どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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右手が火傷しましたが、案外左手だけでもキーボードをカタカタ打てますね。これが私の能力……!



彼女を否定する神々

ゴォッ!!

 

 

音速で街を駆け抜け、あっという間に32号モノリス周辺の山まで辿り着く。

 

 

『大樹君、彼は危険だ。行くのはやめたまえ』

 

 

影胤に行くのを止められたが、俺はそれを無理矢理振り切った。

 

山を一瞬で頂上まで駆け上がり、頂上から32号モノリスに向かって跳躍し、距離を一気に縮める。

 

 

ズシャアアアアアッ!!

 

 

勢いよく地面に着地し、砂を巻き上げる。そして、また走り出す。

 

前方には空高くそびえる黒い巨大な人工建築物。32号モノリスの下まで来た。

 

 

「上かッ!!」

 

 

下から聞こえる音、人の気配はまるでない。近くに軍の基地があるはずなのに少しおかしいと思った。だが、そんな些細なことは今の俺にはどうでもいい。

 

走る速度を落とさず、俺はモノリスの水平な壁を走る。

 

 

ダンッ!!

 

 

モノリスの頂上はすぐに辿り着いた。黒いバラニウム製の床に膝をついて着地する。

 

そして、モノリスの頂上には俺以外にもう一人の人物がいた。

 

 

その時、太陽が山から覗いた。

 

 

光が俺たちを照らし出し、姿を明るくする。

 

 

「ッ!?」

 

 

俺は目を疑った。予想していた人物ではなかった。そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリア……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探していた大切な人だったから。

 

 

綺麗なピンク色の長いツインテール。

 

 

宝石の様な赤紫(カメリア)の瞳。

 

 

142cmという小さな体。

 

 

シャーロック・ホームズの曾孫にあたる家系の少女。

 

 

武偵服の夏服。青い防弾服を着ていた。

 

 

 

 

 

神崎・(エイチ)・アリアがそこにいた。

 

 

 

 

 

「……大樹?」

 

 

「ッ!」

 

 

ずっと聞いていなかった声。その声を聞いた途端、俺の目から涙がポロポロと流れ出した。

 

安心して出た涙?感動して出た涙?多分、どっちともだ。

 

 

「あたし……何をしていて……?」

 

 

(記憶がないのか……!?)

 

 

元々ガルペスの野郎が呼び出した場所。しかし、そこにガルペスの姿は見えない。気配を探るが、近くにいないようだ。

 

 

「大樹……なの……?」

 

 

「ッ……ああ、俺だ」

 

 

その時、アリアは俺に向かって走り出した。

 

俺は走って来たアリアを受け止め、抱き締める。

 

 

「大樹!」

 

 

「アリア!」

 

 

ただ、これが罠だとしても構わない。俺が守ればいいっと思った。

 

抱き締めているアリアは本物。アリアだ。

 

 

「あたし、あたしね……大樹のことが……!」

 

 

「大丈夫だ!もう何も言う―――!」

 

 

 

 

 

「好き」

 

 

 

 

 

その瞬間、時間が止まったような感覚に陥った。

 

何故だ?

 

嬉しい言葉なのに、どうして喜べない?

 

どうして?

 

 

「……好き」

 

 

もう一度繰り返される言葉。ああ、そうか。

 

 

 

 

 

「好きだぞ、楢原」

 

 

 

 

 

「誰だ……お前ッ」

 

 

俺は後ろに下がり、アリアから距離を取った。同時にコルト・パイソンの銃口をアリアに向ける。

 

心臓がバクバクと鼓動が早くなる。嫌な予感がした。

 

 

「はははッ……はははははッ!!」

 

 

アリアじゃない。アイツは……!

 

 

「お前、緋緋神(ひひがみ)だなッ……!」

 

 

俺の答えにアリア……いや、緋緋神は笑った。俺はその笑った顔に戦慄した。

 

アリアの中にはシャーロックが撃った銃弾。緋弾がある。

 

その緋弾が緋緋神という神を目覚めさせてしまう。それは知っていた。しかし、

 

 

「ありえない……ありえないッ!!お前には殻金(カラガネ)があったはずだ!目醒めるわけが―――!」

 

 

自分で言っていて気付いてしまった。

 

殻金が緋緋神を呼び覚まさないようにする守りだ。だから安心していた。

 

しかし、今俺の目の前にいるのは緋緋神。

 

だから分かってしまった。

 

 

「ガルペスッ……貴様あああああァァァ!!」

 

 

アイツが殻金を外した。そうしか考えられなかった。

 

あの野郎が、緋緋神を呼んだ。

 

 

「いいなあぁ。いい。その殺意。その溢れ出る殺意だけで人を殺してしまいそうだ」

 

 

ニヤリッと笑った緋緋神。

 

アリアを穢されてしまったような感じがした。アリアはそんな笑い方はしない!

 

 

「アリアは最高だったよ。楢原を思う気持ち、あたしも楽しませて貰ったよ!誉めてやるよ、楢原!」

 

 

「それ以上喋るなクソ駄神ッ!!」

 

 

「ははははッ!!この女なら、あたしの完全な現し身になれる!ひれ伏して祝え、楢原!」

 

 

「誰がテメェみたいな野郎に頭を下げなきゃならねぇんだよ!ふざけるな!」

 

 

俺が暴言を口にしても、緋緋神は一切怒る様子は見せない。むしろ笑っていた。

 

 

「良い……良い!その怒りは恋から来ている!それがいい!」

 

 

その時、周辺の空気が変わった。

 

緋緋神から闘気が溢れ出し、バラニウムの床が震えだす。

 

 

緋緋色金(ヒヒイロカネ)は一にして全。全にして一。されど、これこそ理想の一……!」

 

 

緋緋神が歌うようにそれを口にする。俺はコルト・パイソンを左手に握り、右手にいつも持ち歩いているバラニウム製のバタフライナイフを逆手に持った。

 

 

「始めるぞ。戦争だ。この世の中は面白い。しかし、今はつまらない。つまらないってのは、悪。戦争はその悪を破壊する、正義の神事」

 

 

恋心と闘争心を荒ぶらせる祟り神。

 

 

「起こすぞ、ここから世界に広がる大戦(おおいくさ)を!!このつまらん時代に、(いくさ)()()()()()()ぞォ!!ハハハハハッ!!」

 

 

そこに、アリアはいない。

 

 

 

 

 

「黙れって言ってるだろうがあああッ!!」

 

 

 

 

 

我を忘れるほどの怒り。大樹の怒りの咆哮が響き渡る。

 

 

ダンッ!!

 

 

大樹は一瞬で姿を消す。そして、光の速度で緋緋神の背後を取った。

 

逆手で持ったバタフライナイフの柄で緋緋神の首を狙う。怒りで我を忘れていたが、アリアを傷つけずに救う。気絶させるだけでいい。それだけは頭の中で何故か分かっていた。

 

しかし、バタフライナイフの柄を振り下ろした瞬間、

 

 

グシャッ!!

 

 

右手が消滅した。

 

 

「があッ!?」

 

 

言葉通り、俺の右手は空間をテレポートしたかのように消えた。ナイフも消えて、破片の一つもない。

 

右手から大量の血が噴き出す。その出血量に恐怖するが、

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】!!」

 

 

右手は一瞬で元に戻り、コルト・パイソンを両手で持ち、緋緋神に銃口を向ける。

 

大樹の姿。その戦う姿を見た緋緋神はニヤリと笑う。

 

 

「ああ、ときめく。あたしを心の底から楽しませてくれる……!」

 

 

緋緋神の周囲には一辺が30センチメートルの立方体(キューブ)がいくつも出現していた。

 

透明で分かりにくいが、空間が少し歪んで見えるので大樹にはそれを捉えることができた。

 

おそらくさっきの攻撃はこの立方体(キューブ)だ。触れたら消される。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

ダンッ!!

 

 

右手を握り、音速で緋緋神との距離を詰める。

 

 

「【黄泉(よみ)送り】!!」

 

 

 

 

 

「大樹!」

 

 

 

 

 

ゴォッ!!

 

 

しかし、拳は緋緋神に当たることはなかった。

 

大樹の拳はアリアの目の前で止まっていたからだ。

 

緋緋神がアリアの声を真似して名前を呼んだ。その瞬間、大樹に迷いが生じた。

 

結果、大樹は攻撃できなかった。

 

 

「ハハッ!!恋は、咲く花の如し―――!」

 

 

「なッ!?」

 

 

緋緋神の手が大樹の腹部に触れた。その行動に大樹は息を飲んだ。

 

 

「―――【黄泉送り】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、大樹の腹部に重い衝撃が襲い掛かった。

 

 

「ッ!?」

 

 

その衝撃の強さに声すら出ない。体内の空気が一気に吐き出された。

 

 

ゴォッ!!

 

 

大樹はそのまま後方に吹き飛ばされる。その先は壁はない。あるのは断崖絶壁。

 

 

(落ちるッ!?)

 

 

ドゴンッ!!

