やはり俺が闇鴉なのは間違っている   作:HYUGA

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 やっと書けました。長かった~。
 深夜の変なテンションで書いてるので文章的な間違いには目を瞑ってください

 それではどうぞ(^_^)/~





第四話 生成りと生焼けのクッキー 後編

 

 

 ――2012年4月某日、東京陰陽塾――

 

 

 その日、俺は奉仕部には赴かず、陰陽塾敷地内にある陰陽塾の訓練場へと来ていた。

 見た目は田舎の公民館。あるいは体育館のような訓練場の中では、多数の陰陽塾生が陰陽術の訓練に励んでいる。かく云う、俺もそのうちの一人だ。

 陰陽師(この)世界では、生まれながらの才能がものを言うことは、先に話した通りだ。それでも、努力を怠ったものが成功するなんてことはありえない。

 それは、俺とて同じだ。だから、昼休みやときには奉仕部を休んでまで、こうして訓練に身を窶(やつ)しているわけだ。

 

 

 「―――オン・マリシエイ・ソワカ―――」

 

 

 指を組み、霊気を練る。

 日々、教室で行っている穏形術も、ここではただ穏形するだけではダメだ。最初の呪文を詠唱した後は指を解き、呪符ケースから呪符を引き抜く。穏形を一息に完成させつつ、一方では霊気を練り上げ呪力に返還する。そして、訓練所内にある呪術用の的に向け、俺は呪符を放った。

 

 

 「喼急如律令(オーダー)!」

 

 

 刹那、放った呪符は火の玉となり的に命中する。火行符の札だ。

 威力は勿論押さえてある。下手に呪符を放って、人にでも命中したら大惨事だからだ。まぁ、その場合は穏形したまま逃げるけど。

 的に命中したことを確認し、俺は息を吐き、穏形を解いた。

 

 

 「……どうにかうまくいったな」

 

 

 この一連の流れの成功率は、今のところ70%と言ったところだ。

 未だに10回やって3回は失敗してしまうことに、俺は焦りを募らせる。まだだ。まだ、足りない。俺の目的を達するためには、こんな所で躓いているようでは全然だめなのだ。

 気合を入れる意味も込め、俺は「ほぅ」と息を吐く。

 次いで、俺はもう一度、一から今の動作をやりなおすため、意識を集中させた。

 そして、穏形スタート。

 

 

 「―――オン・マリシエイ・ソワカ―――」

 

 

 さっきと同じように、摩利支天(まりしてん)の真言(マントラ)を唱える。

 意識を殺し、心を閉ざし、無意識にその呪文を唱え続ける。

 そして、ある程度の間を持たせたら、指を解き、呪符ケースに手を伸ばす。一番上の呪符を抜き、霊気を呪力に返還し込めた。そして、いざ放とうかというそのときだった。

 

 

 「あー! こんなとこにいた!」

 

 

 俺の一連の流れは、その騒がしい声によって邪魔されてしまった。

 心が乱れ、穏形が不安定になるも、俺は慌てることなく数回呪文を唱え、持ち直した。

 投げそこなった呪符が、行き場もなく俺の手の中でひらひらと舞っている。いかんいかん、昨日までで聞きなれてしまった声だったので、つい反応してしまった。

 なに勘違いをしているんだ。彼女が今、俺なんかに話しかけるわけがない。そもそも、俺は今、穏形をしているんだ。彼女に俺の姿が見えるはずないのだ。

 気を取り直し、俺は呪符を構え、的を狙う。霊気を呪力に変え、呪符に注ぎ込む。

 そして―――。

 

 

 「喼急如(オー)…」

 「むー! なんで無視すんのー!」

 「おわっ……!」

 

 

 ……俺の呪術は、またしても彼女の手によって遮られた。

 あーもう、なんなの。何回やっても、何回やっても、呪符が放てなーい。って歌いそうになったじゃねーか。うん、無限ループって怖いよね。

 呪符を放とうとしたその瞬間、呪符を持つ腕とは反対の腕の袖がギュッと握られた。

 またしても行き場を失った火行符が、俺の手の中で、ひらひらと無邪気そうに舞う。それを呪符ケースへと戻し、俺は一つ息を吐いて振り返った。

 

 予想通り、そこには最近顔見知りになった彼女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――― 第四話 生成りと生焼けのクッキー / 後編 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……なんだよ、由比ヶ浜。俺になんか用か?」

 

 

 むーっとふくれっ面な由比ヶ浜結衣は、いつものごとく、ぶかぶかのニット帽をかぶり、短めのスカートにボタンを二つ三つ開けて、涼しげにした胸元の、女子用の白い塾制服姿だ。

 服の袖を引くほど近い位置にいたため、上目づかいで俺を睨みつける彼女。あの、由比ヶ浜さん。そんな位置で俺を見上げられると、ちょっと困るんですが。おもに、そのたわわに実ったおっぱ……げふんげふん、が。

 なに、この子。警戒心なさすぎでしょ。だからビッチって言われるんだよ。

 俺は呆れたように息を吐いた。

 

 

 「むぅ……。なんか、ヒッキーちょっとめんどくさそう……。そ、そんなに私に話しかけられるの……いや?」

 「まぁ、どっちかって言うとそうだな」

 「即答された!?」

 

 

 由比ヶ浜がショックを受けたように肩を震わす。「ガガントス」っと、擬音が聞こえそうだ。どーでもいいが、あのノットな魂狩の金髪お姫様、めっちゃ早くデレたよな。まぁ、可愛いからいいんだけどさ。

 そんなことを考えていると、由比ヶ浜の後ろでぴょこっと何かがはねた。黒髪のツインテール。見た目だけはまるでビスクドールの様に綺麗な少女。雪ノ下雪乃だ。

 雪ノ下は、胸の前で腕を組み、不機嫌さを隠そうともせず、こっちを見ていた。

 

 

 「……あなた、部室にも来ないで何をしているの?」

 

 

 それはまるで、絶対零度のような声だった。うわっ、なんかすっげー不機嫌そう。いかにも怒ってますよ的なオーラを出しながら、雪ノ下は俺を睨む。

 で、こっちのお嬢様のデレはいつ見れるのでしょうかね、ホント。主に中の人的に。

 俺はいら立ちを隠すようにボリボリと頭を掻いた。

 

 

 「あーくそっ、しょーがないだろ。俺はお前と違って、生まれながらの才能がないんだよ。だから、こうして日々の努力を怠れないんだよ」

 「……気のせいかしら。今、この男の口から出たとは信じられないような言葉を聞いた気がするわ」

 

 

 随分と、酷い言われようだと、俺は顔を歪めた。だがそのとおりなので否定できない。

 ついこのあいだも言ったが、俺達の業界では「努力」とは最低限度のことだ。だが、俺はその「努力する」ということを最低の解決法と自認している。効率も、成功率の計算も、何もかもを度外視した、その言葉は言うなれば無策と一緒だ。そんな無駄なことをするくらいなら、いっそのことやめて、別のことに専念した方が明らかに懸命だ。

 だがそれでも、最底辺の才能しかない俺は、その最低の解決法たる「努力」に頼るしかないのだ。

 

 

