どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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教会が凄い。僕、住みたいです。



転生者と暗殺者

「そりゃッ」

 

 

ザクッ

 

 

硬い土を(くわ)で軽快に耕す。何度も掘り起こすと土は柔らかくなり、作物に優しい土となった。

 

 

「今度は農作業かよ」

 

 

俺の背後から声が聞こえた。

 

 

「よぉ里見。ロリコンしてるか?」

 

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 

蓮太郎は拳銃を俺に向ける。ハハッ、効くか。

 

そう、温泉の次は農作業だ。自給自足をして金の節約を行っている。水やり作業を子どもたちにさせて、植物が実って行く工程を見せるのはいい教育だという考えもある。

 

現在きゅうりとキャベツとトマトを栽培中。今は白菜を育てる場所を耕している。ちなみにピーマンとニンジンは子どもたちに反対された。二つとも美味しいのに。

 

 

「まだ実すらなってないけど、半年後にはいっぱい獲れるぞ」

 

 

「大変そうだな」

 

 

「待てなくなったら(すみれ)先生と協力してガストレア農薬を……」

 

 

「やめろ」

 

 

俺は土を耕し終え、ポケットに入れておいたトマトジュースを飲む。

 

 

「仕事終わりの一杯は最高だぜ!」

 

 

「あのトマトはお前か」

 

 

バレたか。

 

 

「……俺のIP序列。お前のせいで650位になっちまった」

 

 

「おめでとう」

 

 

「将監は705位で止まっている。そのせいでアイツに目をつけられちまったじゃねぇか」

 

 

「俺は【絶対最下位】だが文句あるか」

 

 

「……すまん」

 

 

「謝るなよ。俺が惨めになるだろうが」

 

 

泣くぞコラ。

 

 

「というか里見。何か用があって来たんじゃないのか?今日は理科の授業は無いし」

 

 

「社長から呼び出しだ。木更さんが待ってる」

 

 

________________________

 

 

 

「来たわね大樹君」

 

 

「はい。牛丼」

 

 

俺はラップで包んだ牛丼をテーブルに置く。しかし、木更の反応は俺が予想したモノとは違った。

 

 

「あれ?私、頼んでいないのだけれど……?」

 

 

「は?俺を呼んだのは金が無いから飯が食いたいからじゃないのか?」

 

 

「違うわよ!最近は蛭子ペアが稼いでいるから儲かっているわ!里見君より!」

 

 

だから里見がいない時に虐めるなよ。じゃあ何で牛丼を手に取るんですか?

 

天童民間警備会社に来た俺は、さっそく社長の椅子に座る。

 

 

「どきなさい」

 

 

「牛丼返せ」

 

 

「……覚えていなさい」

 

 

木更は諦めて里見の席に座る。牛丼強い。

 

 

「というかお前も来ていたのか、影胤」

 

 

「私は連絡待ちだ。連絡が来たらすぐに行くよ」

 

 

ソファに座っているのは影胤。足を組んで不気味な銃のメンテをする。

 

隣では小比奈ちゃんが影胤の腕に抱き付き、ぐっすりと眠っている。

 

 

「さて、あなたを呼んだのは依頼が入ったからよ」

 

 

「影胤じゃダメなのか?」

 

 

「ええ、あなたにやってもらいたいって依頼者が言っているわ」

 

 

「当店は指名制で無いのでお断りです。引き続き木更にゃんがお相手させていただきます」

 

 

「ここはキャバクラじゃないわよ!」

 

 

メイドカフェのつもりだったのだが。

 

 

「依頼主は聖天子様よ」

 

 

「またまた東京エリアの危機ですか?もう嫌なんですが?」

 

 

「そうね……これは東京エリアの危機かもしれないわ」

 

 

確信。呪われているわ東京。ドーマン!セーマン!悪霊退散!

 

 

「詳しくは本人から聞きなさい」

 

 

そう言って木更は割り箸を割って牛丼を食べ始める。『美味しい!』と笑顔で食べていると、声をかけにくい。

 

俺は立ち上がり、部屋を出ようとする。

 

 

「ガストレアを倒す話なら私に教えてくれ」

 

 

「お前は少し寝ろ」

 

 

マジで社畜になってんじゃねぇか影胤。

 

 

「そもそも大樹君、相変わらず君はそのTシャツとズボンだけで行くのかね」

 

 

背中には『一般人』の文字。黒いズボン。もはやラフを越えた何かだ。

 

 

「悪いか?」

 

 

「常識が無い」

 

 

「行ってくる」

 

 

「君がそれでいいなら構わないよ」

 

 

お気に入りですから。文句は言わせない。

 

 

 

________________________

 

 

 

白い壁。白い床。白一色で統一された部屋で聖天子が来るのを待っていた。

 

トマトジュースを飲みながら窓の外をボーっと眺める。

 

 

「ごきげんよう、楢原さん」

 

 

扉が開き、部屋と同じ白で統一された服装を身に纏った聖天子が入って来る。

 

しかし、大樹は反応せず、外を眺めている。

 

 

「……………」

 

 

「楢原さん?」

 

 

「うおッ……悪い。考えごとしてた」

 

 

気を引き締め俺は立ち上がり、聖天子の前に立つ。そして、

 

 

「じゃあまたな」

 

 

「どうして帰ろうとするのですか……」

 

 

やっぱり駄目か。まず帰ろうとするスタイルは大事だと思うんだ。仕事したくない。

 

 

「それで、依頼は何だよ。ウチの社長は牛丼に夢中で投げ出されたよ」

 

 

(ぎゅ、牛丼?)

