どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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東京エリアの運命を賭けた戦いが始まる。




悪夢を斬り裂く黒い刀

蓮太郎(れんたろう)の右腕と左足はバラニウムの義肢。その姿を見た影胤(かげたね)夏世(かよ)。そして延珠(えんじゅ)小比奈(こひな)は驚いていた。

 

このバラニウムの義肢は普通のバラニウム金属ではない。

 

無重力状態でバラニウムをベースにレアメタルとコモンメタル十数種類を掛け合わせることで、バラニウムを数倍する硬度と融点を持つ次世代合金、超バラニウムを使っているのだ。

 

しかし、影胤は恐れることはなく、ゆっくりと不気味に笑いだした。

 

 

「ヒッ……ヒヒッ……ヒヒヒヒヒッ!!」

 

 

影胤は手を広げ、蓮太郎のバラニウムの義肢を見て興奮する。

 

 

「そうかッ!そうだったのかッ!彼の託した希望が私の機械化兵(同類)だとはッ!」

 

 

蓮太郎は不気味に笑う影胤を睨み続ける。

 

 

「蓮太郎!」

 

 

その時、延珠が名前を呼んだ。そちらの方を向くと、延珠は不安そうな顔で蓮太郎を見ていた。

 

 

「それはもう使わないって……二度と使いたくないって……!」

 

 

「延珠」

 

 

蓮太郎は一言だけ延珠に尋ねる。

 

 

「俺を信じてくれるか?」

 

 

その言葉に延珠は面食らうが、ゆっくりと言葉を出す。

 

 

「あ……当たり前だ……」

 

 

延珠は大きく息を吸い込み、大声で告げる。

 

 

「当たり前だッ!!蓮太郎ッ!!」

 

 

延珠の言葉に蓮太郎は口元に笑みを浮かべた。

 

 

「里見さん、私も一緒に戦います」

 

 

「ああ……頼む」

 

 

夏世はショットガンを構え、蓮太郎の前に立つ。

 

 

「行くぞ影胤」

 

 

蓮太郎は構える。

 

 

「機械化特殊部隊……里見 蓮太郎……これより貴様を」

 

 

その時、蓮太郎の左目が光った。

 

 

「排除する」

 

 

バラニウムの義眼。回転する黒目内部に幾何学的な模様が浮かび上がった。

 

蓮太郎の左目は義眼だ。視神経と直結して視野が広がり、三次元的物体を捉えることができるようになった。先程の銃弾を叩き落とせたのはこの義眼のおかげだ。

 

 

ダンッ!!

 

 

蓮太郎は影胤に向かって走り出す。その速さはさっきの蓮太郎の速さとは全く違う。桁違いに速かった。

 

しかし、影胤は蓮太郎の姿を見失わない。冷静に対処する。

 

 

「『マキシマムペイン』!!」

 

 

ギュウイイイイィィン!!

 

 

影胤を中心に斥力フィールドが展開。デッキの床を削りながらフィールドは広がって行く。

 

 

「!?」

 

 

影胤は驚愕した。

 

しっかりと姿を捉えていた蓮太郎が突然消えたのだ。まるで瞬間移動でもしたかのように。

 

自分の視界から消えた蓮太郎を必死に探すが見つからない。

 

 

「天童式戦闘術一の型三番」

 

 

パァンッ!!

 

 

その時、影胤の真上から炸裂音が響いた。

 

急いで真上に視線を移すと、そこには蓮太郎がいた。

 

蓮太郎は高速で上に飛び、影胤の視界から逃れたのだ。人の目は横の動きには強い。しかし、上下の動きには弱い。それを利用した蓮太郎の戦術は見事なモノだった。

 

蓮太郎の腕部・疑似尺骨(しゃっこつ)神経に沿うように伸びたエキストラクターが黄金色の空薬莢を掴みだし、回転しながら蹴りだされる。

 

蓮太郎のバラニウムの義腕や義足にはカートリッジが仕込んである。カートリッジの推進力を利用して超人的な攻撃力を生み出すこと可能にした義肢なのだ。

 

 

「【轆轤(ろくろ)鹿()()()】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

カートリッジの推進力により加速された爆速の拳。迫り来る斥力の壁を蓮太郎は上からブチ当てた。

 

 

バリンッ!!

 

 

「なッ!?」

 

 

蓮太郎の拳が斥力フィールドとぶつかった瞬間、影胤の視界が傾いた。

 

気が付けば影胤の斥力フィールドは破壊され、蓮太郎の拳の威力は斥力フィールドを貫通していた。

 

貫通した衝撃は影胤の頭部に当たり、顔を地面に叩き落とされた。

 

歪む視界の中、影胤は必死に立ち上がろうとするが、

 

 

「天童式戦闘術二の型四番」

 

 

「ッ!?」

 

 

蓮太郎の追撃。蓮太郎は影胤に向かって降って来ていた。

 

靴のバラニウムの義足の裏を空に向かって突きだしている。ここから来る技は一つ。

 

 

「【隠禅(いんぜん)上下(しょうか)花迷子(はなめいし)】!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

鉄槌の如く打ち下ろされた一撃。蓮太郎の踵落としが影胤の背中に当たる。

 

影胤の体はデッキの床に思いっきり叩きつけられ、床を破壊して大穴を開けた。

 

穴の先は貨物室に通じており、貨物室の木箱に影胤は叩きこまれて血を吐く。

 

蓮太郎と夏世も空いた穴に飛び込み、敵を追いかける。

 

 

「パパァッ!!」

 

 

小比奈が影胤の所に行こうとする。だが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

延珠の蹴りと小比奈の斬撃がぶつかり合う。延珠は小比奈の動きを止めた。

 

 

「どけぇッッ!!」

 

 

「どかぬッ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

また斬撃と蹴りがぶつかり合い、再び小比奈と延珠の戦いが始まった。

 

 

(まさかこれほどの実力とは……!)

 

 

影胤は急いで起き上がり、貨物室の奥の方に身を隠す。

 

しかし、蓮太郎の実力を甘く見ていた影胤はこんな状況でも楽しんでいた。

 

あなたは戦闘狂ですか?そう聞かれれば彼は恐らく『YES』と答えるかもしれない。だが影胤は戦闘が楽しいというわけでは無い。

 

彼は生きている実感が嬉しかったのだ。

 

 

(痛い……頭が……背中が……!)

 

 

痛みで自分が生きていることが分かると、影胤は息を潜めながら笑った。

 

 

(彼の名前は里見君だったか……)

 

 

自分と同じ『新人類創造計画』の兵士。もう忘れることはない。

 

バラニウムの義腕と義足。そして左目の義眼。

 

この薄暗い貨物室でも、蓮太郎は影胤の居場所を義眼で捉えるだろう。

 

 

(それならば気が付く前に勝負を付けるだけでいい……)

 

 

影胤は全神経を耳に集中させ、音を聞き逃さないようにする。

 

 

コツ……コツ……

 

 

「ッ!」

 

 

足音が聞こえた瞬間、音源の方向を振り向く。振り向いた所には貨物の木箱が山積みにされている。だが、影胤は構わず右手に斥力フィールドを槍状に展開した。

 

 

「『エンドレススクリーム』!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

木箱に向かって槍状の斥力フィールドを放出。槍は木箱は粉々に砕きながら突き進む。

 

鉄で出来た床を抉り、天井を揺らした。槍の衝撃は凄まじく、槍に当たっていない木箱も一緒に吹き飛んだ。

 

 

(これで終わりだ……!)

 

 

影胤の放った『エンドレススクリーム』の射線上には蓮太郎がいたはずだ。足音からして間違いない。

 

貨物室の壁に大穴が開き、貨物室がさらにボロボロになった。

 

あちらに気付く前に攻撃を仕掛けた。避けれるはずがない。なのに、

 

 

「天童式戦闘術二の型十六番」

 

 

気が付けば蓮太郎に背後を取られていた。

 

 

「【隠禅・黒天風(こくてんふう)】!!」

 

 

「くッ!?」

 

 

蓮太郎の後ろ回し蹴りをしゃがんで回避。影胤は右手で拳を作り、蓮太郎にアッパーカットをお見舞いしようとする。

 

 

カチャッ

 

 

「しまっ……!?」

 

 

その時、影胤は戦慄した。

 

 

 

 

 

自分の腹部にショットガンの銃口を向けられたからだ。

 

 

 

 

 

「これでとどめです」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ショットガンの持ち主である夏世は引き金を引き、銃弾が影胤の腹部を貫く。

 

 

ギュウイイイイィィン!!

 

 

しかし、影胤はギリギリの所で斥力フィールドを展開。斥力フィールドに守られ、ショットガンの弾を浴びることはなかった。

 

斥力フィールドはそのまま大きく広がり、蓮太郎と夏世の体を吹き飛ばす。

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

「うッ!?」

 

 

貨物の木箱を壊しながら壁に叩きつけられる。その衝撃で体の中の空気が一気に口から吐き出される。

 

 

ガキュンッ!!

 

 

影胤は懐に入れておいた二丁の拳銃を両手に握り、夏世に銃口を向けて発砲した。

 

 

「ッ!」

 

 

しかし、夏世は横に転がり弾丸を回避。だが影胤もそれで終わらない。

 

 

()けよソドミーッ、(うた)えゴスペルッ」

 

 

ガキュンッ!!ガキュンッ!!ガキュンッ!!

