どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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すいません。書くのに時間が掛かりすぎました。本当にすいませんでした。



Scarlet Bullet 【禁断】

信じられない。目の前にいる少女が緋緋神だということが。

 

黒髪の少女―――緋緋神が憑りついた少女は笑いながら拳を当てた俺の腕に力を入れる。ギチギチッと腕から嫌な音が漏れる。

 

 

(どういうことだ!?アリアに憑いてるのじゃないのか!?)

 

 

何故ここにいる?何故この少女に憑りついている?

 

疑問の嵐が俺の脳を引っ掻き回す。頭痛と吐き気が襲い掛かてくるが、

 

 

「行くぞ楢原!」

 

 

緋緋神はそんな俺に休ませる時間は与えない。

 

 

ダダダダダッ!!

 

 

残像で少女の手が何十本にも見えてしまう速さで俺に連打攻撃して来た。

 

急いで刀を鞘に収め、少女の拳や蹴りの高速の攻撃を俺は受け流し始める。

 

 

「くッ!?」

 

 

しかし、相手は緋緋神。簡単には受け流せない。受け流したはずの拳がいつの間にか掠ってしまっていたり、蹴りは俺の死角を突く間合いの位置調整をしている。

 

見えているのに対処できない攻撃に翻弄されてしまう。

 

 

「ひひッ!!」

 

 

笑いながら戦いを楽しむその姿はまさしく緋緋神。最悪な気分にさせられる。

 

 

「大樹さんッ!!」

 

 

「来るなッ!!お前たちは後ろに逃げろッ!!」

 

 

助けに来ようとしたティナを背負ったリュックを投げ渡して止める。理由は簡単。ティナじゃ勝てない。秒間約20発以上という脅威の連撃を簡単に対処できるはずがない。助けに来たら状況を悪化させてしまう。

 

周囲はその戦いに圧倒されていた。人間が辿り着ける戦いの領域を何段も飛ばした戦闘だった。

 

 

(ハハッ、もう1000発以上も殴られた……やられっぱなしだな俺……!)

 

 

心の中に自嘲気味に笑う。

 

このままの状態が続くのは不味い。しかし、反撃は不用意にはできない。

 

もし、この少女がアリアと同じ憑りつかれた被害者なら殴ることはできない。軽い衝撃を与えて気絶させるだけでいい。

 

と言いつつ、謝罪することがある。誠に残念なことに気絶させる反撃が俺には不可能だった。

 

俺が攻撃を仕掛けようとすると、連打のスピードを上げたり、防御の構えを取り出す。そう、かなり警戒しているのだ。

 

 

「楢原!楽しい!楽しく闘れるな!」

 

 

「俺は全然楽しくねぇよ!」

 

 

敵の高速連打のスピードが上がった。

 

いつまでも……俺がやられていると思うなよ!

 

俺は連打して来た拳を上に弾き飛ばし、がら空きになった少女の体に向かって俺は背中を向ける。

 

 

鉄山靠(てつざんこう)!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

背中から少女の体に体当たりを繰り出す。有名な技だな。

 

少女の体は衝撃で後方に吹っ飛ばす。少し痛いがこれで気絶させることが―――!

 

 

ガッ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

同時に俺の体も少女の飛んで行った方向に足が引っ張られる。

 

足を見てみると、柔らかいふさふさしたモノが巻き付いていた。

 

 

「しっぽ!?」

 

 

少女の短いスカートの中から猿のような尻尾が俺の足に絡みついていた。この子、人間じゃない!?

 

冷静になって考えてみると、吸血鬼や人外の強さ持った人や本物のシャーロック・ホームズを見たことのある俺からすれば驚くことじゃないけどな。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

少女の体は電車の次の車両に続くドアをぶち破り、俺の体も次の車両に投げ飛ばされる。

 

 

「きひッ!」

 

 

「野郎ッ……!」

 

 

空中で少女は尻尾を使い、俺との距離を詰めた。駄目だ。あの攻撃でも気絶していない。

 

しかも少女に背中を向けてしまっている。この体制では攻撃をくらってしまう。

 

 

「舐めんなよッ!!」

 

 

ガッ

 

 

天井から垂れていたつり革に足を引っ掛けて体をグルンッと回し、体制を変える。

 

俺の顔を狙った少女の踵落としを両手で受け止める準備をする。

 

その時、少女は緋緋神のように笑った。

 

 

ガシッ

 

 

「ッ!?」

 

 

尻尾で俺の両手首を絡めて、動かせないように縛った。

 

 

(やられた……!?)

 

 

このまま引き千切ることはできる。だが何度も言うが少女にそんなことはできない。

 

少女は踵落としを俺の腹部に狙いを切り替える。まだ俺には……あれがある!

 

強烈な一撃を秘めた踵落としが振り下ろされる。

 

 

バシッ!!

 

 

「!?」

 

 

少女の目が驚愕で見開く。

 

 

 

 

 

俺は両足の裏で少女の足首を掴み、止めた。

 

 

 

 

 

真剣白刃取り……じゃなくて真足白刃取りを足でやってみせた。

 

 

ドンッ!!

 

 

そのまま俺たちの身体は床に落下する。床に落下した衝撃を利用して尻尾を解き、少女との距離を離す。

 

 

「逃げるな楢原!」

 

 

「デスヨネー」

 

 

ドゴッ!!

 

 

少女の飛び蹴りが俺の腹部に直撃する。しかし、俺は食らう覚悟と衝撃を和らげる準備をしていたため、ノーダメージで後方に吹き飛ばされる。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

ドアを壊しながら次の車両の床に片膝をついて着地する。

 

すぐに少女がこちらに向かって走って来ていた。そして、また俺に飛び掛かろうとしている。

 

 

「何度もやられると……思うなよッ!!」

 

 

ガシッ

 

 

こちらに向かって走って来た少女の腕を掴み、そのまま背負い投げでまた次の車両へと投げ飛ばす。今度は尻尾を警戒していたので、絡まらない。

 

だが、俺の読みは外れた。

 

 

「まだ甘いなぁ!楢原!」

 

 

「ッ!?」

 

 

少女は尻尾をつり革に引っ掛け、投げられた反動を勢いを利用してスピードをつける。

 

つり革を中心にして、少女の体はぐるりと回り、俺の背後を取る。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

俺の背中を思いっ切り蹴り飛ばす。サーカスに一発採用されるくらい凄い動きだな。入団して来いよ。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

今日だけで何回次の車両に続くドアを破ったのだろうか。ごめんなさい。

 

また片膝をついて着地。どうやらここは先頭車両のようだな。運転手はやはりいない。どうやら乗客は前の駅で全員降りたようだな。気付かなかったぜ。

 

 

「これでもう逃げれない……残念だったな」

 

 

「……お前、何者だよ」

 

 

会話させてくれる時間が少しだけ生まれそうだったので、すぐに質問した。少女は笑う。

 

 

 

 

 

闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)九龍猿王(ガロウモンク)孫悟空(そんごくう)さ」

 

 

 

 

 

とんでもねぇ奴がキタアアアアアァァァ!?

 

っとふざけたいところだが……。

 

 

「嘘つくな。お前は緋緋神だろ」

 

 

俺に返答はしない。代わりにニヤッと犬歯を見せた笑みを返して来た。

 

肯定も否定もしない答えに少し苛立つ。

 

 

「その体はお前のじゃねぇ!大人しくその子を解放しろ!」

 

 

「すると思うか?」

 

 

頭に来る返事に俺は拳を握った。

 

 

「……もういい。絶対に許さないからな」

 

 

「いいぞ……それでこそあたしの求めた先だ!」

 

 

「だが一つ聞いておきたい。その子の名前は何だ?」

 

 

「? (コウ)のことか?」

 

 

『こう』……どこかで聞いた名前……………ッ!

 

 

『しょ、しょせん、ひとの、体か……猴の、からだなら、こうはいかなかった、ものを……!」』

 

 

思い出した……!完全記憶能力が無かったら思い出せなかったぞ。

 

 

「お前、やっぱり緋緋神じゃねぇか。やられた時に猴のことを言っていただろ」

 

 

猴に憑りついた神―――緋緋神は嫌な顔をした。

 

 

「あたしのミスか……しゃーなしだな」

 

 

緋緋神は手を前に出す。あの構えは……!

 

 

「逃げる場所はないぜ。どうする?」

 

 

光の速度で突き進む緋色のレーザーを出すときの構え……!?アリアだけじゃなく、猴も使えるのか!?

