やはり俺が闇鴉なのは間違っている   作:HYUGA

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 はじめまして。もしくはお久しぶりです。
 キャラ崩壊注意です。
 お目汚しかもしれませんが、よろしくお願いします。






第一章 陰陽塾編
第一話 黒子(ぼっち)の話 前篇


 ――2018年12月24日、東京・六本木――

 

 真冬の東京は、凍えるほどに寒かった。

 近年稀に見る寒い冬が訪れたその年、青年(・・)はクリスマス・キャロルが流れるイルミネーションで着飾った店の前を過ぎる。

 温かそうで賑やかな店内はカップルで溢れており、青年の心をひどく苛立たせた。

 色鮮やかなその世界は青年の腐った目にはひどく歪に映る。

 青年にとってその世界は紛れもない、嘘の塊であった。

 けれど、青年はその鮮やかな世界に憧れてもいた。嘘で塗り固められていても欲しかったもの。けれど青年はそれを手に入れることを諦めた。

 青年は鮮やかな店内に白い眼を向け、小さく舌打ちした。

 

 

「ち…こんなリア充共が、溢れかえっている日に仕事とか、あのジジイ…マジふざけんなよ…」

 

 

 そして青年は、身に纏う漆黒の衣を翻し冷たい街へとその足を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――― 第一話 黒子(ぼっち)の話/前篇 ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊的災害―――霊災が、東京を中心に日本で多発するようになったのは、日本の敗戦が濃厚になった太平洋戦争末期の事だった。

 軍の要請で再建されていた陰陽寮は、戦後その名称を陰陽庁と改め、新しい呪術体系である『汎式陰陽術』をもって、多発する霊災の対処に当たる。同時に、陰陽法を制定し、呪術に関する法的整備を急ぐとともに、その用途を厳しく制限した。呪術の使用を資格制として、新たな人材の育成を促したのである。

 現代社会における、職業的呪術者達。

 東京の夜を行く、闇鴉たち(レイヴンズ)の誕生であった。

 

 

「はぁ…さみー…」

 

 

 街がクリスマスで一色のその日、青年は一人、ライトアップされた雪の降る繁華街を歩きながら、通り過ぎるカップルという名のリア充達を見て、静かに溜息を吐く。

 本来なら、今頃は愛すべき千葉の自分の家で炬燵でごろごろと横になり、テレビから流れるクリスマスの番組にイライラしながらも、だらんと過ごせていたはずなのだから文句も言いたかった。

 けれどその平和は儚くも崩れ去る。

 ちょうどお昼時だっただろうか。彼は職場の上司から緊急招集を受けた。昨夜は遅くまで調べものをしていた男にとって、その電話は地獄の入り口のように感じた。

 かっかっかと、電話向こうでこじゃれに扇子なんて持って笑ってるであろうジジイに、男は本気で呪詛を掛けようかと思ったほどだ。

 だが、陰陽師としての実力は向こうの方が圧倒的に高い。呪詛返しをされても困るので、青年はしぶしぶ諦めた。

 そして青年は、このクリスマス当日という日に、ぼっちにとって本来ならば絶対に近付きたく無い場所、ベスト10に入るであろうこの場所に来たのだ。

 

 

「…」

 

 

 きゅっ、きゅっ、と、泥で汚れた雪の上を歩く。

 ふて腐れがちな青年は、雪がちらつく街を彷徨う。

 長い付き合いの知り合いに、“雪”の名前を持つ女性がいるが、今のこの街は、青年にとって、その女性と同じくらい優しくない世界だった。

 

 

「いや…でもやっぱ、あいつの方が冷たいか…」

 

 

 青年はそう自嘲気味に言って苦笑した。

 

 そういえば、あいつらは今日、二人でクリスマスパーティでもしてるんだろうな―――。

 

 二人とも、自分にはそれなりの好意を抱いてくれているとは思う。けれど、残念なことに青年にはパーティのお誘いはこなかった。いわゆるハブである。

 

 ま、慣れてるからいいんですけど―――。

 

 都会特有のビル風が吹き、青年の頬を撫でる。寒さに身動ぎし、青年はラフに着ていた漆黒の衣の前ボタンを閉めた。目的地までまだだいぶ距離がある。青年の歩みは、自然に速くなった。

 ふと、青年は思う。そういえば、もうあの二人とは相当長い付き合いになるんだな―――と。

 あの当時はこうも長い付き合いになるとは、思いもしなかった。

 正直、青年と二人の相性は最悪と言っても過言ではない。

 偽物の関係に甘えたこともあった。修復不可能になる直前まで、関係が壊れそうになったことも。

 けれど、それも今では苦い思い出でしかない。

 青年は、二人の姿を思い浮かべる。

 黒髪ロングと茶髪のお団子ヘアーの二人。

 友達とも、ましてや恋人とも言えない。強いて言うなら腐れ縁というあいまいな関係。

 けれど決して「嘘」ではない「本物」の関係を築けた二人。

 

 『雪ノ下雪乃』と『由比ヶ浜結衣』のことを―――。

 

 

 

 

 

 

          *

 

 

 

 

 

 ――2012年4月某日、東京・陰陽塾塾舎――

 

 

 青春の神髄を何かご存じだろうか?

 青春を謳歌せし者達は、常に自己と周囲を欺き、自らを取り巻く環境のすべてを肯定的にとらえる。

 彼らは青春の二文字の前ならば、どんな一般的な解釈も、社会通念も捻じ曲げて見せる。

 彼らにかかれば、嘘も秘密も、罪咎も失敗さえも、青春のスパイスでしかないのだ。

 仮に失敗することが青春の証であるのなら、友達作りに失敗した人間もまた、青春のど真ん中でなければおかしいではないか。

 しかし、彼らはそれを認めないだろう。

 すべては彼らのご都合主義でしかない。

 ここで最初の話に戻る。

 青春の神髄を何かご存じだろうか?