 

 

両手に持った二丁の銃が火を噴く。何発も放たれた銃弾は夏世を狙っている。

 

 

「右に一歩、左に二歩、ターンをして――」

 

 

「ッ!?」

 

 

夏世は自らの言葉通りに動く。すると銃弾は夏世を避けるように銃弾は当たらなかった。そのことに影胤は驚愕した。

 

 

「――撃つ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

いつの間にか影胤と夏世の距離は1メートル弱。ショットガンが火を噴き、影胤は後方に吹き飛ばされる。

 

 

「がはッ……!?」

 

 

仮面の下から流れる赤い液体。腹部から溢れ出す赤い水。影胤は背後にあった貨物の木箱に叩きつけられる。

 

そのままズルズルと背を預けたまま座り込む。

 

 

「お前の負けだ」

 

 

顔を上げて見るとそこには銃口をこちらに向けた蓮太郎と夏世。影胤は荒い呼吸で二人に問う。

 

 

「何故だ……私の攻撃が易々とかわされる……!」

 

 

「考えるんです。そのための『力』ですから」

 

 

夏世の『力』とは、彼女の因子のことを指す。

 

 

「私は『モデル・ドルフィン』。『イルカ』の因子を持つイニシエーター(『呪われた子供たち』)です」

 

 

影胤はその言葉で今までの戦闘を理解した。

 

イルカは高い周波数をもったパルス音を発して、物体に反射した音からその物体の形などの特徴を知る能力を持つ。だから影胤が隠れていたあの時、既に居場所を特定されていたはずだ。

 

っと考えるのが普通だ。この定理は間違っている。

 

理由は彼女がパルス音を発することができるかどうかだ。

 

答えは否。不可能なはずだ。そのようなモノは備わっていないと見た。

 

ではどうやって場所を特定したのか。

 

 

『イマジナリー・ギミック』だ。

 

 

影胤が『エンドレススクリーム』を撃つ前、右手に斥力フィールドを展開させた。恐らく人には聞き取りにくいあの高い音で影胤の居場所を瞬時に夏世は察知したのだ。

 

 

「まさか自分で自分の場所を教えてしまうとは……」

 

 

「……降参しろ」

 

 

蓮太郎の言葉を聞いた影胤は、

 

 

「ヒヒッ……ヒヒヒヒヒッ!!」

 

 

笑った。

 

その不気味な笑い声に蓮太郎と夏世は思わず一歩後ろに下がってしまう。

 

 

「里見君。君は何故生きている?」

 

 

唐突に訳の分からない質問に蓮太郎は答えれなかった。影胤は気にせず続ける。

 

 

「私と君は兄弟なのだよ里見君。人の都合で生死を決められ、誰かの思惑で歩くべき道を作られた『人でない人』に変えられた」

 

 

「……………」

 

 

「君の相棒もそうだ。当然君もだ」

 

 

影胤は延珠と夏世のことを言っていた。

 

 

「自らの意志にかかわらずこの世に生み出され、そして否定された」

 

 

影胤の言っていることは理解できる。そして似ていると思った。

 

大樹と言っていたことと。

 

 

「この世の道理!この世の定理!それら全てを覆すものがこの星に出現し、それらに対抗するべく我々は作られた!そして生み出された!」

 

 

覆すものはガストレア。我々は『人類創造計画』の兵士と『呪われた子供たち』のことだ。

 

影胤の仮面の目から見える目に、闇を見た蓮太郎はゾッとした。

 

 

「ならばそれ(ガストレア)が滅べばどうなる!?この世に平和が訪れた時、我々はどうすればいい!?」

 

 

影胤は告げる。

 

 

 

 

 

「我々は、存在してはならないのか?」

 

 

 

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その最後の言葉に蓮太郎と夏世は息を飲んだ。彼の目的、戦いの目的が分かった。

 

 

「私は必ず遂行するよ……今ここでステージ(ファイブ)を呼び寄せ、東京エリアを滅ぼし、世界に、この星に再びガストレア戦争の灯をともす!」

 

 

影胤はゆっくりと立ち上がりながら言う。蓮太郎と夏世は発砲せず、銃口を向けたまま警戒する。

 

 

「そうしてようやく手に入れることができるのだよ!戦争の終らない世界を!闘争が闘争を呼ぶ世界を!そして……!」

 

 

影胤は手を広げながら告げる。

 

 

 

 

 

「我々が存在する理由をッ!!」

 

 

 

 

 

「ふざけんなッ!!」

 

 

影胤に対して蓮太郎が怒鳴り上げる。

 

 

機械化兵(俺たち)と延珠を一緒にするんじゃねぇ!!」

 

 

蓮太郎の銃を握った左手の力が強くなる。

 

 

「あいつは人間だ!ただの10歳のガキなんだ!こいつらの未来は明るくなきゃダメなんだよッ!!」

 

 

「ならば思い出せ!人類が『呪われた子供たち』に対するあの態度は何だ!?」

 

 

影胤は息を荒げながら答える。

 

 

「彼らは口を揃えて言う!『化け物』だと!『ガストレア』だと!『人類の敵』だとッ!!」

 

 

影胤は続ける。

 

 

「この東京エリアにいる人たちは全員恨んでいるのだ!許さないのだよ!我々の存在を!彼女たちの存在を!」

 

 

「だからって東京エリアを滅ぼして……!」

 

 

「違う!私は世界を滅ぼすのだ!世界を変えるのだよ!」

 

 

影胤の仮面がさらに笑ったような気がした。

 

 

「私たちは底辺の人間では無い!選ばれた最強の『ヒト』だとッ!!世界を変えて証明するのだッ!!」

 

 

「必要ねぇッ!!」

 

 

蓮太郎が強く否定する。

 

 

「お前、アイツと一緒に行動していたんだろ!?アイツが明るい世界を必死に変えようとしているの知っているんだろ!?どうしてそっちに加担しないんだよ!?」

 

 

大樹が必死に世界を救うことを影胤は知っているはずだ。

 

 

「君は分かっていない……彼は壊れていることを」

 

 

「は……?」

 

 

唐突に影胤の声が小さくなり、蓮太郎は思わず黙ってしまった。

 

 

「私はね……彼のことを友と思っている。こんな私たちの存在を許してくる……だからだ……」

 

 

影胤は小さな声だったが、聞き取れた。

 

 

「明るい未来で彼が苦しむ姿は、私は望まない」

 

 

「どういう……意味だ……?」

 

 

「彼は優しすぎる。甘すぎる。この世界で一番の善人だ。だから、彼は壊れた……いや、壊れているのだよ」

 

 

「だから何を言って……?」

 

 

「君も聞いたはずだ。安形(あんがた)民間警備会社の闇を」

 

 

安形民間警備会社。裏では『呪われた子供たち』を何度も使い捨てにしたり、暴行で無理矢理従わせたり、死なせている。そんな最悪の会社だった。

 

最後は大樹が潰したと会議室で本人が発表。忘れるわけがない。

 

 

「あの時、大樹君は子どもたちの死体を見た時、彼はどうしたと思う?」

 

 

影胤はシルクハットの帽子のツバで仮面を隠す。

 

 

「謝り続けたのだよ。何度も『ごめんなさい』とな」

 

 

その言葉に二人は理解できなかった。何故謝ったのか。なぜ彼がそんな状態に陥ったのか。

 

 

「頭を抱え、身体を震わせながら何度も謝っていた。地面に額をぶつけて血が出るまで謝っていたのだよ」

 

 

その異常な行動に二人は呆然としていた。影胤は続ける。

 

 

「彼の過去。トラウマに触れたのだろう。嘔吐もしていた」

 

 

「……………」

 

 

「彼は人の痛みを知り過ぎている。共感し過ぎている。このままだと彼は本当に壊れる」

 

 

「お、お前は……どうするつもりだ……」

 

 

「彼より先に、この世界を壊す」

 

 

影胤の仮面の目から見える眼光が鋭く光ったような気がした。

 

 

「そして、いずれは私と大樹君が世界を革命をもたらす。私たちの世界を創り上げるッ!!」

 

 

「そんなモノ……!」

 

 

「言えるのか!?」

 

 

「ッ!?」

 

 

「本当にそのような世界が必要ないと言えるのか!?彼のいない明るい未来か、彼が生きている戦争の未来」

 

 

影胤は手を蓮太郎に向かって伸ばす。

 

 

「どちらがいいか、分かるだろう?」

 

 

「ッ……!」

 

 

蓮太郎は固まった状態で影胤の手を見続けた。

 

影胤は溜め息をつき、手を引っ込める。

 

 

「どちらかを選べないのか君は……ならば」

 

 

影胤は銃を構える。

 

 

「私の前に立つ資格はないッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その時、天井が崩れ、瓦礫が二人に向かって落ちて来る。

 

蓮太郎と夏世は後ろに飛び、天井の瓦礫から逃れる。

 

土煙が一気に舞い上がり、二人の視界を塞ぐ。

 

 

ゴォッ!!

 

 

その時、土煙を突き抜ける一つの影があった。

 

それが小比奈だと分かった瞬間、蓮太郎は戦慄した。

 

 

「危ねぇ!!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

「里見さん!?」

 

 

蓮太郎は夏世の前に出て、小比奈の斬撃から守る。バラニウムの義腕に二本の刀が当たり、高い金属音が貨物室に響き渡る。

 

 

「蓮太郎ッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

天井が崩れた穴から延珠が追いかけて来た。延珠の回し蹴りが小比奈の腹部に当たり、影胤の足元に飛ばされる。

 

 

「延珠ッ!!」

 

 

「蓮太郎!!はやく下が……!」

 

 

「避けろおおおおおォォォ!!」

 

 

「え?」

 

 

蓮太郎の叫び声が貨物室に響き渡る。延珠が影胤の方を振り返ると、影胤は右手に斥力フィールドを展開していた。

 

 

ギュウイイイイィィン!!

 

 

斥力フィールドは槍状になり、影胤は構える。

 

 

「私の最強の矛は、無限大だッ!!」

 

 

影胤の『エンドレススクリーム』を撃つ前に、左手に小さな斥力フィールドを展開させた。

 

そして、右手と左手を合わせた瞬間、斥力フィールドは爆発したかのように放出した。

 

 

「『インフィニティパージ』!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

斥力フィールドの槍が弾け、ばらけ散った。斥力の槍はガトリングガンの銃弾のように周囲一帯を破壊しながら弾け飛ぶ。

 

蓮太郎は延珠と夏世を抱き締め、背中を影胤に向けて、二人を守る。

 

 

バシュッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

背中や腕。足や横腹に斥力の槍が当たるが、必死に痛みに耐える。

 

 

「蓮太郎ォッ!!!」

 

 

「里見さんッ!!!」

 

 

二人の悲鳴じみた声で蓮太郎の名前を呼ぶ。しかし、蓮太郎はそこを退こうとしない。

 

ここを退けば二人が殺される。それだけは絶対にさせない。

 

 

バシュッ!!