 

緋緋神の頭上にキラキラと黄金色の光の粒子が舞い始め、右目が紅く輝きだした。

 

 

「あたしの視界にいる限り、絶対に避けれないぜ」

 

 

何それチート?見ているだけで倒せるとかチートだろ。

 

 

「そう言えば終点まで後少しだな」

 

 

俺は外の風景を見ながら話す。電車は木が生い茂った山に囲まれた場所を走る。もう少し進めば川を横断した橋を通る。

 

 

「綺麗な場所だなぁ」

 

 

「……何を狙っている?」

 

 

「さぁ?とりあえず俺が言えることは―――」

 

 

俺は両手に二本の刀を持つ。

 

 

「―――アリアは絶対にお前なんかにやらねぇ」

 

 

「いい覚悟だ。恋は人を強くする……それがあたしとお前だ」

 

 

電車がゴトゴトと揺れ始め、橋を渡り始める。

 

緋緋神の放つレーザーは光の速度。避けるにはアイツが撃つ前にはやく動くこと。

 

 

(だけど撃つタイミングが分からねぇ……この方法じゃ駄目だ)

 

 

もっと確実に避ける方法を考えろ。緋緋神が予想できない奇想天外なことを……。

 

 

(電車……レーザー……刀……橋……ッ!)

 

 

ハハッ……俺ってそろそろ頭がイカレたんじゃないのか?この状況でこんな方法、誰が思いつくだろうか。

 

 

「サヨナラだ……アリアはあたしのモノだ」

 

 

違う……絶対に違う。

 

それを……絶対に分からせてやるよ、緋緋神ッ!!

 

 

カッ!!

 

 

猴―――緋緋神の右目が一際強く紅く光った。その瞬間、俺は音速で刀を振るう。

 

 

ザンッ!!

 

 

そして、俺の真下―――床の底に三角形の穴が開いた。

 

 

「ッ!?」

 

 

緋緋神も予想していなかったのか、俺の行動に驚愕する。

 

俺の体は三角形の穴の中に吸い込まれるように落ちる。落ちる瞬間は笑みを浮かべて落ちてやった。

 

 

ガシュッ!!

 

 

ゴツゴツした線路の上を転がる。バットのような硬い何かで叩かれたような衝撃が全身に襲い掛かって来る。

 

 

ズシャァッ!!

 

 

電車の一番後ろの車両が俺の体の上を通り過ぎた。転がる体を無理矢理起こし、二本の刀を構え、叫ぶ。

 

 

「飛び降りろお前らッ!!」

 

 

後ろでずっと待っていたティナたちが電車から飛び降りる。

 

夾竹桃はすぐにワイヤーを巧みに扱い、ティナたちの身体を空中で止める。

 

 

「二刀流式、【阿修羅(あしゅら)の構え】!!」

 

 

ワイヤーを潜り抜けて、電車の最後尾を追う。最後尾から黒髪のツインテールの少女たちがこちらに走って来るのが見える。

 

 

「【六刀(ろっとう)暴刃(ぼうは)】!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

六つのカマイタチが斬り裂く。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

 

 

 

電車が走っていた橋が斬り裂かれた。

 

 

 

 

 

「「「「谎话()ッ!?」」」」

 

 

ありえない光景に曹操(ココ)姉妹は驚愕した。

 

橋の半分辺りから先が粉々に切断され、崩れたのだ。驚くのは当然だ。

 

粉々になった橋は川に落ちて行き、大きな水しぶきを上げる。

 

 

「掴まれ!!」

 

 

俺はベルトのワイヤーを伸ばし、曹操(ココ)姉妹の一人に投げ飛ばす。曹操(ココ)姉妹は自分の姉や妹の足に仲良く掴み、ぶら下がった。って重ッ。

 

電車が後ろから次々と川へと落ちる。そして、緋緋神がいたであろう先頭車両も落ちた。

 

 

(だけどあの程度じゃどうせ逃げれるだろうな)

 

 

急いでワイヤーを巻き、四姉妹を救出する。

 

 

「はやく逃げるぞ!」

 

 

緋緋神が簡単に諦めるはずがない。もしかしたらすぐに追って来るかもしれない。

 

俺は曹操(ココ)四姉妹を担ぎ、急いで逃げる。俺に続いてティナたちも逃げ始める。

 

 

「だから逃がさないって言ってるだろ!!」

 

 

「んなッ!?」

 

 

突如背中に強烈な衝撃が襲い掛かって来た。俺と担いでいた曹操(ココ)たちが飛ばされてしまう。

 

地面を転がり、すぐに起き上がると、目の前には(コウ)が立っていた。

 

 

「お前……どうやって!?」

 

 

如意棒(にょいぼう)だけじゃなく、斛斗雲(きんとうん)まで使わせるなんて……どこまであたしを楽しませてくれるんだ」

 

 

斛斗雲(きんとうん)だと……?」

 

 

雲に乗って空を飛ぶ架空の仙術……孫悟空が使うあの斛斗雲(きんとうん)なのか……!?

 

……奴の能力を解析するのは後だ。まずはこの状況を何とかしないと。

 

 

「お前ら!俺を置いてロシアに逃げろ!」

 

 

俺の言葉にみんなは驚くが、ティナが反論する。

 

 

「駄目です!大樹さん!それだけは―――!」

 

 

「いいから逃げろッ!!」

 

 

ティナがそれでも首を横に振る。俺は下唇を噛み、もう一度大きな声で言う。

 

そして、絶対に言ってはいけない一言を口にしてしまう。

 

 

「行けって言ってんだろ!!()()()()()だ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉にティナは目を見開いて驚いた。

 

そして、スカートを強く握り、泣きそうな表情になった。

 

失言だと分かっている。言ってはいけないって自覚している。でも、ティナが傷付く姿は見たくなかった。

 

 

「大樹君の言う通りだ。私たちでは敵わない」

 

 

刻諒(ときまさ)はティナの肩に手を置き、逃げるように言う。ありがとう刻諒。そして、ごめんティナ。

 

理子と夾竹桃も納得してない顔だったが、すぐにティナと一緒に逃げ出した。

 

 

「……来いよ」

 

 

俺は右手に刀を持つ。それを見た緋緋神は笑みを浮かべる。

 

 

「如意棒が使えないのが残念だ。楢原にはもっと―――」

 

 

その時、緋緋神の言葉が止まった。俺の背後……後ろを睨み付けた。

 

 

「また水を差す奴が来たか……!」

 

 

「何……!?」

 

 

バシュッ

 

 

その時、何かが斬れた音が聞こえた。そして、

 

 

 

 

 

「また会ったな、大樹」

 

 

 

 

 

女の声が聞こえた。俺のことを呼ぶ声は、誰なのかすぐに分かった。

 

しかし、信じられなかった。彼女がここにいるわけがない。いてはならない。

 

ゆっくりと振り返ると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の先祖である楢原 姫羅(ひめら)が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫……羅……?」

 

 

派手な赤い着物に腰まで長く伸ばした赤髪のポニーテール。

 

間違いない。俺の先祖、姫羅だった。

 

俺に剣を教えてくれた恩師。俺を強くしてくれた師匠。

 

だが姫羅の表情はどこか悲しげで、辛そうだった。

 

 

刻諒(ときまさ)さん!!しっかりしてください!」

 

 

その時、姫羅の背後からティナの必死な声が聞こえた。

 

理子と夾竹桃も顔を真っ青にして刻諒の名前を呼んでいた。

 

 

「……………何でだよ」

 

 

ティナは必死に揺さぶっていた。地面に倒れている赤い血の水溜りを作った人物。

 

 

 

 

 

刻諒が斬られ、倒れていた。

 

 

 

 

 

何が起きたか分からなかった。姫羅がここにいる理由。刻諒が倒れている理由。何も分からなかった。

 

 

「こんな再会で悪い……」

 

 

姫羅の謝罪が耳に入る。そして、大樹は知った。そして、大樹は理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫羅が赤く染まった刀を握っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、大樹は姫羅に音速を遥かに超えた速さで飛び掛かった。

 

 

ゴォッ!!

 

 

そして、大樹の心の中に生まれた。

 

 

 

 

 

「殺すッ!!!」

 

 

 

 

 

殺意が。

 

 

 

 

 

バギンッ!!