 「いやでも、そう言うお前らはどうなんだよ。ちゃんと、呪術の訓練してんのか?」

 

 

 もう一度言うが、呪術界(この)業界では「努力」は最低限度のことだ。

 いくら部活とは言え、それを怠ってはいけない。

 俺の言葉に、一人は気まずげに視線を逸らし、一人はない胸を張って「当然よ」と頷いた。うん、だいたいわかったわ。やっぱり由比ヶ浜はアホの子だった。

 俺のジトッとした視線に気づいたのか、由比ヶ浜がう~っと、うなって涙目で俺を見た。

 

 

 「むぅ、なんかヒッキー、私のことバカにしてない?」

 「なんだ、今更気づいたのか」

 「ほらやっぱりバカにしてたあぁあああああああ!」

 

 

 うわぁーんっと、由比ヶ浜がぽかぽかと俺の胸を叩く。別に痛くもなんともないその攻撃に、俺は疲れたように息を吐いた。で、結局お前ら何しに来たんだよ。

 俺は無言で雪ノ下に説明を求める。ここ最近、雪ノ下には甲種言霊で声を封じられる機会が多だあったから、彼女とは、無音で意思疎通が行えるようになってしまっているのだ。

 閑話休題。

 

 

 「あなたがいつまでたっても部室に来ないから捜しに来たのよ、由比ヶ浜さんは」

 「その、倒置法を使っての私は違うからアピールいらねぇから、知ってるから」

 

 

 ため息交じりの雪ノ下の言葉に、俺は噛みつく。

 すると、彼女の言葉を受けて、さっきまでぽかぽかと俺の胸を叩いていた由比ヶ浜が、不満げにむんと仁王立ちになった。

 

 

 「わざわざ聞いて歩き回ったんだからね! そしたらみんな『え? 比企谷? だれ?』って言うし。超大変だったんだから!」

 「いや、その追加情報いらねぇから……」

 「あら、日頃の教室での穏形術の訓練の成果が出ててよかったじゃない、比企谷くん?」

 「……ここぞとばかりに傷を抉ってきますね、雪ノ下さん」

 

 

 俺は思わず頭を抱えてしまった。いや、ホント、なんであなたたち俺の心の傷抉るの得意なの? ドラゴンスレイヤーならぬボッチスレイヤーかよ。最終的にボッチフォースとかしちゃうの? なにそれすっげー弱そう。

 俺は再び諦めたようにため息を吐いた。そのとき、ふと思い出した。

 

 

 「そういえば穏形で思い出したんだが、お前ら、よく俺の穏形に気付いたな」

 「あら、まさかあなた程度の穏形を、私が見抜けないとでも? 言っておくけど、私、霊視は得意分野なのよ?」

 「それを言ったら俺だって穏形は学年一位だぞ。それなりに自信はあったんだけどな……」

 「え、ウソっ!? ヒッキーそんなに実技得意だったの!? 裏切られた! ヒッキーは落ちこぼれ仲間だと思ってたのに!」

 

 

 なんかすっげー由比ヶ浜に驚かれた。そんなに意外なのかよ。

 俺は一つ息を吐いた。

 

 

 「失礼な……。俺は、これでも総合成績はいつも上位十位以内に入ってんだぞ? ってかお前、張り出される成績表見ないのかよ……」

 「何を言っているの、比企谷くん。あなたの成績なんて誰も気にするわけないでしょ?」

 「そんな、慈しむような顔で、残酷な真実を言わないでくれ、雪ノ下……」

 

 

 そして、不動の学年一位さんはニッコリ微笑んだ。由比ヶ浜は未だにショックから抜けれないようで「うっそ……、全然知らなかった……」と、ぶつぶつ言っている。

 ん? そういえば、さっき由比ヶ浜の言葉の中に気になるワードがあったよな。

 俺は俯く由比ヶ浜に問いかけた。

 

 

 「ってか、由比ヶ浜。お前、落ちこぼれってどーいうことだよ?」

 「うぐっ! ひ、ヒッキー……し、しょうじきそこにはあまり触れてほしくないというか……なんというか……」

 「あ?」

 

 

 由比ヶ浜は、気まずげに視線を逸らしてもにょもにょと口の中だけでしゃべる。

 雪ノ下も懐疑そうな顔で彼女の顔を覗く。どーでもいいが、顔にかかった髪を耳にかけるその動作、無駄に色っぽいな。

 俺と雪ノ下の追及の視線に、やがて由比ヶ浜は諦めたように顔を伏せる。

 そして、いつものようにニット帽を深くかぶると、由比ヶ浜はぽつりぽつりと話し始めた。

 

 

 「だ、だって……真言(マントラ)って、すっごいいっぱいあるし……。不動明王とか、九字切りとか……ぜんぜん覚えらんないんだもん……」

 

 

 そう言って、由比ヶ浜は「えへへ」と笑った。

 嘘だろ、まさかここまでとは……。俺は呆れて声も出なかった。それは雪ノ下も同じらしく、額に手を当て、この惨劇に悲観そうな表情を浮かべていた。

 結論を言おう。由比ヶ浜結衣は、アホの子ではなく、バカな子だった。

 こいつ、よく進級出来たな……。ってか、お前、それって呑気にクッキーなんて作ってる場合じゃないだろ。勉強しろ、勉強を。

 俺と雪ノ下の痛い子を見る様な視線を受け、由比ヶ浜は「うぐっ」と言葉を詰まらせた。

 

 

 「で、でもさ! 一年で習った内容は基礎中の基礎だからさ! まだこれから挽回できるはずだよ! うん、私まだ本気出してないだけだからね!」

 「出た! 勉強しないヤツのテンプレな言い訳!」

 

 

 あまりにも、あまりにも予想通りの回答にむしろ驚いて声を出してしまった。俺のその大声に、由比ヶ浜はビクンッと肩を震わせ、涙目で俯いた。

 

 

 「うぅーっ……ヒッキー……」

 「いや、そんな涙目で睨まれても……。第一、由比ヶ浜。事実、そこにいる雪ノ下は万年学年一位だし、俺もそれに比べたらちょいと点数は足りないかもしれないけど、いいか悪いかで言ったらいい方だからな。だから、その……な……」

 

 

 俺は言いにくいことを誤魔化すように由比ヶ浜から目を逸らす。

 俺の態度から悟ったのか、由比ヶ浜はショックを受けたようにしょぼんとした。

 

 

 「そんなぁー、あたしだけバカキャラだなんて……」

 「そんなことないわ、由比ヶ浜さん」

 

 

 冷静な声ながらも、雪ノ下の表情には温かみがあり、その瞳には確信の色があった。それを聞き、由比ヶ浜はぱぁっと顔を明るくした。

 うん、でもな、由比ヶ浜。俺には分かるぞ。雪ノ下のあの表情が。あれは、出来の悪い子供を見る親の表情だと。

 

 

 「ゆ、ゆきのん!」

 

 

 嬉しそうに雪ノ下を呼ぶ。けれど、雪ノ下はその温かみのある表情のまま告げた。残酷な真実を。

 

 