 

 

「があああああッ!!!」

 

 

蓮太郎の痛みの叫び声が貨物室に響き渡る。

 

そして斥力の槍は貨物室の天井、床、壁を破壊し貨物室を崩壊させる。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

天井が崩れ落ち、蓮太郎たちに瓦礫が降り注いだ。

 

 

________________________

 

 

 

 

貨物室が崩れ落ち、上を見上げれば夜空が見えた。星は街より多く見え、月明かりが崩れ落ちた貨物室を照らす。

 

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

影胤は小比奈に支えてもらいながら立っていた。ショットガンのダメージが大き過ぎたようだ。

 

足元には瓦礫の山ができており、蓮太郎たちが出て来ることはまずないだろう。

 

 

『インフィニティパージ』

 

 

『エンドレススクリーム』の攻撃を拡散させて広範囲に攻撃を可能にした技だ。影胤は大樹との戦闘から新しい技の開発をしていた。

 

彼に負けないために、影胤も強くなっていた。

 

 

「もうすぐだ……私は辿り着いて見せる」

 

 

ふと視線を横に逸らしてみると、大樹がガストレアを蹂躙している姿が見えた。

 

あのガストレアが無力な存在にしか見えない。彼の強さはそこまで物語っていた。

 

影胤が大樹のことを仲間と思ったのは目を見て分かった。

 

同じだった。彼もまた自分と同じように目は濁り、闇が見えた。

 

 

「もうすぐだ、我が友よ……」

 

 

この東京エリアが、世界が、終わる瞬間まで。

 

 

「さぁ控えるのだ、人類よ!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

その時、瓦礫の山が吹き飛んだ。影胤と小比奈はその音に驚き、急いで構える。

 

瓦礫の山から土煙が溢れ出し、敵の姿は見えない。しかし、影胤は正体は分かっていた。

 

 

「まだ戦うのかね?里見君」

 

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

 

荒い呼吸で必死に酸素を体に取り込む。体中は血まみれで、立つことすら困難なはずの体。

 

里見 蓮太郎は蓮太郎は延珠と夏世を抱えたまま、立っていた。

 

二人を床に降ろすと、蓮太郎はその場で膝をついた。

 

 

「蓮太郎ッ!!」

 

 

「里見さんッ!!」

 

 

二人が急いで蓮太郎のそばに寄るが、蓮太郎の目は虚ろだった。

 

 

「死ぬのも時間の問題……諦めたまえ、里見君」

 

 

「いやだッ!しっかりするのだ蓮太郎ッ!!」

 

 

延珠が涙を流しながら蓮太郎に抱き付く。蓮太郎はゆっくりと口を動かす。

 

 

「……だ……!」

 

 

「何?」

 

 

「まだだ……!」

 

 

蓮太郎は制服のポケットから一本の注射器を取り出した。赤い液体が入っており、禍々しい感じがした。

 

 

「俺が……必ず……守ってやる……!」

 

 

ドスッ

 

 

注射器のキャップを取り外し、自分の腹部に針を刺した。

 

 

「ぐぁあああああああッ!!!」

 

 

針を刺し、液体を体の中に流し込んだ瞬間、蓮太郎は叫び声を上げた。

 

蓮太郎の目は赤くなり、腹部から紫色の変色物が血液と一緒に溢れ出す。

 

その異様な光景に影胤も、延珠も、夏世も小比奈も驚愕していた。

 

 

「がはッ!!」

 

 

口から大量の血を吐き出し、蓮太郎の叫び声は止まる。

 

その時、影胤は気付いた。

 

 

蓮太郎の流れ出していた血が、止まっていることに。

 

 

「君は……一体……!?」

 

 

「があああああッ!!!」

 

 

蓮太郎はまた獣のように叫び出し、影胤に向かって走り出した。

 

その速さは影胤が目で追えない程の速さだった。

 

 

ガシッ

 

 

「なッ!?」

 

 

影胤は押し倒され、蓮太郎の顔がよく見えるようになった。

 

そして、息を飲んだ。

 

 

義眼の反対の目。その目が『呪われた子供たち』と同じように赤く染まっていたことに。

 

 

 

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『AGV試験薬?』

 

 

『そうだ。元々私が研究していたガストレアウイルスに対する抗生剤の名だが……』

 

 

蓮太郎の言葉に室戸(むろと) (すみれ)は頷いた。菫の手には赤い液体が入った注射器。それを蓮太郎に見えるように見せる。

 

 

『ガストレア遺伝子を利用した、超人的な回復効果を生み出す薬だ』

 

 

『ちょ、ちょっと待て!ガストレアって……まさか!?』

 

 

『……君の想像通りだ』

 

 

菫は目を伏せ、説明する。

 

 

『これを利用した人間は一時的にガストレアウイルスに感染する』

 

 

『なッ……!?』

 

 

『しかし、ガストレアになるのは20%の確率だ。残りの80%で成功すれば、ほとんどの怪我は完治すると思ってくれて構わない』

 

 

『……それでも俺は、使いたくない』

 

 

『私もそう願うよ。これは諸刃の剣だ。本当に危険な状況に追い込まれた時だけ使ってくれ』

 

 

菫は小さな声で最後にこう告げた。

 

 

 

 

 

『できれば使わないでくれ……』

 

 

 

 

 

蓮太郎はその言葉を聞き逃さなかった。

 

 

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蓮太郎は押し倒した影胤の首を左手で掴み、首を絞めていた。

 

 

「パパァッ!!」

 

 

小比奈が急いで助けに行こうとするが、延珠と夏世が立ち塞がり、行く手を阻む。

 

影胤は小比奈に助けてもらうため、延珠に向かって銃を向ける。そして、引き金を引いた。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「なッ……!?」

 

 

その時、蓮太郎は影胤の持った銃を掴み、銃口を自分の腹部に無理矢理向けた。

 

銃弾は蓮太郎の腹部に当たったが、銃弾は貫通どころか、かすり傷一つ負わなかった。

 

影胤はそんな蓮太郎を見て思った。

 

 

化け物、だと。

 

 

ドゴッ!!

 

 

蓮太郎の右手の拳が影胤の頬に強く当たる。

 

 

ドゴッ!!ドゴッ!!ドゴッ!!

 

 

何度も蓮太郎は影胤を殴る。影胤は蓮太郎の腹部に向かって銃の引き金を引くが、全く聞いていない。

 

 

「フハハハッ!!素晴らしい!ついに君は……!」

 

 

殴られながら影胤は笑いながら告げる。

 

 

「人であることを捨てるのかッ!?」

 

 

ピタッ

 

 

その時、蓮太郎の拳が止まった。それを見た影胤はゆっくりと手を蓮太郎の腹部に当てる。

 

 

「迷ったね?」

 

 

影胤にそう言われた瞬間、蓮太郎の体が震えだした。

 

 

「君は大樹君のような存在になれない。なぜなら君は迷った。彼なら言い切る。自分は『化け物』だと」

 

 

蓮太郎の呼吸は止まり、眼球の黒目が揺れ出す。

 

 

「だから君は、弱い」

 

 

影胤の右手に槍状の斥力フィールドが展開した。

 

 

「『エンドレススクリーム』」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その瞬間、蓮太郎の体は空高くを舞い上がった。

 

槍状の斥力フィールドは雲を貫き、衝撃は港まで届いた。

 

 

ドサッ!!

 

 

蓮太郎の体が瓦礫の地面に叩きつけられる。

 

 

「蓮太郎……?」

 

 

延珠がゆっくり近づく。そして、見たくないモノを見てしまった。

 

 

 

 

 

蓮太郎の右腹部がごっそり抉り取られた姿を。

 

 

 

 

 

延珠の悲鳴は、蓮太郎の耳に届かなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

「暗い……」

 

 

蓮太郎の視界は暗闇。見えるのは無限に広がる黒だけ。分かるのは自分は横たわっていることだけ。

 

 

『この世界は地獄同然で……』

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、声が聞こえた。

 

 

『こんなにつらい目に遭うなら、あの日父さんと母さんと一緒に……』

 

 

この声は……!

 

 

『死ねばよかった』

 

 

蓮太郎の視界に映ったのは、子どもの頃の蓮太郎だった。

 

 

(俺……!?)

 

 

急いで立ち上がろうとするが、

 

 

『あ、気を付けて』

 

 

ガクンッ

 

 

しかし、立ち上がれなかった。

 

右手が地面につけない。右足が動かない。

 

 

『バランス悪いから』

 

 

ゆっくりと右手に視線を動かすと、そこにはバラニウムの義肢は無く、ただ腕だけが無くなっていた。

 

足もだ。左目もだ。無い。あの日と同じ、無くなっていた。

 

 

『いいじゃん。どうせ嫌だったんでしょ?』

 

 

子ども自分が笑いながら言う。

 

 

『だからずっと使わなかった』

 

 

子どもの蓮太郎は告げる。

 

 

『ただの()でいたかったから』

 

 

自分の唇を強く噛む。否定できなかった。

 

 

「俺は……」

 

 

しかし、どうしても知りたいことがあった。

 

 

「俺は、死んだのか……?」

 

 

『そう』

 

 

子どもの蓮太郎は肯定した。

 

 

()は死んだ。そして、()()が俺の見ることのなかった()

 

 

蓮太郎の目の前の床に映像が映し出される。

 

 

()の死んだ翌日の朝。負傷者を含めた生存者358名を残して……』

 

 

映像に映るその光景に、蓮太郎は目を疑った。

 

 

『東京エリアは壊滅した』

 

 

残っているビルは一つもなく、瓦礫の山と化している光景。

 

血まみれの子どもが泣いている光景。

 

ガストレアが東京エリアに侵入している光景。

 

頭がおかしくなりそうな光景だった。

 

 

『その日のうちに政府高官が大阪エリアへ護送され、市民は避難キャンプで身元確認及び傷の治療。その後、空路で大阪へ移送されることになる』

 

 

その時、映像に見知った人物が映った。

 

 

「き……ッ!」

 

 

『木更さんも無事大阪へ脱出できたよ』

 

 

蓮太郎が名前を呼ぶ前に、子どもの蓮太郎が説明した。

 

木更は誰かの手を必死に握ろうとしていた。しかし、握ろうとしていた者は抵抗していた。

 

抵抗していた人物も、自分が一番知っている人だった。

 

 

「延珠……!?」

 

 

どうして延珠が木更さんと喧嘩しているのか分からなかった。

 

 

『かろうじて救出された延珠は木更さんと大阪へ行くはずだった』

 

 

嫌な予感がした。

 

 

『でも延珠はそれを拒み、木更さんもその手を掴めなかった』

 

 

聞きたくない。耳を塞ぎたくなりそうだった。

 

 

『蓮太郎は生きている。死んでなんかいない。そう延珠が言ったから』

 

 

「ッ!?」

 

 

まるで自分を見ているようだった。

 

 

父さんと母さんは死んでいない!俺が見つけなくちゃッ!!

