どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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お前が帰る場所

ティナ・スプラウトは涙を流していた。

 

上からの命令は大好きな人を殺すこと。

 

無情なマスター。しかし、遂行しなければ殺される。私の帰る場所は無くなる。

 

彼のことをもう一度調べて見た。彼は『呪われた子供たち』を保護し、世話をしている優しい人だった。

 

人と共存しようとする彼に憎しみをぶつける者もいる。しかし、彼が子どもたちを見捨てることは絶対に無かった。

 

教会でしっかりと焼き付けた光景。教会の壁に貼られていたのは彼の似顔絵があった。引き出しの中には『好き』だとストレートに書かれた手紙や『ありがとう』と感謝の言葉が(つづ)られた手紙もあった。

 

彼は違う。他の人よりずっと優しい人。

 

この人なら、私の傷を、『痛い』を消してくれる。

 

でも、それは叶わない願いとなった。

 

 

「ごめんなさい……!」

 

 

足元に寝転んだ()を見る。血を流し、腕と足の関節がありえない方向に曲がっている。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……大樹さん……!」

 

 

 

 

 

私は、大切な人を殺した。

 

 

 

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暗闇の路地裏。

 

ティナ・スプラウトはまず拳銃で路地裏を歩いている大樹の右腹部を撃った。

 

 

「がぁ!?」

 

 

大樹はその場に倒れ、傷口を抑える。しかし、血がドクドクと流れ、止まる気配はない。

 

 

ゴキッ!!

 

 

抵抗する暇を与えず、涙を流しながら右の腕をティナはへし折った。

 

 

「あああああッ!!!」

 

 

悲鳴を上げる大樹。右腕の肘の関節がありえない方向に曲がる。

 

 

ダンッ!!

 

 

「あがッ!?」

 

 

今度は右足で大樹の左足を踏みつけ、粉々に粉砕した。ティナの力なら小型の車を吹き飛ばすくらいの脚力はある。

 

 

大樹の意識はそこで飛んだのだろう。悲鳴を上げることはもう無かった。

 

血の池は大樹の体より大きい。そこでやっと理解した。

 

 

人を、殺したっと。

 

 

 

 

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ティナはアパートから走って帰って来たと同時に、すぐに洗面台へと向かった。

 

手に着いた彼の血を洗い流す。しかし、流せない。

 

死んだ彼の姿が脳裏から離れない。

 

何度手を洗っても、何度シャワーを浴びても、何度頭を強く洗っても。

 

死んだ彼の姿が目に焼き付いており、洗い流すことができない

 

無意味な行為だとティナは判断し、すぐに布団の中に入る。

 

目を瞑って寝ようとしても、彼の姿が鮮明に映るだけ。

 

 

ピピピッ

 

 

「ッ!?」

 

 

また携帯電話の着信が鳴った。ティナはゆっくりと電話に出る。

 

 

「はいマスター」

 

 

 

 

 

『よくやった。楢原 大樹の死亡を確認した』

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

その言葉にティナは戦慄した。

 

おかしい。自分は急所を外した銃弾を一発、腕と足の骨を折っただけなのに……!?

 

 

『大量出血で死亡。さきほど病院で死んだそうだ』

 

 

その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。マスターの言葉が掠れて聞こえる。

 

 

『第二回の警護計画書が流れて来た。今からそちらの端末に送る』

 

 

ピロリンッと軽快な音がティナの後ろから聞こえる。振り返ると計画書がホロディスプレイに写っていた。

 

計画書に目を通す。絶好な狙撃ポイントは二か所ある。

 

 

『不穏分子は取り去った。次は失敗するなよ、ティナ・スプラウト』

 

 

ピッ

 

 

携帯電話の通話が切られ、ティナはついに携帯電話を落とす。

 

 

「大樹さん……!」

 

 

そして、また涙が流れた。

 

計算が甘かった。違う、自分が馬鹿だった。

 

その程度なら死なないと思っていた。瀕死にするだけでよかった。

 

後悔ばかりが募る。しかし、本来なら自分に無くことは許されない。

 

大樹はここ一週間、ずっと自分の隣に居てくれた。

 

遊園地では嫌な顔を一つせず、全部のアトラクションに笑顔で乗ってくれた。観覧車から見える夜景は今で鮮明に思い出せる。

 

水族館では魚の紹介分に載っていないことまで教えてくれた。気が付けば人がたくさん集まり、博士のような存在になっていた。

 

教会では個人授業をしてくれた。漫画を使っての授業はとても面白く、興味深いモノだった。

 

他にもたくさんの場所に連れて行ってくれた。たくさんの食べ物を買ってもらった。

 

楽しかった。嬉しかった。そして、私は彼が大好きだった。

 

だが、その記憶は音を立てて崩れる。

 

彼は、この世にいないから。

 

 

「……………ッ!」

 

 

そう、私は人形。ただ命令に従う人形。

 

この感情は、あってはならない。自分が『痛い』思いをするだけだ。

 

帰る場所がなくなるから。

 

でも、地獄のような場所が、本当の私の帰る場所なのだろうか?

 

 

「嫌だ……もう……!」

 

 

助けを求めたい。しかし、この声を聞いても、救ってくれる者はもういない。

 

なぜなら私は、【呪われた子供たち】だから。

 

 

 

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雲が月明かりを隠し、暗闇が街を覆う。

 

聖天子の会談は延長になった。延長と言っても二日だけだ。

 

聖天子は新たな人を雇うこと無く、車を発進させた。

 

その様子をスコープ越しでティナは捉える。ここはホテルの廃墟ビルの屋上。狙撃ポイントには良い場所だった。

 

対戦車狙撃ライフルに弾丸を入れ、もう一度スコープを覗く。

 

聖天子の表情は暗く、隣の空席を見ていた。その様子にティナは下唇を噛んだ。

 

彼が死んだことに、どれだけの人が涙を流したのだろう。どれだけの人が激怒しただろう。どれだけの人が憎しみを抱いたのだろう。

 

 

「ッ……!」

 

 

引き金を引こうとするが、引けない。

 

ティナは一度スコープから距離を取る。呼吸を整える。

 

チャンスはまだある。落ち着いて射撃すれば殺せる。

 

 

(殺せる……?)

