やはり俺が闇鴉なのは間違っている   作:HYUGA

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 長らくお待たせしました。
 なかなか材木座の話を思いつかず時間をかけてしまいました。
 今回も前編後編ですみません。
 それではどうぞ。


第五話 剣豪将軍の配下獲得大作戦! 前篇

 

 

 今更ではあるが、俺が所属している奉仕部という部活は、塾生の悩み相談を聞き、その解決をお手伝いする部活である。

 だが、その性質上、基本的には依頼がなければ成り立たない部活でもある。

 ゆえに、俺や雪ノ下は普段は部室で読書をしているのが常である。

 変わったことと言えば、数日前に入部した由比ヶ浜と、我が奉仕部部長である雪ノ下が時折、ゆるゆりなことをするくらいだろう。おーい、マリア様が見てんぞ―。

 と、まぁこんなくだらないことを考えていたのはもう三日も前のことだ。

 だが、今になって思えば、そんなくだらない事を考えていられる内は、少なくとも俺の内心は平和だったのかもしれない。

 いや、もしかしたら、こんなくだらない事を考えていたからこそ、俺は変なフラグでも立ててしまったのかもしれない。まぁ、どのみち、俺はこんな依頼を受けてしまったことを後悔するのに変わりはないのだが―――。

 結論を言おう。

 

 

 『颯爽とうじょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 剣豪将軍! 材木座よしてぇええええええええええええる!』

 

 

 誰か、俺のフラグを折ってくれないかなぁ……。がをがをー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――― 第五話 剣豪将軍の配下獲得大作戦!/前編 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―― 2012年4月某日 陰陽塾特別棟・奉仕部部室前 ――

 

 時を遡ること一時間前。その日は、いつも通りの一日だった。

 つまり、いつもと変わらぬぼっちな一日を過ごした俺は、最早習慣づいてしまったように部室に向かっていた。最近の俺、完全に社畜根性が身についてしまってるな。

 だが、部室の前に来て、俺は無意識に足を止めてしまった。珍しい事に、部室の前に雪ノ下と由比ヶ浜が、並んで部室のドアの隙間から、中の様子を覗いているようだ。

 何やってんのこいつら? そんな事を思いつつ、俺は雪ノ下たちの背後に立った。

 

 

 「何してんだ?」

 「ひゃうっ!?」

 

 

 俺が声を掛けると、雪ノ下が普段のクールな雰囲気とはかけ離れた、可愛らしい悲鳴を上げた。ついでに由比ヶ浜の身体が一緒に跳ね上がる。

 

 

 「ひ、比企谷くん……びっくりしたわ」

 「驚いたのは俺のほうだよ……」

 

 

 予想外のリアクションに、声を掛けた俺の方が、よっぽど驚いたわ。

 

 

 「そ、それよりもヒッキー。部室の中に、変なのが居るんだよ」

 「は?」

 

 

 変なの? 俺と雪ノ下の会話に割って入った由比ヶ浜が、いつも通りニット帽を深くかぶって涙目で俺に訴えかけてくる。おい、それはあれか? 婚活パーティ追い出された平塚先生とかじゃないよな?

 直後、特別棟の隣の呪術訓練場から盛大な爆発音が響き渡った。

 あ、なんだ違ったか。平塚先生は、今日も絶好調みたいでなによりだ。いったいどんな呪術を使ったらあんな音になるんだろうな……。

 

 

 「変なのって……不審者ってことか?」

 「そう、なるのかしら?」

 「わ、わかんない……」

 

 

 雪ノ下も由比ヶ浜も顔を見合わせ首を傾げた。どうにも要領を得ない。

 俺はガリガリと頭を掻いた。

 

 

 「……とりあえず、人間ではある……はずだよな?」

 

 

 俺の問いに、雪ノ下が小首を傾げた。

 

 

