どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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最近投稿が遅くて申し訳ないです。


Scarlet Bullet 【襲撃】

諸葛と話も終わり、休憩室に帰る。重かった足取りが少しだけ楽に……いや、まだ重いな。

 

とにかくこの血塗れになった制服を新しい制服に着替えないとな。

 

俺はドアを開けて中に入ると、

 

 

「やぁ大樹君。生き返ったよ」

 

 

「待て待て。死にかけたけど死んでないからなお前」

 

 

ゾンビになりたいのか刻諒(ときまさ)

 

体にグルグルと包帯を巻かれた刻諒が長椅子の上に立ち上がっていた。行儀悪いぞ。

 

他の人達は外にいるようで、ここには刻諒と俺だけだ。

 

 

「悪い……俺が弱いせいでお前を巻き込んでしまった」

 

 

「こんなことは百も承知で来たんだ。気にすることはないさ」

 

 

「……強いな、お前は」

 

 

「いや、私は弱いよ」

 

 

刻諒は目を細める。

 

 

「あの攻撃は手加減されたモノだ。私はその手加減で死にかけてしまった」

 

 

「手加減?」

 

 

「彼女の太刀筋は見える速度だった。私が庇うことができたのは、彼女が手加減していたからなんだよ」

 

 

刻諒の言っていることは否定できるモノじゃなかった。刻諒でも見える太刀筋は確かに手加減している。音速を越えた速さで斬ることができる姫羅にとって、その速さはおかしい。

 

 

「……これからどうするつもりなんだい?」

 

 

「予定通りロシアに行く。首都モスクワまで飛行船に乗せて貰うつもりだ」

 

 

「そうか」

 

 

刻諒は長椅子の上に置かれていた貴族みたいなローブを包帯が巻かれた体の上から羽織る。

 

 

「私も行こう」

 

 

「はぁッ!?」

 

 

刻諒はレイピアを腰に装着し、長椅子の上から降りる。そんな刻諒の行動と発言に俺は驚く。

 

 

「お前、自分の体がどうなっているのか分かっているのか!?」

 

 

「もう大丈夫だ。足手まといにはならないよ」

 

 

「そういう問題じゃ―――!」

 

 

「私は理不尽なことが一番嫌いなのだよ」

 

 

刻諒は真剣な声音で俺の声に被せてきた。俺は黙ってしまう。

 

 

「罪のない人間が牢に入る。罪のない人間が処刑される。君も嫌いなはずだ」

 

 

「……確かにそれは嫌だが……その話に何が関係している?」

 

 

「神崎 かなえ」

 

 

「ッ!?」

 

 

突如刻諒の口から出た名前に俺は息を飲んだ。

 

 

「神崎・H・アリアの母だ。彼女は懲役864年という絶対にありえない刑を知った時は恐ろしくなったよ」

 

 

「……どこまで知ってんだよ」

 

 

「君が助けた情報までは持っているよ。とんでもない証拠物を出して裁判するまでもないほど警察を追い込んだらしいね」

 

 

追い込んだのかよシャーロック。

 

 

「私は君と会った時、これが最初で最後のチャンスだと確信した。誰も救うことの出来なかった彼女を救い出した君が、また理不尽な世界に潰されようとしている」

 

 

刻諒は告げる。

 

 

「だから、今度は助けようと思っていたのだ。何もできなかった私たち武偵の代表として、この安川 刻諒が助太刀しようと」

 

 

刻諒の言葉に俺は目を見開いて驚いていた。

 

一切の迷いがない瞳。彼が最強のSランクである理由が分かったような気がした。

 

自分とは違う。立派な人だった。

 

だから、その強さに嫉妬してしまう。

 

 

「どうして、お前はそこまで強くなれる……」

 

 

「強くなるのに理由に、難しい説明は不要だよ」

 

 

刻諒は優しく微笑みながら言う。

 

 

「自分自身が一番分かっているはずだから」

 

 

優しい笑みの中には強い意志が隠れているように見えた。

 

 

 

________________________

 

 

2月8日

 

現在時刻 16:00

 

 

諸葛が用意した飛行船は大きかった。

 

機体の大部分を占めるガス袋の大きさはなんと70メートル。ゴンドラは10メートルもあった。普通はこんなに大きくないはずだ。

 

しかもスピードが思った以上に出ているし、高スペックと来た。非の打ち所がない。

 

ゴンドラの中は座る席が10個並んでおり、設備に無駄はないシンプルな内装だ。

 

飛行船を操縦するのは俺だが、基本はオート操縦に任せているので前を見ているだけである。

 