 

 

姫羅の刀と大樹の右手に持った刀がぶつかった瞬間、大樹の持った刀が粉々に砕け散った。大樹の刀より姫羅の持った刀の方が強度が強かった。

 

姫羅の刀がそのまま大樹の体を斬ろうとするが、

 

 

ドシュッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は左手で刀を思いっ切り掴んで止めた。大量の血が流れるが、大樹にはどうでもいい事だった。

 

自分の手を犠牲にして刀を受け止めたことに姫羅は驚愕する。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「かはッ!?」

 

 

だが姫羅に驚愕する暇、そんな余裕はなかった。

 

大樹は刀を引っ張り、姫羅の体を引き寄せた。そして、右拳を姫羅の腹部に入れた。姫羅の口から空気が漏れる。

 

 

ガシッ

 

 

大樹の追撃は続く。姫羅の髪を掴み、そのまま姫羅の顔から地面に叩きつける。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その威力は絶大。橋が大きく揺れ出し、土煙が吹き上げ、崩れ出す。

 

 

「きひッ!いいぞ楢原!もっと()れ!!」

 

 

見るのが楽しいのか、緋緋神は笑いながら安全地帯まで逃げていた。

 

ティナたちも事態が深刻だと気付く。

 

 

「急げ!巻き込まれるぞ!」

 

 

理子が大声で呼びかけると、曹操(ココ)四姉妹は一目散に逃げ出した。

 

理子と夾竹桃が気を失った刻諒を担ぎ、脱出しようと急ぐが、

 

 

ガゴンッ!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

理子たちの足場の橋が崩れ出し、落下した。体が宙に投げ出される。

 

 

「させなくてよ」

 

 

ドサッ

 

 

しかし、理子たちが川へと投げ出されることはなかった。黒い影が理子たちの身体を包み込んでいた。

 

 

「ヒルダ……!?」

 

 

目の前には大きな黒い蝙蝠(コウモリ)のような翼を広げたヒルダの姿があった。宙に浮いており、理子と同じ女子武偵服を着ている。

 

理子の体を包み込んだのはヒルダの足元から伸びた黒い影だ。

 

 

「何でヒルダが……!?」

 

 

「理由は後で説明するわ。それよりどうするのかしら?」

 

 

ヒルダの視線は大樹たちの方を向いていた。

 

大樹と姫羅は崩れる橋の瓦礫を足場にして、空中で戦っていた。

 

鬼のような形相で姫羅に嵐のような猛攻の連撃を繰り出す。姫羅の表情は苦しそうにしていた。

 

 

「もう勝ちは決まったモノじゃないかしら?あとは任せてその死にかけの男を助けたらどうかしら?」

 

 

ヒルダの言うことは正しいのかもしれない。姫羅に斬られた傷は広がり、致命傷になりつつある。

 

 

「……私の鞄に入っている救急箱の中に『Razzo(ラッツォ)』が入っているわ。急いで打たないと後悔するわよ」

 

 

夾竹桃の言葉に理子は唇を噛む。

 

ラッツォとはアドレナリンとモルヒネを組み合わせて凝縮した薬だ。気付け薬と鎮痛剤を兼ね備えた復活薬のようなモノだ。

 

 

「……ヒルダ。この橋を越えた先にすぐ駅が見える。そこに連れて行って」

 

 

ただしっと理子は付け足す。

 

 

「あたしはここに残る」

 

 

「待ちなさい。あなたがここにいても意味はないわ」

 

 

夾竹桃がすぐに止めるが、理子は首を横に振った。

 

 

「意味ならある。大樹があたしを助けてくれたように、あたしも大樹を助ける」

 

 

理子は今の大樹を見て不安気な顔をするが、すぐに真剣な表情になる。夾竹桃はその決意に満ちた理子の表情を見て、

 

 

「絶対に、帰って来なさい」

 

 

「ありがとう(キョー)ちゃん」

 

 

「私も残らせてください!」

 

 

二人の会話を聞いていたティナが急いで割り込む。

 

 

「私も、大樹さんを助けたいです!」

 

 

「……うん、分かった」

 

 

理子はヒルダの方を向く。

 

 

「ヒルダ。あたしとティナを降ろして」

 

 

「あなた……本気なの?」

 

 

「……………」

 

 

「わ、分かったわよ」

 

 

理子の真剣な眼差しにヒルダは負けてしまい、崩れていない橋の線路に二人を降ろす。

 

そしてヒルダは翼を広げ、終点の駅の方へと刻諒と夾竹桃を連れて、飛び去った。

 

 

「行くよティナちゃん。だいちゃんを絶対に助けるよ」

 

 

「はい」

 

 

二人は銃を構えて歩き出すが、

 

 

「止まれ」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

二人の目の前に一人の少女が上から降って来た。

 

 

ダンッ

 

 

少女は片膝を着き着地する。ゆっくりと顔を上げて、理子とティナを見る。

 

 

「つまらない水は差さない方がいい」

 

 

彼女はさっきまで大樹と戦っていた(コウ)―――緋緋神だ。

 

理子とティナは歩く足を止めて、銃口を猴に向ける。しかし、直感的に分かってしまった。

 

 

勝てないっと。

 

 

「邪魔をしなければ生かしておいてやる」

 

 

猴の脅迫に、二人の足は動かなくなってしまった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐぅ……!?」

 

 

姫羅は苦しい声を漏らす。また腹部を大樹に殴られたからだ。

 

落下している橋の瓦礫に体が叩きつけられる。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

「ッ!?」

 

 

しかし、すぐに大樹の追撃が来る。気が付けば目の前に拳を握った大樹が迫っていた。

 

その表情は、神や悪魔すら恐れてしまう鬼の顔だった。

 

 

「【神殺(しんさつ)天衝(てんしょう)】」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

神殺しの一撃が姫羅にぶち当たる。その衝撃は今までの攻撃とは比べものにならないくらい強い。

 

 

ガシャアアアアアンッ!!

 

 

橋の壊しながら姫羅の体は山の中の森林まで吹っ飛ばされる。木々をなぎ倒しながら奥に飛ばされる。

 

土煙が大きく巻きあがり、一帯が見えなくなってしまうが、気配で敵の位置が分かる。

 

 

「どうしてだ……」

 

 

大樹はボロボロになった森の地面に着地し、姫羅の元へと歩み寄る。

 

 

「どうして刻諒を斬った!?」

 

 

「……アタイと大樹が敵同士だからだよ」

 

 

土煙の奥から大樹と同じように歩いて来る一つの影。姫羅だ。

 

 

「ッ……………」

 

 

姫羅が姿を見せた時、大樹は嫌な顔をした。

 

着物は綺麗になっており、傷一つ負っていない無傷の姫羅がそこにいたからだ。

 

自分の【神の加護(ディバイン・プロテクション)】と同じ(たぐい)の能力を持っているのかもしれない。

 

 

「これを見れば分かるだろ」

 

 

大樹が姫羅を真っ先に殺そうとした理由は刻諒のことだけじゃない。

 

 

バサッ

 

 

姫羅の背中から生えている荒々しい赤黒い翼が大きく広がった。

 

翼を見て確信した。姫羅がアイツらと同じことに。

 

 

 

 

 

「何で保持者になったんだ……!」

 

 

 

 

 

「アタイには目的がある。まだ死ねなかったんだよ」

 

 

「だからって!」

 

 

「アタイは……やらなきゃならない」

 

 

姫羅の左手には一枚の紙切れが握られていた。紙には解読不能な文字が羅列し、術式みたいな模様が描かれていた。

 

 

「大樹と同じ、大切な人のために」

 

 

「……………うるせぇよ」

 

 

何が大切な人のためだ。お前は俺の仲間を斬ったクセに、そんな綺麗事を吐くのか?

 

 

 

 

 

『そうだ……ソイツを許すな……』

 

 

 

 

 

許さない。何が恩師だ。何が先祖だ。何が血が繋がった者だ。

 

 

『お前には、どうすればいいか……分かるだろう?』

 

 

分かる。俺には分かる。そうだ……!

 

 

 

 

 

「姫羅を、殺してやる……!!」

 

 

 

 

 

俺は『殺意』を持つことができた。()()で答えを出すことができた。

 

一瞬で姫羅と距離をゼロにして、刀を振るう。

 

 

ドシュッ!!

 

 

姫羅は俺に攻撃させないように腕に刀を突き刺し、攻撃を止めさせた。防弾制服を簡単に突き抜けている。

 

しかし、無駄だ。

 

 

グシャッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

腕に刺さった刀を気にせず、そのまま深くわざと貫通させる。

 

 

ドスッ

 

 

そして、そのまま刀を振るい、姫羅の腹部に突き刺す。姫羅は驚愕しながら、口から血を静かに吐き出した。

 

 

「一刀流式、【(おに)の構え】」

 

 

「なッ……!?」

 

 

大樹の構え。その名に姫羅は驚愕する。

 

大樹の持った刀が黒く光る。

 

 

「【獄黒(ごうこく)邪鬼(じゃき)】」

 

 

ドシュッ!!!

 

 

黒い閃光が弾け飛ぶと同時に、姫羅の血も飛び散った。

 

姫羅の体は木々をなぎ倒しながら吹っ飛ばされる。

 

 

「【(おに)時雨(しぐれ)】」

 

 

グシャッ!!