 

 答えは―――。『嘘』である。

 リア充爆発しろ。

                                           』

 

 

 

「まったく…どうしてこんな文章を平然と書けるんだお前は…」

 

 

 そう言って、陰陽塾きっての美人教師、平塚先生は眉間に指を当てた。

 ここは陰陽塾。陰陽庁の未来の陰陽師。闇鳥(レイヴン)を育てる雛鳥たちの学校。その職員室で、平塚先生は目の前の問題児と対峙する。つまり俺。

 

 いや、問題児と言うには些か語弊があるかもしれない。

 確かに、俺は人格的には欠陥だらけの人間だろう。そこは認める。だが、成績という点において、俺は未来の陰陽師が集うエリート校であるこの陰陽塾の中でも優秀の部類に入っているはずだ。

 昨今の世の中、日本は寧ろ清いまでの学力社会である。それはつまり、勉強さえできればその他はさしたる問題にはならないと言う事だ。違うか?違うか…。

 もちろん、そうでないものも多いだろう。だが、現実として日本の企業は偏差値の高い学校に多くの求人をだし。そして、学生諸君も何の疑問もなくそれを受けいている。

 無論努力をする者が報われるのは当然のことだ。俺はそれを否定したりはしない。

 かく言う俺自身、今の段階まで努力で這い上がってきた人間だからだ。

 と、ここまで言って俺は何を言いたいのかというと―――。

 

 俺―――比企谷八幡は、とても優秀な男だということだ。

 

 

「なぁ、比企谷。私が授業で出した課題はなんだったかな?」

「……はぁ、『陰陽塾での生活で学んだこと』というテーマのレポートでしたが」

「そうだな。それでなぜ君は犯行声明を書き上げてるんだ?テロリストなのか?呪捜部に突きだされたいのか?あぁ?」

 

 

 平塚先生はため息をつくと悩ましげに髪を掻き上げた。

 この平塚先生。実は『元祓魔官』という経歴を持つ陰陽塾きっての教師だったりする。どう言った経緯で陰陽塾で教師をしているのかは知らないが、彼女に逆らえる塾生はまず、いない。

 祓魔官時代はどうやら部隊長を務めたこともあるらしい女傑で、その道の人には有名だったらしい。まぁ、そのせいで婚期を逃したのでは?と、もっぱら噂であるが―――。

 そんなことをニヤニヤと笑いながら考えていると、紙束で頭をはたかれた。

 

 

「真面目に聞け」

「はぁ」

「それにしても君の目はあれだな、腐った魚の目のようだな」

「そんなDH豊富そうに見えますか。賢そうっすね」

 

 

 ひくっと平塚先生の口角が吊り上った。

 

 

「比企谷。このなめた作文はなんだ? 一応言い訳くらいは聞いてやる」

 

 

 先生がギロリと音がするほどにこっちを睨みつけてきた。なまじ美人なだけにこういう視線は目力が込められていて圧倒されてしまう。っつーかまじ怖ぇ。

 

 

「ひ、ひや、俺はちゃんと陰陽塾で学んだことを書いてますよ? そ、それに、近頃の高校生はらいたいこんな感じじゃないでしゅか! 大体あってます!」

 

 

 噛みまくりだった。人と話すだけでも緊張するのに、それが年上の女性ともくればなおさらだ。

 

 

「普通こういうときは自分の生活を省みる物だろう。陰陽塾の生徒である君が、他の高校の事を書くとはどういうことだ?」

「い、いえ…高校生の生活全体のことだと思いまして…」

「タイトルに思いっきり陰陽塾で、と書いてるだろう」

「だ、だとしてもですよ。もう少し生徒の方にも分かりやすいタイトルで書いていただきたく…。こ、こんな曖昧なテーマだったからこそ、こんなミスが起こってしまったわけでして―――」

「小僧、屁理屈を言うな」

「小僧って…。いや確かに先生の年齢から見たら俺は小僧ですけ―――」

 

 

 風が吹いた。

 グーだ。ノーモーションで繰り出されるグー。これでもかというくらいに見事な握りこぶしが俺の頬をかすめて行った。その出来事に、俺は戦慄した。

 

 

「お前は死にたいようだな…?」

「すんません。マジ勘弁してください」

 

 

 机に頭をぶつけんばかりに平謝った。怖いよこの人。あと怖い。

 元祓魔官の女隊長の片鱗を俺は垣間見た。

 

 

「はぁ、まあいい…」

 

 

 呆れたのか諦めたのか、たぶん両方ともで、平塚先生ははちきれそうな胸ポケットからセブンスターを取り出すと、フィルターをとんとんと机に叩きつける。おっさん臭い仕草だ。葉を詰め終わると、腰のケースから大きめの紙を取り出す。呪符だった。どうやら先生オリジナルの呪符らしく、形状も初めて見る呪符だ。その呪符を葉の前に置き、

 

 

「急急如律令(オーダー)」

 

 

 その一声で、ぼしゅっと葉に火を着けた。

 俺は何とも微妙な気持ちになった。これは、なんという才能の無駄使い。火力の調整。呪符の調整。その他諸々、相当手の込んだつくりの呪符なのに、その使用方法がまさか葉の火着けとは…。

 こうはなりたくないと、俺は心から思った。

 そして、平塚先生は、ふぅっと煙を吐き出すと、至極真面目な顔でこちらを見据えた。

 

 

「君は部活はやってなかったよな?」

「……え。この学校に部活なんてあったんですか?」

 

 

