どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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悪人面した正義のヒーロー

影胤(かげたね)。テーブルに乗るなよ。せっかくスーツをビシッて決めてるのに行儀悪いわ」

 

 

「君もテーブルに乗ってるじゃないか」

 

 

オールバックの黒髪の青年。大樹はテーブルの上に上がり、影胤の横に立つ。

 

少年は大きな欠伸を堂々として、緊張感が全くなかった。

 

 

「あ、そうだ」

 

 

何か思い出したように、大樹は蓮太郎の方へ向く。

 

 

「知ってると思うが俺は楢原 大樹。お前の名前を聞いてもいいか?」

 

 

「……里見 蓮太郎」

 

 

「里見か。そっちは天童だったな?」

 

 

「そ、そうだけど……」

 

 

「もしかして三人の女の子に依頼されなかった?」

 

 

「「ッ!」」

 

 

大樹の予想は合っていた。木更は慎重に頷く。

 

木更の肯定を受け取った大樹は、

 

 

「よかったぁ!無事だったか!」

 

 

「……大樹君。はやく仕事をした方が賢明ではないのかね」

 

 

既に泣いた仮面を呼ぶことをやめた影胤。大樹はポンッと握った手を反対の手に乗せて納得する。

 

 

「そうだった。悪い里見。今日の夜、会いに行くって伝言頼んでいいか?」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「あと天童。いい演説だったぜ」

 

 

「あ、ありが……とう?」

 

 

大樹の言葉に蓮太郎は驚愕し、木更は首を傾げて困惑していた。

 

 

「よし、仕事の時間だ」

 

 

その大樹の言葉に大樹と影胤を囲んだ周りの人たちが構える。

 

 

「あれ?そう言えば小比奈ちゃんは呼ばないのか?」

 

 

「紹介するタイミングを逃したんだよ。誰かさんのせいでね」

 

 

「誰だよソイツ」

 

 

「……………呼んでいいかね」

 

 

「待て待て。小比奈ちゃんにテーブルの上に立たせるのは教育に良くないだろ」

 

 

「普通気にするところはもっとあると思うが……」

 

 

「もう俺たち普通じゃないだろ」

 

 

「……………呼ぶよ?」

 

 

「おう」

 

 

(((((長い!)))))

 

 

しかし、誰も拳銃の引き金を引こうとはしなかった。不思議である。

 

 

「おいで子比奈」

 

 

「はい、パパ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

全員が驚愕した。

 

いつからいたのか分からなかった。背後から少女の声が聞こえ、みんな振り返るが誰もいない。

 

 

「うんしょっと」

 

 

そして、視線を戻すといつの間にかテーブルの上に一人の少女が乗ろうとしていた。

 

フリル付きの黒いドレスを纏い、ショートカットの女の子。腰には二本の刀。

 

 

「娘だ。小比奈、自己紹介しなさい」

 

 

「蛭子 小比奈。10歳」

 

 

小比奈はスカートをつまんで、辞儀をする。

 

影胤は小比奈の頭を優しく撫でる。

 

 

「私の娘にして、私のイニシエーターだ。よしよし、よく言えたね」

 

 

「そしてこれが親バカだ」

 

 

「余計なことは言わないでくれ」

 

 

途中、大樹の横槍が入ったせいで緊張感が持てなくなってきた。

 

 

「ねぇパパ。斬っていい?」

 

 

「ハハッ、何で俺を指差すんだ小比奈ちゃん?大樹、混乱しちゃうよ」

 

 

「君が警備隊をトラップで眠らせたりして片付けたからだろう」

 

 

「だってそうしないとお前らすぐ人を殺そうとするじゃん」

 

 

「だから君は甘いと……」

 

 

「パパ。あいつテッポウこっち向けてるよ。斬っていい?」

 

 

「ダメだって小比奈ちゃん。ほら、飴あげるから。うま〇棒もあるぜ?」

 

 

「アメ」

 

 

「よし、オレンジとリンゴ。もしくは大樹スペシャルブレンドの……」

 

 

「リンゴ」

 

 

「ひでぇ」

 

 

「もういいかね?そろそろ進めても」

 

 

影胤が疲れて来ているように見えた。大樹は里見に「とりあえず銃を下げとけ」と注意し、小比奈はビー玉と同じ大きさの飴を口に入れる。ちなみに蓮太郎は銃を下げなかった。

 

 

「私はすでに手に入れている」

 

 

「何だっけ?確か『ナナフシの悲惨(ひさん)』だっけ?」

 

 

「『七星(ななほし)遺産(いさん)』だよ」

 

 

「あーそうそう。蜘蛛のガストレアの中から出て来たんだよな」

 

 

『……………!』

 

 

モニターに映った聖天子が嫌な顔をした。蓮太郎は復唱して影胤に聞く。

 

 

「『七星の悲惨』……だと?」

 

 

「混ざってるよ」

 

 

大樹のせいである。

 

 

「『七星の遺産』は君たちが求めているケースの中身だ。私たちはそれを、持っているのさ」

 

 

「今はボロボロの豪華客船のホールに置いているよな」

 

 

「大樹君。本当に黙っていてはくれないか?」

 

 

「無理無理。どうせ取れる奴なんていないだろ」

 

 

大樹は右手の親指を立てて、自分の方に向ける。

 

 

「まず俺を倒せる人がいない」

 

 

「それについては同意見だが、もしも……」

 

 

ギインッ!!

 

 

その時、重い金属を床に叩きつけた音が響き渡った。

 

音源には将監がいた。背中の黒い大剣を床に叩き、構えている。

 

 

「黙って聞いてりゃあごちゃごちゃと……」

 

 

ダンッ!!

 

 

「うるせぇんだよ!!」

 

 

将監は一瞬で大樹との距離を詰め、大剣を横に薙ぎ払った。その速さは蓮太郎と木更も。その場にいたプロモーターやイニシエーターも。社長格の人たちも驚いた。

 

 

「ぶった斬れろやぁ!!」

 

 

大剣は大樹の体を横から一刀両断……。

 

 

カンッ!!

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

「遅い」

 

 

できなかった。

 

大樹は右手の人差指と中指で剣を挟み、止めていた。人間離れした大樹の行動に誰もが戦慄した。

 

 

ドスッ!!

 

 

大樹は挟んだ大剣を天井に飛ばし、黒い大剣が天井にぶっ刺さる。

 

大剣を失った将監は一瞬怯んでいたが、

 

 

夏世(かよ)ォッ!!」

 

 

「怒鳴らないでください」

 

 

将監のイニシエーター。夏世は壁を走っていた。目指すは天井に刺さった大剣。

 

壁キックで夏世は刺さった大剣の柄を掴み、大剣を引っこ抜く。そして、引っこ抜いた勢いで空中で一回転する。

 

 

ゴォッ!!

 

 

回転の勢いを利用して、大樹に向かって大剣を飛ばす。豪速の大剣が大樹の額頭部にめがけて飛んで行く。

 

 

「だから無駄って言って……」

 

 

ガシッ!!

 

 

将監は豪速で飛んで来た大剣の勢いを殺さないように掴み、自分の力をさらに加えた。

 

 

ガアアアァァン!!!