 

 

聖天子は困惑したが、すぐに説明する。

 

 

「楢原さんには私の護衛をしてもらいたいのです」

 

 

「OK」

 

 

「理由は……………え?」

 

 

大樹が簡単に了承してしまったため、聖天子はキョトンと驚く。

 

 

「り、理由は聞かないのですか?」

 

 

「どうせ政治絡みだろ?俺に話したところで、共感や理解はできないぞ」

 

 

「ですが……」

 

 

俺は聖天子の不安気な顔を見て察した。

 

 

「もしかして、解決してほしいことがあるのか?」

 

 

「……よろしいのですか?」

 

 

「いいぜ。ついでに解決してやる。……………できる範囲でな」

 

 

「何か言いました?」

 

 

「いや何も」

 

 

保険をかけただけだ。はいそこ、屑って言わない。

 

 

「明後日、大阪エリア代表の斉武(さいたけ)大統領が非公式に東京エリアへ訪れます」

 

 

「誰だよそれ」

 

 

あと大統領って何だよ。いつから大阪はアメリカンな県になったんだよ。いや、大阪は府か。

 

 

「もしかして聖天子と同じような人か?」

 

 

「はい。大阪エリアの国家元首です」

 

 

日本は5つのエリアがある。東京、大阪、仙台、札幌、博多。この5つのエリアだけだ。

 

美琴とアリアたちが他のエリアにいる可能性が出て来た今、コンタクトを取ってもいいかもしれないな。

 

 

「ソイツに俺も会わせてくれないか?」

 

 

「何をするつもりですか?」

 

 

さて、何と言い訳しますか。

 

 

「えっと、顔が気に食わなかったらぶん殴るためだ」

 

 

「……捕まりますよ」

 

 

ひぃ!一度入ったことがあるからもう入りたくない!飯マズはイヤだ!

 

 

「いいから早く合わせろ。そのしいたけに」

 

 

斉武(さいたけ)です」

 

 

コンコンッ

 

 

その時、扉をノックする音が聞こえた。俺は手を払って『俺に構わず出て来い』っと伝える。

 

 

「入りなさい」

 

 

「失礼します」

 

 

ガチャッ

 

 

入って来たのは六人の男たち。また白い服装だよ。どんだけ白いんだお前らは。

 

外套(がいとう)(コートみたいなモノ)に制帽、腰に刺した拳銃。自衛隊でもなければ警官でもない服装。まさかと思うが、

 

 

「楢原さん。彼らは私の護衛を担当している方たちです。こちらが隊長の保脇(やすわき)さんです」

 

 

思った通り。護衛官たちか。

 

聖天子の紹介で俺の前に出て来たのは30歳くらいの男性。メガネをかけており、背が高い。

 

 

「ご紹介にあずかりました保脇 卓人(たくと)です。階級は三尉、護衛隊長をやらせていただいております。任務中、もしもの時はよろしくお願いしますよ、楢原さん」

 

 

「天童民間警備会社、特別任務課の楢原 大樹だ。迷惑かけた時は、許してくれよ」

 

 

保脇が右手を差し出したので、俺も右手を出して握手しようとしたが、

 

 

「ッ!」

 

 

その手を止めた。

 

 

「楢原さん?」

 

 

「……いや、何でもない」

 

 

俺は保脇の右手を握り、握手を交わす。

 

 

「時間と護衛の詳細は明後日話します。またここに来てください」

 

 

聖天子はそう言って、保脇たちを率いて部屋を出た。

 

 

________________________

 

 

 

「完全記憶能力が無かった完全に迷っていたな」

 

 

グルグルと聖居(せいきょ)を歩いて五分。ついにこの一帯の構造を把握した。

 

多分出口はあっち。その場で振り返り、歩き出そうとするが、

 

 

「そこにいるのは分かっている。出て来いよ」

 

 

「……いつから気付いていた」

 

 

廊下の角で俺を待ち構えていた男が姿を現す。

 

男は保脇 卓人だった。

 

 

「やっぱり俺の勘は当たっていたか」

 

 

あの手を握ろうとした時に感じた悪寒。俺の本能が危険だと判断していた。

 

俺の後ろからも先程の保脇が率いていた男たちも出て来る。囲まれた。

 

 

「予想だが、俺に護衛任務を断らせようとしてんのか?」

 

 

「そうだ」

 

 

今日の俺、勘が冴え渡ってる~!コ〇ンになれちゃうかも。キャー!

 

 

「目障りなんだよ。何故お前が聖天子様の隣に立つんだ。このテロリストが」

 

 

うわぁ……随分嫌われているなぁ。

 

 

「お前なぁ……そういう文句は」

 

 

「喚くな」

 

 

喋らせてよ。

 

 

「それにな、楢原 大樹。お前が聖天子様の隣にいるのは一番駄目な存在なんだよ」

 

 

「……………」

 

 

「何か言ったらどうだ?」

 

 

いや、喚くなって言ったじゃないですか。あれですか?あなたは『動くな!警察だ!手を挙げろ!』って矛盾したことを言う奴らですか?それで手を挙げたら『動くなって言っただろ!バーン!』とか『手を挙げろって言っているだろ!バーン!』するんだろ?犯人詰んでるなオイ。

 

 

