どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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今回からブラック・ブレット編です。

続きをどうぞ。



ブラック・ブレット編
ここは始まらない過酷な世界


人類は戦争に敗北した。

 

 

 

 

 

多くの人たちが異形の生物(ガストレア)に殺された。

 

【ガストレア】とは人類の前に突如現れた謎のウイルスのことだ。

 

体内に体液を送り込まれることにより、感染するそのウイルスは、生物のDNA情報を書き換え、異形のモノへと変化させる。

 

異形……それは化け物とも呼べる姿へと変貌する。

 

この世界はそのウイルスの驚異的な感染力で瞬く間に世界を蹂躪し、殺戮を繰り返し、人類を(むさぼ)った。

 

食物連鎖の頂点。今は人では無い。

 

 

この世界の王はガストレアだ。

 

 

しかし、人類はまだ生きている。負けただけで、全ての人類は死んではいない。

 

ガストレアには嫌いなモノがある。それは【バラニウム】だ。

 

バラニウムが発する磁場はガストレアは嫌い、バラニウムを敷き詰めた部屋などにガストレアを放り込むと、衰弱死してしまうほどの強力なモノだ。

 

人類はこのバラニウムで巨大な建物を造った。通称【モノリス】を円状にいくつも立てることにより、自立防御の構えを取った。

 

しかし、世界のほとんどはガストレアに渡してしまい、人類が住む場所など小さいモノだった。

 

 

現在、2031年。そんな世界に、彼らは転生して来た。

 

 

少女を……探すために。

 

 

________________________

 

 

 

「こんなこといいな~♪できたらいいな~♪」

 

 

どうも、あなたの心のオアシスである楢原 大樹です。

 

 

「あんなゆめこんなゆめいっぱいある~けど~♪」

 

 

無事、新しい世界に舞い降りました。

 

 

「みんなみんなみ~んな~叶えてくれる♪」

 

 

え?何で歌ってるかって?まぁ気分かな。

 

 

「不思議な転生で叶えてく~れ~る~♪」

 

 

歌詞が違う?気にするな!

 

 

「空を自由に飛びたいな~♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイ、絶賛落下中~♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに空から落下しています。凄い!もう速度が半端ない!

 

 

「イヤ、イヤ、イヤ~ン♪とってもだいっきらい、原田野郎~♪」

 

 

二番も歌おうか?残念、もう地面だ。

 

本当なら吸血鬼の力を使いたいところだが、誰がどこで見ているか分からないので自重しておく必要がある。

 

 

「それよりどこだここ?ジャングル?」

 

 

俺の落下地点近くは木々が生い茂っており、ジャングルの様だった。遠くには薄っすらと光が見えるが、もしかしたら村でもあるかもしれないな。

 

一番気になるのは、あの黒い建物だ。

 

表面はのっぺりと巨大なモノリスがいくつも立っているのが見えた。空まで届きそうなくらいの高さ。とても大きい建造物だった。

 

 

「はぁ……もう地面か……」

 

 

俺の体はとんでもない速度で落下していった。

 

 

ドバチャアアアアアン!!!

 

 

 

 

 

泥沼に落ちた。

 

 

 

 

 

ヌチャヌチャッ

 

 

「……最悪だ」

 

 

泥沼から急いで上がったが、手遅れ。

 

一瞬で服は汚れ、リュックも汚れ、中はなんとか無事だった。あ、やっべ。巻物にちょっと泥ついちゃった。てへ。

 

というかもうネタ切れだろ。川、海、お風呂、湖、水溜り、泥沼って……もっと新鮮な水があるだろうがぁ!

 

とりあえず泥を落とせるだけ手で落とし、落下していた時に見えたモノリスの方向を目指すことにした。

 

 

「はぁ……どんな世界だよここ」

 

 

薄暗いわジメジメしているわ俺の服は汚れるわ。過去最高に最悪な転生なんだけど?海にダイブより酷い。ちなみに一番良い転生はお風呂です。もうワンチャンないかな?

 

 

ガサガサッ

 

 

「ッ!」

 

 

俺の背後で草木が揺れる。人か?それとも獣?もしくはポケ〇ンか!?

 

 

「キシャアアアアアアァァァ!!!!」

 

 

「え……」

 

 

 

 

 

深緑色のチャッ〇ーが現れた。

 

 

 

 

 

 

……マジでピク〇ンで登場する〇ャッピーだよ。二足歩行で頭が超デカい。目は飛び出しているし、手が無い。

 

 

「……………えっと」

 

 

「キシャアアアアアアァァァ!!」

 

 

チャッピ〇はこちらに向かって口を大きく開けながら突進して来た。食べようとしているみたいだ。

 

 

「殺しちゃ不味いか!?」

 

 

生き物は大切にするべきだよな!

 

とりあえず真上に飛んで回避。チ〇ッピーはそのまま通り過ぎて、木にぶつかる。

 

木は大きく揺れ、バキバキと音を立てて倒木した。威力は十分に強い。

 

俺は地面に着地して、〇ャッピーの方を振り向く。

 

 

「ッ!?」

 

 

そして、驚愕した。

 

 

 

 

 

 

チ〇ッピーの顔がドロドロになっており、抉れていたのだ。

 

 

 

 

 

 

(勢いをつけすぎて木で削られ自爆したのか……というか!)

 

 

グロッ!?モザイクかけないとアニメにできないよ!?一般人にお見せできないよ!?

 

 

「キシャアアアアアアァァァ!!」

 

 

チャッピ〇は狂暴に頭を動かしながら吠える。

 

そして、もっと驚くことが起きた。

 

 

ジュウウゥ……!!

 

 

チャッピ〇の顔は原型を取り戻すために体液がブクブクと……いやもうこれやめない?治る過程が超グロイ。

 

と、とりあえず……ブクブクと体液が膨らんでいき、元の原型に戻ったのだ。

 

 

「再生能力……キモい」

 

 

「キシャアアアアアアァァァ!!」

 

 

「わぁあ!?ごめんなさい!」

 

 

俺の悪口を理解したのかチャッピーは怒り、また俺に向かって突進しようとしてくる。

 

しかし、俺はしゃがんで簡単に避け、また通り過ぎてしまう。

 

 

「もう逃げる!バイバイ、このブサイク!」

 

 

「キシャアアアアアアァァァ!!」

 

 

「ごめんなさい!」

 

 

あれやっぱ言葉通じるわ。めっちゃ怒っているもん。

 

俺は森の中をひたすら疾走し、〇ャッピーから逃げることに成功した。

 

 

「ここまで来れば大丈夫か……」

 

 

途中、激流の川を飛び越えたから追って来るのは困難。もう来ないはずだ。

 

 

「何だこの世界……バイオハ〇ード?」

 

 

ならゾンビ来てもリッ〇ー来てもおかしくないな。うん、絶対に嫌だこの世界。

 

 

「クゥ~ン……」

 

 

「ん?犬?」

 

 

その時、近くの岩場から犬が鳴きながら出て来た。

 

犬の毛並みは白。土などで汚れているが、普通だ。やはりチャッ〇ーみたいな奴は異常だったんだ。

 

 

「お~よしよし。こっちにこい」

 

 

「クゥ~ン」

 

 

犬はヒョコッと姿を現した。

 

 

「グギャバアアアアアアァァァ!!!」

 

 

尻尾が蛇だけどな!はぁ!?

 

 

「キモッ!?」

 

 

「ヴァン!!」

 

 

「うわぁ!ホントにごめん!」

 

 

犬はグルルと威嚇し始め、俺を獲物だと認識しだした。尻尾の蛇も俺を睨んでいる。ヒィ!?

 

 

「「「「「グルルッ」」」」」

 

 

「やっべ……囲まれた」

 

 

てっきり普通の犬たちがいると思っていたが、全部違った。目玉が飛び出した犬や腸が飛び出した犬が平然と歩いていた。

 

その異形の種族に、吐き気を覚える。

 

 

「ガアアアァァ!!」

 

 

「悪い!」

 

 

ドンッ!!

 

 

コルトパイソンの【不可視の銃弾(インヴジビレ)】でリュックから高速で取り出し、飛びかかって来た犬の心臓を貫く。

 

 

「ガァッ!!」

 

 

「クソッ!!」

 

 

しかし、犬は全く動じず、鳴き声一つすらあげなかった。

 

 

ジュウウゥ……!!

 

 

傷口は塞がり、元通りになる。

 

 

「最悪だな……この世界」

 

 

だから、彼女たちの安否が心配になる。

 

吸血鬼の力を解放させて、一気に倒そうとしたその時。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「キャンッ!!」

 

 

一発の黒い銃弾が犬の頭を貫いた。

 

その光景を見た犬は一斉に散開し、一目散に逃げ出す。知能があるのかアイツら。

 

 

「誰だ?」

 

 

「それはこちらのセリフだよ。ガストレアの巣窟に来ている君は何者だ」

 

 

木の後ろから男が姿を見せる。手には禍々しい拳銃が一丁握られていた。銃口から火薬の臭いが漏れている。

 

男の格好は普通じゃなかった。赤いタキシードにシルクハット。そして笑顔を浮かべた仮面をつけていた。

 

異常。そして不気味だった。

 

 

「もう嫌だ……まともな奴が出て来ない」

 

 

「どうして泣いているのかね」

 

 

「人生が辛くて……」

 

 

チ〇ッピーの次は化け物の犬。犬の次は仮面の男。もうどこのホラーゲームだよ。怖いよ。

 

 

「安心したまえ。今すぐ楽にしてあげる」

 

 

パチンッ

 

 

男が右手で指を鳴らすと、

 

 

ザンッ!!