 

 

さっきより何倍も重い一撃が大樹の頭に直撃した。重い金属音が部屋に響く。

 

その光景を見ていた蓮太郎は戦慄した。これが千番台の連携。これが千番台の力。

 

 

これが千番台の圧倒的強さ。

 

 

「ヒッ、ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ」

 

 

その時、影胤の悪魔のような笑い声が聞こえた。

 

 

「君は本当に人間かい?その強さはありえないよ」

 

 

「あぁ?何を言っているんだ?」

 

 

「君のことじゃないよ。大樹君のことだよ」

 

 

理解出来なかった将監だが、次の瞬間それが分かった。

 

剣先に大樹はまだ立っていた。その場から一歩も動かずに。

 

 

 

 

 

そして、剣は大樹の()によって止められていた。

 

 

 

 

 

ふぁ()()()()()()

 

 

さきほどと変わらない声。やる気のない声が将監の体を震わせた。

 

どんな人も。あのガストレアですら葬れた一撃を、この男は口で、歯で受け止めていた。

 

 

カランッ

 

 

あまりの衝撃的な出来事に将監の手から大剣が落ちる。同時に大樹の口からも大剣の刃を放した。

 

 

「結構痛い」

 

 

「普通なら死ぬよ?」

 

 

「何度か死んだことのある俺からしたら、この程度では絶対に死なない」

 

 

口の中で不味い味がした大樹は嫌な顔をして、テーブルの上に置いてあったペットボトルの水を飲む。将監はまだ動かずにいた。

 

 

「おーい?えっと将監だったか?意識はありますか?」

 

 

「下がれ将監ッ!」

 

 

「ッ!」

 

 

将監に手を振って意識を確認する大樹。しかし、三ヶ島が叫んだ声で将監は我に返り、後ろに向かって飛ぶ。

 

蓮太郎と木更。他のプロモーターやイニシエーター。社長格の人たちは持っていた拳銃の引き金を一斉に引く。

 

 

ガンッ!!ドゴンッ!!キュンッ!!

 

 

何十、何百も重なり合った銃声は耳の鼓膜を破ってしまうかのような轟音だった。

 

 

「ムダだよ」

 

 

ガゴンッ!!ガゴンッ!!ガゴンッ!!

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

大樹と影胤と小比奈。その三人を中心にドーム状の透明なバリアが展開していた。

 

銃弾は空中。正確にはバリアにめり込み、宙で静止している。

 

目を疑う光景に、場が静まり返った。

 

 

「斥力フィールド。私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでいる」

 

 

影胤の声がさっきより良く聞こえる。影胤の言葉に蓮太郎が反応する。

 

 

「お前、本当に人間なのか……!?」

 

 

「親バカは人間に分類さr「人間だとも」おい。鬱陶しいからって被せるの禁止」

 

 

「ただこれを発生させるために内臓のほとんどをバラニウムの機械に詰め替えているがね」

 

 

「無視ですかそうですか」

 

 

大樹が変なことを言っていたが、蓮太郎やその場にいた者たちが驚愕した。

 

『機械』というワード。それに反応したのだ。

 

 

「私は選ばれた人間。人の上を行く人!改めて名乗ろう諸君!」

 

 

影胤は大きな声で告げる。

 

 

「私は元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ……!」

 

 

「長ッ」

 

 

大樹はジト目で言う。その時、三ヶ島が顔を真っ青にして尻餅をついた。

 

 

「が、ガストレア戦争が生んだ対ガストレア用特殊部隊……実在するわけがッ……!?」

 

 

「信じる信じないは諸君の勝手。私からはこれをプレゼントをして終わろう」

 

 

キュウイイイィィン!!!

 

 

バリアにめり込んだ銃弾が回転し出し、

 

 

ガキュンッ!!

 

 

社長やプロモーターたちに向かって跳ね返った。

 

 

ドゴンッ!!バリンッ!!ガシャンッ!!

 

 

銃弾は壁や窓ガラス。そして聖天子の映ったモニターを壊す。しかし、

 

 

「……どういうつもりかね」

 

 

「俺の目の前で人は殺させねぇ」

 

 

銃弾は一発も誰にも当たらなかった。

 

大樹の手にはいつの間にか拳銃コルト・パイソンが握られている。

 

 

「銃弾同士を当てて方向をずらす。やっぱり君は最高だ」

 

 

「俺はホモじゃないんでお断りだ。友達で」

 

 

「十分だ、我が友よ」

 

 

影胤と小比奈は跳ね返った銃弾で壊れた窓ガラスの前に立つ。

 

 

「私は一足先に戻るよ。東京エリアは滅びるまで絶望したまえ」

 

 

影胤と小比奈は飛び降り、みんなの前から姿を消した。

 

 

「俺はまだ仕事が残っているから続けるぞ」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

全員が一斉に銃口を大樹に向ける。大樹は気にする素振りも見せず、懐から一枚の紙を取り出す。

 

 

「今回、俺が化けていたのは『安形(あんがた)民間警備会社』の安形社長だ」

 

 

紙には何枚も写真が貼り付けてあった。大樹はその紙を蓮太郎の前に。テーブルの上に置いた。

 

 

「俺はこの社長を……いや、会社を」

 

 

写真には人が写っている。

 

 

 

 

 

「潰した」

 

 

 

 

 

血まみれになった小さな女の子。腕や足に切り傷がある女の子が写っていた。

 

 

 

 

 

「お前……!」

 

 

蓮太郎は怒りで我を失いそうになる。しかし、

 

 

「待って里見君」

 

 

蓮太郎と一緒に見ていた木更が止める。

 

 

「これをやったのは楢原大樹()じゃないわ」

 

 

「え?」

 

 

「やったのは……民間警備会社のプロモーターたちよ」

 

 

「なッ!?」

 

 

「スマン。勘違いさせてしまったな。俺はそんなことやらねぇから」

 

 

木更と大樹の言葉を聞いた蓮太郎は一度落ち着く。

 

大樹はまた話し始める。

 

 

「この会社は最悪だ。『呪われた子供』だからという理由でイニシエーターを何度も使い捨てにしていた」

 

 

「本当なのか……?」

 

 

大樹の言葉が蓮太郎にはにわかに信じられなかった。いや、信じたくない事実だったかもしれない。しかし、木更がそれについて説明する。

 

 

「この会社でのイニシエーターの死亡数が上の報告と全く違うのよ」

 

 

「ど、どういうことだ木更さん?」

 

 

「プロモーターがイニシエーターの子どもたちを暴行で無理矢理従わせ、死なせている。それも一度だけじゃない。何十回もよ。報告では戦死と書いてあったのに、本当はプロモーターが殺していたのよ」

 

 

「数が合わないのは地下には子どもたちの死体が放置されていたからだ。それがその写真だ」

 

 

死んでいる。その言葉に頭の中がおかしくなりそうだった。

 

多分、もう一度その写真を見たら吐いてしまう。蓮太郎はもう見ることはできなかった。

 

 

「一応社長とプロモーターは生きている。命までは奪わない。警察に突き出す程度で済ませている」

 

 

「何がしたいんだ……」

 

 

蓮太郎は大樹に問う。

 

 

「この世界は腐っている。ガストレアウイルスを体内に宿したという理由だけで暴行を加えたり、殺したり、差別する。それが、俺は許せない」

 

 

大樹の目には殺意より恐ろしい感情の炎が燃え上がっていた。蓮太郎は思わず息を飲み込む。

 

 

「俺は呪われた子供……いや、彼女たちを救うためにここに立っているんだ」

 

 

「……目的が……それなのか?」

 

 

「ああ、それ一択だ」

 

 

「そんなの……!」

 

 

「やり方が間違っている……それはどっちだ?」

 

 

「ッ……」

 

 

「俺は知っているぞ。答えは……どっちも、だ」

 

 