 「由比ヶ浜さん。あなたはバカキャラではなくて真性のバカよ」

 「言ったっ! 俺ですら言うのを憚(はばか)ったことを平然と言いやがったよ、こいつ!」

 「うぅっ! ヒッキーのバカー! それ追い打ちだよー! うわーんっ!」

 

 

 あぁ、だから叩くな。痛くはないけど、地味に周りの視線が痛いんだよ。

 今更ではあるが、ここは陰陽塾内の呪術訓練場である。なぜか、さっきから俺がゴミのような目で見られているような気がして、俺は思わず顔がひくっと、引き攣ってしまった。

 

 

 「……けど、確かにこれは問題よね。この時期にこれでは、後々大変なことになってしまうわ」

 

 

 雪ノ下が、短くため息を吐きながら言う。それには、俺も首を縦に振った。

 そして、いい加減鬱陶しくなった由比ヶ浜の手を止め、俺は真摯なまなざしで由比ヶ浜を見つめた。

 

 

 「由比ヶ浜。お前、勉強しろ」

 「うぅ……、そんなの、言われなくても分かってるよぉ」

 

 

 うるっと、瞳を閏ませながら由比ヶ浜は頷く。

 その顔は「なんで、そんなイジワルいうの?」と言っているようだった。

 けれど、別に俺達はいじわるでこんなことを言っているわけではない。これも全部、由比ヶ浜のことを思って言っているのだ。

 進級してまだ日が浅いから、まだ影響はないが、陰陽塾(ここ)はある意味、二年になってからが本番なのだ。もともと、陰陽塾(ここ)はプロの陰陽師への登竜門と言っても差支えないエリート校だ。陰陽塾(ここ)を無事に卒業出来たら、そのまま資格を取ってプロになるというやつがほとんどで、三年生の講習ともなると、逆にプロが受講しに来るほどだ。特に、実技の内容は凄まじく高く、これについていけなくなってやめる人間は毎年後を絶たない。そして、今年のその最有力は彼女であろう。

 せっかく顔見知りになったのに、むざむざ辞められたら後味が悪くて仕方ない。

 俺は彼女のこれからのことを思い、他人事ながら憂鬱になってしまった。

 

 

 「……でも、あたしだって、入りたくて陰陽塾(ここ)に入ったわけじゃないもん」

 「ん? 由比ヶ浜、何か言ったか?」

 「なんでもない!」

 

 

 そう強く拒絶の言葉を言って、ぷいっと由比ヶ浜は顔を反らした。いやなんでだよ、ちょっと聞いただけじゃねーかよ。俺は溜息を吐いた。

 

 

 「あーなんだ。とりあえず、だいぶ話反れちまったけど、結局、お前ら俺を探してたんだよな?」

 「私はあなたなんてどうでもいいのよ。由比ヶ浜さんは、そうだけど」

 「あーはいはい、訂正しますよ。由比ヶ浜は、俺を探してたんだよな。これでいいか、ゆきのん?」

 「……鳥肌がたったわ。気持ち悪いからその呼び方やめてくれないかしら」

 「言われずとも、一生言わねーよ」

 

 

 ホント、この女ムカつく。

 俺達のそのやり取りに、由比ヶ浜は思い出したようにあっと声をあげた。

 

 

 「そ、そうだった……。すっかり忘れてた……」

 

 

 茫然とした面持ちで、そう言うと、由比ヶ浜はニット帽を深くかぶる。彼女の顔は、まるで熱でもあるかのように真っ赤だった。

 

 

 「あ、あのねヒッキー……。あの、ね……」

 

 

 由比ヶ浜は言いにくそうにもじもじと体を擦る。

 そして、そこまで言いかけて、由比ヶ浜は周囲をちらっと見た。その視線に合わせて、俺も周囲を見渡す。いつの間にか、俺達はかなりの注目を集めてしまっていた。

 その視線が恥ずかしいのか、由比ヶ浜は俯いてしまった。

 俺は、彼女のその様子を見て、ため息を吐いた。

 

 

 「とりあえず場所かえるか。ここじゃ良くも悪くも目立つからな……」

 

 

 俺はさりげなく彼女にそう勧めて、移動を促す。やたら紳士的なのは、もちろん俺の純粋な優しさであることを強調しておきたい。

 もうね、俺ってば超紳士。その証拠によく紳士服着てるし。

 

 

 「う、うん……ありがとう、ヒッキー……」

 

 

 由比ヶ浜は戸惑った様子ながらも、勧められるままに移動する。雪ノ下も、ため息を吐きながらも後ろから着いてくる。あぁ、これで今日はもう訓練できないな。俺はそう思い、もう一度深くため息を吐いた。

 

 

 「……そういえば、由比ヶ浜はどうやって俺の穏形を見破ったんだ?」

 

 

 二人と共に歩きながら、俺は不意にそのことを思い出す。

 霊視能力が高い雪ノ下はともかく、自分でも落ちこぼれと自認している由比ヶ浜。その彼女がどうやって俺の穏形を破ったんだ? 首を傾げ、考えるもさっぱりわからん。

 結局、俺はその答えを出せないまま、訓練場を後にした。

 

 訓練場に再び焦燥としたざわめきが戻る。

 周囲には、奇怪なものを見たように“二人”を見る視線だけが残っていた。

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 「お、おい、今の見たか?」

 「いや、バカか、お前。見てない方がおかしいだろ……」

 

 

 三人が去った後の訓練場。

 そこでは、さっきまでの静けさがまるで嘘だったかのように、ざわざわとした賑わいが起こっていた。

 とある男子塾生の呟きに、近くにしたもう一人が応える。

 そのどちらもが、茫然とした面持ちであった。

 それは、周囲にいた他の塾生も同じらしく、皆ざわざわと騒いでいる。その誰もが、たった今起こった出来事に驚きを隠せない様子であった。

 今、彼らが見た映像を端的に話すとこうなる。

 

 あ……ありのまま今起こったことを話すぜ。俺は呪術訓練場で訓練をしていたら、塾内でもかわいいと噂の雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが、何もない所(・・・・)に向かって話してたんだ。

 な……なにを言ってるか分からないと思うが、俺も何をしていたのか分からなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。呪術とか催眠術とかそんなチャチなもんじゃぁ断じてねぇ。

 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。

 

 と、こんなところだろう。

 皆、自分の顔が真っ青になっているのが分かっていた。

 何もない所に話しかける美少女二人。特に、学年一位の才女である雪ノ下の霊視能力が極めて高いのは、陰陽塾では有名な話なのだ。そんな彼女が、何もない所に平然と話しかける姿には、ある種の信憑性が付属されてしまうのだ。そう、それは、つまり―――。

 

 

 「ま、まさか……幽霊?」

 

 

 誰かがそう呟くと、訓練場ではさらに焦燥が高まった。その言葉は、訓練場の古さや不気味さも相まって、微妙に信憑性があるものとなっていた。

 あるものは恐怖で震え、あるものは急いで帰り支度をして訓練場から出ていく。それから一時の間、この呪術訓練場を利用するものは極端に減った。

 

 そして翌日、陰陽塾では「訓練場に幽霊を出た」という噂で持ちきりだった。

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 「あ、いけね。穏形解くの忘れてた」

 