 

 

追撃の黒い連撃。飛ばされた姫羅に大樹は音速を越えた速さで追いつき、黒い刀で姫羅の体を八つ裂きにする。

 

姫羅はまともに防御することもできず、何百と超えた斬撃にをくらってしまう。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ボロボロになった姫羅の体は大木に叩きつけられ、大木に大きなクレータができる。

 

 

「大樹……どこでそれを……!?」

 

 

大樹の技に姫羅は驚愕していた。自分の体が血塗れなことなど、どうでもよくなるほど。

 

黒いオーラが纏った刀を持って歩いて来る大樹。姫羅の質問など耳に届かなかった。

 

そして、姫羅には、その歩いている大樹の姿があるモノと重なった。

 

 

邪黒鬼(じゃこくき)……!?」

 

 

大樹が黒く染まったギフトカードを取り出すと、ドロドロとしたどす黒い闇が溢れ出す。

 

そして、闇の中から一本の刀が出現する。

 

 

「【名刀・斑鳩(いかるが)】!?」

 

 

姫羅はその刀を知っており、驚いていた。

 

以前、黒ウサギの失敗で刀身が無くなっていたはずの刀。しかし、刀身は直っていた。

 

刀身は黒い。見ているだけで吐き気が襲って来る嫌な黒さだった。

 

 

「『失うことは悲しきこと。得ることは喜びのこと』」

 

 

大樹の声と誰かの声が重なる。

 

 

「『奪う者は悪。与える者は正義。ゆえに』」

 

 

大樹は出現した黒い刀を左手に持つ。

 

 

「『苦を招く者を殺すことが、俺の役目』」

 

 

「二刀流式、【鬼の構え】」

 

 

大樹は両手に持った刀を前に突き出す。目は真っ赤に染まり、背中から4つの黒い翼が広がる。

 

姫羅は危機を感じ取り、ずっと左手に握っていた紙を前に飛ばす。

 

 

「【赤鬼】!!」

 

 

紙に描かれた術式が紅く光り出し、白い煙が紙から吹き上げた。

 

 

ダンッ!!

 

 

同時に大樹が音速を越えた速さで走り出した。

 

 

「【羅刹(らせつ)】」

 

 

二本の刀身に黒い闇が纏った。刀は姫羅を狙っていたが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

大樹の攻撃は止められた。持っていた刀は鋼鉄のように硬い赤い壁に遮られた。

 

 

「こいつぁ驚いた。姫羅が押されているとはなぁ」

 

 

「ッ!?」

 

 

その赤い壁は人の腹……いや、違う。

 

 

「鬼の俺を呼び出すとはぁ……姫羅も腕が落ちたか?」

 

 

鬼だ。

 

体の肌は紅く、黒髪の頭部に黄色い角が生えていた。

 

着ている服はボロボロの黒いズボンだけ。背中には巨大なトゲトゲがある金砕棒(かなさいぼう)

 

左腕には黒い鎖が巻き付かれていた。鎖の先にはスイカと同じサイズの黒い鉄球。

 

 

「邪黒鬼だ!刀を見ろ!」

 

 

「何?」

 

 

姫羅が叫んで言うと、赤鬼は自分の腹部に刺さった刀を見る。そして、表情が変わる。

 

 

「【名刀・斑鳩】……コイツ、魔王の一味か?」

 

 

「何ゴチャゴチャ言ってんだ」

 

 

大樹は刺さった刀を抜くと、すぐに標的を変えた。

 

 

「二刀流式、【鬼の構え】」

 

 

ドゴッ!!

 

 

赤鬼の顔を宙返りで蹴り飛ばし、距離を取る。そして再び、二本の刀身に黒い闇が纏う。

 

 

「【羅刹】」

 

 

ゴォッ!!

 

 

黒い翼を羽ばたかせると、音速を越えた速度で赤鬼に迫った。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

赤鬼は視線を大樹に戻し、右手を握った。大樹の攻撃を待っている。

 

そして、大樹の刀が赤鬼の体に当たりそうになった瞬間、

 

 

「【黄泉(よみ)(おく)り】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

大樹の攻撃をかわし、カウンターで大樹の腹部に強烈な一撃を入れた。

 

 

「かはッ……!?」

 

 

目を見開き、口から大量の血を吐き出した。

 

ダランッと大樹の体から力が抜け、赤鬼の拳の上で動かなくなった。

 

 

「力加減はしたがぁ……どうすんだコイツはぁ?」

 

 

「……殺せ」

 

 

「……姫羅。お前、本気で言ってんのか?」

 

 

「……………」

 

 

赤鬼の質問に姫羅は目を逸らした。

 

 

「……殺すならお前がやれぇ。俺は絶対にやらんぞ」

 

 

ドサッ

 

 

赤鬼は姫羅の前に大樹を投げ捨てる。

 

姫羅は刀を握り絞め、

 

 

「……………ッ!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

振り下ろした。

 

 

________________________

 

 

 

 

『楢原 大樹。お前は何を望む』

 

 

力だ。圧倒的な力。

 

 

『それは何故だ?』

 

 

守るため。誰も失いたくないから。

 

 

『失うことは悲しい。その気持ち、俺には分かる』

 

 

……お前も、俺と同じなのか?

 

 

『そうだ。お前は俺と同じ化け物だ』

 

 

化け物……。

 

 

『だが、まだ化け物じゃない。不完全だ』

 

 

不完全?

 

 

『お前は弱い。弱い奴は化け物になれない』

 

 

……………。

 

 

『欲しいか?力が?』

 

 

ッ……駄目だ。もうあんな姿になりたくない!

 

 

『あんな姿?面白いことを言うな』

 

 

何が言いたい。

 

 

 

 

 

『あれが、お前の本当の姿だ』

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「どこだここ……」

 

 

気が付けば俺は薄暗い部屋に居た。

 

見たことのある部屋。荷物が置いてあって……いつも俺のは悪戯されてて……………ッ!?

 

 

「部室……!?」

 

 

自分の記憶の奥に眠っていたトラウマが、目の前にあった。

 

足が震え、口の中が一気に干上がった。

 

 

ガチャッ

 

 

「ッ!」

 

 

ドアが開くと、そこには中学時代の頃の俺がいた。

 

 

「な、何で……!?」

 

 

中学時代の俺の表情は暗く、トボトボと自分の荷物を取りに行く。

 

 

「なんだよ、また来たのかよお前」

 

 

「なッ!?」

 

 

いつの間にか背後には7人の子どもたちがいた。俺をいじめていた奴らだ。

 

 

「それにしても残念だったなぁ、彼女さんが死んで」

 

 

「や、やめろ……!」

 

 

いじめていた奴が昔の俺を挑発し始める。俺は止めようと肩を触るが、すり抜けてしまう。

 

 

「お前が死んだら楢原をもういじめないってな」

 

 

その言葉が放たれた瞬間、昔の俺は真っ青になった。

 

 

「頼む……もうやめてくれ……」

 

 

しかし、いじめていた奴はそれでも続ける。

 

 

「おっと、殴りかかるなよ?俺のじいちゃんはここの校長。父さんは教育委員会だ。この前みたいにお前だけ停学なっちまうぞ?」

 

 

その瞬間、昔の俺は何かを諦めたような顔をした。そして、二本の竹刀を取り出す。

 

 

「駄目だ!やめろ!やめろおおおおおォォォ!!」

 

 

そして、俺の声は届くことはなかった。

 

 

「うあああああああああァァァァァ!!!!!!」

 

 

咆哮と共にいじめていた奴らを殴っていく。

 

何度も。何度も。何度も。

 

壁や床に血が飛び散り、俺の体にも血が当たる。

 

そして、制裁という名の残虐が終わった。

 

昔の俺は自分の姿を見て、

 

 

 

 

 

「ハハハッ」

 

 

 

 

 

笑った。

 

 

「何で笑うんだよ……おかしいだろッ!!」

 

 

『おかしい?これがお前だろ?』

 

 

今まで俺のことを無視続けた昔の俺が答える。

 

 

『この時のお前は、本当の化け物だ。これが本当のお前だ』

 

 

「違う!俺は―――!」

 

 

その時、俺の目の前に三人の女の子が現れる。

 

 

『化け物になれなかったお前は、三人を殺した』

 

 

美琴。アリア。優子。

 

 

「違う……違う……ちがああああぁぁぁう!!!」

 

 

『そして新たな犠牲者を生み出す』

 

 

目の前に黒ウサギと真由美が姿を現す。

 

 

「もうやめてくれえええええッ!!!」

 

 

喉が張り裂けそうになるくらい叫んで拒絶した。

 

 

 

 

 

「また私を殺すの?」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

背後から聞こえた声にハッとなる。ゆっくり振り返るとそこには、

 

 

『最初に殺しただろ?お前は』

 

 

幼馴染の双葉(ふたば)がいた。

 

 

「お、おれ……おれは……!?」

 

 

『化け物』

 

 

『俺に任せろ』

 

 

『全部守ってやる』

 

 

『失うことは悲しきこと。得ることは喜びのこと』

 

 

『奪う者は悪。与える者は正義。ゆえに』

 

 

『苦を招く者を殺すことが、俺の役目』

 

 

『俺にその体を―――』

 

 

 

________________________

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

姫羅が刀を振り下ろした瞬間、大樹は右手を素早く動かし、握った。

 

手が斬れ、血が流れるが決して放さない。

 

 

「姫羅……俺はお前を殺す……決して許さない」

 

 

バギンッ!!

