と鼻を鳴らし、次いで高笑いを上げた。

 

 

「ムハハハハハッ! よかろう! そこまで言うのなら、再び我が直々に話してくれようぞ!」

 

 

 あれ? 選択肢ミスったか?

 材木座マスターの称号を捨ててしまったからか、俺の読みは大ハズレしてしまい、結局材木座はまたかったるい方向に、高笑いをした。

 面倒くさいので、もうスルーすることにする。

 すると、材木座は俺のスルーを肯定と受け取ったのか、「うむ」と頷き、言葉を続けた。

 

 

「三人とも耳を傾けよ。この『ドールファンタズマ』は確かに、そこの雪ノ下女史が言うとおり、疑似的な霊媒能力を持つ式である。そして、それを利用してこの式は意識のない下級の霊を閉じ込め使役することが可能なのである!」

 

 

 そして材木座はズバッと最初に生成した材木座の形をした『ドールファンタズマ』を指差す。

 

 

「さらに! この式の凄い所は自分の好きなようにカスタムが可能な点だ!」

「へぇ、それはおもしろいな」

 

 

 自分が作ったわけでもないのに、誇らしげな材木座の言葉に、俺は感心したように息を吐く。

 そんな俺の服の袖を、後ろから由比ヶ浜が引いた。

 

 

「ねぇ、ヒッキーそれってどういうこと?」

 

 

 小首を傾げる由比ヶ浜に、俺は応える。

 

 

「簡単に言うとこの式は、自分の好きな形にできるってことだ。例えば材木座が生成したやつみたいに、自分の姿を模したり、あるいは自分の好きなアニメのキャラクターの姿にできるってわけだな。ま、要は自分の好きな形状の式神を作って使役しようってことだよ」

 

 

 途端、由比ヶ浜の顔が、ぱあーっと笑顔になった。

 

 

「なにそれ、ちょーおもしろそうじゃん!」

 

 

 由比ヶ浜だって女の子なのだから、幼少の頃はきっとお人形で遊んだりしていたはずだ。その頃の気持ちが蘇ったのだろう。

 由比ヶ浜は、俺の傍を離れると、近くにいた雪ノ下に抱き着き「ゆきのん! 一緒にやろう!」と甘える。雪ノ下はそんな由比ヶ浜を、暑苦しそうにしながらもどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 友達のいなかった彼女にとって、もしかしたら初めての経験なのかもしれない。

 友達と一緒に何かを作ると言う経験は。

 

 

「ふむ。それでは皆の衆。時間もないことだし、さっそく始めるとしよう」

「ねぇゆきのん! 一緒にイヌ作ろうよ! イヌ!」 

「ゆ、由比ヶ浜さん…私はどちらかといえば…その…ネコの方を…」

「そっか、じゃあ両方作ろう!」

 

 

 えいえいおー! と、鼓舞する由比ヶ浜。

 それに合わせて、雪ノ下も小さく「おー」と顔を赤くしながらも、口にする。

 なんとも珍しいシーンを見てしまった。

 言って、雪ノ下は気づいたのか、ハッと俺を見る。

 まぁ、なんだ。仲がいいのはいいことじゃないのか? だから恥ずかしいシーンを見られたからといって、俺を睨まないでほしい。

 フリーザーなのに「にらみつける」とは、これいかに。

 

 

「…比企谷くん。セクハラよ」

「さーって、俺もはじめるとするか」

 

 

 スルーだ。目を合わせるな。防御力を下げられる。

 俺は、自然に雪ノ下から離れ、材木座から受け取った式符に目を通す。

 カスタムってことは、普通の市販の式符と同じ要領でやればいいってことだよな。だったら一度式符の状態で呪文を付け加えて―――。

 そこまで考えた刹那、訓練場のスピーカーから低い音が鳴りだす。

 やがて、聞こえてきたその声は、我らが奉仕部名物である独神教師の声だった。

 

 

『あーぁ、陰陽塾2年の比企谷八幡。比企谷八幡。至急、職員室の平塚のところまで来い。繰り返す。比企谷八幡。比企谷八幡。来なかったらどうなるか…分かってるな?』

 

 

 そんな不穏な言葉を残して、プツッとスピーカーは切れた。

 

 

「比企谷くん。あなた…」

「ヒッキー…」

「……ちょっと待て。なんだお前ら、その『今度は何やったの?』的な目は」

 

 

 失礼な奴らだ。

 俺の言葉に、雪ノ下は呆れたように手を頭に当てた。

 

 

「だったら比企谷くん。今の放送は一体なにかしら? あなたが正当な理由で呼び出されるなんて到底思えないのだけど」

 

 

 酷い言われようである。俺もう、泣いちゃうよ?

 

 

「でもヒッキー。ホントになにしたの? ちゃんと話してくれないと分からないよ。大丈夫だよ、ヒッキー。怒らないからちゃんと話して、ね?」

 

 

 続けざまの、由比ヶ浜のもはや母性すら感じさせる優しい言葉。

 優しいが故に、その言葉はひどく残酷だった。

 奉仕部ガールズののダブルパンチに、俺はまさしく「おぉ八幡よ。死んでしまうとは情けない」状態におちいってしまう。

 あれ?教会どこだっけ?

