どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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今回は場面の切り替えが多いです。ご注意を。



絶望から返り咲く希望の花

黒ウサギと夏世は落ち着き、四人で夏世が持っていたカフェオレを一緒に飲んで休憩していた。

 

 

『ザザッ……き……ろよ……ザザザッ……オイ!生きてんだったら返事しろよ!』

 

 

「「「「ッ!」」」」

 

 

その時、無線機からノイズと共に将監の声が聞こえた。それに蓮太郎がいち早く反応する。

 

 

「将げぶッ!?」

 

 

「将監さん?音信不通だったので心配していました。ご無事でなによりです」

 

 

蓮太郎が将監の名前を呼ぼうとしたが、夏世はうるさいと思ったのか、蓮太郎の顔を手で抑えて黙らせた。それを見た黒ウサギは苦笑いである。

 

 

『たりめぇだろ!……つってもお前とはぐれたあの後は運良く一匹もガストレアに見つからなかったからな』

 

 

んなことよりっと将監は付けたし話を続ける。

 

 

『夏世、いいニュースがある』

 

 

「ニュース?」

 

 

『ああ、仮面野郎を見つけたぜ』

 

 

「「「「ッ!」」」」

 

 

将監の報告に四人が息を飲んだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

将監との通信が終わった後、四人は森の中を歩いた。

 

 

「やっぱり大樹さんの言った通りでしたね」

 

 

「豪華客船の大広間に影胤と思わしき人物発見。既に俺たち以外の民警が港に集合しているなんてな」

 

 

黒ウサギの言葉に蓮太郎が苦笑いで補足を付けたす。休憩所の石垣から出る前、

 

 

『あぁ?来ていないのはお前らだけだぞ?他の民警は全員集まって武器のメンテやってる』

 

 

『『『『……………』』』』

 

 

っと将監の言葉を聞いた瞬間、四人は急いで仕度を整えた。

 

 

「まさか黒ウサギたちだけがいないなんて……」

 

 

黒ウサギは肩を落としながら歩く。まるで遠足の時、自分だけ寝坊してバスに乗り遅れた気分に似ていた。

 

 

「って黒ウサギはそんな失敗しません」

 

 

(((独り言……?)))

 

 

黒ウサギの一人ツッコミ。三人は不安そうな顔で黒ウサギを心配していた。

 

誰かと話している黒ウサギをこちらに戻すために夏世は話の話題を変える。

 

 

「将監さんが言うには他の民警と連携を組んで奇襲をかけるそうです」

 

 

「将監が連携……想像できねぇな」

 

 

蓮太郎のボソリと呟いた言葉を聞いていた黒ウサギも心の中で激しく同意していた。

 

 

「何を言っているのですか里見さん」

 

 

しかし、夏世は将監のことを庇う。

 

 

「将監さんは脳味噌まで筋肉でできているうえ堪え性がないのでそもそもバックアップなんてできません。連携とは名ばかりのただのリンチになるのが関の山でしょう。そして未だに戦闘職のシェアを私たち(イニシエーター)に取られたのをひがんでいたりと考え方が旧態依然としていて困るんですよねあの人は。そもそもにして計画性がないというか連携するなら最初から……」

 

 

((あれ!?誰のイニシエーター!?))

 

 

蓮太郎と黒ウサギは驚愕。夏世は将監を庇うわけなかった。本当に将監のイニシエーターかどうか疑うほどの悪口の量。未だに夏世はトゲトゲしい言葉でまだ将監のことを言い続けている。延珠は既に目が点になって聞いていた。

 

蓮太郎はふと気になっていたことを思い出した。

 

それは夏世がどんな因子を持っているか。

 

延珠は兎型(モデル・ラビット)。ウサギの因子を持つだけあって非常に脚が速く、脚力を加えた蹴りは高い一撃を持っている。

 

では千寿(せんじゅ) 夏世(かよ)のモデルは何か?

 

 

(従来のスタンスと異なり、プロモーターのサポートを務める後衛兼司令塔……か)

 

 

蓮太郎はある程度まで予測していた。

 

 

(性格も謙虚だし頭脳はだろうな。危険回避と状況判断力から見ても草食獣系因子……)

 

 

とくれば導き出される答えはただ一つ!

 

 

(鹿の因子!もしくは猿の因子!)

 

 

「一つではありませんし、草食でもありません!」

 

 

スパンッ!!

 

 

「痛ぇ!?」

 

 

「ハッ!?黒ウサギは何を!?」

 

 

気が付けば黒ウサギの手にはハリセンが握られており、蓮太郎の頭を叩いてツッコミを入れていた。

 

 

ドガッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

蓮太郎は背中を夏世に蹴っ飛ばされた。蓮太郎は前に倒れる。

 

 

「何するんだよ!?」

 

 

「なんか失礼な妄想をしている気がしたのですみません」

 

 

(読まれている!?)

 

 

「何をしてるのだ……それより蓮太郎、着いたぞ」

 

 

ジト目で一連のやり取りを見ていた延珠は前方を指差す。

 

丘の森を越えた先に港が広がっているのが見えた。

 

港の奥に白から茶色へと錆びて変色した装甲の豪華客船が停泊しているのも確認できた。

 

 

「あそこに影胤が……」

 

 

「将監さんたちはもう港に降りたようですね。野営を組んでいた形跡があります」

 

 

蓮太郎は港を見ながら言うと、夏世が地面に転がったゴミを見て報告した。蓮太郎は頷き、前を向く。

 

 

「よし、俺たちも急いで……!」

 

 

パァンッ!!