 

 

ついに刀を握り潰した。姫羅と赤鬼は思わず一歩後ろに下がる。

 

不穏な雰囲気を纏った大樹に、姫羅は嫌な顔をする。

 

 

「邪黒鬼……大樹をどうした」

 

 

「俺と場所を交代しただけだ」

 

 

大樹―――邪黒鬼は笑いながらユラユラと立ち上がる。

 

 

「こいつは俺と同じだ。お前とは違う」

 

 

「待て姫羅。あの刀は魔王襲撃の時に無くしたはずだ。どうやって小僧の手に渡った」

 

 

「分からない。アタイが大樹と会った時には持っていなかった」

 

 

「知りたいか?」

 

 

大樹は笑う。【名刀・斑鳩】を見せながら。

 

 

「お前の組織を壊滅させた魔王がこいつに渡したんだよ」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

姫羅のコミュニティ【神影(みかげ)】は魔王に壊滅された。

 

その魔王が大樹に渡した。その人物。

 

 

「白き夜の魔王……白夜叉(しろやしゃ)

 

 

その言葉に二人は戦慄する。

 

 

「俺はずっとそいつの武器となっていた。だけど、俺の存在を知った瞬間、アイツは俺を使わなくなった」

 

 

「……アタイでも使い切れなかったよ、あんたは」

 

 

「ああ、だからお前は俺を捨てたよな」

 

 

「違う。姫羅はお前を捨てたわけじゃない」

 

 

「赤鬼。お前は倉庫にずっと放置されたことはあるのか?無いだろうな。使える奴だからな」

 

 

赤鬼の言葉が皮肉に聞こえた大樹は刀を握る。

 

 

「俺はずっと孤独を噛み締め続けた。だけど、白夜叉の魔王もすぐに俺を使い捨てた」

 

 

だからっと大樹は続ける。

 

 

「俺は、こいつを乗っ取った」

 

 

「……落ちたな。クソ鬼がぁ」

 

 

「赤鬼。お前のご主人の方が落ちているぞ」

 

 

「何……?」

 

 

「姫羅は大樹を裏切り、殺そうとした。自分の子孫なのにな!」

 

 

事情を知らなかった赤鬼の目が見開く。姫羅は苦虫を噛み潰したような表情をした。

 

 

「こいつは姫羅の子孫だ!姫羅は殺そうとした!分かるか!?どれだけ最低な悪だと!?」

 

 

「……………」

 

 

大樹は何も反応しない姫羅を見て、さらに笑う。

 

 

「いいことを教えてやるよ」

 

 

笑みを浮かべた大樹は話す。

 

 

「こいつの体には吸血鬼の血が混ざっている」

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】が発動した。大樹は背中にある黒い光の翼を広げる。

 

 

「それのおかげか同調するのは簡単だった。ギフトカードを封じることも容易だった」

 

 

大樹は平賀(ひらが)に貰った刀を鞘に直し、ギフトカードから大樹の最強の刀である【(まも)(ひめ)】を取り出した。

 

 

「俺好みの色だ……!」

 

 

刀身から紅い炎が巻き上がり、黒い刀身が生み出される。

 

 

「アタイの刀……!」

 

 

「お前より使いこなしているぜ、こいつはよぉ」

 

 

大樹は二本の刀をクロスさせる。

 

 

「だが、もう俺の体でもあるがな」

 

 

「来るぞ姫羅ッ!!」

 

 

「ッ!」

 

 

赤鬼は背にあった金砕棒(かなさいぼう)を両手に持ち、構える。姫羅は着物の袖から一枚の紙を取り出す。

 

 

「鬼に食われろッ!!」

 

 

「貴様の相手はこっちだぁ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

音速で姫羅に向かうが、赤鬼が立ち塞がる。金砕棒と刀がぶつかり合い、大きな金属音が響き渡る。

 

 

「ぬぉ!!」

 

 

バギンッ!!

 

 

赤鬼はそのまま大樹を押し返し、吹っ飛ばす。

 

 

「一刀流式、【鬼の構え】!!」

 

 

すぐに飛んで行った大樹に追いつき、金砕棒(かなさいぼう)で大樹の体を突く。

 

 

「【獄紅(ごうこう)邪鬼(じゃき)】!!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

金砕棒から紅い閃光が弾け飛ぶと同時に、大樹の体から血が飛び散る。

 

 

「ッ!?」

 

 

だが、大樹は笑っていた。

 

 

「二刀流式、【鬼の構え】」

 

 

両手に持った刀の刀身に黒い闇が纏う。

 

大樹は体に金砕棒(かなさいぼう)が突き刺さった状態にも関わらず、二本の刀を赤鬼に突き刺した。

 

 

「【羅刹(らせつ)】!!」

 

 

ドグシュッ!!

 

 

赤鬼の体から黒い閃光が弾け飛ぶ。しかし、

 

 

「無駄だ!!」

 

 

血は流さなかった。

 

刀は1ミリたりとも赤鬼の肌を斬ることはできなかった。

 

 

「ぜぇあ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

赤鬼は大樹の顔を鷲掴(わしづか)み、地面に叩きつけた。

 

大樹の体は木々を破壊しながら何度もバウンドした飛ばされた。

 

そして、飛ばされた方向に姫羅がいた。

 

 

「【黄道(こうどう)星剣(せいけん)】」

 

 

姫羅を囲むように12種の黄金の武器が出現した。宙に浮いた武器には星座が掘られている。

 

姫羅の前方から逆時計回りに牡羊(おひつじ)座が掘られた剣。

 

牡牛(おうし)座が掘られた斧。

 

双子(ふたご)座が掘られた双剣。

 

(かに)座が掘られた曲刀。

 

獅子(しし)座が掘られた大剣。

 

乙女(おとめ)座が掘られた短剣。

 

天秤(てんびん)座が掘られた二丁拳銃。

 

(さそり)座が掘られた鎌。

 

射手(いて)座が掘られた弓。

 

山羊(やぎ)座が掘られた戦棍(せんこん)

 

水瓶(みずがめ)座が掘られた長銃。

 

(うお)座が掘られた刀。

 

計12の武器が姫羅を囲んでいた。

 

姫羅は前方に出現した剣。牡羊座が掘られた剣を握った。

 

 

 

 

 

「【極刀星(きょくとうせい)夜影(やえい)閃刹(せんせつ)の構え】」

 

 

 

 

 

 

楢原家の初代だけが知っている最強の奥義。

 

剣を極めた者だけがその(いただき)に辿り着ける剣技。

 

次々と繰り出す連撃は敵を地獄に突き落とす。それだけ恐ろしいモノだった。

 

 

 

 

 

「【天黄星(てんこうせい)神絶斬(しんぜつざん)】」

 

 

 

 

 

その連撃は音速を越えた。

 

 

バシュッ!!

 

 

牡羊座の剣が大樹の腹部を斬り裂く。

 

 

ゴギッ!!

 

 

牡牛座の斧が大樹の右肩にめり込む。

 

 

ドスッ!!

 

 

双子座の双剣が大樹の両足に突き刺さる。

 

 

グシャッ!!

 

 

蟹座の曲刀が大樹の左肩を抉り取る。

 

 

ドスッ!!

 

 

獅子座の大剣が大樹の腹部を貫く。

 

 

ドシュッ!!

 

 

乙女座の短剣が大樹の喉に刺さる。

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

天秤座の二丁拳銃の銃弾が大樹の頭部に直撃する。

 

 

ザンッ!!

 

 

蠍座の鎌が大樹の手足を刈り取る。

 

 

ヒュンッ!!

 

 

射手座の弓矢がゼロ距離から放たれ、心臓を貫いた。

 

 

ゴスッ!!

 

 

山羊座の戦棍が大樹の頭蓋骨を砕く。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

水瓶座の長銃の鋭い弾丸が大樹の脳を消し飛ばす。

 

 

「終わりだよ」

 

 

ズシャッ!!!