 それは心からの疑問だった。その俺の問いに、平塚先生はため息を吐いた。

 

 

「お前は…。まぁ、確かに。この陰陽塾は競争率の高い学校であるのは確かだ。皆、放課後は自主練したり勉強したりする人間が多い。だが、部活動がないわけではない」

 

 

 そうだったのか。陰陽塾入学から一年。俺はこの学校に部活という概念があることを初めて知った。

 けれど、俺は甚だ疑問に思う。

 いったい、その質問にどんな意味があるのか―――。

 

 

「……友達とかはいるか?」

 

 

 …ずいぶんと痛いところを突かれた。先生は俺に友達がいないことを前提で聞いたようだ。

 

 

「そ、そもそも、この陰陽塾という場所は陰陽術を学ぶ場所であってですね。俺はその本分を全うしようと思い、毎日を日々つらい訓練にあてて―――」

「つまり、いないということだな?」

「た、端的に言えば…」

 

 

 俺がそう答えると、平塚先生はやる気に満ち溢れた顔になる。

 

 

「そうか! やはりいないか! 私の見立て通りだな。君の腐った目を見ればそれくらいすぐわかったぞ!」

 

 

 目を見て分かっちゃったのかよ。なら、聞くなよ。

 平塚先生は納得顔でうんうん言いながら、俺の顔を遠慮がちに見る。

 

 

「………彼女とか、いるのか?」

 

 

 余計なお世話だ。俺は心の中で毒づいた。

 というより、とかってなんだよとかって。俺が彼氏いるって言ったらどうすんだよ。

 

 

「いないです」

 

 

 俺ははっきりとそう応える。もとより彼女やら恋人やらをつくる気などさらさらなかった。まぁ、つくろうと思っても、できるなんておもわないが…。

 そんな俺の応えに安心したのか、平塚先生は、ぱあっと笑みを浮かべた。

 おい、その笑みはどういう意味があるんだ?

 それにしても、なんだよこの流れ。平塚先生は熱血教師なの? そのうち腐ったミカンがどうとか言い出すの?ヤンキー母校に帰るの? ……マジで帰ってくんないかな。

 平塚先生は何事かを思案したのち、はふぅとため息交じりに煙を吐き出した。

 

 

「よし、こうしよう。レポートは書き直せ」

「はい」

 

 

 ですよね。

 よし、こんどはごくごく適当に当たり障りのないことを書こう。それこそグラビアアイドルや声優のブログくらい。「今日のご飯はなんと……、カレーでしたっ!」みたいな。なんとってなんだよ何一つ以外でもねーよ。それ言い出したら俺の中の人は週五でカレー食うカレーの妖精だぞ? やだ、なんかギャグ漫画日和に出てきそう。

 ここまでは想定の範囲内。俺の想定を超えていたのはこの後だ。

 

 

「だが、キミの心無い言葉や態度が私の心を傷つけたことは確かだ。女性に年齢の話をするなと教わらなかったのか? なので、キミには奉仕活動を命ずる。罪には罰を与えないとな」

 

 

 なんかこの人が結婚できないのって、タフすぎるからじゃないの?って思えるほど嬉々とした表情で平塚先生はそうおっしゃった。

 

 

「奉仕活動って…何すればいいんですか?」

「ついてきたまえ」

 

 

 俺の言葉に、平塚先生は言葉ではなく行動で示す。もうその行動が男らしかった。

 もしかして、平塚先生が結婚できないのは、男が自信を無くしてしまうほど平塚先生が男らしすぎるのが原因なのかもな…。

 そんな身も蓋もないことを考えていると、平塚先生はいつまでたってもついてこない俺にしびれを切らしたのか、もう一度俺を急かした。

 

 

「おい、早くしろ」

 

 

 きりりとした眉根に睨みつけられて俺は慌てて後を追った。

 その先に、俺のこれからの人生を左右するほどの大きな出会いがあるとも知らずに―――。

 

 

 

          *

 

 

 ――2018年12月24日、東京・とある路地――

 

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 さっきまで痛いほどあったイルミネーションは、ほとんどなくなり、辺りには東京の裏道特有の静かな寂しさだけが残っていた。

 その道を、青年は進む。漆黒の衣を翻しながら。

 

 

「ち…めんどくせー」

 

 

 青年は小さく舌打ちする。それはこの東京の土地特有の入り組んだ路地裏の構造に、苛立ちを感じたからだ。

 基本的に陰陽師は見鬼の才で状況把握を行う。それは、玄人の陰陽師ほどその傾向は強くなる。

 けれど、それもこんな裏路地の入り組んだ道では仇となる。

 まるで迷路のような裏路地では、目標を“見る”ことは出来ても、それを追うためのルートを探すのに苦労するのだ。そして、今回青年が追っている方はこれを承知の上でこの裏路地に根城を築いている。厄介な相手であった。

 

 

「けど…詰めは甘いな…」

 

 

 だが、青年はこういう場合の対処法をきちんと理解していた。

 それは青年の経験則によるものだ。まだまだ若く、若輩者とはいえ、青年は呪捜部に配属されてからそれなりの修羅場を潜ってきているのだ。

 それこそ、こんな任務。あの姉妹(・・・)が喧嘩した時に比べれば、楽なものだった。

 

 

「―――オン・マリシエイ・ソワカ―――」

 

 

 両手の指を組み合わせる。意識を無にし、霊気を練って呪力を生み出す。

 それは、青年が得意とする甲種呪術の一つ。

 

 

「―――オン・アビテヤマリシ・ソワカ―――オン・アビテヤマリシ・ソワカ――-」

 

 

 唱える。無意識に、静かに、青年は呪文を唱え意識を殺す。そして――-。

 

 