隣では副操縦士がいないといけないが、別に一人でできるのでティナが座っている。

 

後部座席には理子と夾竹桃。その後ろにはヒルダと刻諒。最後の組み合わせがあっていないな。

 

 

「後ろに行かないのか?」

 

 

「はい。ここがいいです」

 

 

ティナは外を見ながら答える。俺はスイッチをいじりながら話しかける。

 

 

「……悪い。あんなことを言っちまって」

 

 

「……いえ、気にしてません」

 

 

『行けって言ってんだろ!!足手まといだ!!』

 

 

「本当のことです。仕方ありません」

 

 

「そういう問題じゃねぇだろ。俺は―――」

 

 

「それよりも、私は心配です」

 

 

ティナはこちらを向く。

 

 

「また、大樹さんがあんな姿になったことが」

 

 

「……………」

 

 

俺は何も答えれなかった。

 

黙った俺を見たティナは俺の服の裾を握る。

 

 

「どうして何も言ってくれないのですか……」

 

 

「……俺はすぐに()まれてしまった。原因は弱かった……俺の心が弱かったせいだ」

 

 

下を向きながら小さな声で答える。

 

 

「俺はやっぱりあの時……失った時からずっと弱いままだ。成長できない雑魚なんだよ」

 

 

ギュッと目を強く(つぶ)る。悔しい気持ちを抑えるが、先に手が震えてしまう。悔しさより恐怖が俺の体を(むしば)む。

 

 

「このままだと俺は大切な人を守れない。だけど、アイツの力を借りて分かった。アイツの戦い―――『殺し』を知った戦い方が強い事を証明しやがった」

 

 

「当たり前よ」

 

 

その時、後ろの席に座って盗み聞きしていた夾竹桃(きょうちくとう)が話に入り込んできた。俺とティナの間から顔を出す。

 

 

「殺意を持った銃弾は狙いが良く定まり、殺意を持った斬撃は威力を上げる」

 

 

でもねっと夾竹桃は付けたし告げる。

 

 

「あなたにそんな戦い方はして欲しくないわ」

 

 

「……例えそれが大切な人を守れなくてもか?」

 

 

「それは違うよだいちゃん」

 

 

俺の両肩に手が置かれる。置いたのは理子だ。

 

 

「大切な人を守る為に、そういう戦い方をするんだよ」

 

 

「……それはどういう意味―――」

 

 

ピピピッ!

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

その時、飛行船の航空機捕捉レーダーが反応した。近くに航空機は飛んでいないはずだが……!?

 

 

「右……って出てるが……」

 

 

ゴンドラの窓から外を覗くが、見えるのは青い空と絨毯(じゅうたん)のように広がる白い雲だけ。

 

 

「どこにもいないじゃないの」

 

 

ゴシック&ロリータに着替えたヒルダが飛行船を探すが、見つけれないせいで機嫌を損ねている。

 

 

「……ッ!」

 

 

俺は気付いた。白い雲がだんだんと黒くなっていることに。

 

黒くなるにつれて他の人も気付いたようだ。

 

 

「雲の中か!!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

刻諒が叫ぶと同時に、雲の中から銀灰(ぎんかい)(しょく)の飛行機が姿を現す。

 

 

ピピピピピッ!!

 

 

次々と増える敵機。俺は苦笑いで答える。

 

 

「10機だってよ」

 

 

気が付けば囲まれていた。左も前も、そして後ろもいる。

 

 

「……これって敵なのかしら?」

 

 

「まぁこの流れは―――」

 

 

夾竹桃の質問に答えようとしたが、その前に銀灰色の飛行機の窓が開いてしまった。窓から軍事服を着た女の人が銃を持って、銃口をこちらに向けている。

 

 

「―――敵だよな」

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

一斉に短機関銃『PP―19 Bizon』の銃口から銃弾がこちらに向かって放たれる。思いっ切りロシア製の銃だぞアレ。

 

 

『私たちがあなたがたをロシアに連れて行きましょう。無論、身の安全は保証します』

 

 

諸葛の言っていることが全く違うんだが。モスクワまで半分以上あるぞ。

 

 

バリバリンッ!!