 

 

その時、心臓の鼓動が早くなった。

 

息が苦しくなり、上手く呼吸ができない。

 

そして、死んだ彼の姿がまた思い出される。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

ライフルを倒してしまい、息を荒げた。

 

胸を抑えるが、この痛みは治らない気がした。

 

 

「助けて……!」

 

 

しかし、もう誰も助けてくれる人はいない。

 

 

「お願いです……!」

 

 

私は、罪を犯した者。

 

 

 

 

 

「もう『痛い』のは、嫌だ……!」

 

 

 

 

 

私は、人殺し。

 

 

ピピピッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、携帯電話が鳴った。おかしい。定時報告まで時間はかなりある。

 

何かあったのかと、電話に出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『助けに来たぜ、ティナ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

携帯電話から聞こえて来た声。同時に背後からそれは聞こえた。

 

優しい声だった。大切な人の声だった。そして、大好きな声だった。

 

ゆっくり振り返ると、同時に涙が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

携帯電話を耳に当てた、楢原 大樹がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして……どうしてッ!!」

 

 

涙を流しながら、ティナは叫んだ。

 

 

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【大樹視点】

 

 

「がはッ……少しは手加減しろってチクショウ」

 

 

俺は口の中に溜まった血を吐き出す。衣服は血塗れになり、血の匂いが頭を痛くする。

 

やはりティナに襲われた。そして殺されたフリをしたわけだが、かなり嫌な役だな。

 

右腹部に一発。腕を折られ、足を砕かれ、もう痛い。ある程度の痛みに慣れた俺でも、これはキツイ。

 

 

「【神の加護(ディバイン・プロテクション)】」

 

 

一瞬で傷は完治。曲がっていた骨や砕かれた骨は元通りになった。

 

 

「うッ」

 

 

傷を完治したせいか、一気に血を口から吐き出す。何度やっても気持ち悪い感覚だ。

 

1時間後に倍の痛みが返って来るが、どうでもいい。

 

 

「待ってろよ……」

 

 

ティナ・スプラウトを救うためなら、こんな『痛み』、いくらでも食らってやる。

 

 

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『死んだ、ことにですか?』

 

 

「そうだ。頼めるか?」

 

 

倍の痛みに何とか耐え抜いた俺は、急いで聖天子に電話していた。

 

携帯端末から掛けてあるため、盗聴されたらすぐに分かる。安全性ならバッチリだ。

 

 

『理由を聞かせてもらっても?』

 

 

「狙撃者を倒すから」

 

 

『ッ!?もう正体を掴んだのですか……!?』

 

 

「名前はティナ・スプラウト。これは誰にも言うなよ」

 

 

聖天子はティナの名前を何度か呟いた後、聖天子はハッとなった。

 

 

『私の権限でティナ・スプラウトの名前を、国際イニシエーター監督機構(IISO)に照会してもらいました』

 

 

「何か分かったのか?」

 

 

『はい。彼女のIP序列は―――』

 

 

聖天子は告げる。

 

 

 

 

 

『―――98位です』

 

 

 

 

 

「問題ないな」

 

 

『え?』

 

 

影胤と比べたらあんまり変わらねぇよ。そもそも俺を殺そうとした時に、実力は大体把握した。

 

 

「気にするな。それよりそっちに情報をリークしている奴がいる」

 

 

『ッ……誰でしょうか?』

 

 

「名前は俺が依頼を受ける時に書いた書類を火であぶれ。そこに書いてある」

 

 

『ッ!?』

 

 

古典的な方法。あぶり出しである。

 

俺の言葉に聖天子は驚愕した。

 

 

『受ける前から分かっていたのですか!?』

 

 

「当たり前だ。これでも元武偵(ぶてい)。朝飯前だ」

 

 

『ぶ、武偵?』

 

 

「い、いや何でもない。それよりまだソイツらは放って置いていい」

 

 

『どうしてですか?』

 

 

「ティナを誘き寄せるために、エサになってもらう。用が済んだら煮るなり焼くなりしていいから」

 

 

『……悪い人ですね』

 

 

「まぁな」

 

 

聖天子の言葉に俺は笑いながら返した。

 

 

『分かりました。あなたを病院で死亡したことにします』

 

 

「サンキュー、恩に着るぜ」

 

 

俺は携帯端末の通話を切った。

 

 

 

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「先生はいるか?」

 

 

「おや?こんな時間にどうしたかね?」

 

 

今度は室戸(むろと) (すみれ)の部屋に訪問して来た。相変わらず臭いがキツイ。

 

 

「今日はコイツについて聞きに来た」

 

 

俺は何十枚か写真を取り出し、菫に見せる。

 

写真にはティナ・スプラウト。そして白い球体状の何かが映っていた。

 

 

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「ふざけるな!ふざけるなよ!」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「……聞く相手間違えたか俺?」

 

 

俺の目の前には激怒した菫。フラスコやビーカーを壊しながら力の限り暴れる。

 

菫は俺の写真を眺めた後、事情を説明した。

 

結果がこれだ。先生が壊れた。

 

 

「エイィィン!!そこまで落ちぶれたのかエイン・ランドッ!!」

 

 

「マジで落ち着いてくれ。あと誰だソイツ」

 

 

俺は何とか菫を落ち着かせ、椅子に座らせる。

 

 

「彼女のプロモーターだ。そして、私と共に『四賢人(よんけんじん)』と呼ばれたうちの一人だよ。信じがたいことになッ!!」

 

 

パリーンッ!!

 

 

掃除が増えるなこりゃ。

 

世界最高頭脳を持った偉人か。というかサラッと言ったがこの人もかよ。死体マニアしか見えねぇよ。

 

 

「お願いだミュラン。アイツに死の鉄槌を……!」

 

 

「死体に頼むな」

 

 

チャーリーどうした、チャーリーは?

 

 

「それで、怒っている理由は何だ?」

 

 

「奴は医者としての最低限の誇りすらも悪魔に売り渡したんだよ」

 

 

「……まさか、ティナは改造されたと?」

 

 

「その通りだッ!!」

 

 

パリーンッ!!

 

 

「……俺も投げていいか?」

 

 

「ああ、そこにある奴は投げて良い」

 

 

「エインッ!お前はマジでぶっ飛ばすッ!」

 

 

パリーンッ!!!