その答えの理由を聞くために、蓮太郎は静かにする。他の者たちも静かにしていた。

 

 

「俺のやり方は正しいか分からない。会社を潰すことは悪だ。でもこのまま悪を野放しにするわけにもいかない。だからどっちも間違えている」

 

 

「……お前たちは、何をしようとしている」

 

 

「聖天子が分かっていると思うぞ。そこのじいさんも」

 

 

モニターに写った聖天子と菊之丞(きくのじょう)は大樹を睨む。警戒の眼差しだった。

 

 

「そうだ、聖天子。俺はお前に期待しているからな」

 

 

『え?』

 

 

突然の大樹の発言に聖天子が驚く。大樹は笑顔で聖天子を見ていた。

 

大樹はそれ以上何も言わず、影胤たちが出て行った割れた窓ガラスの前に立つ。

 

 

「影胤はこの東京エリアを本気で壊そうとしている。止めるのは俺じゃない。お前たちだ」

 

 

「どうしてお前は……そんなに優しいのに……」

 

 

「優しくなんかねぇよ。俺はただの最低だ」

 

 

大樹は蓮太郎に向かって指を差す。

 

 

「里見 蓮太郎。お前のイニシエーターは何だ?道具か?奴隷か?」

 

 

「違う!延珠は……!」

 

 

蓮太郎は続きの言葉を言えなかった。笑っている大樹を見たせいで。

 

 

「ちゃんと否定することができたな。その心、忘れるなよ」

 

 

大樹は窓に向かってジャンプし、飛び降りて姿を消した。

 

 

 

________________________

 

 

 

あの会議が終わった後、すぐに空は暗くなった。

 

そして、天童民間警備会社には4人の来客がいた。

 

ソファには三人。楢原 大樹の捜索依頼を申し込んだ優子、黒ウサギ、真由美。

 

もう一人は、

 

 

「お前らよく生きていられるな。この予算だとギリギリモヤシしか買えねぇぞ」

 

 

「余計なお世話よ」

 

 

「そう怒るなよ天童。でも、あの時あんな啖呵を切った人がこんなに貧しいって……ププッ」

 

 

「通報するわよ楢原君?」

 

 

「ごめん」

 

 

ウチの経済報告が書かれた紙を見ている楢原 大樹がいた。

 

大樹は木更が座っている椅子に無断で座っており、木更は必死に大樹の体を引っ張り、降ろそうとしている。

 

蓮太郎は自分の机の椅子に座っている。延珠は蓮太郎に膝に座って大樹と木更の争いを見ていた。

 

 

「いい加減どきなさい!はやく依頼者のもとに行きなさい!」

 

 

「無理だ。めっちゃ怒っているもん。見ろよあの可愛い笑顔。目が笑ってない」

 

 

「大丈夫よ。私達には関係ないから」

 

 

「ですよねー」

 

 

大樹はしぶしぶ社長の椅子から体をどかし、

 

 

「すいませんでしたあああああァァァ!!!」

 

 

コンマ1秒もかからない速さで三人の女の子に向かって土下座をした。額を床にピッタリつけて、今まで見た中の土下座で一番綺麗だった。土下座のベテランの称号を持っていると言われたら信じてしまうくらい綺麗だ。

 

 

「大樹さん、大丈夫ですよ」

 

 

「黒ウサギ……」

 

 

黒ウサギは大樹の肩に手を置いた。

 

 

「全然怒っていないですから」

 

 

ギリギリッ

 

 

「痛いッ、痛い痛い痛い!手に力を入れ過ぎじゃ痛い!」

 

 

怒っている。

 

 

「私も怒っていないわ」

 

 

「真由美……痛い痛い黒ウサギ」

 

 

真由美は大樹の黒ウサギとは反対の方の肩に手を置き、

 

 

ギリギリッ

 

 

「ちょっ、痛い真由美も!?痛い両肩痛いよ!?」

 

 

怒っている。

 

 

「アタシは怒っているわ」

 

 

「ストレートだな痛いッ」

 

 

優子は拳を握り、

 

 

「何ッ!?ビンタじゃないの!?グーで殴るの!?」

 

 

「大丈夫。顔よ」

 

 

「もっとダメだろ!?ちょっ!?肩掴まれて逃げれな痛い!?」

 

 

「歯を食い縛りなさい……!」

 

 

「いやあああああァァァ!!!」

 

 

ゴッ

 

 

________________________

 

 

 

「楢原 大樹は木下優子と黒ウサギ。そして七草 真由美を心から愛することを誓います」

 

 

「蓮太郎?どうして妾の目を手で塞ぐのだ?」

 

 

「見ちゃダメだ……」

 

 

この日、里見 蓮太郎は女の子を怒らせないようにしようと心に刻んだ。

 

ボロボロになった大樹は立ち上がり、社長の椅子に座る。そしてまた大樹と木更の争いが始まった。しかし、大樹は気にする素振りも見せず平然と話し出す。

 

 

「話の本題に入ろうか。この東京エリアの命運を賭けた話を」

 

 

「大樹さん?」

「「大樹君?」」

 

 

「ま、まず三人にもちゃんと説明しよう」

 

 

大樹は今日あったことを三人の女の子に話す。そして、

 

 

「折れる!マジで痛いから!!というか死ぬ!?」

 

 

足4の字固めと腕ひしぎ逆十字固めとスリーパーホールドを同時に喰らう大樹。

 

 

「あ!でもこの足と後頭部に柔らかい感触が!そして腕には微かなふくらみの感触……!」

 

 

「「「なッ!?」」」

 

 

ゴキッ!!

 

 

「大樹さんの変態!」

 

 

「大樹君の変態!」

 

 

「一度死んだ方がいいわ……!」

 

 

「やべぇッ!?一番腕が痛い!折れてる!絶対に折れてるからあああああァァァ!!!」

 

 

大樹の体があり得ない方向に曲がり、嫌な音が聞こえた。蓮太郎と木更はその光景にドン引きである。

 

 

「しくしく……俺の嫁が怖い……」

 

 

やっと解放された瞬間、ガチで泣きだす大樹。大樹の『嫁』という単語を聞いた三人は頬を赤くしていた。なんか怖いこのグループ。

 

 

「それで話の続きだが……その前に影胤と俺がどうやって出会ったか話をしよう」

 

 

________________________

 

 

 

「よし、これでいいか」

 

 

俺は仮面を被った男と黒いドレスを着た女の子をロープで縛った。鞄の中にいろいろと入れておいて良かった。

 

 

「君は……何者だ」

 

 

「俺か?俺は楢原 大樹だ。お前の名前は?」

 

 

「名前を聞いているわけじゃないのだが……まぁいい」

 

 

ロープで縛られた影胤はこれ以上の追及を諦める。

 

 

「私は蛭子(ひるこ) 影胤(かげたね)

 

 

「かげちゃんか」

 

 

「やめたまえ」

 

 

「あ、そう。じゃあさっきからめちゃくちゃ暴れているこの子は?」

 

 

先程からロープを千切ろうと暴れている10歳くらいの女の子。目には俺を殺したいという気持ちが籠った殺意。普通じゃない。

 

 

「私の娘だ」

 

 

「……そうか」

 

 

俺は女の子に近づき、ロープを解いた。

 

 

ダンッ!!