「ダメな理由を聞きてぇな」

 

 

「馬鹿が。言うわけないだろ」

 

 

ぶっ飛ばしたい。

 

 

「しかし、聞きたそうな顔だな。いいだろう。特別に教えてやる」

 

 

マジでぶっ飛ばしたい。

 

 

「聖天子様はお美しく成長され、今年で16歳になられた」

 

 

「マジかよ。初耳だったわ」

 

 

「貴様も、そろそろ東京エリアは次の国家元首としての世継ぎが必要だと思わんかね?」

 

 

「早くね?」

 

 

「黙れ」

 

 

もう何なんだよ。どっちかにしろよホント。

 

だが理解した。

 

 

「お前じゃ釣り合わねぇよ、変態」

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

保脇は拳銃を取り出し、俺に銃口を向けるが、

 

 

「は?」

 

 

既に大樹の姿はそこにはなかった。

 

 

「お前じゃあ俺に勝てねぇよ」

 

 

トンッ

 

 

保脇は戦慄した。背後から大樹の声が聞こえたことに。背中に何かが押し当てられたことに。

 

 

「引き金、引いてみるか?」

 

 

「よ、よせ……!」

 

 

「いいぜ」

 

 

大樹は保脇から距離を取り、離れる。

 

手に持ったコルト・パイソンをズボンのポケットにしまい、出口へと歩き出す。

 

 

「見逃す。今回は」

 

 

そう言って、大樹は姿を消した。

 

その場に残された保脇とその部下。

 

 

「覚えていろよぉ……楢原 大樹」

 

 

保脇は聖天子には絶対に見せれない、憎しみの顔をしていた。

 

 

 

________________________

 

 

 

「……………」

 

 

空は緋色に染まり、カラスがカァーカァーと鳴き始めた。

 

俺は聖居近くにある噴水広場の近くにあるベンチに座り、眺めていた。

 

眺めているのは女の子。一つ言っておくが、ストーカーじゃない。ロリコンじゃないよ。

 

先程から自転車に乗って、フラフラと運転している。そしてグルグルと噴水の周りを回っている。

 

……気になるだろ?俺も分からないんだ。携帯端末で調べモノをしていたらコレだよ。もう10分は経つぞ。集中できねぇよ。

 

 

「……………」

 

 

それにしてもあの女の子。外国人か?

 

髪はプラチナブロンド。キラキラと輝き、綺麗だが服装が駄目にしている。

 

何でパジャマだよ。あと寝癖。そしてとどめのスリッパだよ。ツッコミどころが多過ぎるッ。

 

 

「……………あ」

 

 

その時、ヤンキーみたいな少年たちが三人。男たちは女の子に近づいて来た。ヤンキーたちは女の子をチラッと見ているが……まさか。

 

そして、自転車の車輪は一人の男の足にぶつかった。

 

 

「ッてぇなコラァァアアアア!!どこ見てんだよテメェッ!!」

 

 

おおっと。ブーメランが刺さったぞアイツ。まさにお前だよ。わざとだろうが。

 

男は自転車を蹴り飛ばし、乗っていた少女は自転車から投げ出された。男たちは少女の周りを囲む。

 

 

「なに黙ってんだよ?なんとか言えやコラァ。テメェはこの自転車で俺の足を踏んだんだよ。わかるかぁ?」

 

 

「あーあ、これ足の骨折れてるんじゃねぇ?」

 

 

「慰謝料だ、慰謝料」

 

 

……ったく。仕方ない。

 

 

「その辺にしとけよ」

 

 

「あぁ?」

 

 

俺が男たちの背後から声をかけると、今度は男たちは俺を囲んだ。

 

 

「何?お前が払ってくれんの?」

 

 

「え?体で払えって?ちょっと俺はホモじゃないんで勘弁して……」

 

 

「違ぇよ!金を払えって言ってんだよ!誰がお前の体なんかいるか!」

 

 

「おい!やっちまおうぜ!」

 

 

男たちは手をパキパキと鳴らし、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべる。

 

 

「ハイハイ。じゃあ一人ずつ俺を殴っていいよ」

 

 

「……マジかよ。頭イカれてるな兄ちゃん」

 

 

「オラァッ!!」

 

 

一人の男が俺の顔面に向かって拳を振るう。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

呻き声を出したのは、俺では無い。

 

 

「痛ッてえええェェ!!!」

 

 

「「!?」」

 

 

殴った男の方だった。

 

俺は顔を1ミリも微動だすることなく、痛みにうずくまった男を見下ろす。

 

 

「骨が折れるっていう感覚はそういうことだ」

 

 

「何しやがったテメェ!?」

 

 

「何も?」

 

 

「ヘラヘラしやがって!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

今度は蹴り。右足での横蹴りが腹部に当たるが、

 

 

「ぐうッ!?」

 

 

男は右足を抑えながら倒れる。俺はTシャツについた汚れを払う。

 

 

「な、何者だよお前……!」

 

 

「さぁな?それでだ」

 

 

俺はパキパキと手を鳴らす。

 

 

「反撃してもいいか?」

 

 

「な、殴っていいって言ったのはお前じゃないか!?」

 

 

「別にやり返さないとは言ってないが?」

 

 

「そ、そんなぁ……!」

 

 

男は震え出し、顔を真っ青にする。俺は一言だけ告げる。

 

 

「とっとと消えろ。そして二度と悪さをするなよ」

 

 

男たちは肩を貸して貰ったりして一斉に仲良く逃げる。やり過ぎたか?ポケットに慰謝料を入れて置いたけど、気付くかな?