 

 

その瞬間、背後から剣の斬撃が飛んで来た。

 

斬撃は大樹の首を狙っていた。しかし、

 

 

「アホ」

 

 

ヒョイッ

 

 

大樹はその場にしゃがんで回避。後ろを見ること無く、余裕を持って避けてみせた。

 

斬撃を繰り出した者は諦めずに追撃する。

 

今度は上から剣を振り下ろす。大樹の頭を狙っていたが、

 

 

「だから無理だって」

 

 

ヒョイッ

 

 

今度は首を傾けるだけで斬撃をよける。

 

 

カチッ

 

 

斬撃を繰り出した者の腹部にコルト・パイソンの銃口を当てた。

 

 

「……何だよ、これ」

 

 

大樹は苦痛の表情だった。信じたくない事実に。

 

斬撃を繰り出したのは子どもだったからだ。それもかなり幼い女の子。

 

両手には鋭い刀を。黒いドレスを纏い、ショートカットの可愛い女の子。

 

しかし、両目は紅くなっており、俺を睨んでいた。

 

 

「パパ!こいつムカつく!殺せない!」

 

 

「よしよし。まず私も加勢しよう」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

仮面の男が俺に向かって二発の銃弾を放つ。いつの間にかもう片方の手には銃が握られていた。

 

銃弾は俺の頭と左胸。完全に急所を狙ったモノだ。

 

 

「もう諦めろよ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

不可視の銃弾(インヴジビレ)】で射撃。銃弾は敵の銃弾に向かって飛んで行く。

 

 

ガキンッ!!ガキンッ!!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

俺の銃弾は片方に当たった後、互いに跳ね返り、敵の銃弾は森の中へ。俺の方の銃弾は敵の二発目の銃弾に当たり、銃弾の軌道を変えた。

 

そんな人間離れした芸当に二人は驚いていた。

 

 

「で、まだする?」

 

 

ドンッ!!

 

 

俺がどうするか聞こうとしていた時には既に相手は動いていた。

 

少女は一瞬で俺との距離を潰し、刀を俺の体に突き刺そうとする。

 

 

「よっ」

 

 

突き刺そうとする二本の刀を右手と人差し指と中指で一本の刀を受け止め、左手も同じようにもう一本の刀を受け止めていた。双刃・白刃取りって言ったところか?ちょっとカッコいいな。久々にいいネーミングセンスだろこれ。

 

 

「なッ!?」

 

 

「親父のところに帰りな」

 

 

刀を持ったまま、驚愕した少女を持ち上げ、仮面の男に向かって少女と刀を投げ飛ばす。

 

少女の体は投げ出され、呆気に取られていた仮面の男は避けることはできず、少女の体が仮面の男の腹部に直撃する。

 

二人は吹っ飛ばされ、後ろの木にぶつかる。

 

 

「チェックメイト。俺は命までは取らない」

 

 

「ッ!」

 

 

仮面の男が持っていた銃を大樹は持っており、銃を仮面の男に投げ渡していた。

 

銃は仮面の男の手に当たり、男は銃を握る。

 

 

「……この距離は避けれるかね?」

 

 

「試してみるか?」

 

 

大樹の挑発に乗った男は銃口を大樹に向ける。大樹は笑みを浮かべて余裕の表情だった。

 

銃口と大樹の額との距離はわずか40センチから50センチしかない。

 

男は引き金に指を乗せる。

 

その時、

 

 

ザンッ!!

 

 

「うおッ!?」

 

 

少女が大樹の腹部に向かって刀の斬撃を繰り出した。大樹は後ろに下がって避ける。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

しかし、男は引き金を引き、銃弾を大樹に向かって跳ばす。

 

銃弾はちょうど大樹が回避した場所に向かって。

 

 

(俺が避けることを予測して……!?)

 

 

そして、銃弾は大樹の額に当たった。

 

 

________________________

 

 

 

「大樹さん、どこにいるんでしょうか?」

 

 

転生に成功(大樹のように落下していない)した黒ウサギと優子。そして新メンバーの真由美は街をブラブラとうろついていた。

 

黒ウサギはシルクハットの中でウサ耳を使うが、大樹の場所だけは全く分からないのだ。

 

隣にいた優子が辺りを見回し推測する。

 

 

「もしかしたら、この街にはいないのかしら?」

 

 

「その可能性はあるの?」

 

 

優子の推測に真由美が尋ねる。優子は頷き、説明する。

 

 

「美琴とアリアは言っていたわ。大樹君は川に落ちたり、海に落ちたり、お風呂に出現するって」

 

 

「最後が凄く気になるわ」

 

 

「黒ウサギも気になります」

 

 

しかし、こんなことをしている場合ではないと三人は同時に気付く。

 

 

「とにかく大樹さんの教えの紙を使いましょう」

 

 

黒ウサギはポケットから一枚の紙切れを取り出し、音読する。

 

 

「その1。俺がその場にいない時は、どこかで落下しているので、気にしないでくれ」

 

 

「「落下!?」」

 

 

「その2。そのうち帰って来るから安心しろ」

 

 

「猫なの!?大樹君は猫か何かなの!?」

 

 

「と、とりあえず探す必要はないのね……」

 

 

「その3。情報収集が一番最初。人に情報を聞くのはバツ。まず世界を大体把握してからだ」

 

 

「急にまともなモノが来たわね……」

 

 

「冗談ばかり書いても、私たちが困るわ」

 

 

「その4。【インドラの槍】や魔法は禁止。緊急時だけにしてくれ」

 

 

「やっぱりまともだわ!」

 

 

「よく考えたら一応全部まともな内容だったわね……」

 

 

「その5。嫌なことを誰かにされた時はすぐに連絡してください。すぐにソイツを抹殺します」

 

 

「怖ッ!?」

 

 

「多分大樹君、本気だわ」

 

 

「その6。火遊びは駄目です」

 

 

「今完璧にアタシたちを馬鹿にしたわ!子ども扱いしているわよね!?」

 

 

「大樹君の心配がここまで酷いなんて……」

 

 

「その7。しばらくみんなに会えないと、大樹は死にます」

 

 

「今度はウサギ……」

 

 

「本当に死にそうで怖いわ」

 

 

「その8。そろそろネタ切れ」

 

 

「許さないわ。大樹君、許さないわよアタシ……」

 

 

「書かない方が良かったわね……」

 

 

「その9。やっぱり一日一時間だけでいいから探してほしい」

 

 

「えぇ!?」

 

 

「やっぱり探した方がいいみたいね」

 

 

「それでは最後。やっぱり探さなくておk」

 

 

「探すわよ。説教しないと……」

 

 

「そうね。言いたいことが山ほどあるわ……」

 

 

(大樹さん……黒ウサギは30項目あるうちの10項目しか読まなかったことは正しいと思っていますからね)

 

 

真剣に優子と真由美は探し始め、黒ウサギは溜め息をついていた。

 

 

「でも大樹君の言っていた情報は確かに大事だわ。情報を集めれる場所を探しに行きましょ」

 

 

「YES!黒ウサギも賛成です」

 

 

「そうね。それがいいと思うわ」

 

 

三人は頷き、街の道を歩き。

 

街は至って平凡。しかし、前の世界と比べると、文明はかなり遅れたモノだ。薄汚れたアパート。ガムなど汚れたひび割れアスファルト。現在、彼女たちがいる場所は住宅街だ。

 

そして、遠くには巨大な黒いモノリスが見える。

 

 

「アレの正体も……掴まないとね」

 

 

優子の言葉に二人も同じ考えをしていた。

 

この街で、この世界で、何が起こっているのか。

 

 

「……優子さん、真由美さん。下がってください」

 

 

「え?どうしたの、黒ウサギ……?」

 

 

黒ウサギは優子と真由美の前に出て、正面を睨む。その行動に優子が黒ウサギに尋ねるが、答えを求める前に分かってしまった。

 

 

ゴゴゴッ

 

 

10メートル先のマンホールが不自然に揺れ出す。その揺れはだんだんと大きくなり、

 

 

バゴンッ!!

 

 

形を変えたマンホールが勢いよく吹っ飛び、空高く舞う。

 

穴の中からウネウネとした白い触手が何本も出て来る。

 

 

「何……かしら……」

 

 

真由美の顔が青くなっていく。優子も黒ウサギもその不気味な触手に嫌な顔をしていた。

 

ベチャベチャと音を立てながら触手は伸びていき、姿を現す。

 

 

「ヴヴヴヴゥゥゥ……」

 

 

低い呻き声を出しながら姿を現れたのは、縦長い頭身から何本も触手が伸びており、まるで巨大なイカの様だった。

 

しかし、イカの形をしているだけであって外見は全く違う。頭身にはいくつもの目玉がギョロリと彼女たちを見ている。そして口は触手の先についている。口を開け、彼女たちに噛みつこうとしている。

 

頭身が横に裂け、痛々しい鋭い歯が見える。巨大な口が頭身にあったのだ。

 

 

「危険です!黒ウサギが相手をするので隠れていてください!」

 

 

ダンッ!!

