どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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今回は和服の美少女と狂気のマッドサイエンティストが登場です。後者はどこぞの中二病を拗らせた人じゃありません。鳳凰院とか名乗っていません。タイムリープもしません。

続きをどうぞ。



もう傷痕は残させない

「………!」

 

 

……何か聞こえる。

 

 

「………ぃ……!……き君!」

 

 

呼んでいるのか?

 

 

「大樹君!」

 

 

「んぁ?」

 

 

突然名前を呼ばれた俺は、だらしない声で返答してしまった。俺の名前を呼んでいたのか。

 

目を開けるとそこに黒髪の美少女がいた。ステンドガラスの光が彼女を神々しくさせ、美しい女神を連想させる。

 

 

「……真由美か」

 

 

「やっと起きたのね」

 

 

女神の正体は天使でした。のろけ話じゃないよ。

 

天使である真由美は頬を膨らませて拗ねる。何だこれ。朝チュンなのか?いやどこがだよ。服着てるじゃん。

 

しかし、まだ眠い。昨日頑張って教会の修繕をした俺にはまだ休息が必要である。よって、

 

 

「お休み」

 

 

「起きないと目覚めのキスをするわよ?」

 

 

「起きたッ!!」

 

 

俺は飛び上がり、布団を高速で畳む。凄い!目が醒めてる!今なら目からビーム行けるか!?

 

 

「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない……」

 

 

「嫌とかの問題じゃねぇだろ……」

 

 

むしろ惚れてまうやろぉ!

 

 

「というか何でここにいるんだ?」

 

 

「もう忘れたの?子どもたちに服を届けに来たのよ?」

 

 

「早いな」

 

 

「みんなご飯が食べたいって言ってるわよ」

 

 

「あー、作らないといけないな」

 

 

俺は欠伸をしながら背伸びをする。ポキポキと気持ちの良い音が俺の体に伝わる。

 

 

「ふぅ……今日も頑張りますか」

 

 

「頑張ってね」

 

 

「うぃ」

 

 

教会の扉を開けて、今日も一日頑張る為に半日お世話になる太陽を拝もうとする。

 

 

「眩しッ」

 

 

「あ、お兄さんだ!」

 

 

外で遊んでいた女の子たちが俺に元に集まる。

 

女の子たちは昨日着ていた汚い服では無く、新品の服を着ていた。どうやら外で新しい服の見せ合いっこ。ファッションショーが始められていたようだ。

 

 

「ねぇねぇ!可愛い!?」

 

 

「おう。可愛い可愛い」

 

 

俺に評価を求めるなよ。

 

 

「私は!?」

 

 

「超可愛いぞ」

 

 

もしかして一人一人答えなきゃならないの?

 

 

「どのくらい可愛いの?」

 

 

「とりあえず日本一は目指せそうなレベル」

 

 

嘘はついてない。本当に将来目指せそうだぞ。

 

 

「結婚したい?」

 

 

「俺よりいい人はたくさんいるからその人にしなさい」

 

 

危ねぇ!?つい適当に『したいしたい』とか答えそうになったよ!

 

 

「だ、大樹君!」

 

 

「あれ?優子か?」

 

 

俺と同じくらいの数の女の子に囲まれている優子を発見。優子は困った顔をしており、俺に助けを求めて来た。しかし困った顔も可愛い。朝から目の保養になりますなぁ。

 

 

「凄い人気じゃねぇか」

 

 

「どうしてアタシが……?」

 

 

優子は首を傾げ俺を見るが、俺も首を傾げてしまう。それについては分からん。

 

 

「大樹さん……」

 

 

「曇ってるな、黒ウサギ」

 

 

明らかに表情が暗い黒ウサギ。子どもは一人も寄りついていない。

 

 

「何故か黒ウサギと真由美さんには人気がないのですよ……」

 

 

「私も少しショックだわ……」

 

 

そう言って二人は一緒に溜め息を吐く。黒ウサギに人気が無いのはおかしいな。【ノーネーム】のコミュニティでも子どもたちと仲良くできたのに。

 

 

クイクイッ

 

 

俺は一人の女の子の服を引っ張り、ひっそりと事情聴取することにした。

 

 

「あのお姉ちゃんたちは嫌いなのか?」

 

 

「ううん。好きだよ」

 

 

「じゃあ何であんなに人気がないんだ?」

 

 

「うーん……………大きいから?」

 

 

ちょっと察したわ。

 

 

「なるほど。このことは絶対にあのお姉ちゃんには言わないように。絶対にだぞ?いいか?絶対にだ」

 

 

優子に言わないようにしっかりと釘付け、俺は教会の中へと帰る。

 

教会のキッチンは無いので、祭壇で調理することになる。なんか儀式みたいで嫌だわ。

 

バッグから調理器具を取り出し、優子たちが持ってきた材料とパンでサンドイッチを次々量産していく。

 

 

「そい、そい、そい」

 

 

「「「「「わぁ!」」」」」

 

 

リズム良くサンドイッチを量産していると、外にいた女の子たちが集まり出す。

 

サンドイッチの中にはふんわり風の玉子、海老チーズ、オニオンマカロニ、レタスと人参(にんじん)のミックス、ハム&きゅうりなどなどを挟み、種類が豊富なサンドイッチを作り上げた。

 

 

「はぁ……!はぁ……!へい、お待ち……」

 

 

重労働を強いられた手は完全にダウン。俺はサンドイッチには手を付けず、その場に倒れた。

 

女の子たちは一斉にサンドイッチを手に取り、笑顔で食べる。その笑顔を見て俺は作って良かったと思えた。

 

 

「お疲れ様です」

 

 

黒ウサギにジュースの入ったペットボトルを渡され、俺は飲む。口の中にオレンジの味が広がる。

 

 

「ぷはぁ……美味い~」

 

 

「大樹さん。黒ウサギたちの武器の話ですが、里見さんにアテがあるそうですよ」

 

 

「分かった。今日の昼飯を作ってから行くか」

 

 

「あ、あと大樹さん……非常に言いにくいことですが……」

 

 

黒ウサギは苦笑いで俺に教える。

 

 

「もうお金が底を着きそうです……」

 

 

「……ホント?」

 

 

「あと20万です」

 

 

「……この調子で行くと一週間……いや耐えれないな」

 

 

「バイト……ですかね……?」

 

 

「もしくは銀行強盗」

 

 

「嘘ですよね!?」

 

 

「まぁ考えておくわ」

 

 

金を稼ぐ方法はいくらでもある。そう……いくらでも……な……ニヤッ。

 

 