 

 

そんなことを言って天童家から飛び出したこともあった。

 

 

『木更さんはやらなきゃならないことがある。だから……』

 

 

ダンッ!!

 

 

子どもの蓮太郎が何かを言う前に、蓮太郎は左手を映像に向かって叩いた。強く、強く、強く叩いた。

 

 

「ッ馬鹿野郎ォ……!!」

 

 

一番の馬鹿野郎は自分だったからだ。

 

 

『それから延珠は()を探し続けた』

 

 

子どもの蓮太郎は映像を見ながら言う。映像には延珠が何日間も必死に自分を探す姿が映し出されていた。

 

何日から何ヵ月へ。何ヵ月から半年。そして、半年から一年。ずっと延珠は自分を探していた。

 

 

『見つけれるわけ、ないのに』

 

 

手を握る力が強くなる。

 

 

()にはさ、木更さんがいたよな』

 

 

自分の歯が砕けてしまうくらい強く噛み閉める。

 

 

()には先生もいた。天童のジジィだっていた。他にもたくさんの人に支えてもらってきた』

 

 

視界が歪む。

 

 

『でも延珠(アイツ)には……延珠にはさぁ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『誰がいるんだろうな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、溜まっていた涙が溢れだした。

 

自分のせいだ。自分が死ななかったら延珠はこんな目にあわないはずだった。

 

 

「本当は……本当は……分かっていたんだ……!」

 

 

涙を流しながら映像に映った延珠を見る。

 

 

「両親はもう死んでて……いくら探したって……いくら泣いたって……もう二度と会えないって……!」

 

 

高校生じゃなくても。中学時代じゃなくても。自分は分かっていた。

 

あの日、俺は分かっていた。

 

 

「でもッ!!」

 

 

映像に映った延珠が泣き出した。それを見た蓮太郎は必死に声に出す。

 

 

「いつか目の前に現れて……頑張ったなって……一緒に帰ろうって……!」

 

 

延珠も自分と同じことを考えてるはずだ。

 

いつか蓮太郎が現れて、頑張ったなって頭をくしゃくしゃに撫でて、一緒に手を繋いで帰ってくれる。

 

延珠も……!!

 

 

「優しく抱きしめてくれるって……!!」

 

 

俺と同じように……!

 

 

 

 

 

「信じたかったんだッ!!」

 

 

 

 

 

泣きだした延珠の所に行きたい。その思いが口に出ていた。

 

 

「延珠ッッ!!!」

 

 

その時、延珠と目が合った。

 

 

「延……珠……?」

 

 

何かを必死に叫んでいる。映像に耳を当てても何も聞こえない。

 

 

「なんだ……?なんて言っている?聞こえないんだ延珠……延珠……!」

 

 

左手を強く握り、映像に向かって拳をぶつけた。

 

 

ドゴッ!!

 

 

「延珠ッ!!」

 

 

ドゴッ!!ドゴッ!!ドゴッ!!

 

 

何度も殴った。自分の拳が痛くなろうとも、殴り続けた。

 

 

「待ってろ!今すぐコイツをぶち割って、そっちに行ってやるッ!!」

 

 

何度も何度も何度も殴った。

 

 

「だから……だから……!」

 

 

しかし、コイツは壊れなかった。

 

 

「もう……泣くなぁ……!」

 

 

手から血を流し、指は折れていた。必死に殴っても、コイツは壊れなかった。

 

 

『生きることはつらい』

 

 

子どもの蓮太郎が自分の右肩に手を置いた。

 

 

『両親は死んだ。自分も人間じゃなくなった。世界は機械化兵士(オレたち)の存在を許してくれない』

 

 

影胤の言う通りだ。俺たちは存在してはいけない。平和になろうとも。

 

 

『他人も自分も騙してきた。この世から消えたいとも思った。でもそれより何よりも』

 

 

子どもの蓮太郎は告げる。

 

 

『こんな(みにく)い世界、無くなってしまえばいいと思った』

 

 

涙が溢れ出し、延珠の姿が霞む。延珠が必死に叫んでいるのに、自分は何もできない。

 

 

「だけどッ……!」

 

『だけど』

 

 

二人の声が重なった。

 

 

『そんな()()()()()はさ……』

 

 

そうだ……そんな些細なこと……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんてこと、ないよな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、蓮太郎の右手にはバラニウムの義腕が作り出された。

 

足にもバラニウムの義足。左目にもバラニウムの義眼が元に戻っていた。

 

後ろを振り向くと、笑顔で笑っている子どもの頃の自分。

 

 

「ああ……なんてことねぇよ……()()()もんッ」

 

 

蓮太郎も口元に笑みを浮かべる。

 

右手を思いっきり振り上げ、喉が張り裂けるほど雄叫びを上げる。そしてコイツに向かって拳を振り下ろした。

 

 

ここでもう一度問おう。

 

 

将監は夏世の存在を正しいと言った。

 

 

夏世は将監のための道具になると言った。

 

 

大樹は子どもたちを救うと言った。

 

 

では、里見 蓮太郎は?

 

 

バリンッ!!

 

 

________________________

 

 

 

腹部が無くなり、血の池を作った蓮太郎は全く動かなかった。

 

延珠が必死に声をかけるが動かない。涙を流しても動かない。

 

 

「うッ!?」

 

 

夏世は小比奈の斬撃に吹き飛ばされ、危うく船から落ちそうになる。

 

 

「延珠斬るッッ!!」

 

 

夏世の守りを突破した小比奈は延珠に向かって刀を振り下ろそうとする。

 

 

「蓮太郎ッ!!」

 

 

しかし、延珠は蓮太郎に声をかけ続けた。小比奈の攻撃に気付いていない。いや、気付いているが無視しているのかもしれない。

 

 

ザンッ!!

 

 

延珠の体は小比奈の斬撃で吹っ飛ばさる。しかし、延珠は何事も無かったかのようにすぐに起き上がり走り出した。

 

小比奈もそれに答えるかのように延珠に向かって走り出す。

 

小比奈の刀の斬撃が延珠に当たろうとするが、延珠はしゃがんで避ける。

 

 

「くッ!」

 

 

小比奈は反撃に備え、刀をクロスさせて防御する。だが、

 

 

「蓮太郎ォッ!!」

 

 

延珠は小比奈を無視して、蓮太郎の元に行き、また名前を呼んだ。

 

 

「お願いだ……目を開けて……!」

 

 

「延珠さん……」

 

 

夏世が立ち上がり、助けに行こうとするが、

 

 

「……小比奈。斬り落とせ」

 

 

「はいパパ」

 

 

「ッ!?」

 

 

小比奈は延珠に向かって走り出す。今の夏世では追いつけない。

 

 

「延珠さん!!逃げてぇ!!」

 

 

「お願いだ……蓮太郎……!」

 

 

延珠はそれでも目を閉じた蓮太郎に声をかけ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妾をひとりに……しないでぇッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ!?」

 

 

その時、小比奈の斬撃は止められ、腹部に痛みを感じた。

 

 

「どけよ」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

小比奈の体は吹っ飛び、影胤の足元まで吹っ飛ばされる。

 

 

「蓮太郎……蓮太郎ォ!!」

 

 

蓮太郎が小比奈を殴り飛ばした。そのことにやっと延珠は理解した。

 

蓮太郎はAGV試験薬。残りの5本全てを同時に腹部にぶっ刺した。

 

 

「がああああああッ!!!」

 

 

あまりの痛みに獣の雄叫びような声を上げる。口から大量の血を吐き出し、腹部からあり得ないほどの紫色の何かが溢れ出す。

 

体中の血管が膨れ上がり暴れ出す。心臓の鼓動は破裂してしまうくらい強く振動した。

 

 

(なんてことはねぇ……)

 

 

薄れていく意識を必死に保つ。痛みに耐える。ガストレアウイルスに抗う。

 

 

(こんなもん……なんてことはなねぇんだ……!)

 

 

目に映るのは泣いた少女。

 

 

(おまえが……)

 

 

いつも一緒にいた少女。

 

 

(おまえが……)

 

 

失いたくない。

 

 

(おまえが……)

 

 

離れたくない。

 

 

(おまえが……!!)