 

 

その瞬間、女の子は俺に掴みかかる。

 

そのまま後ろに押し倒され、背中が地面に激突する。

 

 

「おうおう凄いなこれは。マジで普通じゃないぞ」

 

 

力が並みじゃない。一般人男性より遥かに超えた力だった。

 

 

小比奈(こひな)。やめなさい」

 

 

「パパ!?どうして!?」

 

 

「私たちには勝てないからだよ」

 

 

「えっと小比奈ちゃんだな。とりあえずお前のお父さんのロープを解いてやりな」

 

 

俺の言葉に影胤は驚き、小比奈はその言葉を聞いて急いで影胤を縛ったロープを解いた。

 

 

「何を企んでいる」

 

 

「別に。特に理由は無い」

 

 

俺はバッグから前の世界から持ってきた保存食のカップ麺やお菓子、そして調理器具を取り出す。

 

 

「お前たちも食うだろ?あまり美味しいのは作れないと思うが」

 

 

「毒を……」

 

 

「ねぇよアホ」

 

 

マッチ棒で火をつけようとするが、泥沼の泥のせいで使いモノにならなくなっていた。

 

 

「クソッ、他の箱に入れておけばよかった」

 

 

「……ライターならあるが使うかね?」

 

 

「お!ナイス!」

 

 

大樹は影胤から金色のライターを受け取り、火を(おこ)す。

 

木の棒や丈夫なツタを使って鍋を火の上に固定させる。影胤は近くの石に座り、隣に小比奈が座った。

 

 

「それにしても意外だな。俺は攻撃されるかどこかに行くと思っていたぜ」

 

 

「少し君に興味が湧いただけだ」

 

 

「ふーん。で、小比奈ちゃんはどうする」

 

 

「斬る!」

 

 

「怖ッ」

 

 

「よしよし、もう少し待つんだ」

 

 

「時間が経ったら許可するつもりかよ」

 

 

俺はカップ麺を鍋に入れて、ネギ、う〇い棒、しょうが、玉子にそれから……。

 

 

「待ちたまえ」

 

 

「何だよ」

 

 

「それは食べれるのか?」

 

 

「俺の料理は絶品だと評価されている。安心しろ」

 

 

俺は調味料を加えて、蓋をした。

 

待っている間は暇なので携帯端末を取り出し、ディスプレイを開く。

 

 

「何だねそれは?」

 

 

「ケータイ」

 

 

「……本当かい?」

 

 

「おう。嘘じゃねぇよ。試しに電話してみようか?」

 

 

「いや、遠慮するよ」

 

 

影胤は足を組み、銃に黒い銃弾を入れ、メンテナンスを始めた。それは俺に攻撃用?それとも化け物用?

 

ディスプレイを操作し、近くの電波を受信することができたので、それに合わせる。しかし、電話の電波についてはまだ合わせられない。もう少し近づく必要があるな。

 

すぐにインターネットを開き、気になる情報を調べ始める。

 

 

「君の体はどうなっているのかね?」

 

 

「体?普通だぜ?」

 

 

嘘である。

 

 

「銃弾を額に受けていてなお、血の一滴すら流さないのはおかしいじゃないか?」

 

 

「俺の家系って凄いんだぜ。先祖様は超サ〇ヤ人になったりできるんだ」

 

 

大嘘である。

 

 

「私の『イマジナリー・ギミック』、『マキシマムペイン』、『エンドレススクリーム』を破るのは君が初めてだよ」

 

 

「あの技か。中々強かったな」

 

 

「……もう少し驚いたりしてもいいんじゃないのかい?」

 

 

無理。あれより強いの何十回も見てきたから。というわけで現実を突きつけよう。

 

 

「お前、空が土で覆われた巨大な隕石を消したことはあるか?」

 

 

「……一体何を

 

 

「俺はそれを消した」

 

 

「……………」

 

 

「お前、今にも噴火しそうな富士山みたいな山を目の前で見たらどうする?」

 

 

「………まさか

 

 

「俺は吹っ飛ばして解決した」

 

 

「……………」

 

 

「お前、

 

 

「もういい。十分だよ」

 

 

現実は……残酷だぁ。

 

 

「残酷と言えばそろそろ鍋のコクの旨みが出始めているな」

 

 

「本当に残酷な話だったよ」

 

 

鍋の蓋を開けると、食欲をそそる匂いが俺たちの鼻の中をすり抜けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 

食べ終わった皿を片付け、割り箸や食べカスを袋に詰めて処理する。影胤と小比奈ちゃんは近くの川で水を汲みに行っている。

 

食べている時に携帯端末からこの世界のある程度の情報を得た。

 

 

「いつか来ると思っていたが……ちくしょう」

 

 

残酷な世界に、俺は手を強く握った。

 

今までの世界は平和だと言える世界だった。しかし、今回の異世界は違う。

 

既に人類の多くが死亡。そして今もガストレアに苦しまれている。

 

 

(ガストレア……元は人間……)

 

 

直す方法はどこにもない。100年先の医療学をかじった俺でも、対処できる方法は無い。

 

生物の遺伝子情報の強制書き換え。信じられない話だが、あの化け物たちを見たら信じるしかない。

 

 

(【呪われた子供たち】がいる時点で、この世界は腐ってやがる)

 

 

ただガストレアのウイルスを体に宿しているという理由だけで迫害、差別、拒絶。許せない行為ばかりだった。

 

 

「大樹君。水を汲んできたよ」

 

 

「……サンキュー」

 

 

水を入れた水筒を受け取り、俺は皿の汚れを水で軽く洗い流す。

 

 

「大樹君、この世界はどう思うかね?」

 

 

いきなり直球な質問をされた。俺は影胤の顔を見る。

 

仮面の目の隙間から見えるあの目。俺はその目を見て確信した。

 

 

「お前はこの世界が不満のようだな」

 

 

「……そうだね。不満だ」

 

 

「何でか聞いてもいいか?」

 

 

「理不尽なんだよ、この世界は」

 

 

影胤の言うことは少しばかり理解できた。

 

 

「東京エリアの在り方は間違っている。そう思わなかね?」

 

 

「確かに、俺も思うよ」

 

 

俺は調理器具を片付けながら話す。

 

 

「東京エリアを守っているのは力を持った彼女たちだ。なのに彼女たちは……貧しい生活を送り、傷つき、蔑まされている」

 

 

「そうだ。彼女たちは既存のホモ・サピエンスを越えた、いわば次世代の人間……!」

 

 

「違う」

 

 

「……何?」

 

 

「人間は……人間だ」

 

 

俺は荷物を全てまとめ、バッグを背負う。そして、影胤と向き合う。

 

 

「ガストレアが恐ろしいのは分かる。それを宿した子どもが怖いのも理解できる。差別している人間に悪気はないはずだ」

 

 

「それは詭弁だ」

 

 

「怖いモノに恐怖するのはおかしいことじゃねぇだろ」

 

 

「……結局、君は何が言いたいのかね?」

 

 

「今の人類に足りないのは、恐怖に勝つことだ」

 

 

「それでどうなる!?人類は救われるのか!?彼女たちの存在が許されただけで、世界は変わるのか!?」

 

 

 

 

 

「なら変えようじゃないか」

 

 

 

 

 

大樹は笑みを浮かべていた。

 

分かっていた。いつものように、いつも通りの行動でいいんだ。

 

 

「俺とお前たちで、世界を変えるんだ」

 

 

「……ヒッ、ヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ」

 

 

俺の言葉を聞いた影胤は不気味に笑う。

 

 

「私の目的を……知っていないから君はそんなことを言えるのだよ」

 

 

「なら言ってみろよ」

 

 

影胤は告げる。

 

 

 

 

 

「私の目的はガストレア戦争を再び引き起こすことだよ!」

 