 

 

黒ウサギは自慢の脚力で一瞬にして化け物との距離を詰める。

 

 

「ッ!!」

 

 

ドゴンッ!!!

 

 

そして、本気の一撃。飛び蹴りで化け物頭身を蹴り飛ばした。

 

 

「ヴギャッ!?」

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

化け物の頭身は折れ曲がり、アスファルトの地面を大きく削りながら後ろに大きく吹っ飛ばされる。

 

電柱や自動販売機は粉々に壊れ、土煙が大きく舞い、黒ウサギは元の位置に着地する。

 

 

「や、やりすぎました……!」

 

 

「「黒ウサギ!?」」

 

 

ずっと格闘戦で本気を出せていなかった黒ウサギ。【インドラの槍】などに頼り続けた結果、力加減を忘れてしまっていた。

 

黒ウサギは額から汗をダラダラと流し焦る。優子と真由美も焦っていた。

 

 

「な、何だ今の音は!?」

 

「きゃあああァァ!!ガストレアよッ!!」

 

「うわあああァァ!!」

 

「に、逃げろッ!?」

 

「何で地面がこんなことに……!?」

 

 

住宅街が一瞬にしてパニック状態になってしまった。

 

たくさんの人が逃げ出し、怒号や泣き声や叫び声があちこちから聞こえる。

 

 

「く、黒ウサギたちも逃げましょう!?」

 

 

「そんな無責任なこと言わないで!大樹君と同じになってしまうわよ!?」

 

 

黒ウサギの提案に驚愕した真由美がツッコむ。

 

 

「黒ウサギは悪くありません!」

 

 

「それも大樹君が言うセリフよ!?」

 

 

今度は優子が驚き、ツッコミを入れる。

 

 

ゴゴゴッ

 

 

その時、吹っ飛んだ化け物の触手がゆっくりと動き出す。その動きを黒ウサギはしっかりと見ていた。

 

 

「まだ生きている……!?」

 

 

黒ウサギは近くのアパートの壁に立てかけてあった薄汚れた消火器を両手で持ち、もう一度化け物との距離を詰める。

 

 

「ヴァアアアァァッ!!」

 

 

シュンッ!!

 

 

化け物に知性か本能か分からないが、危険を察知した化け物は白い触手で黒ウサギを噛みつこうとする。

 

しかし、黒ウサギには一つも当たらない。上に向かって跳び、身を翻して触手の攻撃を綺麗にかわす。敵の攻撃は黒ウサギの服にすらかすりもしない。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

黒ウサギは消火器を巨大な口の中に勢いよく放り投げ、無理矢理食わせる。

 

 

バチッ

 

 

ポケットから一瞬だけギフトカードを取り出し、小さな電撃を消火器にぶつける。

 

その瞬間、

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!

 

 

消火器は破裂し、頭身を吹っ飛ばす。

 

白い煙が頭身から舞い上がり、一帯を白い霧が包む。

 

 

ゴゴゴッ

 

 

「嘘……ですよね……」

 

 

黒ウサギは戦慄した。

 

頭身を無くした化け物の触手はまだゆっくりだが動いていた。触手の口も開けている。

 

 

ジュウウゥ……!!

 

 

頭身がドロドロと化け物の体液が泡のようにはじけだす。それはまるで水中の中で息をしているようだった。

 

 

シュンッ!!

 

 

「くッ!?」

 

 

触手が黒ウサギに向かって噛みつこうとする。しかし、黒ウサギは後ろに飛んで回避することができた。

 

 

「ひぐッ……えっぐッ……!!」

 

 

その時、アパートの建物の中から泣きながら出て来た少女がいた。まだ幼い。小学生の低学年くらいだ。

 

 

「逃げ遅れ……!?」

 

 

黒ウサギはギョッ驚き、子どもに被害が及ばないうちに急いで化け物の気を引こうとするが、

 

 

ギロッ……

 

 

最悪なことに、頭身の一つの目玉が少女の姿を捉えてしまった。

 

触手は勢いよく少女に向かって噛みつこうとする。

 

 

「危ないッ!!」

 

 

第三宇宙速度で少女の所まで駆け付け、抱きかかえて触手の攻撃から回避する。

 

しかし、触手は一本では無い。

 

 

シュンッ!!

 

 

他の触手が一斉に黒ウサギと少女を狙う。

 

黒ウサギは少女の出て来た建物の中へと急いで避難する。

 

 

バリンッ!!

 

 

入り口の窓が割れ触手が侵入する。黒ウサギはひたすら上へ続く階段を少女を抱えたまま上がって行く。少女を抱えた状態での戦闘は不可能だ。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

4階まで上り、5階へと上がろうとした時だった。5階へと続く階段は下から白い触手が突き抜け、階段を崩壊させた。白い触手が黒ウサギの行く手を阻んでいたため、仕方なく黒ウサギはその4階フロアに逃げ込む。

 

フロアの廊下には5つの部屋のドアが見えた。そのうち、一番奥の406号室の部屋のドアが開いていた状態だったので、その部屋に逃げ込んだ。

 

部屋は散乱しており、テーブルには食べかけのカップヌードルが置いてあった。化け物の騒動ですぐに逃げる準備をして、ドアのカギを閉めずに逃げて来たのだろう。

 

 

ドンッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

閉めた入り口のドアが破られる音がリビングまで響く。黒ウサギは少女を抱えたまま窓の方へと向かう。

 

 

バリンッ!!

 

 

しかし、新たな触手が窓を割って侵入して来た。黒ウサギはウサ耳で触手の位置を把握していたので、避けることは容易であった。

 

しかし、前と後ろの触手に挟み撃ちにされてしまった。

 

 

(ここはもう……【インドラの槍】で……!)

 

 

黒ウサギがギフトカードを手に持ったその時、

 

 

 

 

 

「ゼェアアアアアァァァ!!!」

 

 

 

 

 

ザンッ!!

 

ドシュッ!!

 

 

窓側の触手が一刀両断され、体液が噴き出す。斬られた触手はリビングの床に落ち、床を汚す。

 

斬ったのは一般男性より体が一回り二回りも大きい男だった。口は黒いバンダナで隠しており、手には大きな黒い大剣を持っていた。左腕には大きな刺青(イレズミ)がある。

 

 

ガガガガガッ!!

 

バシュンッ!!

 

 

玄関から侵入して来た触手が無数の黒い銃弾で蜂の巣にされた。体液が飛び散り、床や壁を汚す。

 

触手は動かなくなり、床にボトリッと落ちる。

 

 

「チッ、本体を切っても生きているガストレアか」

 

 

ベランダから大剣を持った大男が舌打ちをしながらゆっくりと部屋の中に入って来る。玄関からも人が入って来ていた。

 

 

将監(しょうげん)さん。ガストレアの完全死亡を確認しました」

 

 

出て来たのは長袖のワンピースにスパッツを穿いた女の子。何か冷めたような雰囲気で表情を表にあまり出さない子。それが黒ウサギの第一印象だった。

 

女の子の手には大きなアサルトライフル。銃を撃ったのはこの少女だと黒ウサギはすぐに分かった。

 

そこで黒ウサギはハッと我に帰る。

 

 

「えっと、助けていただきありがt

 

 

「アァ?」

 

 

(ヒィ!やっぱり外見通り怖い方ですよ!)

 

 

男にお礼を言おうとした矢先、男の声にビビってしまい、黒ウサギは続きの言葉を飲み込んでしまった。

 

抱いていた少女は将監と呼ばれた男を見て黒ウサギの首にしがみついて号泣。泣き声が部屋に響き渡る。

 

 

「あぁ!?泣かないでください!」

 

 

「おい!自分の子どものしつけくらいちゃんとしやがれ!」

 

 

「黒ウサギの子ではないのですよ!」

 

 

今度は強気で言えた。

 

 

「アァ!?」

 

 

「黒ウサギの子でしたッ!!」

 

 

やっぱり無理だった。

 

 

「将監さん。吠えないでください」

 

 

「吠えてねぇよ!」

 

 

「今吠えました」

 

 

「チッ!どいつもこいつも……!」

 

 

将監と呼ばれた男はズカズカと苛立ちを見せつけるように歩き出し、部屋を出て行った。

 

 

「すいません。将監さんのことは気にしないでください」

 

 

「えっと……ありがとうございます?」

 

 

何故か疑問形になってしまった。

 

 

「怪我はありませんか?」

 

 

「YES。大丈夫です。子どもも無事ですよ」

 

 

「そうですね」

 

 

少女は目を細める。

 

 

「あんな強い蹴りができるのですから、ね……」

 

 

(見られてた!?)