 

 

ガラスの窓が粉々に砕け散り、ガラスの破片と銃弾が部屋の中に入って来る。

 

この飛行船の骨組みとなっている金属は通常の金属より硬く、ガス袋も硬度が強い。銃弾程度なら一時は凌げるので、心配するのはゴンドラだけだ。

 

しかし、もう一つ心配なのはむき出しになったプロペラや銃弾より強い攻撃だ。プロペラは失ったらこの飛行船はただの空飛ぶガラクタだ。

 

俺たち椅子などの後ろに身を隠す。

 

 

「この距離だと俺の拳銃は届かない。ティナの狙撃ライフルだけが唯一の攻撃手段だ」

 

 

アサルトライフルを誰も持っていないことに俺は失敗したことを後悔する。だが今は後悔している場合じゃない。

 

 

「ですがそれでは……」

 

 

「分かってる。この銃弾の嵐の中はちょっと無理があるよな」

 

 

敵を狙うまでに撃たれてしまう。すでに先手は打たれてしまっているのだから。

 

俺は立ち上がる。全ての銃口が俺に向けられる。

 

 

「俺が隙を作る」

 

 

俺は右腰に差さった刀を引き抜く。

 

音速のスピードで敵の飛行機。約500メートル先に乗り移ることは可能だが、あまり強く踏み込むと反動でこの飛行船が危ない。

 

窓から軽く飛び、相手に銃弾を撃たせるように挑発する。

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

そしてまた一斉に射撃される。弾丸が俺に向かって飛んでくるのがスローモーションで分かる。だからできた。

 

 

ダダダダダッ!!

 

 

 

 

 

敵の()()()()()()次々と移動することが。

 

 

 

 

 

「邪魔するぜ」

 

 

大樹は飛行機の翼に片膝を着いて着地する。右手に持った刀を両手で持つ。

 

銃弾を足場にして音速で移動するというありえない芸当を見た敵はいない。唯一この光景を見れたのは刻諒とティナだけだ。

 

 

「じゅ、銃弾を足場にして移動なんて……!?」

 

 

「に、人間じゃないですよ……」

 

 

その報告に理子と夾竹桃は特に驚く様子は見せなかった。ただヒルダだけが耳を疑っていた。

 

敵は目を見開いて驚愕した。気が付けば翼の上には一人の男がいたので当然だ。

 

 

ザンッ!!

ドゴオオオオオォォォンッ!!

 

 

飛行機の右翼を刀で一刀両断。翼は爆発し、徐々に飛行機は降下し始める。破壊して殺す必要はない。撤退させるようなダメージを与えるだけでいい。

 

 

ダンッ!!

 

 

強く踏み込み、隣の飛行機へと音速で飛び移る。そして、刀を振り回す。

 

 

ザンッ!!

ドゴオオオオオォォォンッ!!

 

 

左翼を粉々に切り刻み、爆発させる。ここまで来れば後は楽勝だ。

 

次々と敵の飛行機の翼を流れるように破壊していく。敵の銃弾が飛んで来るが、簡単に避けれてしまう。

 

ティナたちも加勢して敵の飛行機を落とそうとしている。これなら問題なさそうだな。

 

最後の飛行機の左翼に着地した時、

 

 

Es ist ein Dämon-König zufällig ein Rand(いい加減にしろよ【魔王】)!!」

 

 

っとドイツ語で怒られてしまった。ってドイツ語?

 

最後の飛行機の上には一人の少女が右翼の上に立っていた。

 

(つば)広の黒いトンガリ帽子。漆黒のローブに右目には臙脂(えんじ)色の眼帯。眼帯には逆(まんじ)形を傾けたマークが描かれている。そして肩には大鳥(おおがらす)を乗せている。

 

その姿はまるで魔女。いや、彼女は魔女なのだ。

 

 

「……理解したぜ。お前が【厄水(やくすい)の魔女】だな」

 

 

「その頭の回転の速さ……やっぱりお前が楢原だな」

 

 

【厄水の魔女】の名前はカツェ=グラッセ。

 

宣戦会議(バンディーレ)では眷属(グレナダ)に入った師団(ディーン)の敵だ。魔女連隊(レギメント・ヘクセ)の9代目連隊長をしていると諸葛から聞かされていた。

 

 

(ロシアじゃなくてドイツかよ……)

 

 

あの眼帯のマーク。欧州の歴史上、最も忌まわしきマーク、旧ナチス・ドイツの、ハーケンクロイツじゃねぇか。

 

カツェは金メッキが施された拳銃―――ルガーP08の銃口を俺に向ける。

 

 

勝利万歳(ジーク・ハイル)!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

銃の引き金が引かれ、俺の眉間に向かって銃弾が飛んで来るが、

 

 

ザンッ!!