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

その時、港から一発の銃声が聞こえた。

 

そして、その銃声に続くように港からたくさんの銃声が響き渡る。

 

 

「銃声!?もう始まったのか!?」

 

 

「蓮太郎!あそこだ!」

 

 

蓮太郎より延珠がいち早く銃声がなった場所を指差す。そこは港の倉庫がある場所だった。

 

 

「港!?船じゃないのか!?」

 

 

「おそらく敵に気付かれたのかと……!」

 

 

夏世はショットガンを強く握りしめ、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

奇襲失敗。そのことに蓮太郎も顔をしかめた。しかし、ここでじっとしているわけにもいかない。

 

 

「とにかく俺たちも加勢しに行くぞ!」

 

 

蓮太郎たちの言葉を合図に、四人は一斉に走り出した。

 

 

________________________

 

 

 

「な、なんだ……ッ!?」

 

 

蓮太郎たちは港に辿り着いた。しかし、銃声が聞こえた場所まで行くと、目を疑う光景が広がっていた。

 

 

「シャアアアア!!」

 

 

「この化け物がッ!!」

 

 

巨大なヘビのような姿。左右の側面から黄色い脚のような鋭い棘が何十本も飛び出し、胴体は赤黒い鎧に覆われている。

 

頭部からは二本の長い触角のようなツノ。口には鋭い牙が見えた。

 

先に来ていた民警が陣を組んでムカデの前に集まっていた。そして一斉に銃を撃っている。

 

 

「ムカデのガストレアか!」

 

 

蓮太郎はすぐに体の特徴からガストレアのモデルを推測する。

 

その時、

 

 

「遅ぇぞ……夏世ッ……!」

 

 

「無事でしたか将監さ……ん……!?」

 

 

黒い大剣を持った将監が夏世に声をかけるが、夏世は言葉を失った。

 

 

 

 

 

将監はボロボロになっており、血を流していた。

 

 

 

 

 

「お前!?怪我している……!?」

 

 

よく見れば道の脇の方に民警が何人も倒れていた。みな意識はあるようだが、戦闘は続行不可能みたいだ。

 

 

「夏世……行くぞ!」

 

 

「無茶です!今すぐ手当を……!」

 

 

「必要ねぇ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

将監は大声を出して夏世を止める。

 

 

「前で必死に戦っている馬鹿どもが俺を待っているだろうがぁ……俺しか奴を倒せねぇ……!」

 

 

将監はゆっくりと大剣を構え、ガストレアを睨む。それを見た蓮太郎は、

 

 

「……アイツはペルビアンジャイアントオオムカデっていうガストレアだと思う。赤い胴体と節目の関節の色がピンク。そして脚の色が黄色だから間違いないはずだ」

 

 

「……それが、どうした」

 

 

「頭部には近づくな。アイツの毒と牙の強さは危険だ。それにあの赤い鎧はかなり硬いはずだ。狙うなら柔らかい脚の付け根だ」

 

 

「へッ……雑魚でも役に立つんだな」

 

 

蓮太郎の助言に将監は鼻で笑い、前に進む。それを見た夏世も将監の隣を歩いた。

 

 

「一撃で仕留めます。それまで私が誘き寄せるので待ってください」

 

 

「いいぜ……」

 

 

「ッ……………!」

 

 

将監と夏世のやり取りを見た蓮太郎は唇を噛んだ。

 

将監たちが勝てる見込みが全くないからだ。目の前にいるガストレアはおそらくステージⅣ。

 

 

「蓮太郎!」

 

 

延珠に名前を呼ばれ、蓮太郎も銃を持った。

 

 

「……クソッ!俺たちも……!」

 

 

シュンッ!!

 

 

その時、蓮太郎たちの横を何かが突き抜けた。

 

それは風のような速さで突き抜け、気が付けばガストレアの目の前まで突き抜けていた。

 

 

「黒ウサギ……!?」

 

 

蓮太郎が気付いた時には遅かった。既に黒ウサギは真上に飛翔して、ガストレアの上を取った。その高さは10メートルを優に超えていた。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

黒ウサギは右手に持った短いバラニウム製の棒を槍へと展開させる。そして投槍のように槍を持ち、ムカデのガストレアに向かって投げた。

 

 

ゴォッ!!

 

 

槍は亜音速でガストレアに向かって突き進む。そして、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「キシャアアアア!?」

 

 

赤い鎧を簡単に貫き、ガストレアは悲鳴のような鳴き声を上げる。

 

しかし、これだけではガストレアは死ななかった。

 

 

ブンッ!!

 

 

ガストレアは首を持ち上げて落ちて来る黒ウサギに向かって牙を振るう。

 

 

「返り討ちですッ!」

 

 

ガシャンッ!!

 

 

落下している黒ウサギはもう一本のバラニウム製の槍を展開し、牙に向かって槍を薙ぎ払う。

 

 

バキンッ!!

 

 

牙は槍に当たった瞬間、粉々に砕け散った。ガストレアがまた悲鳴を上げる。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

黒ウサギは牙を砕いた直後、すぐに頭部から伸びた触角のようなツノを二本斬り落とす。

 

さらに地面に落下する前に何十本も伸びた脚を付け根から切断した。

 

 

「キシャアアアア!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

散々攻撃を受けたガストレアは前から倒れ、地面を揺らす。

 

 

「「「「「……………!」」」」」

 

 

黒ウサギの猛攻にみんなは呆然と開いた口が塞がらなかった。

 

50人で戦って苦戦していたガストレアをたった10秒足らずで撃破。

 

圧倒する強さを見せられた民警は言葉を失った。

 

 

「まだです!」

 

 

夏世が大声を出した時には遅かった。

 

 

「キシャアアアア!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

ムカデのガストレアは突然動き出し、黒ウサギを食らおうと飛びついた。

 

完全に油断していた黒ウサギは驚き、槍で攻撃をガードしようとするが、

 

 

ガチンッ!!