 

 

バラニウム製の床を無理矢理右手の拳を突き立て、大樹は飛んで行く速度を落とす。

 

大樹の体はギリギリのところで止まる。反応が少し遅れていたら落ちていた。

 

だが、ホッと息をついている暇はない。

 

 

「ぐッ!」

 

 

シュンッ!!

 

 

飛んで来る立方体(キューブ)を避ける。俺の元いた場所、バラニウムの床が綺麗に四角形に消滅している。

 

 

シュンッ!!シュンッ!!シュンッ!!

 

 

次々と俺に襲い掛かる立方体(キューブ)。音速で避け続け、緋緋神の隙を狙うが、狙えない。

 

緋緋神の周りには5つほどの立方体(キューブ)がクルクルと回転して浮いている。アレで守られている限り、うかつには飛び込めない。

 

 

「殺しちゃダメだ……あたしはお前を(いくさ)に使いたい。分かっているのに、戦いたい。この気持ちが抑えられない!ガマンできない!」

 

 

「クソッ!!」

 

 

大樹はまた音速で緋緋神に向かって飛び込む。しかし、緋緋神はそれを挑発に乗ることを読んでおり、すぐに大樹の目の前にいくつもの立方体(キューブ)を集結させた。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

「無駄だッ!!」

 

 

大樹は腕をクロスさせながら集結させた立方体(キューブ)に突っ込む。

 

 

「【木葉(このは)(くず)し】!!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

立方体(キューブ)に腕が触れた瞬間、大樹の姿がまた消えた。

 

 

「何ッ!?」

 

 

緋緋神の目が見開き、驚愕する。

 

だが、すぐに笑みを浮かべた。

 

 

「惜しい」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

地面から無数の透明な槍が緋緋神を中心に飛び出した。

 

 

ドシュッ!?

 

 

「がぁッ……!?」

 

 

緋緋神の背後を再び取っていた大樹の体が宙に舞う。右腕と左胸。右太ももを槍が貫通した。

 

 

ドサッ!!

 

 

宙に舞った大樹の体がバラニウムの床に叩きつけられる。

 

口から血を吐き出し、息を荒げながら必死に立ち上がろうとしている。

 

 

「そうだ……!立て!楢原!」

 

 

「うるせえええええェェェッ!!!」

 

 

絶対強者の怒りの咆哮。その声に緋緋神の鼓膜はビリビリと震えた。

 

 

ダンッ!!

 

 

悲鳴を上げる体を無理矢理動かし、音速で緋緋神に向かって走り出す大樹。緋緋神は笑いながらそれに答える。

 

 

ゴスッ!!

 

 

鈍い音が響く。大樹の腕と緋緋神の腕がぶつかった音だ。

 

緋緋神の力のせいだろうか。緋緋神の腕は音速でぶつかって来た大樹の腕に負けなかった。

 

 

「よし、お前にはこれで戦ってやろう」

 

 

緋緋神の両手には二丁のコルト・ガバメントが握られていた。

 

右手に持った銃の銃口は俺の眉間を狙っていた。

 

 

バンッ!!

 

 

「ッ!」

 

 

亜音速で放たれた銃弾は見えていた。紙一重で銃弾を避ける。

 

 

バンッ!!バンッ!!バンッ!!

 

 

ほぼゼロ距離からの射撃。銃弾を紙一重でかわし続ける。

 

ガバメントの銃声が何度も鳴り響いた後、

 

 

ガチンッ

 

 

銃声が止まった。

 

それを好機と見た大樹が仕掛ける。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

「だから無駄だと言ってるだろうッ!!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

再び地面から透明の槍が飛び出し、大樹を襲う。

 

 

「……ぅぅうあああああッ!!!」

 

 

吹っ飛ばされないように体に力を入れる。歯を食い縛って槍の痛みを堪える。

 

右手を強く握り絞め、緋緋神を睨み付ける。

 

 

「【黄泉送り】!!!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

そして、音速で放たれた拳の突きは空を切った。

 

 

「なッ……!?」

 

 

確かにそこにいたはずの緋緋神が消えた。まるで瞬間移動したかのように。

 

 

「ここで終わらせてもらうぜ、楢原」

 

 

その声は背後から聞こえた。

 

そこには両手を前に出した緋緋神。ツインテールを翼のように広げ、宙に浮いている。

 

赤紫(カメリア)色の瞳が緋色に輝き、俺を笑って見ていた。

 

 

(何か来るッ!!)

 

 

血を吐き出しながら、緋緋神を警戒する。

 

短時間でここまでやられた自分を情けなく思う。しかし、一番情けないのは―――。

 

 

「俺の馬鹿野郎がッ……」

 

 

―――手を伸ばせば届く、大切な人を救えないこと。

 

 

「耐えてみせろよ」

 

 

緋緋神の瞳。緋色の輝きが一層強くなった。

 

その瞬間、俺は能力を発動させた。

 

 

【神格化・全知全能】

 

 

右目が黄金色に光り、時間が止まったような錯覚に陥った。これならどんな攻撃でも対応できる。

 

そして、理解した。

 

 

 

 

 

俺は死んだ、と。

 

 

 

 

 

緋緋神が放ったのは緋色のレーザー。

 

()()()()で突き進むレーザーに、俺は対処できない。

 

頭で理解しても、目で捉えられても、身体が追いつかない。一瞬だけ早く光の速度で逃げれば、まだ避けれた。しかし、その一瞬が遅れてしまった。

 

 

(ああ、最悪だ……)

 

 

レーザー光線は俺の眉間を狙っている。体だったらどうにかできたかもしれないのに。

 

……最悪。ああ、最悪。もう最悪。

 

 

 

 

 

「ちくしょう……!」

 

 

 

 

 

バキンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅れて悪いな、大樹」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、俺は目を疑う程驚愕した。

 

眉間を狙っていた緋色のレーザー光線が突如消えたのだ。

 

目の前には赤い光の壁。その壁はレーザー光線を貫かなかった。

 

 

「【神壁(しんへき)(くれない)宝城(ほうじょう)】が間に合ったようだな」

 

 

その声は、男の声。俺は知っている。

 

 

 

 

 

「助けに来たぜ、大樹」

 

 

 

 

 

白いコートを身に纏った男。坊主頭の青年。

 

右手には【天照大神(アマテラスオオミカミ)(けん)】。

 

 

 

 

 

原田 亮良(あきら)がいた。

 

 

 

 

 

「何で……お前がいるんだよ……!」

 

 

「お前が呼んだんだろうが」

 

 

原田は俺の足元を指差す。床には青色のガラスの破片が砕け散っていた。

 

 

「そうか……お前が渡したビー玉か」

 

 

この世界に来る前に渡されたビー玉の破片だった。戦闘中に壊れてしまったようだ。

 

 

「ったく来てよかったぜ。死にかけやがって」

 

 

「……悪い」

 

 

「お前、武器はどうした?」

 

 

「使えねぇ」

 

 

「何?」

 

 

「今は使えない。使用不可だ」

 

 

「……理由は後で聞く。今はこっちをどうにかするぞ」

 

 

原田は右手に持った短剣を構える。俺も構えようとするが、

 

 

グシャッ!!

 

 

「があッ!?」

 

 

「大樹!?」

 

 

黄金色に輝いていた右目が弾け飛んだ。右目から大量の血が流れる。

 

 

「構うな……今はアリアが先だ……!」

 

 

「お前……!」

 

 

「あのキューブには触れるな。あれは空間ごと削り取る」

 

 

原田に警告しながらコルト・パイソンの銃口を緋緋神に向ける。

 

 

「つまらない水を差した奴は、殺す!」

 

 

「原田ッ!!」

 

 

何十個もの立方体(キューブ)が原田に向かって襲い掛かる。俺は原田を呼んで危険を知らせるが、

 

 

「あまり俺を舐めるなよ!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

原田は俺と同じ速度。音速で走り出し、立方体(キューブ)を避ける。

 

緋緋神の表情が悔しそうな顔に変わる。

 

 

「楢原との真剣勝負を邪魔するな!!」

 

 

「笑わせるな!人の体を使っておいて真剣なんてほざいてるんじゃねぇぞ!」

 

 

ダンッ!!

 

 

原田が踏み込んだ瞬間、緋緋神の距離がゼロになる。しかし、緋緋神はやはり読んでいた。

 

 

ドシュッ!!

 

 

地面から無数の透明な槍が飛び出す。だが、原田は緋緋神の殺気に気付き、後ろに飛んで回避していた。

 

 

「【無刀の構え】」

 

 

ゴォッ!!

 

 

透明の槍が飛び出した瞬間、俺は槍を避けながら緋緋神との距離を詰めた。

 

攻撃の瞬間は分からない。なら攻撃した後の見える瞬間を狙えばいい。

 

 

「しまっ―――!」

 

 

緋緋神の表情が驚愕に変わる。

 

俺は右手を緋緋神の腹部に当てる。

 

原田が作った隙。今度は決める!