「―――オン・アビテヤマリシ・ソワカ―――」

 

 

 五度の詠唱の後、青年は自身の姿を完全に消す。青年は、自分の意思で術を解かない限り、誰の目にも触れられることはなかった。

 

 

 

          *

 

 

 

 ――2012年4月某日、東京・陰陽塾塾舎――

 

 平塚先生に連れられ、俺は陰陽塾の塾舎を歩く。

 半世紀近くの歴史を持つ塾舎は、その歴史を直接刻んだかのように、いたる所が古びて朽ちかけている。陰陽塾に入った当時、この古びた建物が嫌いであったが、数年後に新塾舎建設の為、ここの取り壊しが決まったときは、なぜか不思議と寂しさを感じたものである。

 ともあれ、俺はその塾舎の僻地とも言える場所を歩いていた。

 陰陽塾の特別棟の渡り廊下をカツカツと言わせながら歩く。窓から見える日は傾き、一日の終わりを暗示する。使われていないからか、はたまた掃除が行き届いていないのか、特別棟は普段、俺が勉学に勤しんでいる本棟よりもしなびて見えた。

 

 ふと、前を歩いていた平塚先生が振り返る。その瞳は、生徒を心配する一教師のものだった。

 

 

「比企谷。お前はもう大丈夫なのか?」

 

 

 脈絡も何もない突然の言葉。けれど俺は、その言葉の意味を確かに理解した。

 二年前のあの日から、散々目を向けられてきたその目。同情と、哀れみの目。何度も向けられて飽き飽きしたその目に、俺はため息を吐いた。

 

 

「はい、全然平気ですよ。そんなに心配しなくても、もう二年前の出来事なんですから身体の方はぜんぜん問題ありません」

「身体の方は…だろ?」

 

 

 先生のその言葉に俺は一抹の不安を覚える。

 この人は、もしかしたら見抜いているのかもしれない。なぜ、一般家庭出身である俺が、陰陽塾に入ったのか。その理由を―――。

 真っ直ぐと俺を見据える先生の視線が、妙に痛かった。

 

 

「すまない。無用な言葉だったな」

 

 

 俺の表情から何かをくみ取ったのか、先生はそう言ってまた踵を返す。

 その後ろ姿を見ながら。俺は、今の先生の言葉を頭の中で何度もリピートさせていた。「身体の方は…」それはつまり、精神の方は大丈夫じゃないと、あんに言われたようだった。

 自分の性格が破たんしているのは知っている。昔、妹にも何度も「捻くれている」と、言われていた。けれど、妹のその言葉に、俺はいつも笑って妹の頭を小突いていた。

 けれど、今の先生の言葉。俺はそれを、どうしても笑えない。

 ゆらゆらと揺れる平塚先生の黒い長髪。その奥にある頭で、先生は何を考えているのか。それを知る術はなく、俺は考えるのをやめ、黙って平塚先生の後ろを歩いた。

 

 

「着いたぞ」

 

 

 いよいよ、目的地に到着したらしい。

 先生が立ち止ったのは何の変哲もない教室。プレートには何も書かれていない。

 俺が不思議に思って眺めていると、先生はからりと戸を開けた。

 

 

「邪魔するぞ、雪ノ下」

 

 

 教室にいるらしい何者かに声をかけながら、平塚先生は戸を潜った。

 俺もその後に続き、おそるおそる戸を潜る。

 

 刹那、俺は不覚にも不動金縛りにかかったかのように、身体を硬直させてしまった。

 

 

「平塚先生。入るときはノックを、とお願いしたはずですが」

 

 

 端正な顔立ち。流れる黒髪。その黒髪とコントラストを奏でるように身に纏う陰陽塾特有の白い女子用の制服が異常に似合っている。

 そんな彼女が何の特徴もない教室の窓際で、1人椅子に座って本を読んでいるその姿は、まるで一枚の絵画の様に見えた。

 その浮世離れした少女の姿に、俺は不覚にも見惚れてしまったのだ。

 

 

「いやいや、すまん。けど、ノックをしても君は返事をした試しがないじゃないか」

「返事をする間もなく、先生が入ってくるんですよ」

 

 

 むっと、端正な顔を歪め、彼女は不満げな視線を先生に送った。

 

 

「それで、そのぬぼーっとした人は?」

 

 

 ちろっと彼女の冷めた瞳が俺を捉えた。

 俺はこの少女を知っている。

 

 陰陽塾二年、雪ノ下雪乃。

 

 無論、顔と名前を知っているだけで会話をしたことはない。仕方ないだろ、学校で人と会話するだけでも稀なんだから。

 陰陽師は生まれ持った才能が大きく反映される。そもそも、世の中に見鬼の才を持つ者自体が稀なのだ。いわんや、その中でプロの陰陽師になれる人間はさらに少なくなる。今時、これだけ最初から『決まっている』業界など、呪術界くらいなものである。そして、その才能は実は遺伝的な資質が多い。故に、陰陽塾に通う塾生のほとんどが、実は旧家の家柄の人間だったりする。雪ノ下雪乃もその一人だ。

 彼女は現代の呪術界において、倉橋家と並び称される雪ノ下家のご令嬢なのだ。それだけでも注目に値することであるのだが、彼女は陰陽塾での成績でも常に学年一位に鎮座する成績優秀者。

 そして、もう1つ加えるならばその類い稀なる容姿で常に注目を浴びている。

 まぁ、要するに学年一と言ってもいいくらいの美少女で、誰もが知る有名人である。

 

 

「彼は比企谷。入部希望者だ」

 

 

 平塚先生に促されて、俺は会釈する。一応、礼儀として自己紹介を行う。

 

 

「二年の比企谷です。えーっと、おい。入部ってなんだよ」

 

 

 入部希望ってどこへですか。SOS団すか。GJ部ですか。つか、ホントここなに部だよ。

 俺の言葉の続きを察してくれたのか、平塚先生が口を開いた。

 

 

「君にはペナルティーとしてここでの部活動を命じる。異論反論講義口答えは認めない。しばらく頭を冷やせ。反省しろ。大丈夫だ、その点はこの雪ノ下の言葉はよく効くぞ。いい薬だ」

 

 

 俺に抗弁の余地を許さず、平塚先生は怒涛の勢いで判決を下す。

 つかなに、雪ノ下の言葉って腹下した時に効果あるの。ラッパのマークでもついてんの?