 

 

「いい投げっぷりだ」

 

 

「どうも」

 

 

本題に戻そう。

 

 

「私や奴を含む四人は機械化兵士プロジェクトの前にある誓いを立てた」

 

 

機械化兵士プロジェクト。それは里見と影胤が関わった『新人類創造計画』のことだ。

 

 

「『我々は科学者である前に、医者であろう』とな」

 

 

「……里見や影胤を機械化兵士にする前は、確か瀕死状態だったな」

 

 

「そうだ。だから彼らを助けると同時に、機械化兵士にした。もちろん、本人の意志を尊重した上で行うモノだ。蓮太郎君はしっかりと受け入れてくれたよ」

 

 

「命を助けること、つまり医者であることを優先したんだな」

 

 

「そうだ。しかし、ここで思い出してほしい」

 

 

菫は告げる。

 

 

「果たして【呪われた子供たち】は病気にかかるのか?」

 

 

「……いや、風邪一つ引かないはずだと―――」

 

 

そこで俺は全てを察し、理解した。

 

 

「まさかッ!?」

 

 

「そのまさかだ。エインは―――」

 

 

菫は憎しみの表情で告げる。

 

 

 

 

 

「―――あの外道は誓いを破り、健康体の『子供たち』を実験室に送り込んだのだよ」

 

 

 

 

 

その瞬間、大樹の目が紅くなった。そのことに菫は驚く。

 

 

「ふざけるなよ……!」

 

 

歯を食い縛り、血を流していた。それを飲み込んだせいで、大樹は吸血鬼の力を発動してしまっていた。

 

 

『私の人生は【痛い】だけです』

 

 

ティナの言葉が思い出される。実験の『痛い』だったのか……!

 

辛い思いをしたはずだ。苦しかったはずだ。そして、『痛い』はずだ。

 

 

「お、落ち着きたまえ」

 

 

「ッ!」

 

 

慌てて菫は大樹を止める。ハッとなった大樹はすぐに力を抑えるが、目は紅いままだ。

 

菫は大樹の目については触れず、話を進める。

 

 

「君の知りたがっていた敵の狙撃のからくりについて教えよう。まず撮影した写真に写っていたビットだ」

 

 

白い球体。あれがビットか。

 

 

「思考駆動型インターフェイス『シェンフィールド』。これで間違いないよ」

 

 

「『ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)』だな」

 

 

「さすが。大正解だ」

 

 

BMIは手足の麻痺や不自由になった者の脳に電極を貼りつけて、パソコンのカーソルを念じるだけで動かすことができる機能のことだ。

 

 

「というか俺の知ってる『BMI』って肥満度のことなんだが」

 

 

「それは今関係無い話だ」

 

 

あ、はい。

 

 

「このビットは標的の位置座標、温度、湿度、角度、風速を弾き出せる優れモノだ」

 

 

「それがティナの脳に受信されるように改造されたのか……!」

 

 

「彼女は狙撃者ならば手の震えも抑える金属製のバランサーを体内に仕込んでいるはずだ」

 

 

全てのピースが当てはまり、パズルが完成した。

 

あの悪天候での狙撃。あの長距離の狙撃。

 

神業の狙撃の裏が分かった。しかし、その裏は黒かった。

 

大樹は下を向き、俯いていたが、

 

 

「終わらせてやるよ」

 

 

大樹の目にあった紅い光は消えた。代わりにあった光。それは―――。

 

 

 

 

 

「こんなくだらない実験、止めてやる」

 

 

 

 

 

―――怒りの炎が燃えていた。

 

 

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そして現在。上手く情報を操作し、ティナが現れるであろう場所で待ち伏せし、彼女に電話で声をかけた。

 

俺の目の前には、涙を流した少女。ティナ・スプラウトがいる。

 

手に持った携帯端末をポケットに直し、スーツのネクタイを千切った。俺はティナと目を合わせる。

 

 

「ティナ。お前が聖天子を狙っていたのはずっと知っていた。こんな護衛を受ける前から」

 

 

「そ、そんな……嘘です」

 

 

「なら教えてやるよ」

 

 

俺はポケットに入れて置いた音声録音機を再生する。

 

 

『………リア内部に侵入成功。アパートで拠点を確保。アイテムも確認しました』

 

 

『よろしい。何か異常は?』

 

 

その再生された音声に、ティナは驚愕した。

 

 

「嘘……!?」

 

 

それは、ティナとそのマスターの秘密の通話会話だった。

 

 

「お前の会話は全部盗聴しているんだよ」

 

 

「い、いつの間に―――」

 

 

そして、ティナは気付く。

 

 

『ティナ・スプラウト。君はザザザザッ……電波が悪いのではないか?』

 

 

あの時、入ったノイズの雑音。既にあの時より前から盗聴されていた……!

 

 

「ど、どうして私が暗殺者だと!?」

 

 

「匂いだ」

 

 

「匂い……?」

 

 

「敏感なんだよ。火薬の臭いや硝煙の臭いにはな」

 

 

「嘘です!臭いは残らないようにしていたはず……!?」

 

 

「それでも分かるんだよ。ずっと嗅ぎ続けた臭いだから。嫌でも分かってしまうんだ」

 

 

ティナは俺の言葉に一歩後ろに下がった。俺は首を横に振る。

 

 

「ティナ。お前は嘘をつくのが下手だ。目が泳いでいたし、例え眠くても自分の家の特徴くらい言えるもんだろ普通は」

 

 

「……………」

 

 

「それに子どもが夜型っていうはもっとおかしいだろ。だからガストレア因子を持っていると判断した」

 

 

大樹の言葉にティナはただ聞くことしか出来なかった。完璧過ぎるその推理に。

 

 

「確信したのは最初の狙撃。俺はしっかりとお前の顔を見た」

 

 

「!?」

 

 

「今更距離がどうとか言うなよ。俺なら見えるんだよ。あの時、ドレスを着ていたことも知っている」

 

 

また一歩、ティナは後ろに下がる。

 

 

「それに何だよ。『私と会っていることは誰にも言わないでください』だぁ?怪しすぎるだろ」

 

 

大樹の話は止まらない。

 

 

「とどめに俺の暗殺。涙を流すくらいならやめろよなぁ」

 

 

「どうして……」

 

 

ティナは力一杯声を張り上げた。

 

 

「どうして今まで私と一緒に行動したんですか!?分かっていたなら……早く私を殺せば……!」

 

 

答えは決まっている。

 

 

 

 

 

「お前を、救いたかったからだ」

 

 

 

 

 

その一言に、ティナは固まった。

 

 

「お前の帰る場所はそっちじゃねぇ」

 

 

「違います……私は人を殺した……」

 

 

「俺は生きている」

 

 

「でも、殺そうとした!!」

 

 

ティナは涙を流しながら大樹に向かって叫ぶ。

 

 

「私は人殺しです大樹さん!あなたのような優しい方が……!」

 

 

「なら聞くぞ!ティナ・スプラウト!」

 

 

俺は大声で問いかける。

 

 

 

 

 

「何故俺を殺さなかった!?」

 

 

 

 

 

ティナは涙を流しながら首を横に振る。

 

 

「致命傷となる傷は一切なかった!それはどうしてだ!?」

 

 

「知らない!!私のミスです!!」

 

 

「俺が教えてやる!お前は殺せなかったんだ!」

 

 

「違うッ……違うッ……私はッ……!」

 

 

「俺を殺す確実な方法はいくらでもあった!でも、お前は俺を瀕死で止めて置いた!それは―――」

 

 

大樹は叫ぶ。

 

 

 

 

 

「お前が、心を持った人間だからだ!!」

 

 

 

 

 

その言葉はティナの頭に何度も響いた。

 

 

「お前は実験の人形じゃない!ティナ・スプラウトだ!優しい心を持った人間だ!呪われてなんか、いない!」

 

 

呪われた子どもなんて、元々いないんだ。だったらティナ。お前も、呪われていない!

