どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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すいません。

言い訳になってしまいますが、ここ最近は用事があって忙しい状態です。投稿が遅れて申しわけありません。

逃走などはしないので、どうかこれからも、この小説をよろしくお願いします。



Scarlet Bullet 【獄鬼】

ミサイルの爆発でゴンドラは粉々に砕け散り、ガス袋が爆発した。

 

悪足掻きでミサイルが当たる直前、ゴンドラに備え付けられた椅子を蹴り飛ばし、ミサイルを爆発させたが無駄だったようだ。

 

爆風で俺たちの身体は簡単に空へと投げ出されてしまう。

 

 

「ヒルダッ!!」

 

 

「分かってるわッ!!」

 

 

俺が名前を呼ぶと、すぐにヒルダは背中の黒い蝙蝠(コウモリ)のような翼を広げた。空を飛び、足元から黒い影を伸ばして理子と夾竹桃を捕まえる。

 

 

刻諒(ときまさ)!! カツェ!!」

 

 

刻諒の貴族みたいなローブとカツェの魔女のローブを掴み、ヒルダの方に投げる。ヒルダは黒い影で二人を掴む。

 

その時、気付いた。

 

 

「ティナ!?」

 

 

ティナは気を失っており、俺より先にゴンドラの残骸と一緒に落下していた。あの爆風をまともに食らってしまったのだろう。

 

俺は残骸に足を乗せて、力を入れる。

 

 

ダンッ!!

 

 

残骸を砕きながら体を一直線に伸ばし、落下スピードを上げた。

 

 

「クソッ……このッ……!!」

 

 

ティナの腕を左手で掴むと同時にこちらに引き寄せる。ヒルダの方に投げようとするが、

 

 

「また来るぞッ!!」

 

 

「ッ!!」

 

 

刻諒の忠告に俺はティナを投げるのをやめて、右手でコルト・ガバメントを引き抜く。

 

上空から俺たちを狙い撃ちにしようとする戦闘機が高速で降下してくる。

 

 

(あまり舐めるなよッ!!)

 

 

ガガガガガッ!!

ドゴンッ!!

 

 

戦闘機の翼に取りつけられた機関銃―――航空機関砲とコルト・ガバメントの銃声が重なる。

 

こちらに向かって来る戦闘機の銃弾はこっちの銃弾より二倍以上も大きい。しかし、

 

 

ガチンッ!! ガチンッ!! ガチンッ!!

 

 

俺の撃った銃弾は何度も敵の銃弾を跳ね返り、

 

 

バギンッ!!

 

 

航空機関砲の銃口に入り、破壊した。

 

そして、こちらに向かって来る銃弾は体を捻らせ、全て回避。ティナにも当たっていない。

 

 

ゴオオオォォ!!

 

 

戦闘機は機関銃を無くしても、こちらに飛んで来ることはやめなかった。

 

 

「しつけぇ!!」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

バギンッ!!

 

 

コルト・ガバメントを発砲。二発の銃弾で戦闘機の操縦席のフロントガラスを貫いた。

 

 

「ッ!?」

 

 

そして、分かった。誰も操縦していないことに。

 

 

(遠隔操作……!)

 

 

機械的な動きだと思っていたが、本当に遠隔操作だったとは。

 

目の前まで迫って来た戦闘機に俺はティナを落とさないようにしっかりと抱き締める。

 

これはチャンスの可能性が残っているかもしれない。

 

 

「この野郎ッ!!」

 

 

ガンッ!!

 

 

戦闘機を蹴りで受け流し、戦闘機の割れたフロントガラスの中に入りこむ。

 

ここから遠隔操作を妨害し、俺のモノにすれば勝ちだ!

 

 

ゴォッ!!

 

 

(ッ……速度を上げやがった……!?)

 

 

中に入った途端、戦闘機は速度を上げて落下スピードを早くする。

 

体に(ジー)が掛かり、身動きが取れなくなる。

 

 

(ヤバい!? このままだと死ぬ!?)

 

 

戦闘機が墜落して死ぬ———ということより危ない状況に俺たちは立たされている。

 

これが遠隔操作で監視されていると分かった今、このまま戦闘機の速度をさらに上げられることは分かっている。このGが体に耐え切れない状態までされると、俺たちは確実に死ぬ。

 

さらに最悪な状況なことはフロントガラスが空いていることだ。自分で空けたとはいえ、豪風が俺たちの身体を凍らせる風になっている。

 

ティナを俺の体で隠し、寒さを避けさせる。そして、ゆっくりとGに逆らいながら腕を動かし、操縦桿を握り、上に引いてみる。

 

 

(やっぱり駄目か……!)

 

 

戦闘機は全く速度を落とさず、俺の操縦に反応することはなかった。遠隔操作されている時点で薄々気づいていたがな。

 

だが、このまま無様なまま引き下がる俺じゃない。

 

 

「お前が速度を最速に高めるのが先か……」

 

 

俺はズボンのポケットからアーミーナイフを取り出す。

 

 

「俺の解体が先か……勝負だ」

 

 

アーミーナイフに取りつけられた多種な小道具で戦闘機に取りつけられた部品を次々と素早く解体して行く。

 

相手はコンピュータ技術に強い人に違いない。戦闘機にハッキングした所でいたちごっこになるのは目に見えている。

 

ならば戦闘機を操作している核———機械装置を取り外すだけでいい。ハッキングしている回線自体を断ち切れば終わりだ。

 

 

(うッ……!?)

 

 

Gの負担が体に影響し始める。

 

視界が狭くなり白黒になってしまう———グレイアウトに落ちてしまった。色の配線がモノクロになり、色での識別ができなくなった。解体作業が遅くなってしまう。

 

それにしても戦闘機の速度は上がり過ぎている。地上まであとどのくらいだ?

