どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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遅くなって申し訳ございません。大変お待たせしました。

ついにあの男が登場。チートレベルなアイツにご期待。



Scarlet Bullet 【英雄】

現在時刻 21:00

 

 

密漁船の後方に座り込んで休息を取っていた。しかし鬼の力がどうも収まらず、全く休むことができなかった。

 

その時、外が妙に明るいことに気付いた。重い(まぶた)を開くと海の先———水平線から太陽が顔を見せた。

 

 

「……あぁ、時差か」

 

 

日本では夜だろうがイギリスでは早朝。夜が終わる時間が早いと思ったら時差を忘れていた。

 

 

(どうせなら暗い夜の間に侵入したかったな)

 

 

心の中でつい愚痴をこぼしてしまう。どうしてもネガティブ思考になってしまうのは疲れているからだろうな。

 

 

Het is tijd om stroperij(密漁の時間だぜ)!!」

 

 

オランダ語で爽やかな笑顔で俺に教えるおっちゃん。ぶっ飛ばしたいこの笑顔。

 

毛布を羽織ったまま立ち上がり、網を持ったおっちゃんから網を奪う。

 

 

De Laat het aan mij(俺に任せろ)

 

 

オランダ語でそう返すと、俺は網を海に向かって放り投げた。

 

隣でおっちゃんが騒いでいるが、俺は無視して作業を続ける。

 

 

「こんなもんか……なッ!」

 

 

ザパァッ!!

 

 

「!?」

 

 

細工を施した網を一気に引き上げ、大量の魚を冷凍庫に雑に入れる。

 

おっちゃんは短時間でありえない取り方で大量の魚を手に入れれたことに驚愕している。

 

 

「凄いですッ! ステキ(モーイ)ですッ!」

 

 

いつの間にか俺のそばまで来ていたリサがオランダ語で俺を褒める。

 

 

「……朝は冷える。寒いだろ?」

 

 

俺は羽織っていた毛布をリサに投げて褒める口を閉じさせる。正直真正面からそんなふうに言われると照れる。

 

リサは「やっぱり優しいです……」と誤解が生まれているようだったが気にしないでおこう。

 

 

「……変だな」

 

 

おかしい。相手の実力や機械兵器を考えるともうこの密漁船の位置がバレているはずなのだが……?

 

空や海の先を見回しても、何も見えない。海上軍隊の船も見えないし、警備していないのか?

 

その時、船の操縦席の下に物騒な機械がいくつも置かれていた。

 

 

(おいおい……ジャミング装置、超小型UAVに無線侵入回線装置って……!?)

 

 

このおっちゃん、とんでもないモノ持っていやがるな。これなら十分に見つかるわけがないな。

 

おっちゃんにこの機械装置のことを聞くと、元海上自衛隊の隊長だったらしい。退職する時にくすねた物だと自慢しやがった。馬鹿野郎。

 

 

________________________

 

 

現在時刻 22:00

 

 

イギリスの漁船(密漁していないただの漁船)に紛れて港に停泊し、おっちゃんとは別れた。

 

港は市場が開かれており、賑わっていた。これなら人混みに紛れて侵入できそうだ。

 

俺とリサは目立たない紺色のコートを着ており、誰からも怪しまれない恰好だった。

 

 

「朝早くからよく集まれるよな」

 

 

「新鮮な魚が獲れたてでございますので混雑するのは当たり前ですよ。リサも市場が開かれた時は絶対に行きますので」

 

 

そういや店を開いていた時やガストレアのいる世界では市場というものは見なかったな。前者はボタン一つで届くという理由で、後者は単純にそういうことが行えるほど漁業は盛んじゃなかったからな。

 

 

(……全てが終わったら行ってみたいな)

 

 

皆はどんな魚が好きだろうな。

 

 

「ッ……!」

 

 

その時、嫌な視線を感じた。

 

リサの手を握り、人混みをかき分けながら進む。

 

 

「ど、どうしたのですか?」

 

 

「後をつけられている」

 

 

「ッ!」

 

 

俺とリサは市場を抜けて大通りに出た。市場より人は少ないが、多い。

 

目の前では車がビュンビュンとたくさん走っている。この先を渡るのはやめて細い道へと逃げた。

 

 

「二人か……リサ、このまま走れるか?」

 

 

「はい!」

 

 

リサの手を引っ張りながら加減をして走る。背後から二人の足音が聞こえる。

 

右、左、右、左と交互に道を曲がりながら走り抜ける。途中、ゴミ箱があれば蹴り飛ばして障害物を作ったりした。

 

だが相手は相当の手練れ。簡単に飛び越えたりしてかわしている。

 

リサの方を見れば辛そうな表情をしている。限界か。

 

 

Tag is the end.(鬼ごっこは終わりだ)

 

 

誰もいない広場に出た瞬間、足を止めて振り返った。俺は英語で挑発する。

 

 

I'll settle, dung beetles.(決着をつけようぜクソ虫共)

 

 

背負っていたバッグを後ろに投げて戦いやすいようにする。

 

 

「汚い英語だ。仕方ないから日本語で話してあげるよ」

 

 

姿を現したのは一人の青年、黒髪の美少年だ。

 

海外の武偵高の制服と思われる灰色のブレザーを着ている。

 

 

「そりゃありがたい。それで何の用だ?」

 

 

俺はニタリと笑いながら告げる。

 

 

 

 

 

「エル・()()()()?」

 

 

 

 

 

「ボクのことは知っているんだね。なら自己紹介はいらないね」

 

 

ああ、いらねぇよそんな茶番。

 

シャーロック・ホームズの名パートナー、最高の相棒の名前じゃないか。

 

 

「ハッ、イギリスの奴らはとことん俺に対して失礼な奴らが多いな」

 

 

「失礼? ボクらは皆礼儀正しいはずだよ? 失礼なのは———」

 

 

ワトソンは腰に差した紋章入りの銀鞘から細身の洋剣(サーベル)を引き抜いた。

 

 

「———土足で国に入り込んだキミたちだ」

 

 

ダンッ!!

 

 

背後から一人の男が物陰から飛び出して来た。残りの一人はどうやら俺たちの背後に回り込んでいたらしい。

 

カーキ色(枯れ草色。深緑を薄めたような色)のラム革トレンチコートを着た長身の白人男性がハンドガンの銃口をリサに向けた。リサは俺の腕を掴み、怯える。

 

 

「いきなり女の子に銃を向ける方が失礼だろ?」

 

 

バキンッ!!

 

 

大樹の背中に黒い光の翼が出現し、一枚の翼が銃を引き裂いた。そして翼はムチのように動き、男の体を叩きつける。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ガァッ!?」

 

 

男は後方に吹っ飛ばされて壁にぶつかる。そのまま地面に倒れ、気を失う。

 

 

「カイザーッ!?」

 

 

男の名前を叫ぶワトソン。俺は余所見をしている敵に容赦はしない。

 

 

「どこ見ているんだワトソン?」

 

 

「はッ!?」

 

 

ワトソンが気が付いた時には遅かった。ワトソンと大樹の距離はすでに詰められており、大樹は右手に持ったコルト・ガバメントの銃口をワトソンの額とくっつけていた。

 

ワトソンの目が見開かれ、動けなくなっている。

 

 

「何か言い残すことは?」

 

 

「……頼む。カイザーだけは助けてやってくれ」

 

 

「俺を殺そうとしたのに随分と贅沢な願いをするんだな?」

 

 

「なんだとッ……!」

 

 

ワトソンは怒りを露わにしながら怒鳴る。

 

 

「キミはどれだけの人間を不幸にするつもりなんだ!? ボクの婚約者(フィアンセ)を殺して、次は何を奪うつもりだんだ!?」

 

 

婚約者(フィアンセ)……あぁ、アリアのことか」

 

 

元々ホームズ家とワトソン家は親密な関係らしいし、別におかしいとは思わない。

 

俺の納得の仕方が気に食わなかったのか、ワトソンがさらに怒鳴る。

 

 

「何だその反応は!? 人を殺しておいて何も思わないのか!? アリアを殺して何も思わないのか!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉だけは聞き逃せなかった。

 

 

「ふざけるなよ」

 

 

俺はワトソンの額により強く銃口を押し付ける。

 

 

「じゃあお前は人を殺したことがあるのか? 何を思った? 殺した時の感想でも言ってみろよ!?」

 

 

引き金を引きそうになるが、無理矢理その衝動を抑え込む。しかし、ドス黒いオーラが俺の体から溢れ出して来た。

 

 

「アリアを殺して何も思わない? ふざけんじゃねぇぞテメェ!! 俺はアリアを助けられなくてずっと後悔しているんだぞ!? その気持ちがお前に分かるのかよ!?」

 

 

「ッ……!?」

 

 

俺の怒鳴り声にワトソンが驚愕の表情をする。信じられないモノでも見たかのような顔だ。

 

 

「じゃあお前なら助けれたのか? こんなに弱いのにか? 圧倒的に負けているお前なら救えたのか!?」

 

 

頭部から鬼の角が生え、黒い光の翼はさらに闇のように黒くなる。

 

 

「力が無ければ何も守れない。後悔しながらここで———」

 

 

コルト・ガバメントの引き金を———

 

 

「———死ね」

 

 

———引いた。

 

 

ガチンッ

 

 

「なッ!?」

 

 

だが、コルト・ガバメントは不発で終わってしまった。コルト・ガバメントを見て驚愕する。

 

 

(不発弾(ミスファイア)!? 何でこんなタイミングで……!?)