 

 

「俺の手を握れ!!ティナ!!」

 

 

大樹は右手を前に出す。

 

 

 

 

 

「お前の『痛い』を全部、俺が変えてやるッ!!」

 

 

 

 

 

「大樹、さん……!」

 

 

涙を流しながらティナの手がゆっくりと前に伸びる。

 

手が前に伸びると同時に、足も前に進む。

 

 

「私は……私は……やり直せますか……!?」

 

 

「やり直さなくていい。また新しく始めてもいいんだ。お前の人生は、まだ変えれる」

 

 

そして、大樹の手とティナの手が触れそうになる。

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

その時、一発の銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティナが撃たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティナ……?」

 

 

ティナは俺に向かって倒れる。俺はティナが地面に倒れないように体を抱き締める。

 

手には温かい液体。それが赤い液体だと理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。

 

 

「ティナあああああァァァ!!!」

 

 

撃たれたのは右腹部。血が溢れ出し、ドレスを赤く染める。

 

俺は急いで手で止めるが、血は止まらない。

 

油断していた。銃声が聞こえたにも関わらず、俺は呆然としてしまっていた。

 

いつもの俺なら、こんな失敗は絶対にしない。

 

 

「殺し屋風情がッ、てこずらせおって!」

 

 

屋上のドアの前に立っていたのは拳銃を構えた保脇(やすわき)だった。

 

後ろにも部下が4人もいる。銃口は俺たちの方を向いていた。

 

 

「何だその目は?安心しろ、聖天子様は無事に送り届けた。あとはその―――」

 

 

保脇はニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

 

「―――ゴミをお前の代わりに処分すれば終わりだ」

 

 

「うッ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、俺は嘔吐した。

 

ティナに吐瀉(としゃ)物が当たらないように嘔吐する。しかし、出した液体は赤い。

 

 

「クハハハハッ!!コイツ、ゲロ吐きやがったぞ!!」

 

 

保脇が笑いだすと、部下たちも笑いだした。

 

グラグラと揺れる視界。赤い光景。

 

あの時と同じだ。赤。赤。赤。赤。赤。

 

大切な幼馴染を染め上げる色は赤。

 

部室を染め上げる色は赤。

 

地下室を染め上げるのは赤。

 

ティナを染め上げたのは赤。

 

全部赤。誰のせいだ。

 

 

「俺のせい……?」

 

 

ごめんなさいと謝れば終わるのか?

 

ごめんなさいと謝ればティナは救われるのか?

 

ごめんなさいと謝り続ければ、世界は平和になるのだろうか?

 

 

「ヒャハハハハッ!!お前も死ねッ!!」

 

 

ダンッ!!

 

 

「あッ……」

 

 

銃弾が大樹の額に当たり、血を流す。本来の彼ならこの程度の銃弾、効くわけがない。

 

 

「血……」

 

 

自分の額に手を置くと、手に真っ赤な液体がついた。

 

それは紛れも無く俺の血。血だ。

 

 

「ティナ……も……血……?」

 

 

俺の色とティナの色は同じだった。

 

ああ、そうか。これは血なのか。

 

誰のせいだ?あの男か?いや、もしかして……。

 

 

 

 

 

『そうだ。お前のせいだ』

 

 

 

 

 

頭の中で何者かの声が響く。

 

 

『お前が弱いからだ』

 

 

俺が弱いから……?

 

 

『お前は人間であろうとしたからだ』

 

 

俺は人間じゃないのか……?

 

 

『違う。お前は―――』

 

 

俺は?

 

 

 

 

 

『―――化け物だ』

 

 

 

 

……そうだ。そうだった。

 

 

「俺は『化け物』だ」

 

 

「何?」

 

 

保脇は大樹に銃を向ける。しかし、大樹は無視してユラユラと立ち上がった。

 

 

「力が欲しい」

 

 

『いいだろう。だが、貴様はまだ不完全だ。今回は少しだけ与えよう』

 

 

「よこせ」

 

 

『応じよう。貴様は俺が与える力に―――』

 

 

その瞬間、ギフトカードから全てを塗りつぶす黒い光が溢れ出した。

 

 

 

 

 

『―――死んでいろ』

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「ぁあ……あああ……!?」

 

 

保脇の体は震えあがり、目の前の光景を疑った。

 

突如瀕死だった大樹の背中から四枚の黒い光の翼が広がったと思ったら、気が付けば屋上が漆黒の闇に覆われていた。

 

部下たちの姿は見えない。いや、今の保脇にそんな余裕は無かった。

 

 

「う、うわああああッ!!」

 

 

急いで逃げようと闇に向かって走るが、

 

 

ジュウッ!!

 

 

右手が闇に触れた瞬間、右手はドロドロと解けた。

 

 

「アギャッ、ギャアアアアァァッ!!」

 

 

あまりの激痛に、保脇は泡を吹いてしまい、その場で気絶した。

 

 

ゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「力が欲しい……もう俺は……見たくないッ!!」

 

 

背中から四枚の黒い光の翼ではなく、ドロドロとしたどす黒い闇。

 

目は真っ赤に染まり、額から流れた赤い鮮血はドクドクと体の中へと戻って行く。

 

 

『君は……いつか力に溺れる。そして、溺死する』

 

 

九重(ここのえ) 八雲(やぐも)の言葉通り、彼は溺れた。

 

 

『君は、壊れている』

 

 

影胤の言葉通り、彼は壊れた。

 

 

「欲しい……欲しい……欲しい……!!」

 

 

大樹は求める。力を。

 

 

「もう嫌だ……無理だ……!」

 

 

この世界は変わらない。絶対に。

 

人は傷つく。絶対に。

 

絶対に。絶対に。もう平和なんか訪れない。

 

ならいっそ、俺がこの世界を壊して―――!