 

 

「【黄泉送り】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

緋緋神の腹部に強い衝撃が襲い掛かる。

 

緋緋神はその場に膝をつき、俺の顔を見る。

 

 

「しょ、しょせん、ひとの、体か……(コウ)の、からだなら、こうはいかなかった、ものを……!」

 

 

(こう……?)

 

 

人の名前だろうか?緋緋神の口にした言葉に疑問を持った。

 

 

「いいだろう……少しの間、眠りについてやる……!」

 

 

「お前は、一生寝ていろ……!」

 

 

「はははッ、次に目覚めた時は、この世界を戦争の乱世に変えてやる……!」

 

 

ドサッ

 

 

緋緋神から溢れ出る緋色のオーラが消え、前から倒れた。

 

俺はアリアの体を抱き締め、床に倒れないようにする。

 

 

「大樹!まだだ!みんなのところに帰るぞ!」

 

 

原田の慌てた様子に俺は驚く。

 

 

「ガルペスがここにいない。ならみんなが危ない!」

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉に、俺は恐怖を感じた。

 

また失う。それが怖くて。

 

 

宮川(みやがわ)に守るように言っているが、俺はアイツの戦闘の実力を知らねぇ……!」

 

 

「宮川……」

 

 

宮川 慶吾(けいご)。最後に会ったのは火龍誕生祭のギフトゲームだ。俺も実力は分からねぇが原田と同じ天使なら……いや、そういう問題じゃない。

 

ガルペスは桁違いに強い。もはや次元が違うと言ってもいい。勝てる見込みは少ない。

 

急いで俺はアリアをお姫様抱っこで抱きかかえる。

 

 

「こっちだ!ついてこい!」

 

 

教会の場所を知っている俺は原田に案内する。

 

 

ダンッ!!

 

 

そして、俺と原田は頂上から飛び降り、物静か過ぎる32号モノリスを後にした。

 

 

________________________

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

教会近くの廃墟街に雷が落ちた。爆発音に似た音が響き渡る。

 

落雷は一人の男に向かって落ちた。しかし、

 

 

「この程度か、兎」

 

 

男の体は無傷。服に汚れすらついていない。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

男の視線の先、ギフトカードを握った黒ウサギが膝をついていた。呼吸は乱れ、肩を大きく上下させている。

 

男の名前はガルペス。白い白衣を身に纏っている。

 

 

(黒ウサギの攻撃が全く通じない……!?)

 

 

雷は何度もガルペスに直撃した。しかし、ガルペスの体は無傷。白い白衣を一切汚さない。

 

 

「俺の気配をいち早く気付いたところは褒めよう。だが、力が無力だ」

 

 

「ッ……!」

 

 

ガルペスの冷徹な一言に黒ウサギは下唇を噛む。

 

 

「お前を殺したら次は二人だ。それで楢原 大樹の気力は底に落ちる」

 

 

「何故そんな酷いことを……!」

 

 

「俺たち保持者(ほじしゃ)は『復讐』で動いた生き物だ。俺の復讐は、奴の力が必要不可欠だ」

 

 

ゴォッ!!

 

 

ガルペスの頭上に無数の炎の塊が出現し、黒ウサギに向かって飛んで行く。

 

 

「ッ!」

 

 

黒ウサギは後方に飛び、回避しようと試みるが、

 

 

バシャンッ!!

 

 

今度は黒ウサギの背後に、無数の水の槍が出現した。

 

 

(避けれない!?)

 

 

黒ウサギがギフトカードから自分を守る恩恵を取り出そうとするが、

 

 

「遅い」

 

 

ゴォッ!!

 

 

炎の塊と水の槍が黒ウサギに襲い掛かった。

 

 

「『マキシマムペイン』!!」

 

 

ギュウイイイイィィン!!

 

 

その時、炎の塊と水の槍の前に斥力の壁が立ち塞がった。

 

斥力の壁に当たった炎の塊と水の槍。二つの力は暴発し、壁を貫くことはなかった。

 

 

「影胤さん!?」

 

 

黒ウサギの背後には笑った仮面をつけた男。蛭子 影胤が立っていた。

 

 

「私だけではないよ、小比奈!」

 

 

「はいパパ!!」

 

 

影胤が小比奈を呼ぶと、ガルペスの背後に一瞬で小比奈は現れた。

 

 

(速い!?)

 

 

小比奈のスピードは明らかに速かった。黒ウサギがそのスピードに驚愕するほど。

 

 

ザンッ!!

 

 

小比奈の斬撃がガルペスの首に当たる。だが、

 

 

バシュンッ!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

ガルペスに当たった刀は水を斬ったかのようにすり抜けた。ありえない現象に三人は絶句する。

 

 

「無駄だ」

 

 

小比奈の斬撃を食らったにも関わらず、ガルペスは顔色一つ変えない。そんな不気味な雰囲気を纏ったガルペスを見た影胤は嫌な予感を感じ取った。

 

 

「下がりなさい小比奈!」

 

 

「ッ!?」

 

 

影胤が声をかけた時には遅かった。既に小比奈の上空には無数の銀色の剣が出現していた。

 

 

シュンッ!!

 

 

そして、剣の刃が小比奈を狙いを定め、高速で落下した。

 

 

「させぬッ!!」

 

 

カカカカカンッ!!

 

 

しかし、剣は小比奈に当たることは無かった。剣は地面に突き刺さるだけだった。

 

小比奈は自分の背後から来た少女に体を掴まれ、助けられた。

 

 

「延珠……?」

 

 

助けたのは兎型(モデル・ラビット)のイニシエーター、延珠だった。小比奈は延珠を見て驚いていた。

 

 

「天童式戦闘術二の型十六番」

 

 

ガルペスの目の前に一人の青年が飛び込んで来た。

 

延珠のプロモーター、蓮太郎だ。

 

 

「【隠禅(いんぜん)黒天風(こくてんふう)】!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

蓮太郎の後ろ右回し蹴りはガルペスの頭部を吹き飛ばした。だが、ガルペスの頭部は水のように散布しただけ。血の一滴も流していない。

 

 

ダンッ!!

 

 

蓮太郎の蹴りの直後、ガルペスの背後を取った大男がいた。

 

黒い大剣を片手に持ち、口をバンダナで隠した将監(しょうげん)だ。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

バシュンッ!!

 

 

黒い大剣をガルペスの真上から振り下ろす。水は縦から割れて弾ける。しかし、蓮太郎と同様、ガルペスの体は水のように分散するだけ。血は流れていない。

 

 

ダンッ!!

 

 

蓮太郎と将監は同時に後ろに跳躍し、ガルペスから距離を取る。そして、二人がガルペスから距離を取った瞬間、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

一発の銃声が鳴った。

 

銃の引き金を引いたのは将監のイニシエーター、夏世だった。

 

夏世が撃った銃弾は人の原型を無くしたガルペスの足元に当たり、銃弾は弾け飛んだ。

 

 

ガチンッ!!

 

 

銃弾が弾け飛んだ瞬間、原型を失ったガルペスの水の体が一瞬で凍り付いた。

 

夏世が使ったのは液体窒素を応用した対ガストレア用の氷結弾。水となっていたガルペスを凍らせることに成功した。

 

 

「ハッ、ざまぁねぇな!」

 

 

「将監さん、油断しては駄目です」

 

 

鼻で笑う将監に真剣な表情で夏世は注意を促す。蓮太郎も凍ったガルペスを見て警戒していた。

 

 

「『ネームレス・リーパー』!!」

 

 

ザンッ!!

 

 

影胤の手から残像を残しながら鋭い鎌状になった斥力の鎌が放たれた。

 

斥力の鎌は凍ったガルペスを斬り裂き、砕け散った。

 

 

「皆さん!逃げてください!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

しかし、黒ウサギは大声で警告した。その理由はすぐに明らかになる。

 

 

「まだ甘いな」

 

 

ガルペスの声が聞こえた瞬間、その場にいた全員の体が凍り付いた。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

ガルペスが砕け散った場所から赤い炎の竜巻が空に向かって燃え上がった。

 

そして、炎の竜巻から人影が浮かび上がり、炎の中から歩いて出て来た。

 

 

「俺を殺すのは不十分な威力……いや不可能だ」

 

 

「な、何だよ……こいつ……!?」

 

 

無傷のガルペスを見た将監は思わず一歩後ろに後退りしてしまった。

 

他の者たちも同じ反応だ。この男に恐怖していた。

 

白い白衣をヒラヒラと風に揺らしながらガルペスはゆっくりとこちらへ歩いて来る。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、一発の銃弾がガルペスの心臓を貫いた。しかし、ガルペスは倒れるどころか痛そうに顔を歪めたりすることはなかった。

 

ガルペスは自分の撃たれた箇所を見る。

 

 

「狙撃か……」

 

 

視線を銃弾が飛んで来た方向に移す。

 

 

「距離は約1キロメートル……腕の良い狙撃手、というわけではなさそうだな」

 

 

ガルペスはこの神業の狙撃トリックを見破っていた。

 

 

「【ソード・トリプル】」

 

 

ガルペスの頭上に三本の銀色の剣が出現する。剣先の方向はバラバラであるが、しっかりと狙っていた。

 

剣先の延長線上。そこには球体のビット、『シェンフィールド』が浮いていた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

三本の銀色の剣は3つの『シェンフィールド』を貫き、爆破させた。

 

 

「くッ、ティナの『シェンフィールド』が破壊された。次の援護射撃まで1分半かかるそうだ」

 

 

耳に手を当てた蓮太郎が嫌な顔をして告げた。それを聞いた影胤が首を横に振る。

 

 

「それ以前に、彼を倒す方法はあるのかね?無いのなら撤退するべきだ」

 

 

「黒ウサギも賛成です。優子さんと真由美さんが子どもたちの避難を終えたら逃げましょう」

 

 

「愚かだな」

 

 

黒ウサギの案を一蹴したのはガルペスだった。

 

 

「その避難とやら、俺に取っては好都合な展開だ」

 

 

「何を言って―――!?」

 

 

ゴオォ!!