 

 

 

 

「それはお前たちが生きるためじゃないのか?」

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

俺の返しに影胤は驚愕する。

 

 

「生きる理由が欲しいんだろ?ガストレアがいなくなった瞬間、呪われた子供たち……つまり小比奈ちゃんは存在してはいけない存在になってしまう」

 

 

俺は口元に笑みを浮かべる。

 

 

「お前は、平和が怖いんだ」

 

 

「違う!私は恐れてなど……!」

 

 

「だったら証明してみろよ」

 

 

俺は右手を前に出す。

 

 

「この手を握って、俺と世界を変えてみせろ」

 

 

「……私は裏切る。君のような善人は特に」

 

 

「いいぜ。俺を裏切れるモノなら裏切ってみろ」

 

 

笑みを浮かべた大樹と影胤は手を握り、同盟を結んだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

「で、さっき影胤に裏切られた」

 

 

「「「「「おい」」」」」

 

 

いい話が台無しになった瞬間である。

 

 

「とりあえず泣いていいか?」

 

 

「泣きたいのか?」

 

 

延珠が大樹の頭を撫でると、大樹はウルウルと涙を流した。

 

 

「酷いよ……俺から簡単に逃げれないからって背後から襲撃して屋上から叩き落とすとか酷いだろ……!」

 

 

(((((そこまでしないと大樹からは逃げれない……!?)))))

 

 

「一応追いかけて基地の場所特定してるけどよぉ……!」

 

 

(((((それでもバレてる!?)))))

 

 

影胤は大樹から逃げれなかった。

 

大樹は涙を拭き終わった後、また社長の椅子に座る。木更はもう諦め、空いたソファに座った。

 

 

「影胤はまだ行動を起こさない。俺という邪魔な分子をどうにかするまで動かないはずだ」

 

 

「……一つ聞きたいことがある」

 

 

蓮太郎が真剣な表情で俺に聞く。

 

 

「何だ?」

 

 

「『七星の遺産』についてだ」

 

 

「聖天子は何て言ってた?」

 

 

俺が去った後、説明があったはずだ。あれだけのことがあれば、聖天子も黙っていはいないだろう。

 

 

「……悪用すればモノリスの一角に穴を開けてしまう。聖天子様はそう言っていたわ」

 

 

「そうだな。確実に開くな」

 

 

大樹は肯定した。その言葉に優子たちは目を見開いて驚いていた。

 

 

「お前はそれを知っていて協力するのか?」

 

 

「それがどうした?」

 

 

ガシッ

 

 

蓮太郎は大樹の胸ぐらを掴んだ。

 

 

「ふざけるな!お前たちのやり方で……!」

 

 

「俺だって考えなしで動いてるわけじゃねぇ」

 

 

大樹は真剣な眼差しで蓮太郎の目を見ていた。その真剣さに蓮太郎は思わず言葉が詰まる。

 

 

「延珠ちゃんは学校に通っているんだろ?【呪われた子供たち】という事実を隠して」

 

 

「ッ……それがどうした」

 

 

「俺は全ての【呪われた子供たち】を学校に通わせみせる。赤い目を隠さずに、堂々とな」

 

 

蓮太郎の握る力が弱くなる。延珠は大樹の言葉を真剣に聞いていた。

 

 

「彼女たちが笑顔で授業を受けて、笑顔で友達と話して、差別一つない世界。俺はそんな現実味のない理想を追い求めている。でもなぁ……」

 

 

大樹の声は低く、怒っているようだった。

 

 

「そんな世界に変えようとしている俺に対して、お前は今、何をしている」

 

 

ガシッ

 

 

今度は大樹が蓮太郎の胸ぐらを掴んだ。蓮太郎は何も言えない。

 

 

「彼女たちに救いの手を差し伸べたか?何か一つ行動を起こそうとしたか?」

 

 

大樹は大きな声で怒鳴った。

 

 

「何一つ変えようとしないお前らに、俺たちを否定する権利なんざねぇんだよ!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

ドンッ!!

 

 

大樹は蓮太郎をそのまま背負い投げをして、床に叩きつけた。重い音が部屋に響く。

 

 

「蓮太郎!」

 

 

「里見君!」

 

 

延珠と木更が蓮太郎の元に駆け付ける。

 

 

「大樹さん!落ち着いてください!」

 

 

「現状維持がそんなにいいか!?身内がよければ他はどうだっていいのか!?」

 

 

黒ウサギに体を掴まれるが、大樹は怒鳴り声を上げていた。

 

 

「こんなだったらよっぽど影胤の方が立派だ!アイツは小比奈ちゃんと自分自身のために、【呪われた子供たち】の存在を肯定するために悪の道を進んだ!やり方は絶対に許されることでは無い!でも、この腐った世界で誰よりも生きようとしていたアイツがまだ良い方だ!」

 

 

「……俺だって!」

 

 

ガシッ

 

 

蓮太郎は立ち上がり、大樹の胸ぐらをまた掴んだ。

 

 

「変えてぇよ!変えれるモノなら!延珠が本当に笑って通えるような世界になってほしいんだよ!」

 

 

「じゃあ何で変えようとしない!?」

 

 

「俺にだってできることとできないことがあるんだよ!俺はッ……何もできねぇんだ……ッ」

 

 

蓮太郎は下を向いて俯いた。しかし、

 

 

「馬鹿が。できるに決まってるだろ」

 

 

「ッ!」

 

 

大樹は笑顔で蓮太郎を見ていた。

 

 

「プラナリアのガストレアを倒した時、会議室でしっかりと否定したあの時。里見は十分に力があるやつだ」

 

 

「そんなこと……!」

 

 

「ある。そうだよな、延珠ちゃん?」

 

 

大樹は延珠の方を向く。延珠は腰に手を当てて、堂々と言い切る。

 

 

 

 

 

「蓮太郎は、正義の味方だ!」

 

 

 

 

 

「ッ……」

 

 

「だろうな」

 

 

大樹はその答えが分かっていたかのように笑う。

 

 

「妾はいつも、そう信じている」

 

 

「……………」

 

 

延珠の真っ直ぐな綺麗な瞳に、蓮太郎は頷く。大樹は里見が何かを言う前に言う。

 

 

「里見……俺と一緒に世界を変えるか?」

 

 

「ッ!」

 

 

動きを止めた蓮太郎は目を見開いて驚く。大樹は右手を蓮太郎の方に差し出しているからだ。

 

 

「俺は、お前みたいな奴を信じれる」

 

 

「……俺は信じねぇよ」

 

 

「厳しい一言だな。でも……」

 

 

大樹は笑う。

 

 

「握ったってことはOKってことだな?」

 

 

「影胤を止めるくらいは協力してやる」

 

 

悪そうな笑みを浮かべた二人。その光景に女性陣は安堵の息をついた。

 

 

________________________

 

 

 

 

「最初から『仲間になってください』って言い切れないのかしら?」

 

 

「うぐッ」

 

 

優子の厳しい一言に俺は嫌な顔をする。

 

現在、優子と一緒にスーパーで買い出しに来ている。黒ウサギと真由美には別の仕事を、里見と木更も別の仕事をしている。

 

店のカゴを持ちながら俺は言い訳を考える。

 

 

「や、やっぱり俺の気持ちを一番伝えたいと言うか……ホラ……ねぇ?」

 

 

「……………」

 

 

「ちょっと待ってよ。トマトジュースをカゴから出さないで。俺飲みたい」

 

 

「正直に言ったら買ってあげるわ」

 

 