 

 

「というわけで、見ればわかると思うが彼はなかなか根性が腐っている。そのせいでいつも孤独な哀れむべき存在だ」

 

 

 どういう意味ですか。あとやっぱり見ればわかるのかよ。

 

 

「人との付き合い方を学ばせてやれば少しはまともになるだろう。こいつを置いてやってくれるか。彼の孤独体質の更生が私の依頼だ」

「お断りします」

 

 

 即断だった。それはわずか二秒での言葉だった。

 

 

「……少しは考えてくれてもいいのではないか」

「いえ、考える必要性もありません。そこの男の下心にまみれた下卑た目を見ていると危険を感じます。それに彼の纏う陽の気。いったいどうすればそうなるのか分からないくらい腐った色をしてます。だから、正直近づきたくもありません。お断りします」

 

 

 何か鋭利な刃物で刺されたような気分だった。

 俺はその瞬間、理解した。なぜ、先生が雪ノ下の言葉が薬と言ったのかを…。

 確かに薬だった。そしてよく効く。主に、精神的に。

 薬は薬でも、彼女の言葉は毒だった。人間が体内から分泌できる唯一の毒。凄まじいまでの毒舌だった。

 雪ノ下は別に乱れてもいない襟元を掻き合わせるようにしてこちらを睨みつける。そもそもお前のつつましすぎる胸元なんて見てねぇよ。……いや、ホントだよ? ハチマン、ウソツカナイ。

 

 

「安心したまえ、雪ノ下。その男は目と根性が腐っているだけあってリスクリターンの計算と自己保身に関してだけはなかなかのものだ。呪捜部に突きだされるようなことだけは決してしない。彼の小悪党ぶりは信用してくれていいぞ。それに万が一の時があったとしても、お前なら何の問題もあるまい」

「何一つ褒められてねぇ…」

「小悪党…。なるほど…」

「雪ノ下も雪ノ下で、なんか納得しちゃってるし…」

 

 

 ホントなんでなの? そんなに俺の小悪党ぶりが信用されてんの? まぁ、実際はいくら俺が不埒な真似をしようと思っても、雪ノ下には呪術で勝てないって事実があるからなんだろうけど。

 そして雪ノ下は、俺が一切望まない形結論を出す。

 

 

「まぁ、先生からの依頼であれば無碍にはできませんし…。承りました」

 

 

 雪ノ下は心の底から嫌そうな顔でそう言うと、先生は満足そうに微笑んだ。

 そして、雪ノ下の視線がこちらを向く。その瞳は、見るものを凍りつかせるのではないかと思えるほどに冷ややかなものだった。

 

 

「ようこそ奉仕部へ、比企谷君。あなたを歓迎しないわ」

 

 

 歓迎しないのかよ…。

 その瞬間、俺は、こいつとは絶対に仲良くなれないと確信した。それと同時に、こんな部活。すぐに辞めてやる、と決心もした。

 けれど、世の中はどうなるか分からないもので、俺はこのときの誓いが、すべて無駄になることを痛感させられる。翌日、俺は塾に行って即刻に退部届を提出するも、平塚先生には受理されず。そして、件の少女、雪ノ下雪乃とは―――。

 

 こうして、俺。比企谷八幡は、運命の場所。奉仕部へと入部したのだった―――。

 

 

 

          *

 

 

 

 ――2018年12月24日、東京・とある路地――

 

 

「はぁ…はぁ…ちくしょう…!」

 

 

 暗い東京の路地裏を、男は走る。状況も全く掴めず、男はただ逃げる事しかできなかった。

 男はいわゆるはぐれの陰陽師であった。

 様々な理由で、プロの陰陽師にはなれず、裏社会で生きる陰陽師。それがはぐれの陰陽師である。

 男はそんな裏社会に飽き飽きしていた。誰も好きでこの世界にいるのではない。男もまた、日を見る表の陰陽師へ憧れを抱いていた。

 けれども、一度、裏社会に足を入れてしまった男に、表の光があたるはずもなく、男は日に日に鬱屈した日々に悩まされるようになる。

 そして、憧れだった気持ちはいつしか怒りに変わり、怒りはいつしか憎悪へと変わった。

 だから男は考えた。この気持ちを発散する先を。そして閃いた。今となっては憎悪しかない。かつての憧れだった場所。その世界をぶっ壊してやろうと。

 都合のいい事に、人員はすぐに集まった。男と同じ気持ちの人間は、裏の世界には五万といるのだ。計画も練り、すべては順調に進んでいたのだ。

 

 そう、さっきまでは―――。

 

 数分前。男は呪捜部に逮捕状を突き付けられた。

 どこで漏れたのか。男の計画は陰陽庁に筒抜けだったのだ。

 男はその場で、水行符をまき散らし、一目散に逃走した。男はそのまま、いつも自身が縄張りにしている裏路地に逃げ込む。男にとって庭みたいなそこは、追っ手を撒くには最適の場所だった。