 

 

ガストレアは残った牙で黒ウサギの持ったバラニウム製の槍を弾き飛ばしてしまった。

 

 

(しまった!?)

 

 

ガストレアは無防備になった黒ウサギに向かって口を大きく開けて食らう。

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

黒ウサギの後ろから将監が走って来て、ガストレアの頭部を斬り裂いた。

 

ガストレアは怯むが、すぐに牙で将監に向かって攻撃する。

 

 

「左です!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

夏世の言う通り、ガストレアは将監の左から牙を振るった。将監は大剣を盾代わりにして防ぐ。

 

 

「右から来た後は上からです!」

 

 

ガチンッ!!

 

 

今度は牙は右から振るわれ、将監はまた大剣で防ぐ。

 

次にガストレアは牙を将監の真上から振り下ろすが、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

将監は後ろにジャンプして回避。アスファルトの地面が砕け、牙がめり込む。

 

将監と入れ違いに夏世がガストレアに向かって走り出した。夏世の手にはショットガン。

 

 

「外が硬いのなら、口の中は柔らかい……」

 

 

夏世はショットガンの引き金を引く。

 

 

「王道です」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

バラニウムが詰まった弾が弾け飛ぶと同時にガストレアの頭部も内側から弾け飛んだ。

 

しかし、ガストレアは頭部を無くしても、首をブンブンと動かしている。

 

 

「クソッ!まだ生きてやがるか!」

 

 

ガストレアは残った脚で胴体を動かし、将監たちに向かって突撃してくる。

 

 

「延珠ッ!!」

 

 

「分かっておるッ!!」

 

 

将監の横から延珠が走り抜け、ガストレアに向かって飛び蹴りを繰り出す。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

ガストレアの腹部に延珠の蹴りが入り、ガストレアは動きを止める。その隙に蓮太郎がガストレアと距離を詰めた。距離をわざわざ詰めた理由は、銃弾が確実にムカデのガストレアの脚の付け根に当てるためだ。

 

 

ガキュンッ!!ガキュンッ!!

 

 

銃弾が脚の付け根に当たると、付け根は千切れ、黄色い脚が地面に落ちた。

 

 

「もう油断はしませんッ」

 

 

体制を整えた黒ウサギは右手と左手に槍を持ち、ガストレアに向かって走り出す。

 

 

バシュンッ!!

 

 

二本の槍はガストレアの尾を斬り落とし、ガストレアは動きをまた止める。

 

 

「ぶった斬れろやぁッ!!」

 

 

ドシュッ!!

 

 

将監のとどめの一撃。胴体を縦から真っ二つに斬り裂いた。

 

ガストレアは体液を一帯に巻き散らし、前から倒れて完全に沈黙した。

 

 

「ぐう……!」

 

 

「将監さんッ!」

 

 

膝をついた将監を見た黒ウサギは急いで駆け付ける。しかし、将監はすぐに立ち上がり、歩き出す。

 

 

「動いては駄目です!」

 

 

「うるせぇ……夏世……俺を仮面野郎のところに連れて行け……!」

 

 

「将監さん……」

 

 

黒ウサギの声に将監は無視した。夏世はフラフラと歩く将監の手を握るか迷っていたが、握った。

 

 

「やっぱり……戦いってのはいいな……」

 

 

大剣を引きづりながら、小さな声で呟きながら将監は歩く。

 

 

「俺……みてぇな腕力しか能のねぇヤツでも唯一、自分の存在を感じれる……」

 

 

将監の後ろを黒ウサギと蓮太郎。そして延珠もその後をついて行く。残った民警も何人か彼の様子を見ていた。

 

 

「おまえも……そうだろ……」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

「夏世」

 

 

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

将監の言葉に四人は驚愕した。しかし、一番驚いていたのは夏世だ。

 

 

「俺たちは……戦いから……離れれば離れる……ほど……痛ぇ目を見る……」

 

 

将監はポツポツと語る。蓮太郎たちはその言葉に胸が苦しくなった。

 

 

「かないっこねぇ夢を語れば語るほど……(つれ)ぇ思いをするんだ……ッ」

 

 

目は虚ろになり、足の歩幅が短くなってきている。

 

 

「だったら黙って俺に使われろ……」

 

 

残り少ない力で、強く大剣を握る。

 

 

「その間……その時間だけが……おまえの存在を……正当化する……」

 

 

呼吸は小さくなっていく。フラフラとした足取りはついに止まった。

 

 

「俺……たちは……!」

 

 

将監は告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正しいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガァンッ!!

 

 

大剣は地面に落ち、金属音が港中に響かせる。

 

将監の体も倒れようとする。夏世がそれを止めようとするが、

 

 

ガシッ

 

 

「そうだ」

 

 

「ッ!」

 

 

夏世が止める前に誰かが止めた。将監の体を両手で支え、倒れないようにしていた。

 

 

「お前らは、間違っていない」

 

 

 

 

 

支えたのは、大樹だった。

 

 

 

 

 

「大樹さん……!」

 

 

「黒ウサギ。ギフトで治療をしてくれ」

 

 

「はい!」

 

 

大樹は将監をゆっくりと地面に寝かせる。黒ウサギはポケットからギフトカードを取り出し、治療を始める。

 

 

「これが、俺の信じた世界……求める世界の先だ」

 

 

大樹は腰に刺してある12本の刀のうち、一本を右手で引き抜く。

 

大樹が見つめる先は豪華客船のデッキ。

 

 

「なぁどう思う?影胤」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その言葉に民警たちが一斉に銃を構えた。

 

大樹の見つめる先。船のデッキには二つの影があった。

 

一人は蛭子 影胤。もう一人は蛭子 小比奈。

 

 

「里見。延珠ちゃん。アイツを倒してくれないか?」

 

 

「はぁ!?」

 

 

大樹の唐突な頼みごとに蓮太郎は驚いた。

 

 

「俺にはやることがある。でもアイツの目を覚まさせるためにはお前らが倒してほしいんだ」

 

 

「む、無理だ!あんな奴に勝てる……!」

 

 

バババババッ!!