 

 

「ったく、お前ら…」

 

 

 俺はまったく信頼のない部活メイトの言葉に、甚だ遺憾の意を態度で表す。

 

 

「その態度は何かしら、比企谷くん。ひどく不愉快だわ」

「ヒッキー! 人が話してるときは、ちゃんとその人を見ないと、めっなんだよ!」

 

 

 俺の態度が気に入らないのか、二人ともなお不満げな顔で俺を睨む。

 なにか恋人や母親というより、気の置けない幼馴染と会話しているみたいでどうにも落ち着かない。いや、幼馴染どころか、友達すら居たことないんだけど…。

 俺は気を紛らわすために、ガリガリと頭を掻いた。

 

 

「あーもう、別にいいじゃねーかよ。俺がどんな理由で呼び出されようが、お前らには関係ねーだろ?」

「関係なくわないわ。あなたが呼び出された理由の、事と次第によっては、あなたを奉仕部から追い出さなければならないのだから、私にはそれを知る権利があるはずよ」

「基本的に、俺が何かしらやらかしたと決めつけているあたりが、お前らしいよ…」

 

 

 この女(あま)、呪いたい。

 と、そんなことを考えても、陰陽師としての腕は雪ノ下の方が格段に上だから、呪詛返しに合うのが関の山。そもそも、そんな度胸も、技術もない俺は、彼女に楯突くことすら敵わない状態なのだ。あれ? もしかして俺、雪ノ下に勝てる要素なくね?

 そんな今更な事実に気づき、俺は無意識に溜息を吐いてしまった。

 ガックシと肩を落とし、俺はとぼとぼと呪術訓練場の出口へと歩き出す。

 今の俺が纏う陽の気はきっと、相当澱んでいるのが、視ずとも分かった。

 もう、このまま逃げようかな? と、頭に浮かんだ。が、

 

 

「比企谷くん。活動時間は終わっていないのだから勝手に帰宅してはだめよ。もちろん墓に帰るというなら止めはしないけれど」

「逃げちゃダメだからねー!」

 

 

 退路はすぐに塞がれてしまった。「逃げたらどうなるか…分かってるわよね?」と、彼女達の目は語っている。後門の狼とはこういうことか。

 そして、今から俺は自らの意思で、前門の虎に会いに行くことになる。

 はぁ、いったい何発ジャストミートされるんだろうな…。ラストブリットで終わってくれないからなぁ、あの人…。

 これからの事を考えると、俺は途端に憂鬱な気分に苛まれた。

 

 

「……誰でもいいから、俺に優しさをくれ」

 

 

 振り返り、俺は奉仕部ガールズを恨めしげな眼で見る。だが、二人とも、すでに式神の生成に夢中みたいで俺の視線になど気づきもしない。俺は内心、少し舌打ちしたい気分になった。

 と、そのとき。雪ノ下と由比ヶ浜の奉仕部ガールズの先で、俺を見ながら肩を震わす男が目に入る。そいつは俺の姿を見ていかにも楽しそうに笑っていやがった。

 

 

「ふひっ。八幡、ざまぁ!」

 

 

 今度こそ俺は自重せずに、舌打ちした。なんだ、あの材木座のドヤ顔は、すげーイラッとした。

 だから俺はささやかな仕返しを決行する。

 なに、問題はない。これはただの“事実確認”なのだから―――。

 

 

「材木座ー。少しの間、席外すから、二人の事(・・・・)よろしくなー」

 

 

 瞬間、材木座は目に見えて顔を引きつらせた。

 その顔が、絶望に彩られているのが分かる。

 次いで、その視線が奉仕部ガールズへと向けられる。無論、俺は材木座に聞こえるように言ったため、その手前にいる二人に俺の言葉が聞こえていないはずがない。

 眉目秀麗な二人の顔が材木座の方を向く。ただでさえ女子慣れしていない材木座にとって、至近距離からの二人の眼差しはきっと耐えられる代物ではないはず。

 そして、ウィッチクラフトの人造式のように、材木座の顔は真っ青になった。

 

 

「ま、待って八幡! 我を置いて行かないでっ!」

 

 

 鬼気迫る材木座に、俺はニッコリと微笑んで、

 

 

「頑張れよ。剣豪将軍」

 

 

 ピシャッと、訓練場のドアをそっと閉じた。

 刹那、訓練所内から響く「ノオォォオオオオオオオオッ!」という、図太い声の断末魔。

 どこぞの「バアアアアニングゥ!ラアアアアブ!!」な艦娘とは違って、可愛さのかけらもない声である。金剛ちゃん可愛いよhshs。

 ん? 由比ヶ浜? お前は何を言っているんだ…。

 重い鉄製の扉に背を預け、俺は訓練所の中で雪ノ下と由比ヶ浜に、冷たい視線を向けられているであろう材木座を想像した。

 

 

「今日と言う日を、俺は絶対に忘れない。もちろん、材木座。お前のこともな…」

 

 

 はたして、俺は今どんな顔をしているのだろうか。

 少なくとも笑顔ではあったはずだ。それも、某死のノートの夜神さんくらいにはいい笑顔だったろう。

 まさしく「計画どおり(ニヤリ)」である。

 まぁ、それはともかくとして、

 

 

「とりあえず…材木座、ざまぁ」

 

 

 訓練場の扉に背を預け、俺は「くくっ」と、笑った。

 こんなに気持ちのいい気分は久しぶりだ。そして、ひんやりと気持ちのいい鉄の扉から背を離し、俺はぐっと背伸びをする。肩や背中のあたりから小気味のいい音が鳴った。

 

 さてと、それじゃ―――。

 

 

「―――オン・マリシエイ・ソワカ―――」

 

 

 ばっくれますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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