(大樹さん、もの凄く悪い顔をしていますよ……)

 

 

にやけた大樹を見た黒ウサギはドン引きだった。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「……ここなのか」

 

 

「い、YES……多分」

 

 

「多分言うなよ」

 

 

不安になっちゃうだろ。

 

俺の目の前にある建物は学校。勾田(まがた)高校である。

 

学校の窓から生徒が不思議そうに俺たちを見ている。一つ言っておくが俺の恰好はおかしくない。Tシャツとズボンだから。背中の文字?もちろん『一般人』だ。

 

黒ウサギはスカートに三段フリルのある白いキャミソールドレスに大きなツバがある真っ白な帽子を被っている。これは前に俺と黒ウサギがデートした時の格好だ。やっぱり可愛いな。あとさりげなくデートにしたことはスルーで。

 

 

「お前ら、こっちだこっち」

 

 

学校の入り口には蓮太郎が手招き、隣では木更が……わぁお。

 

 

「何コレ?お前これから戦争でも行くのか?」

 

 

木更の格好は異常だった。

 

スパス12ショットガンを二挺を背中にクロスして背負い、左手に90two(ナイン・トウー)ベレッタ拳銃、右手には……確か殺人刀(せつにんとう)雪影(ゆきかげ)だったな。それを握ってる。

 

さらに革ベルトには破砕(はさい)手榴弾、焼夷(しょうい)手榴弾、催涙(さいるい)弾、特殊閃光音響弾などなど。

 

お前は今からモノリスの外にでも出て、一人でガストレアと戦争でもするのか。

 

 

「もうこれは放っておいてくれ……」

 

 

既に蓮太郎は呆れていた。木更の目には殺意。野生の目をしていた。この状態で睨まれたらほとんどの人は腰を抜かすぞ。

 

来客用のスリッパに履き替え、俺たちは校舎の中に入る。階段を上り、しばらく廊下を歩くと生徒会室の扉の前で蓮太郎は歩みを止めた。

 

 

「……マジでここなのか?」

 

 

「大マジだ」

 

 

俺の質問に蓮太郎は頷く。

 

木更は扉の隣の壁に背中をピッタリとつけて、銃の遊底(スライド)を引く。発砲する気かお前。ここ学校だぞお前。

 

 

「催涙弾を転がした後、ノコノコ出て来た美織(みおり)をみんなで射殺するわよ。胸に二発、頭に一発撃ち込んであの女をこの世からオサラバさせるの」

 

 

「犯罪じゃないですか!?」

 

 

木更は悪魔のような笑みを浮かべながら俺たちに説明する。黒ウサギは顔を真っ青にして驚愕していた。しかし俺は違う。

 

 

「甘いな天童。俺なら手榴弾のピンを抜いた後、扉を蹴破って敵に扉をブチ当ててすかさず手榴弾を敵にぶん投げてドカーンッだ!」

 

 

「大樹さんも何を言っているのですか!?」

 

 

「最高だわ楢原君。それで行きましょう」

 

 

「ダメですよ!?」

 

 

「他にも上の階に爆弾を仕掛けて天井を崩した後、突入して銃を乱射するのもありだぜ」

 

 

「やめてください!」

 

 

「素晴らしいわ楢原君。あなた、美織を殺すことに関しては天才ね」

 

 

「最悪な天才ですよ!?」

 

 

「褒めるなよ」

 

 

「嬉しいんですか!?これ、褒められて嬉しいんですか!?」

 

 

「はぁ……もう木更さん、今日は……」

 

 

蓮太郎が木更を帰らせようとしたその時、

 

 

ガチャッ

 

 

「うおッ!?」

 

 

「里見君!?」

 

 

突如ドアの隙間から伸びてきた手が蓮太郎の腕を掴み、室内へと引っ張り込まれた。

 

 

カチッ

 

 

そして、扉にはすぐ鍵がかけられる。

 

 

「いらっしゃい、里見ちゃん」

 

 

「美織……」

 

 

明るい色の和服を着た女の人が蓮太郎に微笑みかける。蓮太郎は苦笑いするしかなかった。

 

ウェーブのかかった長くつややかな黒髪。お嬢様の様なイメージがあるが、彼女は社長令嬢だ。

 

 

「普通の生徒会室だな。てっきり武器がいっぱいある生徒会室だと思ったんだが」

 

 

「「!?」」

 

 

いつの間にか大樹が入って来ており、生徒会室の椅子に座っていた。二人は驚き、大樹を見る。

 

 

「こ、これが里見ちゃんのお友達?」

 

 

「どうも初めまして楢原 大樹です」

 

 

「会長の椅子に座りながら言うなよ……」

 

 

大樹の自己紹介に蓮太郎は溜め息をついた。

 

一方、生徒会室の外。廊下では木更が騒いでいた。

 

 

『大変だわ!このままでは二人とも美織の毒牙にやられてしまうわ!』

 

 

『毒牙……というと?』

 

 

『死ぬわ!』

 

 

『えぇ!?』

 

 

「外うるせぇな……鍵は開けねぇの?」

 

 

俺はジト目で扉を見続ける。美織と呼ばれた少女はニッコリと微笑む。

 

 

「木更が死んだら開けてやるわ」

 

 

手には拳銃が握られていた。だから怖いよお前ら。鏡見てみろよ。恐ろしいぞ。

 

 

「大体理解できた……仲が悪いんだな」

 

 

「ああ……犬猿ってレベルじゃないぞ。水と油くらい悪い」

 

 

「一生混ざらねぇじゃねぇか」

 

 

どんだけ仲が悪いんだよ。そもそもこの人。

 

 

「というか誰だ?」

 

 

司馬(しば) 美織。ここの生徒会長にして、俺や延珠に装備を提供してくれている巨大兵器会社『司馬重工』の社長令嬢だよ」

 

 

「司波!?」

 

 

「ど、どうした!?」

 

 

「い、いや……な、何でもない。シバ違いだ……」

 

 

(どんな違いだ……)

 

 

今お兄様と妹が笑っている様子が頭の中で過ぎった。そのまま幸せになって末永く爆発してくれ。

 

 

「とりあえず天童を黙らせればいいのか」

 

 

俺は扉の鍵を開ける。と同時に扉が勢いよく開いた。

 

 

「楢原君!美織は……!」

 

 

「黒ウサギ。先に中に入ってろ」

 

 

「え、はい……」

 

 

バタンッ

 

 

黒ウサギだけ生徒会室に入り、大樹と木更が廊下に出て、扉が閉められた。

 

しばらく時間が経った後、扉がまた開き、大樹と木更が部屋に入って来る。しかし、木更の表情は暗い。

 

木更は武器を全てテーブルに置き、一言。

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

「「「えええええェェェ!?」」」

 

 

まさかの謝罪に三人は驚くしかなかった。大樹は後ろでうんうんっと頷いていた。

 

 

「じゃあ話を進めるか」

 

 

「進められませんよ!?何をしたんですか大樹さん!?」

 

 

「俺の過去話を語った」

 

 

「「過去話!?」」

 

 

「このお馬鹿様!」

 

 

スパンッ!!