 

 

ドスッ!!

 

 

「ごふッ……!?」

 

 

しかし、その隙をワトソンは見逃さなかった。

 

すぐに持っていた洋剣(サーベル)を俺の腹部に突き刺し、貫通させた。

 

 

「楢原様ッ!?」

 

 

顔を真っ青にしたリサが悲鳴のような声で俺の名前を呼ぶ。

 

 

「ぐぅッ……!?」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「クッ!?」

 

 

ワトソンを右足で蹴り飛ばし、洋剣(サーベル)ごとワトソンを引き離す。ワトソンは民家の壁に叩きつけられるが、意識は失っていない。

 

コートが真っ赤に染まっていく。コートをめくり傷口を見た瞬間、俺は目を疑った。

 

 

(肉が……腐っている……!?)

 

 

腐敗している。傷口から自分の肉が腐っているのが分かった。

 

あの剣……ただの剣じゃない。

 

 

「やはりキミは吸血鬼のようだね」

 

 

ワトソンは洋剣(サーベル)を構えながら説明する。

 

 

「これはカンタベリー大聖堂より恩借した十字箔剣(クルス・エッジ)。刀身を覆う銀は、架齢400年以上の十字架から削り取った純銀を(フォイル)したものだ」

 

 

「聖剣か……!」

 

 

ただの十字架や銀は俺には通用しない。しかし、ワトソンの持っている剣は異常なまでに効力が強いモノだ。

 

宝石のように輝く剣が忌々しく見える。

 

 

「くはぁ……! その程度がどうしたぁ……!」

 

 

俺はコートを脱ぎ捨て、血の付いたカッターシャツになる。

 

ポケットから赤い液体の入った注射器を取り出し、俺は腐敗した腹部に突き刺した。

 

 

「があぁッ……!!」

 

 

「な、何を……!?」

 

 

「血は……俺に力をくれる最高のモノだ……!」

 

 

傷口から赤い鮮血が溢れ出し、大樹の目が紅くなる。

 

 

「俺はもう、化け物だ」

 

 

ドクドクッ……

 

 

傷口から流れていた血が止まり、傷口が塞がった。

 

腐敗していた肉はどこにもない。綺麗な肌しか見えない。

 

 

「そ、そんな……キミは……!?」

 

 

「人間をやめた。ただ、それだけだろ」

 

 

ダンッ!!

 

 

音速でワトソンとの距離を詰め、剣を握り絞めた。

 

 

「化け物だからこの剣は俺を拒む」

 

 

手が焼けるような痛みが襲い掛かるが気にせず俺は剣を握り続ける。ワトソンの表情がドンドン青くなるのが分かる。

 

 

「今度こそ終わりだ。次は殺せる」

 

 

右手に【(まも)(ひめ)】が出現し、黒い刀身を作り出した。そしてワトソンの首隣りまで刀身を持ってくる。

 

 

『殺せ』

 

 

ドクンッ……!

 

 

心臓が大きく鼓動する。

 

 

『殺せ』

 

 

ドクンッ……!!

 

 

頭の中で声が響く。

 

 

『殺せッ!!』

 

 

ドクンッ……!!!

 

 

 

 

 

「うわああああああああァァァァァアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 

 

 

バキンッ!!!

 

 

刀を地面に叩きつけて粉々に破壊した。

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

 

 

俺は今、何をしようとした?

 

殺そうとしなかったか?

 

ワトソンの首を落とそうとしなかったか?

 

 

「……ぅおぁ……ぇう……!」

 

 

自分でも何を言っているのか分からない。喉が震えてわけのわからない言葉を発してしまった。

 

とにかく焦っていた。

 

とにかく怖かった。

 

とにかく頭が痛くて痛くて……!

 

 

「楢原様ッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

リサに名前を呼ばれてハッとなって我に返る。気が付けば俺は鼻血を出し、汗が滝のように流れていた。

 

黒いオーラは散布し、黒い光の翼も消える。同時に鬼の角も消えて紅い瞳も元の黒い瞳に戻る。

 

 

「ッ……!!」

 

 

ゴッ!!

 

 

正気に戻った俺は目を見開いて何が起こったのか分からない顔をしたワトソンの首後ろを叩いて衝撃を与える。

 

 

「うぁ……!?」

 

 

ゆっくりとワトソンは目を閉じ、前から倒れる。俺はワトソンの体を支え、地面に倒れないようにする。

 

ワトソンを支える手は異常なまでに震えていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

イギリスの危険区域にあるスラム街の廃墟家に俺とリサはいた。もちろん俺たち二人だけではない。

 

 

「それで? ボクたちを捉えてどうするつもりだ?」

 

 

木製の椅子にロープで縛りつけたワトソンが俺たちを睨みながら聞いた。隣にはカイザーと呼ばれる男も縛ってある。

 

埃が被った家具を嫌な目で見ながら俺はワトソンに尋ねる。

 

 

「質問内容はただ一つ。神崎 かなえはどこにいる?」

 

 

「「ッ!」」

 

 

俺の質問に二人は表情を変えた。

 

 

「どうする……つもりだ……!?」

 

 

「決まっているだろ」

 

 

俺はワトソンに真剣な目をして告げる。

 

 

「助け出す。それだけだ」

 

 

「……は?」

 

 

その時、ワトソンの表情が変わった。まるで「何を言っているんだコイツ?」のような顔。

 

 

「はぁ……ワトソン。お前は勘違いをしている。いや、しすぎている」

 

 

「な、何を……」

 

 

「まず一つ。アリアは生きている」

 

 

「「なッ!?」」

 

 

「二つ目。俺は無暗(むやみ)に人を殺さない」

 

 

「ま、待って! 一体何を言っているんだ!? どういうことか説明———」

 

 

「する時間は無い。リサ。準備はできたか?」

 

 

「はいご主人様。あとは着替えるだけです」

 

 

荷物を整えたリサが隣の部屋に行き、着替えようとする。

 

 

「そうか。さて次は……」

 

 

とりあえず、ワトソンたちのこれからを………。

 

 

「ってちょっと待って」

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

「いやいや。お前、『ご主人様』ってどういうことだよ」

 

 

様から何気にレベルアップしてんじゃねぇよ。

 

 

「駄目……でしたか?」

 

 

「当たり前だ。何で俺がお前のご主人様に———」

 

 

その時、リサが涙目になっていることを確認した。

 

 

「———なってやんよ」

 

 

どこの死んだ世界戦線の〇向だよ。ユ〇に告白でもすんのか俺は。

 

 

「……やっぱりシャーロック卿は、これを条理予知なさっていたのですね……」

 

 

何……だと……!?

 

シャーロックに全部お見通しだっていうのか!?

 

 

「ど、どういうことだリサ」

 

 

「運命の勇者様に出会えず悩んでいた私は、シャーロック卿に御助言をいただいたことがあるのです」

 

 

そんな人に聞くなよ……ほぼ絶対当たる占い師だよ?