 

 

その時、上空からヘリの音が聞こえた。

 

ヘリの白い装甲には『Doctor Heli』と書かれている。

 

 

「ドクターヘリ!?こんな場所に呼んだら……!?」

 

 

「ガストレアは集まらねぇよ」

 

 

蓮太郎の言葉を聞く前に、大樹が答えた。

 

 

「ここ一帯にいるガストレアは、俺が全部殺したからな」

 

 

「……………は?」

 

 

その言葉をすぐに理解できなかった。ここ一帯?

 

何百という数を一人で殺した?

 

 

「まさかッ」

 

 

蓮太郎は思い出す。

 

夏世が爆発物を使ってもガストレアが動きださなかったこと。

 

将監が言っていたあのことも。

 

 

『たりめぇだろ!……つってもお前とはぐれたあの後は運良く一匹もガストレアに見つからなかったからな』

 

 

このことも合点がつく。

 

大樹をよく見てみると、黒いコートはドロドロの液体が付いており、かなり汚れていた。

 

 

「俺の出番はまだ先だ。それに……」

 

 

大樹は後ろを振り向く。

 

 

「残りの奴らも()らないといけない」

 

 

蓮太郎も振り向くと、そこにはゾロゾロと小型ガストレアが歩いてきていた。

 

 

「全員生きて帰るために、戦ってくれ。里見 蓮太郎」

 

 

「……………分かった」

 

 

「悪い」

 

 

大樹はガストレアに向かって走り出した。

 

延珠は蓮太郎の隣まで来て、敵を見る。

 

 

「すまない……」

 

 

「大丈夫だ。妾は負けん」

 

 

「……そうだな」

 

 

蓮太郎は銃を持ち、構える。

 

 

「行くぞ延珠」

 

 

二人は一緒に走り出した。

 

 

________________________

 

 

 

「準備はいいかい?小比奈」

 

 

「はいパパ」

 

 

豪華客船に向かって走って来る人物は二人。

 

プロモーター、里見 蓮太郎。

 

イニシエーター、藍原 延珠。

 

 

「次の脅威は君なのか……いや」

 

 

影胤は両手に不気味な拳銃を二丁握る。小比奈は二本の刀を鞘から抜いた。

 

 

「私に脅威になる敵など、存在しない!」

 

 

東京エリアの明日を賭けた戦いが始まる。

 

 

________________________

 

 

 

「マキシマムペイン!!」

 

 

キュウイイイィィン!!!

 

 

影胤を中心に斥力フィールドが展開する。斥力フィールドは船のデッキの床を引き剥がしながら広がって行く。

 

蓮太郎と延珠は飲み込まれないように後ろに下がるが、小比奈が追撃しようとして来ていた。

 

 

ザンッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

蓮太郎と延珠の間に斬撃が振り下ろされた。二人は距離を取らされ、別々に分けさせられる。

 

蓮太郎の目の前には影胤。延珠の目の前には小比奈が立ち塞がった。

 

 

ガチンッ!!

 

 

小比奈のさらに追撃を重ねてくる斬撃を延珠は蹴りで相殺する。

 

 

「そこのちっちゃいの……何者?」

 

 

「ふん!お主だってちっちゃいだろッ!」

 

 

延珠は大きな声で自己紹介する。

 

 

「妾は延珠。藍原延珠。兎型(モデル・ラビット)のイニシエーターだ!」

 

 

「延珠……延珠……延珠……覚えた」

 

 

小比奈は二本の刀をクロスさせ、延珠を睨む。

 

 

「私は蟷螂型(モデル・マンティス)。蛭子 小比奈」

 

 

ガチンッ!!

 

 

その瞬間、小比奈の斬撃と延珠の蹴りがぶつかった。

 

 

「接近戦では、私は無敵」

 

 

 

________________________

 

 

 

蓮太郎の前に立ち塞がった影胤は不気味に笑いながら言う。

 

 

「ククッ、大樹君が託した希望は君だったのか」

 

 

「希望だと?」

 

 

「私が勝てば東京エリアは滅ぶ絶望。君が勝てば東京エリアは救われる希望」

 

 

カチャッ

 

 

影胤は蓮太郎に銃口を向ける。

 

 

「絶望に潰れたまえ!」

 

 

「……アイツが何を言っていたかは知らねぇ」

 

 

カチャッ

 

 

蓮太郎も影胤に答えるように銃口を影胤に向ける。

 

 

「だが、その絶望だけは絶対に実現させねぇ!」

 

 

ガキュンッ!!ガキュンッ!!

 

 

両者は同時に引き金を引いた。

 

 

________________________

 

 

 

ザンッ!!

 

 

「ギャアッ!?」

 

 

バラニウム製の刀でガストレアの首を()ねる。斬り口から体液が吹き出し、大樹のコートを汚す。

 

大樹はそんなことは気にせず、次々とガストレアに攻撃をし続ける。

 

音速で走り回る彼を捉えれるガストレアはいない。バラニウム製の刀の斬撃を止めれるガストレアはいない。

 

彼を喰らえるガストレアは、存在しない。

 

 

ザンッ!!