 

 

黒ウサギはハリセンを取り出し、大樹の頭を叩いた。蓮太郎と美織はことの事態が追いつけず、茫然としている。

 

 

「里見君……楢原君には勝てないわ……」

 

 

「ちょっ木更さん!?」

 

 

「美織……ごめんなさい……」

 

 

「木更!?」

 

 

「ああ!?大樹さんのせいで事態がややこしくなりましたぁ!!」

 

 

黒ウサギの悲鳴が、校舎中に響き渡った。

 

大樹の知られざる過去。まだ彼には秘密はあるようだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

生徒会室の隣には一室の部屋があった。

 

その部屋の空中には何十枚も浮かぶホロディスプレイ。近代的未来都市の科学部屋の一室のようだった。

 

 

「学校にとんでもないもの作ってるな」

 

 

しかし、こういう部屋はめっちゃ好きだ。普通の学校に見える学校……実は地球防衛軍の秘密基地だった!?とか俺の心を踊らされる。……教会の地下に欲しいなぁ。

 

 

「でも楢原ちゃん、目がキラキラしておるで?」

 

 

「こういうの超好きだ」

 

 

美織にそう言われると、俺は右手の親指を立てて好評だと伝える。というか楢原ちゃんやめろ。

 

 

「じゃあこういうのは?」

 

 

美織は手に銀色の棒を持つ。そして、側面についたスイッチを押すと、

 

 

ヴォンッ

 

 

棒状の赤い光が伸び、ビームサーベルになった。

 

 

「凄ぇ!スター〇ォーズじゃん!生ス〇ーウォーズだよ!?」

 

 

俺のテンションはMAX。美織に貸してもらい俺はビームサーベルを眺める。

 

 

「ヤバい……超欲しい……」

 

 

「今なら10億円や」

 

 

「高ッ!?早く返してあげてください、大樹さん!」

 

 

「月々5000万のローンでどうだ?」

 

 

「購入するつもりですか!?

 

 

「俺は欲しい!」

 

 

「やめてください!!」

 

 

スパンッ!!

 

 

黒ウサギにまたハリセンで叩かれ、俺はしぶしぶ美織にビームサーベルを返す。

 

 

「さて、本題に入ろうか」

 

 

美織は銀色のスーツケースを取り出し、ロックされた鍵を開ける。

 

中には黒い棒が3本。長さは30センチくらいだ。

 

 

「これがバラニウムの槍や」

 

 

「はぁ?どこが槍だぐふぅッ!?」

 

 

「静かにしろ里見。きっと美織はさっきみたいに俺の心をピョンピョンさせてくれるに違いない」

 

 

大樹は蓮太郎の顔をド突いて黙らせる。蓮太郎はヨロヨロと千鳥足になりながら大樹を睨む。

 

美織は黒い棒を持つと、また側面にあるスライド式のスイッチをONにする。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「うおおおおおォォォ!!!」

 

 

黒い棒は一瞬で伸び、2メートル近い棒になった。先端はフォークのように三本の尖った刃が出現した。

 

俺はそのカッコイイフォルムチェンジに歓喜の声を上げた。

 

 

「凄い!さすが美織!男のロマンを分かっている!抱いて!」

 

 

スパンッ!!

 

 

また叩かれた。

 

 

「そんなに喜ばれると照れるで」

 

 

美織は扇子で口を隠し、上品に笑う。黒ウサギも一本手に取って性能を確かめる。

 

 

「軽いですね」

 

 

「え?」

 

 

黒ウサギの一言に美織の表情が凍りついた。大樹は黒ウサギの持った槍を貸してもらい、重さを確かめる。

 

 

「確かに軽いな」

 

 

「これは10キロぐらいでしょうね」

 

 

「うーん、20は欲しいよな?」

 

 

「YES!その位がちょうどいいかと」

 

 

「ちょ、ちょい待ち!」

 

 

俺と黒ウサギの会話に美織が割り込み、話を止める。

 

 

「軽いとか本気で!?」

 

 

「黒ウサギが使っているアレ(インドラの槍)と比べると軽いよな?」

 

 

「アレ(インドラの槍)より軽いですね」

 

 

「『アレ』って何!?」

 

 

ちょっと教えらへんよ。……何か口調がこっちまでうつりそう。

 

 

「そんなことはどうでもええ。とりあえずこれでええがな」

 

 

「大樹さん、うつってます」

 

 

ホンマや……!?

 

美織の言うことは分かる。普通の槍は基本的に4~5キロが一般的だ。バラニウムで作ってあるため重量は重く、使いにくくなっているかもしれないが、俺や黒ウサギには逆に重くないと使えない。

 

重量がある。ということは同時に武器の威力が上がることを指し、さらに頑丈。つまり耐久力も上がることにもなる。

 

ここで大事なのが『頑丈さ』だ。

 

俺たちのような人外的力を持った者は『頑丈』であることが一番大事なことなのだ。もうここまで言えばほとんどの人が理解しているだろう。

 

 

 

 

 

もし、俺たちが全力でコレを振り回したら3秒で壊す自信がある。

 

 

 

 

 

俺じゃなくても黒ウサギがコレを使ったら、すぐに壊す未来が俺には見えてしまう。

 

……そう、俺たちに使える武器が限られている。力が強過ぎるがゆえに。

 

だから、俺たちはこの軽い武器はダメなのだ。

 

ちなみに俺の武器【(まも)(ひめ)】には重量があまり無いが、かなり丈夫である。斬れやすさも抜群。例え折れても炎を出して再生だし、無敵ですね。

 

 

「まぁ無いよりはマシじゃねぇか?」

 

 

「そうですね。では……」

 

 

黒ウサギは3本ある棒のうち、二本を手に取った。

 

 

「二本欲しいです」

 

 

「よし、美織様。いくらでしょうか?」

 

 

いつの間にか大樹は正座をしており、土下座の一歩手前まで来ていた。その行動の速さに蓮太郎と木更はドン引き。黒ウサギは呆れていた。

 

 

「心配せんでええで。今回は全部タダや」

 