 「……わからないわ。けど、塾服を着ていないのだから、少なくとも塾生ではないはずよ。もしかしたら、誰かの式神なのではないかしら? けれど、あんな形状の式神、ウィッチクラフト社のパンフレットでも見たことないし……まさか、使役式? ウソ……いったい形代はなに? どんな霊的存在なの?」

 

 

 あぁ、うん。雪ノ下、それはたぶんお前の勝手な想像だ。

 そしていい具合にテンパってんな。式神なら、お前の霊視で見破れるだろ……。

 幾ら自分の常識で測れない奴が居たからって、初対面というか、まだ直接話してすら居ない人を、人類の枠組みというカテゴリーから、外しちゃいけません。

 というか、雪ノ下に見ただけでそこまで言わせる何て、どんな奴だよ……。

 

 

 「……ちょっと下がっとけ」

 

 

 けれど、そんな不審者(?)の対応を女子に任せるわけにはいかない。俺は二人を背にして、ドアの前に立つ。塾服の背中の部分をきゅっと、二つの手がつまむのを感じた。

 そして、一応、念のためにケースから一枚、呪符を取りだし、俺はそっと扉を開けた。

 

 

 「……」

 

 

 刹那、一陣の風が吹き、部屋中のプリントを舞い上がる。それはまるで、レトロなマジックショーでハトを大量に出したかのような不思議な光景だった。

 その白い世界の中に佇む男が一人。

 

 

 「ククク……まさかこんなところで出会うとは驚いたな……」

 

 

 嫌に仰々しい物言いをする男の言葉に、俺はさっそく全力で回れ右したい衝動に駆られた。そして男は、その身に纏うマントをひるがえし、振り返った。

 

 

 「待ちわびたぞ、我が相棒! 比企谷八幡!」

 「喼急如律令(オーダー)!」

 「へぷっ!?」

 

 

 俺は持っていた呪符を素早く投げて扉を閉め、全てを無かった事にする。

 俺は何も見ていない。聞いてない。知らない。アー・ユー・オーケー?

 振り返ると、雪ノ下と由比ヶ浜は状況を呑み込めていないのか、シンクロしたように目をパチクリと瞬かせた。

 

 

 「ねぇ、比企谷くん。教室の中にいた彼、今、あなたの名前を呼ばなかったかしら?」

 「幻聴だ、雪ノ下。言霊の使い過ぎでなんか変な副作用でも出たんだろ」

 「……そんな副作用はないのだけれど」

 

 

 だいたい、あんな、材木座義輝なんて生き物、俺が知る訳がないじゃん。ん? なんか、教室の中からうめく様な声が聞こえるな。俺も疲れてんだな。日頃の呪術の訓練のせいかな?

 よし、だから今日は早く帰って、ゆっくり休むとしよう。雪ノ下だって、由比ヶ浜だって、その方が絶対幸せなはずだ。うん、それがいい。そうしよう。

 そして俺は、二人の手を引いて踵を返す。二人とも顔を赤くして怒っているが、仕方ない。

 あんなのと関わるのよりは何倍もマシだ。

 

 

 「ぉーぃ 吾輩を無視するでないぞぉ……比企谷八幡……いや、相棒ぉ……」

 

 

 部室の中から、幻聴が聞こえて来る。

 あぁ……。やっぱり俺、疲れてるんだな……。

 

 

 「ひ、ヒッキーのこと相棒って言ってるけど……」

 「あー、あー、聞こえなーい、聞こえなーい」

 

 

 由比ヶ浜が何か言ってるが、俺は首を全力で振ってそれを否定する。

 何を言ってるんだ由比ヶ浜? もしかしてお前も体調悪いのか? なら尚のこと今日は帰るべきだろう? 寮に帰って、ゆっくり休もうぜ?