 

 

姫羅は悲しげな表情で告げた。

 

魚座の刀が大樹の体を盛大に斬り裂いた。

 

 

(本気で殺したのか姫羅……)

 

 

赤鬼は姫羅が殺した男を見て目を伏せた。

 

極刀星(きょくとうせい)夜影(やえい)閃刹(せんせつ)の構え】

 

天黄星(てんこうせい)神絶斬(しんぜつざん)

 

姫羅の持つ最強の剣技。本来なら全ての武器は刀を使うのだが、姫羅はその上を越えた。

 

多種多様な武器を使うことで敵の息を、視覚を、聴覚を、戦意を、記憶を、全てを殺す。

 

それをまともに食らった末路が姫羅の前に倒れた血肉だ。全てを殺され、何かをすることを全て許されなくなった。

 

血がもう流れていない。全身を巡っている血が流れ切ったのだ。心臓どころか細胞の一つすら動いているか危うい。

 

 

(邪黒鬼……貴様の正義は歪んでおる。)

 

 

赤鬼は悲しんだ。歪んだ者、邪黒鬼を見て。

 

絶対に悪を許さないその心に姫羅は逃げてしまった。捨てたのではない。逃げてしまったのだ。

 

だが、逃げると捨てるは似たようなことだ。恨まれて当然だと姫羅は思っているだろう。

 

自分たちのコミュニティを潰した白夜叉も同じだろう。扱い切れずに逃げたはずだ。

 

 

「……………」

 

 

姫羅の周囲にある黄金の武器たちが消える。最悪な戦いが終わった。

 

赤鬼が姫羅を見ていると、ポツポツと語り出した。

 

 

「……アタイは、救いたいんだ」

 

 

「……誰をだ」

 

 

「―――――」

 

 

姫羅が口にした名に赤鬼は驚愕する。

 

 

「何を言っている!?」

 

 

「生きているって言われた」

 

 

「ありえん!箱庭に来た時点で生きているわけが……!?」

 

 

「……生きてた」

 

 

姫羅の声は震えていた。

 

 

「生きていた……アタイはこの目で確認した……!」

 

 

赤鬼はそんな姫羅を見て何を言えない。嘘をついているように見えないからだ。

 

 

「でも、アタイは大樹を殺さないと……!」

 

 

「俺を殺さないと何だって?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

姫羅と赤鬼は同時に倒れた大樹から距離を取った。

 

 

「馬鹿な……何故生きている!?」

 

 

「くはッ、舐めるなよ。こいつの力は最強だ」

 

 

血だらけになった体、ボロボロになった体で立ち上がる。

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】」

 

 

次の瞬間、大樹の体の傷は綺麗に無くなり、完治した。そのありえない現象に二人は目を張って驚愕する。

 

 

「アタイの恩恵(ギフト)と同じ……!?」

 

 

「お前の【完全治癒(ヒーリング・オール)】とは格が違う。俺の方が最強だ」

 

 

「姫羅!コイツは俺がなんとかする!逃げろ!」

 

 

赤鬼が姫羅の前に立ち叫ぶ。姫羅は一瞬だけ躊躇したが、すぐに走り出した。

 

 

「この死にぞこないのクソ鬼がぁ!!」

 

 

「それはお前だ!邪黒鬼ッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

赤鬼の金砕棒(かなさいぼう)と大樹の二本の刀がぶつかりあう。重い金属音が響き渡る。

 

 

「一刀流式、【鬼の構え】!!」

 

 

赤鬼の持った金砕棒が大樹の体にぶち当たる。

 

 

「【獄紅(ごうこう)邪鬼(じゃき)】!!」

 

 

「二度目も食らうかよ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

大樹は二本の刀をクロスさせて、金砕棒を下から弾き飛ばした。赤鬼の前がガラ空きになる。

 

 

「とどめだッ!!二刀流式、【鬼の構え】!!」

 

 

「お前の力では俺の体は貫けん!!」

 

 

「だから二度も失敗しねぇって言ってるだろうがぁ!!」

 

 

【神格化・全知全能】が発動した。

 

大樹の両腕から黄金の光が輝き出す。刀の刀身から溢れ出る闇が一層強くなる。

 

 

「【羅刹(らせつ)】!!」

 

 

ドシュッ!!!

 

 

赤鬼の脅威的な鎧の肉体を二本の刀が貫いた。背中から黒い闇と血が一緒に噴き出す。

 

 

「がはッ……何だ、その力は……!?」

 

 

「神だ……神様だッ!!」

 

 

グシャッ!!

 

 

刺さった刀を上に斬り上げ、赤鬼の肩を引き裂く。

 

赤鬼は血を口から吐き出し、前から倒れる。

 

 

「こいつは神の力を貰っているッ!!姫羅と同じようになッ!!」

 

 

右手に持った刀を倒れた赤鬼の胸に突き刺そうとする。

 

 

「邪黒鬼ッ……貴様は何故そこまで人を憎むッ……!」

 

 

「……俺はこいつと一緒に世界を見て来た。人を見て来た。俺は今でも昔と変わらない。こいつと同じだ。別に全ての人を憎んでいるわけじゃない」

 

 

「ならばッ!!」

 

 

「だがお前らは憎い」

 

 

ドシュッ!!

 

 

刀を赤鬼の傷口に突き刺す。

 

 

「どうして悪を許す……どうして俺を否定する……どうしてだぁッ!!」

 

 

叫ぶと同時に刀を突き刺す力が強くなった。

 

 

「こいつだって同じだ!本当は許したくねぇのに最後は悪を許しやがる!醜い奴は最後まで醜い!それが分かっているのにこいつはそれでも人を救おうとしている!」

 

 

左手に持った刀を赤鬼の喉を突き刺そうとする。

 

 

「ただ……ただそれだけだッ!クソ鬼ッ!!」

 

 

グッ

 

 

しかし、その左手に持った刀が止まる。ブルブルと左手が震えている。何かに耐えているように見える。

 

 

「……こいつは殺しても死なねぇ。姫羅が呼べばまた生き返る。それでもッ……殺していいことにはならねぇッ!いいから俺に任せろ。見ていただろ?俺が代わりに戦ってやるから……駄目だッ!!」

 

 

大樹の言葉はおかしかった。まるで二重人格のように表情や声の大きさが変わる。

 

 

「……お前は甘いな。自分を見失うよりマシだ!過去とまともに向き合えないお前が?……………何も答えれないのか?」

 

 

赤鬼からゆっくりと刀を抜く。そして、震えた唇でゆっくりと話す。

 

 

「それでも……こんなことは……嫌だッ……………明確な答えを出せないお前は、何も救えない半端野郎だ」

 

 

大樹の目の色が黒色に戻り、背中の黒い光の翼が消えた。ゆっくりと崩れ、膝を地面に着く。息を荒げながら呼吸を整える。

 

 

「……大樹と言ったなぁ。どうして俺を斬らなかった」

 

 

「うるせぇ……黙って俺の質問に答えろ」

 

 

「……何だ」

 

 

「大体の事情は分かっている。お前らのコミュニティ【神影】を潰したのは白夜叉だというのは分かった。でも白夜叉が魔王だったのは何千年も前の話……そして、姫羅は三年前に潰されたと言っていた」

 

 

「時間が合わないって言いたいのかぁ?」

 

 

「ああ」

 

 

「……姫羅の勘違い、だと思う」

 

 

本当は何千年前の話なのに、姫羅は三年前だと勘違いした。単純なこと。

 

奇想天外な日常。ありえない常識が普通なあの世界では、こんなことは別に凄い事ではないのだろう。

 

 

「白夜叉は俺に何も言わなかった。理由は分かるか?」

 

 

「……………」

 

 

「覚えてなかったんだよ。お前らのことなんか」

 

 

「……何が言いたい」

 

 

「眼中にねぇんだろ。お前ら雑魚コミュニティのことなんざ」

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

「……こうでも言わないとお前らを殺してしまいそうなんだよ……!」

 

 

「……ッ!」

 

 

苦しむ大樹を見て、赤鬼は目を見開いて驚愕した。

 

 

「ふざけんなよ……んだよこれ……何でだよ!」

 

 

「……大樹。よく聞け」

 

 

「……何だよ」

 

 

赤鬼は告げる。

 

 

「姫羅を―――――」

 

 

「……いい加減にしろよ……クソッタレがぁッ!!」

 

 

大樹は怒りをぶちまけた後、その場を去った。

 

 

________________________

 

 

 

俺は迷わないと決めた。だけど、それが正しいかどうかは分からない。

 

正しいと言う者。間違っていると言う者。本当の答えは誰も分からない。

 

俺は後悔したくない。

 

泣いている人を助けたい。

 

大切な人を傷つけたくない。

 

そんなことを考えて行動して来た。だけど……!