 

 

少女を抱き締める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまえが、いる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

延珠が、いる。蓮太郎はそう言った。

 

 

 

 

 

蓮太郎の無くなっていた腹部はいつの間にか綺麗に、元通りになっていた。

 

 

 

 

 

「馬鹿な……何が君を動かす……」

 

 

「影胤」

 

 

蓮太郎は立ち上がり、延珠を守るように前に立つ。

 

 

「この戦い……」

 

 

バラニウムの義眼を解放。敵を睨み付ける。

 

 

 

 

 

「『俺たち』は敗けない」

 

 

 

 

 

「なぜだ……」

 

 

影胤は大きな声で叫ぶ。

 

 

「なぜだあああァァアぁあああッッ!!」

 

 

影胤には全く理解できなかった。いや、理解したくなかったかもしれない。

 

 

「何故分からない!?今の人間に!世界に!守るべき価値などないということを!!」

 

 

「ある」

 

 

「ッ!?」

 

 

答えを出したのは蓮太郎じゃない。背後から聞こえた。

 

 

「守るべき価値は、十分にある」

 

 

「また君か……!」

 

 

そこには大樹が立っていた。

 

大樹の隣には黒ウサギ。二人の後ろには民警のペアが何組か。民警たちは銃を影胤に向けていた。

 

 

「君も分かっているはずだ!この世界は醜い!汚らわしい!腐敗していると!」

 

 

「……確かに腐った野郎ばかりだ」

 

 

「なら!」

 

 

「でも、ここにいる人たちは腐っちゃいねぇよ」

 

 

「何……!?」

 

 

「ここにいる人たちは、守りたいから戦うんだ」

 

 

大樹の後ろにいる民警たち。彼らをよく見ると、怪我をしている者が多かった。包帯などで手当てをしている者。イニシエーターに支えてもらわないと歩けない者。そんな人たちが多い。

 

しかし、全員変わらないことがある。

 

 

それは、みんな銃を影胤に向けていることだった。

 

 

「自分の命が惜しい奴らはヘリで帰ったよ。イニシエーターを置いてまで帰ろうとした屑もいた」

 

 

でもなっと大樹は付け足す。

 

 

「ここにいる人たちは、守る為にここに自ら立ったんだ。怪我をしても、歩けなくても立とうとしたんだ」

 

 

後ろにいる民警の目は他の奴らとは違う。蓮太郎にも分かった。

 

 

「自分の家族を守る為に!自分の友人を守る為に!東京エリアのために!明日のために!そして!」

 

 

「あッ……!」

 

 

その時、夏世は涙を流した。大樹の右手に握っていたあるモノを見て。

 

 

 

 

 

「自分の大切な人を、正しいと言う為にッ!!」

 

 

 

 

 

握っていたのは黒い大剣。それは伊熊(いくま) 将監(しょうげん)が持っていた武器だ。

 

 

「アイツが一番立派だった!怪我の手当てが終わった瞬間、アイツは歩こうとした!イニシエーターがお前と戦っていると知った瞬間、アイツは血を流しながら走ろうとした!」

 

 

「将監さん……!」

 

 

「まとも立てる体じゃないのに、アイツは戦おうとしたんだ!一人の女の子の存在を正しいと証明するためにッ!!」

 

 

夏世は涙を流し、何度も将監の名前を呼んだ。

 

影胤はゆっくりと首を横に振る。

 

 

「分からない……自己犠牲にもほどがある……どうして君たちは戦える」

 

 

「俺は大切な人がいるからだ」

 

 

大樹は隣にいた黒ウサギの手を握った。黒ウサギは驚いていたが、すぐに笑みを見せてくれた。

 

 

「俺の大切な人はどんなことがあろうとも、俺のそばにいてくれる」

 

 

「そんなこと……!」

 

 

「あります」

 

 

影胤の言葉を黒ウサギが重ねた。

 

 

「黒ウサギたちは大樹さんのそばにいます。何があっても絶対に離れません」

 

 

「俺はそんな大切な人がいるから戦える」

 

 

大樹は告げる。

 

 

「この希望がある限り、俺は立ち上がり続ける」

 

 

「……………」

 

 

影胤はしばらく黙っていたが、

 

 

「私の理想は……終わらない……」

 

 

「パパ……?」

 

 

影胤は小比奈の頭を撫でる。

 

 

「小比奈……そこで待っていなさい」

 

 

小比奈は心配そうな目で影胤を見ていたが、

 

 

「……はいパパ」

 

 

小比奈は頷いた。

 

影胤は蓮太郎たちの方を振り向く。

 

 

「大樹さん!」

 

 

「この戦いは水を差しちゃダメだ」

 

 

「ですが!」

 

 

「大丈夫だ」

 

 

大樹は蓮太郎を見る。

 

 

「アイツは、延珠ちゃんのヒーローだ」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「私は負けない……選ばれた人間だ……」

 

 

影胤の右手に斥力フィールドが展開する。

 

 

「『俺たち』は敗けない……」

 

 

蓮太郎は構える。バラニウムの義肢が光り出す。

 

 

「我々の存在のために!」

 

 

「延珠のために、みんなのために!」

 

 

その瞬間、二人の最強の技が発動した。

 

 

「エンドレスッ……」

 

 

「天童式戦闘術一の型十五番ッ……」

 

 

影胤は右腕を後ろに引き絞り槍の構え。蓮太郎はバラニウムの義腕から空薬莢(やっきょう)が飛び出した。

 

 

「スクリイイイイイィィムッ!!!」

 

 

「【()()()()鯉鮒(りゅう)撃発(バースト)】!!」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

影胤の右手から最強の槍が射出された。蓮太郎は推進力を使った最強の拳を槍にぶつける。

 

二つの技が衝突し、衝撃波が港まで、森まで届く。

 

 

「ガアアアアアッ!!!」

 

 

「ハアアアアアッ!!!」

 

 

影胤。お前の言ったことは間違ってはいない。

 

 

俺とおまえは同じだったんだ。

 

 

同じようにこの世に絶望していた。

 

 

ただ……ただ少しだけ違ったことがあるとすれば……。

 

 

それは……。

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

『エンドレススクリーム』跳ね返され、蓮太郎の拳の衝撃が影胤の腹部を襲う。

 

影胤の体は空高く舞う。それを蓮太郎は逃さない。

 

カートリッジの推進力を使い、影胤との距離を詰める。

 

 

「そうか……」

 

 

影胤は追撃をしようとする蓮太郎を見て、何かを理解した。

 

 

「私は……君に……」

 

 

「天童式戦闘術二の型十一番!!」

 

 

全てのカートリッジを使い、威力を最高まで高める。

 

 

「負けた、のか……」

 

 

蓮太郎のオーバーヘッドキックのような蹴りが影胤に振るわれた。

 

 

 

 

 

「【隠禅(いんぜん)哭汀(こくてい)全弾撃発(アンリミテッドバースト)】!!」

 

 

 

 

 

ドゴンッ!!!!

 

 

影胤の腹部にその一撃が叩きこまれた。影胤はくの字に折れ曲がり、海に向かって飛んで行く。

 

 

バシャアアアアアンッ!!

 

 

大きな水しぶきを上げて、影胤は海の底へと沈む。

 

 

「パパ……パパぁ……!」

 

 

小比奈が海に向かって手を伸ばす。小比奈の目には涙があった。

 

蓮太郎が地面に着地し、海を見ながら呟いた。

 

 

「背負っている人たちの、思いの強さだ」

 

 

 

 

________________________

 

 

 

【蓮太郎が目立ちすぎてモブになりかけている大樹視点】

 

 

影胤と蓮太郎の勝負を見ていた大樹。彼が取った行動は、

 

 

「救出うううううゥゥゥ!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

俺は海に飛び込み、人魚や半魚人より速い泳ぎで影胤を回収。急いで船に戻った。

 

そして、影胤を床に寝かせて安堵の息を吐く。

 

 

「ふぅ……で、どうする?」

 

 

(((((そこで聞く!?)))))

 

 

「おーい起きろ」

 

 

俺は影胤の頬をペチペチ叩く。というかツッコミ遅れたが上の視点何?喧嘩売ってるの?大安売りだな。バーゲンでもやっとんのか。

 

ペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチペチ……………スパーンッ!!

 

 

「ぐふッ」

 

 

「あ、起きたか」

 

 

最後は少し本気で叩いた。そして小比奈ちゃんに後ろから殴られた。痛い。

 

 

「目覚めはどうだ?」

 

 

「……最悪な気分だ」

 

 

「そうか」

 

 

そんな影胤の言葉を聞いた周りの人たちは笑った。

 

 

「何故助けた」

 

 

「お前を政府に出したら金が儲かると思って」

 

 

「……………」

 

 

「……本当は理由なんてねぇよ」

 

 

大樹は立ち上がり、海を見る。

 

 

「だげど、この世界を変えたいと思う最強の人材は失いたくないなぁっと思ってな」

 

 

「……私は君たちの敵だ」

 

 

「違う。お前は社畜だ」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

その言葉に影胤も声を出して驚いた。

 

 

「蓮太郎に負けたんだ。敗者は勝者の下で働け。天童民間警備会社の下僕だ」

 

 

「……本気かね?」

 

 

「本気だ」

 

 

俺は影胤の方を振り向く。

 

 

「お前の生きる理由くらい、俺が探してやるよ」

 

 

「……………」

 

 

影胤は少し考えた後、小比奈の頭を撫でた。そして、笑った。

 

 

「ヒヒッ……仕方ない。友の願いだ。聞いてやろう」

 

 

「そりゃどうも」

 

 

俺と影胤は顔を合わせて笑った……………影胤の笑い方はちょっと怖いけど。

 

 

「里見もお疲れ様。後は任せろ」

 

 

「後?」

 

 

「知らないのか?」

 

 

俺は携帯端末を持ってみんなに知らせる。

 

 

 

 

 

「東京湾にステージⅤ、来たらしい」

 

 

 

 

 

まるで友達が家に来たかのような言い方に戦慄。みんなの顔が青ざめた。

 

 

 

________________________

 

 

 

一方、木更たちがいる部屋は騒がしくなっていた。

 

理由は簡単。ステージⅤが来たからである。

 

最初、影胤を倒した時はあんなに喜んでいたのに今は絶望している人間がたくさんいる。

 

 

「どういうことだ!?」

 

 

もちろん、怒鳴り散らす人間もいる。

 

 

「『(あま)梯子(はしご)』が使えないだと!?」

 

 

男が言った『天の梯子』とは世界最大レールガンモジュールのことだ。

 

ガストレア大戦末期にステージⅤ撃滅を目的として作られた超電磁砲だったが、終局試運転もできずに終戦を迎えた建物だ。

 