 

 

「そこで卿は言われました」

 

 

「な、何だ?」

 

 

「私がお仕えする御方は口が悪くて、女の子にデレデレして、少し馬鹿な顔をしている———」

 

 

シャーロック、コロス。

 

 

「楢原 大樹だと」

 

 

「名指しじゃねぇか!?」

 

 

「いつまで遊んでいるんだ!!」

 

 

ついに痺れを切らしたカイザーが怒鳴った。しかし、ワトソンは違った。

 

 

「シャーロック? 君たちは一体何を言っているんだ……?」

 

 

「シャーロック・ホームズ。知っているだろそのくらい」

 

 

「……まさか生きているって言うんじゃないだろうね?」

 

 

「真実が知りたいなら(悪魔)に魂を売るんだな」

 

 

「き、汚いぞ!」

 

 

どこだよ。むしろ『(天使)』と表記していまでもある。

 

 

「どうするワトソン君。私は無論反対だが」

 

 

「……気になることがある」

 

 

ワトソンは俺を見ながら質問を投げる。

 

 

「君は本当に神崎 かなえを救い出すつもりかい?」

 

 

「当たり前だ」

 

 

「それは何故?」

 

 

「ワトソン君! 理由を聞いたところでまともな答えが返って来るわけが……!」

 

 

「静かにしてくれカイザー。絶対に良い答えが返ってくるはずだよ」

 

 

そう言ったワトソンの口は少し笑ったような気がした。

 

何もかも見通されているような気がした。さすがシャーロックの相棒と言ったところか。

 

 

「理由は二つある。単純に神崎 かなえを救い出したいこと。もう一つは———」

 

 

俺は告げる。

 

 

「アリアを助ける鍵を握っていることを」

 

 

「……改めてもう一度聞く。アリアは生きているのかい?」

 

 

「ああ。生きている」

 

 

真剣な目をしたワトソンにしっかりと意志を持った声で返答する。ワトソンは目を瞑り少し考えた後、

 

 

「分かった。キミたちを信じよう」

 

 

「ワトソン君!」

 

 

「カイザー。ボクは真実を知りたい。彼が国際指名手配犯になっている理由、そしてこの事件の裏に隠された真実を」

 

 

ワトソンは真剣な表情で俺の顔を見る。

 

 

「ボクは君の味方に付く」

 

 

 

 

 

「いや別にいらねぇから」

 

 

 

 

 

「「……………」」

 

 

「盛り上がっているところ悪いがお前たちには特に用はねぇし、使えそうなモノは取ったしな」

 

 

っと俺は二人から奪った財布と手帳を見せびらかす。二人の顔はギョッとなる。

 

 

「ボクの手帳!?」

 

 

「私の財布!?」

 

 

「金めっちゃ入ってるな」

 

 

「ノオオオオオオォォォ!!!」

 

 

ポンドだ。円じゃなくてポンドが入ってる。

 

 

「リサ? まだか?」

 

 

隣の部屋で着替えの準備をしているリサに声をかける。返事はすぐに帰って来た。

 

 

「今終わりました!」

 

 

扉を開けてリサが出て来る。

 

リサは黒い制服、警察官の恰好をしていた。

 

 

「これから潜入する場所はロンドン警視庁だ。気を引き締めろよリサ」

 

 

「はい!」

 

 

元気よく返事をするリサから変装する道具を貰う。そして俺も変装する。

 

 

「「なッ!?」」

 

 

その変装した俺の姿にワトソンとカイァーは目を見開いて驚愕した。

 

 

「カイザー!?」

 

 

「私!?」

 

 

ワトソンとカイザーの目の前には()()()()がいた。

 

 

「ご明察通り、これはカイザー(お前)の変装だ」

 

 

そう、俺はカイザーに変装したのだ。もちろん、理子直伝な。

 

この建物に来る前にリサに買い物を行かせておいたのだ。そしてこの変装をするために必要な材料は短時間で全て用意させてもらった。

 

リサは英語も話せたので買い物もお手の物。しかもリサには物凄い能力があった。

 

なんと値引きが得意んやで! 大阪のおばちゃんちゃうで!

 

というかおばちゃんよりリサのほうが断然凄いぞ。なんせ交渉できる店の品なら七割ぐらいまでなら必ず負けさせることができるからな。本当に凄い。家計に優しすぎるッ。

 

声真似はあまりできないが、喋るのはリサに任せるとしよう。俺は無言を貫くカイザーを演じて見せよう。

 

 

「というわけでじゃあな。助けは半日くらいでくると思うが我慢しろよ」

 

 

「ま、待て! 待つんだッ!!」

 

 

俺とリサはそんなワトソンの静止の声を無視し、部屋から出て行った。

 

 

 

________________________

 

 

2月10日

 

現在時刻 00:00

 

 

既にティナと刻諒(ときまさ)、その母である麗。そしてサイオンは高速移動旅客機に乗っていた。この飛行機には理子、夾竹桃、カツェ、ヒルダは乗っていない。

 

大樹がオランダで姿を見せたという報告が麗とサイオンの元に連絡が入ったからだ。その情報も捨てがたいことだったので半分に分かれて調査しようということになった。

 

ティナたちはイギリスへ。理子たちはオランダへ。最後はイギリスの首都ロンドンで合流するように約束している。

 

肌触りが最高なシートに座り、ティナは絨毯のように覆われた白い雲を眺めていた。

 

 

「ええ、そうよ。全部集めてちょうだい。次の指示があるまで待機して」

 

 

隣では麗が携帯電話で部下と会話をしている。麗の前に座っているサイオンも部下と電話しているようだ。

 

 

「大丈夫かい? 顔色があまり良くないみたいだ」

 

 

ティナの前に座った刻諒が心配そうな顔をしていた。

 

 

「いえ、問題無いです。少し落ち着かなくて……」

 

 

「焦る気持ちは分かる。だけど今はゆっくりと休息を取らなければならない」

 

 

「それは……分かっています」

 

 

必ず問題は起きる。御影(ゴースト)による襲撃、イギリスの攻撃。どちらか必ず一つは……いや、同時に来る可能性だってある。

 

今の内に体に休みを与えないとこの先持たないことはティナは分かっている。

 

しかし、大樹のことが心配でどうも休むことができない。

 

 

「……刻諒さんは優しいですね」

 

 

「そうかい? 私は彼と会うまでは結構冷たい奴だったと思うよ」

 

 

「冷たいトッキー……………アリね」

 

 

「ありません母上。黙っていてください」

 

 

つれないわねっと麗はそっぽを向いて拗ねたが、今度はティナを標的にした。

 

 

「それにしてもティナちゃんは強いわ。私の補佐を任せれるくらいだわ」

 

 

「……レイの口からそんな褒め言葉を出させるのか……まだ子どもだというのに」

 

 

「サイオン。子どもだからって舐めては駄目よ? あなたとも十分戦える素質は持っているわ」

 

 

「……本気で言っているのか?」

 

 

「ええ」

 

 

サイオンがじっとティナの顔を見て疑っている。ティナは目を逸らし、サイオンと合わせないようにしている。

 

 

「サイオン! 私のティナちゃんを虐めるな!」

 

 

「虐めてなどいない」

 

 

「じゃあ見るな!」

 

 

「……………」

 

 

サイオンは手で頭を抑え、溜め息をついた。刻諒はサイオンに「本当にすまない」と小声で謝罪した。

 

 

ゴオオオォォ……!

 

 

その時、変な音が響いた。

 

 

「……何かしら?」

 

 

「この機体ではないな」

 

 

麗とサイオンがその音を探る。刻諒は立ち上がり、辺りを見ます。

 

 

「……外です」

 

 

「「「ッ!」」」

 

 

最初に見つけたのはティナだった。

 

雲の中に黒い影が見えた。その大きさはこの飛行機よりずっと大きい。

 

 

ゴオオォォ!!

 

 

白い雲の中から現れたのは全長45メートル。全幅65メートルの超巨大軍用航空機。

 

 

富嶽(ふがく)……!?」

 

 

「母上! アレを知っているのですか!?」

 

 

「第二次世界大戦中に日本軍が計画した超大型戦略爆撃機よ! でも計画は中止となって幻の機体となっていたはず……!?」

 

 

その幻の機体が今、目の前にある。

 

富嶽はゆっくりと上昇し、自分たちが乗っている機体の横に並んだ。

 

 

「準備しろッ!!」

 

 

麗の警告に皆は一斉に銃を準備した。

 

 

ドガシャンッ!!

 

 

その瞬間、後方の部屋から何かが破壊される音が聞こえた。

 

 

「来るぞ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

サイオンが小さな声で呟いた瞬間、後方のドアがぶち破られた。

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

そのぶち破った者に四人は目を見開いて驚愕した。

 

 

 

 

 

「鬼……!?」

 

 

 

 

 

現れたのは鬼。鬼だった。

 

赤胴(しゃくどう)色の髪にツノが生えている。

 

赤色の和服を着た2メートル近い大柄女性。

 

 

(な、何だこの感じは……!?)