 

「え!?本当ですk

 

 

「騙されるな黒ウサギ!きっと裏がある!何か条件があるはずだ!」

 

 

「そんなこと言いながらを額を床に擦らないでください!本当は感謝しているのではないですか!?」

 

 

鋭いな。確かにこれはありがとうございますッ!の意志を込めた土下座だ。

 

 

「里見ちゃんが体で払おうてくれるから安心せえや」

 

 

「おい!?誤解がある言い方するなよ!」

 

 

「うわぁ……里見最低だな」

 

 

「本気にするなよ!?」

 

 

「えっと、あの……ごめんなさい!」

 

 

「だからやめろ!」

 

 

「里見君……退職届は」

 

 

「出さねぇよ!?働かせてくれよ!?」

 

 

俺と黒ウサギと木更は一緒に悲しんだ。彼が……そんな人だったなんて。

 

 

『今回の事件。里見さんについて何か知っていることは?』

 

 

N・D「いやー、いつかはやると思っていました。小さい子と同居しているのでそっちの方に手を出すことは目に見えていましたよ」

 

 

S・R「何でインタビューみたいになってんだよ!?コメントも酷過ぎるだろ!」

 

 

Kウサギ「優しい方だと思っていたのに……残念です」

 

 

S・R「おい!もうやめろよ!」

 

 

S・M「ウチが今回の被害者や」

 

 

S・R「出て来るな!」

 

 

T・K「解雇です」

 

 

S・R「木更さん!?」

 

 

最後、名前を出すな。

 

俺は溜め息をつきながら一言。

 

 

「というか体を提供ってどうせテスターとかCM出演だろ」

 

 

「知ってるならやめろ!!」

 

 

だが断る。

 

里見のような人は世界中にいる。プロモーター&イニシエーターと武器会社が契約することは全く珍しいことではない。

 

武器会社と契約して装備や武器を提供してもらう。その代わりに新製品のテスターやCMに出演してもらう。そのような条件で結んだりするのが基本的だ。

 

しかし、この契約は簡単にできるモノではなかったはずだ。厳しい審査で力の実力やカリスマ性などが無いと受けてもらえない。まず下位のプロモーターにはほぼ無いと考えていいはずだ。

 

 

「どうやって契約を結んだんだ?やっぱり体?」

 

 

「いい加減その発想から離れろ」

 

 

「じゃあどうやって契約したか言ってみろよ」

 

 

「……………」

 

 

「お前……」

 

 

「ち、違う!俺はそんな契約……!」

 

 

「里見ちゃんには新製品のテスター、CM出演の条件のほかにウチと同じ勾田高校で一緒にお勉強しましょってのもあるで」

 

 

「少し私欲が入っていますが普通ですね」

 

 

蓮太郎の代わりに説明した美織の言葉に黒ウサギは逆に驚く。普通だったことに。

 

 

「やっぱり一緒にお勉強ってのは保健t

 

 

「大樹さん?」

 

 

「すいません。出過ぎた真似でした」

 

 

もう何も聞かない。

 

 

「うふふ、里見ちゃんはウチだけのものや」

 

 

そう言って美織は蓮太郎に抱き付く。それを見た木更の額には青筋が浮かぶ。

 

 

「……里見君、今すぐその女から離れなさい」

 

 

木更の据わった目に黒ウサギは怖がり、俺の後ろに隠れる。俺は溜め息をつきながら喧嘩の仲裁に入る。

 

 

「お前ら……もう喧嘩するなよ」

 

 

「それは無理な話や。司馬と天童の一族には因縁も色々あるのやけど、もうウチと木更はそういうレベルちゃうのよ。DNAのレベルで嫌いなの」

 

 

「貧乳」

 

 

ハイ、爆弾が投下されました。もちろん貧乳って言った人物は天童です。しかし、美織も負けていなかった。

 

 

「和服はな、胸が控えめの方が似合うのよ。下品でだらしない大きさの乳はお呼びでないの。わかるかえ、木更?」

 

 

ブチンッ

 

 

やべぇってオイ。今聞こえたぞ。聞こえてはならない音が聞こえたぞ。天童から聞こえたぞ。

 

木更はテーブルに置いてあった雪影を手に取り、話しかける。

 

 

「ねぇ雪影……え?蛇女の血が吸いたい?……仕方ない子ね……ウフフッ」

 

 

怖ええええええええええええええええええええええええええええええええええええェェェ!!!

 

やめろよ!黒ウサギが今にも泣きだしそうになっているだろうが!?

 

 

「美織、あなた瀉血(しゃけつ)って知ってる?病人はね、体の血を少し抜くとラクになるらしいの。私が……………瀉血してあげるわ」

 

 

シャキンッ

 

 

木更は刀を鞘から抜き取り、構える。しかし、言いたいことがある。

 

 

「医学的根拠は無いけどな」

 

 

「え?」

 

 

俺の一言に木更はキョトンした顔でこっちを向く。

 

 

「……………」

 

 

「……………」

 

 

「…………………………」

 

 

「…………………………あ、状況によっては行う例もあるぞ」

 

 

「待っていたわ。その言葉を」

 

 

あぁ!言わなきゃ良かった!

 

 

「瀉血してあげる」

 

 

木更は低い声で告げる。

 

 

「アンタの首から上、いらない」

 

 

それ瀉血ちゃう。

 

 

「天童流だかなんだか知らんけど、たかだか百年ちょっとしか経っていないにわか武道、司馬流の前にひれ伏せさせたる」

 

 

楢原家の剣術もかなり長いよな。よく覚えていないけど。姫羅(ひめら)に聞いておけばよかった。

 

でも40個以上曾が付くところまでは推理できているんだ。だから逆算して……2000年前?……初代が大変なことになっとるぞ。相変わらず計算できなさすぎだろ。

 

 

「うるさいわよ美織。そういうゴタク、あの世で言ってよね」

 

 

聞く気ないだろお前。

 

美織は振り袖に手を入れると、拳銃を取り出した。もう片方の手には鉄扇(てつせん)。本気で殺そうとするなよお前ら。

 

 

「司馬流二天(にてん)(きつ)(ちょう)()(ごく)……」

 

 

「天童式抜刀術一の型二番……」

 

 

「よぉしお前ら。そこまでだ」

 

 

大樹は木更と美織の襟首を掴み、乱暴に持ち上げる。そしてそのまま廊下に連れ出す。

 

5分後、下を向いた木更と美織が生徒会室に戻って来た。木更は刀を。美織は銃をテーブルに置いた。そして、一言。

 

 

「「ごめんなさい……」」

 