 

 

黒ウサギは額だけでは無く、背中にも嫌な汗が流れた。平常心であることを見せつけるため、顔の表情は何とかそのまま笑顔である。

 

その時、玄関の方から足音が聞こえて来た。足音の間隔は短く、走っている音だ。

 

 

「黒ウサギ!」

 

 

初めに声を出したのは優子だった。優子の後ろには息を切らした真由美がついてきている。

 

 

「大丈夫なの!?怪我は!?」

 

 

「大丈夫です。怖い方とこちらの方に助けていただいたので……それより真由美さんの方が大丈夫でしょうか……?」

 

 

「ごめん、なさい……ちょっと走っている時に、胸が……苦しくて……!」

 

 

「……………そう」

 

 

何故か優子の目が冷え切っていたことに黒ウサギは疑問に思った。少女も視線が冷たいのは気のせいだろうか?

 

 

「それでは、帰りましょうか!」

 

 

「すいません。この後被害報告のために話を聞くので残ってください。警察が来ますので」

 

 

黒ウサギと優子。そして真由美。

 

この時、彼女たちは同じ考え事をしていた。

 

 

(((身分証明の質問が来たら終わり!?)))

 

 

彼女たちは目を合わせ頷いた。

 

 

「黒ウサギはこの子の親を探しに行きます!」

 

 

「アタシは家族に連絡を入れるわ!」

 

 

「え、えっと……彼氏に連絡するわ!」

 

 

真由美の言い訳にはツッコミを入れたい二人であったが、状況が状況なのでスルーするしかなかった。

 

黒ウサギを先頭に、優子と真由美は次々と部屋から出る。少女は全く気にせず、怪しんでいなかった。

 

 

「すいません!警察の者ですが!?」

 

 

(((早ッ!?)))

 

 

既に警察手帳を見せて彼女たちの退路を塞いでいた。

 

 

「警察……ですか……」

 

 

黒ウサギの引き()った笑みで対応する。警察官は何かに気付き、笑いながら説明する。

 

 

「今日は自分、休日だったんですよ!たまたま近くにいた警官ですから!私服なのは着替える暇が無くて!」

 

 

「そ、そうなのですか……」

 

 

まさかの休日警官。これは前の世界と同じ展開だと黒ウサギは気付き、悲しくなった。

 

しかし、黒ウサギは諦めない。

 

 

「ご、ご苦労様です!中で待っていますよ!はやく行ってあげてください!」

 

 

((子どもを売った……))

 

 

黒ウサギの行動は酷いが、二人はナイスだと思っていた。待っているのは幼い子どもが一人しかいない。

 

 

「あ、大丈夫です。僕の彼女……じゃなかった婦警が外にいますので僕があなたたちの話を聞きますよ!」

 

 

(((彼女ッ……!!)))

 

 

休日デートだと分かった瞬間、グサリッと彼女たちの心に何かが刺さった。同時に逃げ場を失った。

 

 

三ヶ島(みかじま)さん、あそこです」

 

 

私服の警官の後ろから将監とスーツを着た30代半ばくらいの男がこちらに向かって来ていた。将監は黒ウサギに向かって指を差していた。

 

男は頷き、警官に近づく。

 

 

「すまない。三ヶ島ロイヤルガーターの社長をやっている者だ。少し彼女たちと話をさせてもらわないか?」

 

 

男の言葉に警官は急いでビシッと背筋を伸ばし、ペコペコと何度も頭を下げた。警官は入り口の方へと帰って行った。

 

 

「お初にお目にかかる。三ヶ島ロイヤルガーターの社長をやっている」

 

 

三ヶ島はスーツの内側から名刺を取り出し、黒ウサギに渡した。黒ウサギは名刺を見てみるが、どんな仕事を、何をやっているのか全く分からなかった。

 

しかし、ここで何をやっているのか聞いてはいけない。もしこの企業がとても重要で有名だった場合、異世界から来た者だとばれてしまう。実際、異世界から来た者だと信じる人はいないと思うが……。

 

 

「えっと、黒ウサギたちに何か御用が?」

 

 

「立ち話をするには時間が長いですので、私たちと近くのカフェなど話をしませんか?」

 

 

ニッコリと笑顔を見せる三ヶ島。黒ウサギは首を横に振ろうとしたが、

 

 

「荷物も預かっていますのでご安心を」

 

 

(((王手!?)))

 

 

チェスだとチェック。いや、そもそも王手ではない。これはチェックメイトだ。

 

黒ウサギたちは人質にされた荷物を救い出すために、三ヶ島たちについて行くことにした。

 

 

________________________

 

 

黒ウサギは少女を親のところまで連れて行き、再会させた。あの時親がいなかったのは、時間が悪かったからだ。化け物が出て来ていた時、両親は買い物に出かけてしまっており、少女はずっと留守番をしていた。そのタイミングで化け物が現れてしまった。

 

少女の体は震えていて怖がっていたが、両親を見た瞬間、元気に親の元へと帰って行った。両親は黒ウサギに何度も頭を下げ、礼を言っていた。

 

そして現在、黒ウサギたちはオシャレなカフェにいた。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

沈黙が続き、黒ウサギと優子はドキドキと緊張していた。目の前に出されたコーヒーや紅茶に手を出す余裕すらなかった。

 

この話し合い、下手をすればヤバい。直感や本能では無く、冷静に考えれば分かることだった。

 

 

「まず私たちとお話をする前に、よろしければどんなお仕事をされているか詳しく聞いていいでしょうか?」

 

 

しかし、真由美は冷静だった。

 

真由美の質問に三ヶ島はコーヒーカップを置き、答える。

 

 

「私たちは皆さんがご存知の通り、あの民間警備会社・三ヶ島ロイヤルガーターで間違いありません」

 

 

(((いや、分からないから……)))

 

 

だが『あの』っと自分で言う程有名だと自負しているのだろう。真由美はすぐにその答えを導き出し、新たな質問をする。

 

 

「ごめんなさい。私、民間警備会社のことは大まかなことしか分からないので……」

 

 

「大丈夫です。細かく説明させていただきますよ」

 

 

三ヶ島は説明を始める。

 

 

「まず知っていると思いますが、私たちは【ガストレア】が絡む案件の処理をしています」

 

 

「警察とは別のモノですよね?」

 

 

「はい。ガストレアが絡んだ事件時は私たちが担当。それ以外のモノは警察が担当しています」

 

 

「あの化け物はやっぱりガストレアですね……」

 

 

「はい。ステージⅠです」

 

 

真由美は慎重に言葉を選んでいた。

 

民間警備会社、ガストレア、ステージⅠ。まだ完全に把握したわけでは無い。しかし、ここは分かったフリをしなければならない。

 

 

「先程の方たちはあなたの社員で間違いないですか?」

 

 

「将監たちのことだね。彼らは私の会社に所属しているプロモーターだ」

 

 

「では、あの女の子は……」

 

 

「将監のイニシエーターだ」

 

 

また分からない単語が出てきてしまった。黒ウサギと優子は二人の会話について行けないが、真由美も彼の話について行けてなかった。

 

しかし、真由美の話に三ヶ島は何も疑わなかった。

 

真由美の言っていることはごく普通の一般人と会話しているモノと同じケースだったからだ。

 

これは真由美がそういう風に見られるように自ら演じている。

 

 

(大樹さんの言う通り、真由美さんのカリスマ性や物事をすぐに対処する冷静さ……本当に凄いです)

 

 

黒ウサギたちが何もしなくても情報が入って来てしまっている。真由美の話はそれほど凄い事を物語っていた。

 

 

「……そろそろ本題に入ってもいいでしょうか?」

 

 

「ええ、どうぞ」

 

 

真由美は頷いて許可を出す。三ヶ島は黒ウサギの方を向き、話を進めた。

 

 

「彼女をぜひ我が社の社員にしたいかと思っているんです」

 

 

「社員ということは……プロモーターのことでしょうか?」

 

 

黒ウサギの代わりに真由美が尋ねた。三ヶ島は頷き、再度説明を始める。

 

 

「彼女の蹴りの強さは将監とそのイニシエーターから聞いた。とても強い蹴りだったと」

 

 

「あ、あはは……」

 

 

引き攣った笑みで黒ウサギは対応。優子と真由美はジト目で黒ウサギを見ていた。今回の問題点は黒ウサギだと分かったからだ。

 

 

「もしよろしければ……」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

三ヶ島が何かを言う前に真由美が謝罪した。

 

 

「他の企業から誘いを受けているので、まだ考えが纏まっていないの状態ですので……」

 

 

「……そうでしたか。しかし誘いの段階ならばまだこちらにもチャンスがありますよね?」

 

 

「そうですね。お考えさせていただきます」

 

 

真由美はニッコリと笑顔を見せて対応する。三ヶ島もこれ以上勧誘しようとしなかった。

 

 

「すいません。最後に一つお聞きしてもよろしいですか?」

 

 

「何かね?」

 

 

その時、優子が三ヶ島に話しかけた。優子はポケットの中から一枚の写真を取り出す。

 

 

「この人、知りませんか?」

 

 

「……いや、見たこと無いな。君の友達かね?」

 

 

「いえ、ただの馬鹿です」

 

 

((怒ってる……))

 

 

写真に写っていたのは大樹。パーカーとジーパンの姿、私服の大樹がピースをして写っていた。顔はちょっとドヤ顔でムカつく。

 

 