 

……いや、見るのはやめよう。気が抜けてブラックアウトして目が見えなくなったら最悪ってモノじゃなくなる。

 

 

(……ッ!? あった!!)

 

 

戦闘機の操縦桿の下の床を剥がすと、戦闘機を操縦しているコンピュータを見つけた。

 

俺はすぐに解体し、コンピュータに内蔵されていた通信チップを抜き出した。

 

 

パキンッ

 

 

軽い音が鳴ると共にチップが粉々に砕ける。俺は急いで操縦桿を握り、速度を落とそうとする。

 

 

(ゆっくり落とせ……急にブレーキを掛けると死ぬぞ……!)

 

 

ここで急停止すれば反動で血が逆流し、死んでしまう。せっかく助かった命を無駄にすることはできない。

 

ゆっくりと……ゆっくりと操縦桿を上げて行く。ふわっとした感覚を何度か味わうが、問題はない。

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、Gが軽くなったおかげで白黒の世界に色が付き始める。外の風景が見える余裕ができた。

 

 

 

 

 

そして、ちょうど雪山の頂上が横に来ていることも確認できた。

 

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

外の風景に俺は驚愕し、顔を真っ青にした。

 

 

(クソッ!! この近くは雪山だったのかよ!?)

 

 

まだ余裕があるという考えが甘かった。もう既に敵の掌の上で踊らされていた。

 

戦闘機は諦めるしかない。俺は抱えていたティナをより一層強く抱きしめ、

 

 

ダンッ!!

 

 

戦闘機から脱出し、飛び降りた。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

戦闘機は一秒も経たずに雪山に激突し、爆発した。爆風が俺たちを襲う。

 

爆風に飛ばされ、雪山を転がる。幸いなことに雪は柔らかく、ダメージは全くなかった。

 

しかし、安堵の息をつく暇はなかった。

 

 

ゴゴゴゴゴッ……!!

 

 

(雪崩……!?)

 

 

落下して来たゴンドラの残骸。戦闘機の爆発。この二つのせいで雪山は揺れてしまい、

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

巨大な津波のように、雪崩が俺たちに降り注いだ。

 

足場の悪い雪が俺の逃げる足を遅くする。

 

 

「がぁッ……!?」

 

 

そして、雪の波に飲み込まれてしまった。

 

自然の脅威に、俺は抵抗することはできなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「………ぅん……?」

 

 

あまりの寒さに俺は目を覚ましてしまった。せっかくの寝心地が台無しだ。

 

上体だけ起こし、辺りを見渡す。そこは暗く、寒く、冷たかった。

 

 

「ッ!?」

 

 

そして、自分がどんな状況にあったのか整理がついた。

 

 

「ティナ!!」

 

 

自分のことより、この状況より、ティナが心配だった。俺は雪に埋もれていた体の雪を振り払い、立ち上がった。

 

ティナの名前を大声で呼んだ。

 

俺の声は低く響き渡り、ここが洞窟だということを認識させてくれた。

 

 

「どこだ……ティナ!!」

 

 

必死に辺りの雪をかき分け、ティナを探す。

 

その時、雪の中に赤い布が埋まっているのが見えた。

 

それが東京武偵の女子生徒が来ているスカートだと分かった瞬間、俺の顔は青ざめた。

 

 

「ティナ!? ティナ!!」

 

 

何度も名前を呼びながら雪を急いでかき分けると、目を瞑ったティナがそこに埋まっていた。

 

俺は急いでティナを抱き締め、体を温めるが、

 

 

(ッ……冷たすぎる!?)

 

 

肌の温度が氷のように冷たく、呼吸が全くできていなかった。

 

不味い……この状況は最悪すぎる……。

 

俺の体も恐怖で冷たくなってしまう。唇が震え、手が上手く動かない。

 

 

「ッ……!!」

 

 

思いっ切り下唇を噛み、手を強く握った。

 

違う。動け。今ここで何もしないのは駄目に決まっているだろうがッ!

 

背負っていたバッグを下ろし、俺は自分の着ていた制服を脱ぎ、ティナに着させる。

 

バッグから衣類を全て取り出し、ティナの体に巻き付ける。顔の肌以外は一切見えないくらい体に巻き付けた。

 

 

(使えるモノ……使えるモノ……!)

 

 

必死にバッグの中を探る。役に立つモノが欲しい。何でもいい。ティナの体を温めるなら何でもいいッ!!

 

しかし、バッグには携帯食料程度のモノしか入っていなかった。

 

 

「クソッ……!!」

 

 

俺はバッグを再び背負い、ティナをお姫様抱っこした。ティナの表情はやはり悪い。

 

このままここに留まるのは良くない。一刻も早く脱出しなければ……!

 

天井は硬い岩肌。背後は雪の山が道を塞いでいた。恐らくこの雪山の方から俺たちは流れたのだろう。

 

ここはどこなのか。全く分からない状態。

 

しかし、俺は洞窟の奥へと歩き出した。この奥が外へと繋がっていることを信じて。

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 12:00

 

 

もう1時間は彷徨っただろうか?

 

洞窟で風を肌に一切感じなかった。出口が無いせいだろうか?

 

何本もの分かれ道。何度も行き当たる行き止まり。薄暗い道は絶望へと向かっている錯覚に落とされそうになる。

 

ゴツゴツした地面が靴底を削る。天井から垂れ下がるつららが俺の行く手を邪魔する。

 

抱いたティナの体は冷たいまま。もしガストレア因子が無かったら今頃、凍死しているのかもれない。

 

 

『お前のせいだ』

 

 

邪黒鬼の声が頭の中で頭痛と一緒に響く。

 

ずっと頭の中で俺を責め続けている。

 

 

「……………」

 

 

だが、俺は何も言い返せない。いや、反論できなかったの間違いか。

 

俺がティナを連れて来なければこんな目に合わなかっただろうに。

 

……いつからだ?人に甘えだしたのは、頼り出したのは、任せだしたのは。

 

知っているはずなのに。自分が全てやらなきゃ誰も守れなくなってしまうことを。

 

 

「ッ……苦しい……!」

 

 

喉に何かが詰まったような感覚。何度か咳をすると、吐き気が一気に押し寄せてしまう。

 

その場にうずくまって吐いてしまおうかと思ったが、やめた。

 

 

(雪崩の時か……!)