 

「だから何を話せばこうなるのですか!?」

 

 

黒ウサギはうんうんと頷く大樹に尋ねる。

 

 

「俺の過去話」

 

 

「またですか!?どんな過去話をすればこうなるのですか!?」

 

 

「……………」

 

 

「そこで切りますか!?すごく気になるのですが!?」

 

 

「里見……お前はいいよな」

 

 

「急に何だよ!?」

 

 

「……………はぁ」

 

 

「本当に何だよ!!」

 

 

「もう大樹さんのせいで話が全く進みまないのですよぉ!!」

 

 

黒ウサギの悲しみの叫びが校舎に響き渡った。

 

 

________________________

 

 

 

「次は刀やな」

 

 

次に美織が取り出したのは黒い刀。もちろんバラニウム製の刀である。

 

俺は手に取り一言。

 

 

「やっぱビームサーベルが使いたい……」

 

 

「諦めてください」

 

 

黒ウサギさん。慈悲はないのか……?ここで『黒ウサギママ買って買ってぇ!!』って駄々をこねたらどうなるだろうか?絶交される気がしたからやらないけど。

 

 

「じゃあコレを12本くれ」

 

 

「そ、そんなに必要なんか?」

 

 

俺の注文数に美織が困り顔で確認する。

 

 

「まぁ必要だな。在庫がないなら諦めるが……」

 

 

「在庫はあるけど、そんなに持ってどうするんかいな?」

 

 

「ちょっと修業で必要でな」

 

 

「修業?」

 

 

俺の修業という単語に黒ウサギがオウム返しで聞いてくる。

 

 

「ああ。ある技を修得するために必要なんだよ」

 

 

「楢原君の技ってどこの技なの?」

 

 

木更の質問に俺は答えを躊躇(ためら)ってしまう。俺の技の原点はこの世界に無いからだ。

 

 

「そのままだ。楢原家の技だよ。全く有名じゃないから知らなくて当然だ」

 

 

有名じゃないという嘘で誤魔化す。

 

そもそも俺の技はいつも思い出してばかりだ。完全記憶能力を使って小さい頃に教えてもらった親父の指導を蘇らせ、技を身につける。唯一【紅葉(こうよう)鬼桜(おにざくら)の構え】、【双葉(そうよう)雪月花(せつげつか)】だけがオリジナル技だ。あとは全部親父と姫羅に教えてもらった技だ。

 

 

「大樹さんの技の数は本当に多いですね」

 

 

「そうだな。俺の先代たちはオリジナル技を作る人が多かったからな」

 

 

黒ウサギの言葉に俺は頷いて答えた。先代の気持ちは分かる。自分だけの技を作ってみたいという気持ちは俺にもあったからだ。

 

 

「変わった家系なんだな」

 

 

蓮太郎の言葉に俺は同意せざるおえなかった。本当にあそこは変態の巣窟だから……お、俺は違うぞ!

 

 

「今回俺が修得したいのは初代が編み出した秘技だ」

 

 

初代という言葉に黒ウサギが反応した。姫羅と面識があるからな。

 

 

「どんな技か聞いてもいいかしら?」

 

 

「【極刀星(きょくとうせい)夜影(やえい)閃刹(せんせつ)の構え】。12本の刀を使った技なんだが、俺にもよく分からん」

 

 

しかも分かるのは名前だけ。名前しか知らない構えなのだ。この後の使える技など不明。

 

この秘技の名前を教えてくれた親父は『剣を極めた強者だけが辿り着ける技だ。12本の刀を使いこなす技で初代しか知らない技だ』と言って、首を横に振っていた。

 

 

「とりあえず頑張って探してみようと思う。初代の技の特徴とか大体分かるからな」

 

 

「す、凄いわね……そんなことができるなんて」

 

 

木更が驚いた様子で俺を見ていた。人外ですから。キリッ。

 

 

「大樹さんのお父様も凄腕の方だったのですか?」

 

 

「オトンも凄いぞ。【無限(むげん)の構え】を作ったからな」

 

 

聞いたことの無い構えに黒ウサギは首を傾げる。

 

 

「【無限の構え】はオトンしか使えない構えだ。相手のあらゆる攻撃を全て弾く究極の技だ」

 

 

「弾くだけなら誰にもできそうな技じゃないか?」

 

 

蓮太郎の言葉に俺は首を振る。俺の言い方が悪かったようだ。

 

 

「里見。お前は亜音速で放たれた銃弾を弾くことはできるか?」

 

 

「……まさか」

 

 

「そうだ。あらゆる攻撃って銃弾とかでも弾くことができるんだよ」

 

 

その言葉にみんなは驚愕するが、俺はまだ続ける。

 

 

「しかも四方八方同時に何丁ものマシンガンが放たれても全て弾くことができるらしい。俺は見たこと無いけどな」

 

 

一度親父がそんなことをボソリと漏らしていた。あの時は『馬鹿じゃねぇの?』って思っていたが、今冷静に考えると有り得てしまうよな。特に己自身を見て。

 

そもそも見る機会なんてあの世界であるか?多分ねぇよ。

 

 

「親父が言っていたが『極めれば斬れぬモノも斬れる』って言っていたが……もしかしたら爆風とか水も弾き飛ばせる構えだと俺は思っている」

 

 

「大樹さんの家庭って……超人揃いですか?」

 

 

失礼な。俺は堂々と黒ウサギに言ってやる。

 

 

「オカンは普通だ……いや、やっぱ分からねぇ」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「オトンは普通じゃないことは分かる。じいちゃんが親父の技を見て『こいつマジであり得ぬ』って言ってたから」

 

 

でも母親と姉ちゃんが分からねぇ。普通だと思うんだけど、何故か引っかかる。オトンのせいか?

 

 

「俺が剣道やり始めたのはオトンがやらせたからだし、オカンは何故か永遠の帰宅部を勧めていたな」

 

 

「どうして帰宅部や……」

 

 

美織の言葉に俺は答えれない。分からないよ。高校まで帰宅部だったら教えてあげるって言ってたけど小学校入る前から既に剣道やっていたし。

 

 

「……俺の過去話はいいから早く武器をくれ」

 

 

「せやな。12本と言わずに全部持って行き」

 

 

「ありがたいが12本だけでいいよ」

 

 

俺は美織から無事武器を手に入れることができた。

 

その時、蓮太郎は何かを思い出し、俺に質問する。

 

 

「そう言えばプラナリアを倒していた時に使っていた刀はどうしたんだ?」

 

 

「32匹目でぶっ壊れた」

 

 

その言葉に、みんながドン引きした。ぐすん。

 

 

________________________

 

 

 

俺たちが今度向かった場所は勾田公立大学付属の大学病院だった。黒ウサギと木更は用事があるみたいなのでここでお別れ。蓮太郎と一緒に行動していた。

 

美織は蓮太郎に抱き付いて木更と喧嘩して生徒会室で別れた。あとまた過去話を話したよ。俺の過去話TUEEE!