「そ、そうか……では私はこれで失礼するよ。荷物は店の入り口に置いてあるから」

 

 

三ヶ島はそう言い残し、その場去った。

 

帰ろうとした時、カウンターで精算しようとしたら代金は全部三ヶ島のおごりだった。よって黒ウサギたちが払う必要は無かったが、これであの人の勧誘を簡単に断りにくくなった。

 

荷物は確かに店の入り口のソファに丁寧に並べられて置かれていた。荷物の上には一枚の紙がある。

 

 

「地図……ですね」

 

 

もちろん三ヶ島ロイヤルガーターの本部が赤ペンで丸が付けられている。黒ウサギの言葉に優子と真由美が嫌な顔をする。諦めの悪い人だと思った。

 

 

「それにしても真由美さん。いつの間に他の会社から勧誘が来ていたのですか?」

 

 

「黒ウサギ。多分それは嘘よ」

 

 

黒ウサギの疑問に優子は首を振った。真由美はチロッと舌を出し、悪戯が成功したかのように笑っていた。

 

 

「……す、すいません」

 

 

「ど、どうして謝るのかしら!?」

 

 

「アタシも……ごめんなさい」

 

 

「えぇ!?」

 

 

二人は思った。この人を敵に回してはいけないっと。

 

 

________________________

 

 

三人はカフェから出た後、宿泊するホテルを探しだし、この世界に関する資料を揃え、みんなで情報を手に入れていた。

 

部屋には積み重ねられた本の山が2,3個あり、計3万円は使ったが、残り97万はあるし、ホテル代で2万だと考えるとまだまだ残こる計算だ。

 

 

「やっぱり凄かったわ。あんなに本が並んでいるなんて!」

 

 

「学校の図書館はディスプレイだけでしたからね」

 

 

真由美が大きな書店に行くと、目を輝かせて驚いていた。

 

魔法科高校の図書館はディスプレイしか無く、調べたいことはすぐに出て来る時代。

 

しかしこの世界は本と言う概念がまだ大きく残っている時代だ。大量の本を目の前にして驚き、ワクワクとさせたのだ。

 

 

「でも面倒だと思うわ」

 

 

「それを言ったら全てが台無しですよ……」

 

 

バッサリと切り捨てた真由美に、黒ウサギは溜め息を漏らしたのであった。

 

 

「お風呂、空いたわよ」

 

 

風呂場から濡れた髪をバスタオルで拭きながら出て来た優子は、ドレッサーの前に座り、ドライヤーで髪を乾かし始める。

 

 

「じゃあ私が入るわ」

 

 

真由美は立ち上がり、着替えを持って風呂場に入って行った。

 

髪を乾かし始めた優子を見た黒ウサギは、立ち上がり、優子の背後に立つ。

 

 

「お手伝いします」

 

 

「い、いいわよ」

 

 

「大丈夫です。任せてください」

 

 

黒ウサギは優子からドライヤーを奪い取り、髪を乾かし始める。優子は頬を赤くして照れながら鏡を見ていた。

 

 

「……ごめんなさい。黒ウサギにも迷惑かけたでしょ?」

 

 

「黒ウサギは大丈夫ですよ。いつか、絶対に思い出してくれると信じていましたから」

 

 

優しい笑みを浮かべた黒ウサギに、優子は謝罪の言葉を言うのは間違っていることに気付く。

 

 

「ありがとう」

 

 

「はい。どういたしまして」

 

 

二人は笑い合い、笑顔になった。

 

 

『キャアアア!!どうしてお湯が出て来ないの!?』

 

 

「「……………」」

 

 

真由美の悲鳴が聞こえて来た。台無しである。

 

 

「ちょっと!?赤いのを回したのに、どうしてお湯が出て来ないのよ!?」

 

 

バスタオルを体に巻いた真由美がリビングに飛び出して来る。黒ウサギは落ち着いて説明する。

 

 

「えっと、少し時間を置いたら温かくなりますよ?」

 

 

「どうしてすぐに出ないのよ!?」

 

 

「……真由美さんの自宅のシャワーより、性能が良くないので

 

 

「不良品なのね!」

 

 

「違います」

 

 

その後、お湯の熱さに再び悲鳴を上げた真由美。少し手間がかかるお嬢様状態だった。

 

 

 

________________________

 

 

「では、情報をまとめましょう……」

 

 

「そうね……」

 

 

「二人ともどうしたの?疲れているようだけど……?」

 

 

加害者は真由美です。

 

 

「いえ、何でもありません。まず情報を整理すると、この世界は【ガストレア】というウイルスのせいで世界を滅びかけました」

 

 

「ガストレアはあの化け物のこと……」

 

 

黒ウサギの言うことに優子は捕捉を付ける。しかし、核心的部分は触れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのガストレアは、人間かもしれないってことね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、真由美はそこに触れた。

 

 

「ガストレアのウイルスに感染した動物、もしくは人はあの化け物に姿を豹変する」

 

 

「「……………」」

 

 

「これは、受け止めないといけない真実よ」

 

 

真由美のハッキリとした声に優子と黒ウサギは下を俯いていた。

 

ガストレア。それは悪の、最悪の、最低のウイルス。

 

それに感染した動物や人はあのような化け物になってしまう。

 

 

「黒ウサギは……黒ウサギは……!」

 

 

今にも泣きそうになった黒ウサギは、声を出そうとするが、言葉に詰まってしまう。

 

黒ウサギが蹴り飛ばした、爆発させた化け物は、元は人だったかもしれない。その可能性に恐怖に陥ってしまった。

 

 

「あなたは悪くない。ガストレアに感染した人間が元の姿に戻すことはできないの。あのまま暴れて人を殺めていたら、ガストレアになった者が悲しむわ」

 

 

「それでも……黒ウサギは……!」

 

 

「あなたが戦わなければ、子どもが死んでいた。他の多くの者が死んだかもしれない。あの戦闘のことを胸を張りなさいとは言わない。でも、自分を責め過ぎないで」

 

 

真由美の言葉に黒ウサギは何度も頷き、涙を流した。

 

 

「……黒ウサギには悪いけど、話を続けましょう」

 

 

「いえ、黒ウサギは……もう大丈夫です」

 

 

手で涙を拭き、黒ウサギは話に参加する。目袋はまだ赤いが、涙はもう出ていなかった。

 

大丈夫なことを確認した真由美は説明を続ける。

 

 

「……ガストレアの弱点、【バラニウム】という黒い鉱石だということ。これもみんなは知っているわね」

 

 

「あの怖い人も持っていましたね」

 

 

「え?持ってたの?」

 

 

黒ウサギの言葉に優子が尋ねる。優子と真由美はすれ違っただけなのでよく見ていなかったのだろう。

 

 

「YES。背中にあったあの大きな剣です。あれはバラニウムで作られたモノです」

 

 

「あの子ども。イニシエーターが使っていたのは銃弾の先にバラニウムを取りつけてあったわ」

 

 

真由美はテーブルに置いてあった黒い銃弾を手に取る。

 

 

「それは?」

 

 

「落ちていたのを一つ拾ったわ」

 

 

「抜かりないですね……」

 

 

黒ウサギは銃弾を手に取り、銃弾をよく見る。

 

 

「あ、手で触ると手が溶けるわよ!」

 

 

「えぇ!?って嘘ですよね!?」

 

 

「ええ、嘘よ」

 

 

笑顔で嘘を認める真由美。黒ウサギはまたどっと疲れた。

 

 

「どうして騙されているのよ……」

 

 

「だって……これって冷たい水道水で手で洗おうとした時に、『熱ッ!』って横から言われてしまい、条件反射で自分の手を水道水から手を焦って離してしまうのと同じ原理ですよね?」

 

 

「あったわね……昔あったわそんなこと……」

 

 

黒ウサギの例えに優子は何度も頷く。やられた経験があるみたいだった。

 

 

「ガストレアはバラニウム嫌い、自分から近づこうとしない。それを利用してこの街の周りを【モノリス】で囲い、ガストレアの侵入を防ぐことに成功した」

 

 

「何事も無かったかのように真由美さんが説明しだしたのはこの際置いておきましょう。モノリスは全部バラニウムで出来ており、ガストレアを寄せ付けないのです」

 

 

モノリスは横に約1km、高さ約1.6kmもある巨大建造物だ。

 

 

「この街の外。モノリスの外側は……たくさんのガストレアがいるのね」

 

 

優子の言葉に二人は黙る。この街の外はガストレアに感染した人と動物が溢れかえった世界。想像するだけで酷いモノだと分かる。

 

では何故今回、彼女たちの目の前にガストレアが現れたのか。

 

それはごく稀にモノリスを無理矢理無視して街に入り込むガストレアがいるからだ。それがあのガストレアだった。

 

 

「ガストレアについてはまだあるわ」

 

 

「……【呪われた子供たち】のことですね」

 

 

真由美が言う前に黒ウサギが先に言った。その言葉に真由美は頷く。

 

 

「ガストレアウイルスを身に宿してしまった子ども。そのウイルスをコントロールすることで超人的な能力を発揮できる。特徴として目が赤い子がそうよ」

 

 

「あの女の子も……そうなのね」

 

 