 

 

音速で放たれた斬撃のカマイタチはガストレアを横から真っ二つにする。ガストレアの背後にあったコンテナも一緒に横から真っ二つに分かれてしまう。

 

 

「クソッ……!」

 

 

大樹の口から血が流れる。唇を強く噛み過ぎたせいだ。

 

ガストレアを殺せば殺すほど、大樹の唇を噛む力が強くなっていた。

 

元は人間。元は生物。生きていた命。

 

それを潰している。首を飛ばして真っ二つにして潰している。そのことに大樹は吐き気を覚え、苦しんだ。

 

このことを東京エリアの人々に言えばどうなるだろうか?称賛され、英雄にし立て上げられるかもしれない。

 

だがそれは違う。大樹がやっていることは、

 

 

人殺しだ。

 

 

人殺しは東京エリアで言えば警察に捕まり、犯罪者になってしまう。称えられることは決してない。

 

彼はずっとそう思いながらガストレアを斬っていた。何十匹、何百匹も。

 

 

ドシンッ!!

 

 

「グルルルッ……」

 

 

「ッ!」

 

 

彼の背後に巨人のようなデカさを持ったガストレアがゆっくりとこちらに近づいて来ていた。大きな足音を響かせながら、低い鳴き声で唸る。

 

モデルはおそらく熊。爪の長さ、体毛、そして特徴的な耳から推測ができた。

 

 

「一刀流式、【風雷神(ふうらいじん)の構え】」

 

 

「グラァッ!!!」

 

 

鋭く大きな爪。もはや牙と言ってもいいくらいの爪が大樹に振り下ろされる。

 

 

「【覇道(はどう)華宵(かしょう)】」

 

 

ザンッ!!

 

 

爪が振り下ろされる前に、音速の速さで熊のガストレアに向かって跳躍。最強の一撃をガストレアの腹部を斬り裂き、一刀両断する。

 

 

「グラァッ!?」

 

 

熊のガストレアは胴体から横に真っ二つにされ、そのまま上半身は地面に落ち、下半身は前から倒れた。

 

ガストレアは、死んだ。

 

 

「ッ……!」

 

 

そのことに気付いた大樹は口を手で抑える。顔色は病人と同じくらい真っ青だ。

 

 

「……まだいるのか」

 

 

こちらに向かって走り出しているガストレア。空を飛んで来るガストレア。大樹はそれを見て呟いた。

 

ガストレアが映ったその彼の目に、光は無い。

 

ガストレアを殺せば殺すほど彼の目の奥にある光が弱くなっていた。

 

ガストレアを殺すという感覚。慣れないこの感覚に彼は苦しんでいた。

 

慣れれば彼は楽になっただろう。しかし、彼はガストレアを殺す=人殺しの定理を崩さない限り、この感覚に慣れようとしないだろう。

 

慣れたら、いつか人を殺すことにも慣れてしまう。

 

 

だから、彼は喰われていた。

 

 

ガストレアではない。喰っているのは『恐怖』だ。

 

そんな恐怖が彼の善良な心を喰っていた。明るい心を喰っていた。優しい心を喰っていた。

 

喰っていた。

 

喰っていた。

 

喰っていた。

 

 

パリンッ

 

 

ガラスにひびが入ったような音が聞こえた気がした。

 

 

________________________

 

 

 

将監の応急処置を終えた黒ウサギは他に負傷した民警にも治療の手伝いをしていた。

 

ドクターヘリから出て来た医者たちと連携を重ね、効率良く民警の手当をする。

 

夏世は将監の手を握り、必死に助かるように祈っていた。将監の本音の言葉を聞いて見捨てれるわけがない。

 

 

「大樹さん……」

 

 

しかし、黒ウサギは治療に専念できていなかった。黒ウサギが見つめる先にあるのは一人の男。

 

まるでロボットのようにガストレアをこちらと同じように効率良く殺し、一撃で仕留め、無言で邪魔になったガストレアの死体を蹴っ飛ばしていた。

 

あれは誰だろうか?そんなふうに疑ってしまうほど、黒ウサギには彼が大樹に見えなかった。

 

 

「何だよ……あれ……」

 

 

「俺たちより何倍も強ぇ……」

 

 

怪我をした民警が大樹の姿を見て話していた。

 

 

「でも……怖いな……」

 

 

「あぁ……まるで」

 

 

 

 

 

『化け物』だ。

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

黒ウサギはその会話に戦慄した。

 

その言葉を否定できるモノはあるだろうか。今の黒ウサギは否定の言葉ならたくさんあったはずだった。

 

今まで彼と過ごしてきた時の中に、大量に存在した。

 

しかし、黒ウサギは否定できなかった。

 

理由は簡単。

 

 

黒ウサギにも、そう見えてしまったからだ。

 

 

「違いますッ!!」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

黒ウサギは大声を出して否定する。会話をしていた民警たちだけでなく、他の人たちもその大声に驚いた。

 

 

「大樹さんは『化け物』なんかじゃありません!絶対に違います!」

 

 

しかし、その言葉には根拠がないモノだった。

 

黒ウサギが言ったのは私情の否定だ。『それは違う』『これは正解』っと自分がこうだから答えもこうだと言うこと変わらないモノだった。

 

根拠のない否定は、ただの我が(まま)でしかない。

 

 

ピピピッ

 

 

その時、黒ウサギの携帯端末が電話の着信の音が鳴った。黒ウサギはゆっくりと通話ボタンを押す。

 

 

「……もしもし」

 

 

『黒ウサギ?無事だったのね』

 

 

声は優子だった。

 

 

『大樹君に言われた通り、私たちも着いたわ。そっちはどう?』

 

 

「こちらは……」

 

 

黒ウサギは刀を両手に持った大樹を見る。空を飛んでいるガストレアを一撃で仕留めている姿を。

 

 

「……大丈夫です。黒ウサギが何とかします」

 

 

『何とかってどういうこと?問題が起きたの!?』

 

 

「違います。作戦は続けて問題ありません」

 

 

黒ウサギは通話ボタンをもう一度押して通話を終了させる。

 

彼は言った。自分は『ニセモノ』を抱き続けたと。

 

彼は言った。自分は『化け物』だと。

 

では彼女は何と言う?