 案の定。まぬけな呪捜官たちは、裏路地に右往左往して、追いかけるどころではなくなっていた。

 あとは、何本かある抜け道から、安全な場所へ逃げるだけ。それで、すべてが終わる。そのはずだった。が、しかし―――。

 

 

「はぁ…はぁ…なんだ。なんなんだよ、これは…!」

 

 

 男は今、窮地に陥っていた。

 それは突然の出来事。男は背後から攻撃を受けたのだ。

 いつ放たれかのか、誰が放ったのか、それすら分からない呪符が男を襲う。幸い初弾は様子見だったらしく、威力は弱く、男は大きなけがを負うことはなかった。

 けれど、そこからすぐに来た次弾は違う。初弾からわずか数秒。男は、初弾よりはるかに強い呪符を目の当たりにする。男は恐怖でその場から走り出した。

 そこからはただひたすら走った。知っている道。通いなれた道。けれど、今はその道すら敵地のように感じた。

 限界だ。男は立ち止まる。

 膝に手を着け、男は息を整えた。

 

 

「っ!…急急如律令(オーダー)!!」

 

 

 突如として襲来する火行符に、男は水行符で対抗する。

 呪符同士の力は拮抗していたのか、呪符は相殺され、そこには何も残らない。

 いや、力が拮抗しているというのは違う。男が使ったのは水行符。対して、相手が使ったのは火行符。呪符の相性ではこちらが有利なはずなのに、それでも相殺された(・・・・・)のだ。

 

 

「…」

 

 

 男は思わず息を呑む。嫌な汗が背中に流れた。

 姿は見えない。けれども、そこに確かにいる。気配を全く感じない、完璧な穏形術。それに加え、どこからともなく放たれる呪符。穏形と他の呪術の平行は、実は相当な技術がいる高難易度なことだ。それだけでも、相手の陰陽師が相当な実力者だということが分かる。

 男は高鳴る心臓を無理やり押さえつけ、手に残りの水行符全部を握りしめた。

 

 

「急急如律令(オーダー)!!」

 

 

 刹那、呪符は大波に変わり、路地からすべてを押し出す勢いで、激しく波打つ。

 作戦も何もない。完全な力技。けれども、どうやらこれが功をなしたらしく、男は自分の敵をやっと視認することに成功した。

 

 

「……ったく、あのジジイ…わざと黙ってやがったな…。なにが楽な仕事だよ…。こんな腕利きの術者がるなんて聞いてねーぞ…。あ゛ぁー、めんどくせー…」 

 

 

 水行符の水が切れ、路地にいつもの静けさが戻る。その奥から、心の底からめんどくさいと思っているらしい声がする。その声が予想以上に若く、男は虚を突かれた。

 気づいたとき、その男は目の前にいた。

 いつ、背中を刺されるかもわからない裏の世界。そこで、長年生きてきた自分が気づかないほどの穏形術の使い手。声の持ち主である男は、その声の通り若かい容姿だった。

 見方によっては、整っているように見えなくもない顔立ち。呪捜官なのに、なぜか祓魔官が着る漆黒の衣をまとい。何か得体のしれない雰囲気を醸し出すその男。けれど、何より―――。

 

 男の目は、どうやったらそうなるのか分からないくらいに―――腐っていた。

 

 

「…っ。ま、まさか…お前…」

 

 

 その目を見た瞬間、男は戦慄する。

 話には聞いていた。けれど、それはてっきり噂だと思っていた。だが、いざ目の前にしたら、その噂が本当であったことを、男は痛感させられた。

 

 それは、本当に都市伝説のような噂だった。

 呪術捜査部―――呪捜部には、優秀だが、目の腐った男がいる、と。その男は、呪捜部部長であり十二神将の一人でもある『神扇』天海大善の懐刀であり、職務上名を伏せて活動している影の男。呪捜部に所属する呪捜官である、もう一人の十二神将。そんな男についた二つ名は―――。

 

 

「【黒子(シャドウ)】…」

 

 

 

          *

 

 

 

 ――2010年8月某日、千葉――

 

「おにいちゃん、おにいちゃん。小町はとっても、とーっても暇なのでーす」

「あー、はいはい」

 

 

 また始まった。ごろんとリビングのソファで横になってゲームをしていた俺は、プレイしていたゲームから顔を上げ、ため息を吐く。

 人間、何が怖いというと、それは慣れである。夏休みに入った途端、こう何度も何度も同じことが繰り返されると、それが例え愛する妹の言葉であっても、ウザく感じるものなのだ。

 顔を上げると、すぐ目の前に小町の顔があった。ってか、近っ!?

 

 

「おい、小町…。いったいどーいうつもりだ…?」

「てへっ」

「笑って誤魔化すな」

 

 

 小町の顔は、それこそ、少し寄せればキスしてしまえるほどに近かった。

 おい、これでは下手をすれば、某高坂さん家にも負けないくらいヤバい状況じゃないの? いや、まぁだからと言ってどうこうするつもりはないけどさ…。

 俺が死んだ魚のような目で、非難的に小町を見る。小町は笑って誤魔化した。あ、やべ、可愛い…。

 俺の記憶フォルダーに新たな小町をインプットしながら、俺は最初の小町の言葉に応える。

 

 

「はぁ…で、暇だって?」

「うん。だからさ、おにーちゃん。小町と一緒に買物行こ?」

 

 

 

 俺の言葉に小町は満面の笑みで頷く。やっべ、天使だ。

 けれど、俺の天使はどうやら残酷だったらしく…。八月のあっついこの日に、とんでもないことを言い出した。それに対する俺の言葉は決まっていた。

 

 

「だが断る」

 

 

 俺の応えに小町は「えーっ!」と、可愛らしく抗議した。

 そんなもの欲しそうな顔したって駄目なものはダメなんだからね! お母さん許さないんだから!