「文句ばっか言われてしまったのでつい怒ってしまいました」

 

 

「大人げないわね……」

 

 

全くその通りである。

 

 

「だって里見の奴、実力があるのに何もしようとしねぇからよ」

 

 

「里見君だって変えたいに決まってるでしょ。大樹君は有り得ない力があるからいいけど、私たちには無いのよ?」

 

 

なんだよ有り得ない力って。科学では説明できない力なのか?何それかっこいい。

 

 

「帰ったら謝ること。いいわね?」

 

 

「えー」

 

 

「い・い・わ・ね?」

 

 

「はい」

 

 

優子にも有り得ない気迫があると思う。

 

 

「大樹!」

 

 

「ん?延珠ちゃん決めたか?」

 

 

「やっぱりカレーがいいのだ!」

 

 

「任せろ」

 

 

カレーのルーを持ってきた延珠ちゃん。俺はルーを受け取り、

 

 

「はい返却」

 

 

「「えッ!?」」

 

 

「ルーは最初から……そう、(いち)から作らせてもらいます」

 

 

「それは美味しそうだけど……時間かからないかしら?」

 

 

「大丈夫。5分で作る」

 

 

(次元が違うわね……)

 

 

優子はこれ以上の追及を諦めた。

 

 

「大樹は料理できるのか?」

 

 

「おう。料理屋を経営するほど上手いぞ俺は」

 

 

その言葉に延珠は目を輝かせて俺を見ていた。

 

会計を終わらせ、食材をエコバッグに入れていたその時、

 

 

ガシャンッ!!

 

 

「ぐあッ!?」

 

 

店の奥で大きな音と男性の苦痛な声が聞こえた。

 

俺たちは何も言わず、急いで音がした方へと走り出す。

 

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 

血塗れになった警備員の男性が倒れていた。近くの商品棚も一緒に倒れている。

 

 

「赤目だ!あの化け物が暴れたんだ!」

 

 

「ッ!」

 

 

現場の一部始終を見ていた男が俺に教える。

 

俺は急いで店の外へ走り出し、犯人を探す。

 

 

「放せぇッ!!」

 

 

すぐに見つけれた。何人もの男性が少女の体を乱暴に抑えていた。

 

近くには食材がばら撒かれ、壊れた買い物カゴがあった。

 

後ろから延珠ちゃんと優子が追いつく。

 

 

「このガキッ!!」

 

 

男性が少女の体を殴ろうとした時、

 

 

「待て」

 

 

俺はその腕を掴んで止めた。

 

 

「殴ったらお前らも不味いだろ?民警にいろいろ言われるぞ。あと何があったか聞かせてくれないか?」

 

 

「このガキが盗みをやらかしたんだよ!不審に思った警備員が声をかけた瞬間、半殺しにしやがったんだ!」

 

 

その言葉に俺は歯を食い縛った。

 

この子は外周区から来た子だ。外周区とはモノリスに近い区域でもっとも東京エリアの中心から離れた場所である。

 

差別を受けた【呪われた子供たち】は、この外周区で暮らしている。ほとんどは下水道や廃墟で暮らしている。というより廃墟しかないので住む場所など限られているのだ。

 

そんな子がここに来て盗みを働いた理由はただ一つ。食べる物がないからだ。

 

 

「ッ……………!」

 

 

捕らわれた女の子が延珠に向かって手を伸ばしていた。助けを求めていたのだ。延珠はそれを掴もうとしている。

 

 

「駄目だ」

 

 

俺は延珠の手を止めた。

 

 

「ッ!?」

 

 

延珠が驚いた表情で俺を見ている。優子も同じだった。

 

 

「貴様ら何をやっている!」

 

 

その時、二人の警察官が来た。警察官は赤い眼の女の子を見た瞬間、

 

 

「ああ、なるほど」

 

 

(こいつ……!)

 

 

何も事情を聞かずに、女の子の手に手錠をかけた。俺はその光景に思わず殴ってしまいそうになるが、抑える。

 

女の子は警官に連れて行かれ、パトカーに乗せられる。

 

 

「泥棒め!二度とこの街に来るんじゃねぇ!」

 

「ざまぁ見ろガストレアめ!」

 

「テメェらが家族を殺したんだ!」

 

 

ふざけたことを抜かしまくる外道共をぶん殴りたい気持ちを無理矢理抑える。手から血が流れるほど握り、唇の痛覚が無くなるほど噛み続けて怒りを抑える。

 

パトカーは発進し、どこへと去った。

 

 

「なぜだ」

 

 

延珠が低い声で大樹に向かって言う。

 

 

「なぜッ!?あの少女を……!」

 

 

「悪い優子。延珠ちゃんと荷物、任せていいか?」

 

 

「……やっぱりね」

 

 

大樹の言葉に延珠はキョトンとしていた。優子はホッと息をついていた。

 

 

「助けに行くのね?」

 

 

「カレーでも食べて貰おうかなって思ってな」

 

 

俺は延珠の頭を撫でる。

 

 

「ちょっと誘いに行ってくるわ」

 

 

ダンッ!!

 

 

そう言って大樹は飛翔し、ビルの壁を走って行った。方向はパトカーが行った方向だ。

 

 

「それじゃあ大樹君に任せて行きましょうか」

 

 

優子は右手で荷物を持ち、反対の手で延珠の手を握り、歩き出す。

 

まだ状況が分からない延珠に優子は説明する。

 

 

「多分ね、大樹君は助けるタイミングを狙っていたのよ」

 

 

「タイミング……?」

 

 

「あそこで延珠ちゃんが助けていたら、延珠ちゃんも、あの女の子も助けれなかったと思うの」

 

 

優子の説明に延珠は下を向いて俯いた。

 

 

「大丈夫よ。大樹君は助けようとした延珠ちゃんを偉いと思っているわ」

 

 

「……蓮太郎も、そう思うのか?」

 

 

「ええ、きっと思うはずよ」

 

 

その言葉に延珠は元気を出し、優子と一緒に笑った。

 

繋いだ手は帰るまでずっと放さなかった。

 

 

________________________

 

 

 

「よし、余裕で見つけれたな」

 

 

廃墟の脇に止めてあったパトカーを見つけた俺は急いで中に入る。廃墟に止めている時点で嫌な予感がしている。

 

壊れたコンクリートの壁の穴から警察官と女の子を見つける。

 

女の子は壁を背にして立たされ、警官は笑いながらそれを見ていた。

 

 

「ッ!」

 

 

怒りの沸点を越えた。

 

 

 

 

 

 

警官の手には拳銃が握られ、銃口が女の子に向けられていたからだ。

 

 

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

コンクリートの壁を殴ってぶち破り、警察官と女の子を驚かせる。

 

土煙が部屋に充満するが、俺は構わず警官の前に立つ。

 

 

「誰だお前は!?」

 

 

「とっとと失せろゴミが」

 

 

女の子を殺そうとしたお前らに。

 

 

「二人とも殺されてぇのか」

 

 

手加減はしない。

 

 

「貴様……その化け物を庇うのか!?」

 

 

「黙れ」

 

 

「……ふん、お前らみたいな奴がいるから市民の皆様が安心して暮らせないんだよ」

 

 

それはお前らの勝手だ。彼女たちは外周区まで追い込まれ、不自由な生活をしている。それなのにお前らは追い打ちをかけているんだろうが。

 

 

「撃てるもんなら撃ってみろよ。クソ野郎共」

 

 

「ッ!?」

 

 