 そんなある種の使命感を持って、俺は二人の手を引いた。

 

 

 「ちょ、ちょっと比企谷くん。は、離しなさぃ……」

 「ひ、ヒッキー、強引だよぉ……」

 

 

 だが、困ったことに雪ノ下と由比ヶ浜が頑としてその場を離れようとしなかった。

 いや、なんでだよ。俺はお前たちのことを思ってだな……。

 そうこうしている内に、ガラッと僅かに部室の扉があき、手が伸びる。

 その映像はまるで、海外のゾンビ映画のような異様な不気味さがあり、「ひっ」と、雪ノ下と由比ヶ浜が軽く悲鳴を上げた。

 

 

 「はちまぁん……! 我を忘れたとは言わせんぞぉ……!」

 「うわっ! 離せ材木座!」

 

 

 ガシッと、扉の隙間から出てきた手が俺の脚を掴んだ。

 視線を扉の中へと移すと、そこには僅かに開いた扉の隙間から覗く、呪符を貼り付けた材木座の顔が……。いや、こえーよ。マジこえ―よ。お前なに? いつもニコニコあなたの隣に這いよる混沌、材木座ホテプか!

 俺は思わず、全力でその手を薙ぎ払った。

 

 

 「ぎゃふんっ! 待って……いや、ホント、マジで待って八幡。我を見捨てないでっ……」

 「黙れ材木座! いいから早くこの手を離せっ!」

 「待って! 離す! 離すから! だから我の話を聞いて! お願い八幡! 後生だから!」

 「ぐぬぬっ……」

 

 

 涙声で訴える材木座。さすがにここまで来ると、俺とて罪悪感が沸かないでもない。

 背中に嫌な汗が流れる。

 果たして俺は、こいつをどうすればいいんだ?

 そんな心の葛藤は、くいっと引かれた袖によって遮断された。

 

 

 「ヒッキー、さすがにちょっと……かわいそうだよ……」

 

 

 刹那、反対の袖も引かれる。

 

 

 「……そうね。ここは生徒の問題を解消するのが目的の奉仕部なのだし、不本意なのだけど、話だけでも聞いてあげるだけなら、やぶさかではないのではないかしら?」

 

 

 両隣からの上目使い攻撃。由比ヶ浜はともかく、雪ノ下に憐れまれるとか、どんだけだよ材木座。いや、その原因である俺が言うのもあれだけどさ。

 どうにも、俺は女子のそういう表情には弱い。だが 一つだけ言わせてもらいたい。男の中に、こんな表情の二人を無下にできる奴がいるのかと。

 俺は諦めを込めた溜息を吐いて、おとなしく部室の戸を開いた。

 

 

 「……仕方ないか」

 

 

 部室の中には、もうすぐ初夏だと言うのに、こってりとした汗をかきながら、コートを身に纏い、指貫グローブを装備した材木座が倒れていた。

 その顔には、俺がさっき投げた呪符が張り付いたままだった。

 

 

 「おお! さすがは十の盟約により結ばれし我が相棒! ようやく我の話を聞く気になったのだな! うむ! それでこそ、共に地獄の日々を駆け抜けた同志だ!」

 「地獄の日々って……ただ実技の訓練でお互いペアが組めなかったから、あまりもの同士で組んだだけだろうが……」

 「ふんっ! あのような悪しき風習で、我の力を封印しようとはまこと愚か成り! だが、事実、あの封印が割れの力を削ぐのは確かである。むぅ…敵ながらあっぱれということか! ムハハハハハハ!」

 「お前は一体、何と戦ってるんだ……」

 

 

 俺が顔に張り付いた呪符をビリッと剥がしてやると、材木座はまるで水を得た魚の様に元気になる。

 今度こそ、本当に幻聴でも聞こえてきそうだ。

 材木座がメガネを光らせ、自分の脳内設定を口走り始めたその時、俺のブレザーの袖を、雪ノ下がくいっと引っ張った。

 

 

 「比企谷くん。これはもしかしてあなたの知り合いなの?」

 「……いや、雪ノ下、“これ”って……うん、まぁ、誠に遺憾ながら、そのとおりなんだが……」

 「……ヒッキー」

 

 