 

 

「えー、行こうよー、おにいちゃーん。だめ?」

 

 

 はにかみながらこてんと首を傾げてそういう小町マジラブリー。

 だけど、俺は心を鬼にして、断固たる意志を持ち、小町を見据えた。

 

 

「嫌なものは嫌だ。俺はノーと言える大人になるんだ」

「もー、ごみいちゃん、またそんなこと言ってるー。小町的にポイント低ーい。だいたい、おにーちゃん中二になってからなんか変だよ? 部屋で黒いコート着てカッコつけたり、なんかノートに訳の分からない設定書いたり。なんだっけ? 確か『神海―――」

「待て小町。ホント待って」

 

 

 え、まさかバレてたの、俺の黒歴史。いや、でもしょうがないじゃん。八幡なんて名前はわりかし珍しいし。だから自分が何か特別な存在じゃないかと思ってしまった時期もあったよ? それに、東京があんなふうだからもしかしたら俺にだって、と思うことだって…。

 でもさ、小町。そんな二カ月も前に止めた話をわざわざ持ち出さんでもいいでしょ?

 あれはもうただの黒歴史なのだぜ?

 それに、本当に残念なことに、俺はどうやら漆黒の衣は着れないみたいだ。

 

 だって、俺には―――。

 

 俺の慌てように、小町がにんまりと口角を上げた。その小悪魔みたいな笑みに、俺は背中にヒヤリと汗が流れる。こんなときでも小町可愛いと思ってしまう俺はもう、病気なのかもしれない。

 

 

「そっかー。そっかそっか…。ごみいちゃんはもう、無駄な努力を諦めたんだね。えらいえらい」

「……やめろ! 頭撫でんな!」

 

 

 そしてなに、そんな慈しむような笑顔!

 やめて! お兄ちゃんのライフはもうゼロよ!

 

 

「あはは! さて、じゃあそんなおにーちゃんに、さぷらーいず! これなーんだ?」

 

 

 そう言って、小町は俺の顔の目の前に何かを出した。

 え!? ま、まさか…それは…。

 

 

「し、神海日記…」

 

 

 お兄ちゃんのライフはなくなった。

 それは俺の最新黒歴史。主に、陰陽師になるための計画をつらつらと書きなぐった、ある意味、今の俺にとって最悪の書物だった。な、なぜ…それが小町の手に―――。

 

 

「おにいちゃんさ、もっとこういう物の隠し場所は考えた方がいいよ? ベッドの下とか。隠したつもりかもしれないけど、バレバレだよ?」

 

 

 ジーザス。神は死んだ。

 

 

「さて、そんなおにーちゃんに小町からのー、ラッキーチャーンス!」

「うぜぇー」

 

 

 何この妹。マジうぜぇ。

 ラッキーチャンスってなんだよ。なに?お前。厄病神からジョブチェンジしたばかりの福の神なの? 日本一不幸な少年を救いに来たの? え、もしかしてそれって俺の事? だめだ、否定できないわ。

 

 

「はい。ではおにーちゃんには今二つの選択肢がありまーす。一つは、小町と一緒にお外に買い物に行って一日を過ごす。そのときはもちろん、この神海日記はおにーちゃんに返却しまーす」

「おい、無視して進めんな」

「第二に、今日一日、おにーちゃんは何もしない。日がな一日、誰とも過ごさず。寂しくぼっちになること。その場合はもちろん、この神海日記は―――」

「くっ…だが、親に見せる程度ならまだ…」

「ネットのSNSに晒されることになりまーす!」

「ふざけんな!」

 

 

 何その死刑宣告。そんなことされたらおにーちゃん死んじゃうから!

 マジで自殺して、誰からも悲しまれず、葬式にも友達すら来ないで、寂しいまま死んじゃうから!

 くっ…実の兄をここまで平気で自殺に追い込もうとする。さらにできるようになったな、妹よ。

 俺は、溢れだしそうな涙をこらえ、すがるような目で小町を見つめた。

 

 

「うわっ…おにーちゃん、どーしたの? いつも以上に目が腐ってるよ? なんか映画のゾンビが実際に出てきたみたいで、ちょっと怖い」

 

 

 俺の目って、そんなヤバいのか。

 妹の心無い言葉が俺のハートにとどめを刺した。俺はついにソファの上で力尽きた。

 

 

「……小町。お兄ちゃんをイジメて楽しいか?」

「うーん。わりかし?」

 

 

 血も涙もない一言だった。慈悲をください、お願いします。

 俺のハートをガチで折りに来る小町。けれど、そのすぐ後に、どこか照れをはらんだように頬を赤くし、恥ずかしさを紛らわすように、自分の頭を撫でた。

 

 

「でもさ、最近、お兄ちゃん、おかしかったからね、小町はすごく心配だったんだよ? それに、小町とも遊んでくれなかったし…。だから、ね。小町は今、アフターケアを必要としているのです。おにーちゃんにはその義務があるんだよ? あ、今の小町的にポイントたかーい!」

 

 

 神はいた。照れ笑いをしながらそう言った小町は、マジで天からの贈り物だった。

 小町のその言葉に、俺は「そういえば…」と、思う。ここ数カ月、俺は小町と出かけたことはあったか? 記憶違いでなければ、なかったはず。

 こいつももう中一なのだ。いい加減、兄離れするべきなのかもしれないが。

 でも、そんなことになったら、俺が泣いちゃうけど。

 まぁ、それはさておき。どうやら小町には寂しい思いをさせてしまったみたいだ。

 膨れている小町の頬に手を当て、俺は少し笑みを浮かべる。

 

 

「しょうがねーな。ららぽでいいんだろ?」

「それ! 小町的にすっごいポイントたかーい!」

 