真由美の説明に優子は下向き、俯いた。

 

ウイルスにより超人的な治癒力や運動能力など、さまざまな恩恵を受ける。

 

妊婦がガストレアウイルスに接触することにより胎児が化すもので、出生時に目が赤く光っていることにより判明する。

 

ガストレアウイルスは生物の遺伝子に影響を与えるため、【呪われた子供たち】はその全員が女性になる。よってあの少女にも当てはまるのだ。

 

 

「……『民間警備会社』はガストレアと戦う専門職のこと。二人一組で戦うのが基本。将監と呼ばれた男のポジションは【加速因子(プロモーター)】と呼ばれ、女の子のことは【開始因子(イニシエーター)】と呼ばれているわ」

 

 

真由美は続ける。

 

 

「この二人組でガストレアを倒しているの。他にもたくさんの【加速因子(プロモーター)】と【開始因子(イニシエーター)】がいるわ。三ヶ島ロイヤルガーターは大手企業で、他にも中小企業民間警備会社があるの」

 

 

「あの怖い人は伊熊(いくま) 将監という方で、IP序列は1584位の凄腕の実力者でした」

 

 

黒ウサギは一枚の紙を二人に見せる。そこには将監とイニシエーターの女の子。千寿(せんじゅ) 夏世(かよ)と記載されていた。

 

 

「IP序列って全世界のイニシエーターとプロモーターのペアを戦力と戦果でランク付けしたモノだったかしら?」

 

 

「YES。何十万とある中で千番台なのでお強いですよ」

 

 

優子の確認に黒ウサギが答える。

 

 

「……ここまでにしましょうか。まだ調べたいことが多いし、大樹君を探さないといけないのだから」

 

 

「そうですね」

 

 

黒ウサギが携帯端末のディスプレイを表示すると、時刻は既に11時を過ぎていた。それを見た優子は黒ウサギにあること聞く。

 

 

「……それで大樹君と連絡は取れないのかしら?」

 

 

「そう思ったのですが、大樹さんはどうやらまだ登録していないようなのですよ」

 

 

「登録?」

 

 

「この世界の電波に合わせることです。優子さんと真由美さんはまだでしたね。携帯端末をお借りしていいですか?」

 

 

優子と真由美は携帯端末を黒ウサギに渡す。黒ウサギは二人の携帯端末のディスプレイを操作しながら説明する。

 

 

「前の世界とここの世界の電波は全く違います。だから合わせる必要があるのです……………できました。これでこの世界の携帯電話と同様に使えます」

 

 

「凄いわね……いつの間に黒ウサギもそんなことができるようになったの?」

 

 

「えっと、やり方のメモを貰っていたので……」

 

 

「「……………」」

 

 

準備がとてもいい大樹であった。

 

 

「どうして大樹君は設定をしていないのかしら?」

 

 

「恐らく、設定できないのかもしれません」

 

 

真由美の疑問に黒ウサギは予測していた。

 

 

「街の……外にいる、とか……」

 

 

ガタッ

 

 

「ちょっ!?優子さん!?真由美さん!?どこに行く気ですか!?」

 

 

「「コンビニ!」」

 

 

「嘘ですよね!?モノリスの外に行こうとしてますよね!?」

 

 

「だって大樹君が……!?」

 

 

真由美が心配しながら言うが、黒ウサギは冷静に告げる。

 

 

()()大樹さんが負けると思いますか?」

 

 

「「あ……」」

 

 

その言葉に納得する二人。黒ウサギはドヤァ……とドヤ顔していた。二人は少しムカついたが、スルーした。まーる。

 

 

________________________

 

 

 

「『天童民間警備会社』所属、里見(さとみ) 蓮太郎(れんたろう)……聞かない会社だな」

 

 

「売れてねぇからな」

 

 

エラの張ったごつい顔をしている殺人課の主任刑事は民警の許可書(ライセンス)に書かれた会社と名前を声に出して読んだ。

 

 

「ファハハ、ひでぇ不幸面だ。写真写り悪いなお前!」

 

 

バシッ

 

 

読み終わったことを確認した蓮太郎は笑う刑事から民警許可書を取り上げた。

 

刑事は態度の悪い蓮太郎の姿を改めて見る。そして気付いた。

 

 

「その制服……学生だろ」

 

 

「……わりーかよ」

 

 

蓮太郎はスーツにそっくりの真っ黒い制服を着ていた。蓮太郎は嫌な顔をする。

 

 

「拳銃もちゃんと持ってる」

 

 

「そういう問題じゃ……いや、もういい」

 

 

刑事は古びた6階建てのアパートの中へと入る。

 

 

「仕事の話しねぇか?」

 

 

その言葉に、蓮太郎もアパートの中へと入って行った。

 

エレベーターを使い、上の階を目指す。

 

 

事件(ヤマ)はここの二階だ。情報を総合した結果、間違いなくガストレアだと分かった」

 

 

エレベーターの扉が開き、二人は降りようとしたが、

 

 

「そう言えばお前、イニシエーターはどうした?」

 

 

「あ、あいつの手を借りるまでもないと思ってな!」

 

 

蓮太郎は内心でギクリっとしながら答えていた。

 

 

「……まぁいい。行くぞ」

 

 

刑事は何も追及すること無く、再び歩き出した。

 

現場の202号室。ドアの前には警備隊が何人も固まっていた。

 

 

「何か変化は?」

 

 

「す、すいません!たった今、ポイントマンが二人、懸垂(けんすい)降下にて窓から侵入……」

 

 

警備隊の一人の顔が青ざめながら報告していた。

 

 

「連絡が……途絶えました……」

 

 

「「!?」」

 

 

その報告に刑事と蓮太郎は驚愕する。

 

 

ダンッ!!

 

 

刑事は報告した警備隊の胸ぐらを掴んだ。

 

 

「馬鹿野郎!何で民警の到着を待たなかった!?」

 

 

「我が物顔で現場を荒らすアイツらに手柄を横取りされたくなかったんですよ!主任だって気持ち分かるでしょう!?」

 

 

「んなことぁどうでもいい!それより……!」

 

 

「どいてろボケども!」

 

 

蓮太郎の一喝で場が静かになった。蓮太郎はドアの前に立つ。

 

 

「俺が突入する」

 

 

蓮太郎の真剣な目と表情に刑事は呆気に取られるが、すぐに警備隊に指示を出す。

 

警備隊は扉破壊用散弾銃(ドアブリーチャー)蝶番(ヒンジ)に当てる。

 

蓮太郎は拳銃を両手で持ち、準備を整える。

 

 

「……やってくれ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

その瞬間、散弾銃が火を噴いた。

 

散弾銃はドアのロックを粉々に壊し、蓮太郎は壊れたドアを蹴り破った。

 

蓮太郎は蹴り破ったと同時に部屋の中に入る。

 

 

「!?」

 

 

蓮太郎は部屋の中に入って驚愕した。

 

ガストレアの死体。それが壁にめり込み、絶命していた。

 

 

「何だよ、これ……」

 

 

蓮太郎は警戒しながら近づく。

 

ガストレアは原型を留めておらず、ぐちゃぐちゃになってしまっている。黒い体液が畳や壁にベットリとついている。

 

 

(まだ……新しい)

 

 

体液は畳に完全に染み込んでおらず、ガストレアはやられたばかりだとすぐに分かった。

 

割れた窓ガラスから顔を出し、ベランダの様子を見る。

 

 

「ッ!」

 

 

そして、3人の男が倒れていることに気付いた。

 

 

「おい!大丈夫か!?」

 

 

それはこの部屋の住人と二人の警備隊だった。

 

蓮太郎はすぐに三人の様子を見るために駆け付けるが、

 

 

「うぅん……」

 

 

「は?」

 

 

住人は眠っているだけだった。二人の警備隊も眠っているだけだ。外傷の一つすらない。

 

 

「おい民警!?どうなって……何だこりゃ……!?」

 

 

様子を見に来た刑事がガストレアを見て驚く。

 

 

「お前がやったのか!?」

 

 

「違う。来た時にはもう……それより住人と警備の人は無事だった」

 

 

「本当か!?」

 

 

刑事と一緒に突撃して来た警備隊が安堵の息をつく。

 

 

「どうした?」

 

 

「……いや、何でもない」

 

 

刑事の言葉に蓮太郎は首を横に振った。

 

納得いかない結末に、蓮太郎は死んだガストレアを睨み続けた。

 

 

________________________

 

 

 

その後、住人と警備隊は念のために病院へと送られた。蓮太郎は警察と一緒に部屋を調べていた。

 

ガストレアは専門職の人たちがガストレアを分解したりなどして処理している。

 

 

「何でお前さんまで調べるんだ?」

 

 

「納得いかないからだ」

 

 

刑事の質問に蓮太郎は答える。

 

 

「今回の事件、おかしいと思わないか?」

 

 

「そりゃガストレアが死んでいたこと、住人とうちの警備隊が眠っていたこと。おかしいことだらけだが、何事も無くて良かっただろ」

 

 

刑事の言うことは正しかった。死者を出さず、イニシエーターのいない状態で戦闘にならなかったことに幸運だと思った。

 

 

「じゃあ何でガストレアは死んだと思う?」

 