 

病院の北側を進むと突き当りの廊下に地下へと続く階段があった。

 

薄暗い階段をゆっくりと降りると、俺たちの目の前に大きな扉が立ち塞がった。

 

 

「何だ……これ……」

 

 

扉には地獄の悪魔が描かれていた。何?俺たちは今からどこへ行こうとするの?

 

というか大学病院の地下に何を作ってんだ。流行っているの?学校に何かを作るシリーズなの?

 

俺は蓮太郎の方を振り向き一言。

 

 

「帰っていい?」

 

 

「行くぞ」

 

 

ですよねー。

 

扉を開けて中に入ると、やっぱり薄暗かった。

 

棚には薬品。壁には難しい関係式が書かれた紙が一面に貼られ、テーブルには弁当の食べかけ。どうやらここに人が住んでいるようだ。

 

その証拠に、俺の背後からゆっくりと近づく人物が。

 

 

「誰だ」

 

 

「おや?せっかく驚かそうと思っていたのに残念だ」

 

 

俺の背後から忍び寄って来たのは一人の女性。私服のタイトスカートの上から大きな白衣を着ていた。

 

肌は青白く、髪は目元まで長く伸ばしてあり、目の下には大きなクマ。幽霊の様な人だった。

 

そして驚くことは他にあった。

 

 

「それ、死体だよな?」

 

 

女性が抱き締めている死体だ。男の死体を愛おしそうに抱いていた。

 

 

「彼はチャーリー。私の恋人だ」

 

 

「頼む里見。もう帰りたい」

 

 

まともじゃない。天才学者は頭がイカレているって言うがこれヤバイ。

 

 

「……前はスーザンって女性じゃなかったか?」

 

 

「うわあぁん!!この人たち怖いよぉ!!」

 

 

順応している里見に俺は恐怖するしかなかった。

 

 

「ハッハッハ、奈落(アビス)へようこそ」

 

 

女性は不敵に笑いながら俺に近づく。俺は動けず、額からダラダラと汗を滝のように流す。

 

 

「死体はいいよ、無駄口聞かないし。彼らだけさ、私の気持ちを分かってくれるのは」

 

 

「やめてぇ!!僕にそんな趣味はないから!!」

 

 

絶対絶命である。

 

 

「それで、君は私に何か用があるのだろう」

 

 

「そ、そうだけど……とりあえずチャーリーを俺の体から離して貰えませんか?」

 

 

チャーリーが俺の顔の横にあるのが恐ろしすぎてたまらぬ。

 

この女性は勾田公立大学付属の大学病院。法医学教室室長兼ガストレア研究者、室戸(むろと) (すみれ)

 

蓮太郎に『天才的頭脳を持った医者か学者を紹介してくれ』と頼んだところ、この女性が紹介されたのだ。

 

菫はチャーリーを俺から離すと、壁に立て掛け、椅子に座った。

 

 

「ガストレアに詳しいんだろ?それについて確認したいことがたくさんある」

 

 

「何かね?」

 

 

「『ガストレア』そのモノについて」

 

 

菫は待ってましたと言わんばかりの笑みを俺に見せた後、冷蔵庫をあさり出した。

 

 

「ダニは知っているかね?」

 

 

「逆に知らない奴っているのか?」

 

 

菫は手術で使う銀色の容器にデロデロと色んな液体を注ぐ。色が紫なんだが……。

 

 

「ダニのジャンプ力が人間換算で東京タワーほどもあるというが、そもそもノミの体がそれほど巨大になれば自分の体を支えられないし、皮膚呼吸すら満足にできない」

 

 

マジかよ。全然知らなかったわ。ダニすげぇ。いや弱ぇ?

 

菫は銀色の容器を電子レンジに入れて、温め始めた。

 

 

「だが、ガストレアウイルスは全てを覆す」

 

 

その言葉に俺は目を細めた。菫は続ける。

 

 

「生物がガストレアに変化する際、まず大きさに応じて皮膚の硬度や体機能の向上が起こる。だからガストレアはでかければでかいほど固いし筋力も強靭だ」

 

 

チーンッ

 

 

電子レンジの温めが終わり、容器を取り出す。

 

 

「しかもただ自分のコピーを作り出すのではなく、宿主の遺伝子特性を解析したうえで最適な形状に作り替えていく」

 

 

菫は銀色の容器に入った紫の液体をスプーンで混ぜて具合を確かめる。

 

 

「そして、問題なのはその速度(スピード)だ」

 

 

「浸食スピードだな」

 

 

「そうだ。浸食スピードは地球上のあらゆる生物に比して規格外と言える。そして体内浸食率が50%を越えると人間の姿を保てなくなり……」

 

 

銀色の容器に入った紫のスープを他の容器に移して三等分にした。まさか……!?

 

 

形象(けいしょう)崩壊というプロセスを()て、宿主はガストレアになる」

 

 

二つのスプーンを俺たちに見せ、ニッコリと微笑む。

 

 

「続きは食事の後にしよう」

 

 

「嘘だと言ってくれ。これはさすがに……」

 

 

「聞きたくないのかね?食べないと一言も喋らん」

 

 

「くっ……!」

 

 

「蓮太郎君。君もだ」

 

 

「はぁ!?」

 

 

俺たちは目を合わせ、頷く。ここは逃げ……!

 

 

「扉はロックしておいた」

 

 

「「ちくしょう!!」」

 

 

準備が良すぎる!

 

俺たちは引き攣った顔で椅子に座る。異臭を放つ紫のスープをスプーンですくうと、手が震えた。

 

一緒のタイミングで俺と蓮太郎はそのスープを口に入れた。

 

 

「「喉があああああ!!」」

 

 

「どうだ、美味いか?」

 

 

不味い!死ぬほど不味い!これほどまで不味いという食事を味わったことがない。一体何を入れればこんなモノになるんだ!?