 

 俺の言葉に、小町はおそらく今日一番であろう笑みを浮かべた。

 

 

「そうと決まれば、さあ、レッツゴー。ほらおにーちゃん、早く早く!」

「へいへい、ちょっと待て着替えてくるから」

「早くしてねー」

 

 

 さすがにららぽーとに行くのに部屋着はまずい。俺は着替えるために部屋へ向かう。小町を待たせるのも忍びなかったから、さっさと着替えて、すぐにリビングに下りた。

 小町は、待ち時間の暇つぶしにか、さっきまで俺が寝転んでいたソファに座り、テレビを見ていた。

 とは言っても、現在の時刻はお昼過ぎ。バラエティなどはなく、テレビに映るのは、報道番組。リビングのドアを開けた俺の耳に、番組のリポーターの声が届いた。

 

 

『昨日、都内渋谷区で発生した霊災は、フェーズ3へと移行し、現場は騒然としましたが、陰陽庁の祓魔官によって修祓されました。』

 

 

 画面が切り替わり、実際の映像が映る。

 そこには漆黒の衣を纏った者達が、一般人には到底理解できない言葉で何かをしている。

 画面の下には『老樹からなる霊災を修祓。これによる交通機関の影響はなし』とテロップ出ている。どうやら、昨日の夜に、大きな霊災が発生したらしい。

 それは一般人である俺には、あまりにも遠すぎる世界だった。

 あの漆黒の衣に憧れても、俺には到底、あれを着ることはできない。俺は無駄な思考を斬り捨てて、小町に声をかけた。

 

 

「おい、小町。早くしねーと置いてくぞー」

「うぇっ!? あれ、おにーちゃんいつのまに! あー、ちょっと待ってよー。その言葉、小町的にポイント低いよー!」

 

 

 結局、小町は玄関で追いつかれた。

 外に出ると、ギンギラギンと、明らかにさりげなくない直射日光が俺を襲う。

 家を出て三歩で、俺は若干の後悔を始めた。

 小町を後ろの荷台に乗せて、俺は自転車をこぐ。飛ばされないように帽子を押さえながら俺の腰に捕まる小町は、いつもより、おめかししてすこぶる機嫌がよさそうだった。

 

 

「そういえばさ、おにーちゃん。おにーちゃんは陰陽師になりたかったの?」

 

 

 不意に、小町がその言葉を紡ぐ。

 さっきのテレビに触発を受けたのだろう。

 けれど、その言葉に対する俺の応えは最初から決まっていた。

 

 

「……ばーか。んなわけねーだろ」

 

 

 陰陽師になりたかった。それは違う。俺は、陰陽師に憧れていたのだ。

 けれども、それは叶わない願いだ。

 そもそも、陰陽師になるためには様々な才能がいる。そして、それは生まれ持った才能が大きく反映される。そんな才能が、一般家庭生まれの俺にあるわけがない。

 

 

 

 俺には、『見鬼の才』がないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




参考文庫
 ■やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。一巻
 ■やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。二巻
 ■東京レイヴンズ 一巻
 ■東京レイヴンズ 七巻
 ■東京レイヴンズEX 一巻


 ヒッキ―の役割は大友先生ポジしかないと思ってました。
 原作での大友先生は、なんか無駄にカッコいい人ですけど、ヒッキ―にもきっと、それと同じくらいのポテンシャルが―――。あったらいいなーと思います。



今回のパロディネタ集

☆001
「青春の神髄を何かご存じだろうか?」「答えは―――。『嘘』である」
/東京レイヴンズの代名詞とも言える言葉。これを見て思いました。これ言ったの絶対ヒッキーだろ?と

☆002
「カレーの妖精」
/ご存じヒッキーの中の人のが所持する固有結界。別に封印指定はされてない
「その身体はきっと―――無数のカレーでできていた」

☆003
「大丈夫だ、その点はこの雪ノ下の言葉はよく効くぞ。いい薬だ」
/某薬品会社のCMの台詞。かの正露丸はシベリア遠征の際に、生まれたのである。これマメな

☆004
首を傾げてそういう小町マジラブリー
/通称「ラブリー先輩」。アマガミの、森島はるかのこと。わおっ!

☆005
やめて!おにいちゃんのライフはもうゼロよ!
/遊戯王DM162話にて、既にライフポイントが0になり敗北が決定しているインセクター羽蛾に対し、「狂戦士の魂(バーサーカーソウル)」の追加攻撃の手を微塵も緩めようとしなかった闇遊戯を止める際に真崎杏子が叫んだ台詞である
「ずっと俺のターン!」

☆006
ジーザス。神は死んだ
/ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの言葉
気になった人は「キリスト教史」を学ぼう。きっと世界が変わるはずだ(@_@;)

☆007
「さて、そんなおにーちゃんに小町からのー、ラッキーチャーンス!」
/「ラッキーチャンス」とは、電撃文庫発売のライトノベルである。「日本一不幸な少年」と、彼を幸せにすることに使命感を燃やす「福の神の少女」との奇妙な共同生活の話である
なに? キャンディーズ? お前はいったいいつの時代の人間なんだ(;一_一)

☆008
くっ…実の兄をここまで平気で自殺に追い込もうとする。さらにできるようになったな、妹よ
/元ネタは機動戦士ガンダムの赤き彗星ことシャアの台詞。
ウソです<(_ _)>
本当は涼宮ハルヒちゃんの憂鬱から。にょろ~ん☆

☆009
外に出ると、ギンギラギンと、明らかにさりげなくない直射日光が俺を襲う
/レジェンドことマッチさんの曲から。そういえば、マッチさん「超速変形」ご苦労様です





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