 

 廊下を歩いている際、行き違い様の塾生が、まるで俺などいないかのぶつかってきたため、緊急回避をしたところで、俺はその事実に気が付いた。

 俺は、急いで穏形を解く。

 あまりにも二人が自然とした態度で接するから、すっかり忘れてた。まぁ、ぼっちが一人見えないくらいじゃ、なんの影響もないから、別に問題ないのだが。

 あぁ、なんか自分で言ってすっごい悲しくなってきたわ。

 そんなことを思いつつ、俺は先を歩く雪ノ下と由比ヶ浜を追った。

 

 結局、俺達が話の場所に選んだのは奉仕部の部室だった。

 陰陽塾特別棟の四階、東側。実はさっきまで俺達がいた呪術訓練場を眼下に覗ける場所にそこはある。

 部室に入った俺達は、いつものように自分の定位置の席へと座る。

 雪ノ下は窓側。俺は部屋の中央の席へ。そのとき、ふと由比ヶ浜の席がないことに、俺は気づいた。仕方なく、俺は後ろで何個も折り重なっている大量の椅子から一つを取り、由比ヶ浜へと座るように促した。

 「あ、ありがと……」と、由比ヶ浜は戸惑った様子ながらもそう言葉にし、その席にちょこんと座る。

 しばしの沈黙が、奉仕部に流れた。

 

 

 「……で、なんの用だよ?」

 

 

 本日通算三回目のその質問で、俺は沈黙を破る。俺の問いかけに反応したのは雪ノ下だった。

 

 

 「由比ヶ浜さん」

 

 

 雪ノ下は、由比ヶ浜の名前を呼ぶと、隣に座る彼女のお腹の辺りをトンと小突く。それに呼応するように、由比ヶ浜はピンと立ち上がった。

 はじめ由比ヶ浜は、お腹の辺りを小突いた雪ノ下をう~っと、涙目で睨んでいた。

 だが、雪ノ下はそんな由比ヶ浜を無視するように、いつの間にか本を取り出し読書を始めていた。由比ヶ浜は雪ノ下が話を聞く気がないと分かったのか、諦めたようにしゅんとした。

 やがて、由比ヶ浜は俺の方を向く。

 由比ヶ浜はちょんちょんと指と指を合わせながら、ちろっと俺を見つつ、口を開いた。

 

 

 「ね、ねぇ、ヒッキー。ほら、あたしって今料理にハマってるじゃん」

 「ハマってるじゃん……って、初耳なんだが」

 

 

 それ以前に、お前のあれは料理じゃない。火と水と食材が化学反応してできた何かだ。

 頼むから、「すっぱい」から「酸味」を連想して、クロロ酢酸とか入れんなよ。あれは「観察処分者」の資格がないと死ぬ代物だからな。いや、こいつバカだからそんなことはしないと思うけどさ。

 閑話休題。

 由比ヶ浜はもじもじしながら、時よりちらちらと俺を見る。

 その仕草が何を意味しているのか分からず、俺は首を傾げた。

 だが、事は俺の思っている以上に深刻なものだった。

 由比ヶ浜は、例のニット帽をかぶり直し、「えへへ」と、はにかんだ。

 

 

 「だからね、ヒッキー。昨日のお礼ってーの? 昨日、ゆきのんの家で焼いたクッキー持ってきたからどうかな―――」

 「すまん、由比ヶ浜。急用を思い出した。今すぐ帰らんくちゃいけないんだ。悪いな。だから帰るわ。それじゃあまたいつかな!」

 「って、ちょっ!? ヒッキー!?」

 

 

 さぁーっと、顔の血の気が引いた。早口でそうまくりたてると、俺は一も二もな立ち上がった。だが、命にかかわることなのだから仕方ないだろう?

 由比ヶ浜の料理と言えば、先に述べたとおりの代物だ。誰だって、好き好んで食べようとは思わない。

 俺は自分の荷物を持ち、今さっき潜ったばかりの扉へと一直線に向かう。

 だが、ここで思わぬ伏兵が潜んでいた。

 

 

 「……比企谷くん【止まりなさい】」

 

 

 まるでオルゴールのように綺麗なソプラノのその声に、俺は絶望した。

 刹那、俺の両足は地面に縫い付けられたかのように、動かなくなった。

 ピタンッと、床から離れない足はいくら足掻いても、ピクリともしない。俺は動かせない下半身と動く上半身の間を無理やり動かし、俺の後ろにいるであろうその人物に目を向けた。

 予想通り、そこには額に手を当て、呆れた様子の件の人物。雪ノ下雪乃がいた。

 

 

 「ゆ、雪ノ下……。お、お前……」

 「……比企谷くん。悪いのだけど、今日の私は全面的に由比ヶ浜さんの味方よ。あなたの味方になるなんてことはないでしょうけど」

 

 

 彼女のその言葉で確信した。

 言霊だ。雪ノ下の甲種言霊が俺の動きを封じ、この教室に俺を縫い付けたのだ。

 雪ノ下の隣で、由比ヶ浜が涙目で俺を睨んでいるのが見えた。そんな顔をされては逃げるにも逃げられない。俺は諦めたように肩を落とした。

 

 

 「うぅ~。ヒッキーのバカ……」

 「いやすまん。もう情景反射みたいなもんだよ。許せ、由比ヶ浜」

 「……次、逃げたら噛むからね」

 「お前は、なにJ部の部長だよ……」

 

 

 俺が逃げない事を悟ってくれたのか、雪ノ下が言霊の縛りを解く。

 雪ノ下が絶対に逃がさないと、目で圧を放つ。そんな目で見んなよ、なまじどころか完璧な美人だからむっちゃ怖いんですけど。ってか、もう逃げねーよ。

 縛りから解放された俺は、諦めて元の席に戻った。席に着いた俺のもとに、由比ヶ浜が嬉れ嬉れと近づいてくる。その手には、ラッピングされたセロハンの包みが握られていた。

 中身は言わずもがな。見た目が普通なのが唯一の救いだった。

 

 

 「はい、ヒッキー! そ、その……こないだは、手伝ってくれてありがと!」

 「お、おう……サンキュ……」

 

 

 差し出されたそれを、俺は諦めて受け取った。

 人間諦めが大切なんですよ。

 中を見れば、一応茶色い色をしたハート型のクッキーが入っていた。ま、まぁ雪ノ下と一緒に作ったなら変なものは入ってない……よな? いや、でも雪ノ下なら俺を暗殺するために、わざと劇薬とか入れたりしかねない。同じ教室にいる奴に命狙われるって、それどこの十年黒組? いったい、なにリドルだよ。

 俺は、「大丈夫なのか?」と、目で雪ノ下に訴えかけた。

 

 

 「心配しなくても、大丈夫よ。誰が一緒に作ったと思ってるの?」

 

 

 だから心配なんです。とは、口が裂けても言えない。

 俺は渡された例のクッキーをじっと眺めた。見た目は美味そうだ。

 

 

 「あ、あのね、その……ヒッキー」

 「ん?」

 

 