その時、俺の挑発が効いたのか二人の警官は拳銃の引き金を引いた。

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

「……は?」

 

 

警官の足が震える。

 

 

拳銃は粉々に砕け、手が血まみれになっているからだ。

 

 

その血が、自分たちの血だと分かるのに時間が掛かった。

 

 

「「うわああああァァァ!?」」

 

 

「少し手を切ったくらいでうるせぇんだよ」

 

 

コルト・パイソンで【不可視の銃弾(インヴイジビレ)】で銃弾を警官の持っている銃口の中へと跳ね返し、破壊した。その破壊した時に手を切っただけなのに、警官はパニックに陥った。

 

俺は警官の前まで歩き、告げる。

 

 

「次は、死ぬか?」

 

 

銃口を警官に向けると、警官の顔は真っ青になり、一目散に逃げ出した。

 

振り返ると恐怖で腰を抜かした女の子が俺を見ていた。

 

 

「もう大丈夫だ。怖かっただろ?」

 

 

笑顔で女の子に近づくが、

 

 

「来るなッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

明確な拒絶。近くにあったコンクリートの破片で頭部を殴られ、重い音が響く。

 

女の子の力は一般人の男性より強く、普通の人なら即死の威力だった。

 

しかし、

 

 

「大丈夫。俺はお前の味方だよ」

 

 

「ッ!?」

 

 

頭から血を流してなお、俺は女の子に笑顔を見せ続けた。ゆっくりと手を女の子の頭に伸ばし、優しく撫でる。

 

 

「本当は警備員から先に乱暴にされたんだよな?」

 

 

「え?」

 

 

「警備員の右手にお前の頭髪が何本かついてたんだよ。だから最初に手を出したのは警備員かなって思ってさ」

 

 

少し不審な点だった。一方的にやられたのなら、警備員が手を出せる暇があるわけがない。じゃあ何故警備員の手に彼女の頭髪が?

 

考えられることは一つ。警備員が先に手を出し、返り討ちにしたが正しい答えだろう。

 

 

「……私、あの男に髪をいきなり引っ張られて……」

 

 

「赤い目だとバレたからだろうな」

 

 

「それで、怖くて……!」

 

 

「でも手を出したのはお前が悪い」

 

 

コツッ……

 

 

俺は優しく女の子の頭をグーで叩き、優しく撫でた。

 

 

「え……?」

 

 

「これで許されるわけではないけど、もう十分痛い目にあったからこれでチャラだな」

 

 

俺は彼女に手を握る。

 

 

「今からカレーを食うけど、一緒にどうだ?美味いぜ?」

 

 

女の子は俺の言葉に理解するのに時間がかかった。

 

しかし、理解した瞬間、安心した女の子は俺に抱き付き、一気に涙を溢れ出し、大泣きした。

 

どこが化け物だろうか。彼女たちのどこが化け物だ。

 

こんなに弱く、こんなにもろい。普通の10歳の女の子と、何一つ変わらない。

 

 

この世界は、『正解』が必要だ。

 

 

何が良いのか、何が悪いのかを見失っている。だから彼女たちを簡単に傷つけ、殺しているんだ。

 

だから『正解』を見せる。これがお前らの幸せな世界だと。

 

しかし、それは俺の理想だ。周りは納得しないかもしれない。でも、

 

 

諦めたら、全てをこの世界は失ってしまうような気がする。

 

 

希望の火がまだ灯っている今、俺はその火を消さないようにしないといけない。

 

『絶望』と言う名の風から守らなければならないのだ。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

会社のキッチンでは二人の女の子が会話をしていた。

 

 

「楢原君があんなに料理が上手だなんて……人は見かけによらないわね」

 

 

「そうね。私も最初大樹君を見た時は変態フードマンだと思っていたわ」

 

 

(フードマン?)

 

 

真由美と木更だ。彼女たちは皿を洗い、後片付けをしているのだ。

 

蓮太郎はソファで寝てしまい、黒ウサギと優子は下の階の人たちにカレーをお裾分けしに行っている。

 

 

「久々にあんなに美味しいモノを食べたわ。やっぱりもやしだけじゃ満足できないわ」

 

 

「もやしだけじゃ生きていけないわよ普通……」

 

 

「それに報酬の20万も貰って悪い気がするわ」

 

 

「大樹君がいいって言ってるのだからいいんじゃないかしら?」

 

 

「じゃあ貰うわ」

 

 

木更は目をキラキラと輝かせながら皿を洗っていく。真由美はその洗った皿を布巾で拭いていく。

 

 

「それにしても、驚いたわ」

 

 

「女の子を連れて来たことかしら?」

 

 

木更が溜め息をついて言うが、真由美は笑みを浮かべて聞いていた。

 

 

「そうよ。普通あんなことしないわよ」

 

 

「大樹君に常識は通じない。覚えておくといいわよ」

 

 

真由美の言葉に木更はさらに大きく溜め息をついた。

 

 

「へっくしゅんッ!!」

 

 

その時、蓮太郎のくしゃみが後ろから聞こえた。寒さで蓮太郎は起きてしまった。

 

 

「おはよう甲斐性なし君」

 

 

「誰だよそれは」

 

 

木更が笑いながら言うと、蓮太郎は嫌な顔をしながらツッコミを入れた。

 

 

「延珠は?」

 

 

「楢原君と一緒に外周区に出掛けたわよ」

 

 

「はぁ!?何でだよ!?」

 

 

「聞いてないのって寝ていたから聞いてないわね。どうして起きていないのかしら?」

 

 

「あんなに美味い料理を食った後に寝る。いいと思わねぇか?」

 

 

「クッ、里見君のクセに生意気よ。言ってることが少しだけ分かるわ……!」

 

 

「否定しないのか……」

 

 

木更は蓮太郎が寝た後の起こったことを説明する。

 

 

 

 

 

『は?他の子たちにも食べさせたい?』

 

 

『……ダメ?』

 

 

『大樹!妾からもお願いする!』

 

 

『よぉし任せろ!可愛い幼女二人にここまで言われちゃ無下にはできねぇよ!』

 

 

 

 

 

「……それで外周区に出掛けたと」

 

 

「ええ、またスーパーに寄った後、外周区に行くらしいわ」

 

 

木更の言葉に蓮太郎は重荷をひとつ下ろしたように感じ、安心した。

 

 

「本当に何でも救うんだな」

 

 

殺されそうになった女の子も笑顔でカレーを食べていた。その笑顔を見て思った。

 

この男なら、本当に世界を変えてみせるのではないかと。

 

 

「大樹君はそういう人よ」

 

 

皿を拭き終えた真由美が微笑みながら蓮太郎に言う。

 

 

「不思議よね。苦しんでいる人がいれば助ける。そんな当たり前のことは私たちはできないのよ」

 

 

でもねっと真由美は付けたし話す。

 

 

「大樹君はそれができる。どんなに絶望的な状況でも、大樹君はその人を必ず助ける。全てを覆してね」

 

 

「……信頼しているのね」

 

 

「ええ」

 

 

木更の言葉に真由美は笑顔で答える。

 

 

「私たちの騎士(ナイト)は優しくて強い人よ」

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「へっくしゅんッ!!」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「いや、何でもねぇ……」

 

 

カレーを外周区の女の子たちと食べているとくしゃみが出た。誰か噂しているのか?まぁあそこまで有名になれば噂されるか。

 

廃墟となった教会の一室を掃除して、持ってきた調理器具でカレーを作り、外周区のみんなを呼んで、みんなで床に座ってカレーを食べていた。

 

カレーはあっという間になくなり、すぐに鍋の底が見えた。

 

延珠ちゃんは蓮太郎が心配すると思うので先に帰した。もちろん、家まで送ったぞ。高速で。……何だよ文句あるのか?延珠ちゃんは喜んでたぞ!