 後々面倒だから、俺はその事実を否定しなかった。その結果、不快感を露わにする由比ヶ浜に睨まれ、雪ノ下には「なるほど、類は友を呼ぶと言うやつね」と、納得されてしまったが、俺は気にしない。

 だって、男の子だもん。

 まあ、ふざけるのもここまでにして、そろそろ本題に入るとしよう。

 

 

 「で、何の用だ。材木座」

 「む! 我が魂に刻まれし名を口にしたか! いかにも! 我こそは剣豪将軍! 材木座義輝である!」

 「いいから、早く本題に入りなさい。それとも言霊でその無駄な語録しか残せない口を塞いであげましょうか?」

 「ふ、ふひっ!? す、すみません……」

 

 

 うわっ、雪ノ下さんマジぱねーっす。材木座を強制的に素に戻したわ。

 だがそれもつかの間、材木座はいつもの調子を取り戻し、「ふむ」と頷き、腕を組みなおす。

 

 

 「ムハハハハハッ! ときに八幡よ。我は、平塚教諭にここが奉仕部だと助言頂いたのだが、ここはその奉仕部で違いないか?」

 

 

 キャラに戻った材木座が奇怪な笑い声を上げながら俺に問う。

 そんな笑い方、初めて聞いたわ。

 ってか、こいつがここに来たのって平塚先生の差し金かよ。ホント、あの人は余計なことを……。

 

 

 「ええ、ここが奉仕部で間違い無いわ」

 

 

 材木座の質問に、返事をしたのは雪ノ下だった。

 すると二人の材木座は、ちらっと雪ノ下を見るが、すぐに俺の方へと視線を戻す。

 何がしたいんだよ、お前は。

 

 

 「ムハハハッ! ならば八幡よ! お主には我が願いを叶える義務があるということだな! 然り然り! 幾百の時を超えてなお主従の関係にあるとは、これも八幡大菩薩の導きであろう!」

 「別に奉仕部は、貴方達の願いを叶える為の部活じゃないわ。ただ手助けをするだけよ」

 

 

 またしても俺に振った話題に、返答したのは雪ノ下だったが、材木座は、何かを訴える様な視線を、俺へと向けてくる。

 いや、だから、本当に何がしたいんだよ、お前。

 

 

 「う、うむ。で、では八幡よ、我と再び手を組み、共に天下を握りに出向かんとしようでは……」

 「私が話しているのだから、ちゃんとこちらに顔を向けなさい」

 

 

 おぉ、怒ってらっしゃる。氷の女王さまは本日も絶好調である。誰かアナ呼んで来い。

 この氷の女王様は、口を開けばドスフロギィ並みに毒を吐くのだが、それ以前に、礼儀作法を重んじている淑女でもある。さすがは呪術界にその名を知らしめる雪ノ下家のご令嬢っと言ったところである。

 おかげで、俺も部室に入るときは、必ず挨拶する様になったものだ。

 だって、挨拶しないと言霊で床に縛り付けられるんだもん。

 

 

 「……モハ! モハハハッ! これはしたり!」

 「その【喋り方もやめなさい】。気持ち悪いから」

 「……」

 

 

 あ、やりやがった。俺は心の中でぽつりと呟いた。

 雪ノ下が放った呪力を込めた言葉が、文字通り材木座を黙らせる。だが、材木座に縛られたことに対する困惑は見てとれない。それもそのはずだ。だって、材木座のやつ心折れてんだもん。

 縛る間に心を折る言霊とは、俺が言い出したことだ。

 俺、思うんだ。

 時に言葉って殴る以上の暴力になるんじゃないかってさ。

 こいつの場合、本当に『言葉』が武器になるからなおのことそう思う。ペンは剣より強しとはよく言ったものだ。雪ノ下の場合、『言葉(物理攻撃)』は剣より強し、ってとこだろうな。

 

 

 「……雪ノ下、ちょっと」

 

 