 

 

 

 

 

「大樹さんッ!!」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、ティナが前から俺に抱き付いて来た。

 

同時に漆黒に包まれた闇が消え、背中の翼が消えた。

 

 

「お、俺は……!?」

 

 

状況を理解しようとするが、理解できない。何があったのか理解できるのに、原因が分からない。

 

俺は何を考えていた?最低なことを考えていなかったか?

 

 

「しっかりして、ください……」

 

 

ドサッ

 

 

「ティナ!!」

 

 

地面に倒れたティナを急いで抱き上げる。血はもう出ていないが、もうあれからどれだけの時間が経ったのだろうか。このままでは出血多量で死んでしまう。

 

クソッ、今はこの状況を何とかしないと……!

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】は発動している。なら飛んで病院へ……!

 

 

バチバチッ!!

 

 

「があああああッ!!!」

 

 

体に電撃が走り、俺は叫び声を上げる。紅く染まった目は黒色に元通りになる。

 

 

「な、何だ今のッ!?」

 

 

急いでギフトカードを取り出し確認する。

 

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】 使用不可

 

神影姫(みかげひめ)】 使用不可

 

(まも)(ひめ)】 使用不可

 

【名刀・斑鳩(いかるが)

 

 

 

「何だよこれ……!?」

 

 

使用不可だと!?

 

使えるのは【名刀・斑鳩】だけ。

 

 

(何が起きている!?)

 

 

不可解なことが多過ぎて頭が痛くなる。

 

 

(最悪だ……武器も使ないとか冗談だろ!?)

 

 

これからの戦い、どうすれば!?

 

 

「違う……今は」

 

 

頭を勢いよく横に振る。今、ギフトカードはどうでもいい。

 

今はティナを助けることに集中しろ。

 

俺はスーツの上着を脱ぎ、地面に敷く。その上にティナを寝かせる。

 

今から走って病院に連れて行っても間に合わない。時間の経過が経ちすぎてしまっている。ならば、

 

 

「ここで治療しかねぇよな……!」

 

 

ぶっつけ本番の手術。知識は豊富でも、圧倒的に経験が無い。

 

無茶なことだと分かっている。でも、さすがのティナでもこの出血量はヤバい。

 

 

「今はやるしかない」

 

 

今この場に役に立ちそうなモノはティナが所持していたナイフぐらいだ。あと役に立ちそうなモノは無い。

 

右腹部の服をナイフで切り取り、傷を見る。ガストレア因子を持っているおかげだろうか。銃弾が見えるところで止まっていた。

 

 

「クソッ、バラニウムかよ……」

 

 

こんな厄介な銃弾、手に入れやがって……だから傷が治らねぇのか。

 

俺はナイフを投げ捨て、シャツのボタンの糸を千切る。

 

 

(一瞬だ……銃弾を抜いたと同時に千切れた大血管だけでも……いや、違う!)

 

 

完全に救え。俺ならできるだろ。

 

ティナの体にはガストレア因子がある。バラニウムの弾丸を取り除き、手当てすることに成功すれば、あとは因子が自然回復してくれるはずだ。

 

 

(なら極細血管も……全ての血管を……合成繊維の糸で繋ぎ止める……!)

 

 

無理じゃない。やらなきゃダメなんだ。

 

 

「……………救う」

 

 

俺は右手で銃弾を掴む。

 

 

「あんな状態になった俺から救ってくれたのはお前だ、ティナ」

 

 

糸を握った左手。指の一本一本に全神経を集中させる。

 

 

「今度は、俺が―――」

 

 

そして、()()()に光った目を見開く。

 

血の流れ、小さな血管の一つ一つが鮮明にハッキリと見える。傷口がどうなっているのか、どれが一番出血の量が多いのか。

 

全て把握できた。

 

まるで時間が止まったような世界。見ようと思えば何でも見れる世界に変わった。

 

分かる。どう銃弾を引き抜けばいいのか。

 

分かる。どう糸を操れば傷口を塞げれるのか。

 

分かる。理解できる。

 

俺がやるべきこと。

 

 

 

 

 

「―――救う」

 

 

 

 

 

その時、ギフトカードに新たな文字が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

【神格化・全知全能】

 

 

 

 

 

 

________________________

 

 

 

「ぅうん……?」

 

 

「お、気が付いたか?」

 

 

「……大樹、さん?」

 

 

病院のベッドに寝ていたティナは目を覚ました。

 

白いカーテンと白い天井。窓から太陽の光が差し込んでいる。

 

一定間隔で聞こえてくるのは心電図モニターの音。

 

しかし、大樹の姿が見えない。

 

 

「隣のベッドだ。俺も入院中。ティナはもう大丈夫だから、今日の夕方には退院できる」

 

 

隣から聞こえる声。カーテンで遮られているが、大樹がいることだけは分かる。

 

 

「ど、どうして大樹さんが怪我を?」

 

 

「さぁな」

 

 

「……そちらに行っても―――」

 

 

「今は来るな」

 

 

低い声での拒絶。ティナは唇を噛む。

 

 

「俺のことは気にせず寝てろ。ゆっくり休息を―――」

 

 

そこで大樹の言葉は切れた。

 

ティナがカーテンを開けてしまったからだ。

 

 

「……何で開けるんだよ」

 

 

大樹はティナと同じように青い入院服を着ており、頭に包帯をグルグルと巻いていた。

 

右目には眼帯。頭と同じようにグルグルと左腕と左手は包帯で巻かれていた。大樹は左目だけでティナを見る。

 

 

「どうして……そんなに怪我を……」

 

 

「コラコラ!まだ立ち上がっちゃ駄目だよ!」

 

 

ティナが大樹を問いただそうとした時、白衣を着た男の医者が入って来た。

 

 

「君は退院できるかもしれないが、彼は絶対安静なんだから!」

 

 

「大袈裟な……」

 

 

「全く、君は脳が破裂していたんだぞ!?おまけに右目まで失明している!」

 

 

「まぁ治ったからいいじゃん」

 

 

「良くないだろ!?そもそも何で治ったのだ!?」

 

 

「包帯、取っていい?」

 

 

「取るな!!」

 

 

「ま、待ってください!大樹さん!これは一体どういう―――」

 

 

「深刻に捉えようとするな、ティナ」

 

 

大樹の真剣な声音にティナは面食らう。

 

 

「俺がこうなったのは自己責任だ」

 

 

「そんな嘘……!」

 

 

「嘘じゃない」

 

 

はぁっと大樹は溜め息をつき、

 

 

「だから見せるのが嫌だったんだよ。お前は考え過ぎだ」

 

 

大樹にそう言われ、ティナは下を向く。

 

俯いたティナを見た男の医者は大樹を睨む。

 

 