 

 

その時、空を黒い何かが横切った。正体を目視できなかったが、ガルペスが答えを告げた。

 

 

「戦闘機だ。今からその避難している奴らを爆撃する」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ガルペスの言葉に、息を飲んだ。

 

 

「まずは二人だ」

 

 

「やめろおおおおおォォォ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

ガルペスに向かって走ったのは蓮太郎だった。大声を上げながらガルペスに突っ込む。

 

 

「俺には武術に関しては無縁だ。体力も全くない。だが―――」

 

 

ガルペスの右手には拳銃が握られていた。

 

 

「人など、これで十分だろ」

 

 

パンッ!!

 

 

乾いた銃声が響く。銃弾は蓮太郎に向かって突き進む。

 

 

チッ

 

 

しかし、銃弾は蓮太郎の服を掠めただけだった。

 

蓮太郎は亜音速で飛んで来る銃弾は見えない。しかし、相手がトリガーを引ききるまでに弾道を予測して回避位置を見いだすことはできた。

 

ガルペスは銃の扱いに慣れていなかったのだろう。蓮太郎は簡単に避けることに成功した。

 

しかし、ガルペスの狙いはそこではなかった。

 

 

「蓮太郎ォ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

延珠に大声で名前を呼ばれて気付く。蓮太郎の頭上には何百本もの銀色の槍が構えられていたからだ。

 

蓮太郎が気付いた時には既に遅かった。

 

 

「【ランス・ハンドレッド】」

 

 

ゴォッ!!

 

 

そして、100本の槍が蓮太郎に向かって落ちた。

 

 

 

 

 

滑稽(こっけい)だな、ガルペス」

 

 

 

 

 

バキバキバキバキンッ!!

 

 

銀色の槍が一斉に砕け散った。

 

人の目では捉えることのできない100の銃弾が槍を丁寧に一本一本破壊された。

 

銃弾の横やりにガルペスがここに来て初めて驚いていた。

 

 

「あの方は……!?」

 

 

もちろん驚いたのはガルペスだけではない。黒ウサギも驚いていた。

 

銃弾を撃った人物はガルペスの背後の先、10メートル先に射撃者がいた。

 

白いコートを身に纏い、白髪の不健康そうな髪。右手には普通の拳銃より二回りくらい大きな黒い銃。

 

 

もう一人の天使、宮川 慶吾がいた。

 

 

「また貴様か……!」

 

 

ガルペスは怒りを向き出しにしたまま、宮川を睨んだ。

 

宮川は怒りを露わにしたガルペスを見て鼻で笑う。

 

 

「ハッ、面白れぇツラしてるな。パーティーでも始まるのか?」

 

 

「ッ!!」

 

 

馬鹿にした一言にさらに怒りを露わにするガルペス。だが、

 

 

「いいのか?ここに貴様がいる理由は、命令されたからだろう?奴のピエロなのだろう?だったら死人が出るのは不味いはずだ」

 

 

ガルペスの表情が変わる。ニタリと口元に笑みを浮かべた。

 

 

「俺にひれ伏せ。ひれ伏さないなら今すぐ爆撃を開始させ―――」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その時、空で爆発が起きた。

 

赤い炎が燃え上がり、残骸が落下する。

 

その残骸が先程横切った戦闘機だと分かるのに、時間はかからなかった。

 

宮川はガルペスに笑いながら尋ねる。

 

 

「それで、爆撃が何だって?」

 

 

「ッ……!!」

 

 

ガルペスは歯を食い縛るほど、激怒した。

 

 

「また貴様は俺の邪魔をするのか!?宮川あああああァァァ!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

コンクリートの地面が割れ、隙間から紅蓮の炎が噴き出した。

 

紅蓮の炎は形を変える。翼を大きく広げ、何本もある長い尾。その姿は不死鳥に似ていた。

 

 

「【フェネクス】!!」

 

 

ガルペスが悪魔のフェニックスの名を口にした瞬間、炎の不死鳥は宮川に向かって突進した。

 

宮川は一切動こうとせず、目を瞑った。

 

何千度もある炎は宮川を包み込む。火傷では済まない熱風が黒ウサギたちを襲った。

 

 

「ここは危険です!逃げましょう!」

 

 

黒ウサギの言葉を拒否する人はいなかった。すぐに黒ウサギたちは廃墟街を後にした。

 

 

「この程度なのか、ガルペス」

 

 

燃え盛る炎の中、一人の青年の声が聞こえる。

 

 

「【残酷な雪崩(グラオザーム・ラヴィーネ)】」

 

 

バキバキバキバキッ!!

 

 

その瞬間、()()()()()

 

紅蓮の炎は透明な氷の中に閉じ込められてしまい、氷の中ではユラユラと炎が揺れている。

 

 

バキンッ!!

 

 

そして、氷は粉々に砕け散り、輝きを持った氷の雪を降らす。

 

 

()()()復讐者はさらに上を行くぞ?」

 

 

「黙れッ!!貴様がいなければ俺が王になっていたッ!復讐を成し遂げていたッ!」

 

 

「そうか」

 

 

宮川は銃口をガルペスに向ける。

 

 

「それで?何か文句でもあるのか、負け犬(ルーザー)

 

 

「後悔するなよ……!」

 

 

ダンッ!!

 

 

ガルペスは右足で地面を叩く。その音と同時にガルペスの頭上に空を埋め尽くすほどの数え切れないほどの銀色の武器が出現した。

 

大剣、刀、ナイフ、レイピア、サーベル、槍、斧、ハルバード、ランス、ハンマー、メイス。数え切れないほど種類が多い。

 

 

「【ウエポン・エンドレスレイン】」

 

 

ゴォッ!!

 

 

空を埋め尽くした武器が一斉に宮川に向かって降り注ぐ。

 

宮川は右手に持った銃の銃口を空に向ける。

 

 

「【邪悪な暴風(シュトゥルムベーゼ)】」

 

 

ゴオオオオオォォォ!!

 

 

銃口から放たれた嵐の弾丸。

 

嵐のような暴風が荒れた廃墟街の瓦礫を舞い上がらせ、襲い掛かる武器を吹っ飛ばした。

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

ガルペスの体も暴風に耐えようとするが、簡単に体が舞い上がってしまった。

 

 

「どうした?自称最強?」

 

 

「ッ!?」

 

 

気が付けばガルペスは宮川に背後を取られていた。

 

宮川の左回し蹴りがガルペスの体に叩きこもうとする。だが、

 

 

「【アイギス】!!」

 

 

宮川が蹴りを入れる前に、真っ赤な盾を出現させる。

 

 

カンッ!!

 

 

蹴りが盾に当たり、金属音が響いた。

 

 

「【リフレクト】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

真っ赤に染まった盾から紅い閃光が放たれた。宮川の左足に衝撃が襲い掛かるが、

 

 

「だから、お前は負け犬(ルーザー)なんだよ」

 

 

バキンッ!!

 

 

「何ッ!?」

 

 

宮川は無視して足の力をさらに強めた。そして、ガルペスが出現させた神の盾が粉々に砕け散った。そのありえない光景にガルペスは目を見開いて驚いた。

 

宮川はすかさず銃口をガルペスの眉間に向ける。

 

 

「【死すべき運命の炎(シュテルプリヒ・フランメ)】」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

重い銃声が鳴り響き、ガルペスの頭部が吹っ飛び、体が赤い炎で包まれ燃え上がった。

 

 

ドサッ!!

 

 

頭部を無くしたガルペスの体が地面に叩きつけられる。

 

 

「チッ、吐きたくなる光景だな」

 

 

片膝をついて地面に着地した宮川はガルペスを見て舌打ちをした。

 

ガルペスを燃やしていた炎が消え、首からブクブクと赤い泡が溢れ出す。泡は男の体を飲み込み、巨大な泡の塊が出来上がる。

 

 

バンッ!!