 不意に由比ヶ浜が俺の袖を引く。振り向くと、彼女はいつものよう顔を隠すようににニット帽は深くかぶり、もじもじと手を擦っている。

 その仕草は、言いたいことを言えず、恥らっているようにも見えた。

 だがやがて、由比ヶ浜は決心がついたように顔を上げ、そして驚くことに、被っているニット帽を脱いだ。

 俺はその光景に少なからず驚いた。

 それはきっと、彼女の一つの成長の証なのだろう。些細な変化だけれども。

 帽子を脱いだら、由比ヶ浜の素顔がよく見えるようになった。素顔の由比ヶ浜は、笑うと目が垂れて童顔がさらに幼げなものになる。

 

 

 「そ、その……食べた感想……ここで聞かせてくれたら、嬉しい…かな……て」

 

 

 由比ヶ浜は、脱いだニット帽を両手でぎゅっと握りしめ、俺を上目づかいで見上げつつ、思いを言葉にする。そういうことは彼女の思い人にさせればいいものをと、俺は呆れる。

 けれど、彼女のその顔を見て。あと、奥の雪ノ下の形相をチラ見して、俺はリボンを解(ほど)き、セロハンの封を開いた。あぁ、なんてバカなんだ俺は。俺は魔が差したのだ。

 

 

 「……」

 「っ…!」

 

 

 そして、俺は由比ヶ浜が作ったハート型のそれを口に入れた。

 その瞬間、由比ヶ浜がピクリと肩を震わした。

 噛むとしゃりっと音がする。どうやら時間が経ち、湿気っていたみたいで噛んだ感触はそれほどいいものではなかった。口の中に甘い味が広がる。だが、噛む場所によって、ときどき塩のようなしょっぱい味もするあたり、生地もよく混ぜられていない。味付けも中途半端だ。なにより、生地が焼ききれてない。途中からもさもさの感触が口の中に広がり、生焼けの状態だった。

 

 正直言って、あまりおいしくない。

 

 

 「……」

 

 

 期待と不安に溢れた由比ヶ浜の目が俺に向けられる。

 その瞳にどう応えればいいのか、俺には分からなかった。正直に不味いといえばいいのか? それとも、彼女を気遣ってウソでもおいしいと言うべきか?

 友達のいないぼっちの俺には、とうてい分からない難問だった。

 

 

 「あー、まぁ、なんだ……」

 

 

 自分の気持ちを表すように、酷く手が落ち着かない。頭を掻こうか、額に当てようか、はたまた腕を組もうかと、所在なさげに空を切る。

 わからない。いったい何が正解なのか、俺には分からない。

 焦る気持ちが先走り、時間だけが過ぎていく。

 時間を稼ぐため、俺はもう一口クッキーを齧った。相も変わらず、由比ヶ浜の作ったクッキーの味はそれほどいいものではない。

 だがふと、そのとき俺は昔の記憶がよみがえった。

 

 それは、まだ愛すべき千葉にいた頃。まだ小学生だった小町がはじめて作った料理を食べたとき。出てきたのは、簡単な目玉焼きだったが、黄身は潰れ、ところどころ焦げてすらいた。

 それでも、俺は食べた。妹の初めての料理を、俺は食べた。そして、俺は小町を褒めたはずだ。そのときの嬉しそうな小町の姿が思い浮かぶ。そうだ、確か、あのときは―――。

 

 

 「……」

 

 

 気がつけば、手持無沙汰だった手が、自然とそこに引き寄せられていた。

 刹那、由比ヶ浜が「ふぇ?」と、唖然としたふうに目をぱちくりと瞬かせた。チラリと見えた雪ノ下も、俺の突然の行動に目を見開いている。それほどまでに、俺の行動は奇行的だった。

 

 ……俺は由比ヶ浜の頭に手を置いて、ぽんぽんと優しくなでていた。

 

 

 「……由比ヶ浜、その、頑張ったな。……よくできました」

 「っ……!」

 

 

 ぼんっと、爆発したように由比ヶ浜の顔が真っ赤になった。

 由比ヶ浜は、うまく言葉に出来ないのか、え、とか、あや、とか妙な言葉しか出てこずに、やがて慌てて口を閉じた。そして、うつむいた。

 

 ただ、一つだけ確かなのは、俺も同じだということだ。

 

 恥ずかしさで死にそうだった。俺は今、なんて言った? 頑張ったな? よくできました? うわっ、なにこれ恥ずかしい! どんだけ上から目線なんだよ!

 うわああああああああ! 死にたい! 死にたいよおおおお! バカじゃねーの! バカじゃねーの! バーカ! バーカ! うおおおおおおおん!

 自己嫌悪でおかしくなりそうだった。恥ずかしすぎて由比ヶ浜の顔をうまく見れない。

 けれど、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。

 俺はとりあえず、由比ヶ浜の頭に置いたままの手をどける。そのとき「あ……」と、由比ヶ浜のどこかせつなげな声が聞こえた。お願いだから、そんな声出さないで。

 恥ずかしさを紛らわすため、俺は教室中に目を移す。床、椅子、机、雪ノ下が持ってきたティーセット、夕日の差し込む窓。その過程で、俺の目に彼女の姿が映った。

 

 雪ノ下は、俺と由比ヶ浜を見てポカンとしていた。

 

 それが俺の突然の行動故だと、初めは思った。けれど、俺はポカンとする雪ノ下のその視線の先に、俺がいない事にすぐに気が付いた。

 彼女の視線の先は、俺の隣に居る彼女。由比ヶ浜結衣だ。

 しかも、ただ彼女を見ているのではない。雪ノ下の視線は、由比ヶ浜の上の方。顔へと向けられていた。

 その視線を追って、俺も由比ヶ浜の顔へと視線を移動させた。

 

 

 「……は?」

 

 

 そして、俺もぽかんと口を開け、唖然とした。そこにあった映像は、俺のキャパシティを遥かに超える信じられない光景だった。

 

 

 「ふぇ……ヒッキー、ど、どうしたの?」

 

 

 気づいてないのか、由比ヶ浜は俺の視線に恥ずかしそうに身悶えする。

 可愛らしいその仕草は、きっと大抵の男子ならやられてしまうほど可憐に見える。だがそれでも、俺の―――いや、俺達の視線が由比ヶ浜の頭上(・・)から離れることはなかった。

 由比ヶ浜が俺の視線の先に気づく。その手が、頭の上にあるそれ(・・)に触れた。

 途端、彼女の顔が再び爆発したように真っ赤になった。

 

 

 「あ、うそ! や! だめっ! 見ないでっ! 今のあたし見ないでぇっ!!!!」

 

 

 由比ヶ浜は泣きそうな両腕を上げたまま、少しでもそれ(・・)を隠そうとして、座り込んでしまう。

 けれど、由比ヶ浜の頭上にあるそれは、彼女が手で覆っても覆いきれずに溢れたそれは、ピコピコ(・・・・)と動いていた。

 俺も雪ノ下も、その彼女の姿をマジマジと見てしまっていた。

 やがて、由比ヶ浜は諦めたように顔を上げる。その顔には、その事実を知られてしまった恥ずかしさと、そして、少しの恐れが見てとれた。

 

 

 「えへへ……ばれちゃった……」

 

 