今こそ使う時と思っていたが、問題が発生した。

 

 

「こ、これを見てください……」

 

 

大きなディスプレイに映された映像は最悪なモノだった。

 

そこはガストレアが暴れ回り、建造物を破壊する光景だった。

 

 

「な、何だこれは……!?」

 

 

驚くのも無理はない。人間を狙うのではなく、建造物を狙った攻撃だからだ。

 

建物を破壊するガストレアに、言葉を失った。

 

 

「専門家にお尋ねしても分からないと……」

 

 

「ど、どうすれば……」

 

 

社長格の人たち、研究員たちの顔が暗くなっていく。その時、一人の女の子が手を挙げた。

 

 

「聖天子様、ご提案があります」

 

 

木更が立ち上がり、聖天子に向かって言った。

 

 

「何でしょうか?」

 

 

聖天子が木更に尋ねる。

 

 

 

 

 

「ステージⅤを葬る方法です」

 

 

 

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

その場にいた全員が驚いた。驚いていないのは木更と優子。そして真由美だけだ。

 

聖天子が目を見開いて驚いていると、木更は自分の携帯電話を取り出し、聖天子に向かって差し出した。

 

 

「通話は繋がっていますので」

 

 

「……誰ですか」

 

 

「お声を聞けば分かるかと」

 

 

「……………」

 

 

聖天子はゆっくりと携帯電話に耳を近づける。他の者たちは静かにそれを見守る。

 

 

「もしもし……」

 

 

『ハロー。どうも、泣いた仮面です』

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その瞬間、大きなディスプレイの映像が切り変わった。映ったのは泣いた仮面を被った男。

 

音声は携帯電話だけでなく、他のスピーカーからも聞こえた。

 

泣いた仮面。目の下に青い涙のマークが書かれている仮面。影胤とは違う仮面だ。

 

 

『皆さんが知っているようにわた……ヘックシュン!!』

 

 

泣いた仮面がくしゃみをした瞬間、仮面がどこかに飛んだ行った。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

『クソッ、海に飛び込まなきゃよかった……あ、どうも大樹です』

 

 

無言&無表情の社長と研究員。聖天子も嫌な顔をしていた。しかし、優子は溜め息をつき、笑っていた。

 

 

「平常運転で安心するわね……ねぇ真由美さん」

 

 

その時、真由美が驚いた様子で大樹を見ていたことに気付いた。

 

真由美の驚いた表情を見た優子は心配してしまう。

 

 

「真由美さん?大丈夫?」

 

 

「ッ……えぇ、問題ないわ」

 

 

優子に声をかけられた真由美はハッとなり、すぐに笑みを優子に見せた。

 

 

「あなたがステージⅤを葬る方法を知っているとお聞きしました」

 

 

気を取り直し、聖天子は大樹に尋ねる。

 

 

「その話は本当ですか……?」

 

 

『YES!大樹に任せてください!』

 

 

『真似しないでください!!』

 

 

スパンッ!!

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

無表情で映像を見る社長と研究員。目が死んでいた。

 

 

「くすッ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

聖天子が手を口に当てて笑いを堪えていた。その姿に全員が驚く。

 

 

『ただし、条件がある』

 

 

大樹の言葉に聖天子はすぐに真剣な表情になる。

 

 

『この条件を飲まない限り、ステージⅤは野放しにする』

 

 

「……条件は、何でしょうか」

 

 

『まず影胤と小比奈ちゃんのこれからの自由を約束しろ』

 

 

その言葉に、天童 菊之丞(きくのじょう)が大声を出した。

 

 

「駄目だ!その犯罪者は絶対に生かして……!」

 

 

「分かりました」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

しかし、聖天子がそれを認めた。

 

 

「聖天子様!?」

 

 

「飲まなければ私たちは死にます。命が惜しくないのですか?」

 

 

「ッ……!」

 

 

菊之丞は聖天子にそう言われ反論しようとするが、周りの視線が気になり、黙った。

 

 

『次の条件だが……』

 

 

「ひ、一つじゃないのか!?」

 

 

一人の男が驚きながら声を荒げる。

 

 

『まぁな。難しいことじゃねぇから安心しろ』

 

 

「そ、そうか……ならいいか……」

 

 

(((((良くねぇよ!?何で納得した!?)))))

 

 

少しおかしい男だった。

 

 

『俺が本当に望むモノは一つ』

 

 

大樹は真剣な表情で告げる。

 

 

『【ガストレア新法】の制定だ』

 

 

「ッ……!」

 

 

聖天子の表情が引き締まり、隣にいた菊之丞の顔は鬼の形相で大樹を睨んだ。

 

ガストレア新法とは『呪われた子供たち』の基本的人権を尊重する法案だ。自由を持つことができ、平等に扱われる。

 

彼女たちが学校に通うことも、許される法案だ。

 

 

『それがいいよな?』

 

 

大樹はニヤニヤしながら菊之丞の顔を見る。

 

 

『天童閣下?』

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

『というわけで制定してくれよ。聖天子様』

 

 

「ッ……これは私の判断では」

 

 

『できない……なんて言わないでくれよ』

 

 

「……一つお伺いしたいことがあります」

 

 

『何だ?』

 

 

「どうしてあなたはそこまでして、子どもたちを助けるのですか?」

 

 

『馬鹿か』

 

 

大樹は告げる。

 

 

 

 

 

『苦しんでいる人を助けることは当たり前のことだろうが』

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

『先生に言われなかったのか?いじめはいけませんって。優しくしましょうって。誰もが教えられたことじゃないのかよ』

 

 

大樹の表情は暗く、哀しげなものだった。

 

 

『怖いのは分かる。でもそれを乗り越えてどうにかするのが普通じゃないのか?最初から敵だと決めつけて、切り捨てることは間違っている』

 

 

いいかっと大樹は付けたし続ける。

 

 

『どんな理由がそこにあろうとも、皆が笑顔でいる本物の世界を……』

 

 

大樹は続ける。

 

 

 

 

 

『望むのが常識だろうがッ!!』

 

 

 

 

 

 

大樹は思う。これは普通であって普通じゃないことだと。

 

昔からそうだった。あの先生の言葉は、こういう場面に陥った時、何度も思い出す。

 

先生は必死だった。これは駄目だ。これはいいことだ。彼は汗を流しながら俺たちに教えてくれた。

 

だが聞いていたのはごくわずかの人だけ。彼の話を聞く者は少なかった。

 

でも、俺はその先生の話は素晴らしいと思っていた。

 

彼の常識は人を救うこと。彼の普通は優しく人に接すること。

 

彼の異常は、人を傷つける『悪』だと言った。

 

それがカッコイイと思った。生きる姿が。そう俺は、

 

 

彼の『ホンモノの正義』に憧れていた。

 

 

先生が、俺に『正義』をくれた人間なのかもしれない。

 

あの人の言葉を、ここで借りるのならば……。

 

 

『正義を忘れても、人の優しさは忘れるなッ!!』

 

 

大樹の大声が部屋に響く。

 

沈黙がしばらく続いたが、大樹が溜め息をついた。

 

 

『……もういい。ガストレア新法については制定するかどうか任せる。でも最初の一つは飲んでもらうからな』

 

 

「……いいのですか?」

 

 

『ああ』

 

 

「……では東京エリアを」

 

 

『救ってやるよ』

 

 

その言葉を最後に、通信通話が切れた。

 

 

________________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

携帯端末の通話を切る。

 

ここは港の倉庫。次の救助ヘリが来るまで待っていた。

 

影胤は壁に背を預け、隣では小比奈が影胤の腕に抱き付いて静かに寝息を立てていた。

 

他の民警も静かにしていたが、表情は暗い。それもそうだ。ステージⅤがこちらに来ているのだから。

 

黒ウサギは蓮太郎と延珠ちゃん。そして夏世ちゃんの手当てをしている。

 

俺は黒いコートを脱ぎ捨て、両腰に装備した12本の刀を外す。

 

 

「今のは本気かね?」

 

 

影胤は小比奈を起こさないように俺に尋ねる。

 

 

「まぁな。俺ならできる」

 

 

「君のそのパーカーを見て不安になったよ」

 

 

「何故だ」

 

 

この『帰ったら俺……結婚するんだ……』パーカーがッ!?

 

 

「じゃあ脱ぐ」

 

 

「もっと不安になるよ」

 

 

馬鹿な……『一般人』Tシャツが……!?

 

 

「とにかく行ってくるよ。手遅れになったらヤバいから。というかもう遅刻しそう」

 

 

「では最後に君に言っておきたいことがある」

 

 

「何だ……ッ!?」

 

 

その時、影胤の仮面の目か見える黒い瞳にゾッとした。

 

 

「自覚が無いかもしれないが君は本当に壊れている。今の会話も、壊れたモノだったよ」

 

 

「……どこがだよ」

 

 

「人を救うのは常識じゃない。そして普通でもない」

 

 

「考えたが違うだけだろ」

 

 

「違う」

 

 

影胤にバッサリと否定される。

 

 

「君の『救う』は私たちの『救う』とは桁が違う。だから君はおかしい」

 

 

だからっと影胤は付け足す。

 

 

「君は、壊れている」

 

 

「……別に俺はそれでいい」

 

 

「何?」

 

 

俺は手に持った泣いた仮面をつける。

 

 

「大切なモノを守る為なら俺は……………ッ」

 

 

しかし、俺は続きの言葉は言えなかった。

 

 

「……行ってくる」

 

 

そう言って重たい倉庫の扉を開けた。

 

 

 

________________________

 

 

 

倉庫から出た俺は、空を見上げた。空はまだ暗く、星も見えている。

 

寒い。Tシャツの上からパーカーを着ていてもまだ寒い。気温のせいか、これからの戦いのせいか……体が震える。

 

懐からクロムイエローのギフトカードを取り出す。

 

 

災いの吸血鬼(ディザスタァ・ヴァンパイア)

 

 

進化した恩恵の名称がギフトカードに浮かぶ。

 

口の中を歯で噛み切り、少量の血を出す。そして、飲み込む。

 

俺の両目は赤く染まり、背中に黒い光の翼が四枚広がる。

 

 

ダンッ!!