「心臓にメス入れてやろうか」

 

 

「医者としてアンタ失格だよ」

 

 

大樹は頭を掻く。

 

 

「あー、違う。ホントはこう言いたいんじゃないんだよ」

 

 

ティナはゆっくりと顔を上げると、大樹と目が合う。

 

 

「ありがとう。あの時は本当に助かった」

 

 

「ッ……」

 

 

「ティナ。お前がいなかったら俺は俺じゃなくなっていた。俺を救ってくれて、ありがとう」

 

 

「わ、私は何も……していません……」

 

 

大樹の笑顔を見たティナは頬を赤くし、視線をそらした。

 

 

「君、私の存在を忘れていないかね?」

 

 

「……空気読まない医者だな」

 

 

「注射ケツに刺すぞ」

 

 

男の医者はブツブツと文句を言いながら外に出て行った。

 

 

「ティナ。何から聞きたい?」

 

 

大樹の質問の意図にティナは察していた。

 

 

「……私は、どうなるのですか?」

 

 

「やっぱそこからか」

 

 

大樹はテーブルに置いてあったリンゴと果物ナイフを手に取り、皮を剥く。

 

 

「やっぱり罪は重い。聖天子の暗殺だからな。死刑じゃ済まないだろう」

 

 

「……そうですか」

 

 

「だから俺が聖天子と交渉して無罪にした」

 

 

「……………待ってください」

 

 

「ん?」

 

 

「待ってください。待ってください」

 

 

「何回言ってんだよ……」

 

 

「無罪って……嘘ですよね?」

 

 

ありえないことだった。東京エリアを統治者を暗殺しようとしたのに無罪など、天と地がひっくり返ってもありえないだろう。

 

 

「本当だ。条件付きだけどな」

 

 

ティナは身構える。また『痛い』条件だと考えてしまうと、涙が出そうになった。

 

 

「ティナ。まずIP序列は剥奪さえた」

 

 

「はい……」

 

 

「そして、俺のイニシエーターになった」

 

 

「……はい?」

 

 

「以上だ」

 

 

「待ってください。待ってください。本当に待ってください」

 

 

「だから何回言ってんだよ……待ちすぎて忠犬ハチ公になっちゃうだろ」

 

 

「おかしいです!そんなに軽いことじゃ……!」

 

 

「馬鹿が。覚えておけよティナ」

 

 

大樹は綺麗に一回で剥き終わったリンゴを一口サイズに切り分け、爪楊枝(つまようじ)を一つ刺す。

 

 

「俺にできないことは、ない」

 

 

爪楊枝を刺したリンゴをティナに渡した。

 

ティナの呼吸は止まり、驚いた表情で俺を見ている。

 

 

「食っとけ」

 

 

「んぐッ」

 

 

大樹は無理矢理ティナの口の中にリンゴを入れた。

 

ティナはゆっくりと咀嚼(そしゃく)する。

 

 

「言いたいことはたくさんあるだろう。けど、お前の処遇は俺が何とかしてやった」

 

 

ポンっと大樹はティナの頭に手を乗せ、くしゃくしゃに撫でる。

 

 

「お前の帰る場所はあんな汚い場所じゃない。こっちだ」

 

 

咀嚼しながらティナの目から涙が流れた。

 

 

「俺たちと一緒にいろ。ティナに『痛い』ことはさせない」

 

 

その言葉を、ティナはずっと昔から待っていた。

 

いつか言われる日が来ることを。言ってくれる優しい人が来るということを。

 

待っていた。

 

ティナは、大樹を待っていた。

 

 

「大樹さんッ……!」

 

 

ティナは大樹の首の後ろに腕を回し、抱き付いた。

 

 

 

 

 

「おかえり、ティナ」

 

 

 

 

 

病院の一室。女の子が大きな声で泣いた。

 

女の子が今まで溜めていた涙が一気に溢れ出した。

 

女の子がずっと望んでいた未来。夢が叶った。

 

それはある男が『痛い』人生から救ってくれたからだ。

 

同時に男も、女の子と同じ夢を見ていて、望んでいた。

 

だから、叶った。男と女の子は思う。

 

男は泣き続ける女の子を泣き止むまでずっと抱きしめ返した。

 

 

________________________

 

 

 

「はい、もう退院していいよ。出て行け」

 

 

「最後まで酷い医者だ。まぁ世話になったよ。サンキュー」

 

 

そんな会話をした後、俺はお気に入りのTシャツを着て、黒色の安いズボンを穿く。

 

外に出ると、俺の真上ではギラギラと太陽が元気に笑っていた。

 

ティナと事件から一週間が経過。怪我は完全に治り、医者も顎が外れる程驚いていた。

 

 

(とっとと教会に帰るか……)

 

 

俺は外周区を目指すために、歩き出した。

 

ティナを治療している最中、俺のギフトカードに新たな文字が刻まれた。

 

 

【神格化・全知全能】

 

 

あの時、俺の視界は世界が変わったような感じがした。変わったのは視界だけじゃない。

 

銃弾を素早く取り出した瞬間、音速を越えた速度で血管の切り口を糸で繋ぎ合わせた。

 

手の動きは誰にも捉えることができず、常人どころか超人。いや、それすら越えていた。

 

しかし、ティナの治療が終わった瞬間、俺の目が弾け飛んだ。

 

言葉通り。俺の右目は破裂した。そこで俺の視界は暗くなり、意識が飛んでしまった。

 

そして、次に目が覚めた時は既に病院のベッドの上。優子たちが泣きながら抱き付いた時は混乱した。

 

俺が気絶した後、聖天子が派遣した部隊(保脇たちとは違う部隊)が俺とティナを保護してくれた。ちなみに保脇は俺が事情を話すと即刻クビになった。

 

その時の俺は右目が無くなっており、頭が割れて脳が飛び出していたそうだ。グロいな俺。

 

あの凄腕の医者がどうにかしてくれなかったら俺は死んでいた。

 

今は【神の加護(ディバイン・プロテクション)】で右目を治したのでちゃんと見える。もちろん、脳も大丈夫だ。

 

 

「諸刃の剣ってレベルのギフトじゃねぇよな……」

 

 

俺の右目と脳が弾け飛んだ理由。それは【神格化・全知全能】のせいしかないはずだ。

 

このことを黒ウサギに相談した。

 

 

『その恩恵は大樹さんが貰った力、ゼウスが関係していると思います』

 

 

『そうだろうな。全知全能のゼウスっていうくらいだからな』

 

 

『ですが、解せないことが多過ぎます』

 

 

『何だ?』

 

 