 

 

泡が一瞬で全てを破裂する。赤い液体が一帯にばら撒かれる。

 

 

「俺はもう死なない。この復讐の灯が消えるまで」

 

 

無傷のガルペスが嫌な顔をして宮川を睨んでいた。

 

 

「笑わせるなよ」

 

 

宮川の目つきが鋭くなる。

 

 

「お前の復讐は甘過ぎるんだよ」

 

 

「貴様ッ!!」

 

 

宮川の挑発にガルペスが激怒する。宮川は銃口をガルペスに向け、ガルペスが剣を作ろうとした時、

 

 

「宮川ッ!!」

 

 

「「ッ!」」

 

 

原田の声が聞こえた。

 

宮川が振り返ると、そこには自分と同じ白いコートを着た原田が走って来ていた。隣にはアリアを抱きかかえた大樹もいる。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

「……ああ」

 

 

宮川は素っ気ない返事で原田に返す。

 

宮川が原田に返事を返していると、大樹が宮川より前に出て来た。

 

 

「ガルペスッ!!アリアに何をしたッ!?」

 

 

大樹の怒りの表情にガルペスは鼻で笑った。

 

 

「フン、それは貴様が一番分かっているだろう」

 

 

「テメェ……!」

 

 

「俺が答えるなら、緋緋神をソイツの体に取り入れさせただけだ」

 

 

大樹が歯を食い縛る音が聞こえる。どれだけ彼が怒っているのが分かる。

 

ガルペスはアリアの方を見る。

 

 

「いつまで寝ているつもりだ?緋緋神」

 

 

「キヒッ」

 

 

「ッ!?」

 

 

ガッ

 

 

突如、目を覚ましたアリアは大樹の首を両手で絞めた。

 

 

「あがッ……!?」

 

 

「大樹ッ!?」

 

 

原田が急いで大樹を助けようとするが、

 

 

「動くな。今のあたしなら簡単に首を飛ばすぞ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

アリアの脅迫で原田は動きを止める。アリア……いや、緋緋神は笑っていた。

 

 

ギリギリッ

 

 

「がぁ……ッは……!」

 

 

大樹の首がさらに締まっている。

 

このまま動かなくても死ぬ。だが動いても本当に死んでしまう。

 

何もできないことに原田は歯を食い縛った。

 

 

「それが、どうした?」

 

 

「「「!?」」」

 

 

しかし、宮川は違った。

 

一瞬で宮川は大樹と緋緋神との距離を詰めた。銃口は緋緋神の眉間を狙っている。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

重い銃声が響いた。緋緋神はとっさに大樹から首を絞めるのをやめて、銃弾から逃げる。

 

緋緋神はガルペスの横まで逃げ、宮川を睨む。

 

 

「本気で殺そうとしたな?」

 

 

「何度も言わせるな。それがどうした」

 

 

宮川の答えに緋緋神は笑った。

 

 

「良い!お前も良いな!楢原と同じ、本物の戦いを見せてくれそうだ!」

 

 

「緋緋神。ここは逃げるぞ」

 

 

戦う気満々だった緋緋神を邪魔したのはガルペス。緋緋神は不機嫌そうな顔になる。

 

 

「……あたしに指図するのか?」

 

 

「戦争なら起こしてやる。この東京エリアでな」

 

 

「かはッ……何を企んでる……!」

 

 

喉を抑えながら大樹がガルペスに聞くと、ガルペスは視線をずらした。方向は32号モノリスがある方向。

 

 

「本来なら、もうすぐあのモノリスは崩壊するはずだった」

 

 

「はずだった……だと?」

 

 

「お前らが呼んでいる『モンスターラビリンス』を破壊しなければな」

 

 

「ッ!?」

 

 

大樹は全てを理解した。

 

何故あのガストレアたちは中心を目指さず、他の方向に向かっていたのか。今考えてみれば方向は32号モノリス。狙っていたのはモノリスだった。

 

しかし、大樹には解せないことがあった。

 

 

「どうして32号モノリスだ」

 

 

たくさんあるモノリスの中、それが選ばれる理由は分からなかった。

 

 

蟻型(モデル・アント)には犠牲になってもらうつもりだったらしいからな」

 

 

ガルペスの言い方に大樹は疑問を持った。まるで第三者が行おうとしていることに。

 

しかし、『モンスターラビリンス』はモノリスを破壊するために必要な駒だったことは確かに分かった。

 

 

「教えてやるよ。あたしが」

 

 

緋緋神が腰に手を当てながら前に出る。

 

 

「やめろ。余計なことを言うな」

 

 

「あたしがお前に味方する条件。まさか忘れたわけないよな?」

 

 

緋緋神の言葉にガルペスは目を逸らし、嫌な顔をした。

 

 

「楢原。東京エリアは一週間後に絶対に滅ぶ。あたしが滅ぼすよ」

 

 

「なんだと!?」

 

 

「モノリスはもうすぐ崩壊する。そうだよな?」

 

 

「ああ。5日後には32号モノリスは崩壊する」

 

 

大樹には分からなかった。二人の会話が。

 

唯一分かることは、32号モノリスが崩壊すること。

 

 

「楢原。戦争だ。5日間待ってやる。その間に戦争の準備をしろ」

 

 

「……ふざけているのか?」

 

 

「本気だよ。あたしが滅ぼすのか、楢原が守り切れるのか。はははッ!考えただけで気持ちが昂る!」

 

 

「時間だ。これ以上、緋緋神やお前らと付き合う時間は無い」

 

 

ガルペスは右足を軽く地面をトントンっと叩くと、黒い煙が噴き出した。大樹と原田は腕をクロスさせ、吸い込まないように息を止める。

 

 

「楢原。あたしを止めてみろ……その恋が『ホンモノ』ならば!」

 

 

煙が晴れた時には、緋緋神とガルペスはそこにはいなかった。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「クソッ!!」

 

 

ドンッ!!

 

 

天童民間警備会社の一室。俺は八つ当たりで壁を叩いた。

 

大切な人と最悪な形で再会してしまった。いや、俺はアリアと再会していない。会ったのは緋緋神だ。

 

口の中で血の味がした。下唇を強く噛み過ぎたせいで。

 

 

「落ち着け大樹。今はどうするか考えるべきだ」

 

 

「分かってる。けど……こんなのねぇよ……!」

 

 

原田に言われるが、俺は冷静になれない。感情的になってしまう。

 

蓮太郎たちに心配された目で見られるが、俺は元気に振舞えない。

 

壁に寄りかかって座り込んでしまう。優子たちに心配されるが、俺は首を横に振って大丈夫だと伝える。

 

 

「……大樹。アイツは何だ?」

 

 

蓮太郎の質問は事情を知らない人たちにとって一番気になっていることだった。

 

 

「……俺の敵だ。俺は、アイツを倒さなきゃならない」

 

 

「勝算はあるのかね?」

 

 

「……………」

 

 

影胤の言葉に俺は黙ってしまった。

 

 

「大樹君。どうして彼に関わる」

 

 

「どうして……か」

 

 

座ったまま俺は天井を見た。

 

 

「大切な人を奪われたからだ」

 

 

「……君も、奪われたのか」

 

 

「俺はまだマシだ。生きている可能性が十分あるから」

 

 

バタンッ

 

 

その時、俺の話に聞き飽きたのか、宮川が部屋から出て行った。

 

 

「アイツまた……」

 

 

「いいよ原田。今回、宮川には礼を言いたいくらいだから」

 

 

考えたくないが、宮川が来なかったらただでは済まなかっただろう。最悪、死者が出ていた。

 

 

「楢原君……よかったら話してくれないかしら?」

 

 

木更が不安そうな声で俺に声をかける。

 

 

「……あまりいいものじゃないぞ」

 

 

「私も……聞きたいです」

 

 

隣を見ればティナが俺の横で膝をついて手を握っていた。

 

 

「……俺は外にいるぞ」

 

 

「将監さん。ここは聞くのが普通ですよ」

 

 

「知らん」

 

 

「いいんだよ、夏世ちゃん。悪いな将監。気を使わせてしまって」

 

 

「チッ」

 

 

バタンッ!!