 

 

刻諒の体は震えていた。

 

この感覚は恐怖だ。相手が怖いとか強そうとか思ったからじゃない。

 

『強い』と『確信』したからだ。

 

絶対に勝てない。そう自分の体に教え込まれる。

 

 

「……ここに楢原はおらぬのか?」

 

 

「ッ……大樹さんを追っているのですか?」

 

 

ハスキーボイスで尋ねて来た鬼。ティナはもう一度問う。

 

 

「如何にも。我は、(えん)。第六天魔王・覇美(ハビ)の遣いぞ」

 

 

「二人とも下がりなさい。ここは私とサイオンがやるわ」

 

 

「日本の(オーガ)と言ったところか。中々骨のある奴みたいだな」

 

 

麗とサイオンが同時に構える。鬼を目の前にしても二人は全く動じていなかった。

 

 

「……いえ、私も戦います」

 

 

ティナの両手には既に汎用短機関銃UMPを握っていた。銃口は閻に向けている。

 

小さな女の子が戦おうとする姿を見た刻諒は覚悟を決めた。

 

 

「私も、戦う」

 

 

「やめなさいッ!!」

 

 

「「ッ」」

 

 

麗の大声に二人は驚く。

 

 

「あなたたちでは勝てないわ。私たちが()()()するからあの富嶽に乗り込み逃げなさい」

 

 

足止め。麗は勝てるとは言わなかったことに刻諒は全てを察した。

 

それだけ敵が強敵であることに。

 

 

「……行きましょう刻諒さん」

 

 

「ティナちゃん……」

 

 

「私たちでは……足手まといです……!」

 

 

ティナは下唇を噛みながら悔しそうにしていた。

 

まただっと刻諒は思う。

 

大樹が戦っているのに自分たちは何もできなかった。そのことに刻諒にも悔しい気持ちが込み上げて来た。

 

 

「違う……違うんだ」

 

 

刻諒は首を横に振る。

 

 

「足手まといなんかじゃない……自分ができることをすればいいんだ」

 

 

「自分の……できること?」

 

 

そうだ……そうだっと自分に言い聞かせる。

 

 

「必ずあるはずだ……自分にしかできないことが」

 

 

「……そんなこと」

 

 

「ある! 私たちにしかできないことが! 何もしない奴のほうがよっぽど足手まといだと私は思う!」

 

 

刻諒は椅子の下に隠していたレイピアを握り、引き抜いた。

 

 

「母上! 富嶽を撃ち落して来ますッ!!」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

「行きなさいッ!! 期待しているわッ!!」

 

 

麗は笑みを浮かべながら答えた。返って来た返事に刻諒も笑みを浮かべる。

 

 

(私にしか……できないこと)

 

 

ティナは思い出す。あの時、自分ができていたことを。

 

 

(……ある。私にも)

 

 

ティナは刻諒に続いて走り出す。

 

 

「刻諒さんッ! 私も行きますッ!」

 

 

「よしッ!!」

 

 

「覇美様に危険を及ばせるわけにはいかぬ」

 

 

閻は構え、窓から富嶽に飛び移ろうとする刻諒とティナに攻撃しようと仕掛ける。

 

 

「息子に手を出すなぁッ!!!」

 

 

ゴオォッ!!

 

 

風を纏った拳が閻の腹部に向かう。

 

 

(ふん)ッ!!」

 

 

ガシッ!!

 

 

だが閻はすぐに右手で受け止めた。

 

 

「なッ!?」

 

 

簡単に受け止められたことに麗は驚かずにはいられなかった。

 

 

ギギギッ……!

 

 

閻の握力が強くなり麗の表情が歪む。

 

 

「うぅ……!」

 

 

「ほう。簡単に握れぬ」

 

 

閻の力は恐ろしいモノだった。普通の人間の手なら粉々になっているだろう。

 

しかし、いくらロシア軍の最高指揮官だろうと鬼には勝てない。

 

手から嫌な音が聞こえて来る。

 

 

「余所を見するな」

 

 

動かずに動く体術で動き、一瞬で閻の背後を取った。

 

瞬間移動をしたような動きを見せたサイオンに閻は、

 

 

バシンッ!!

 

 

サイオンの拳の攻撃を簡単に左手で受け止めた。

 

 

(嘘でしょ!? 後ろも見らずに止めるなんて!?)

 

 

このことに一番驚いていたのは麗だった。

 

サイオンは麗と同じ失敗をしないように、閻が握る前に拳を引く。

 

 

(殺気を感じ取った? 違う。サイオンはそんなヘマはしないわ)

 

 

殺気を感じさせない攻撃。それはサイオンも一番大事でやってはいけないことだと分かっているはず。

 

だからそんな失敗はしない。

 

では、どうやって彼の攻撃を止めた?

 

 

「あなたッ……どうやって攻撃を見切ったのッ……?」

 

 

「ん? パッと来たから、グッと受け止めたのだ」

 

 

閻の返した言葉に麗の背筋は凍り付いた。

 

攻撃を受け止めたのは閻の本能だ。彼女の本能がサイオンの攻撃を察したのだ。

 

 

「……フン。頭の悪い解答だ。その覇美とやらもそう強くないだろうな」

 

 

「……覇美様を侮辱することは、天を侮辱するということ」

 

 

その時、閻の雰囲気が変わった。その閻から溢れる怒気に麗は青ざめる。

 

 

「サイオン!!」

 

 

()って()の閻、(なんじ)に———」

 

 

麗が叫んだ時には遅かった。

 

 

「———天誅(てんちゅう)を下すッ」

 

 

金色の目がまるで彼女の怒りを表した赤色に変わった。

 

そして、麗を掴んでいた手を放し、高速の右ストレートがサイオンに向かって繰り出される。

 

 

ゴオオオォォォッ!!

 

 

空気を震わせた音速の衝撃波と閻の超火力の拳がサイオンのクロスした腕に当たった。

 

 

パシッ

 

 

だが、サイオンの体は吹っ飛ばされなかった。

 

クロスした腕に閻の拳が当たった瞬間、サイオンは足を滑らせて衝撃を殺した。

 

滑らした足は閻の右横を通ろうとする。だが、

 

 

ゴオォッ!!

 

 

左の拳で追撃。サイオンの顔面を狙っていた。

 

 

「やはり遅いな」

 

 

シュンッ

 

 

サイオンは閻の左拳の上に手を乗せて逆立ちの状態になる。

 

 

ドゴッ!! ドゴッ!! ドゴンッ!!

 

 

一瞬の出来事だった。逆立ちの状態から右回し蹴り、左後ろ回し蹴り、右踵落としが閻の顔面に容赦無く叩きこまれた。

 

サイオンはそのまま閻の背後に着地し、後ろに跳んで閻から距離を取った。

 

 

「サイオン!!」

 

 

「心配するな。左足がやられただけだ」

 

 

隙を見て閻から距離を取っていた麗がサイオンの左足から流れた血を見て心配する。

 

サイオンが踵落としを繰り出した際に、閻はツノを使って反撃をしていたのだ。その証拠に閻の右ツノには血が付いている。

 

 

「どうした? 参られよ」

 

 

閻の挑発に麗は歯を食い縛る。

 

強い。サイオンの連撃を受けている閻は平気そうな顔をしている。そのことに麗は悔しがっていた。

 

 

「本当に足止めしかできないわね」

 

 

閻はゆっくりと構える。その姿に麗は恐怖を感じた。

 

 

 

________________________

 

 

 

飛行機の外から出るのは危険だと分かっている。しかし、ティナと刻諒はそんなことを気にしている暇は無かった。

 

強化ガラスの窓をレイピアの一閃で砕き、すぐに富嶽の直線テーパー翼に乗り移った。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

極寒の風が二人を吹き飛ばそうとする。ティナは短機関銃で翼に突き刺し、刻諒はレイピアを翼に突き刺して体を支えた。

 

そして、ゆっくりと移動し、翼上の中ほどに出入口のハッチがあった。

 

鍵はかかっていない。刻諒とティナは同時に侵入して、床に着地して警戒する。

 

 

「……敵はいないようだね」

 

 

「すぐに集まって来ます。動力室に急ぎましょう」

 

 

天井が低い通路を刻諒とティナはゆっくりと進む。

 

進んでいくにつれて天井も高くなり、毛糸の絨毯が敷かれた廊下が見えた瞬間、走り出した。

 

 

「あそこは操縦室のようですね」

 

 

「恐らく敵はそこにいる」

 

 

鬼が出て来た時点で操縦室にいる敵もきっと鬼のはず。ティナと刻諒の緊張感がさらに高まった。

 

 

「……目的はこの富嶽を落とすだけ。それ以上のことはしなくていい」

 

 

刻諒は遠回しに『強敵からは逃げる』と言っている。そのことはティナも分かっているので頷いた。

 

ドアの横に二人は立ち、銃とレイピアを構える。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

そして刻諒はドアを蹴り破り、ティナと一緒に操縦室へと入った。

 

操縦室は富嶽の胴体の上半分をほぼ丸々使った部屋だった。大広間だと言っても過言では無い。

 

 

「ッ……これは不味いな」

 

 

部屋に入った瞬間、二人の顔が真っ青になった。

 

操縦室には鬼がたくさんいた。その数は4人。いや、鬼の数え方は4匹になるのだろうか?