『本来恩恵(ギフト)は神格化した力を使役するモノが多いです。ですが、大樹さんの場合は神格化させる恩恵(ギフト)です』

 

 

『でも俺と同じようなパワーアップ系の恩恵(ギフト)は箱庭では珍しくないんだろ?』

 

 

『いえ、大樹さんのは例外です』

 

 

『例外?』

 

 

『神格化が例外です。箱庭でそのようなことができる者は限られております』

 

 

『……まさか』

 

 

『YES。【神】だけです』

 

 

『……分からねぇな』

 

 

『はい。大樹さんが神になったとして、納得できないことが新たに増えます』

 

 

『仮に自分体を神格化したとしても、何故ダメージを受けたのか』

 

 

『そして、大樹さんがどうして【全知全能】の体になっていないのか』

 

 

『一瞬だけ神格化とか?』

 

 

『……もしかしたら単純な話かもしれません』

 

 

『というと?』

 

 

『大樹さんの体が神の力に耐えれなかった……』

 

 

『……なるほど。それなら話が合う。一瞬だけしか発動できなかったこと。ダメージを受けたこと。二つとも合うな』

 

 

結論。発現したのは不明。しかし、恩恵(ギフト)が一瞬でしか使えなかったのは俺が弱いから。ダメージを受けたのは耐えられなかったから。

 

そうして【神格化・全知全能】の会話が終わった。俺は次に気になったことを聞く。

 

 

『どうして俺のギフトカードが使えなくなったのか分かるか?』

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)】 使用不可

 

神影姫(みかげひめ)】 使用不可

 

(まも)(ひめ)】 使用不可

 

【名刀・斑鳩(いかるが)

 

【神格化・全知全能】

 

 

これが俺のギフトカード状況。黒ウサギに使えない理由を聞いてみた。

 

 

『黒ウサギには分からないですが、発動条件か何かだと思います』

 

 

『発動条件?』

 

 

『太陽に関係する恩恵(ギフト)なら、使用する時間帯などに制限が掛かっている時があります』

 

 

『太陽が出ていないと使用できないってことか?』

 

 

『YES』

 

 

『でも俺の恩恵(ギフト)にそんな制限ないはずだ。そもそも一気に3つも使えなくなる条件って……』

 

 

『すいません……黒ウサギにもそれは分からなくて……』

 

 

『……いや、ありがとう。あとは大丈夫だ』

 

 

結局、今も使えないまま。使用できるのは折れた刀と全く使えない神格化だけ。

 

 

「クソッタレ……」

 

 

また弱くなった自分に苛立つ。

 

あの時だ。俺が闇に飲み込まれたせいだ。あれから歯車が狂ってしまった。

 

いや、狂っているのは俺か。あんな馬鹿なことを考えるなんて。

 

 

「ああ、クソッ」

 

 

嫌いだ。本当に嫌い―――

 

 

「……欲しい」

 

 

―――力をまだ求めている自分が。

 

 

________________________

 

 

 

「授業中か」

 

 

教会の扉を開ける前に、窓から様子を見ていると、優子が教会の祭壇の前に立ち、授業をしていた。

 

邪魔しては悪いので、教会の近くに張られた黄色いテントの中に入る。

 

 

「狭いなぁ」

 

 

「うおッ!?もう帰って来たのか」

 

 

テントの中は意外にも綺麗に整頓されており、火薬の臭いが充満していた。テントの中心にはカップラーメンにお湯を入れようとしたジュピターさん。

 

 

「俺にもくれ」

 

 

「チッ、仕方ねぇな」

 

 

ってくれるのか。優しいな。

 

ジュピターさんは二つのカップにお湯を注ぎ、フタをした。三分間だけ待ってやる!

 

 

「それで、どうした?」

 

 

「は?」

 

 

「何か用があるんだろ」

 

 

「いや、特にないが?」

 

 

「嘘つくな。お前―――」

 

 

ジュピターさんは真剣な表情で俺に向かって言う。

 

 

「―――今、酷い顔してるぞ」

 

 

「……や、やだなぁジュピターさん。いきなり俺のブサイクに触れるなんて―――」

 

 

「冗談はいらん。何があったか話してみろ」

 

 

ジュピターさんの言葉に、俺は言葉を詰まらせた。

 

何も話さない俺に痺れを切らしたジュピターさんは俺を睨む。

 

 

「いい加減にしろよ。俺はお前と違って人を簡単に殺すことができるような男だ。今のお前になんか負けねぇぞ。話さなきゃ引き金を引く」

 

 

ジュピターさんの右手には拳銃。しかし、銃口は俺の方を向いていない。

 

口の悪い優しさにほんの少しだけ心が軽くなった。

 

 

「……俺は、不安なんだ」

 

 

「不安だと?呆れた。お前みたいな超人的力を持った奴に不安があるなんて」

 

 

「ジュピターさん。アンタ、目の前で大切な人が消えたことはあるか?」

 

 

その言葉に、ジュピターさんは笑みを消した。

 

 

「妻と息子だ。俺の目の前で食われた」

 

 

「俺もあるんだよ……義理の妹とか……好きな人とか……幼馴染とか……」

 

 

「お前……!」

 

 

「共感できて嬉しいぜ。辛いよなぁ……あの感覚を思い出そうとすると体が震えて―――」

 

 

その時、俺の視界が揺れた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐッ!?」

 

 

右の頬に痛みを感じてやっと分かった。

 

 

 

 

 

ジュピターさんに殴られたと。

 

 

 

 

 

「ふざけるなよ貴様……共感だと?」

 

 

ジュピターさんは俺の胸ぐらを掴む。

 

 

「この世で一番愛した人を失ったこの感情を、共感なんかさせるか!!」

 

 

その怒鳴り声に俺は目を見開いて驚いていた。

 

 

「この感情は俺の人生で一番辛いことだ!俺しか分からないこの感情を知ったような口で喋るな!!」

 

 

「……………悪い」

 

 

「ッ……すまねぇ。俺が話せって言っちまったのに……」

 

 

「……………」

 

 

「共感することは別に悪い事じゃねぇ。ただ、俺は自分の気持ちを誰かに理解されるような口は嫌なだけだ」

 

 

大樹は黙り続けて反省している。

 

 

「お前だって、その感情を簡単に口にされたくないだろ。それが辛いなら尚更だ」

 

 

「……ああ、本当に悪い」

 

 

「うるせぇ。いいから話せよ」

 

 

「……不安っていうのは嘘だ。俺は怖いんだ」

 

 

俺は小さな声で話す。

 

 

「大切な人をまた失ってしまうんじゃないかって。そして、俺はまた失いかけた」

 