 

 

『あれが、お前の本当の姿だ』

 

 

確かに自分は化け物だ。力がありえないほど強い。みんなに恐れられる。

 

でも、この力は人を傷つけるためじゃない。守る為にある。

 

だけど……だけど……だけどッ。

 

 

「俺って……何だ?」

 

 

迷っていない。人を助けること。大切な人を守ること。忘れていない。

 

でも、その意味は何だ?

 

悪の人間を助ける理由はあるのか?

 

【呪われた子供たち】を蔑む人間を助ける理由は何だ?

 

 

『殺してしまえ』

 

 

やめろ。違う。そういう結論には辿り着かねぇ。

 

命を軽々しく扱うんじゃねぇ。

 

 

『だが悪の人間は軽々しく扱う。簡単に見捨て、切り捨てる』

 

 

だけどそんなことしない人だっている。

 

 

『ならお前はそういう人だけ助ければいいだろ?何故悪の人間まで助ける?』

 

 

……………。

 

 

『このまま姫羅を殺さないと、大切な誰かを失うぞ?』

 

 

黙れよ。

 

 

『お前はみんなに狙われている。そのせいで誰かを傷つける。お前に牙を向ける奴は全員殺さないと―――』

 

 

「黙れって言ってんだろッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

近くの木を強く殴った。木は大きく揺れる。

 

 

「そんなんじゃねぇ!そういうことじゃねぇんだよ!」

 

 

命の価値を勝手に決めていいモノじゃねぇんだよ!俺を狙う人たちは誤解しているからだ!自分の国を守りたいからだ!大切な人を守りたいからだ!

 

俺と同じなんだよ!守りたい気持ちは!

 

 

「それこそ、綺麗事だろ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

自分の口から放たれた言葉に戦慄する。

 

 

「お前は気付かないうちに過去から逃げているんだ。向き合っているうちに、怖くなって、逃げたんだ」

 

 

何を言ってんだ俺……いや、違う。

 

 

「邪黒鬼……か……」

 

 

「お前は、俺から逃げれない」

 

 

俺は持っていたギフトカードを見る。

 

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】 使用不可

 

神影姫(みかげひめ)】 使用不可

 

(まも)(ひめ)】 使用不可

 

【名刀・斑鳩(いかるが)

 

【神格化・全知全能】 使用不可

 

 

 

「ふざけるなよ……!」

 

 

「元に戻してやってもいいぜ?お前が俺と同じになればな」

 

 

「……一生引っ込んでろ」

 

 

「……最後は絶対に、俺を必要とする」

 

 

________________________

 

 

 

重い足取りで荒れた森を歩く。

 

方向は北。だけど俺は今、どっちに向かっているのだろうか?

 

考えたいけど考えられない。自分のことで頭がいっぱいだった。

 

 

「きひッ!やっぱり楢原は面白い」

 

 

俺の背後から聞きたくない声が聞こえた。振り返るとそこには小学5年生くらいの身長の女の子。名古屋武偵女子校(ナゴジョ)の制服を着ている(コウ)だ。だが、緋緋神が憑りついている。

 

 

「失せろ」

 

 

「嫌だと言ったら?」

 

 

 

 

 

 

「失せろって言ってるだろうがッ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

鬼のような形相で怒鳴る大樹に緋緋神は驚く。

 

 

「今の楢原、ものすごくつまらないな」

 

 

だが、すぐにつまらなさそうな表情になった。

 

 

「あたしは眠る。次の戦いの時に備えさせてもらう」

 

 

「……次は、命の保証はしない」

 

 

「……本当につまらない男だな」

 

 

そう言い残して、目を瞑った。そして、

 

 

「ッ!」

 

 

目をカッと見開き、地面に座り込んだ。

 

 

「な、楢原……!」

 

 

俺の顔を見てガクガクと震えだした。なるほど。これが(コウ)か。

 

 

「……どっか行け。お前は別に悪くないのは分かっている」

 

 

「ッ……猴を殺さないのですか?」

 

 

「死にたいなら勝手にしろ。今の俺に関わるな」

 

 

俺は猴から視線を外し、また歩き出す。助ける余裕がなかった。

 

 

「ま、待ってください!遠山を追っているのでしたら心当たりがあります!」

 

 

猴は俺の血塗れになった制服を掴む。一瞬、息を飲んだが、すぐに握る力を強くした。

 

 

「……いや、いらない」

 

 

自分でも驚いた。一番欲しい情報を切り捨てた自分に。

 

 

「ど、どうして!?」

 

 

「どうだっていいだろ……それより、俺に近づくな。アイツが出てきたらお前は殺されるぞ」

 

 

「アイツ……?」

 

 

「大樹さん!!」

 

 

猴が邪黒鬼について追及する前に、ティナが大声を出しながら走って来た。隣には理子もいる。

 

 

「……ティナ」

 

 

「大樹さん!怪我の方は―――!」

 

 

「俺は、間違っているのか?」

 

 

弱音を吐いてしまった。その言葉にティナは表情を曇らせる。

 

 

「俺は、二度と最悪な悲劇を見たくない。大切な人を守り続けるって決めてんだ。でも……俺の守り方は合っているのか?」

 

 

「そんなの合っているに決まっています……!」

 

 

「そっか。悪いな、変なことを聞いて」

 

 

無理な笑顔を浮かべた大樹を見たティナは下唇を噛んだ。隣にいた理子が大樹に近づき、大樹に抱き付いた。

 

 

「分からない……あたしは大樹のことを……助けたいのに……!」

 

 

「……悪い」

 

 

「謝って欲しくない……!」

 

 

ギュッ……

 

 

理子の抱き絞める力が強くなる。だが、俺は理子の体を抱き返すこともできず、ただ虚空を見つめていることしかできなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

森の中を歩き続け、ようやく駅に辿り着いた。結局その場に猴を置いて行くのはやめた。中国に対して人質にするらしい。

 

駅の近くには何も無く、ただ駅があるだけの場所だった。山に囲まれた田舎だからだろうか?

 

駅に着いた頃にはすでに陽が沈み、暗闇が辺りを支配していた。

 

駅の休憩室に入ると、長椅子に包帯を巻いた刻諒(ときまさ)が寝ており、そばでは夾竹桃が看病していた。ヒルダも気配で近くに隠れていることも分かる。

 

 

「帰って来たのね」

 

 

「……ああ」

 

 

大樹の元気のない反応に夾竹桃は眉を潜め、すぐに察した。

 

 

「言わなくていいわよ。私は気にしてないわ」

 

 

「……刻諒の具合は?」

 

 

「奇跡的に急所はギリギリ当たっていないわ。ほんの数ミリずれていたら……」

 

 

最後の言葉は濁した。夾竹桃もあまり言いたくないのだろう。

 

安堵の息を吐いて喜びたいところだが、今はそんな気分になれない。俺は部屋の隅の壁に背を預けて座り込む。

 

 

「少しだけ休憩しよう。その後は北を目指すために、夜中に森の中へ逃げるぞ」

 

 

「そのことだけど、逃げる必要はなくなったわ」

 

 

夾竹桃の言葉に俺は顔を上げる。

 

 

「どういうことだ?」

 

 

「それについては私が答えましょう」

 

 

ガチャッ

 

 

休憩室のドアを開けて入って来たのはヒョロッとした体の男。色鮮やかな刺繍入りの漢族(かんぞく)・文官の宮廷衣装を着ており、丸メガネをかけている。

 

外にいる気配は分かっていた。だけど、こいつは今までの奴らとは違う。

 

猴が一番驚いていた。こいつが親玉だと推測できるが……

 

 

「堂々と入って来たな、お前」

 

 

隠れることなどしない。堂々と真っ直ぐ歩いて来たのだ。

 

火薬の臭いなどしないことから銃などの武器は恐らく持っていない。信じ難いことに、丸腰で俺たちの前に現れたのだ。

 

笑顔で俺の顔を見る。

 

 

「楢原 大樹さん。あなたのことはよく存じています」

 

 

「ニュースでバンバンやっているからな」

 

 

「大丈夫です。私はあなたが無実の罪を着せられることを知っていますから」

 

 

「だから何だ。極東戦役(FEW)では師団(ディーン)側に付くぞ」

 

 

「なおさらあなたは私たちと取引するべきです」

 

 

俺は男の取引に耳を傾ける。

 

 

「私たちがあなたがたをロシアに連れて行きましょう。無論、身の安全は保証します」

 

 

「見返りは?」

 

 

「……今、師団(ディーン)眷属(グレナダ)の他に新たな勢力が生まれたのはご存知でしょうか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

第三勢力がいるってことなのか……!?

 

そんなの……あるわけがッ!?