 

操縦席に2匹。大きな(かめ)に入っている1匹。そして尾翼側に設置された玉座に座った1匹。

 

 

「ん? 誰だ?」

 

 

玉座に座った小さい女の子の姿をした鬼がこちらに気付く。

 

頭のクセっ毛は赤銅色で、緋色のヒガンバナが一輪、飾られていた。赤色の和服に黒い帯と大きなリボンが付いた赤帯。そして頭部にはツノがある。

 

 

「今すぐ撤退してください! もうじきあなたたちの仲間は確保されます! 大人しく指示に従ってください!」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

その時、ティナの持っていた短機関銃が粉々に砕けた。

 

 

「くぅッ!!」

 

 

ティナの表情が歪む。刻諒は一拍遅れて全てを察した。

 

ティナは攻撃をただ受けただけじゃない。受け止めたのだ。

 

 

シュンッ!!

 

 

超スピードで動く鬼の攻撃を。

 

瞬間移動のように動き回る鬼。視界に捉えるのはティナでは無理だった。目を凝らしてもやっと見えるのは残像だけ。短機関銃で攻撃を受け止めれたのは偶然だと言ってもいい。

 

 

「ッ……そこかッ!!」

 

 

キンッ!!

 

 

刻諒の持ったレイピアの一閃が超スピードで動く鬼を捉えた。しかし、鬼は持っていた太刀———鬼丸拵(おにまるこしらえ)でレイピアを弾いた。

 

鬼はすぐに姿を消し、玉座に座った鬼の近くに移動する。そこでやっと鬼の正体が掴めた。

 

黒髪ロングの細身な鬼。黒留袖の花刺繍(ししゅう)入りの和服を着ていた。腰には鬼丸拵(おにまるこしらえ)の鞘が()いてある。

 

 

「覇美様。討伐ご下命を。此奴らの振る舞い、度を超しておりますゆえ」

 

 

「んー津羽鬼(つばき)が戦うのはあんまり見えない。覇美面白くない」

 

 

『覇美様』と呼ばれたのは玉座に座った小さい鬼のことだった。そのことに二人はギョッとしていた。

 

あんな小さな子どものような鬼が親玉。信じれるわけがない。

 

 

「ですがこのままでは奴らの好き放題になってしまいます」

 

 

「あー、それは嫌だ」

 

 

覇美は少し嫌な顔をして津羽鬼と呼ばれる黒髪の鬼に指示を出す。

 

 

「じゃあ、闘え」

 

 

「御意」

 

 

その瞬間、津羽鬼は姿を消した。

 

 

ゴオォッ!!

 

 

刻諒が気が付いた時には既に太刀の刃先が目の前まで迫っていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

刻諒は間一髪のところで顔を逸らして回避。すぐにレイピアを構えながら警戒する。

 

 

(速い……速過ぎる……!)

 

 

ツーっと頬から血が流れ出す。どうやら避けれたのはギリギリだったらしい。

 

刻諒が距離を取って前を向いた時にはまた津羽鬼の姿は見えなくなった。

 

 

「くッ!」

 

 

刻諒はキツい表情をする。目を素早く動かし津羽鬼を捉えようとする。

 

 

キンッ!! キンッ!! カキンッ!!

 

 

何度も津羽鬼の斬撃をレイピアで弾き、攻撃を避ける。しかし、刻諒の服はドンドンとボロボロになっていく。

 

完全に防いでいるわけじゃないことが一目で分かる。

 

 

(なんて速さだ!? こんなの大樹君じゃないと勝て———!)

 

 

続きの言葉は歯を食い縛って砕いた。

 

 

(違う! 私は大樹君じゃない!)

 

 

自分は大樹になれることはできない。どんなに真似が上手くても、彼には絶対になれない。

 

刻諒の真正面から津羽鬼が迫る。

 

 

(私は、安川 刻諒だッ!!)

 

 

自分は自分。そのことを改めて認識できたことに刻諒は決心がついた。

 

 

ダンッ!!

 

 

刻諒は津羽鬼に向かって足を踏み出し、迎え撃つ。

 

しかし、津羽鬼はそんな刻諒の姿を見て愚かだと思った。

 

津羽鬼は閻のように力は強くない。だが一般人の男性より遥かに強い力はある。

 

当て身だけで刻諒を気絶させることができる自信はあった。いや、確信できていた。

 

 

 

 

 

だから、その慢心が油断を生み出した。

 

 

 

 

 

ドンッ!!

 

 

鈍い音が響く。津羽鬼の当て身が刻諒の身体に見事に決まり、刻諒を吹き飛ばした。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ……!」

 

 

壁に叩きつけられた刻諒は血を吐き出し、意識が飛びそうになる。

 

鬼丸拵を握り絞め、トドメの一撃を津羽鬼は仕掛けようとする。

 

 

「私のッ……!」

 

 

刻諒は必死に声を出す。

 

 

「勝ちだッ……!」

 

 

 

 

 

津羽鬼の足元には閃光手榴弾(フラッシュ・グレネード)が落ちていた。

 

 

 

 

 

バンッ!!

 

 

手榴弾が爆発と共に閃光が目を潰す。津羽鬼はまともにくらってしまい、視界が真っ白になってしまった。

 

ティナは刻諒の行動を読んでいた。後ろを向き、目を手で完全に覆っていたので無傷。

 

すぐにティナは持っていた『シェンフィールド』を起動させ、ビットを飛ばす。

 

飛翔音もほとんどしない隠密性が高いビットは低飛行で操縦席へと向かう。

 

 

(コードを入力!)

 

 

入れたコードは『自爆』。爆発で操縦席ごと吹き飛ばし、この富嶽を落とす!

 

 

ザンッ!!

 

 

その時、何かが振るわれた音が聞こえた。

 

 

バギンッ!!

 

 

「え……?」

 

 

そして、『シェンフィールド』の通信が切断された。

 

ティナには何が起こったのか分からなかった。

 

 

「戦いの邪魔。目が痛い。もう、つまらない!」

 

 

「嘘……!?」

 

 

片手だけで700kgはある大斧を持った覇美が『シェンフィールド』を壊していた。そのことにティナは目を疑った。

 

怪力の枠を超えた力。これが鬼の大ボス、親玉の正体。

 

例え見た目が子どもであろうとも、この鬼は鬼の頂点に君臨している。

 

ティナの頭には二つの言葉しかなかった。『撤退』か『死』か。その二つの言葉しか。

 

 

(実力が違う……!)

 

 

閃光手榴弾(フラッシュ・グレネード)を食らった覇美は目を何度か擦るだけで全く痛そうにしていない。大斧は片手で回して遊べるほど。

 

勝てない。人間は鬼に勝てない。

 

ティナはゆっくりと刻諒の近くまで後退する。刻諒の顔色も悪い。ティナと同じ、勝てないと分かってしまったのだろう。

 

津羽鬼も回復し、鬼丸拵を握り絞める。狙いを定め、攻撃を仕掛けようとする。

 

 

ピピピッ!

 

 

その時、聞いたことのある音が操縦室に響いた。

 

 

「あなや! 何ぞ!」

 

 

(かめ)から顔だけ出していた鬼が上体を出す。4本腕の鬼だと分かった瞬間、驚愕したが、今はそれどころではない。

 

 

(この音は……航空機捕捉レーダー……?)