 

 

将監が不機嫌そうにドアを勢いよく閉めて部屋から出て行った。

 

 

「すいません。私も行きます」

 

 

「ああ、将監によろしくな」

 

 

それに続いて夏世も部屋を出て行った。

 

 

「大樹さん……」

 

 

「大丈夫だ黒ウサギ。信じられる」

 

 

部屋を見渡す。

 

天童、里見、延珠ちゃん、影胤、小比奈ちゃん、原田、優子、真由美、黒ウサギ、ティナ。

 

大切な人たちばかりだ。

 

 

「俺たちの敵はガルペス。そして、アリアに憑りついた緋緋神と言う神だ」

 

 

「信じられない話って言いたいが……言えないな」

 

 

蓮太郎は嫌な顔をしながら言った。木更以外はガルペスの異常な強さを見てしまったのだから。

 

 

「ガルペスには絶対勝てない。俺と原田が本気で戦っても勝てる見込みは少ない」

 

 

「確かに彼の強さは化け物の強さを越えていた……神と呼んでもおかしくない」

 

 

影胤はシルクハットを深く被り直す。隣にいた小比奈が心配そうな顔で影胤の手を握った。

 

 

「緋緋神はマジで神だ。恋心と闘争心を荒ぶらせる祟り神……それがアリアに憑りついた」

 

 

「元に戻す方法はないの?」

 

 

真由美の質問に俺は答えを躊躇(ためら)った。

 

 

「……すまん。少し原田と二人だけで話がしたい」

 

 

この時、俺は逃げてしまった。

 

分かっている解答を、自信もって答えられなかった。

 

 

________________________

 

 

 

会社の屋上に来た俺と原田。二人の表情は暗い。

 

 

「アリアを元に戻せる方法はあるかもしれない」

 

 

「……それは皆に言えないことなのか?」

 

 

「確信がないんだ……あまり変な期待はさせたくない」

 

 

屋上の手すりに手を置き、空を見る。

 

 

「まずアリアが緋緋神になった原因は体の中にある『緋緋色金』。緋弾が原因なんだ。色金と人は、繋がることができる超常物質だ」

 

 

「繋がる?緋緋神とか?」

 

 

「ああ。繋がる種類は二つ。能力を供給する繋がり『法結び』。感情で繋がる『心結び』。今のアリアは二つとも繋がってしまった。いや、あれは乗っ取られたって言い方が正しそうだな」

 

 

「俺たちの攻撃した時の攻撃も……緋緋神の力ってことか」

 

 

「でもそれはありえなかった」

 

 

俺は目を細める。

 

 

「緋緋色金には特殊な殻が被せてあった。『法結び』だけを結ばせ、『心結び』だけ絶縁する殻。『殻金七星(カラガネシチセイ)』がアリアにはあった。だから緋緋神に憑りつかれることは絶対になかった。だが……」

 

 

「……それをガルペスが壊した」

 

 

俺は原田の言葉に頷く。

 

 

「『殻金七星(カラガネシチセイ)』を元に戻せば緋緋神は消える」

 

 

「……その『殻金七星(カラガネシチセイ)』は簡単に作れるものなのか?」

 

 

原田の質問に俺は首を横に振った。

 

 

「無理だ」

 

 

「……他に方法はあるんだろ?」

 

 

「一つだけある」

 

 

俺は告げる。

 

 

 

 

 

遠山(とおやま) 金次(キンジ)のバタフライナイフだ」

 

 

 

 

 

「バタフライナイフ?」

 

 

「希望はかなり薄い。だけど試す価値はあるナイフなんだ」

 

 

俺は知っている。あのナイフのことを。

 

 

(ここに来て原作を思い出すなんてな)

 

 

思い返せば美琴、アリア、優子。この3つの世界は俺が知っている世界だ。

 

もしかしたら黒ウサギや真由美がいた世界。そしてこの世界も死ぬ前に知れたのかもしれない。

 

……いや、今は考えるのはやめよう。とにかく、

 

 

「原田にはそれの回収をしてもらいたいんだ」

 

 

「なるほどな。だけど、ガルペスはお前だけで大丈夫か?緋緋神ですら俺とお前が力を合わせても手一杯だったぞ?」

 

 

「ああ、それについては―――」

 

 

バタンッ!!

 

 

その時、扉が勢いよく開かれた。

 

 

「大変よ大樹君!」

 

 

「優子!?どうした!?」

 

 

顔を真っ青にした優子。その慌てた様子は普通じゃなかった。

 

 

________________________

 

 

 

会社の部屋に戻ると、将監と夏世は戻って来ており、意外な人物が来ていた。

 

 

「聖天子……」

 

 

「大樹さん……大変なことになりました」

 

 

聖天子がソファに座っていた。その表情は俺と同じで暗い。

 

 

「32号モノリスか?」

 

 

「ッ!?どうしてそれを……!?」

 

 

やっぱりか。

 

 

「何が起きた?」

 

 

「……ステージⅣ・アルデバランをご存知ですか?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その名前に俺たちは驚愕した。知らないのは優子たちぐらいか。

 

 

「知っている。資料を見たことある。確かバラニウム侵食能力を持っている奴だよな」

 

 

「バラニウム侵食?」

 

 

真由美の確認に俺は頷いた。

 

 

「バラニウム浸食はその名の通りバラニウムを浸食し、破壊する液体だ」

 

 

「そのバラニウム浸食液は今日の夜中、32号モノリスに注入されました」

 

 

頭の中で理解してしまった。何故俺が32号モノリスに行った時、誰もいなかったのか。

 

もう俺が来た時には32号モノリスは襲撃されていた。

 

 

「それって……!」

 

 

「ああ、真由美の思った通りだと思う」

 

 

俺は告げる。

 

 

「32号モノリスが崩壊したら、磁場を失い、東京エリアに大量のガストレアがなだれ込むぞ」

 

 

俺の確信を突いた言葉に、皆言葉を失っていた。

 

だが、影胤は違った。

 

 

「新しいモノリスの準備は始めているのだろう?どのくらいかかるのかね?」

 

 

「……9日はかかります。モノリスが崩壊する日は―――」

 

 

「5日後だろ」

 

 

「……はい」

 

 

聖天子の返しに俺と原田は嫌な顔をした。

 

5日後。それは緋緋神が宣戦布告した日だ。

 

やっと意味がハッキリと分かった。確かにこれは戦争だ。

 

 

 

 

 

ガストレアを率いた緋緋神とガルペスとの戦争。

 

 

 

 

 

「ガルペス……ふざけやがって……!」

 

 

「大樹。お前から聞いた話が本当なら、ガストレアは俺でも簡単に戦える相手のはずだ。問題は数だ」

 

 

その時、聖天子の唇が震えた。

 

嫌な予感がした。

 

 

「……モノリスの外ではガストレアが集結して、います……数は―――」

 

 

聖天子は声を震えさせながら告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――5000体を……超えました……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……今、彼女は何と言ったのだろうか?

 

俺が影胤が事件を起こした際、相手にしたガストレアの数はせいぜい300を超えるかどうかの数だ。

 

そして、聖天子が口にした数は、

 

 

「5000……!?」

 

 

頭が痛くなるレベルじゃない。吐き気を通り越して発狂してしまいそうだった。

 

この場にいた全員が信じられなかった事実。言った本人ですら信じてないように見えた。

 

 

「待て……アルデバランがそれだけの数を連れているのか……いや、そもそもどうやってそんな数を……!?」

 

 

蓮太郎も混乱している。あの影胤すら動揺した数だ。混乱しない方がおかしい。

 

 

「大樹さん……お願いです。この東京エリアを……救ってください」

 

 

「……………」

 

 

俺はいつものように『はい』とも『任せろ』とも言い切れなかった。

 

 

「聖天子。今の俺は前のように力が無い。今は黒ウサギの方が戦力になるくらい俺は弱くなった」

 

 

「ッ!?……さっきも言っていたな。どういうことだ、大樹」

 

 

俺はクロムイエローのギフトカードを原田に見せた。原田は見た瞬間、息を飲み、嫌な顔をした。

 

 

「使えそうにないのか……?」

 

 

「まぁな。だけど作戦に変更はない。原田はナイフを取りに行き、俺が緋緋神と戦い、あとの者はガストレアと戦ってもらう。作戦なら俺がいくらでも練って―――」

 

 

「大樹」

 

 

原田が俺の言葉を止めた。

 

 

 

 

 

「お前はこの作戦に参加しないほうがいい」

 

 

 

 

 

「……どういう意味だ」

 

 

「今のお前は戦力にならない。俺が緋緋神と戦った方がまだマシだ」

 

 

「……それで?」

 

 

「お前はナイフを取りに行ったほうがいい。あの世界なら今のお前の実力でも十分強いはずだ」

 

 

「そうか。分かった。優子、黒ウサギ、真由美。次に行く世界が決まったぞ」

 

 

唐突な俺の発言に優子たちは当然驚いた。

 

 

「待て大樹!何で木下たちも連れて行こうとしている!?」

 

 

「はぁ?何かおかしいこと言ったか?」

 

 

「ッ!?」

 

 

ドンッ!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

原田は俺の胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。

 

 

「ッ……痛ぇな」

 

 

「お前、さっきから何で俺の目を見ようとしない……!」

 

 

「その前に何で俺は暴力振るわれてんだよ」

 

 

「お前……分かって言ってるだろ!黒ウサギは俺の次に一番戦力になる!ここに残して置くべきだ!木下も七草も同じだ!」

 

 

「ナイフ取りに行くだけだろ。すぐに―――」

 

 

「ガルペスが簡単に取らせるわけがないだろ!」

 

 

「……じゃあお前の提案は何だよ」

 

 

「お前が一人で行くんだよ!分かってんだろうが!効率を考えたらそうなるだろうが!」

 

 

効率、だと……?

 

 

ダンッ!!