 そう言って、由比ヶ浜は誤魔化すようにはにかんだ。

 ピコピコと彼女の頭の上で毛に覆われたそれが揺れる。それはどこからどう見ても、人間にはない部位―――“犬耳”だった。

 

 夕焼けで、真っ赤に色づく奉仕部の部室。そこには、何とも言い難い静寂の時間が流れた。

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 生成り―――。それはいわゆる鬼や竜など、その身に何らかの霊的存在を憑依させた者達のことを現す言葉だ。日本では他に憑き物なんて呼ばれたりもする希少な存在だ。だが、その霊的存在をその身に宿すという性質上、生成りは霊災の火種になりやすいともいう。そのため生成りとなった者には封印術が施され、宿した存在を押さえ込むことが求められるのだ。

 

 

 「あたしの家はね、もともと呪術なんて全く関係ない普通の家なの」

 

 

 そう話を切り出して、由比ヶ浜は「えへへ」と、いつも通り無邪気な笑顔を浮かべた。その頭上では、相変わらずピコピコと犬耳が忙しなく動いていた。

 さっきの事件。―――奉仕部卯月の変、とでも名付けるべきか。―――は、俺の脳裏にとてつもないショックを残していた。そりゃ、いきなりクラスメートの頭に犬耳が生えたのだから当然だ。

 それからは、由比ヶ浜も、雪ノ下も、そして俺も、お互い同士で心の整理を付けるため、いったん、ブレイクタイムとなった。雪ノ下が改めて紅茶を入れ直し、三人でゆっくり飲む。だが、そんな中でも、俺の好奇心が由比ヶ浜のそれから離れることはなかった。

 チラリと由比ヶ浜を見ると、彼女も俺を気にしているのか、こっち向いていたため、お互い気まずげに目を逸らす。そんなこともありつつ、紅茶を飲みほした由比ヶ浜が最初に漏らした言葉がそれだった。

 

 

 「でもね、あたしのお父さんのお母さん。つまり、あたしのお祖母ちゃんがね、どこかの神社の巫女でね、家柄的には一応、呪術とは無関係ではない家庭ではあったんだ。だけど、ここ数年は、どんどん衰退していってね、あたしのお父さんに至っては見鬼ですらなかったんだ」

 

 

 「けどね」と、由比ヶ浜は話を続ける。

 

 

 「あたしはね、なぜか生まれながらの見鬼として生まれてきたんだ。いわゆる、隔世遺伝ってやつ? しかも、ただ見鬼として生まれただけじゃなくって、あたしの体の中にある霊力の保有量は平均よりかなり上みたいなんだ。自分ではよく分かんないんだけど……」

 

 

 あぁ、その結果がそのお胸様なわけね。俺は変なところで納得してしまった。

 

 

 「だから、あたしを巫女にしようってお祖母ちゃんの家は躍起になったの。だけどね、あたしは確かに霊的なものは見れたけど、感覚としては普通の家に生まれた一般人だったから、そんな知らない土地で、巫女にさせられるなんて嫌だったの。だから、本当は陰陽塾なんて通わずに、普通の高校に行って、普通の人生を歩もうと思ってたんだ。あの日までは……ね」

 

 

 そこで話を切り、由比ヶ浜はチラリと俺の顔を覗いた。

 それは、どこか俺に気を使っている仕草にも見える。だがやがて、由比ヶ浜は俺から視線を逸らし、雪ノ下へとその視線を向けなおす。そして、少し言いにくそうにそれを口にした。

 俺自身も、深くかかわっているその事件を―――。

 

 

 「ねぇ、ゆきのん。ゆきのんはさ、二年前の千葉で起こった霊災を覚えてる?」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の胸はドキリと高鳴った。

 なぜ、その言葉が由比ヶ浜の口から出てくるんだと、混乱する。だが、そんな俺の混乱など露知らない雪ノ下は、由比ヶ浜の言葉に何もないように応えた。

 

 

 「……えぇ、よく覚えているわ。東京以外で起こった霊災の中でも最大規模の霊災だったから。それに、私の実家の宗家も千葉にあるから、千葉にはよく行っているわ。確か、あの当時も学校の夏季休業で千葉に帰っていたはずよ。それで、確か事件の名前は―――」

 

 「【意富比の大祓】」

 

 

 そう口にしたのは、ほとんど無意識だった。雪ノ下と由比ヶ浜が驚いたように俺を見る。

 失敗したと思った。けれど、今更誤魔化すことが出来ない。

 俺は黙って、話を続けろと由比ヶ浜に目で訴えた。それを見て、由比ヶ浜は、どこか悲しそうな面持ちで頷いた。

 

 

 「……うん。ヒッキーの言った通り、二年前、千葉のららぽ……ららぽーとで【意富比の大祓】は起こったんだ。あのときは、学校が夏休み期間ってこともあって、ららぽーとには、いっぱい人がいたんだ。そして、その中に―――あたしもいたの」

 

 

 その言葉は俺に少なからず衝撃をもたらした。

 そうか、あそこにいたんだな由比ヶ浜も……。俺は、心を落ち着かせるように「ほう」と息を吐いた。

 由比ヶ浜の話は続く。

 

 

 「あたしはね、あのとき、ららぽにあったペットモールに、当時飼ってたサブレっていうんだけど、犬を連れて行ってたんだ。でも、その日はね運が悪くて、いっぱいいっぱい待ち時間があったんだ。だから、いつもは三十分くらいで終わるんだけど、その日は二時間近く待たされたの。そこで、」

 「霊災に遭ったのね」

 

 

 雪ノ下の確信を持った言葉に、由比ヶ浜は頷いた。

 

 

 「はじめはね、あたし何が起こったのか分からなかったの……。けど、あの当時のあたしって、知識もないし、訓練もしていない、そんな中途半端な見鬼だったから……そのね、気になっちゃって……。あ、でももちろん今は自分がどれだけ命知らずなことをしたのか、分かってるからね! ホントだからね、ゆきのん!」

 「……別に私は、何も言っていないのだけど」

 「うぅ……。でも、ゆきのん、すっごく怖い目であたしのこと見るから……」

 

 

 そりゃそうだ。俺は、雪ノ下がそんな怖い顔になってしまったのも頷けた。

 雪ノ下の実家である雪ノ下家は、普段から多くの霊的なものに関わってている古くからの名家だ。そんな名家の人間から見たら、由比ヶ浜のその行動がどれだけ愚かなことか、すぐに分かったのだろう。

 由比ヶ浜も、その当時の経験、そして、陰陽塾に入ってから得た知識で、自分の行動がどれほどバカなものであったかを理解したからこその言葉なのだろう。

 

 

 「それで、その命知らずな由比ヶ浜はどうなったんだ?」

 

 

 俺は止まってしまった話を進めるように、促す。由比ヶ浜は「あ、うん」と、口にし目を伏せながら話を進めた。だが、やはり、俺にはその表情はどこか悲しみを秘めているように感じた。

 

 

 「……うん。まぁ、あとは二人の思ってるとおりだと思うな。命知らずなあたしは、無謀にも霊災の現場に行っちゃって、自分が思ってた以上の事態に自分の身すら守れなくって、そして、サブレも死なせちゃったの。……結果、あたしはこうなっちゃったんだ」