 

 

近くに別の航空機が飛んでいることを知らせるレーダーが鳴ったのだ。

 

甕に入った鬼が操縦席に指示を飛ばす。だが操縦席に座った鬼たちはワタワタと慌てていた。

 

 

(コン)!」

 

 

津羽鬼が名前を呼んだ。甕に入った鬼の名前は(コン)と言うらしい。

 

 

「襲撃!!」

 

 

(コン)が叫んだ時には遅かった。

 

 

バリンッ!!

 

 

操縦席のフロントガラスが破られ、何者かが侵入して来たのだ。

 

侵入して来た者は着地しても勢いを殺さず、床を滑る。

 

 

ダンッ!! ダンッ!! 

 

 

「お?」

 

 

「くッ!?」

 

 

侵入者は2発の銃弾を撃ち、覇美と津羽鬼の持っていた大斧と鬼丸拵を落とした。

 

それだけじゃない。侵入者は覇美、津羽鬼の順で横を通り、大斧を床に落とす前にクルクルと回転させて壁に向かって飛ばし、鬼丸拵は奪った。

 

 

ドスンッ!!

 

 

大きな音が響く。大斧が壁に豪快に突き刺さった。抜くのは一苦労しそうだ。

 

ティナと刻諒を守るように前に立った。

 

 

「ここからの相手は俺が受けるよ」

 

 

侵入者の姿にティナと刻諒は驚愕した。

 

東京武偵の男子制服を着ており、右手にはベレッタM92F。左手には奪った鬼丸拵。

 

 

(この人……強い……!)

 

 

強襲を仕掛けて強敵二人の相手の武器を封じ、さらには奪う。そしてティナと刻諒を守るベストポジションに滑り込んできた。一瞬でこんなことができる人が弱いわけがない。

 

だが、ティナは男の顔に何か引っかかる感覚を覚える。どこかで見たことのある顔だったからだ。

 

 

「君は……どうしてここに!?」

 

 

刻諒はティナと違った驚愕だった。まるで信じられないモノを見るかのような目だ。

 

 

「悲しいよ。愛らしい仔猫同士の喧嘩は見るに堪えない」

 

 

「………………………え?」

 

 

ティナは耳を疑った。

 

今、この男は何て言ったのだろうか? 歯の浮くような言葉を言ったような……気のせいだろうか?

 

 

「ハビ。泥棒の次は帰って来た大樹かい? 俺のことは飽きてしまったのか?」

 

 

気のせいではなかった!?

 

 

「うー、違う! 覇美、待っていた!」

 

 

覇美は侵入者に指を差す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キンジ! 覇美、ずっと探してた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キンジ……!?」

 

 

ティナは覇美の言った言葉に驚愕した。

 

大樹が探していた人物。ニュースでは死んだと告げられた人。

 

 

 

 

 

遠山 キンジがそこに立っていた。

 

 

 

 

 

「悪い子にはオシオキが少し必要だね。このまま戦わないって言うなら許してあげるよ」

 

 

キンジはベレッタを構えながら笑みを浮かべた。

 

 

「キンジ! ずっと戦いたかった! 閻ばかりズルい!」

 

 

「大丈夫だよ。閻には俺の弟と妹が相手をしてあげているから。今はキミだけだよ、ハビ」

 

 

覇美は壁に刺さった大斧を取りに行く。キンジはその様子を咎める様子は無く、許していた。

 

 

「そうそう。女性からモノを取り上げるのは趣味じゃない。これは返すね」

 

 

なんとキンジは奪った鬼丸拵を津羽鬼に向かって優しく投げた。津羽鬼はビックリした顔で受け取るが、すぐに怒った表情になる。

 

 

「閻姉様に何をした……!」

 

 

「安心して。絶対に殺さないって約束してあるから」

 

 

キンジは津羽鬼に優しく微笑みかける。津羽鬼の顔がさらに怒った表情になる。

 

 

「閻姉様が負けるわけがない!」

 

 

「それはどうかな?」

 

 

キンジは告げる。

 

 

「二人はずっと強いよ。キミたちよりね」

 

 

ウインクをするキンジ。ティナと刻諒は言葉を失った。

 

 

________________________

 

 

 

「これが兄貴が言っていた鬼か」

 

 

一人の男が閻を見ながら興味深そうに見ていた。

 

 

「お兄ちゃんは強敵だーって言っていたけど」

 

 

男の隣には一人の女性。女性も閻を見ていた。

 

 

「兄貴が倒せなかった奴を倒せたら俺は兄貴を超えたということか」

 

 

「でもお兄ちゃんは決着がつかなかったんでしょ?」

 

 

「小さいことは気にするな」

 

 

男性は戦闘化粧みたいなフェイスペインティングに彩られている。黒い服に防弾服のようなプロテクターを体の各所に付けている。

 

女性は半透明の赤いヴァイザーを掛けており、男性と同じように黒い服にプロテクターを装着していた。手には長い剣のようなモノが握られていた。『ような』と表現するのは普通の剣では無いからだ。蛍光ブルーの発光が(しのぎ)()の部分に筋のように見れた剣。まるで近未来科学の戦争で使われているような剣だった。

 

 

ダンッ!!

 

 

二人は同時に飛行機の窓に向かって飛んだ。

 

 

バリンッ!!

 

 

「「「!?」」」

 

 

突然の出来事に麗とサイオンは驚愕し、閻は襲撃して来た二人に向かって拳の連撃を放つ。

 

 

シュンッ シュンッ シュンッ

 

 

しかし、二人は閻の連撃をかわした。それどころか男性は、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

カウンターパンチを閻の顎にヒットさせていた。

 

閻はすぐに体制を立て直し、男性の手を噛みつこうとする。その噛む力はワニに匹敵する———優に2トンを超えている。

 

だが、

 

 

ドドドドドゴンッ!!

 

 

「ぬッ!?」

 

 

男性は高速の連撃を閻の体に叩きこんだ。その速さは肉眼では捉えられない。残像すら見落としてしまいそうな速度だった。

 

最後の一撃はグッと拳を握り、一番強い威力を発揮した。

 

さすがの閻もこれには表情を歪め、後ろに何歩か下がった。

 

 

「【流星《メテオ》】をまともくらっているのに立っていられるのか……確かに強いな」

 

 

男性は後ろに下がりながら距離を取って構える。

 

男性の攻撃に麗は驚いていた。

 

 

(あの鬼を圧倒している……!?)

 

 

サイオンは怪我をしていても互角に戦っていた。しかし、彼は圧倒しているのだ。

 

 

「……遠山? いや、誰だ?」

 

 

閻は不思議そうな表情で男性に問う。確かに男性は雰囲気が少しばかり遠山 キンジに似ている。

 

 

「ジーサードだ」

 

 

「……じーさーどか」

 

 

「発音が少しおかしいがまぁいい。かなめ。その二人をここから出せ。邪魔になる」

 

 

かなめはすぐに麗とサイオンに肩を貸してすぐに後ろへと一緒に下がる。だがそれを閻は許さない。

 

 

「逃がさぬッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

ダンッ!!

 

 

狙った獲物を逃がさない。閻はジーサードの横を高速で通り抜ける。狙いはかなめだ。

 

 

「非合理的ぃ」

 

 

パシンッ!!

 

 

突如閻の足にマフラーの形をした長い布状の物体が絡みついた。先端には槍のような刃が付いている。

 

閻はバランスを崩して倒れそうになるが、すぐに手を床に着いて転ばないようにした。

 

だが、

 

 

ザンッ!!

 

 

かなめが持っていた剣が青白く光り出し、光の斬撃を放った。

 

 

「ぐうッ!!」

 

 

三日月のような弧を描くように放たれた光の斬撃は閻の肩を斬り裂き、航空機の壁も引き裂いた。

 

 

シュウウゥゥ……!!