 

 

銃弾を下から斬り上げ、銃弾を弾き斬る。当たるわけねぇだろ。

 

 

あーあ(プウー)、やっぱり駄目だな。コイツ、遠山と同じだ」

 

 

「……遠山を知っているようだな」

 

 

「ああ、ちゃんと知っているぜ」

 

 

カツェはニタリと可愛らしく笑う。

 

 

「だけど、あたしの口は堅いぜ?」

 

 

「頭も堅そうだけどな」

 

 

しかし、そんな可愛い笑顔は俺に通じない。

 

 

「……先に逝ってろ」

 

 

ザパァッ!!

 

 

カツェが右手を横に振るうと、飛行機の窓から水が流れ出した。

 

水は生き物のようにウネウネと動き、スライムのような物体が俺を囲む。確か『厄水(やくすい)(ぎょう)』という奴だったな。

 

魔術で自在に水を操れると言ったが……これはヤバいな。

 

 

「まさか油を操るとはな……」

 

 

鼻に嫌な匂いが刺激する。原油かよ。

 

 

「おっと、無暗に攻撃するなよ?吹っ飛ぶぞ?」

 

 

俺の刀が金属とぶつかった時に火花を散らしたらドカーン。それが狙いだろう。

 

 

「俺はそのくらいじゃ死なねぇよ」

 

 

「……だったらお仲間はどうだ?」

 

 

カツェの言葉に俺はハッとなった。

 

気付かなかった。この飛行機と俺たちの飛行船との距離がもう10メートルもないことに。

 

カツェの部下が絶え間なく銃を乱射するせいでティナたちは反撃できていない。

 

 

「いつの間に近づいていやがった……!」

 

 

「ゆっくりとバレないようにするのはキツかったぜ?牽制の銃弾も受け取ってくれたおけだな」

 

 

してやられたな。全部罠だったというわけか。

 

このまま爆発させても俺たちの方に被害が出てしまう。ティナたちも状況を察したのか撃とうしない。

 

 

「だけど」

 

 

俺は刀を鞘に収める。

 

 

「そんな甘ちゃんな水、俺には効かねぇよ」

 

 

「だったら証明してみろ!」

 

 

スライムが一斉に俺に襲い掛かって来る。アレに飲み込まれたら最悪だな。水に飲み込まれるよりヤバい。

 

 

ゴォッ!!

 

 

その時、カツェの横を何かが横切った。

 

 

コツッ……

 

 

そして、背中に何かが当てられた。

 

 

「お前じゃ、絶対に勝てない」

 

 

「ッ……なにッ……!?」

 

 

スライムに囲まれていたはずの大樹は消え、いつの間にかカツェの後ろにいた。大樹は刀の柄をカツェの背中に当てている。

 

息を飲む暇すら無かった。カツェの背中に嫌な汗が流れる。

 

 

「今すぐ軍を引け。そうしたらこの飛行機だけは見逃してやる」

 

 

「クッ……絶対にブッ殺すからな」

 

 

「女の子が物騒な言葉を使うんじゃねぇよ」

 

 

カツェは持っていた拳銃をしまう。俺も刀の柄をカツェから離す。

 

その時、カツェの肩に乗っていたカラスが俺の目をくちばしで突いて来た。

 

 

「痛ぇッ!?」

 

 

「だからお前も遠山と同じように甘いんだよ!」

 

 

カツェはすぐに柏葉(かしわば)の彫刻とダイヤモンドで飾られた短剣を取り出し、俺の腹部に向かって突いて来た。

 

 

「ッ!!」

 

 

しかし、ギリギリのところで俺はカツェの腕を掴み、ナイフの動きを止めさせる。

 

 

「エドガー!!」

 

 

その時、カツェが叫んだ。

 

カラスが羽を羽ばたかせて飛ぶ。俺の顔に向かって。

 

 

「こいつッ」

 

 

俺はカツェの腕を引いて回避しようと試みるが、

 

 

(ッ!?……駄目だッ!!)

 

 

ドンッ!!

 

 

カツェを前に向かって突き離す。カツェとの距離は大きく開き、尻もちを着く。

 

 

ドシュッ!!

 

 

カラスの足の爪が俺の左目を斬り裂いた。血が弾け飛ぶが、俺はカラスの足を乱暴に掴む。

 

 

「こっちに来るなッ!!」

 

 

カラスをそのままカツェに向かって投げる。カラスはカツェの胸に叩きつけられる。

 

 

「エドガーッ!?」

 

 

乱暴にされたカラスを抱き締めながらカツェが名前を呼ぶ。彼女にとってカラスは大事なのだろう。

 

 

ガゴンッ!!