 

 

地面に大きなクレーターを作ってしまう程の脚力。音速で飛翔した。

 

音の壁を突き抜けながら黒い翼を羽ばたかせて飛ぶ。

 

下には黒い海が見え、前方にはチカチカと点滅しているフラッシュも見えた。そのフラッシュはミサイルなどの爆撃だとすぐに分かった。

 

 

(見えた!!)

 

 

やがて巨大な黒い異形物体を確認できた。その周りを戦闘機が何機も飛び回っている。

 

 

「あれが……ステージⅤ……!!」

 

 

そして、息を飲んだ。

 

一体どれだけの遺伝子を取り込んだのだろうか。モデルとなったモノが全く予測すらできない。

 

黒茶けたひび割れたイボイボの肌。右と左の目の大きさは違うし、くちばしのような巨大な鋭い口。

 

二足歩行で歩く400m級の怪物。ステージⅣが可愛く見えてしまう。

 

体から伸びた何十本もの触手が不規則に動く。そのせいで戦闘機は上手く近くづくことができていなかった。

 

 

「ヒュオオオオオオオッッ!!!」

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

鼓膜の耳どころか脳味噌すらぐちゃぐちゃにしてしまうかのような雄叫びを上げるガストレア。咄嗟(とっさ)に耳を塞がなかったら意識が飛んでいた……!

 

戦闘機も不安定な飛行をしており、軌道がおかしかった。このままだと墜落する。

 

 

「あぁクソッ!手間かけさせんなよッ!!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

黒い光の翼を羽ばたかせ、超音速で戦闘機に近づく。

 

ギフトカードから【(まも)(ひめ)】を取り出し、鞘から紅い炎が巻き上がる。

 

刀を引き抜くと、バラニウムより黒い刀身の刀が生み出された。

 

 

ザンッ!!

 

 

右手に持った黒い刀で戦闘機を斬り、パイロットを左手で回収。

 

 

「そしてパラシュートをつけて捨てる」

 

 

「!?」

 

 

絶望した顔でパイロットは俺を見ていたがそこに慈悲は無い。そこまで面倒はみたくないんで。

 

しかしパイロットはしっかりとパラシュートを開いて逃げている。

 

 

「さてと」

 

 

俺は刀を両手で持ち、ステージⅤを見る。

 

またの名を『ゾディアックガストレア・スコーピオン』。

 

 

「ふぅ……」

 

 

俺は息を吐いて一言。

 

 

 

 

 

「これ、どうやって倒すんだ」

 

 

 

 

 

背中や額から滝のように汗が流れる。脳をフル回転させるが全く思いつかない。

 

考えてなかった。バラニウムが効かない相手にどないせいっちゅうねん。【護り姫】が鉄くずに見えてしまう……!?

 

だって俺最強だぞ。ステージⅣを瞬殺できるほど俺は強いんだぞ。だったらステージⅤも簡単だと思った。完全無欠の自業自得じゃねぇか。

 

……やれるだけやってみるか。

 

 

ゴォッ!!

 

 

音速でスコーピオンに向かって飛翔する。刀を振りかざし、襲い掛かる触手を細切れにする。

 

しかし、さすがステージⅤ。斬った触手がすぐに元通りに再生した。

 

 

「……うそーん」

 

 

スコーピオンの体液がついた黒い刀を見てみると、ボロボロと茶色く錆びていき、粉になって消えた。どうやら体液は熔解(ようかい)液らしい。

 

俺はもう一度紅い炎を巻き上げ黒い刀を元に戻す。残念、こっちもチートだ。

 

しかし、今度の刀身は長さが違う。先程の10倍の長さ、15メートルの黒い刀身が生み出されていた。

 

 

「一刀流式、【風雷神の構え】」

 

 

黒い光の翼を羽ばたかせ、超音速でスコーピオンに向かって突き進む。

 

 

「【覇道(はどう)華宵(かしょう)】!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

常軌を遥かに逸脱した一撃。雷鳴のような閃光がガストレアから一瞬だけ光った。

 

横に一刀両断。スコーピオンを二つに分けた。

 

 

「ヒュオオオオオオオッッ!!!」

 

 

スコーピオンの咆哮が轟く。同時に斬った箇所から大量の体液が噴き出した。

 

体液は固まり、斬られた箇所を引っ付ける。

 

 

「やっぱり普通じゃだめか……」

 

 

まぁ今の攻撃が普通の威力じゃないのは分かってる。普通の攻撃方法じゃダメだって言いたいから。か、勘違いしないでよね!

 

……とキモイ俺のツンデレは置いといて、黒い光の翼を羽ばたかせ、上へ上へと上昇する。

 

雲を突き抜け酸素が薄い所まで上昇した。地平線が丸く弧を描いて見え始め、体が凍える。

 

 

「前に見たのはICBMだったか……」

 

 

美琴とアリアを追って、ミサイルに乗って見た光景。シャーロックまじ許さん。

 

黒い刀の剣先を下に向ける。また黒ウサギの約束破ってしまうが……土下座しよう。

 

 

「一刀流式、【紅葉(こうよう)鬼桜(おにざくら)の構え】」

 

 

吸血鬼の力が全身に巡り渡る。黒い刀身に紅蓮の炎を纏う。

 

 

ゴオォッ!!!

 

 

黒い光の翼を羽ばたかせ、超音速の壁を越えた。

 

スコーピオンの真上から赤い流星の如く駆け抜ける。

 

 

「【一葉(いちよう)風鈴閃(ふうりんせん)】!!」

 

 

ザンッ!!!

 

 

スコーピオンの体を簡単に突き抜け、時間が止まったかのようにスコーピオンは止まった。

 

 

「悪い……」

 

 

俺は、お前より最強の『化け物』だ。

 

お前が元人間だとしたら、それ以上その醜い姿でいるのは辛いかもしれない。哀しいかもしれない。

 

でも、俺は無力だ。助けることはできない。

 

俺の勝手だが、お前を殺す。

 

その時殺した痛みは絶対に忘れない。

 

その時殺した後悔は絶対に忘れない。

 

その時殺した絶望は絶対に忘れない。

 

だから、

 

 

 

 

 

「許してくれ」

 

 

 

 

 

その瞬間、スコーピオンの中から紅蓮の炎が吹き上がった。

 

全てを燃やし尽くす、灰すら残さない地獄の業火。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

東京エリアにもう一つの太陽が先に昇った。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「今日から教師にもなった楢原 大樹だ。趣味は料理とTシャツ作り。よろしくオッパッピー」

 

 

学園ハ〇サムの〇賀君のような挨拶を子どもたちにする。教会の祭壇を教卓代わりにしている。

 

祭壇の前にはたくさんの子どもたちが座っている。子どもたちは目をキラキラと輝かせながら俺を見ている。

 

 

「質問はあるか?」

 

 

「「「「「ハイハイハイ!!」」」」」

 

 

うわぁ……嫌な予感しかしない……。

 

と、とりあえず一番前に座った女の子を指名する。

 

 

「先生のお嫁さんは三人って本当ですか!?」

 

 

「違う!五人だッ!!」

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

松崎(まつざき)さーん!パスお願いしまーす!」

 

 

生徒のさらに後ろに座っているニコニコした人物に助けを求めた。

 

第39区の呪われた子供たちを保護していた初老の男。呪われた子供たちが迫害を受けていることを憂い、彼女らがいつの日か自由に街中で生活できるよう、学問や赤い目を抑えるための感情コントロールなどを教えている。

 

俺たちが不在(影胤とスコーピオンと戦闘中)の時、やはり教会は襲撃された。しかし、男たちと子どもは既にそこにはいなかった。

 

襲撃される前に、偶然訪ねて来た松崎が避難場所を提供してくれたおかげで戦闘を回避。そして俺は襲撃者をフルボッコすることができた。やっぱりそこに慈悲は無い。

 

松崎が訪ねて来た理由は俺だった。俺が子どもたちを保護している話を聞きつけ、一緒に子どもたちを助けないかという話だった。

 

 

「頑張ってくださーい!楢原先生!」

 

 

うわッ眩しい笑顔だなオイ!

 

もちろん松崎との契約はOKした。俺がいない間は任せられるからな……子どもめっちゃ増えたけど。三十何人かいるぞ……。

 

 

「ほ、他に質問ある人……」

 

 

「ハイ!」

 

 

「何だ?」

 

 

「先生の好きな女性のタイプを教えて!」

 

 

「はば広いのでお答えできませんハイ次の質問!」

 

 

「ハイ!」

 

 

「何だ?」

 

 

「楢原先生と大樹先生、どっちがいいですか!」

 

 

「大樹先生だ!ハイ次!」

 

 

「ハイ!」

 

 

「何だ?」

 

 

「今から何をするの?」

 

 

「いきなりまともな質問来たな……授業だ授業。勉強するんだよ」

 

 

授業と勉強というワードに子どもたちは不思議と期待を込めた視線を俺に向ける。

 

 

「じゃあ今から始める勉強は……」

 

 

「国語だ!」

 

 

「お?何で分かった?」

 

 

(((((Tシャツに『こくご』って書いてあるから)))))

 

 

何故か子どもたちは答えない。何でだよ。エスパーの人材多いな。

 

 

「本来ならこの『 国語 ~文字の心理~ 』を使うが……俺の授業では使わない」

 

 

ポイッと俺は教科書をバッグの中にシュート。代わりに祭壇の下に置いてあった段ボールを出す。そして、たくさんあるうちの一冊を手に取る。

 

 

「漫画を読むぞ」

 

 

「ちゃんと授業をしなさい!」

 

 

俺を怒ったのは優子。いつからそこに!?

 

Aクラスの秀才に授業を任せてもいいが、俺は授業をやってみたい!