 

 

 

 

 

「黒ウサギにとって大樹さんの存在は、『ホンモノ』です」

 

 

 

 

 

ダンッ!!

 

 

第三宇宙速度とほぼ同等の速さで大樹に近づく。黒ウサギと大樹の距離をすぐにゼロにした。

 

 

「ッ!?」

 

 

突然目の前に現れた黒ウサギに大樹は目を見開いて驚く。ガストレアを倒すことに集中し過ぎて黒ウサギに気付かなかった。

 

 

「怪我人の治療はほぼ終わりました」

 

 

「な、なら黒ウサギもヘリに乗って帰れば……」

 

 

「黒ウサギも、一緒に戦います」

 

 

「ッ!」

 

 

その時、大樹の目に光が戻ったような気がした。

 

大樹は口元を緩ませ、ガストレアの方を見る。

 

 

「素直に『俺の隣に居たいです☆』って言ってくれれば俺の好感度上々だったのにな」

 

 

「それは勿体無いことをしました」

 

 

「だが安心しろ。既に上限はMAXだから問題ない」

 

 

「ふふッ、大樹さん。顔が赤いですよ」

 

 

「こんな恥ずかしいこと照れずに言えるかよ」

 

 

でもまぁっと大樹は付けたし、告げる。

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

その感謝の言葉に黒ウサギは安心した。

 

大樹は『化け物』じゃない。なら『何』だ?

 

 

 

 

 

大樹は、『大樹』だ。

 

 

 

 

 

これが、正しい解答。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「あ、黒ウサギ!?」

 

 

突然通話が切れてしまったことに、優子は不安になる。

 

隣で様子を見ていた真由美も不安そうな顔をしている。

 

 

「今は、信じるほかないわ」

 

 

木更の一言に、優子と真由美は頷き、携帯端末をしまった。

 

 

「行きましょ」

 

 

木更が先頭を歩き、部屋の扉を開ける。優子と真由美は木更の後を追いかける。

 

部屋に入ってまず目に入ったのは奥の壁についた巨大なディスプレイ。壁の側面は小さなディスプレイがいくつもある。

 

部屋の光源はディスプレイなどの光しかない。よって少し薄暗い。

 

 

「木更ッ……!?」

 

 

聖天子のサポートをする聖天子付補佐官、天童 菊之丞(きくのじょう)が木更を見てギョッと驚いた。他の社長格の男たちも同じ反応だった。

 

 

「この戦いは天童社長の部下にかかっていると言っても過言ではありません。この会議に出席する義務があります」

 

 

菊之丞の隣に座った聖天子が説明する。

 

木更たちは用意された椅子に座る。その時、菊野丞の視線に気付いた木更は笑顔で菊之丞に挨拶する。

 

 

「ご機嫌麗しゅう、天童閣下」

 

 

「ッ……………!」

 

 

その笑顔の挨拶に菊之丞は戦慄した。額から汗を流しながら答える。

 

 

「地獄から舞い戻って来たか、復讐鬼よ」

 

 

「私は枕元で這い回るゴキブリを駆除しに来ただけです。ここに居合わせたのは偶然に過ぎません。気の回しすぎではございませんか?」

 

 

「よくもそのような()れ言を……!」

 

 

その時、木更の瞳が鋭く冷たい瞳に変わった。

 

 

「すべての『天童』は死ななければなりません。天童閣下」

 

 

その冷たい声に他の者達も恐怖を感じた。

 

 

「き、貴様……!」

 

 

「二人ともその辺で」

 

 

天童の言葉で二人の会話は打ち切られる。天童は何事も無かったかのように前を向き、菊之丞は木更を睨み付けた。

 

 

「……では天童社長。まず聞きたいことがあります」

 

 

聖天子は木更に問いかける。

 

 

「まず楢原 大樹という人物です。彼は何者ですか?」

 

 

モニターには大樹が次々とガストレアを倒す姿が映し出された。いや、正確にはブレた画像や映像ばかりだ。彼の姿をコンピューターすら捉えれていなかったのだ。

 

 

「彼は人類の味方だと思って構いません。むしろこの東京エリア……いえ、世界を変える人物の可能性があります」

 

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

 

その時、真由美が声を出して止めた。優子も椅子から立ち上がっていた。

 

 

「過大評価どころじゃないわよ!?評価が高過ぎないかしら!?」

 

 

「仕方ないじゃない!だってあの強さは桁違いじゃないわ!次元が違うわよ!?」

 

 

「「……もう否定できない」」

 

 

(((((もう諦めた!?)))))

 

 

真由美と優子が諦めて座る。他の社長格たちが一斉に驚いた。

 

 

「それに蛭子 影胤のIP序列は知っているかしら?問題行動が多過ぎて剥奪されたけれど、処分時の時の序列は……」

 

 

木更は告げる。

 

 

 

 

 

「134位よ」

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その言葉にほとんどの者が驚愕していた。聖天子と菊之丞は知っていたのか驚いた表情を見せなかった。

 

 

「それに対して大樹君は両手に買い物袋を持った状態で蛭子 影胤とイニシエーターの蛭子 小比奈と戦闘して勝っている。そして買い物袋は無事だった」

 

 

(((((どういう状況!?)))))