 

 

その時、俺たちの飛行船の残骸の一部が飛行機の装甲に落ちて来た。最初に受けた襲撃のせいだ。

 

ボルトの形をした金属は飛行機の装甲の上に落下する。

 

 

(俺が一番甘いな……)

 

 

そして、ボルトが俺の足元の飛行機の装甲に当たった瞬間、火花を散らした。

 

 

 

 

 

近くに一歩間違えば爆弾となる原油のスライムがいるにも関わらず。

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

爆発音が響くと同時に獄炎が舞い上がる。爆風の衝撃は敵の飛行機と飛行船を大きく揺らす。

 

飛行機の中から女性の悲鳴が響き渡る。飛行船から俺の名前を叫ぶ声も聞こえた。

 

カツェの体は衝撃で吹き飛ばされ、飛行機の装甲を転がる。

 

 

「あッ……!?」

 

 

そして、カツェの体は空へと投げ出された。

 

 

「こんのおおおおおッ!!」

 

 

ガシッ

 

 

「ッ!?」

 

 

しかし、カツェの体は落ちなかった。

 

 

「だから言っただろ……死なねぇってよ」

 

 

 

 

 

大樹がカツェのローブを掴んでいたからだ。

 

 

 

 

 

「お前……!」

 

 

閉じた左目から血が流れ、所々焦げた制服。ローブを握った手は痛々しい火傷を負っている。

 

 

(ちくしょう……神の力が弱まってやがる……!)

 

 

回復力がいつもより遥かに弱い。体の耐久も、防御も下がっている。

 

エドガーというカラスに受けた傷は悪化している。おそらく毒爪だったのだろう。

 

回復しないのは邪黒鬼のせいだと推測するが、そんなことを気にしている場合じゃない。

 

俺はカツェを急いで引き上げる。

 

 

「急げッ!俺たちの飛行船に飛び乗らさせろッ!」

 

 

「ッ……敵の施しを受ける程―――」

 

 

「うるせぇ!!死にてぇのかッ!?」

 

 

俺の一喝にカツェは驚愕し、下唇を噛んで悔しそうな表情になった。

 

 

「じゃあどうやって移動するんだよ……無理だろこんなの!」

 

 

カツェは下を向きながら文句を言う。さっきの爆発の衝撃で飛行船までの距離が開いた。80メートル弱はあるだろう。

 

しかもただでさえ不安定な足場だったにも関わらず、今は炎上しグラグラに揺れている。避難のしようがないのだ。

 

 

(まずはアイコンタクトで連絡を取る……)

 

 

俺は右目でティナにアイコンタクトを送る。スコープを覗いてずっと俺たちを見ている彼女ならすぐに分かってくれるはずだ。

 

ティナが理子に向かって何か大声で言っているのが分かる。理子は操縦席に座ると、すぐにこちらに飛行船が寄って来た。

 

それでも距離はまだまだ足りない。

 

 

「カツェ!パラシュートは無いのか!?」

 

 

「今の爆発で全部燃えちまったよ!」

 

 

「じゃあ中に残っている人数は!?」

 

 

「あたしと合わせて7人だ!」

 

 

ッ……ギリギリかッ……!

 

飛行船が50メートルまで近づいて来た。これなら大声で届くはずだ。

 

 

「おい!脱出用のパラシュートが6人分あっただろ!ソイツをこっちに投げてくれ!」

 

 

「そんなの届かないよ!」

 

 

理子の大声での反論は正論だ。距離的にも、こんな暴風の中じゃ不可能だ。

 

しかし、

 

 

「私ならできるわ」

 

 

夾竹桃が立ち上がりながらそう言ったような気がした。声が小さくて分からなかったので、読唇術で読み取った。

 

リュックと同じ大きさのバッグを夾竹桃は持つ。

 

 

ギュルルルルルッ!!

 

 

夾竹桃はワイヤーを操り、壊れたゴンドラの柱や窓枠に巻き付ける。するとワイヤーは弓のような……いや、巨大なボウガンような形を作り上げた。

 

パラシュートをワイヤーの上に乗せると、夾竹桃は両手で強くワイヤーを引いた。

 

 

バシュッ!!

 

 

ワイヤーの反動を利用してパラシュートを飛ばす。パラシュートのバッグは俺の所まで強い衝撃で飛んで来た。

 

 

バスッ!!