 

 

「大丈夫か、お嬢さん」

 

 

俺は子どもの手を引き、立ち上がらせる。黒ウサギにいつも渡されるハンカチをポケットから取り出し、汚れた顔を綺麗に拭き取る。

 

 

「正義の、ヒーロー………生まれて、初めて見ました」

 

 

「そりゃどうも」

 

 

綺麗に拭き終り、蹴飛ばされた自転車を起き上がらせ、少女の前に持ってくる。

 

 

「もう暗いから家に帰れよ」

 

 

俺は手を振りながらその場を後にする。

 

 

「ここ、どこですか?」

 

 

「迷子かーいッ」

 

 

思わずこけてしまった。

 

 

________________________

 

 

「ほら」

 

 

俺は買って来たオレンジジュースを少女に渡す。しかし、少女は下を向いたまま動かない。

 

ゆっくりと彼女の顔を見てみると、目を瞑っていた。

 

 

「寝るなよ。帰って寝ろ」

 

 

ハッと少女は顔を上げると、少女はポケットから英語のラベルが貼られたボトルを取り出した。訳すと……カフェイン?

 

少女は中の錠剤を取り出し、口の中に入れる。うわぁ不味そう。

 

俺はもう一度オレンジジュースを渡すと、今度は受け取ってくれた。

 

 

「夜型なので、こうしていないと、昼は、起きていられないんです」

 

 

「……そうか」

 

 

なるほど、この子……。

 

 

「まぁいいか。とりあえず家分かるか?」

 

 

「さぁ?」

 

 

「……どこらへんに住んでる?」

 

 

「さぁ?」

 

 

「…………何故パジャマ?」

 

 

「さぁ?」

 

 

「喧嘩売ってんのか」

 

 

俺は大きな溜め息をつく。

 

 

「じゃあ名前は?さすがに分かるだろ?」

 

 

その時、少女の目が泳いだ。俺はそれを見逃さなかった。

 

しばらくした後、少女は口を動かした。

 

 

「ティナ……です。ティナ・スプラウト」

 

 

「あー、これは骨が折れそうだな」

 

 

外国人の方でしたか。そうでしたか。大体予想できた。

 

 

「あなたの名前は?」

 

 

「俺か?楢原 大樹だ」

 

 

「……大樹さん?」

 

 

「おう」

 

 

ティナは何度か俺の名前を呼んだあと、目を瞑った。

 

 

「だから寝るな」

 

 

「ハッ」

 

 

ティナはまたカフェインの錠剤を口の中に入れる。そして、オレンジジュースを飲んで口を甘くする。

 

 

「よし、どこから来たか覚えているか?」

 

 

「たしか、今日はアパートで目が覚めて、歯を磨いて、シャワーを浴びて、服を着替えて、颯爽(さっそう)とお出掛けしたところまでは」

 

 

「ハッハッハ。……嘘つけ」

 

 

証拠は寝癖とパジャマとスリッパ。小〇郎のおじさんでも解けるぞ。

 

それにしても……この子……まさかと思うが?

 

 

「どうしたんですか?」

 

 

「……いや、何でもない」

 

 

「そんなに私をジロジロと見ないでください。変態ですか?」

 

 

「警察に突き出すぞ」

 

 

「そ、それはちょっと……」

 

 

「じゃあ大人しく家の場所を思い出せよ」

 

 

「無理です」

 

 

「よし、あっちに交番あるからな。お兄さんが連れて行ってあげる」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

会話に疲れた俺はティナの隣に座り、ぬるくなったトマトジュースを飲む。

 

 

「マジで分からないのか?」

 

 

「実は分かったりします」

 

 

「……………」

 

 

もう、泣きたい。辛いよ正義のヒーロー。

 

 

「もしかしたら道を間違えるかもしれません」

 

 

「ついて行けばいいのか?」

 

 

「変態ですか?」

 

 

「泣きてぇ……」

 

 

相手にするの疲れた。もう僕、頑張ったよね?逃げていいよね?

 

 

ピピピッ

 

 

その時、俺の携帯端末のアラームが鳴った。ヤバい!

 

 

「スマン!これからスーパーの特売に里見と行かないといけない!」

 

 

財布からレシートを取り出し、裏側に自分の携帯番号を爪の摩擦で書く。俺はそれをティナに渡し、さらに野口さんを二人渡す。

 

 

「何かあったら俺の携帯に電話しろ!タクシーもこの金で使っていいからな!ちゃんと帰れよ!」

 

 

じゃあな!っと俺はティナに告げて、その場から去る。

 

 

「あと自転車も忘れるなよ!」

 

 

________________________

 

 

 

ピピピッ

 

 

「マスターですか?」

 

 

『定時報告をせよ』

 

 

「東京エリア内部に侵入成功。アパートで拠点を確保。アイテムも確認しました」

 

 

『よろしい。何か異常は?』

 

 

「一度トラブルがありましたが、大事に至ってはいません……親切な人が助けてくれたので」

 

 

『なるべく他人との接触は避けろと言っただろう。あらゆる情報の流出を避け、名前も極力偽名を使うんだぞ』

 

 

「……はい、問題ありません」

 

 

『ティナ・スプラウト。君はザザザザッ……電波が悪いのではないか?』

 

 

「え?あ、すみません。真上で電車が通ったのでそのせいかと」

 