 

 

溶岩のように壁が溶けて白い煙をモクモクと出す。やがて外の極寒風に熱は冷やされ壁が崩れることは無かった。

 

閻はすぐに足に絡みついた布状の物体を掴んで破ろうとするが、

 

 

ヒュンッ

 

 

「浮いた……!?」

 

 

麗は目を疑った。なんと布状の物体は宙に浮き、飛び回り始めたのだ。

 

布状の物体はかなめの周りをスイスイと飛び回る。

 

 

「そうか。科学……先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)か」

 

 

サイオンが呟いた言葉に麗はハッとなる。

 

まだ研究所で開発されているレベルの新素材、新技術、新武器、新防具などなど。それらの新兵器は『先端科学兵装』と総称されている。

 

つまり、商品化どころか完成していない最先端の武器を使い手———それが彼らだ。

 

かなめの周りに浮いているのは『磁気推進繊盾(P・ファイバー)』と呼ばれ、とんでもなく扱いが難しい。なので不良品とされた次世代UAVとも呼ばれた。

 

だがかなめは違う。使いこなしている。それはかなめが最先端の武器を使い手だからだ。

 

 

「まさか彼らって…………!?」

 

 

「ああ。アメリカ(USA)のあの連中だ」

 

 

麗は信じられなかった。目の前にいる彼らが、『ジーサード・リーグ』だということに。

 

 

「おい。俺の獲物だぞ」

 

 

「キンゾーが逃がすのが悪いんだよ」

 

 

「おい馬鹿この状況でその名前で言うな」

 

 

ジーサード———もとい金三(きんぞう)が少し顔を赤くしていた。

 

ジーサードはゆっくりと片膝をつき、肩から血を流した閻に近づく。

 

 

「さぁかかって来な。兄貴をてこずらせた相手だ。強いんだろうな」

 

 

そう言ってジーサードは笑みを浮かべた。閻は気を引き締めて立ち上がる。

 

 

「覇美様に危害を加えよう者は天誅を下す」

 

 

「その覇美は今、兄貴とやりあっていることだぜ?」

 

 

「何ッ!?」

 

 

ジーサードの言葉に閻は焦った。

 

 

「もしかしたらもう兄貴が買っているかもしれねぇけどな」

 

 

「……愚かな」

 

 

だが、閻の焦りは覇美が危険に晒されたことではない。

 

 

「なんと早まった真似を……」

 

 

「……どういうことだ」

 

 

「分からぬのか? 覇美様に敵うものはいない」

 

 

閻は告げる。

 

 

 

 

 

「仮に(われ)(なな)()いても」

 

 

 

 

 

「……兄貴のやつ、わざと俺に当たりくじを引かせたな」

 

 

閻が言っていることはつまり、覇美は閻より七倍以上の力を持っているということ。

 

キンジはわざと閻が一番強いことを言い、自分は覇美と戦うように仕組んでいた。キンジは『(俺が今までに戦った鬼の中で)一番強い』と嘘は言っていないとかで言い訳するつもりだった。

 

 

「……かなめ。ソイツらをサジタリウスに連れて行け。俺はコイツをやる」

 

 

「えッ!? あなたの兄は助けなくていいの!?」

 

 

ジーサードの言った言葉に麗は心配する。どうしても黙っていられなかった。

 

 

「はァ?」

 

 

「え?」

 

 

ジーサードに『何言ってんだコイツ。馬鹿なのか?』みたいな顔をされた。

 

 

「兄貴の二つ名を知っているのか? 【(エネイブル)】だぞ? 知ってるだろ?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その二つ名に二人は驚愕した。

 

その二つ名は『今まで不可能だった事に()能の歴史を()える』という意味がある文字だ。

 

 

そう、歴史すら変えてしまう最強の男———遠山 キンジのことだからだ。

 

 

彼の噂は『飛んで来た弾丸を素手でUターンさせてみせた』や『ミサイルを殴って逸らしてみせた』などなど、死んだと報道される前から世界から目をつけられていた。

 

ちなみにロシアの上の方針は『機嫌を損ねないように大人しく関わらないでおこう』とチキンプレイだった。だが賢明な判断だと麗は改めて思う。

 

この鬼———閻よりさらに強い強敵と戦うキンジのことを聞いたから。

 

 

(というか生きているの!?)

 

 

一番大事なことに今更気付く麗。ショックだった。

 

ジーサードは首をポキポキと音を鳴らしながら閻を見る。

 

 

「手加減してやるから殺す気でかかってきな」

 

 

「我は殺生は好まぬ。地獄の鬼の仕事を増やしてしまうのでな。だが、汝は別よ」

 

 

閻は背中に背負っていた金棒・金剛(こんごう)六角(ろっかく)を右手に持った。

 

二人が会話をしているうちにかなめは麗とサイオンを部屋から一緒に出る。これでジーサードと閻だけとなった。

 

 

「汝のような面白い者、鬼籍に送れば向うも喜ぼう」

 

 

「ついに地獄からも俺を必要とするか」

 

 

閻の言った言葉が面白いのか、ジーサードは笑う。ジーサードは特に武器を出す素振りは無い。

 

 

「我が金棒・金剛六角が千人力の初撃———」

 

 

閻は金棒を振り上げ、

 

 

「———受けてみよッ」

 

 

超音速の衝撃波を纏った金棒がジーサードを襲った。

 

閻の一撃は金棒をコマの軸のように超高速でコークスクリューみたいな回転をかけたおかげで威力は飛躍している。まさに『鬼に金棒』とはこのこと。閻の拳の攻撃は格どころか次元が違った。

 

触れてもいないのにガラスが震え、小物や花瓶、照明が壊れた。衝撃波がどれだけ強いのかを物語っている。

 

ジーサードはその攻撃に対して、

 

 

「ハッ」

 

 

鼻で笑った。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

その瞬間、閻の視界が逆さまに反転した。

 

いや、閻の体が180°回転してしまったのだ。

 

ジーサードは閻の(ふところ)———死角に入りこみ、回し蹴りを繰り出した。

 

だがこの回し蹴りは攻撃の蹴りではない。本命は———

 

 

「【流星(メテオ)】」

 

 

———右手の拳だ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

鼓膜が破けるかのような鋭い音が響いた。

 

最高速度マッハ2という人間離れした速度で放たれた拳はがら空きになった閻の腹部に叩きこまれた。

 

閻はそのまま後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。壁には大きな亀裂が走った。

 

 

「ぐぅ……!」

 

 

苦痛で表情を歪める閻。同時にジーサードの強さに驚いていた。

 

ジーサードは手をポキポキと鳴らしながら閻に近づく。

 

 

「さて、今この機体はオート操縦で乗っているのは俺とお前だけだ。そしてこの機体は半壊してもう持たないだろう」

 

 

ジーサードは告げる。

 

 

「そろそろ壊しても、文句はねぇよな?」

 

 

 

________________________

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

隣で飛行していた高速移動旅客機が突如炎上した。かと思いきや次は爆発。そして墜落するのが富嶽の操縦室から見ることができた。

 

その場にいた全員が言葉を失う中、キンジは手を頭に当てながら言う。

 

 

「弟は少しヤンチャでね。大目に見てくれ」

 

 

果たして、それはヤンチャで済むレベルだろうか?

 

覇美は持っていた大斧を片手で持ち、キンジと向き合う。覇美は津羽鬼に邪魔をしないように言っているため、一応ティナと刻諒の安全は確保している。

 

対してキンジはなんと持っていたベレッタをホルスターに直した。

 

 

「? 使わないのか?」

 

 

「女の子に銃を向けるなんて真似はできないよ」

 

 

正気とは思わない言葉にティナは背筋が凍った。

 

 

(違う。使う必要性がないとあの人は分かっている)

 

 

鬼に銃は効かない。あの戦闘力からして簡単に推測できることだ。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

キンジに対抗心を燃やしたのか覇美も持っていた大斧を地面に置いた。重い音が部屋に響く。

 

 

「なら覇美も使わない。正々堂々、闘う!」

 

 

「……ところで少し昔の話だけど」

 

 

普通に覇美のことをスルーするキンジ。津羽鬼はまさしく鬼の形相でキンジを睨んでいた。

 

覇美は気にすること無くキンジの言葉に耳を傾ける。

 

 

極東戦役(FEW)の引き金を引いた本当の犯人を知っているかい?」

 

 

「……よく、分からぬ」

 

 

どうやら覇美はキンジの言った言葉にあまり理解していないようだ。

 

 

「じゃあ大樹を追っている理由は?」

 

 

「閻が強いって言ったから! 覇美が好きは、強い者!」

 

 

「ふぅ……大樹の女難の相はやっぱり大きいね」

 

 

それに関してはティナもウンウンと頷いた。

 

 

「ハビ。一つ賭けをしないか?」

 

 

「賭け?」

 

 

「俺が負けたら君のモノになろう。煮るなり焼くなり殺すなり、奴隷でもなろう」

 

 

だけどっとキンジは付け足す。

 

 