 

 

「ッ! ナイスだッ! カツェ!」

 

 

俺は急いでパラシュートをカツェに部下に渡すように言う。カツェは目をまん丸にして驚いていたが、すぐに部下にパラシュートを渡し始めた。

 

部下も迅速に対応し、パラシュートを受け取ったらすぐに飛び降りて行った。

 

次々と夾竹桃のワイヤーボウガンから射出されるパラシュートをキャッチし、部下に渡す。その作業が終わるころには飛行機は、ほぼ全体が燃え上がっていた。

 

残ったのは俺とカツェとカラスのエドガーだけ。

 

 

「ほら」

 

 

俺がカツェに手を出すと、カツェはまた驚いた表情で俺を見た。手を取ろうとしないカツェに俺は無理矢理カツェの手を握る。

 

 

「ここにいたら危険だ。向うに飛び移るからしっかり握っていろ」

 

 

「分からない……どうしてあたしを助ける……?」

 

 

「そんなもん知るかよ」

 

 

俺はカツェをこちらに引き寄せ、お姫様抱っこする。カツェの顔が真っ赤に染まるが、俺は気にせず続ける。

 

 

「一番俺が知りたいよ、そんなもの」

 

 

今まで答えれた言葉が出なかったことに、俺は少し怖かった。

 

 

________________________

 

 

 

「はぁ……素晴らしい……!」

 

 

一人の男が息を荒げながらモニターを見ていた。

 

男の髪は白髪でボサボサになっており、不健康そうなガリガリの体だった。薄汚れた白衣を纏い、手には得体の知れない液体の入ったフラスコを持っている。

 

 

「はぁ……うぐッ!……落ち着け、落ち着け……興奮し過ぎだ私」

 

 

手に持っていた液体を一気に飲み干し、フラスコをテーブルに置く。

 

男は何度か咳をした後、静かに笑いだす。

 

 

「カッカッカッ……最高だ。この力がガルペス様のモノになる。考えただけで最高だ」

 

 

ゆっくりと後ろを振り向く。

 

 

「そう思わないか?姫羅よ?」

 

 

「……………」

 

 

男が話を振ったにも関わらず、姫羅は黙り続けた。男を睨み続けたままだ。

 

 

「チッ、失敗して来ておいてその態度か?随分いいご身分だな?」

 

 

モニターを消し、猫背の体を動かしながら姫羅に近づく。

 

 

「会いたくないのか?お前の愛しの人に?」

 

 

「ッ……!」

 

 

「カッカッカッ!!私に従えばいい!そうすれば望みは叶えてやる!」

 

 

白衣を着た男はニタリと笑う。

 

 

 

 

 

「お前の赤鬼をロシアに送る。ソイツを使って殺せ」

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「ぐぁ……!?」

 

 

夾竹桃の用意した治療の解毒を目に流され、激痛が襲い掛かって来た。

 

エドガーにやられた毒爪はかなり強く、失明寸前だったのだが、夾竹桃の前では無力と化した。ホント凄いよな。

 

ボロボロになったゴンドラは酷く、ヒルダはそんな汚いゴンドラのせいでカンカンに怒っている。

 

ティナと理子は俺の火傷した腕や足。首や頬などの治療をしてくれている。我ながら酷い怪我だと自覚しているが、神の力の回復力が機能しないとここまで酷いとは思わなかった。

 

そして、自分がどれだけ弱いか痛感した。

 

 

「……だいちゃん」

 

 

「大丈夫だ。一思(ひとおも)いにやってくれ」

 

 

理子が心配そうに聞くが、俺は歯を食い縛って痛みに耐える。

 

火傷した皮膚が制服と合体しているのだ。制服を取ろうとすれ皮膚が剥がれ、激痛が襲い掛かって来るだろう。しかし、このまま放置する方が悪化する恐れがある。ここは我慢するべきだ。

 

 

「―――――!?」

 

 

声にならない激痛に意識が飛びそうになる。今、自分の傷を見たら確実に気を失うだろう。

 

 

「頑張るんだ大樹君!あと少しで腕の皮膚が全部剥ける!」

 

 

「余計なこと言うなよ!?」

 

 

最悪だぞ刻諒!?

 

 

________________________

 

 

 

 

「これで終わりだよ」

 

 

「さ、サンキュー……」

 

 

理子にそう告げられ、やっと安堵の息を吐く。

 

ほとんどの肌が見ないくらい包帯に巻かれた。右の頬もガーゼが当てられ、腕と脚は全部包帯で巻かれている。左目はしばらく開けない方がいいと夾竹桃に言われたので白い眼帯をしている。

 

さて、ここからだ。

 

 

「カツェ」

 

 

俺が名前を呼ぶと、カツェは体をビクッと震わせた。

 

 

「聞きたいことがある。素直に答えてくれればモスクワで降ろしてやる」

 

 

「……その前にあたしも言いたいことがある」

 

 

カツェは真剣な眼差しで俺の顔を見た後、

 

 