 

 

「その第三勢力の戦力は強大です。師団(ディーン)眷属(グレナダ)が合わさっても倍以上の差があるでしょう」

 

 

耳を疑ってしまうよな言葉に息を飲む。

 

 

師団(ディーン)眷属(グレナダ)は一度結成し、その新たな第三勢力の排除しようと試みました。しかし、結成する前に奇襲を受けてしまい、結果は………」

 

 

男はそこで言葉を終わらせた。聞くまでも無い。自分で分かってしまう答えだった。

 

 

「……第三勢力の名前は?」

 

 

 

 

 

御影(ゴースト)

 

 

 

 

 

その名前を聞いた耳に入った瞬間、歯を強く食い縛った。

 

御影は神影と同じことを表している。これで確定した。

 

 

 

 

 

第三勢力は強大過ぎる存在と言うことを。

 

 

 

 

 

「あなたには御影(ゴースト)をどうにかして解決して欲しいのです」

 

 

「待ってください」

 

 

しかし、男の言葉をティナが止めた。

 

 

「それは取引とは言いません。一方的な頼み事です」

 

 

確かに。ロシアまで連れて行ってくれるメリット。第三勢力の御影(ゴースト)を潰すデメリットとは釣り合わない。むしろ大損害だ。

 

 

「ですが、目的は同じです。探している人物は目的地にいます」

 

 

「どういう意味だ」

 

 

「先程、師団(ディーン)眷属(グレナダ)は一度結成しようとしたことを話しました。その師団(ディーン)から出た代表メンバー。そのリーダーの名前を知っていますか?」

 

 

……まさかッ!?

 

 

「遠山 キンジさんです」

 

 

「……全部分かった。アイツが行方不明になったことも、ジャンヌやレキもいなくなったことも、俺が国際指名手配犯にし立て上げられた理由も」

 

 

全部、読まれていたのだ。

 

 

 

 

 

ガルペスの罠に、引っ掛かった。

 

 

 

 

 

「あの野郎……!」

 

 

拳を強く握り絞め、怒りを鎮めようとする。アイツの手の平の上で踊らされた自分。そしてガルペスに苛立つ。

 

 

「……それにロシアに安全に連れて行くことだけではありません。物資も提供します」

 

 

「それなら間に合っている」

 

 

「では飛行船はどうでしょうか?」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

とんでもないモノを提供しようとして来た男に俺たちはギョッとする。

 

 

「領空に関してはロシアと話を通しておくのでご安心を」

 

 

「……お前、何が目的だよ」

 

 

「平和ですよ」

 

 

ニコニコとした表情で告げる男に俺は視線を逸らす。

 

 

「こんな俺に、平和な世界が作れると思うか?」

 

 

自分でも馬鹿なことを聞いたと思う。周りにいた人たちが驚いている。

 

男は眼鏡に指を当てて少し考えた後、笑顔を作った。

 

 

「飛行船がここに来るまで時間があります。それまで二人だけで話しませんか?」

 

 

 

________________________

 

 

無人となった駅のホームに備え付けてある木のベンチに座る。明かりは一つの街灯だけだ。

 

俺の隣にはニコニコと笑顔でいる男が座っている。

 

 

「話をする前に、一つ言っておく」

 

 

「何でしょうか?」

 

 

「俺は乗らされたんじゃない。乗ったんだ」

 

 

「……やはりあなたは遠山さんのように上手く行きませんね」

 

 

遠山はダシにされたか。馬鹿野郎。

 

 

「まずお前が武器も持たず、丸腰で現れた理由は二つある。一つはさっきの取引を成功するため」

 

 

「もう一つは何でしょうか?それだけの理由で私は―――」

 

 

「お前はある認識を持たせたかった。例えば『武器が無くても私は強い』という認識とかな」

 

 

「惜しいですね」

 

 

当たってなかった。恥ずかしいんだが。

 

 

「『何かある』と思わせるだけで十分なのですよ。人が一番恐れるのは何も分からない『何か』ですから」

 

 

「……お前、名前は何て言うんだ?」

 

 

「これは失礼。申し遅れました。私は諸葛(しょかつ) 静幻(せいげん)です」

 

 

諸葛って……あの三国志に登場する軍師の諸葛 (りょう)のことか……?孔明(こうめい)の子孫なのか?

 

……なんか頭が良いと思ったらこれか。

 

 

「とんでもない奴に合ってばかりだな俺は」

 

 

「私からも一つ聞いても?」

 

 

「ああ、構わない」

 

 

「孫とは会いましたか?」

 

 

「……孫悟空のことか?」

 

 

「はい」

 

 

「……俺も聞きたいと思っていた。アレは何だ?」

 

 

「……彼女は昔々の皇帝が()(日本)から来た巫女の秘術を使い、彼女を石牢に三年間、閉じ込めたのです。そして、武神の心を猴の中に入れたのです」

 

 

「それが孫悟空……孫ってことか」

 

 

「その時、巫女が外科的に埋め込んだモノがあります」

 

 

諸葛は笑顔から真剣な表情になった。

 

 

緋緋色金(ヒヒイロカネ)です」

 

 

「……大体見えて来たな」

 

 

孫悟空は緋緋神でもあるんだ。アイツは色金を使ってアリアだけでなく、猴も操ることができた。

 

 

「今は不完全な緋緋神ですが、いずれ本物に支配され―――」

 

 

「残念だがもう手遅れだ。アイツは緋緋神に飲まれていた」

 

 

「ッ……そうですか」

 

 

諸葛は一瞬だけ暗い表情を見せた。しかし、すぐに無理な笑みを俺に見せる。

 

 

「そろそろあなたの悩みについて聞きましょうか」

 

 

「悩み……じゃねぇよ」

 

 

俺は分からなくなったのだ。正しいモノや間違ったモノ。その区別すら分からなくなっている。

 

 

「悩みと分からないことは全く別のことですよ」

 

 

しかし、諸葛は俺のことを悩んでいるように言う。

 

 

「だから俺は―――」

 

 

「あなたは迷っていない。迷っていればあなたはここにはいないはずです。私と二人で会話なんてしませんよ」

 

 

諸葛は続ける。

 

 

「あなたは迷っていない。悩んでいるのです」

 

 

「……じゃあ俺は、何を悩んでいる?」

 

 

「それは分かりません。ですから話を聞かせて貰いませんか?」

 

 

「……もし自分の恩師が大切な人が傷つけていたら、どうすればいい?」

 

 

『もし』というより傷つけられた。友を斬られ、俺も斬られた。短い時間だが、刻諒は良い奴だと分かっている。

 

最初、姫羅はティナを斬ろうとした。だが、刻諒が姫羅にいち早く気付き、守ったのだ。

 

この恩は忘れない。刻諒には借りができてしまった。

 

 

「……あなたはどうしたいのですか?」

 

 

「俺は……………ッ」

 

 

そうか。これか。俺が悩んでいるのは。

 

これからどうするか悩んでいるのだ。

 

 

「……俺は、大切な人を守りたい。だけどッ……!」

 

 

俺は聞いてしまった。姫羅の言葉を。

 

 

『アタイは……やらなきゃならない』

 

 

『大樹と同じ、大切な人のために』

 

 

その言葉が俺の判断を狂わせ、葛藤させる。下唇を強く噛み、下を向く。

 

 

「……悩み事は大きいようですね」

 

 

「ああ、予想以上にキツイなこれ……」

 

 

「では、今は保留にしましょう」

 

 

「……………は?」

 

 

諸葛の言葉に俺は驚いた。

 

 

「今、無理矢理出す必要はないのですよ。これから答えが変わるかもしれませんし、分かるのかもしれません」

 

 

「……いや、そんな甘えたこと、俺にはできねぇ」

 

 

「甘えではありません。あなたは真剣に考えているのです。そんな考えを非難する人はあなたの周りにはいないはずですよ」

 

 

諸葛は立ち上がり、笑顔を見せた。

 

 

「あなたなら、遠山さんのように変われるはずです」

 

 

「……まさか遠山に負けているのか、俺は?」

 

 

「そんなモノで勝負する必要はないですからね?」

 

 

「ハッ……知ってるよ」

 

 

俺は立ち上がり、諸葛の顔を見る。

 

 

「少しだけ、楽になった」

 

 

「力になれてなによりです」

 

 

そう言って、諸葛はまた笑顔を俺に見せた。

 

これが中国の知略家か。ホント、すごい奴に出会ったな俺は。

 

 

(……あんまり長くは悩めないな)

 

 

俺はポケットに入った砂時計を見る。落ちている砂は全体の五分の一だ。結構進むスピードは早いのかもしれない。

 

 

(姫羅……)

 

 

必ず、アイツとはまた戦う。その時、俺はどうするだろうか?

 

空を見上げると、いつものように綺麗な夜空は見えなかった。

 

 


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