 何か由比ヶ浜は、ゆきのん逃げてーって言ってるけど、もう哀れ過ぎて、俺はむしろ材木座逃げてーっと言いたいわ。

 あまりにあれだったもんだから、俺はいったん材木座から雪ノ下を離して、材木座が患っている厄介な奇病「厨二病」についてレクチャーしてやる。

 問題があったとすれば、その際に、俺までが同類とみなされて、雪ノ下と由比ヶ浜から、疑わしきは死ね、という視線を向けられて、思わず自殺してしまいそうになったくらいだ。

 俺、完全な流れ弾じゃん。

 けれでも、それでも俺は怯まない。だって、俺は材木座と同類ではない。

 同類「だった(・・・)」だけなのだから。

 

 

 「……まぁ、なんだ。昔は同類だったのかもしれない。けど、今は違う」

 「そう。比企谷くんにもそういう時期があったのね」

 

 

 最後に悪戯っぽくそう言って笑うと、雪ノ下は再び材木座のほうへと向かった。

 

 

 「つまり、貴方の願いはその病気を治したいということで良いのね?」

 「あ、いえ、別に病気というわけでは……」

 

 

 なんとも慈愛に満ち溢れた優しい顔で、雪ノ下は言う。あぁ、これはあれだ、盤上の世界(ディスボード)のジブリールさんが自分より下位の種族を見る目だわ。

 さすがは、奉仕部序列一位の雪ノ下雪乃(フリューゲル)さん。マジこえーっす。

 そして、そこからはもう怒涛の「一歩的な戦い(ワンサイドキル)」だった。

 

 

 「ねぇ、ざ…ざ…財津くんだったかしら?」

 「むぐっ…ど、どうやら貴殿はまだ我の恐ろしさに気づいていないらしいな。だがそれも仕方のない事、なぜなら、我が真の名は口にするだけで災いをもたらすがゆえに、現世では偽りの名を名乗らなければいけないのだからな! では改めて名乗ろう! 我は剣豪将軍! 材木座義輝であ……」

 「言ったわよね? その【喋り方やめなさい】って」

 「………」

 「次、なんでこの時期にコートを着ているの?」

 「……ふわっ!? わ、我、喋れる? ……あ、ご、ゴラムゴラムッ! こ、この外套は我の霊気を極限まで高める聖遺物であり、もともとは我が持つ十二の神器の一つであるのだが、我がこの世界に転生した際に、現代において最も最適な形に形状に変化させたのだ! フハハハハハハッ!」

 「何度言わせる気かしら? その【喋り方をやめなさい】」

 「………」

 「じゃあ、その手抜きグローブはなに? 意味あるの? 指先防御できてないじゃない?」

 「……ふ、ふひっ!? い、息できる……? あ! わ、わわわわ……我にとって、このグローブもまた前世より受け継ぎし、十二の神器の、ひ、ひとちう……ご、ゴラムッ! ひ、一つであり! このグローブを身に着けた状態ならば、五行であって五行でない、六つ目の行である【聖なる力(グロリアス・エレメント)】の力を纏いし呪符を放てるのだ! しかし、なにぶん操作の難しい呪符故に、操作性を高めるため指先の部分は開いている……のだっ! フハッ、フハハハハハハッ!」

 「喋り方……」

 「はひっ!? やめて口を塞がないでっ! も、もう許してくださいお願いしましゅ!」

 

 

 カンカンカンカンカンッ! どこからかゴングの音が聞こえた気がした。

 もう、材木座が哀れすぎて泣きそうだ。

 

 

 「ゆ、ゆきのん……」

 

 

 さすがの由比ヶ浜も、この雪ノ下のオーバーキルには若干引き気味だ。

 俺は、「もう見てらんない!」と、材木座に何とか助け舟を出そうと思い、一歩前に踏み出す。すると、足元でカサリと何か音を立てた。

 それは部室に舞っていた紙ふぶきの正体だった。

 

 

 「これって……」

 

 

 拾い上げると、予想に反し、その紙は案外小さかった。

 原稿用紙ではない。むしろ、B5の紙よりさらに小さい。それは呪力が流された式符だった。

 