「エドガーを助けてくれたこと、感謝する」

 

 

「……俺は乱暴に扱ったぞ?」

 

 

「それでもあの時、お前はあたしたちを救ってくれた。あのままだとあたしとエドガーは―――」

 

 

「もういい。俺が勝手にやったことだ。感謝の言葉より質問に答えてくれた方が嬉しいんだが?」

 

 

カツェの言葉をわざと被せ、最悪の結末を言わせない。言わない方が良い。

 

 

「ドイツ魔女は借りを必ず返す。何でも答えてやる」

 

 

「助かる」

 

 

俺は一呼吸おいて、質問する。

 

 

「単刀直入に聞く。遠山はここにいないな?どこだ?」

 

 

カツェは頷いた後、

 

 

「アメリカだ」

 

 

そう答えた。

 

その言葉に俺たちは苦い表情になる。

 

 

「全然違うじゃねぇか。このままモスクワに言っても意味が無いじゃないか」

 

 

「では進路をアメリカに変えますか?」

 

 

「それは駄目だよティナちゃん。燃料が足りないし、ロシアの領空の許可をまた取らないといけない」

 

 

ティナの言葉に理子は首を振って答える。

 

 

「そもそも何でアメリカだ?知っているか?」

 

 

「……何も知らないのか?」

 

 

「ああ」

 

 

「……師団(ディーン)眷属(グレナダ)が結成して襲われた場所はモスクワだ。これを知っているのは結成したあたしたちと敵しか知らない」

 

 

「ッ! お前もあの場にいたのか?」

 

 

眷属(グレナダ)としてな」

 

 

だけどっとカツェは付けたし告げる。

 

 

「今は御影(ゴースト)に寝返っている」

 

 

「ッ! 裏切ったのか!?」

 

 

「落ち着けヒルダ。どうせ仲間を人質に取られたからだろ?」

 

 

「……お前、本当に察しがいいな」

 

 

「褒めても何もでねぇよ。……で、その御影(ゴースト)から俺たちを襲うように指示されたんだろ?」

 

 

俺の推理にカツェは頷く。ヒルダも今は落ち着き、怒鳴ることはない。

 

 

「それで、遠山がアメリカに言った理由は知っているか?」

 

 

「それは知らない。話を聞いていないからよく分からないが、心強い仲間がいるからアメリカに行くって話していた」

 

 

だから遠山はアメリカにいる。そういうことか。

 

 

「でも襲われたんだろ?」

 

 

「遠山は多分逃げ切っている。捕まったのはあたしやメーヤぐらいだろうな」

 

 

「メーヤ?」

 

 

師団(ディーン)のクソ偽善者の女だ」

 

 

すっごい悪口叩いたな。嫌いなのか?

 

 

「とにかく捕まった奴らはそれぐらいだろう」

 

 

「……お前、これからどうするつもりだよ」

 

 

これから御影(ゴースト)の所に帰っても良い事は絶対にないだろう。

 

 

「敵の本陣はあたしも分からない。これから連絡が入る予定だったけど……」

 

 

飛行機は墜落。通信する手段もなくなり、敵も倒せていない。

 

俺は顎に手を当てて考えが、いい案は浮かばない。

 

 

「……とりあえずモスクワに向かおう。奇跡的に燃料タンクはやられていなさそうだし」

 

 

飛行船の被害はゴンドラだけ。プロペラも無事だ。これなら大丈夫だろう。

 

カツェはトンガリ帽子を脱ぎ、俺の言葉に頷いた。

 

 

 

________________________

 

 

 

現在時刻 20:00

 

 

夜が来た。

 

ゴンドラの中は極寒のように寒く、体が凍えていた。

 

窓を破壊された時に気付くべきだった。この状態が如何に危険な状態に陥るかを。

 

とにかくこのままでは不味いと判断し、バッグの中に入っていたモノで窓の修繕に取りかかった。

 

 

「……はぁ、これでいいか」

 

 

無いよりはマシっと言った感じの仕上がり。飛行船の中にあったタオルケットやバッグの中に入っていた寝袋などで窓を塞いだ。運転席の正面ガラスは防弾だったため、ヒビが目立つだけで済んでいる。よって修繕は左右の窓だけだった。

 

室内はそれでも寒いが、何もなかった時よりはずっとマシだった。

 

何度も言うがそれでも寒い。なので理子と夾竹桃はティナに抱き付き、温まっている。何アレ。俺も入りたい。ほら、ヒルダも入りたそうにしているし。

 

 

「大樹さん……!」

 

 

「無理だ。俺に助けを求めるな」

 

 