 

 

口の中で鉄の味がしたからだ。雪崩のダメージはかなり大きかったようだ。

 

このまま吐いたら死んでしまうのではないだろうか?そんな馬鹿みたいなことが頭の中で過ぎってしまい、口に溜まった血を飲み込んでしまった。

 

その血は不味いとは思わなかった。逆に美味しいとも思わなかった。吸血鬼の力を封じられていても、自分は吸血鬼の力を持っていることは変わらないことを実感させる。

 

 

「……変わった、のか?」

 

 

その時、広い空洞に当たった。道より明るい場所だ。

 

天井には巨大な水晶が突き出しており、ガラスのように透明な色をしている。

 

水晶の真下には一つの人影———紅い影だ。

 

 

「やっと来たなぁ……あの男の言う通りだったな」

 

 

「ッ!?」

 

 

肌は紅く、黒髪の頭部に黄色い角が生えていた鬼。ボロボロの黒いズボン。巨大な金砕棒。左腕には黒い鎖―――その先には黒い鉄球が付いている。

 

そこにいるのは間違い無く、赤鬼だった。

 

 

「テメェ……!!」

 

 

大樹の体から黒い闇が溢れ出す。それを見た赤鬼は目を細める。

 

 

「堕ちかけている……いや、堕ちているかぁ……」

 

 

「意味の分からねぇこと言ってんじゃねぇぞ……!」

 

 

黒い闇は人型に形を変えて、大樹の背後に出現した。

 

人型の黒い闇は大樹に(ささや)く。

 

 

『俺に寄越せ。そうすれば救える』

 

 

大樹はゆっくりとティナを地面に降ろす。そして、ティナを庇うように前に立ち、ギフトカードを握った。

 

 

『そうだ……それでいい……』

 

 

「うるせぇよ」

 

 

バギッ!!

 

 

 

 

 

ギフトカードが粉々に砕けた。

 

 

 

 

 

大樹はギフトカードを握り潰し、壊したのだ。

 

 

『なッ!?』

 

 

目を疑う光景に黒い闇は驚愕する。

 

 

「うるせぇんだよおおおおおォォォ!!!」

 

 

怒りの咆哮と共に、大樹は黒い闇を右手で掴み取る。

 

 

『な、何をッ!?』

 

 

「テメェがいるから守れるモノも守れねぇんだよ!テメェが俺の力を封じているならこんな()()()()なんざいらねぇだろ!?」

 

 

『正気か!? それではお前の力は———』

 

 

「ああそうだよ!! 無くなるよな!? だから———!」

 

 

大樹は黒い闇を握りつぶす。

 

 

「———お前の力を寄越せよッ!!!」

 

 

『ッ!?』

 

 

「ッ!? よせッ!! 戻れなくなるぞ!?」

 

 

大樹の発言に赤鬼が焦る。

 

 

「戻れなくなる? 馬鹿を言うなよ。コイツは俺の力を封じているわけじゃねぇんだよ……コイツは自分のモノにしているんだ」

 

 

言っていること分かるか?っと大樹は付け足す。

 

 

「俺がコイツを取り込めば今まで奪われた力だけじゃない。コイツの力も手に入れることができるんだよ!!」

 

 

黒い闇の溢れ出す勢いが強くなる。粉々になったギフトカードが宙を舞い、黒い闇を吸い込んでいく。

 

バラバラになったギフトカードは元通りの形に戻り、ピッタリとくっついた。

 

大樹は乱暴にギフトカードを取ると、黒いギフトカードは光り出した。

 

 

「【(まも)り姫】!! 【名刀・斑鳩(いかるが)】!!」

 

 

二本の刀が出現し、両手に握った。刀の刀身は黒く、禍々しいオーラを纏っていた。

 

 

「【災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】!!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

背中から四つの黒い光の翼が広がる。翼から不吉な風が渦巻いていた。

 

 

「見せてやるよ……これが『力』だッ!!」

 

 

体から黒い闇が大樹を包み込む。

 

 

鬼神(きじん)よ………獄炎(ごくえん)の覇者となれ……」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

黒い闇は炎のように燃え盛った。

 

黒い獄炎から大樹が姿を現す。

 

 

「ッ!? 鬼を飲み込んだのか……!?」

 

 

背中の黒い光の翼は炎の翼に変わり、ユラユラと揺れていた。

 

手に持った刀の刀身は勢い良く黒い炎が燃え上がり、そこに刀という概念は存在しなくなっていた。

 

そして、一番変わったことは大樹自身だった。

 

 

 

 

 

大樹の頭部から黒い鬼の角が生えていた。

 

 

 

 

 

「なんてことを……!」

 

 

鬼のような姿になった大樹を見た赤鬼は思わず一歩後ろに下がってしまった。そのことに赤鬼は驚愕する。

 

 

(この俺が恐怖に……怖気づいた……!?)

 

 

「どこ見てんだよ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

気が付けば目の前に大樹が迫っていた。両手に持った黒い炎の刀で赤鬼の体を斬り裂こうとする。

 

 

「くッ!!」

 

 

金砕棒(かなさいぼう)を前に出し、大樹の攻撃が当たる前に防御する。

 

 

「【魔炎(まえん)双走(そうそう)炎焔(えんえん)】」

 

 

ゴォッ!!!