 

 

「俺の授業は完璧だ!見ろ!漫画は『神のみぞ知る〇カイ』だ!」

 

 

「何でそれよ!?」

 

 

そう言えば一度優子に内容を教えたことがあったな。俺のイチオシヒロイン教えたら怒ったけど。

 

 

「まず国語の教科書の内容を教えても理解出来ねぇだろ?だったら絵が付いていて、文字があって、分かりやすい内容になっている漫画で授業をするのが得策だろ」

 

 

「うッ……以外にまともな意見で否定しにくい……!」

 

 

でもっと優子は付けたし反論する。

 

 

「その漫画じゃなくてもいいはずよ!」

 

 

「学園モノにした理由は学校がどういう所か知るためだ」

 

 

「他にも学園モノはあるはずよ!」

 

 

「漫画のヒロインはみんな可愛くいい子たちだ。こんな女の子に育ってもらうためにこの漫画を選んだ」

 

 

「二次元と三次元は別よ」

 

 

ドグシュッ!!

 

 

「ぐふうううううッ!!??」

 

 

「少女漫画だったら共感とかできるんじゃないの?」

 

 

ズブシュッ!!

 

 

「ぐはあああああッ!!??」

 

 

やべぇよ!?まさか優子に論破されるなんて!?

 

 

「ま、待て優子!俺の担当科目は国語!優子は数学!黒ウサギは社会!里見は理科!真由美は英語!天童は保健体育!そう決めたじゃないか!?」

 

 

「無能な教師はクビよ」

 

 

厳しいッ。

 

 

「なら二週間後にあるテストの平均点勝負だ!俺が高かったら継続だ!」

 

 

「なるほど……大樹君、もう追い詰められたわね」

 

 

そうです。

 

 

「ってそんな無駄な話をしている場合じゃないわよ!」

 

 

無駄……俺の話が……無駄……ぐすんッ。

 

 

「どうして叙勲(じょくん)式に出ないのよ!?いなくてビックリしたわよ!」

 

 

「ハッ、金にならないモノはいらねぇな。空き缶拾って金にする方があの勲章(くんしょう)より儲かる」

 

 

「屑みたいな発言しない!」

 

 

「それに俺の功績は全部里見にやるように聖天子にメールしてるから安心しろ」

 

 

「何で聖天子様とメル友なのよ!?」

 

 

「今度『神のみぞ知〇セカイ』を貸すことになった」

 

 

「そこまで仲が良いの!?」

 

 

「もう彼女みたいだよな!」

 

 

「それは許さないわ」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

CADを下ろしてください。

 

 

「おいビックツリー!できたぞ!」

 

 

「誰が大きな木で大樹(だいき)だコラ!」

 

 

いや俺か!?

 

外から俺のコードネーム(嘘)を呼ぶ低い声が聞こえた。窓を開けて外を見ると、小さな木の小屋が出来上がっていた。

 

周りには汗を流したむさい男たちが木のベンチで休憩している。

 

 

「98点だな。木じゃなくてコンクリートだったら100点だった」

 

 

(((((ならセメント用意しろよ!)))))

 

 

男たちは心の中でツッコミを入れた。

 

この男たちは最後まで残った民警のプロモーターたちだ。イニシエーターは俺の授業を受けている。

 

 

「なぁ楢原。トイレはどこだ?」

 

 

一人の民警が俺に尋ねる。俺は指を差して教える。

 

 

「そこの角を曲がって下に降りる」

 

 

「下に降りる!?下水道なのか!?」

 

 

「そうなんだよ。トイレはついてなくて……………あッ」

 

 

その時、いいことを思いついた。

 

 

________________________

 

 

 

「水道ですか?」

 

 

「ああ」

 

 

俺の目の前には純白の少女。和紙のように薄くて真っ白い生地を幾重にも羽織り、頭にも同様のヴェールを纏っている。

 

目の前にいるのは東京エリアの統治者である聖天子だ。

 

俺と聖天子はラウンジのベンチに座って会話をしていた。隣に座った聖天子は首を傾けて聞く。

 

 

「水道を外周区まで引けばよろしいのですか?」

 

 

「ああ、トイレの水を流すだけだから」

 

 

「え?水道水は……」

 

 

「『呪われた子供たち』を恨む奴らが異物や毒を混ぜるかもしれねぇだろ。怖くて飲めねぇよ」

 

 

俺の発言で聖天子の表情は暗くなる。

 

 

「別に気にすることねぇよ。アンタはガストレア新法を頑張ってくれてんだ」

 

 

制定はしていない。しかし聖天子は制定するよう動力をしていることを俺は知っている。

 

 

「……本当はあなたに」

 

 

「いらねぇよ。プレゼントするならトイレくれ。ト・イ・レ」

 

 

「ですが……あッ」

 

 

「何?どうした?」

 

 

「温水洗浄を取りつけましょう!」

 

 

……………あ、ウォシュレットのことか。あまり欲しいとは思わねぇな。

 

 

「あ、うん」

 

 

承諾しちゃったよ俺……。

 

 

「それはそうと他に何か用があるんだろ?」

 

 

トイレはもういいわ。

 

 

「はい。これです」

 

 

聖天子が取り出したのは一枚のカード。

 

 

「これって民警ライセンスだよな?」

 

 

「はい。楢原さんのIP序列は……」

 

 

俺は民警ライセンスを受け取る。そこには『天童民間警備会社』の『特別任務課』の『楢原 大樹』と書かれていた。

 

 

 

 

 

「【絶対最下位】です」

 

 

 

 

 

「カッコイイけど一番下じゃねぇかッ!!」

 

 

何だよもう!嫌な予感しかしない!

 

 

「残念ですが楢原さんは私を脅迫した理由で、IP序列が永遠に最下位のままになりました……」

 

 

「新入りが入ったら?」

 

 

「楢原さんの一つ上の序列に……」

 

 

なるほど!絶対に最下位ってことか!マジで決めた奴らブチのめすぞ。

 

 

「影胤たちはどうなるんだよ」

 

 

「楢原さんより安全な存在が認められたため序列は10万位だと……」

 

 

「嘘だろ!?」

 

 

本気でぶっ飛ばすぞ役員共!?

 

 

「蛭子 影胤はどうなされていますか?」

 

 

「今は地下水道で見つかったガストレアを討伐中。俺より働いてるよ」

 

 

影胤と小比奈は戦いから離れることはできない。なら戦い続ければいい。

 

影胤にはガストレアの討伐が誰よりも早く回って来るようになっている。これは俺が聖天子と新しく交渉モノだった。

 

何故戦うのか。理由はいくらでも探せる。それが大吉か大凶か。どちらが出るか分からない。でも、

 

 

「俺も探してやるから大丈夫と思う」

 

 

「……そうですか」

 

 

俺がそう言うと聖天子も安堵の息を吐いた。

 

 

「話はまだあるのか?」

 

 

「あと一つだけあります」

 

 

「何だ?」

 

 

「『(あま)梯子(はしご)』が破壊された件です」

 

 

聖天子の言葉に俺は目を細めた。

 

ガストレアが破壊した『天の梯子』は瓦礫の山と化した。使える物は何一つ残っていない。

 

本来なら俺は『天の梯子』を使ってステージⅤを倒そうとした。バラニウムの弾丸も用意してあり、万全な状態だったと言えるだろう。

 

しかし、作戦は失敗。ガストレアは何と人では無く建物を襲った。

 

最初は知能があるガストレアが行ったモノだと思われていたが、真相は分かっていた。

 

 

「あれはあなたがやったのではないですね?」

 

 

「疑うのか?」

 

 

「いえ、あなたがそれを使うことは室戸 菫医師から聞いております」

 

 

バラニウムを用意してくれたのは先生だったな。ばらすなよ。

 

 

「……『天の梯子』から変なモノが見つかった」

 

 

「変なモノ?」

 

 

「花だ」

 

 

ステージⅤを倒した後、現場に行った。ガストレアがいる場所の調査は政府はできそうにないので、代わりに俺が行こうと思ったのだ。

 

俺は懐から分厚い紙の束を取り出す。

 

 

「変な黄色い花の花びらが一帯に散っていた。多分これが原因だと見て間違いない」

 

 

黄色い絨毯(じゅうたん)が敷かれたように、数え切れないほど花びらが散っていた。恐らくガストレアはこの花を食い荒らしてる。

 

 

「これをやった奴は一人しかいない」

 

 

「誰ですか?」

 

 

「……お前らには関係無い話だ」

 

 

一人。ただ一人。心当たりがある。

 

 

 

 

 

ガルペス。

 

 

 

 

 

アイツならやりかねない。あの男なら笑って俺たちの不幸を見ているかもしれない。

 

 

(アリア……美琴……)

 

 

アリアも美琴もまだ見つかっていない。不安だけが積もる一方だが、この世界を放っておくわけにもいかない。

 

 

「とりあえずこれを頼んだ」

 

 

聖天子に俺のまとめた調査書の束を渡す。しかし、聖天子は不安そうな顔をしている。

 

 

「気にするな。俺の敵って話だ」

 

 

「ですが……」

 

 

「はぁ……あぁもう」

 

 

俺は右膝を地面につけしゃがむ。左腕は左膝の上に置き、視線は少し下を向く。

 

 

「この俺、楢原 大樹は聖天子様のために剣となる」

 

 

「ッ!」

 

 

「まぁなんだ……人を救うのが俺の仕事だし……ほら、な?」

 

 

聖天子は驚いて俺を見ていたが、

 

 

「ふふッ」

 

 

「な、何だよ……」

 

 

「楢原さん、信じてもいいですか?」

 

 

「おう。いくらでも信じてくれ」

 

 

俺と聖天子は笑い合い、笑顔を見せ合った。

 

彼女も俺と同じ、東京エリアを……いや、世界を救いたいと思っている。

 

そんな似た者同士、協力することは、悪い事じゃない。

 

むしろ、喜ばしいことだ。

 

 

「あなたに、この世界を救ってほしい」

 

 

「俺も、アンタに世界を変えて欲しい」

 

 

世界を変えれそうな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、これ『神〇みぞ知るセカイ』全巻な」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

あと仲良くできそうな気がした。

 




私は中川か〇んが好きです。まーる。

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