 

 

今度は俺が原田の胸ぐらを掴み、反対の壁に抑えつけた。

 

 

「大樹さん!」

 

 

黒ウサギが必死に止めようとするが、それでも俺は止まらなかった。

 

 

「効率を優先して優子たちに危険な目にあわせるのか!?ふざけるなよテメェ!!」

 

 

「どうしてだ!?いつもみたいに俺に任せて―――!」

 

 

 

 

 

「お前なんか信用できるか!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の叫び声に、原田の表情が真っ青になった。

 

信じられない言葉を聞いたかのような反応だった。

 

 

「何で……何でだよ……!?」

 

 

「今の言葉を聞いて分かった!お前も敵なんだろ!ガルペスと同じなんだろ!?」

 

 

「大樹君!いい加減にして!」

 

 

優子と真由美も止めに入るが、俺の言葉は止まらない。

 

 

「本当は最後に裏切ろうとしてんじゃねぇのか!?そうだよな!?ずっと俺に大事なこと隠していたもんな!?」

 

 

「おい!もうその辺にしておけ!」

 

 

争っている理由が分からない蓮太郎でも、止めないといけないと分かった。

 

俺は、言葉を失った原田に向かって叫ぶ。

 

 

 

 

 

「お前は、俺と同じ保持者だろうがぁッ!!」

 

 

 

 

 

その時、優子たちの手も止まった。

 

 

「何で……知っている……!?」

 

 

「そんなことどうでもいいだろうが!いいから答えろよ!?答えれないのか!?この―――!」

 

 

怒りに任せて原田に向かって言った。

 

 

 

 

 

「―――裏切り者ッ!!」

 

 

 

 

 

バチンッ!!

 

 

その時、俺の右頬にチリッした痛みが走った。

 

真由美にビンタされたと気付くのに時間はかからなかった。

 

 

「言っては駄目よ……それは一番大樹君が知っているでしょ……!」

 

 

そして、真由美は俺の頬を手で抑え、優しく抱き付いてきた。

 

冷静になって周りを見れば、優子も黒ウサギも悲しげな表情になっていた。

 

 

「アタシもいいと思わないわ。一番信頼していたじゃない……」

 

 

優子に言われ、だんだんと熱くなった頭が冷やされる。

 

 

「黒ウサギも、大樹さんと原田さんの喧嘩は見たくないです」

 

 

そして黒ウサギに言われて、やっと自分が何をしたのか理解した。でも、

 

 

「でも俺は……これ以上、傷つく姿を見たくない……」

 

 

「原田さんはそんなことしませんよ。ギフトゲームで助けてくれたじゃないですか」

 

 

黒ウサギの言い分は俺も分かる。でも、そのことが今では何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。

 

俺は手のひらで踊らされているんじゃないのか。そんな不安に圧し潰されそうになる。

 

 

「大樹……」

 

 

原田が俺の名前を呼ぶ。掴んでいた胸ぐらを放すが、俺は原田と目を合わせようとしなかった。

 

 

「いつか話そうと思ったんだ。でも、これを最初に話したら大樹は俺と協力してくれないかもしれない……それが怖くて……!」

 

 

「じゃあそれを話せよ……」

 

 

「……言えない」

 

 

その返しに俺は苛立ち、また胸ぐらを掴もうとするが、

 

 

「だけど」

 

 

原田は告げる。

 

 

 

 

 

「これが終わったら、俺を殺していい」

 

 

 

 

 

そのふざけた言葉に、今度こそ俺はキレてしまった。

 

 

「いい加減にしろよッ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

原田の胸ぐらを掴んで、俺は原田の顔を殴る。

 

殴る。殴る。殴らなきゃいけないのに。

 

 

「何で……そんなこと言うんだよ……!」

 

 

殴れなかった。

 

 

「おかしいだろ……話してくれよ……解決させてくれよ……俺はお前を救えるなら救いたいのに……!」

 

 

「大樹……」

 

 

「ずっと助けてくれただろ……俺はお前をずっと信用していたのに……」

 

 

あの手紙を見てから、俺は変わった。

 

 

「俺に『ホンモノ』を教えてくれよ……もう、不安にさせないでくれ……」

 

 

掴んでいた胸ぐらから手が離れる。原田に何かを言う気力はもう無い。下を向くしかなかった

 

 

「……この戦いだけじゃない。全部が終わってから話したい」

 

 

「ッ!」

 

 

その時、床に何かがポツリと落ちた。ゆっくりと顔を上げると、

 

 

「大樹と、親友でいたいから……!」

 

 

 

 

 

涙を流した原田が、そこにいた。

 

 

 

 

 

初めて見たその表情に俺は驚く。周りにいた者たちも驚いている。

 

 

「お前とずっと親友でいたい……信頼されていたい……裏切らない……だからッ」

 

 

原田は告げる。

 

 

 

 

 

「俺を、信じてくれ……!」

 

 

 

 

 

その真剣な表情に俺は言葉を失った。

 

今まで見て来た原田の中で一番真剣な表情だった。

 

 

「俺はもう、大樹しか頼れないんだ……!」

 

 

「……………」

 

 

俺は臆病(おくびょう)者だ。

 

もう傷付きたくない。もう失いたくない。そんな気持ちがあるせいで、俺はずっと逃げていた。

 

安全策を築き、退路を確保し、必死に逃げていた。

 

だから、目の前にいる親友を信じられなかった。

 

 

「……原田。あと一回だけ、俺はお前を信じる」

 

 

「ッ!」

 

 

もう後悔はしたくない。自分の選択を正しいと胸を張って言いたい。

 

 

「だから、俺も信じてくれ」

 

 

「……絶対に、守り切って見せる」

 

 

俺たちは握手をしようとしたが、やめた。

 

今の俺たちに、そんな確認はいらない。

 

 

________________________

 

 

 

 

「見苦しいとこ見せて悪かったな」

 

 

「いえ、仲直りしてよかったです」

 

 

再び聖天子と向き合い、作戦を立て直す。

 

 

「俺の作戦を聞いてもらえるか?」

 

 

「はい」

 

 

俺は聖天子にこれから5日間、何を準備するのか、どうやって戦えばいいのか説明した。

 

細かく説明し、何十枚にも及ぶ書類を書き続けた。俺がいない間、ここを任せるのは聖天子と原田だ。彼らには頑張って貰わないと困る。

 

何時間にも及ぶ作戦を伝え終わり、俺は大きく息を吐く。

 

 

「以上が作戦内容だ。俺はやることがあるから戦争には参加できない」

 

 

「……本当にこれで、大丈夫でしょうか?」

 

 

「数字で表せば成功確率は……どのくらいだ?」

 

 

「聞くのか?」

 

 

原田に尋ねると、嫌な顔をされた。

 

 

「言えよ。大体見当ついてるから」

 

 

「はぁ……1パーセント未満だ」

 

 

「だろうな」

 

 

正確には0.0054ぐらい。四捨五入しても希望が見えない。

 

 

「このことは街の連中は知っているのか?」

 

 

「混乱を避けるため、隠しています。今はシェルターに国民の30パーセントを選び出すシステム構成を行っています」

 

 

「待て。その国民は【呪われた子供たち】も含まれるのか?」

 

 

「はい。大樹さんもその方がいいでしょう?」

 

 

「逆だ馬鹿」

 

 

「え?」

 

 

聖天子が予想していた答えとは違った。

 

 

「暴動が起きるぞ。ただでさえ【呪われた子供たち】は嫌われているのに、それは不味いだろ」

 

 

自分が外にいる。なのに目の(かたき)にしている子どもはシェルターの中。絶対に良い方には転がらないだろう。

 

 

「す、すみません……」

 

 

「いや、そういう気持ちがあるのは嬉しいよ。ありがとうな」

 

 

俺は一枚の地図をテーブルに出す。

 

 

「【呪われた子供たち】はこっちで預かる。教会に全員集めろ。メディアに報告するかは任せる。言っても言わなくても国民の反応は変わるかは分からない」

 

 

「ですがここは……!」

 

 

「ここが外周区なのは分かっている。シェルターの中に入れる人を決めたら子どもたちも安全な中心地に向かわせる。教会にいるのは最初の日だけだ」

 

 

ガストレアは絶対、最終防衛ラインまで突破して来る。完全に守り切れない。

 

 

「とにかくだ聖天子。今は簡易防壁を作れ。あるとないだけでかなり違くなるぞ」

 

 

「分かりました。私はこれで失礼します」

 

 

「それと最後。モノリスが倒壊するまでガストレアには手を出すな。変なことはしないように政府に釘を刺してくれ」

 

 

聖天子は俺の言葉を頷いた後、部屋を出て行った。

 

 

「さっきも話したが、ここにいるメンバーで『アジュバンド』を結成しろ」

 

 

『アジュバンド』とは部隊を構成する民警の分隊のこと。つまりチームだ。

 

 

「リーダーは里見。お前だ」

 

 

「はぁ!?原田じゃないのか!?」

 

 

「話聞いていたか?原田は全ての軍の指揮を取る(おさ)だ。『アジュバンド』には参加しない」

 

 

「俺でいいのかよ……」

 

 

「お前が適任だ。チームは実力が十分ある2ペア。影胤と小比奈ちゃん、将監と夏世ちゃんを入れる」

 

 

「あぁ!?何でコイツの下につかなきゃいかないんだよ!?」

 

 

「将監さんがリーダーをしても、誰もついて来ませんよ」

 

 

「ぐぅ……!」

 