 

 

二本の刀の炎が金砕棒を避けるように分裂し、赤鬼の体に黒い炎が纏わりついた。

 

 

「がぁ!?」

 

 

灼熱の黒い炎が赤鬼の体を焼き尽くす。あまりの痛みに赤鬼ですら意識が飛びそうになる。

 

赤鬼は急いで後ろに跳び、大樹と距離を取った。

 

 

(何だこの力は……!?)

 

 

前と戦った時は明らかに違う。いや、これは―――!

 

 

「だからどこ見ているんだよ?」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「がはッ……!?」

 

 

赤鬼の後頭部に衝撃が走り、気が付けば地面に叩きつけられていた。

 

突然の出来事に赤鬼は状況を理解できなかった。

 

 

「どうしたどうしたどうしたッ!?その程度か赤鬼ッ!!」

 

 

ドゴッ!! ドゴッ!! ドゴッ!!

 

 

大樹が何度も赤鬼の顔を踏みつける。踏みつけるたびに地面のクレーターが大きくなる。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

最後は赤鬼の腹部を蹴り飛ばし、赤鬼を岩壁にぶつける。その衝撃は洞窟の壁に巨大な亀裂を作った。

 

亀裂はドンドン大きくなり、洞窟の天井を壊していく。

 

 

「チッ、洞窟が崩れ出したか。力も戻ったし逃げるか……」

 

 

「グアアアァァ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

壁にめり込んだ赤鬼が血塗れになりながらも、反撃しようと大樹の背後を取る。そして、金砕棒を大樹に向かって振るった。

 

 

「ぬるい」

 

 

ゴオォ!!

 

 

背中にある黒い炎の翼を羽ばたかせ、寝かせていたティナを抱きながら赤鬼の攻撃を回避する。

 

天井から落ちる岩を回避しながら飛び回る。赤鬼は狙いを定め、再び大樹に向かって攻撃を仕掛ける。

 

 

「一刀流式、【鬼の構え】!!」

 

 

金砕棒を前に突き出しながら大樹に向かって飛翔する。

 

 

「【獄紅(ごうこう)邪鬼(じゃき)】!!」

 

 

バシュッ!!

 

 

しかし、赤鬼の攻撃は大樹の両手に持った黒い炎の刀で簡単に止められた。

 

 

「もうお前如きに負けねぇよ……赤鬼」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

大樹が刀を押し返すと、赤鬼は地面に吹っ飛ばされてしまった。

 

 

「何度でも生き返る……そうだろ?」

 

 

背中の翼から何千も超える数の黒い剣が生み出される。

 

 

「もう俺は甘くねぇんだよ……人を守る為に俺は———」

 

 

大樹は右手を横に振るう。

 

 

 

 

 

「———殺すことに、もう躊躇(ためら)わない」

 

 

 

 

 

ゴオォッ!!

 

 

その瞬間、何千もの黒い剣が赤鬼に向かって飛んで行った。

 

 

「【魔炎・獄滅(ごうめつ)燦爛(さんらん)】」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

黒い炎が洞窟全体を焼き尽くし、闇の光が輝いた。

 

洞窟は崩れ落ち、水晶は赤鬼と共に、粉々に砕け散った。

 

 

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ドンッ!!

 

 

「何だこれは!? どうしてこんなことになった!?」

 

 

モニターを叩きながら怒鳴る白髪の男。薄汚れた白衣を握り絞め、姫羅を睨み付けた。

 

しかし、姫羅はモニターに映った大樹を見て言葉を失っていた。

 

 

「ええい! 今すぐモスクワに行った奴を追いかけろ! ロシア武偵を使っても構わん!」

 

 

「りょ、了解です!」

 

 

男の大声で指示に後ろに控えていた研究員が走って退室した。

 

 

(鬼を取り込んだ……? そんなことが普通ありえるのかい!?)

 

 

鬼に憑りつかれることはあったことを姫羅は知っている。しかし、自分に取り込むことは姫羅でも不可能なことだった。

 

鬼を自分の力の一つとする———鬼に力を貸して貰う『召喚』だけしか姫羅は知らない。

 

 

「鬼の力を取り込んだだと? だったら鬼の人格はどうなっている!?」

 

 

白髪の男が怒鳴りながらボサボサ頭を掻く。

 

 

「いや……違う」

 

 

姫羅が否定した時、男の掻く手が止まった。

 

 

「人格が一つに纏まったはずだよ。あの狂暴な攻撃をしているにも関わらず、女の子をしっかりと守っていた」

 

 

「……狂暴な性格を持つ邪黒鬼と楢原 大樹の人格が混ざった……ハッ、納得できないが可能性はありえるな」

 

 

白衣のポケットに両手を突っ込みながらモニターを見る。

 

 

「おぞましい姿だ……」

 

 

燃え上がる雪山の上上空には黒い炎を纏った鬼が飛んでいる。もう人間と呼ぶには無理があった。

 

 

(大樹……)

 

 

下唇を噛みながら大樹を見る。姫羅は変わり果てた大樹を見るに堪えられなかった。

 

 

「この引き金を引いたのはお前の鬼だよ姫羅。後処理は私の部下にさせる。お前はしばらく戦いに備えろ」

 

 

男はそう言って部屋を出た。

 

カツカツと白いタイルの床を歩きながら男は思考する。

 

 

(ガルペス様のモノにするには今の状態は最悪だ。鬼の力など不要)

 

 

白衣のポケットから小型の端末を取り出し、操作する。

 

 

(殺して神の力を取り出す……それしかないか……)

 

 

ピッと端末の画面を押すと『完了』のウインドが出現した。

 

 

「世界を敵に回すなど愚かな男よ……カッカッカッ」

 

 

「大変ですッ!!」

 

 