 

『……まぁいい。任務は明後日だ。必ず成功しろ』

 

 

「はい、マスター」

 

 

________________________

 

 

 

聖天子の護衛任務当日。リムジンに揺られながら外の景色を眺める。太陽が眩しい。本日晴天ナリ。

 

会談場所は超高層建築ホテル。金持ちは凄いなぁと思う。

 

今日の服装はスーツ。また着るのは真由美のパーティー以来だ。

 

隣に座った聖天子も俺と同じように反対方向の景色をずっと眺めている。

 

 

「話の主導権を持ってかれそうになったら俺が助けてやる。だから悪い要件は絶対に断れ」

 

 

「……大丈夫です。私なら……」

 

 

「いつもいる菊之丞のじいさんがいねぇこの時、斉武の奴は何か考えているに決まっている」

 

 

そう、聖天子のいつも隣にいるスケットじいさん。天童 菊之丞は現在不在だ。

 

菊之丞が外国に訪問中。斉武はこの時を狙ったに違いない。会話の主導権は完全にあちらが握ろうとしている。

 

 

「話のコツを教えてやる。相手の目と手を見ろ」

 

 

「……目だけではないのですか?」

 

 

「人と言うのは面白い。嘘をつくとき、必ずボロが出る。目が泳いだり、手を動かしたり、嘘をつくと何かアクションを起こすんだ」

 

 

理由は簡単。相手に嘘でないと思わせるため。

 

手の平を見せて『私はこの通り何も見せていません』とか言っている奴は大抵嘘を吐く。手の平を見せている間に細工したり、手の甲にタネが仕掛けてあったり、目がキョロキョロしていたりする。

 

人は誤魔化すために何かアクションを起こすことが多い。特に目を動かす代わりに手の動きが多い。

 

 

「嘘の上手い奴は無意味だけどな」

 

 

「……楢原さんは嘘が下手ですね」

 

 

「おい。アクションを起こしてないぞ」

 

 

何故バレた。

 

 

「起こしましたよ。詳しく嘘の見破り方を言いました。だから嘘が下手じゃないかと思いました」

 

 

「なるほど、一本取られたな」

 

 

「それと―――」

 

 

聖天子は微笑みながら俺に告げる。

 

 

「―――あなたが嘘をつく時は、必ずその人のためなのではないですか?」

 

 

「……さぁな」

 

 

俺は笑いながら誤魔化した。

 

そしてリムジンは止まり、目的地に到着した。

 

 

________________________

 

 

 

ホテル最上階。展望台の応接室に聖天子が座った横に俺が立ち、聖天子の前には一人の男が座っていた。

 

スーツを着て、メガネを掛けた極悪集団のボスのような顔。『コイツが犯人です』と周りに言いふらしたら100人中100人が『そうだな。俺も思う』っていいそうなくらい悪そうな顔をしていた。

 

歳は60代と見て間違いない。

 

この男こそ、大阪エリアの統治者、斉武 宗玄(そうげん)だ。

 

 

「……隣の者は誰でしょうか?」

 

 

「私の護衛です」

 

 

斉武が俺の方を見て聖天子に尋ねると、聖天子が答えた。俺は一歩前に出て自己紹介する。

 

 

「天童民間警備会社、特別任務課の楢原 大樹です」

 

 

敬語を使っている理由は『失礼のない態度でお願いします』っと聖天子に怒られたからだ。というか今まで聖天子に向かって俺、失礼過ぎるだろ。

 

 

「なるほど、あの馬鹿がいる会社か」

 

 

「あぁ?んこ入りパスタライス」

 

 

「「は?」」

 

 

「何でもありません。『馬鹿』について知りたいだけです」

 

 

危ない。『あぁ?ぶっ飛ばすぞテメェ?』って言いそうになった。

 

 

「天童のもらわれっ子だ」

 

 

里見のことか。あぁ殴りたい。

 

 

「蓮太郎の奴、ステージⅤを倒す際、レールガンモジュールを使って、修復不可能なまでに破壊したそうだな」

 

 

あぁそれ嘘ですよ。俺の存在を隠すためのカモフラージュ。愉快愉快。

 

 

「あれがどれほど大事なモノか分かっていない」

 

 

「どのくらい大事なのか聞きたいです」

 

 

「戦争はな、敵の上空を取った者が勝つと兵法から決まっておる」

 

 

そうかぁ?俺にその常識は通じねぇ。キリッ。

 

 

「丘の上から矢を射掛けた方が勝ち、飛行機で爆弾を落とした軍が勝ち、衛星で敵の行動を盗んだ軍が勝ち―――」

 

 

そう言われると正論っぽいな。だが俺には通じねぇ。キリリッ。

 

 

「―――で、次は何だ?」

 

 

「……まさかレールガンモジュールを月面に取りつけたかった……のですか?」

 

 

「ほう……中々冴えておるな小僧」

 

 

「無理だな」

 

 

「は?」

 

 

「な、楢原さんッ」

 

 

斉武はキョトンと驚き、聖天子は慌てた。

 

 

「もう少し宇宙のこと調べて来い。レールガンモジュールがどれだけの電力を必要とするんだよ。まさか電気を衛生などを使って届け続けますとか言うんじゃないだろうな?どんだけ時間かかるってんだよ。じゃあそこにソーラーパネルを取りつけるとか言うんじゃないだろうな?なら今度は太陽系の位置関係について調べて来い。なら地球から補給機を月まで繋げるって言い出したらもう病院行け。あとレールガン出せる電力貯めた所で発射する。で、地球にまず届いたとしてその後に起きる空中で起こる現象と地上での被害を考えて―――」