 

「……入院した時か」

 

 

「ああ。俺はティナを殺してしまうところだった」

 

 

右手で頭を抑え、苦しそうに語る。

 

 

「ティナが倒れた時、今までの最悪を思い出した……そしたら頭の中が真っ白に……いや真っ赤になって……気が付いたら俺は……!」

 

 

「落ち着け!」

 

 

息を乱れさせた大樹を急いでジュピターさんは止める。大樹に深呼吸を何度も繰り返しさせて、落ち着かせる。

 

 

「悪い……」

 

 

「ゆっくり話せ」

 

 

「……こんなことになったのは自分が弱いから。強くないからいけないと思った」

 

 

大樹は下を向いて俯く。

 

 

「俺は順調に力を手に入れ、強くなってきた。もうこれで誰も失わない。そう思っていた」

 

 

だけどっと大樹は付け足し続ける。

 

 

「でも、今の俺はずっと前より弱くなった……!」

 

 

手に力が入り、歯を食い縛る。悔しい気持ちがジュピターさんにも伝わった。

 

 

「それが怖くて、苦しい……!」

 

 

「……お前が苦しんでいる理由は大体分かった」

 

 

ジュピターさんと目が合う。

 

 

「だが、お前は間違っていない」

 

 

その真剣な声音に大樹は息を飲んだ。

 

 

「お前は俺に大事なことを教えてくれた。罪の無いガキどもに当たり、殺そうとした。こんな汚れ仕事を自分の復讐のために進んでやろうとしていた」

 

 

「……もうやらないだろ」

 

 

「一生やらねぇ。神に誓ってやるよ」

 

 

変わったジュピターさんを見た大樹は口元を緩ませる。

 

今まで極悪人のような大人たちばかり会って来た大樹にとって、こういう優しい人間の優しさを感じると、心の底から安心してしまう。

 

 

「ガキどもにアメをやるとアイツら笑顔で『ありがとう』って言うよな。全く、俺はお前らを殺そうとしたのによぉ」

 

 

「……いい子たちだろ」

 

 

「そうだな」

 

 

ジュピターさんは告げる。

 

 

 

 

 

「お前が救ったおかげだ」

 

 

 

 

 

「ッ!」

 

 

「お前が弱くなろうとも、今まで救ったモノに間違いはない。それは揺るがない事実だ。お前が弱くてこれからの未来、不安で怖くて仕方ねぇって言うなら―――」

 

 

ジュピターさんは大樹の頭を乱暴に撫でた。

 

 

「―――救われた俺たちが、力になってやる」

 

 

大樹がこうして乱暴に撫でられたことは久しぶりだった。

 

まるで自分の兄のような存在。いや、兄貴のような存在。

 

 

「……分かったよ。でも、俺はまだ負けない」

 

 

大樹は決意する。

 

 

「救った人を守るために、俺は戦うよ」

 

 

「ハッ、俺に慰められてんじゃねぇぞクソガキ」

 

 

バシッと最後は頭を叩かれ、ジュピターさんは俺から視線を逸らす。そんな彼を見た大樹はまた口元を緩ませる。

 

この先、最悪なことが起きる。でも……それでも……大樹のやることは変わらない。

 

例え弱くなろうとも。例え苦しくても。例え怖くても。

 

彼は立ち上がり続けて、戦い続ける。

 

だから彼は言い続ける。

 

『大切な人を守る為に、俺は戦う』

 

 

「やっば、カップ麺伸びちまった」

 

 

「マジかよ兄貴……」

 

 

だが二人が口にしたカップ麺の味は、いつも以上に美味しく感じた。

 

 

________________________

 

 

 

教会にもう一度帰ると、全ての授業が終わり、子どもたちは自由に遊んでいた。

 

しかし、俺が教会の扉を開いて中に入ると、子どもたちは一斉に俺に抱き付いて来た。

 

ずっと会わなかったせいだな。子どもたちは『大丈夫なの!?』『怪我は!?』『結婚して!!』と俺のことを心配してくれた。って最後。やめなさい。優子たちが怒るでしょうが。

 

松崎さんにも心配され、民警のプロモーターたちにも心配された。

 

そんな心配されてばかりだったが、俺のことを大切に思ってくれたその気持ちは心が温かくなるものだった。

 

 

「おかえり、大樹君」

 

 

「おかえりなさい、大樹さん」

 

 

「おかえりなさい、大樹君」

 

 

優子と黒ウサギ。そして真由美の『おかえり』の言葉に俺は笑顔で返す。

 

 

「ただいま」

 

 

 

________________________

 

 

 

日が沈み、空には三日月が輝いていた。星もたくさん見えて綺麗な夜空だ。

 

外に出て俺は荒れた地を歩く。

 

言うの忘れていたが聖天子の護衛は終わった。斉武との交渉は不成立。聖天子がキッパリ断っちまった。よくやったと思う。

 

結局、斉武は美琴とアリアを探し出せなかったし、どうでもいい存在になっちまった。

 

今回の暗殺は斉武が仕組んだモノだと思っていたが、俺が重傷を負ったせいで捕まえる機会を逃してしまった。

 

 

『ティナ・スプラウトのIP降格が終わりました。そちらに帰らせています』

 

 

聖天子からそんな連絡があった。しかし、これは昼の出来事。

 

ティナはまだここに来ていない。となると、

 

 

「よぉティナ。夜の散歩か?」

 

 

「ッ!」

 

 

ボロボロのベンチに座ったティナ。俺が声をかけると下を向いていた顔を上げた。

 

オレンジ色のフード付き黄色いパーカーに黒いミニスカートの格好。

 

 

「もう暗いから帰って来たらどうだ?」

 

 

「……遠からず私を始末する追手が来ます。迷惑をかけるって問題じゃないです。命を失うかもしれない」

 

 

「じゃあその追手を俺が返り討ちにしてやる」

 

 

「IP序列は私よりずっと上です。さすがのあなたでも……!」

 

 

「それでも、俺は逃げずに勝ってみせる」

 

 

大樹の強い言葉にティナは目を見開く。

 

 

「そして守ってみせる。だから俺の手を握れ、ティナ」

 

 

右手をティナに向かって出す。大樹は笑顔でもう一度呼ぶ。

 

 

「ティナ」

 

 

そして、告げる。

 

 

「帰ろう」

 

 

その一言に、ティナは今度は涙を流さない。

 

ティナは俺の右手を両手で握る。そして、

 

 

「はい……!」

 

 

今まで見たことのない満面笑み。最高の可愛い笑顔で、ティナは答えてくれた。

 

 


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