 

「私と小比奈は構わないよ」

 

 

決まりだな。

 

 

「悪い。黒ウサギには一番キツイ、遊撃役をやってもらう。臨機応変に対応してくれ」

 

 

「分かりました」

 

 

一番キツイ役割を押し付けてしまった。だが、実力は今の俺以上ある。

 

 

「優子と真由美は遠距離からの攻撃。原田が不在時には代理指揮官をやってくれ」

 

 

「……やってみるわ」

 

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 

優子にはかなり荷が重いかもしれない。だが、安全なポジションはここだ。

 

代理指揮官は特に真由美にやってもらう。真由美ならこなしてくれるだろう。

 

そして、二人にはこの世界では最強の『魔法』がある。これはガストレアには有効な戦術だ。遠距離から攻撃も可能なのだから。

 

 

「私はどうしましょうか?」

 

 

「ティナは後方から援護射撃を任せたい。中盤戦には黒ウサギと一緒に行動する方が―――」

 

 

「待て大樹」

 

 

俺の作戦を止めたのは原田だった。

 

 

「一度、俺たちだけで話し合おう」

 

 

「……何かあるのか?」

 

 

「ああ。提案がある」

 

 

 

________________________

 

 

 

また屋上に来た。空は茜色になり、夕方になろうとしていた。

 

原田と一緒に屋上に行こうとした時、『少し待っておいてくれ』とどこかに行ってしまった。

 

原田が来るのは時間が少し掛かったが、問題ない。今度は優子、黒ウサギ、真由美も一緒だから話で暇を潰した。

 

暇を潰すと言っても、原田にしか話していなかったバタフライナイフの秘密を教えたくらいだ。少し嫌な話だったかもしれねぇ。

 

 

「それで、呼んだからには何かあるんだろ?ガルペスか?緋緋神か?」

 

 

「どれも違う」

 

 

原田は俺の目を見る。

 

 

「正直、お前を一人で行かせるのは不安だ。ガルペスの手が掛かってるかもしれない。もしかしたら罠かもしれない」

 

 

「アタシも、少し心配だわ」

 

 

原田の言うことに優子も同意した。

 

 

「……まさか二人もか?」

 

 

「そりゃ心配しますよ。黒ウサギも少し怖いです……」

 

 

「そうね。やっぱり不安だわ」

 

 

女の子たちに心配され、申し訳なくなる。頭が上がらないな。

 

 

「だから、大樹に一人護衛をつける」

 

 

「誰だ?宮川か?」

 

 

 

 

 

「ティナ・スプラウトだ」

 

 

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

原田の口から出てきた名前に俺たちは驚愕した。

 

 

「あの世界なら適任の人材だ。1キロ先でも100発100中なんてあの世界には適任すぎるだろ」

 

 

もしかしてあの時間で全部調べたのか?

 

 

「……巻き込むのか?」

 

 

「実際、お前も良いと思ってんじゃねぇのか?」

 

 

「思わねぇよ……」

 

 

「じゃあ何で一番最初に否定しなかった。何故『駄目だ』と言わなかった?」

 

 

「それは……」

 

 

原田の言っていることは当たっていた。ティナの名前が出た時、確かに適任だと思ってしまった自分がいた。

 

あの世界なら十分に俺の助けになってくれるだろう。だけど!

 

 

「でも、巻き込むのは良くないだろ」

 

 

「だけど、一人はそう思ってないみたいだぜ?」

 

 

ガチャッ

 

 

その時、屋上の扉が開いた。

 

 

「ティナ!?」

 

 

入って来たのは緑のドレスを着たティナだったからだ。

 

 

「すいません。盗み聞きしてしまいました」

 

 

「……俺が今からどこに行くのか分かるのか?」

 

 

「分かりません。ですが、私は大樹さんの助けになりたいです」

 

 

ティナの真剣な表情に俺は困った。

 

 

「大樹。俺は一人だけで行かせたくない。俺も、不安だからだ」

 

 

「けど……」

 

 

「お前がダメというなら俺はもう言わない。これは俺が提案するだけの案だ」

 

 

「……少し卑怯だな、原田」

 

 

「悪い」

 

 

「……正直俺も、いいと思っている。」

 

 

「ッ!」

 

 

だけどっと俺は付け足す。

 

 

「優子たちの意見も、聞くべきだ」

 

 

優子と黒ウサギ。そして真由美は互いに目を合わせた後、笑った。

 

優子はティナの手を握る。

 

 

「大樹君をお願いしていいかしら?」

 

 

「……なんか俺が子どもみたいになってるな」

 

 

「そうでしょ。アタシは大樹君の方が子どもだと思っているわ」

 

 

しかし、否定できないのが悲しいな。

 

優子はティナを優しく抱きしめる。

 

 

「絶対に、一緒に帰って来てね」

 

 

「……はい」

 

 

「決まりだな」

 

 

原田は懐からチョークを取出し、魔法陣を書き始めた。

 

 

「時間が惜しい。ティナに説明する時間は無い。あとは大樹に聞いてくれ」

 

 

「なんでそこまで急ぐ?」

 

 

「ここでの一週間は向こうでは一日かもしれないぞ?」

 

 

そうだった。世界の時系列は同じではない。すっかり忘れていた。

 

 

「ティナ。もう準備はしているのか?」

 

 

「はい。原田さんに持って来いと言われていたので」

 

 

ティナは屋上の扉を開けると、そこには道具が一式揃ってあった。

 

ライフルケースに俺のリュック。いつの間に……いや、原田にはこうなると分かっていたのか。

 

 

「すぐに用意してもらった。食料も入ってあるから」

 

 

「銃弾まで完備してるのかよ」

 

 

コルト・パイソンの銃弾も揃っている。ぬかりがない。

 

 

「あとは……挨拶くらいじゃねぇの?」

 

 

「……そうだな」

 

 

俺はリュックを背負い、優子たちの前に立つ。

 

 

「どうする?ハグくらいしとく?」

 

 

「……バカ」

 

 

一番最初に抱き着いて来たのは優子だった。優子は俺の胸に顔をうずめ、手を背中に回した。

 

 

「……絶対にアリアを、救ってちょうだい」

 

 

「ああ、必ず救う」

 

 

「ちゃんと帰って来て」

 

 

「ああ、帰ってくる」

 

 

「……お願い」

 

 

「ああ、約束する」

 

 

もう破らない。約束だけは。

 

優子は俺の顔を見せないように後ろを向いた。女の子の涙は見ない方がいい。

 

 

「黒ウサギもするか?」

 

 

「黒ウサギは帰って来るまで待ちます」

 

 

「意外だな。どうしたんだ?」

 

 

「分からないです。ですが、こうしないといけないような気がします」

 

 

「そうか……じゃあ帰って来たら、な」

 

 

「YES。大樹さんの帰りを待っています」

 

 

黒ウサギの目には涙がたまっていた。ホント、女を泣かしすぎだ俺。

 

 

「真由美はどう―――」

 

 

俺が真由美に聞く前に、真由美は抱き着いた。手を首の後ろに回し、頬と頬が当たる。

 

 

「さっきは……叩いてごめんなさい」

 

 

「気にするな。むしろ俺は嬉しかったぞ。またあの時みたいに、俺を俺でいさせてくれた。自分を見失わずにすんだ」

 

 

「……もう喧嘩しちゃだめよ」

 

 

「分かってる、原田とはもうしないよ。なぁ?」

 

 

「ああ」

 

 

「……行ってらっしゃい」

 

 

「行ってきます」

 

 

真由美は俺から離れ、笑顔を見せてくれた。目の下が赤いが、俺も笑顔で返す。

 

 

「ティナ。多分、ここから先に踏み込んだら最後だ。逃げれないぞ」

 

 

「大丈夫です。この気持ちは変わりません」

 

 

ティナの答えは聞いた。

 

優子たちと約束した。

 

そして、原田が書き終えた。

 

 

「大樹。俺は絶対に成功してみせる」

 

 

「当たり前だ。俺も成功させるんだ。当然だろ」

 

 

「だな……これを持っていけ」

 

 

原田に渡されたのは赤いビー玉と豪華な装飾が施された砂時計だった。原田はまず赤いビー玉から説明する。

 

 

「こっちに帰ってくる時はこれを砕け。すぐにこっちに戻ってくる」

 

 

「これは?」

 

 

砂時計は不思議だった。逆さにしても横にしても、絶対に砂が平等に下へと落ちるのだ。

 

 

「向こうの世界でこの砂が全部落ちたらこっちでは6日間経ったことになる。それが落ちる前にできれば帰って来てくれ」

 

 

「なるほど……分かった」

 

 

俺とティナはついに魔法陣の中に立つ。

 

ティナが俺の手を握ってきた。俺もティナの手を握り返す。

 

不安しかない転生。しかし、これは希望に繋げる一手に変えてみせる。

 

 

「行ってくる」

 

 

俺はその一言を最後に、この世界を去った。

 

 





次回 緋弾のアリアⅡ 第三次世界大戦編

   Scarlet Bullet 【逃走】


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