 

 

ハッとなる俺。時既に遅し。

 

 

「―――とても良い考えだと思います」

 

 

大嘘である。

 

斉武の部下は拳銃を取り出し、俺に銃口を向けている。やっちまったぁ。

 

 

「降ろせ」

 

 

「し、しかし!」

 

 

「いいから降ろせ」

 

 

しかし、斉武は違った。斉武が降ろすように部下に告げると、部下はゆっくりと銃を下げた。

 

斉武はニヤニヤと面白そうな顔をして、俺を見る。

 

 

「小僧。IP序列は何だ?」

 

 

「さ、最下位です」

 

 

「何……?」

 

 

斉武は驚いた表情になった後、

 

 

「ガッハッハッハ!!」

 

 

大笑いした。ぶん殴りてぇパート2。

 

 

「面白い小僧だ。楢原と言ったな?俺の元に来い」

 

 

「は?」

 

 

「東京エリアなど脆弱なエリアはいずれ滅ぶ。お前のような人材は俺の元で働くべきだ。二人で(さかずき)片手に見渡す創世の風景、さぞや見物になるだろう」

 

 

ニヤニヤと笑みを浮かべる斉武に俺は冷静に答える。

 

 

「俺には目的がある」

 

 

俺はズボンのポケットから二枚の写真を取り出す。聖天子はその写真を見て驚いた。

 

 

「右は御坂(みさか) 美琴。左は神崎(かんざき)(エイチ)・アリア」

 

 

二人の顔が写った写真だった。

 

 

「どちらか一人。探し出したらお前の下で犬になってやるよ」

 

 

「ほう……!」

 

 

斉武は写真を取り、部下に渡す。急いで探してくれるようだな。

 

一方、聖天子は嫌な顔をしており、俺を見ていた。

 

 

「その言葉、忘れるんじゃねぇぞ」

 

 

「分かった。それより本題に入ったらどうだ?」

 

 

「クククッ、分かっておる」

 

 

斉武は会談が終わるまで終始ご機嫌。しかし聖天子は終始暗い表情だった。

 

そして、聖天子と斉武の会談は二時間もおよんだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

何も進展がない会談だった。斉武の極悪っぷりと聖天子の善良は交わることの無い平行線だった。

 

交渉が成立する日は来ないだろう。

 

リムジンにまた揺られ、外の風景を眺めるのだが……ポツポツと雨が降り出した。さっきまで出ていた太陽が嘘みたいだ。

 

 

「何怒ってんだよ」

 

 

聖天子と俺の距離が行きより倍近く開いていた。

 

 

「……楢原さんが薄情者だったからです」

 

 

「馬鹿、行くわけねぇだろ」

 

 

「え?」

 

 

俺は聖天子の方に体を向ける。

 

 

「二時間も調べる時間はあった。なのにまだ見つけれていない。ということは大阪エリアに二人はいないと見て間違いない」

 

 

説明する俺の言葉を聖天子は黙って聞く。

 

 

「そして、俺はアイツが大っ嫌いだ」

 

 

「……裏切りは?」

 

 

「しねぇよ。アンタの下で犬になった方が優雅に過ごせそうだ」

 

 

「犬ですか……」

 

 

聖天子は手を顎に当てて思考する。そして、

 

 

「お座り」

 

 

「だから喧嘩売ってんのか」

 

 

「お手」

 

 

面倒臭ええええェェ!!

 

 

「……わん」

 

 

はやく終わらせたいので右手を聖天子の手の平に置く。恥ずかしいッ!

 

そして、聖天子は俺の置いた手を握った。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「……裏切らねぇから安心しろ。それにちゃんと守ってやる」

 

 

俺は聖天子を後ろから肩を掴み、抱き寄せる。

 

 

「な、楢原さん!?」

 

 

聖天子は顔を赤くする。俺は一言だけ告げる。

 

 

 

 

 

「運転手、狙撃されてるぞ」

 

 

 

 

 

バリンッ!!

 

 

突如銃弾が窓を割って入って来た。銃弾は聖天子の頭部を狙っている。

 

 

「ッ!!」

 

 

しかし、俺は聖天子に当たる前に銃弾を右手で掴み取る。熱いッ!!

 

 

「って嘘だろ!?」

 

 

握った銃弾は対戦車用の装甲弾。リムジンごと吹っ飛ばす気かよ!?

 

驚くことはまだある。狙撃者が狙撃した場所とここからは約1キロ離れていることが分かった。

 

反動が大きい対戦車狙撃ライフルを使い、1キロ離れた場所、そしてこの悪天候。

 

そんな状況で聖天子を確実に狙うなんて神業。そう呼ばれてもおかしくない。

 

聖天子と運転手は悲鳴を上げる。俺はそれ以上の声量で叫ぶ。

 

 

「運転手!そのままアクセル全開!次のビルの後ろまで隠れろ!」

 

 

「は、はいッ!!」

 

 

ギュルルルッ!!

 

 

車のタイヤが悲鳴を上げながら勢いよく回転する。

 

第二撃が来る!

 

狙撃した方向を見ると、また銃のマズルフラッシュが見えた。今度の狙いは車のタイヤ!?