 

そして現在。俺はまた教会に帰って来たが……。

 

 

「せまッ」

 

 

集まった女の子は30人はいるな。多過ぎ。こんなに大きい部屋が狭く感じるのは無理もない。

 

 

「それにしても酷いなぁ……雨降ったら最悪じゃん」

 

 

ここはとてもじゃないが住めるような場所じゃなかった。

 

ステンドガラスは割れ、壁には穴が開き、屋根から夜空が見える。誰がどう見ても、これはボロボロの家ですって堂々と言える段階までボロボロである。

 

 

「その時は下に行けばいいんだよ」

 

 

「下って下水道だろ?汚いだろ」

 

 

「でも温かいよ?ねー」

 

 

「「「「「ねー」」」」」

 

 

「うわぁ……それはアカン」

 

 

頭が痛くなった俺は立ち上がり、装備を整える。

 

 

「もう……帰るの?」

 

 

目の赤い女の子たちが寂しそうに言う。何それ。まるで愛人の男が帰ってしまうかのような言い方。ちょっといいと思うからやめろ。

 

 

「いや、しばらく住むわ」

 

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

「ちょっと待ってろよ」

 

 

子どもたちにそう言って、俺は外に出る。

 

10分後、俺はモノリスの外で斬ってきた大木を肩で担ぎ、帰って来た。

 

 

ドンッ!!

 

 

大木を地面に置くと、ここ一帯に大きな音を響かせた。

 

 

「これくらいあればいいか」

 

 

「わぁあ!大きい!」

 

 

「どこから取って来たの?」

 

 

「モノリスの外」

 

 

俺がそう言うと女の子たちは俺から距離を取った。天然の木だぞ?汚くないぞ?

 

 

「が、ガストレアは?」

 

 

「何匹かに見つかったけど余裕で逃げれたわ」

 

 

斬って担いで逃走。簡単なお仕事でした。

 

俺はリュックから工具箱を取り出し、準備する。

 

 

「お兄さんってぷろもーたーなの?」

 

 

「プロモーターじゃねぇよ」

 

 

「じゃあどうして強いの?」

 

 

「俺だから」

 

 

「お腹空いた」

 

 

「後でまた作るから待っとけ」

 

 

俺はトンカチを右手に持ち、左手に刀を持った。

 

 

「よぉし、お前ら離れとけ」

 

 

大木から女の子を離し、俺は左手に持った刀を振るう。

 

 

ズバンッ!!

 

 

大木は綺麗に切れ、いくつかの木材へと変わった。

 

 

「「「「「わぁ!」」」」」

 

 

パチパチッ!!

 

 

後ろで見ていた子どもたちが拍手する。うん、いい気分だな。

 

俺は木材を持って教会の修繕に取りかかった。

 

 

「あ、釘がねぇな……」

 

 

「ハイ!」

 

 

その時、女の子がニコニコしながら俺に汚れた釘を渡した。

 

 

「お!サンキュー!どこから持ってきた?」

 

 

「拾ったの。お金になるかもしれないから」

 

 

「ならないだろ」

 

 

「うん、ならなかった……」

 

 

女の子は悲しそうな声を出す。俺はそんな女の子を見て、

 

 

「大丈夫。ほら」

 

 

ポケットから飴を取り出し、女の子の手に握らせた。

 

 

「俺がお菓子に変えてやるよ」

 

 

「……いいの?」

 

 

「おう。食え食え」

 

 

女の子は包み紙から飴を取り出し、口に入れた。

 

 

「……甘い」

 

 

「そうか」

 

 

「甘いよぉ……!」

 

 

それだけ女の子は泣きだした。俺の背中に抱き付き、涙を拭く。

 

俺は何も言わず、木材に釘を打つ。

 

 

「美味しいか?」

 

 

「ぅん……美味しい……!」

 

 

涙が俺のTシャツを濡らし、温かい水が俺の背中に伝わる。

 

カレーを食べた時の女の子たちの笑顔。何人か泣いているのを目撃した時、俺は酷く痛感した。

 

この子たちがどれだけ救われない現状にいたか。

 

 

「……お前たちも暇なら探して来い。お菓子に変えてやるよ」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

俺たちの様子を見ていた女の子たちが一斉に散開した。役に立つモノを探しに行ったのだ。

 

 

「……別にタダでやるけどな」

 

 

俺は木材に釘を打ち付けながら呟いた。

 

 

 

________________________

 

 

 

 

「とりあえずこれでいいか」

 

 

「「「「「やったー!!」」」」」

 

 

女の子たちの歓喜の声が一帯に響き渡った。コラコラ、そんなに騒いだら近所迷惑ですよって近所は廃墟だった。テヘッ。……何一つ面白くねぇよ。虚しいだけだよ。

 

穴が空いた場所は全て木材で隠し、隙間風が部屋の中に吹くことはなくなった。

 

 

「あとは……」

 

 

俺は振り返り、女の子たちの姿を見る。

 

服はボロボロ。汚れて臭い。これは酷いな。

 

 

(明日優子たちに頼んで購入して貰うか)

 

 

携帯端末で服のことと教会に泊まることメールに書いてを送信。今日は疲れた。

 

教会の中に入り、みんなで布団を敷き、寝床を作る。

 

基本的に使える部屋はこの部屋しかないので、飯の時も寝る時もこの部屋だけ。よってここで全て済ませる生活だ。布団引いたり、テーブルを置いたり片付けたり面倒である。

 

 

「俺の分の布団はあるか?」

 

 

「あるよ!」

 

 

予想通り。やっぱり汚い。これも明日買おう。お金足りるかな?

 

 

「じゃあお休み……って狭い」

 

 

壁の方で横になって寝ようとしたら、女の子たちがみんな俺の隣や近くで寝ようとしていた。おい、上に乗るな。苦しい。

 

ほとんどの女の子たちは俺の腕や手を握り、あるいはTシャツに掴んでいた。

 

 

「あっちで寝ろよ。広いだろうが」

 

 

しかし、時すでに遅し。彼女たちはもう寝ていたので俺の声は届かなかった。お前らの〇太かよ。早過ぎだろ。

 

確かに美味しい料理食べて、少し運動したらそりゃ眠くなるか。

 

 

「ママぁ……」

 

 

「誰がママだよ。性別間違えんな」

 

 

俺の右手を握っていた女の子が寝言を言っていた。じゃあパパならいいのかよってか。俺のアホ。

 

 

 

 

 

そして、彼女の目から涙が流れていた。

 

 

 

 

 

 

「……………ママじゃなくて悪かったな」

 

 

俺は目を瞑り、彼女から目を逸らした。代わりに彼女の握った手を強く握ってやった。

 

今日だけで何度彼女たちの涙を見ただろうか?回数が多くて心が痛む。

 

彼女たちに親はいない。頼れるのは同じ境遇の女の子たち。そして己自身だ。

 

ずっと一人で居て平気なのか。そんなわけはない。この涙を見ればわかることだ。

 

俺は親の代わりにはなれないかもしれない。でも、

 

 

「明日の朝は、サンドイッチでも作ってやるよ」

 

 

代わりになってやりたい。

 

 

 

 

 

そして、救ってやりたい。

 

 

 

 

 

俺はそう決意して、眠りについた。

 


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