男が笑っていると、先程の研究員が走って戻って来た。

 

 

「何事だ?」

 

 

「対象者がモスクワに到着しました!」

 

 

「何?」

 

 

戦闘機で飛行船を落とした場所から早く見積もっても半日は掛かるはずだ。

 

 

(なるほど……その手に入れた『力』は相当なモノだったようだな)

 

 

あの距離を短時間で行くなど普通じゃありえない。力が覚醒していることを証明した。

 

 

「今はどこにいる?」

 

 

「大病院に立て()もっています。病人と医者や看護師は全員別病棟に避難させました」

 

 

「そんなことはどうでもいい。立て籠もっている病院にロシア武偵を投入……」

 

 

そこで男は言葉を切った。

 

 

「いや待て。サイオン・ボンドも呼べ。奴ならソ連の危機だと上に焚きつけて呼べばすぐに来るはずだ」

 

 

「彼はクリーヴランド公の王子であるハワード殿下の護衛任務にもう戻られるはずでは?」

 

 

「問題ない。そんな任務より絶対に奴はこっちを優先するはずだ。一日ロンドンに帰るのが遅れたとしてもな」

 

 

男はニタリと笑いながら自信を持って告げた。

 

イギリスが誇っている世界最強の外事諜報組織、英国情報局秘密情報部のMI6。世界中から恐れられている超武闘派集団。

 

悪党がイギリスに指一本でも触れないようものなら裁判抜きで殺して構わない、マーダー・ライセンス———『殺しの許可証』を持っているエリートだ。

 

 

(00セクションのナンバー7の奴に戦わせると面白い結果が出そうだ……!)

 

 

カッカッカッとまた男は高笑いした。

 

 

 

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【大樹視点】

 

 

 

「……あった」

 

 

引き出しを開けて目的の薬を次々とバッグに詰めている。

 

12階建ての大病院に入った瞬間、俺のことを知っているのか人々は悲鳴を上げて逃げだした。

 

既に荒れた4階のナースステーションを抜けた先にある薬剤庫で薬を盗んでいた。役に立ちそうなモノは全てバッグの中に整理して詰めている。

 

ティナはナースステーションの隣にある休憩室に寝かせている。低体温症になりかけていたが、体をゆっくりと温めてあげると呼吸は元通りになり、体温計で体温を測ると人の平均体温に戻っていた。これで後は休息を取らせればいい。

 

バッグに必要なモノを詰めた後、薄暗い薬剤庫から退室する。

 

 

「クソッ……ここにある薬だけじゃ作れねぇ……!」

 

 

苦悶の表情で病院の廊下を歩く。

 

最悪なことにティナは狙撃銃と荷物を戦闘機の襲撃時に無くしてしまった。そして、荷物の中に入れていたガストレア因子を抑える薬———浸食抑制剤も無くしてしまっている。

 

最後に打ったのは飛行船に乗っている時。時間は10時だったはずだ。しっかりと記憶してある。

 

必ず一日一回打たなければならない。タイムリミットは今日の夜の10時。現在時刻は午後3:00だ。

 

よって残り時間は7時間だ。

 

ここからまた雪山に戻ることも考えた。しかし、今戻るとしても、ティナを置いて行くわけにはいかない。ティナが目を覚ましてから話し合えばいい。

 

最悪、この赤いビー玉を壊してあの世界に帰ればいい。遠山のバタフライナイフよりティナの方が大事だ。

 

 

(しかし、それだとアリアが……)

 

 

ドクンッ……!

 

 

「ッ!?」

 

 

心臓が燃えるように熱くなり、頭がクラクラした。視界がグラグラと揺れ、思わず壁に寄りかかってしまう。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

呼吸が上手くできず、そのままズルズルと壁に寄り掛かったまま座り込んでしまう。

 

向かいの壁に備え付けられた鏡———自分が映った鏡を見る。

 

顔色は悪く、頭には角がついたままの自分がいた。

 

 

「ハッ……ざまぁねぇな俺……」

 

 

力を制御できず、力に押し潰された結果がこのざま。自嘲するが笑えない。笑う気力もない。

 

バッグの中に手を伸ばし、輸血パックを手に取る。

 

 

(これを飲んでしまえば……人間に戻れないような気がするな……)

 

 

吸血鬼の力を増幅させて回復すればまた歩けるようになる。しかし、こんな人間がやらないことをやるなんて……やっぱり狂っているよな。

 

……いや、戻れないとかそういう問題じゃない。

 

 

「そうか……俺は———」

 

 

輸血パックを乱暴に引き裂き、自分の口の中に入れた。

 

 

 

 

 

———化け物だった。

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

誰のかも分からない血で汚れた制服を脱ぎ捨て、クリーニングされた白衣とカッターシャツ。それからズボンを更衣室から盗み、着替えた。

 

バッグを持って雪崩の時に壊れた携帯電話をテーブルに投げ捨て、使えそうなモノは全て白衣の裏側に備え付けた。

 

休憩室に戻る前に、俺は四階のメインホールに(おもむ)く。

 

メインホールは広く、両サイドにある大きな窓が目立つ。テーブルと長椅子が置いてあり、正面は受付カウンターとなっている。

 

 

「誰だお前」

 

 

背後から忍び寄る男に、俺は振り向かずに言う。

 

 

「ほう。気配に気付いたのか」

 

 

「完全に殺したつもりか? その程度、俺は何十と見て来たし、それ以上も見て来た」

 

 

ゆっくりと顔だけ振り返ると、そこには五厘刈りにしたグレーの髪の男がいた。

 

青と緑の中間の色をした目。純血のイギリス人といった風情の男だった。

 

ダークグレーのスーツを着用し、俺を睨んでいる。

 

 

「私のことは知っているか?」

 

 

「……知る必要もない。失せろ」

 

 

「それはできない話だ」

 

 

その瞬間、大樹の目の前にはサイオンの左手の拳が既に迫っていた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ……!!」

 

 

 

 

 

そして、()()()()()()()()一気に空気が吐き出された。

 

 

 

 

 

「遅ぇんだよ……」

 

 

瞬間移動のような動きが見えた大樹。右手の拳がサイオンの腹部にめり込んでいる。

 

体のバランスを一切崩さず動く技。動かずに動く体術は簡単に見えてしまっていた。

 

こんな技、九重(ここのえ)師匠の忍術の動きのほうがよっぽど凄い。

 

 

「……チッ」

 

 

バキンッ!!