 

 

ガキュンッ!!

 

 

コルト・パイソンを急いで取り出し、【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】で狙撃銃弾の方向をずらす。

 

狙撃銃弾はアスファルトに当たり、タイヤに当たることはなかった。しかし、

 

 

「うわああああァァァ!!」

 

 

車は大きくスリップ。雨のせいかッ!

 

聖天子と運転手の悲鳴がまた車内で響く。俺は聖天子を右手で抱きかかえ、運転手の襟首を左手で掴み、ドアを蹴り破って外に出る。

 

 

ガシャンッ!!!

 

 

無人となった車は道を外れて近くのビルの中に突っ込んだ。どうやら巻き込まれた人はいないようだ。

 

 

ズシャアアアアアァァァ!!

 

 

時速100キロ出ていた車から出たせいで、転がれば即死は免れない。俺は靴底を削りながらアスファルトの地面を滑る。

 

 

「ぐぅ!!この野郎!!」

 

 

転ばないように集中する。それがどれだけ難しいことか。

 

速度はどんどん落ち、やがて止まる。

 

 

「ほら!あのビルまで走れ!」

 

 

運転手と聖天子を降ろすと、運転手は真っ先に走り出す。しかし、

 

 

「な、楢原さん、私、腰が抜けて……!」

 

 

「あぁスマン!!」

 

 

聖天子が16歳のか弱い女の子であることを忘れていた。

 

俺は急いで聖天子をお姫様抱っこして走り出す。だが、

 

 

「危ねぇ!?」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

後ろに跳躍して狙撃から逃げる。クソッ、音速で走ったら聖天子が危ない。

 

なるべく早いスピードで駆け抜ける。この調子だとあと一発は来る!

 

ビルの方向を横目で見ながらマズルフラッシュを見逃さない。そして、

 

 

(来たッ!!)

 

 

ビルの屋上が光った。その距離は約一キロ。

 

銃弾は聖天子の胸。心臓だ。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

不可視の銃弾(インヴイジビレ)】でもう一度銃弾を当てて方向をずらそうとする。

 

 

ガチンッ!!

 

 

俺の撃った銃弾は見事狙撃した銃弾に当たり、方向を変えて、俺の後方へ飛んで行った。

 

そして安全圏であるビル裏まで聖天子を避難させることに成功。聖天子を地面に降ろすが、

 

 

「な、楢原さん……」

 

 

まだ立てなさそうなのでもう一度お姫様抱っこ。

 

 

「悪い。怖がらせたな」

 

 

「い、いえ……その、ありがとうございます」

 

 

「礼を言われるほど、仕事していないけどな」

 

 

その後、保脇たちが駆け付け、お姫様抱っこされた聖天子を見て激怒していたが、俺にはどうでもよかった。

 

あの狙撃した暗殺者。俺はそのことだけが頭の中でいっぱいだった。

 

 

________________________

 

 

 

 

「すみませんマスター、失敗です。護衛に手練れ……いえ、かなりの手練れの者がいました。『シェンフィールド』回収後、速やかに撤退します」

 

 

『何ッ!?情報に無いぞ!?あのマヌケな聖天子付護衛官だけではないのか!?』

 

 

「一人です。スーツ姿で男性。顔は暗くて確認できませんでした」

 

 

『クソッ!……ソイツの実力は?』

 

 

「し、信じられない話かもしれません」

 

 

『構わん。話せ』

 

 

「私の銃弾を素手で掴み、銃弾を同士を当てて軌道をずらしたりしました。そして、狙撃した銃弾は全てかわされています」

 

 

『何だと!?』

 

 

「彼は、何者なんですか?」

 

 

『……定時報告まで拠点に待機。私の方で調べておく』

 

 

「分かりました」

 

 

 

________________________

 

 

 

「ほらよ」

 

 

「ありがとう、ございます」

 

 

購入して来たたこ焼きをベンチに座ったティナに渡す。相変わらず眠そうだな。

 

俺も隣に座り、トマトジュースを飲む。もはやトマト中毒者。

 

ティナの格好はパジャマでは無く、オレンジ色のフード付き黄色いパーカーに黒いミニスカートだった。

 

しかし、ティナは今日もブレない。

 

いつものように、たこ焼きにカフェインの錠剤をぶっかける。わぁーお、不味そう。

 

そしてたこ焼きを一つを爪楊枝(つまようじ)で刺し、口へと運ぶ。だが、

 

 

「あうあッ」

 

 

落ちた。

 

 

「させるかッ」

 

 

しかし、俺はもう一本あった爪楊枝で空中キャッチ。そのまま高速で元の位置に戻す。

 

 

「あッ」

 

 

「させるかッ」

 

 

「あうッ」

 

 

「させるかッ」

 

 

「……………」

 

 

「させるかッっていい加減にしろよ!?」

 

 

最後はわざとだろ!どうして空高く投げた!?