 

 

 そして、由比ヶ浜はピコピコと犬耳を動かした。

 

 

 「……あたしにはね、あたしには、死んだサブレが憑いてるの。でも、仕方ないよね。だって、あたしの我儘のせいで、サブレを死なせちゃったんだから。恨むのも、当然だよね」

 

 

 最後にそう言って、由比ヶ浜は悲しそうに笑った。

 それはまるで、自分の罪を自戒しているような、そんな笑みだった。

 どうやら話は終わったようだ。部室には再び、どこか気まずげな沈黙が訪れる。

 その壮絶すぎる過去に、俺も雪ノ下も何も言えなかったのだ。

 

 

 「……そう、そうだったのね、由比ヶ浜さん」

 

 

 さすがの雪ノ下も、今の話を聞いて何も思わないわけではないようだ。顔を伏せ、何かを考えるような仕草で俯いている。

 対して由比ヶ浜は、どこかすっきりしたような顔だった。それは隠していたことを全部さらけ出したと、いった感じの顔だ。だがそれでも、その表情の中にはどこか怯えたような様子もあった。それはきっと、俺と雪ノ下が、自分を受け入れてくれるのかどうか、それが気になって、不安なのだろう。

 

 生成りは、その性質上、その身体には封印術が施され、宿した存在を押さえ込むことが求められるとは、先に述べたとおりだ。だが、それ故に、生成りの心身には少なくない負担がかかってしまっており、その得体の知れなさから世間的な風当たりも芳しくないのだ。

 特に、霊災を体験したことのある人間にとっては、霊災の危険性がある、生成りそのものを恐怖する者すらいる。それに、由比ヶ浜自身も人に嫌われるのを極端に嫌う。だからこそ、由比ヶ浜は不安なのだ。俺達に拒絶されることが。俺達に嫌われることが。

 

 

 「由比ヶ浜、もしかしてお前が陰陽塾に入ったのって……」

 

 

 俺の疑問に、由比ヶ浜は「うん」と頷いた。

 

 

 「あたしが陰陽塾に入ったのは、生成りの力を制御するためなの。だから、ほぼ受験なしの特例で、ここに入ったんだ。けど、そのせいで今では授業に全然ついていけなくって……」

 

 

 そこから先は言わなくても分かる。だから、由比ヶ浜は今、落ちこぼれなのだ。いや、もともと呪術の経験もない一女子高生が陰陽塾には行ったのだ。それは、むしろ当然の結果なのかもしれない。

 だが、腑に落ちないことも一つあった。

 どうもおかしいと思う点が一つ。それは、陰陽塾の彼女に対する扱いだ。

 いくら由比ヶ浜が生成りでも、果たして受験免除と言う特例が許されるのだろうか?

 それに、由比ヶ浜がニット帽をかぶっていたのも変だ。それはつまり、由比ヶ浜が生成りの力をまだうまく制御できていないということ、を意味する。

 陰陽塾はこいつに適格な指導をする気があんのか? 俺は思わず舌打ちしたくなるような衝動に襲われた。

 けれど、その疑問の答えはいつまでたっても出てこない。

 結局、その答えは出ないまま、俺は「……そうか」と言って、俯いた。 

 

 

 「…………」

 

 

 部室に、再び沈黙が流れる。由比ヶ浜も、俺の質問の答え以降は俯いてしまっていた。

 ずいぶんと日も暮れてきた。もうすぐ最終下校時刻の時間にもなるだろう。けれど、この問題の解消には、ほど遠く感じた。

 塾舎方面から、多くの塾生の帰宅する声が聞こえてくる。

 やがて、下校する旨の放送も流れ始めた。

 タイムリミットが訪れたのだ。その放送を聞き、雪ノ下が立ち上がる。

 

 

 「……今日は、ここまでにしましょう」

 

 

 そう言って、雪ノ下は鞄の中に、膝元に置いていた文庫本を入れた。その動作の際、雪ノ下が由比ヶ浜を見ることは一切なかった。その仕草に、由比ヶ浜はショックを受けたように鼻をすすった。

 

 

 「……ごめんね、二人とも。変な話……しちゃって」

 

 

 雪ノ下のその言葉に、どこか由比ヶ浜が悲しそうに笑う。

 けれど、それでも雪ノ下が由比ヶ浜を見ることはない。

 たぶん、このまま終わったら、由比ヶ浜はもう一生、奉仕部(ここ)には来ないだろう。それが分かっているからこそ、由比ヶ浜はそんな悲しい顔で笑ったのだ。

 悲しそうに歪む彼女の瞳から、ついに涙がこぼれる。俺はその涙を前に、何も言うことが出来なかった。仕方がない。女の子の涙なんて、二年前のあの日以来、見たことなんてないから。

 由比ヶ浜は、溢れた涙を塾服の袖で拭い、鞄を手にする。

 そして、一目散に部室の出口へと向かった。

 

 

 「……じゃあね、ふたりとも。……ありがと」

 

 

 扉に手をかけ、由比ヶ浜は別れの言葉を口にした。

 俺はそれを、黙って見ていることしかできなかった。脳裏に、さっきの由比ヶ浜の涙が浮かんで消えない。本当に、これでいいのか? 俺の心の中でそんな思いが葛藤する。

 今にも由比ヶ浜に手を伸ばしてしまいそうで、けれど、そうは出来ない何かが、俺の中で抗議した。呼び止めてどうする? そんなことをしても、彼女にとっては過酷で残酷なことでしかないのに。俺は自分がやってしまった過ちに、思わず唇を噛んだ。

 どういう理由があれ、俺は一度由比ヶ浜を拒絶してしまったのだ。その真実には変わりない。そんな俺が、彼女を呼び止める権利を持つのか。……ある、はずがない。それでも、俺は由比ヶ浜を呼び止めるべきなのか? そんなこと、許されるはずがない。

 俺は自身が心の中で下したその結論に絶望した。

 結局、俺はさっき由比ヶ浜を撫でたその手を、もう一度上げることはできなかった。

 ぽたりと、由比ヶ浜の涙が床に落ちる。

 彼女がその扉を潜ってしまえば、もう、彼女がその扉を潜ることは二度とないだろう。

 その光景を、俺はやはり、黙ってみていることしかできなかった。

 

 

 「待ちなさい、由比ヶ浜さん」

 

 

 けれど、それを許さない人物がそこにはいた。俺は思わず振り返る。

 凛とした出で立ち。そこには、いつも通り、自身に満ち溢れた彼女がいた。その姿には、さっきまでの所在なさげな彼女の面影は一切ない。俺は柄にもなく期待してしまった。

 もしかしたら、もかしたら、彼女なら、雪ノ下雪乃なら、由比ヶ浜結衣を救えるのかもしれない、と。俺が出来なかったことを、正確にはしなかったことを、してくれるかもしれない。

 その期待に、俺の心臓は大きく高鳴った。

 

 

 「な、なに、ゆきの……雪ノ下さん……」

 

 