 

 

俺は左手で白刃取りして受け止めたナイフを折った。

 

 

「ただの武偵じゃないか」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い蹴りをサイオンの腹部に叩きこんだが、サイオンは表情一つも変えず、威力を受け流しながら俺と距離を取った。

 

 

「名乗っていなかったな。サイオン・ボンドだ」

 

 

「俺のことは知っているだろ。名乗らねぇよ」

 

 

「ニホンザルは礼儀がないのか?」

 

 

サイオンが再び構え、構えた状態のまま、こちらに向かって攻撃を仕掛ける。

 

 

ゴスッ!!

 

 

サイオンの回し蹴りが俺の横腹に直撃する。その威力は骨どころか内臓まで破壊してしまうぐらいの強烈な一撃を秘めていた。

 

 

「お前はその猿にボコボコにされるんだよ、クソッタレが」

 

 

しかし、普通じゃない俺には効かなかった。

 

回し蹴りを右手だけで受け止め、左手を握り絞める。

 

 

「死んでも、俺は知らねぇからな」

 

 

ドゴゴゴゴゴゴッ!!!

 

 

左手だけでサイオンの身体、顔、手足に拳を超スピードで叩きこみ続ける。

 

秒間50発を越えた連撃にサイオンの体はすぐにボロボロになった。

 

たった三秒。三秒だけサイオンは膝から崩れ落ち、その場に倒れた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ……マジで耐えやがったな」

 

 

そして、俺の鼻から血が流れた。

 

 

「右手を使ったのは遠山 金叉(こんざ)だけだった。しかし、この右手を使うのはお前で二回目だ」

 

 

「そうか。なら相当(なま)っているなその右手は」

 

 

サイオンが倒れたように見えただけ。その証拠に俺の目の前にはダークグレーのスーツがボロボロになっていながらもしっかりと立って構えている。

 

俺が鼻血を出しているのはカウンターを食らったからだ。チッ、油断していた。

 

 

「訛っている? その冗談は笑えないな」

 

 

「笑えるかどうか試してみろよ」

 

 

「後悔するなよ」

 

 

ダンッ!!

 

 

サイオンは一瞬で俺の背後に回り込み、右手の拳を俺の後頭部を狙う。

 

 

「だから甘いって言ってんだよ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

顔だけ振り返り、額でサイオンの拳を受け取める。

 

 

「ッ!?」

 

 

サイオンの表情がここでやっと変わった。

 

 

ダンッ!!

 

 

サイオンは衝撃を利用し、俺からまた距離を取る。驚愕したまま俺を見るサイオンの顔は滑稽(こっけい)だった。

 

 

「肩が脱臼(だっきゅう)しただろ? ニホンザルの頭は硬いんだよ」

 

 

「……………」

 

 

サイオンは黙ったままこちらを睨むだけだった。俺は無視して話しながらサイオンに向かって歩く。

 

 

「もう俺に誰も勝つことはできねぇんだよ」

 

 

ダラダラと額から流れる血を全く気にせず、

 

 

「もうお前に勝機はない」

 

 

ただ、ただ、サイオンに向かって歩く。

 

 

「ここで終わるしか、ねぇんだよ」

 

 

ダンッ!!

 

 

サイオンとの距離を一瞬で詰めて、右脚に力を入れた。

 

 

「失せろ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

右回し蹴りがサイオンの横腹に直撃。サイオンの体は長椅子やテーブルを壊しながら勢い良く吹っ飛ばされる。

 

背中から壁に激突し、サイオンは口から血を吐き出す。そのまま床に倒れ、気を失った。

 

 

「突入ッ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

その時、ホールのドアが一斉に蹴り飛ばされ、大勢の武装した男たちが入って来た。

 

全員銃口を俺に向けて、構えている。

 

 

「なッ!? サイオン・ボンドがやられている!?」

 

 

ロシア語でサイオンの倒れた姿を見て驚いている。どうやらロシアの警察か武偵のようだ。

 

 

Bорчливый(やかましいんだよ)

 

 

白衣からメスを取り出し、握り絞めた。

 

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 午後4:30

 

 

「……派手にやったわね」

 

 

煙草を口に咥えながら大病院の四階のホールを歩く一人の女性。軍人服を着て、上から毛皮のローブを羽織っており、綺麗な金髪の長い髪をなびかせていた。

 

ホール内は荒れており、武偵たちが倒れていた。銃には医療手術で使うメスが刺さっており、射撃できなくなるほど破壊されていた。

 

 

「トッキー。友達は良く考えて選んだ方が良いわよ」

 

 

「……………」

 

 

女性が後ろに声をかける。声をかけられた青年は真剣な表情で女性を見た。

 

 

「全く……あまり親を心配させるんじゃないわよ」

 

 

「……母上。彼は決して悪い人ではありません。それに彼を信頼している彼女たちに失礼です」

 

 

女性の言葉を注意した男。それは安川 刻諒(ときまさ)だった。

 

 

「それにトッキーはやめてください」

 

 

「いいじゃない。細かい事を気にする男は母さん嫌いよ」

 

 

刻諒の母は刻諒の頭を乱暴に撫でながら、後ろで待っていた3人の女性に視線を向ける。

 