 

 

「楢原さん、このたこ焼き、私の口から逃げるようなのです」

 

 

「たこ焼きに生命でも宿ってんのか」

 

 

「はい。きっと内部のタコが生きてる可能性が―――」

 

 

「ねぇよ」

 

 

俺は溜め息をつき、ティナからたこ焼きを奪う。

 

二本の爪楊枝を使い、たこ焼きをすくう。そしてティナの口元まで持って行く。

 

 

「ほら。熱いからちゃんと冷ましてから食え」

 

 

「ふー、ふー、ふー……………………………」

 

 

「寝るなよ!」

 

 

ティナはハッなり、口を開ける。仕方なく俺が息をかけて冷ます。そしてティナの口にたこ焼きを入れる。

 

もぐもぐと咀嚼(そしゃく)し始めると、徐々に頬が緩み、幸せそうな顔になった。目が輝いてるなぁ。

 

 

「大樹ひゃん、もっと、くらひゃい」

 

 

「はいはい。食え食え」

 

 

そろそろ何故俺がこのようなことをしているか説明しよう。

 

まずティナと別れてから次の日に電話がかかって来て、呼び出されたらいつの間にかこうなった。凄い!当の本人である俺も状況が分かっていない!馬鹿だな俺。

 

そうそう事件からすでに一週間も経っている。また早いよ馬鹿ッ。

 

事件後はすぐに反省会(デブリーフィング)という名の【大樹は犯人である】会が開かれた。

 

何故そのような名前が?それは保脇は俺が犯人だと言い続けたからだ。

 

もうあれは一種の才能だな。デタラメなことが保脇の手によって、みんなが言いくるめられていた。一方、俺は何も喋らず、寝ていた。どうだ?凄いだろ?……ホント常識を身につけろ俺ッ。

 

結果は予想通り、俺は無罪になった。

 

『楢原さんに依頼したのはわたくしの意思であります。その楢原さんを疑うということは(すなわ)ちわたくしの判断を疑うということ。何より保脇さん、私を守ってくれた方を犯人扱いするということは何事ですか!恥を知りなさいッ!』と聖天子の一喝。保脇はそれっきり黙ってしまった。

 

そしてまた、しいたけ……斉武との非公式会談が行われる。しいたけに失礼だよね。

 

 

「ほれ、これで最後だ」

 

 

「はむッ」

 

 

最後の一個を食べ終わり、ティナは満足そうな顔をする。あ、俺の分がない。

 

 

「ほら、ソースがついてるぞ」

 

 

ポケットティッシュを取り出し、ティナの唇横についたソースを拭き取る。

 

拭き終わると、俺は手に持ったトマトジュース缶を飲み干し、10メートル先にある缶専用のごみ箱にシュートする。

 

 

「どやッ」

 

 

「凄いです」

 

 

「だろ?」

 

 

「はい。私、大樹さんのこと、好きです」

 

 

「ぶふッ!?」

 

 

俺は急いで周囲を警戒!よし、優子たちはいないな!

 

 

「そういう告白は、好きな人に言うんだぞ」

 

 

「はい。だからしました」

 

 

馬鹿だ。俺が。もっと違うことを言えよ。

 

 

「私は、両親が死んでから、あまり楽しくない気分です」

 

 

ティナの声は小さく、しっかり聞いていないと、聞き逃してしまう程。

 

 

「私の人生は『痛い』だけです、だから今、久しぶりに、楽しい気分です」

 

 

「……そうか」

 

 

最初の日は遊園地、水族館、外周区の教会、マクド〇ルド、サイ〇リアなど連れて行ったりした。実はほぼ毎日呼び出しくらっていました。

 

しかし、ティナは最後に決まってこう言う。

 

 

『私と会っていることは誰にも言わないでください』

 

 

だから教会の時は優子たちが子どもたちを連れてどこかに行った時。不在の時を狙った。

 

俺は『分かった』の一言で了承。誰にも話していない。

 

 

ピピピッ

 

 

ティナの携帯電話が鳴りだす。その時、ティナの表情が強張った。

 

 

「出ていいぞ」

 

 

「いえ、私はこれで帰ります」

 

 

ティナは立ち上がり、俺に背を向けて走り出すが、

 

 

「また会ってくれますか?」

 

 

不安そうな表情で振り返った。

 

 

「おう。また来い」

 

 

笑顔でそう答えると、ティナは笑顔になり、また走り出した。

 

 

「『痛い』……ねぇ……」

 

 

大樹は流れる雲を見上げて、そう呟いた。

 

 

________________________

 

 

 

『遅いぞ』

 

 

「すみませんマスター。どうしても電話に出れない状況にありました」

 

 

『意識を、会話ができるまで覚醒させよ』

 

 

「大丈夫です。先程摂取したので問題ありません」

 

 

『そうか。次の聖天子の警護計画書が流れて来た』

 

 

「早いですね」

 

 

『私らに協力して情報を流してくれる聖居の職員に感謝せねばなるまいな』

 

 

「どういう人なのですか?」

 

 

『なに、ガストレアに目の前で子どもを食われた者だ。よくある話にすぎぬよ』

 

 

「……………」

 

 

『我らの依頼主は、東京エリアに逗留(とうりゅう)している間にカタをつけたいとお望みだ』

 

 

「マスター、しかしまたあの男が邪魔をします」

 

 

『奴の正体も分かった』

 

 

「本当ですか?」

 

 

『天童民間警備会社の社員だ。全く、人が少ない癖に課なんて作りおって……』

 

 

「名前は?誰ですか?」

 

 

『ティナ。お前には次の会談までにソイツを暗殺してもらう。名前は―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――楢原 大樹』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

『殺害方法は問わない。だが確実に殺せ。失敗は許されんぞ』

 

 

「……………」

 

 

『どうした?』

 

 

「い、いえ……了解、しました……」

 

 

『私の期待を裏切るなよ、ティナ・スプラウト』

 

 

 





優子たちが出て来ていないだと!?

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