 

「他の民警が黙って仕事をしたとかじゃねぇのか?」

 

 

「それなら報告するはずだ。IP序列を上げるためにな」

 

 

「じゃあお前はどう考えるってんだよ」

 

 

苛立ちを表しながら刑事は蓮太郎に質問する。

 

 

「ガストレアから何かを奪った」

 

 

「奪った?」

 

 

「このガストレアは体内にある何かを探しているようだった。例え通常ガストレアをバラニウム製の剣でここまで斬らなくても、ガストレアは再生を阻害されてしまい、死んでしまう」

 

 

「念には念を入れただけじゃねぇのか?」

 

 

「ガストレアを殺した奴は相当の実力者だ。そんな奴がここまでするわけがない」

 

 

「……何で実力者だと分かるんだよ」

 

 

「部屋だ」

 

 

「部屋?」

 

 

「部屋が綺麗過ぎるんだ。ここで確かに戦闘があったはず……でも」

 

 

蓮太郎はガストレアの近くにある家具を見る。

 

 

「なのに破壊部分があるのは壁と窓とテーブルから落ちた花瓶だけ。これはガストレアは一撃で仕留められ、壁にめり込められた思う」

 

 

他の家具は荒らされておらず、少し体液が付いた程度だけだった。

 

 

「この大きさのガストレア、動いただけでもこの部屋はボロボロになるはず。なのに壊れたのはそれだけだった」

 

 

「……お前が言いたいことは分かった。でも、何を奪った?」

 

 

「……分からねぇ」

 

 

「まぁ……そうだろうな」

 

 

刑事は懐から煙草を取り出し、火をつけて吸い始める。

 

 

ガストレア(コイツ)をやった奴は何がしたかったんだろうな、本当に」

 

 

「ああ……」

 

 

「まぁ『感染爆発(パンデミック)』が起きる心配もないだろ」

 

 

刑事に部屋から出ろと言われ、蓮太郎はしぶしぶ部屋を出ようとしたその時、

 

 

チーンッ!!

 

 

「ぐッ!?!?」

 

 

股間に衝撃が走った。

 

 

「ぐあああああァァァ!!!」

 

 

「自転車から(わらわ)を放り出すとは何事だ!」

 

 

ツインテールの髪型をし、10歳前後の少女が蹴った蹴りが蓮太郎の股間に炸裂していた。少女は倒れた蓮太郎に説教をする。

 

 

「うおぉ……」

 

 

後ろにいた刑事が股間を抑えて青ざめていた。あれは痛いっと。

 

 

「え、延珠(えんじゅ)か……」

 

 

この少女は蓮太郎のイニシエーター。藍原(あいはら) 延珠だった。

 

少女は裏地にチェック柄が入ったコートにミニスカート。底の厚い編上げの靴を履いていた。

 

 

「『ふぃあんせ』の妾をもっと大切にせぬか!」

 

 

「おい!?何てことを言い出s

 

 

「言いシュミしているな豚野郎」

 

 

刑事の手には手錠が握られていた。蓮太郎は青ざめる。

 

 

「ちょッ!?待て!落ち着け!こいつはただの居候で……!」

 

 

「愛してると言ったではないか!?」

 

 

「言ってねぇよ!?あったとしても『家族愛』だろ!?」

 

 

「妻?」

 

 

「違ぇ!!」

 

 

「ちょっと署まで来い豚野郎」

 

 

「誤解だ!?頼むからやめてくれ!!」

 

 

 

 

 

バリンッ!!

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その時、アパートの部屋の中から窓ガラスが割れる音が響き渡った。

 

蓮太郎は拳銃を手に持ち、延珠と一緒に急いで部屋の中に入った。

 

 

「おい!?何やってんだお前ら!?」

 

 

部屋の中には警備隊でもガストレアを処理する係員でもない。一人の男が怒鳴り声を上げていた。

 

男は泣いた仮面をつけており、黒いコートを着ていた。

 

 

「だ、誰だ貴様!?」

 

 

「んなことはどうだっていいんだよ!コイツがどんなガストレアか知ってんのか!?」

 

 

係員が男に怒鳴ろうとするが、男は係員の胸ぐらを掴んだ。

 

その時、男が息を飲んだ。

 

 

「馬鹿がッ!ガストレアを分解したのか!?」

 

 

「そ、それがどうした……!?」

 

 

「コイツは単因子プラナリアのガストレアだ!」

 

 

「なッ!?」

 

 

今度は蓮太郎が息を飲んだ。

 

 

「何だその生き物は……」

 

 

ジュウウゥ……!!

 

 

係員が何かを聞こうとした時、変な音が部屋中、そして外から聞こえた。

 

 

「ヴェエエエエ!!!」

 

 

ガストレアは息を吹き返し、再生したのだ。

 

それだけではない。

 

 

「ギャアアアア!!!」

「ヴウウウウウ!!!」

「ジャアアアア!!!」

 

 

バラバラに分解していたガストレアの一つ一つが生き返り始めたのだ。

 

 

「うわあああああァァァ!!!」

 

 

外から男の悲鳴が聞こえた。既に分解したガストレアを外に出してしまっていた。そしてそれが生き返ってしまった。

 

 

多田島(ただしま)警部!外が……外がッ!?」

 

 

「一体何が起きていやがるんだ!?」

 

 

警備隊と係員は逃げ出し、部屋の異常に気付いた刑事が部屋の中にドタドタと急いで入れ違いで入って来る。その時、

 

 

「危ないッ!!」

 

 

蓮太郎が気付いた時には遅かった。

 

 

「ヴャアアアア!!!」

 

 

「!?」

 

 

刑事は背後から来たガストレアに襲われそうになっていることに。

 

 

「そんな話は後だ」

 

 

ザンッ!!

 

バシュンッ!!

 

 

刑事の背後にいたガストレアが細切れになった。体液が刑事に盛大にぶっかかり、ガストレアは床にボトボトと落ちる。

 

泣いた仮面の男の手には黒い刀が握ってあった。彼が助けたらしい。

 

 

バシュウウウウウ!!

 

 

そして、男はスプレー缶を取り出し、黒い煙をガストレアにかけた。

 

 

「お前もこれを使え」

 

 

「うおッ!?」

 

 

仮面の男は同じようなスプレー缶を蓮太郎に投げ、蓮太郎はキャッチする。

 

 

「バラニウムを細切れにしたスプレーだ。プラナリアには効果抜群だ」

 

 

「ッ!……アンタやっぱり」

 

 

「じゃあ俺は外を片付けるから部屋はよろしくな、民警さん」

 

 

仮面の男は窓に向かって走り、飛び降りた。急いで窓の外を見ると、下にはもうあの泣いた仮面の男の姿は見えなかった。

 

 

「蓮太郎!」

 

 

「ッ!」

 

 

延珠に名前を呼ばれガストレアを見る。

 

ガストレアは黒く細長い。頭部には白い二つの目。矢印の様に幅広く、口が大きく見えた。

 

 

「ガストレア・モデル()()()()()()確認!これより交戦に入る!」

 

 

ドゴンッ!!ドゴンッ!!

 

 

蓮太郎の拳銃の銃口から二発の黒い銃弾がガストレアに向かって飛んで行く。

 

 

バシュンッ!!バシュンッ!!

 

 

「ギャヴヴヴヴヴ!!!」

 

 

ガストレアの体に当たり、ガストレアは悲鳴を上げる。

 

敵は一方的にやられることは許さない。反撃でガストレアは尻尾のようなモノで蓮太郎に向かって薙ぎ払おうとする。しかし、

 

 

ドゴンッ!!

 

 

 

 

 

蓮太郎の前に延珠が立ち、尻尾を両手をクロスさせて()()()()()

 

 

 

 

 

「んなぁッ!?」

 

 

その小さな体でガストレアの重い一撃を受け止めた。衝撃的な光景に刑事は目を見開いて驚愕した。

 

そして、刑事は気付いた。

 

延珠の目は赤くなっていたことに。

 

 

「ハァアアアッ!!」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

受け止めていた尻尾を延珠は下から蹴り上げ、尻尾を無理矢理千切る。それを見た蓮太郎は焦る。

 

 

「駄目だ延珠!ソイツにむやみに攻撃しちゃ……!」

 

 

ジュウウゥ……!!

 

 

千切れた尻尾が動き出し、大きなる。そして、命が吹き込まれる。

 

 

「ヴャアアアア!!!」

 

 

新たなガストレアが耳の鼓膜を破ってしまうかのような咆哮を上げる。

 

 

「増えた!?」

 

 

不可解な現象に刑事は驚愕。蓮太郎は拳銃をガストレアに向けたまま延珠に指示を出す。

 

 

「延珠!コイツらを隣の部屋にぶちこめ!」

 

 

延珠は頷き、ガストレアを蹴り飛ばした。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「グギャ!?」

 

「バギャ!?」

 

 

ガストレアはドアを突き破り、隣の部屋へと吹っ飛ばされる。

 

 

「多田島警部!ライターを貸してくれ!」

 

 

「な、何に使う気だ!?」

 

 

「いいからよこせ!」

 

 

刑事の手に持ったライターを奪い取り、隣の部屋へと向かう。

 

 

「延珠!下がれ!」

 

 

蓮太郎はジッポーライターに火をつけたまま、仮面の男に貰ったスプレー缶と一緒に投げた。

 

延珠はその瞬間、後ろに大きく飛び回避。蓮太郎と刑事の体を掴み、一緒に後ろに飛ぶ。

 

 

「終わりだ」

 

 

ドゴンッ!!