 

 

これは聖天子と菊之丞も驚愕した。木更の言葉を優子が反論する。

 

 

「で、でもネギは無事じゃなかったわ!」

 

 

(((((何でネギ!?)))))

 

 

「でも卵は無事だったじゃない」

 

 

(((((一番駄目にしやすい食材が残っている!?)))))

 

 

戦闘で卵が無事でネギが死ぬ。意味が分からな過ぎて混乱する社長たちだが、一つだけ確信できた。

 

 

楢原 大樹は蛭子 影胤より天と地ぐらいの差があるほど強い。

 

 

「うぅ……どうしよう真由美さん」

 

 

「大丈夫よ。今まで言って来たじゃない」

 

 

真由美は説明する。

 

 

「大樹君が強いとか普通じゃないとかいろいろと言っていたけれど……結局は」

 

 

真由美は告げる。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()、仕方ない」

 

 

 

 

 

(((((そんな納得の仕方でいいのか!?)))))

 

 

社長たちがまた驚いていた。社長たちは聖天子の方を向くと、

 

 

「なるほど。なら仕方ありませんね」

 

 

(((((納得した!?)))))

 

 

「一理あるな」

 

 

(((((天童閣下!?)))))

 

 

木更を除く社長たちは一斉に頭を抑えた。

 

 

「では、次の質問です。里見ペアは現在蛭子 影胤に挑んでいますが、勝率は……いかほどと見えますか?」

 

 

その質問に社長たちはざわめく。木更は少し考えた後、答えを言う。

 

 

「30%ほどかと……」

 

 

その低い確率にあちこちからため息が聞こえた。目を閉じる者、頭を掻くもの、上を向く者がいた。

 

 

「……天童社長。そもそも何故、楢原 大樹は蛭子 影胤と戦わないのですか?」

 

 

聖天子が尋ねた質問。その疑問は他の者たちも持っていた。彼が戦わない理由が知りたかった。

 

 

「彼はこの戦いにただ勝つだけでは意味が無い。そう考えています」

 

 

「どういう意味です?」

 

 

「私にはそれを答えすることはできません。ご自分でお考えください」

 

 

「ふざけているのか!?」

 

 

その時、一人の社長が怒鳴り声を出した。

 

 

「今この東京エリアが滅ぶかもしれない危機的状況でふざけたことを……!」

 

 

「本当にふざけているのはどちらでしょうか?」

 

 

「何ッ!?」

 

 

「彼は元々蛭子 影胤と手を組んでいました。もし彼がこちらを味方しなかった場合、私たちに勝利と言う文字は絶対にありませんよ?」

 

 

「ッ!?」

 

 

大声を出した社長が言葉を詰まらせる。

 

 

「こちらの味方になってくれただけもありがたいこととは思いませんか?文句がまだあるのでしたらそんな高価な椅子に座っていないで、戦場に(おもむ)いたらどうでしょうか?」

 

 

「ぐッ……!」

 

 

社長は天童を睨み付けるが、何も言わなくなった。

 

 

「それに、私は信じています」

 

 

木更はディスプレイに映った蓮太郎を見る。

 

 

「彼は必ず、『勝ち』ます」

 

 

その強い言葉に、周りは圧倒される。聖天子は慎重に理由を尋ねる。

 

 

「……理由をお伺いしても?」

 

 

「詳細は省きますが、10年前、里見君が天童の家に引き取られてすぐの頃、私の家に野良ガストレアが侵入しました。ガストレアは私の父と母を食い殺しました」

 

 

木更の過去話に優子と真由美は驚く。周りも驚きながら聞いていた。

 

 

「私はそのときのストレスで持病の糖尿病が悪化。腎臓の機能がほぼ停止しています」

 

 

「そ、それが何の関係がある?」

 

 

話の意図を理解できない社長たち。一人が代表して木更に尋ねる。

 

 

「その時、私を庇った里見くんは……」

 

 

木更は告げる。

 

 

 

 

 

「右手、右脚。そして左目を失ったのです」

 

 

 

 

 

「失った……!?」

 

 

木更のおかしな発言に社長たちはざわめきだす。

 

 

「ど、どういうことかね?彼はどう見ても五体満足にしか……?」

 

 

「瀕死の彼が運び込まれたのがセクション二十二。執刀医(しっとうい)は当代きっての神医と謳われた室戸(むろと) (すみれ)医師」

 

 

「室戸 菫だと!?じゃあ、まさか彼は……!?」

 

 

「ご理解していただけましたか?」

 

 

「ああ……なんということだ……ッ!」

 

 

社長はワナワナと震える。

 

 

「彼もそうなのかッ!?」

 

 

 

________________________

 

 

 

ドゴッ!!

 

 

「かはッ!?」

 

 

豪華客船のホールの床に叩きつけられた蓮太郎。体の中にある空気が全て吐き出された。

 

ホールはかなり汚れており、シャンデリアなどは地面に落ちて壊れていた。

 

 

「期待外れだ。彼の希望はこんなにも小さいとは」

 

 

コツコツと靴を鳴らしながら歩く影胤。汚れた蓮太郎とは違い、彼のタキシードは綺麗だ。

 

影胤は強かった。大樹が簡単に影胤を倒せたのは彼がそれだけ圧倒的な力を持っていた証拠。蓮太郎は大樹が本当に最強であることを再確認した。

 

しかし、再確認したところで状況は変わらない。

 

影胤に蓮太郎は勝てない。自分が言うから間違いない。

 

だが、

 

 

ガキュンッ!!

 

 

里見は影胤の真上の天井に向かって銃を発砲。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

銃弾は天井を貫き、天井の瓦礫が影胤に向かって落ちて来る。

 

 

「『マキシマムペイン』」

 

 

ギュウイイイイィィン!!