「俺が勝ったその時は、俺たちに協力してもらう」

 

 

「協力?」

 

 

「ようはハビは俺のモノになるってことだよ」

 

 

覇美はおお!っと内容を理解したようだ。

 

 

「やる! 覇美、自分を賭ける!」

 

 

「なら早く始めようか。ちょうど帰って来たみたいだしね」

 

 

キンジの言葉が言い終わった瞬間、操縦室のドアが開いた。

 

 

「お兄ちゃーん!」

 

 

「終わらせてきたぜ兄貴」

 

 

ドアを開けたのは、かなめとジーサード。二人は無傷かと思われたがジーサードの服は少し焦げていた。

 

 

「すまん兄貴。あいつら荷物の回収忘れてた」

 

 

「……まさか私の荷物が燃えたと言うことかね?」

 

 

「ああ、悪い」

 

 

刻諒の表情がさらに悪くなった。原因は出血ではない。精神である。

 

 

「閻はどうしたんだい?」

 

 

「いるぞ」

 

 

かなめとジーサードの後ろから閻がぬっと姿を現す。ジーサードと同じく服がボロボロで、肩には包帯が巻かれている。

 

 

「どうだった閻? 金三は強かっただろう」

 

 

「おいだからやめろ」

 

 

「金三……じーさーどでは無かったのだな。確かにキンゾーは見事であった」

 

 

「キンゾーの大勝利、だねッ!」

 

 

「よーく分かった。お前ら表に出ろ。今から一人一人に【桜星(メテオ)】を腹に叩きこんでやる。兄貴には特別に二発くれてやる」

 

 

「うー! 遅いッ!! 早く!」

 

 

全く始める様子を見せないキンジに覇美は怒った。

 

覇美は足を踏み込み腰を低くする。いつでもキンジに攻撃できるような体勢になった。

 

それを見たキンジも拳を握って構える。

 

 

「ハビがおいで」

 

 

先手を譲るキンジ。その瞬間、

 

 

ゴオォッ!!

 

 

 

 

 

覇美が消えた。

 

 

 

 

 

スパアアアアアァァァンッ!!

 

 

否。覇美はキンジに向かって攻撃を仕掛けただけだ。能力などは一切使用していない。

 

気が付けば覇美はキンジの腕と交差していた。キンジは覇美の攻撃を受け流しているようだった。

 

瞬間移動でもしたような速度。ありえない速さに誰もが唖然とする光景だった。

 

だがこの場合、覇美が凄いのではない。

 

 

 

 

 

その覇美の速度に対応した動きをしたキンジが一番凄いと言うこと。

 

 

 

 

 

「ごめん」

 

 

ダンッ!!

 

 

キンジのカウンター攻撃。覇美の虚を見事に突き、足を踏み出し覇美との距離をゼロにした。

 

右手の拳を握り、覇美に向かって叩きこむ。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

 

 

 

その速度は()()()()を超えた。

 

 

 

 

 

全身の筋骨を連動させて加速させる超音速の一撃。覇美の腹部に直撃した。

 

音が遅れて来ると同時に衝撃波で生まれた風が舞う。それだけキンジの攻撃は圧倒的に速く、最強だった。

 

キンジには本来腕だけで放つ【桜花(おうか)】という技がある。だが『腕』だけではなく、『全身』を使った【桜花】をキンジは使った。

 

肉体を【桜花(マッハ1)】に到達させるのに必要な速度のパス回数は4回。これを『つま先➡(かかと)➡膝➡骨盤』までで実現させる。右足でマッハ1。左足でマッハ1。合わせてマッハ2。

 

次に腰から脊柱のうち腰椎4骨、胸椎12骨を使って速度をパスし続ける。この時点で小計マッハ4を加算可能となる。

 

そして最後。『肩➡(ひじ)➡手首➡指』の右腕と左腕でマッハ2を足せば———!

 

 

(【8倍桜花】ッ……大樹を越えてしまいそうで怖いな)

 

 

キンジは心の中で苦笑いしていた。

 

周りの人と鬼は何が起こったのか理解できなかった。覇美が一瞬で消えて代わりにキンジが現れたことしか分からない。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

一拍遅れて壁から物凄い轟音が轟いた。まるで壁が爆発したかのような音。

 

そちらを見てみれば操縦室の壁が崩れ落ち、張り巡らされたパイプや配線がボロボロになって空洞ができてしまっていた。

 

 

「今……何が起きたのですか……!?」

 

 

ティナが震えた声で呟いた。この言葉はティナだけではない。ここにいるキンジ以外の全員が思っていることだった。

 

最強の鬼との勝負を一瞬で終わらせるありえない光景に誰も動けなかった。

 

 

________________________

 

 

現在時刻 午前2:00

 

 

ドドドドドッ!!!

 

 

「「「「Waaaaaaaaaait(待てやゴラァァァ)!!」」」」」

 

 

鬼の形相で俺たちを追いかける警察官たち。最近、鬼が多いこの頃。イカがお過ごしですか? スプラ〇ゥーンやってるって? 人気だなちくしょう。

 

まぁこっちも人気だ。追いかけているのがムサイ男じゃなければの話だがな!

 

ロンドン警視庁の廊下をリサを例の如くお姫抱っこ走り抜ける。おんぶは駄目だ。柔らかいのが当たるから。……じゃあ貧乳だったらおんぶするのかよって? ……こんなやましい男でごめんなさい。

 

とりあえずこんな状況になった理由を簡単に説明しよう!

 

1.警視庁に侵入(楽勝)

 

2.リサと手分けして手掛かりを探す。

 

3.カイザーの知り合いらしい人に出会う。

 

4.『頼んだ』とか『任せた』とか適当に返事を返す。

 

5.カイザーは中々身分が高い奴だから相手は後輩だと推測した。

 

 

6.最高責任者だった。

 

 

7.バレた。

 

8.連鎖的にリサもバレる。(主に俺のせい)

 

9.今。

 

ほーら、期待を裏切らない結果だろ? ホント、俺ってお馬鹿さん☆

 

 

「ご、ご主人様ぁ……!」

 

 

怖い警官に追いかけられ、涙目で俺に訴えかけるリサ。この小動物、お持ち帰りしたい。

 

 

「安心しろ。一般立入禁止書物庫の鍵は手に入れた。暗証番号の123桁も覚えているから後は問題ない」

 

 

俺はにッと笑顔を見せる。

 

リサは思った。この状況に全く動じない大樹はカッコイイと。

 

 

(何かフラグが立ったような気がするが気のせいだような? ……だよね?)

 

 

リサの頬が赤いのは疲れているからだよね? ねぇ何で俺の顔ばっか見てるの? ブサイクだよね? 自分で言ってて悲しいわ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ドアを蹴り飛ばし部屋に入る。中にいた警官たちが驚くが無視。俺は足に力を入れる。

 

 

パリンッ!!

 

 

窓を蹴り割り、飛び降りる。警官たちの驚きの声が遠くなる。

 

リサの抱き締める力が強くなる。俺はリサを抱えたまま壁を()()()

 

2階のコンクリート壁を3、4、5、6と壁を走りながら上へと上がっていく。

 

そして7階に到達した瞬間、開いていた窓から侵入する。部屋は会議室のような場所でテーブルと椅子、ホワイトボードしかなかった。

 

すぐに部屋を出て廊下を走り抜ける。この先が目的地だ。

 

 

「そこまでよ」

 

 

「ッ!?」

 

 

ザンッ!!

 

 

突如声が聞こえたと同時に上から(かま)のような刃が薙ぎ払われた。俺はリサを抱えたまま後ろに下がり回避する。

 

 

パンッ!! パンッ!! パンッ!!

 

 

「チッ!」

 

 

軽快な発砲音と共に銃弾が何発も飛んで来た。舌打ちをしながら体を逸らして銃弾を避ける。

 

そして、ここに来てやっと相手を見ることができた。

 

 

「ッ……テメェ……何のつもりだぁ……!」

 

 

長い髪の女性は大きな鎌を持っていた。ロングスカートのワンピースを着た絶世の美少女。

 

俺は知っている。この女を。

 

 

「悪いけど狩らせてもらうわよ」

 

 

そう言って鎌を構える。

 

 

 

 

 

遠山 キンジの兄であり、『カナ』が俺を敵として道を塞いでいた。

 

 

 

 

 





キンジの戦闘シーンは三回も書き直しました(笑)

どうしてもかっこよく見せたかったです。

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