 ゆきのんと呼びかけた由比ヶ浜の声に、雪ノ下の顔に一瞬陰りが出来る。

 だが、気を取り直すためか、雪ノ下は数回首を横に振り、再び由比ヶ浜を見る。その顔には、もう絶対に曲げないという信念のようなものが見えた。

 その姿は、捻くれた心を持つ俺には、ひどく眩しくかった。

 

 

 「由比ヶ浜さん。あなた、なにか部活には入っているのかしら?」

 「え? う、うんうん……特に、入ってないよ……?」

 

 

 雪ノ下の言葉に、由比ヶ浜は本気で意味が分からないようで、首を傾げた。

 その言葉に、雪ノ下はそっと、肩を撫でおろし、肩にかけていた鞄に手を入れる。がさごそと、鞄の中を漁り、そして目的のものを見つけたのか、手を止めた。

 

 

 「そう、だったら―――」

 

 

 そして、雪ノ下は鞄から一枚の紙を取り出した。それは、俺にはひどく見覚えのある物だった。なぜなら、ついこの間無理やり書かされたばかりなのだから。

 

 

 「これを書いて、明日の放課後までに平塚先生に出してきなさい」

 「え? これって……」

 

 

 由比ヶ浜が受け取った髪に視線を落とす。そこには紛れもなく、陰陽塾指定の判子が押され、こう書いてあった。『入部届』―――と。

 その文字を見た瞬間、由比ヶ浜の顔がくしゃりと歪んだ。

 我慢していたものが、一気にあふれ出したのだ。

 

 

 「ゆ、ゆきのん……?」

 

 

 涙がぽろぽろと、由比ヶ浜の顔から溢れる。

 雪ノ下は、由比ヶ浜の肩に手をかけ、優しげに微笑んだ。そして、言う。由比ヶ浜の心の闇を救う、決定的なその言葉を―――。

 

 

 「由比ヶ浜さん。あなたを、奉仕部に歓迎するわ。その……友達とか、そういうことはまったくわからないのだけど……私は、あなたと一緒に料理した時間、嫌いではなかったわ」

 「ゆ、ゆきの~んっ!!!!」

 

 

 嬉しさに勢い余って、由比ヶ浜は雪ノ下に抱き着いていた。

 その予想外の出来事に、雪ノ下は動揺する。由比ヶ浜の背中の上では、雪ノ下の手が、手を回すべきかどうか思案し、おろおろとしている。

 その光景に、俺は思わず口元を緩めてしまった。

 由比ヶ浜の背中越しに、雪ノ下と視線が合う。その目は「助けろ」と俺に訴えかけていた。

 けれど、俺はそれを無視する。

 こんな感動的な光景に俺なんかが混ざったら、無粋以外の何物でもない。

 俺はクールに去るぜ。

 俺は鞄を持つとそっと席を立った。聞こえないくらい小さく「お疲れさん」と別れの挨拶を残して部室を出る。

 廊下にはすでに夜の薄暗さが広がっており、そういえば下校時刻を過ぎていたなと、俺は思い出した。

 肩掛けの鞄を背負い直し、俺は静かな廊下を歩き出す。

 そのときだった。

 

 

 「ヒッキー!」

 

 

 不意のその声に、俺は歩みを止める。

 振り返れば、そこにはいつも通り、笑顔を浮かべた彼女の姿。そこには、さっきまでのもの悲しげな由比ヶ浜はいない。けれど、俺は彼女がそこに居ることに驚嘆した。

 なんで、由比ヶ浜はそこに居るんだ? なんで、由比ヶ浜は俺にそんな笑顔を見せるんだ? なぜん、由比ヶ浜は、そんなにも嬉しそうに俺の名を呼ぶんだ?

 お前を拒絶し、見捨ててしまった、こんな俺の名前を―――。

 

 

 「……どうした、由比ヶ浜」

 

 

 動揺を隠せないまま、俺は彼女の名を呼んだ。自分でも声が震えているのが分かった。けれど、そんな俺の声を気にすることなく、由比ヶ浜は俺に笑顔を向ける。

 その笑顔が眩しくて、あまりにも無邪気に笑うから、さっきの雪ノ下の凛とした姿と同様に、俺にはその笑顔を直視することはできなかった。

 由比ヶ浜は「えへへ」と笑って、言葉を紡いだ。

 

 

 「いやー、そのね。一応、お礼?を言いたいと思って。ヒッキー、ありがとね。あたしのこと受け入れてくれて、あたしのことちゃんと見てくれて。ありがと、ヒッキー」

 「……買いかぶりはやめろ。俺はお前のことを拒絶したんだ。そんなの、お前を見捨てたのと同じだ。だから、お前が俺にお礼を言う筋合いなんてねーよ」

 

 

 俺は思わず、由比ヶ浜から顔を反らしてしまう。

 自分の心のやましい部分を、彼女の前にさらけ出したくなかった。穢れている俺の内面を彼女のような純真な人間に、見られたくなかった。俺のような、ひどく歪んでいる人間がいることを、彼女に知られたくなかった。

 けれど、彼女はそんな俺にも笑顔を見せてくれる。

 その優しさが、俺にはひどく痛い。彼女のその笑顔を見ると、何もできなかった自分に嫌悪感を抱いてしまう。だから、俺は顔を反らした。

 彼女のその瞳に映る、酷く歪んだ自分を見たくないがために―――。

 

 

 「……見捨ててないよ」

 

 

 けれど、俺のその幻想を由比ヶ浜はバッサリと斬り捨てた。俺自身が認めている、俺の罪を、彼女は真正面から否定する。

 その言葉に、俺は「え?」と顔を上げる。

 顔を上げた先で見た、彼女の表情は、まるで慈しむように穏やかだった。

 そして彼女は、すっきりしたような顔で笑った。

 

 

 「ヒッキーは、あたしのこと、見捨ててなんかないよ。ちゃんと、あたしのこと守ってくれたよ。だから、あたしはヒッキーにもちゃんと言いたいの。助けてくれてありがとうって……」

 

 

 その言葉はひどく優しくて、だからこそ受け入れてしまう。飾りのない真っ直ぐな言葉が、俺の心にいい意味で突き刺さる。

 

 

 「じゃ、そういうことだから!」

 

 

 そう言って、彼女は部室に戻っていく。だが、不意に振り向くと、彼女はニッと満弁の笑みを浮かべる。それは、俺が今日見た中で一番の彼女の笑顔だった。

 

 

 「これからよろしくね! ヒッキー!」

 

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 

 

 

 比企谷八幡は知らない。彼女の言葉の本当の意味を。

 なぜなら、比企谷八幡は覚えていないからだ。二年前、後に『意富比の大祓』と呼ばれることになる霊災で、彼が一人の女の子を救ったことを。

 その女の子が、彼と再会することにどれほどの思いを寄せたのかを。

 そして、その女の子が、陰陽塾で彼と再会した時、どれほどの喜びを覚えたのかを。

 

 思いとは、呪術に似ている。

 決して触れることはない。だが、たしかにそこにある。

 

 あのとき、比企谷八幡は意図せずして、彼女に呪術を使ってしまったのだ。

 彼女の心を奪うという優しい『乙種呪術』を。

 

 

 

 

 

 

 


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