 

 「ふ、ふひっ! あ、八幡! そ、それ! それは……!」

 「落ち着け材木座。大丈夫だ、雪ノ下は戦意のない奴には決して言霊は使わないから」

 「は、はひ……」

 

 

 そう材木座にフォローを入れつつ、俺は式符から目を離さない。

 というより、離せなかった。なぜなら、それは、俺もこれまで見たことのない形状の式符だったからだ。俺の様子が変なことに気づいたのか、由比ヶ浜が俺の手元のそれに視線を向けた。

 

 

 「それ何?」

 

 

 頭に「??」と疑問符を浮かべる由比ヶ浜に、俺は式符を渡してやる。式符の形状、模様を見て、それが何か思い出そうとする由比ヶ浜だったが、やがてはぁと深いため息を吐くと俺に戻してきた。

 

 

 「ヒッキー、これ何?」

 「由比ヶ浜……お前、一年の時の授業内容だろ……」

 

 

 思わず、呆れて額に手を当ててしまった。

 そんな俺の態度に由比ヶ浜は「むぅ」と、ふくれっ面だ。

 仕方ない。俺は一つため息を吐き、手に持ったそれをひらひらと振った。

 

 

 「たぶん、式神の式符だと思う。けど、見たことない式符だから、詳しいことは俺にも分からん」

 

 

 俺の言葉が気になったのか、雪ノ下も由比ヶ浜と反対側から俺の手元を覗く。

 その瞬間、彼女の瞳にも驚きの色が宿った。

 

 

 「これは……人造式、かしら?」

 「分かるのか?」

 

 

 俺の問いに、雪ノ下は首を振った。

 

 

 「いえ、正直、見たこともない型の式符だわ。ウィッチクラフト社の製品には、一通り目を通しているはずなのだけど、こんな型の式符はじめてよ」

 「……どうせ猫型の人造式でも探してたんだろ? ほら、モデルWA2『キャットバンテージ』とか、むっちゃお前の好みじゃねーか」

 「……なんのことかしら」

 

 

 あ、顔逸らした。冗談で言ったつもりが、こいつマジだったよ。

 ちなみに、モデルWA2『キャットバンテージ』は室内用の「捕縛式」だ。その見た目は、全身が青い大柄な猫と言った感じだ。

 捕縛式と言えば、祓魔官が使うモデルWA1『スワローウィップ』があまりにも有名だが、あちらはどちらかというと、屋外の広い所で使うことを目的としている。そのため、実は狭い部屋や路地では極端に性能が落ちるという欠点を持っている。

 それを補うために開発されたのが、屋内用の捕縛式『キャットバンテージ』である。

 けれど、『スワローウィップ』然り、『キャットバンテージ』然り、到底俺達のような塾生が手を出せるものではないはずだ。それをどうして―――。

 

 

 「けど、確か人造式ってクソたけーだろ。少なくとも塾生の俺達にどうこう出来るしろもんじゃねーし。そんなもんを、なんでこいつ持ってんだ?」

 

 

 俺の言葉に反応して、材木座は仕切り直すように咳をした。

 

 

 「ごらむごらむっ! うむ、如何にも、それはウィッチクラフト社の人造式だ。しかし、それはいわゆる試作品というやつでな、まだ世には広まっておらん禁断(パンドラ)の代物。故に、そこの女史が見たことないのも当然であろう」

 「マジかっ!?」

 

 

 ウィッチクラフトの新作!?

 俺は驚愕の眼で、再びその式符を見た。

 なるほど、まだ販売されていない製品だから雪ノ下も見たことなかったのか。そりゃ、パンフレットにも載ってないんだから、さすがのユキペディアさんも知るはずがない。

 けど、そんな製品をなんでこいつが?