理子、夾竹桃、カツェの三人だ。理子と夾竹桃は制服の上から灰色のコートを着ている。

 

 

「これは凄いメンツね。元イ・ウーのメンバーが三人……それに隠れても無駄よ」

 

 

ヒルダの存在にも気付いていたことに刻諒を除いた一同が驚愕する。

 

ゆっくりと刻諒の影からヒルダが姿を現す。高級そうな茶色いコートを着ている。

 

 

「……私の能力を見破っているわね」

 

 

「今までどれだけの超偵(ちょうてい)()り合って来たと思っている? あなたみたいな()は特に厄介だったけどもう敵じゃないわ」

 

 

咥えていた煙草を上下に揺らしながら余裕の表情を見せる。

 

ヒルダのおかげで無傷の状態で雪山に降り立つことはできた。しかし、大樹とティナ。二人とははぐれてしまい、捜索するも、全く見つけれなかった。

 

その時、ロシア陸軍のヘリが飛んで来た。中にいた兵が助けに来たと言った時には肝を冷やした。何かされるのではないかと。

 

しかし、どうやら何かされるようだ。

 

 

「……お前、何者だ」

 

 

声音を低くして警戒する理子。夾竹桃もカツェも警戒している。

 

 

「ロシア連邦軍の最高司令官の安川 (れい)だ」

 

 

「「「「ッ!?」」」」

 

 

麗の言葉に四人は言葉を失った。

 

約100万人で構成されたロシア軍の最も偉い人だと言うことに驚くことしかできなかった。

 

 

「単刀直入に告げる。先程上から連絡が入った。それに従い、今から息子を除いたお前たちと保護した少女の身柄は———」

 

 

麗の口から煙草が地面に落ちる。そして、それを踏み潰した。

 

 

「———ロシアの法で裁かれることになる」

 

 

カチャッ

 

 

一瞬の出来事だった。

 

麗は一瞬で理子たちの背後に回り込み、銃を向けたのだ。

 

 

「抵抗するなら少し、痛い目を見て貰う」

 

 

ガキンッ!!

 

 

しかし、麗は引き金を引くことはできなかった。

 

麗の持っていた拳銃は宙を舞い、一人の男が立っていた。

 

 

「母上。どういうおつもりですか」

 

 

刻諒だった。

 

レイピアを一瞬で抜刀。拳銃だけを弾き飛ばした。

 

その速さは閃光———【(フラト)】の名に相応しい光だった。

 

 

「こっちのセリフよバカ息子。この娘たちはたった今、アメリカから国際指名手配犯として正式発表があったわ」

 

 

「ッ!」

 

 

「あなたの名前は不思議なことになかったわ。運が良かったわね」

 

 

「……………」

 

 

刻諒は確信することができた。やはりアメリカに黒幕がいるということを。

 

しかし、この場で母を納得させる手段や証拠はない。

 

 

(……大樹君。君が行ったことは3つの間違いがある)

 

 

一つ。私たちを置いて行ったこと。これ以上、私たちを危険に晒さないために置いて行ったことだ。

 

二つ。ティナ・スプラウトを私たちに任せたこと。寝ているティナの横に手紙が置いて、私たちに任せるように伝言を残したこと。

 

そして、三つ目は……!

 

 

「世界を変えようと思う気持ちは、君だけじゃないということを知っていないことだッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

足を踏み込んだ瞬間、刻諒の速さは人間の常識を超えた。

 

麗の目の前まで一瞬。そして、何十の突きの連撃を麗に刺した。

 

 

「その程度じゃ永遠に勝てないわ」

 

 

しかし、全ての突きが回避された。

 

最小限の動き。横にユラユラと揺れるだけで刻諒の攻撃を全て避けた。

 

 

「なッ!?」

 

 

「国を背負ったこの重み、あなたには耐えきれるかしら?」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

麗の拳が刻諒の腹部にめり込んだ。爆弾が爆発したかのような大きな音がホールに響き渡る。

 

刻諒の体は床を転がりながら壁に吹っ飛ばされる。

 

背中から壁に当たり、一気に口から空気が抜けた。

 

 

「刻諒。ソイツは軍の人間をボコボコにした。イギリスが誇る最強の00セクションのナンバー7を殴り、喧嘩を売った」

 

 

麗はカツカツとヒールを鳴らしながら近づく。

 

 

「どうしてそこまでこだわる?」

 

 

「……父上を見捨てた母上には分からないでしょうね」

 

 

倒れた刻諒の言葉に麗は目を細める。

 

 

「父上は最後まで無罪を主張した。それにも関わらず、母上は父上を逮捕した……!」

 

 

「……犯罪者を特別扱いするわけにはいかない」

 

 

「違う……」

 

 

「何?」

 

 

「まず前提が違う! 父上は犯罪者ではない! あのお優しい目を見れば分かることでしょう!?」

 

 

刻諒は叫びながら立ち上がる。

 

 

「父上を愛していた母上が一番分かっているはずです!」

 

 

「……分からないな」

 

 

「ッ!」

 

 

ダンッ!!

 

 

刻諒は勢い良く踏み込み、再び麗に迫る。

 

何十もの連撃をもう一度繰り出すが、麗は簡単に避けてしまう。

 

 

「国と旦那。どちらを取るか、もう決まっている」

 

 

「そうです母上」

 

 

ピシッ……!