 

 

「甘い上に気持ち悪い酸っぱさがあるぜ……なんなんだよこれ?」

 

 

これが間違いだった。聞くべきじゃなかったと今でも思う。蓮太郎の失言に、菫は答える。

 

 

 

 

 

「ああ、溶けかけているドーナツだ。死体の胃袋からでてきたんだよ」

 

 

 

 

 

その瞬間、俺と里見は近くにあったバケツに向かってリバースした。

 

全てを出し終わった後、蓮太郎は叫ぶ。

 

 

「しょ、証拠品だろ!!」

 

 

「いや、もう事件は解決しているのでな。担当刑事に食べていいかと聞いたら二つ返事で快諾してくれたぞ」

 

 

「「嘘だッ!!!」」

 

 

『ひぐ〇し』のレ〇ちゃんと同じ形相で俺たちは怒った。ブチ切れである。

 

 

「話を戻すが、進化の過程でオリジナルの能力を生み出す個体もある。それが突然変異による、進化の跳躍といやつだ」

 

 

「進化の跳躍か……ウェプッ」

 

 

顔を真っ青にした俺は菫に尋ねる。

 

 

「俺は前にクモのガストレアを倒したことがあるが……」

 

 

ソイツの中から『七星の遺産』が出て来たわけだが、気になることはそこじゃない。ガストレアだ。

 

 

「ソイツはクモの巣に使う糸をハンググライダー状に編んで風に乗って空を飛んでいた。これも進化の跳躍か?」

 

 

「何……?」

 

 

菫の目が鋭くなった。蓮太郎もその話に驚いていた。

 

 

「パラシュート状に編んで風に乗るクモはいる。でもハンググライダーってどういうことだ?」

 

 

「そのままの意味だ。ハンググライダーみたいな形にクモの糸が編んであった。それがモノリスの近くにある廃墟地街の近くで飛んでいたんだよ」

 

 

「廃墟地の近くって……まさか!?」

 

 

「入っていたよ。街の中にな」

 

 

その言葉に蓮太郎は驚愕した。ハンググライダーを使ってモノリスを無理矢理通って来たのだろう。

 

菫はスープを食べながら俺の話を肯定した。

 

 

「間違いない。進化の跳躍だと考えていいだろう」

 

 

「そうか……」

 

 

「君はプラナリアの感染爆発(パンデミック)だけでなく、第二の感染爆発(パンデミック)も防いでいたのだな」

 

 

そうだっと菫は何かを思い出し、俺に向かって口に咥えていたスプーンを向ける。

 

 

「君はもっとキレイに倒せないのかね?」

 

 

「……………は?」

 

 

「君のスプレーによるバラニウムの倒し方は再生能力が強力なプラナリアには素晴らしい方法だと私も思う。だが解剖する時、バラニウムが邪魔で邪魔で仕方がないのだよ」

 

 

「ちょッ!?チャーリーは近づけないで!!」

 

 

「蓮太郎君は特に最悪だ。チリしか残っていない」

 

 

「俺もかよ……」

 

 

とりあえず怒っているようなので、俺はこれで許してもらおうと思う。

 

 

「今度ガストレアを生きたままプレゼントしようか?」

 

 

「おい!?それはいろいろとヤバいだろ!」

 

 

「なるほど。買おう」

 

 

「買うな!」

 

 

話が脱線していたため、俺は話を戻す。

 

 

「別に感染爆発(パンデミック)は俺が防がなくても他の奴らが止めていただろ。プロモーターとかイニシエーターとか」

 

 

「『呪われた子供たち』か……」

 

 

菫は椅子に座り、スープをフラスコに入れて加熱し始めた。

 

 

「私は時に気味が悪くて仕方がないよ」

 

 

「……何だと?」

 

 

俺は少し怒っていた。彼女たちが『気味が悪い』と言われたからだ。

 

 

「10年前、世界で初めてガストレアが現れ始めたのと同時にほぼ同期に、まるでそれに対抗するかのようにガストレアウイルス抑制因子を持った胎児が生まれ始めた」

 

 

しかし、菫の真剣な表情を見て俺は怒りを鎮めた。

 

 

「二人も知っているだろ?通常人間がガストレアウイルスに感染して異形化するには血液感染を除いて他にない」

 

 

そう、不思議なことに空気感染(エアロゾル)はおろか、口から入ったり性行しても感染は確認されなかった。

 

 

「だがたまたまウイルスが妊婦の口に入った場合、胎児にその毒性が蓄積されて生まれてくることがある」

 

 

「それがあの子たちってことか……」

 

 

再度彼女たちの状況を確認したが、俺の考えは変わらなかった。

 

 

「でも、俺は気持ち悪いとは思わない」

 

 

「理由は?」

 

 

菫に答える解答は用意してある。

 

 

 

 

 

「俺たちと同じ、人間だからだ」

 

 

 

 

 

その答えに菫は驚いていた。体の動きが止まり、目を見開いていた。

 

しかし、菫は吹き出し、大笑いした。

 

 

「アッハッハッハ!!君は馬鹿なのかね!遠回しに人間であることを否定した私に、わざわざ人間だと肯定するなんて!」

 

 

「おかしいか?」

 

 

「いや、君は蓮太郎君と同じだ」

 

 

菫はニヤニヤと笑みを浮かべながら俺たちを見る。

 

 

「もしかして君たちはデキているんじゃないのか?」

 

 

「「冗談でも洒落にならないから黙れ」」

 

 

この人、手に負えねぇ。

 

 

「さて、君は確認しに来たと言ったが……まだあるのだろう?無いと失望する」

 

 

「あるから失望するな」

 

 

俺はポケットからUSBメモリーを取り出し、菫に渡す。菫はすぐにパソコンに繋ぎ、データを開く。

 

菫は黙ってそれを見続ける。蓮太郎は真剣にデータを見ていた菫を見て驚いていた。

 

 

「何を渡したんだ?あんな先生の顔、そうそう見ねぇぞ」

 

 

「そのうち分かる」

 

 

菫が全てのデータを見たところ見計らい、俺は尋ねる。

 

 

「率直に聞く。可能か不可能か」

 

 

「不可能だ」

 

 

バッサリと切り捨てた菫。声音は低かった。

 

 

「ガストレアを元の生物に戻すことは絶対的に不可能だ」

 

 

「チッ、クソがッ」

 

 

俺はその言葉を聞いて舌打ちする。やっぱりダメか。

 

 

「だが次の項目に書かれた遺伝子の永久凍結はいい発想だと私は思うよ」

 

 

「凍結?」

 

 

状況を理解できない蓮太郎が菫に尋ねる。

 

 

「ガストレアウイルスは遺伝子情報を書き換える。それを防ぐために遺伝子情報を書き変えさせないように、遺伝子を固定する方法を彼は考えたのだよ」

 

 

「遺伝子の固定……それが永久凍結」

 

 