「な、なら大樹さんも入りましょう……!」

 

 

「無理」

 

 

理性が吹っ飛んじゃうから。ふっ飛ばさせないけど。

 

俺はティナを見捨て、違う場所に移動することにした。

 

 

「……寒くないか?」

 

 

「……大丈夫だ」

 

 

ゴンドラの部屋の端で震えているカツェを見て、俺は心配になる。エドガーも寒そうにカツェに身を寄せている。

 

自分のバッグからパーカーを取り出し、カツェに差し出す。

 

 

「ほら、これでも着とけ」

 

 

「いらん」

 

 

「いいから着ろッ」

 

 

俺はトンガリ帽子を無理矢理奪い、パーカーを着せる。カツェは抵抗していたが、だんだんとパーカーの温かさに気付き、抵抗を弱めてしまう。

 

 

「……早死にするタイプだお前は」

 

 

もう死んだけどな。

 

 

「残念だったな。絶対に死なねぇから悔しがれ」

 

 

「……あたしは、これからどうすればいいと思う?」

 

 

小さな声だったが、俺の耳には聞こえた。

 

 

「……助けたいのか?」

 

 

「できるならもうやっているッ。でも、あの女には絶対に勝てないッ」

 

 

あの女―――姫羅で間違いないだろう。

 

姫羅が師団(ディーン)眷属(グレナダ)を襲撃したのだ。あの力を持ってすれば余裕だっただろう。

 

 

(クソがッ……!)

 

 

力の使い方を間違った姫羅に俺は歯を食い縛ってしまうほど苛立つ。しかし、

 

 

(俺も、その一人なんだろうな……)

 

 

間違っているのは自分もだということにさらに苛立ってしまう。

 

俺はカツェにトンガリ帽子を被せて返す。そして俺は黙ったまま、そこから去る。

 

運転席にまた座り、ヒビ割れた窓から空を眺める。

 

 

(そう言えば……)

 

 

ふと、原田に貰った砂時計が気になった。俺はポケットから取り出して見てみると、砂は三分の一は落ちているような気がした。

 

 

(タイムリミットまで時間が無い……)

 

 

こうしている間にも黒ウサギや優子。真由美たちは危険に晒されている。原田がいても、やっぱり心配なのだ。

 

 

「次の目的は決まったようだね」

 

 

砂時計を見ていると、刻諒が運転席の隣に座りながら俺に話しかける。

 

 

「……何も変わってねぇよ」

 

 

「だけど意志の強さは変わった。君の思いはこれからの君を強くするはずだ」

 

 

「……意志、か」

 

 

俺はそう呟きながら空を照らす星々を見続けた。

 

 

 

________________________

 

 

 

2月9日

 

10:00

 

 

あれからずっと飛行船を飛ばし続けているがモスクワまでまだまだ距離がある。ロシアの広さは伊達じゃなかった。

 

しかし、この飛行船も万能だ。風の流れを利用して進むことができ、ガス袋の中のガスを調整すれば速さを上げることだって可能だ。っと言っても最初からスピードはマックスに出るようにしているが。

 

 

ピピピッ!!

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

その時、対空レーダに何かが引っかかった。モニターを見てみると、後ろから物凄い速度でこちらに向かって来ているのが分かった。

 

 

「ッ……戦闘機だッ!!」

 

 

刻諒の叫び声に俺たちはギョッとなった。

 

 

ゴォッ!!!

 

 

飛行船の横を戦闘機がマッハのスピードで横を通過し、修繕していた窓を吹き飛ばす。

 

ゴンドラの椅子や床にしがみ付き、暴風に耐える。しかし、

 

 

「今度は撃って来るぞ!?」

 

 

「なッ!?」

 

 

刻諒の言葉には俺は息を飲んだ。きっと顔は真っ青になっているだろう。

 

戦闘機は前方で宙返りした後、こっちに向かって来る。

 

戦闘機の翼に取りつけられたミサイルが火を噴き、こちらに向かって飛んで来る。

 

 

(ヤバい!?これは避けれねぇ!)

 

 

刀は昨日の戦闘で無くしてしまい、持っていない。コルト・ガバメントでも銃弾ではミサイル相手に無理がある。

 

打つ手無し。

 

突然の出来事に俺たちは何もできない。

 

 

「伏せろおおおおおォォォッ!!」

 

 

俺の叫び声を最後に、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

ミサイルが直撃し、ゴンドラは爆発した。

 

 





遅くなりましたが、お気に入り1000越えありがとうございます!

もう嬉しくて嬉しくて謎の踊りをするほど嬉しかったです。

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