 俺達の困惑の目を受け、しかし、材木座は気にする様子もなく「うむ」と頷いた。

 

 

 「実は、我の父上はウィッチクラフト社の開発部に所属しておるのだが、その父上から一つ願いを受けてな。その願いと言うのが、このウィッチクラフトの新製品であるモデルMA1『ドールファンタズマ』の試行テストなのだ。それもより多くの意見を聞きたいらしく、我以外の分も用意してあるのだが―――」

 

 

 材木座はそこで言葉を切って、窓の外に目を向け黄昏た。

 窓の向こうでは、夕日が傾き、今しがた訓練を終えたのか、幾人かの塾生が徒労を組んで帰宅の途に就いていた。その誰の顔にも笑顔が浮かんでおり、青春を謳歌しているのが手に取るようにわかる。

 そして、俺は理解した。なぜこいつが、奉仕部(ここ)に来たのかを。

 

 

 「……しかし、いかな我とは言え、この荒唐無稽な願いを叶えることは、我が宿敵であるかの三好長慶との戦以来の困難であり、ゆえに―――」

 「ま、友達いないもんな、お前」

 「うっ……よ、よくわかっているではないか、さすがは我が天命の相棒だ。そう、我に共などおらぬ。……マジで一人、ふひ」

 

 

 そう材木座は悲しげに自重した。おい、素に戻ってんぞ。

 はぁ、けどなるほどな、つまりはこういうことだ。

 材木座は、人造式販売の大手であるウィッチクラフト社に勤める親父さんに試作品のテストをお願いされた。けれど、より多くの意見を聞きたいために親父さんは他の陰陽塾塾生にも、この式神のテストをしてもらおうと考え、材木座に頼む。だが、材木座にはそんなことを頼める友達はいない。そして、困った材木座は仕方なく、我らが奉仕部顧問である平塚先生に相談したと。

 で、現在に至るわけである。

 

 

 「つまりお前はそのテストを俺達に手伝えと、そう言いたいんだな?」

 「ふむ、理解が早くて助かるぞ、八幡よ」

 

 

 俺の確認に、材木座は仰々しく応えた。

 けれど、正直な気持ち、俺はこの依頼を受けたいと思っている。

 ウィッチクラフト社の新商品。そんな喉から手が出るほどのものをただで触れる。これ以上にラッキーなことはそうそうないからだ。

 俺はちらりと雪ノ下を見る。雪ノ下の方も、ウィッチクラフトの新商品にはそうとう興味があるみたいでマジマジと俺の手の中にある式符を見ていた。

 やがて、俺の視線に気づいたのか、雪ノ下は俺と視線を合わせ、コクリと頷いた。

 

 

 「わかったわ。断る理由もないし、それに平塚先生からの依頼なら無碍にはできないわ。財津くん、もちろん、先生からの依頼なのだから学校の許可も、取れているはずよね?」

 

 

 雪ノ下の問いに材木座は「うむ」と頷く。

 

 

 「無論だ。如何な我であっても、天に定められた掟には逆らえぬからな。塾長殿には話を通してある故、このあと呪術訓練場を使用してもいいとのことだ。……あと、材木座です」

 「まぁ、正直どこでもいいわ。場所あんならさっさと行くぞ。日が暮れる前に終わらせなきゃいけんだろーし」

 「う、うむ! そうだな八幡よ! さぁ今こそ我とおぬしの新たな伝説の始まりである!」

 

 

 そう言って材木座は例の奇怪な笑い声をあげた。無論、俺はシカトした。

 

 

 「わー! なんか楽しそー!」

 「由比ヶ浜ー、お前は今日は見学なー」

 「え、なんで!?」

 「だってお前、式神の生成とかできんの?」

 「バカにし過ぎだし!? それくらいできるよ!!」

 「なにをしているの二人とも、早く来なさい、時間がなくなるわよ」

 

 

 そして俺達は、奉仕部部室を離れ、呪術訓練場へと向かう。

 けれど、俺はまだ知らなかった。この材木座からの依頼が、どんな結末を迎えるのかを―――。

 

 呪術訓練場崩壊まで、あと三十分。

 

 

 

 

 

 

 


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