 

 

その時、毛皮のローブが毛が飛び散った。

 

 

「父上を取るのが当たり前です」

 

 

「ッ……!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

麗の蹴りが刻諒の腹部に直撃し、そのまま後方へと飛ばされる。

 

刻諒は空中で回転しながら体制を立て直し、床に着地する。

 

 

「この大バカ息子! 雪山で彷徨っていたお前たちを助けた恩をこのように返すなど……!」

 

 

「そ、それには感謝します……! しかし、私はここにいつまでもいるわけにはいかない……!」

 

 

刻諒はレイピアを構えながら告げる。

 

 

「私は母上のように後悔はしたくありません」

 

 

「……その覚悟は本物か」

 

 

麗は羽織っていた毛皮のローブを脱ぎ捨て、拳を握り絞めて構えた。

 

 

「息子がバカなのは、親の責任だ」

 

 

「親のバカを止めれなかったのは子どもの責任です」

 

 

「後悔するなよ……!」

 

 

ダンッ!!

 

 

麗が力強く踏み込んだ瞬間、床にヒビが入り、刻諒との距離を一気に詰めた。

 

 

(母上の戦闘スタイルは格闘だけ……!)

 

 

拳銃や武器はただの装飾品。持っているのが邪魔だと本人が言う程だ。

 

しかし、その格闘スタイルは神業の領域に達している。

 

 

ドゴオオオオオォォォン!!

 

 

刻諒が麗の拳を避けた瞬間、強い突風が吹き荒れた。

 

突風は刻諒の体を簡単に吹き飛ばし、天井に叩きつけた。

 

 

(風を巻き起こす拳……!)

 

 

回避不能攻撃(Unavoidable Attack)———風を巻き起こすほどの威力を秘めた強烈な一撃。

 

例え拳を避けたとしても、風の攻撃をくらう二重の構え。

 

 

(これが……ロシア最強の女性……!)

 

 

自分の母親だ。

 

 

「フッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

麗は天井に向かって蹴りを繰り出す。

 

蹴りと共に風が巻き起こり、天井が刻諒の体ごと破壊された。

 

 

「ごはッ!?」

 

 

「これでトドメよ」

 

 

麗が追撃の一撃———最後の一撃を仕掛けようとする。だが、

 

 

「ッ!?」

 

 

自分の足が動かないことに驚愕した。

 

 

(ワイヤー!? いつの間に!?)

 

 

自分の両足にはワイヤーがグルグルと巻きつけられ、動きを封じられていた。そして、

 

 

「かかったわ」

 

 

夾竹桃の言葉が合図となった。

 

 

バチバチッ!!

 

 

ヒルダは麗に向かって放電する。青白い光が麗を包み込む。

 

 

「舐めるな!!」

 

 

バチンッ!!

 

 

麗が腕を思いっ切り横に振るうと、電撃は弾け飛んで消えた。

 

ありえない光景にヒルダは驚愕———!

 

 

「これでいいかしら?」

 

 

「ッ!?」

 

 

驚愕しなかった。ヒルダは罠にかかったネズミを見るような目で麗を見ていた。

 

 

「手加減は不要ね」

 

 

その時、ワイヤーの先に理子が取り付けておいた小型爆弾が麗の上から降って来た。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

爆弾は爆発し、真っ赤な炎が麗を包み込む。

 

腕で顔を爆風から守る為に覆っていると、

 

 

ドゴッ!! ドゴッ!! ドゴッ!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

ヒルダ、理子、夾竹桃の順に腹部を殴られた様な衝撃が襲い掛かって来た。

 

三人はその衝撃で後ろに飛ばされて転がってしまう。

 

 

「一度に戦える人数は何人だ?」

 

 

炎の中から麗が歩いて来る。

 

 

「二人? 三人? 五人? 私は一度に———」

 

 

麗は告げる。

 

 

 

 

 

「———国の敵を一人で倒したことがある」

 

 

 

 

 

「あッ……!」

 

 

その時、その戦闘を見ていたカツェは思い出した。

 

過去———5年前にドイツがソ連に喧嘩を売った時に起きた最悪を。

 

ドイツ軍だけでなく、魔女連隊(レギメント・ヘクセ)の八代目、最強チームをたった一人で潰した悪魔。

 

ロシアが誇るの戦闘の女神と呼ばれた。名は———!

 

 

 

 

 

「【闘争の女神(ヴェイナム・ヴィーナス)】……!?」

 

 

 

 

 

彼女の二つ名を口にした。

 

麗はカツェの方に視線を移す。

 

 

「それは好きじゃないわ。それにドイツのことはもうどうでもいい」

 

 

「ッ!」

 

 

麗の興味なさげな態度に、カツェは下唇を噛んだ。

 

 

(……あたしの前の代を仇……)

 

 

それが、目の前にいる。

 

 

(魔女連隊(レギメント・ヘクセ)……九代目として……)

 

 

バシャンッ!!

 

 

タイルの床から水が吹き出し、巨大な人の形に変わる。

 

魔女帽子を深く被り直し、歩き出す。

 

 

「この戦争は、あたしが勝つ……!」

 

 

「何度やっても同じこと。私には———」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

その時、麗の背後から一発の銃弾が飛んで来た。

 

 

「———ッ!?」

 

 

死角———背後からの攻撃に麗はすぐに反応し、横に跳んでかわした。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「かはッ!?」

 

 

そして、腹部に衝撃が走った。

 

横に跳んだ瞬間、何者かに襲撃された。

 

麗は床を転がり、壁に激突する。

 

 

(今のはッ……!?)

 

 

反応できなかった速度に麗は驚愕した。

 

ゆっくりと立ち上がり、襲撃者を見る。

 

 

「知っていることを話してください。特に大樹さんがどこに行ったのか」

 

 

武偵制服の上から大樹の着ていた黒いコート。

 

プラチナブロンドの髪の少女———ティナ・スプラウトが立っていた。

 

 

「……ありえない力ね。あなた本当に人間かしら?」

 

 

「人間です」

 

 

カチャッ

 

 

ティナは拳銃を取り出し、銃口を麗に向けた。

 

 

「大樹さんが、言い続ける限り」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

拳銃の引き金と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 


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