俺が考えたのは遺伝子情報の永久凍結。通称は『永久遺伝子』だ。

 

遺伝子の構造を絶対的に動かさないように固定させ、遺伝子情報を書き換えるガストレアウイルスから身を守る方法だった。

 

 

「これを使えば浸食抑制剤の効果上昇も期待できると思ったが、いけるか?」

 

 

浸食抑制剤とはその名の通り、浸食率を抑える薬だ。これを怠ると浸食率は上昇し、ガストレア化してしまう。

 

しかし、抑えるだけであって止めることは不可。完全には抑えれないのだ。

 

金が底を尽きるスピードが早かったのはコイツのせいでもある。廃墟に住む子どもたちは政府の者から投与されているが、投与する際、問題が必ず起きるため、時々投与されているような形になってしまっている。

 

それを俺たちは利用して格安で薬を買い取り、彼女たちに投与している。今日の朝も優子たちに買ってきてもらい、俺がみんなに投与してやった。

 

 

「その薬も不可能だ。しかし、一番下の項目の欄に書かれた薬は使える。効果は1.2倍は期待できる」

 

 

菫の言葉に俺は溜め息を漏らした。少ねぇ。

 

里見も同じことを思ったのか、菫に尋ねていた。

 

 

「1.2倍って小さ過ぎないか?」

 

 

「……………はぁ~~~~~~~~~」

 

 

蓮太郎の言葉に今度は菫が長い溜め息を漏らした。蓮太郎の顔が引き攣る。

 

 

「何だよ」

 

 

「馬鹿で甲斐性なしの君には分からないか……」

 

 

「木更さんと同じことを言うな」

 

 

「これは凄いことだぞ。政府にこの資料を出せば1億はくだらないだろう」

 

 

「一億!?」

 

 

その桁に蓮太郎は驚愕する。

 

 

「この薬の開発に成功したら今の『呪われた子供たち』の寿命は半年は伸びる。これで凄い事は理解できたかい?」

 

 

「半年……!」

 

 

蓮太郎には、それが長いと感じたのか短いと感じたのか俺には分からない。でも、俺は短いと思っている。

 

 

「なぁ……これを」

 

 

「構わない」

 

 

「え?」

 

 

頼む前に了承を貰ってしまった俺は動きを止める。

 

 

「君の研究は面白い。見たことのない発想や理論ばかりだ。暇つぶしには持って来いだね」

 

 

「……そーですか」

 

 

「君は続けるのかね?」

 

 

何を続けるか、俺には分かっていた。

 

 

「研究は、続けるつもりだ」

 

 

「ならいつでも私の所に来たまえ。歓迎する」

 

 

その時、不気味に笑った菫の顔は、普通の美人さんの顔にしか見えなかった。

 

 

 

________________________

 

 

 

半日の仕事を終えた太陽は帰り、街に暗闇が訪れた。

 

蓮太郎は自分の家に帰り、菫は研究に没頭。俺は一人になったので一度ホテルに帰ろうと思い、優子に帰宅連絡のメールをした。

 

しかし、優子たちはホテルにいるのではなく、なんと教会にいると言い出した。さらに住むとも言い出したので、俺は急いで筒状に丸めた綺麗な布団を20個以上持ち運んでいた。

 

そして、布団を教会に運び終わった時に気付いた。夕食を買ってきていないことに。子どもたちが不安そうな目を見た時は本当に心が痛んだ。

 

音速で街を駆け巡り、夕食の食材をゲット。現在両手に買い物袋をぶら下げて夜道を歩いて帰っている。音速で帰ると食材がアレなことになってしまうので自重している。

 

 

「で、どうした影胤?」

 

 

「……やはり気付いていたか」

 

 

前方にある電柱の後ろからスッ姿を現す。相変わらず気味の悪い仮面にスーツを着ていた。影胤の隣には小比奈もいる。

 

 

「別に裏切りは怒っていないぞ。ただ一回斬られろ」

 

 

「それを怒っていると言うのだよ大樹君」

 

 

じゃあ一発殴らせろ。いやぁ、俺は慈悲深い男だなぁ。

 

 

「それで、何の用だ?」

 

 

「……それは子どもたちのモノかね?」

 

 

「そうだぞ。今日はお肉が安かったからすき焼きでも……」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

ガチンッ!!

 

 

「……どういうつもりだ」

 

 

影胤の銃弾は俺の持っていた買い物袋を狙っていた。しかし、俺は懐に入れた拳銃コルト・パイソンを使い、【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】で銃弾同士をぶつけて相殺した。

 

 

「君のやり方はいつか壊れる。政府の者は快く浸食抑制剤をくれるが……」

 

 

「もう毒入りの浸食抑制剤が混ざってたよ」

 

 

俺の返答に影胤は笑う。

 

念のために政府から格安で貰った浸食抑制剤の成分を調べたところ、三本も毒入りの浸食抑制剤が見つかった。その時は本当にキレそうになった。

 

 

「そうだろうね。政府は既に君たちを見捨てているのだから」

 

 

「大丈夫だ。これを政府に突きつけて金をがっぽり奪うから」

 

 

金の収入源ならいくらでもある。自分から墓穴を掘ってくれるような奴がいるかぎりな。中々の悪だな俺も。

 

 

「もう一度聞こう、我が友よ」

 

 

影胤は手を俺に向かって伸ばす。

 

 

「話したと思うが、私には強力な後援者(バック)がいる。私たちなら、この街を、絶望へと落とせる」

 

 

影胤は告げる。

 

 

「私と壊せ!東京エリアを!」

 

 

「残念だが、俺はその期待に答えれそうにないな」

 

 

俺の断りに影胤は驚き、手を伸ばすのをやめた。シルクハットを深く被り直し、俺に背を向ける。

 

 

「くだらん。なら君には無理矢理でも動いて貰う」

 

 

影胤はスーツの懐から無線機を取り出し、スイッチをオンにする。

 

 

 

 

 

「君の大切な人たちには、死んでもらう」

 

 

 

 

 

「……………ハッ」

 

 

俺は鼻で笑ってしまった。その様子を見た影胤は問いただす。

 

 

「何がおかしいのかね?」

 

 

「お前らがどんなに強いかは正直分からねぇよ。でも、お前らじゃ勝てねぇよ」

 

 

舐めるんじゃねぇよ。

 

彼女たちは俺の後ろにいつまでも隠れている人じゃない。俺の隣に立とうと、俺を守る為に前に出ようとする危ない子だ。

 

だから確信できる。

 

 

 

 

 

「俺の嫁は、最強だ」

 

 

 

 

 





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