 

 

影胤を中心に斥力フィールドが展開する。瓦礫はフィールドに弾き返される。

 

フィールドは床を抉るように広がって行き、蓮太郎に当たる。

 

 

「がぁッ!?」

 

 

斥力フィールドに巻き込まれた蓮太郎は壁に押し付けられる。

 

だんだんと押し付けられる圧力が強くなるが、意識が吹っ飛ばないように歯を食い縛る。

 

 

「お、頑張るね」

 

 

影胤が蓮太郎を馬鹿にするように言う。蓮太郎の体からミシミシと音が聞こえ、身体を痛み付ける。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その時、斥力フィールドの重圧に耐えれなくなったのか、蓮太郎の背後にあった壁が崩れた。

 

隣の部屋に飛ばされた蓮太郎は急いで立ち上がり、逃げ出す。部屋を出て廊下を駆け抜ける。

 

 

(駄目だ!俺一人じゃ勝てない。延珠と合流して……)

 

 

その時、蓮太郎は嫌な予感を感じ取った。

 

本能がヤバイと告げている。体が逃げろと言っている。

 

蓮太郎は急いで部屋の中に逃げ込むと、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

廊下に光の槍が突き抜け、廊下の壁や部屋のドアを破壊した。

 

 

「ぐぅッ!?」

 

 

槍の直撃は避けたが、衝撃に蓮太郎はふっ飛ばされ、部屋の壁に叩きつけられる。

 

部屋の窓が割れ、家具が散乱する。散乱した家具の破片が蓮太郎を襲うが、蓮太郎は必死に耐える。

 

しかし、痛みに耐えている暇はない。すぐに蓮太郎は立ち上がり、部屋の窓から脱出する。

 

 

ダンッ!!

 

 

ビルの二階と同じくらいの場所から飛び降りた蓮太郎はすぐにデッキの方へと走り出す。

 

 

ガチンッ!!

 

 

その時、延珠の蹴りと小比奈の斬撃が衝突した音が聞こえた。蓮太郎は急いで延珠の名前を呼ぶ。

 

 

「延……!」

 

 

「どこを見ているのかね?」

 

 

「なッ!?」

 

 

ドゴッ!!

 

 

気付いた時には遅かった。背後から影胤の声が聞こえた瞬間、蓮太郎は宙を舞った。

 

 

「かはッ……」

 

 

腹部に痛みがあった。影胤に蹴り飛ばされたと推測できる。

 

 

「蓮太郎ッ!!」

 

 

延珠が名前を呼ぶが、小比奈が斬撃を繰り出し、助けにはいかせない。

 

 

「死にたまえ」

 

 

影胤が銃口を宙を舞った蓮太郎に向ける。蓮太郎の目にも影胤が銃口をこちらに向けていることは確認できた。

 

自分の死を悟った、その時。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

影胤は急いで後ろに飛んで後退する。影胤の元居た場所にはショットガンの銃弾が当たった。

 

 

ドンッ!!

 

 

デッキの地面に落ちた蓮太郎はゆっくりと顔だけ動かし、ショットガンを撃った人物を見る。

 

 

「夏世……!?」

 

 

「はやく立ってください」

 

 

ショットガンを影胤に向けた夏世だった。

 

蓮太郎は急いで立ち上がり、夏世の横に立つ。

 

 

「何で来た……!?」

 

 

「将監さんのためです」

 

 

夏世は銃口を影胤に向けたまま言う。

 

 

「私のせいです。あの時、適切な判断をしていれば、私が最初からあの人についていれば、怪我をしなかった」

 

 

「お前……」

 

 

「あの人は私の手を握ってくれていた……私の存在を一番認めてくれていた……!」

 

 

ショットガンを握る力が強くなる。

 

 

「……だから」

 

 

夏世は告げる。

 

 

 

 

 

「私は将監さんのために、正しい道具になる」

 

 

 

 

 

その強い決意に蓮太郎は驚いていた。同時に自分を愚かだと思った。

 

将監は夏世の存在を正しいと言った。

 

夏世は将監のための道具になると言った。

 

大樹は子どもたちを救うと言った。

 

では、里見 蓮太郎は?

 

 

「俺は……」

 

 

自分の右手を見る。

 

 

「俺は……!」

 

 

そして、握り絞める。

 

 

「ッ!」

 

 

そして、決意する。

 

 

「くだらない。弱い者が増えた所で、私の勝利は揺るがない」

 

 

ガキュンッ!!

 

 

影胤の発砲した銃弾は夏世に向かって飛んで行った。

 

しかし、夏世の前に蓮太郎が前に出る。

 

そして、握り絞めた右手の拳を銃弾に向かって上からぶん殴る。

 

 

ガキンッ!!

 

 

「「!?」」

 

 

銃弾は叩き落とされ、夏世にも蓮太郎にも当たることはなかった。

 

蓮太郎が銃弾を右手で弾き飛ばしたことに驚く影胤と夏世。あり得ない光景だった。

 

 

「蛭子 影胤……テメェに義理は通す気はねぇが……俺も名乗るぞ」

 

 

みしりと音がして右腕と右足に亀裂が走り、可塑(かそ)性エストラマーやシリコンなどの人口皮膚が反り返りながら剥落、足元に溜まっていく。

 

影胤は思わず一歩後ろにさがる。それほど影胤は蓮太郎を恐れていた。

 

 

「元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊……」

 

 

全ての人工皮膚が剥がれ落ちた蓮太郎の右手と右足。それは光沢のあるブラッククロームが見えた。

 

それは、バラニウム製の義肢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『新人類創造計画』里見 蓮太郎!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに、ガストレア戦争が生んだ兵士が二人揃った。

 

 


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