 

 

延珠に捕まれたまま蓮太郎の銃弾はスプレー缶に当たり、穴が空く。

 

穴から高圧ガスにより圧力を加えた液体とバラニウムを細切れにしたモノが飛び出し、火に引火した。

 

 

ドゴオオオオオォォォ!!!

 

 

その瞬間、大爆発で部屋を吹っ飛ばした。

 

 

________________________

 

 

 

「殺す気かあああああァァァ!!!」

 

 

「生きてるだろうがあああああァァァ!!!」

 

 

真っ黒になった部屋の中に二人の男の叫び声が響き渡っていた。

 

灰やバラニウムで真っ黒になった二人。延珠は嫌な顔をして蓮太郎と刑事を見ていた。

 

 

「公務執行妨害だッ!」

 

 

「あぁいいぜ!やってみろよ!」

 

 

「逃げれると思うなよ……このロリコン!」

 

 

「俺が悪かった!」

 

 

蓮太郎は腰を90度に曲げて謝った。さきほどの話を聞かれていたため。勝てる見込みがなかった。

 

 

「にしても……アイツは何だったんだ?」

 

 

刑事は煙草を吸おうと思ったが、ライターが無い事に気付き、諦める。

 

事件は一応収束した……と言っておこう。

 

実はまだ分からないのだ。蓮太郎が倒したガストレア以外のガストレアは全て泣いた仮面の男が全滅させたらしい。しかし、まだ残っているのかもしれないといことで警察の捜索は続いている。

 

仮面の男は姿をすぐに消し、そちらの捜索も同時進行で行われている。

 

 

「プラナリアって知っているか?」

 

 

「いや、分からん」

 

 

「プラナリアは扁形動物の仲間で再生力が異常に強い生き物なんだ」

 

 

「……ガストレアと同じ特性じゃねぇか」

 

 

「勘違いしている。今までのガストレアは確かに傷をつけられても再生することができた。でも、このガストレアの恐ろしいところは他にあるんだ」

 

 

蓮太郎は声を低くして真剣に説明する。

 

 

「ある実験でプラナリアは有名なんだ」

 

 

「実験?」

 

 

「プラナリアをメスを使って何等分にもバラバラにしても、生きているかの実験だ」

 

 

「なッ!?」

 

 

その言葉に刑事は驚愕する。隣にいた延珠も驚いていた。

 

 

「結果は全ての断片が生きていた。100個になるように切っても、100個全て生きていたっていう話もある」

 

 

「じゃあ……あの時俺たちがもっとはやく、あのガストレアを処理してしまっていたら……!?」

 

 

「大変なことになっていただろうな」

 

 

蓮太郎は続ける。

 

 

「最初に発見した時、俺はガストレアの体内が奪われたとか荒らされていたって話をしたよな?」

 

 

「あぁ……言っていたな」

 

 

「あれは胃袋を探していたんだ」

 

 

「胃袋?」

 

 

「切断実験をする時、1週間前から絶食させておかないと、切断時に自分の体内の消化液で自身の体を溶かしてしまうんだ。これだと実験は失敗する。だからあの仮面の男はそれを確認したんだ。絶食の状態なのかどうかを」

 

 

「……なるほどな」

 

 

「今回のガストレアは単因子プラナリアのガストレア。ガストレア本来の再生力とプラナリアの再生力が合わさった最強のステージⅠだった。あれがステージⅡやステージⅢだとしたら……」

 

 

考えただけでも恐ろしいモノだった。

 

 

「「「……………」」」

 

 

沈黙が続くが、蓮太郎と刑事の目があった瞬間、

 

 

バッ

 

 

「イニシエーターの藍原 延珠とそのプロモーター里見 蓮太郎、ガストレアを排除しました」

 

 

「ご苦労、民警の諸君」

 

 

蓮太郎と延珠。そして警部は同時に敬礼した。蓮太郎と刑事は笑みを浮かべている。

 

 

「蓮太郎、蓮太郎!?」

 

 

「ど、どうした延珠?」

 

 

「タイムセールが!」

 

 

「ッ!?」

 

 

蓮太郎は急いで広告のチラシを取り出し、時間を確認する。

 

 

「終わって……る……」

 

 

ガーンッと蓮太郎と延珠は絶望し、膝をついた。

 

 

「……本当に何だこいつらは……」

 

 

そんな二人を見た刑事は他の仲間にライターを借りに行った。

 

 

________________________

 

 

 

「里見君……モヤシのことはことは諦めなさい。今日の給料は少しだけ上がるのよ」

 

 

「一袋6円だぞ……諦めきれねぇよぉ……」

 

 

椅子に座って落ち込んでいる蓮太郎。延珠は眠いと言って先に帰っている。

 

ここは天童民間警備会社のオフィス。一階はゲイバー、二階はキャバクラ、三階は天童民間警備会社、四階は闇金で構成されたビルに、俺たちの会社はある。これは酷い。

 

社長曰く、『本当にいい会社なら立地なんて関係ないのよ』っと言っている。

 

蓮太郎を励ましているのは黒いさらさらのストレートヘアの美人。黒一式のセーラー服を着ており、胸元に赤いリボンをつけていた。

 

天童(てんどう) 木更(きさら)。天童民間警備会社の社長だ。

 

 

「刑事さん言っていたわ。厄介事はうちに回してくれるそうよ」

 

 

「最悪じゃねぇか」

 

 

()が来ているのにかかわず、こちらは平常運転である。

 

 

「えっと……出直した方がいいですか?」

 

 

「いえ、大丈夫ですよ。これは放っておいてください」

 

 

「おい」

 

 

来客が気まずそうだったが、木更が笑顔で止める。蓮太郎は『これ』扱いされ、ツッコミを入れるがスルーされた。

 

 

「今日はどういったご用件で?」

 

 

「木更さん、その質問二回目」

 

 

「……お馬鹿」

 

 

それはアンタだっとは言い切れなかった。

 

 

「えっと、人探しですけど……」

 

 

青のチェックのミニスカートにガーターベルト。白い長袖のカッターシャツに青髪のロングヘア。木更さんと同じくらいの美人で、木更さんと同じくらい胸が大きい来客は戸惑いながらもう一度依頼内容を言った。

 

 

「帽子は取らないんですか?」

 

 

「ダメです!」

 

 

「そ、そうですか……」

 

 

木更さんの気遣いを客は断固拒否した。散髪で失敗でもしたのだろうか。

 

来客は一人だけではない。あと二人来ている。

 

一人はホットパンツのデニムに花柄のキャミソールを着ている美少女。というか客は三人とも美少女だった。

 

彼女はショートカットで、二人の会話の様子を見守っていた。

 

 

「報酬金はこれくらい出します」

 

 

フワフワに巻いた黒髪のロングヘアの美少女。こちらは薄いピンク色のワンピースを着た女性が報酬額を書いた紙を渡す。

 

蓮太郎と木更はその額に驚愕した。

 

 

「「に、二十万!?」」

 

 

((来る……真由美さんの交渉術が……))

 

 

他の二人の顔に、緊張が現れた。

 

 

「というかいつからうちは何でも屋に……」

 

 

「受けます」

 

 

「木更さん!?」

 

 

「二十万よ!?ビフテキが買えるのよ!?」

 

 

「俺たちの本職は民警だろ!?」

 

 

「じゃあ里見君は帰っていいわよ。報酬はあげないから」

 

 

「やります!」

 

 

ビバ、ビフテキ。

 

しかし、蓮太郎はあることに気付く。

 

 

「でもそういうのは警察に相談した方が早いんじゃないのか?」

 

 

ギクッ

 

 

三人の肩がビクッとなった。

 

 

「『そんなモノは平和ボケした民警にでもやらせておけ』っと警察の方は何も聞いてくれませんでした……」

 

 

((警察を敵に回した!?))

 

 

「チッ、あの野郎共……」

 

 

「確かにいいそうね」

 

 

((納得している!?))

 

 

女の子が二人震えていたが、蓮太郎と木更は気付かなかった。

 

 

「あなた方の名前と探している人の名前を教えてもらってもいいでしょうか?」

 

 

「アタシは木下 優子」

 

 

「黒ウサギです」

 

 

「私は七草 真由美です。今回探してほしいのは……」

 

 

真由美は黒ウサギに視線を送ると、黒ウサギはミニスカートのポケットから写真を取り出す。……黒 兎って変わった名前だなっと蓮太郎と木更は思ったが、話がドンドン進んでいたため、スルーすることにした。

 

写真には一人の男性の寝顔……………はい?

 

 

「間違えました!こっちです!」

 

 

「「待ちなさい、黒ウサギ」」

 

 

優子と真由美は黒ウサギを問い詰めだし、俺と木更さんは新しい写真を見る。

 

髪は黒のオールバック。蓮太郎の許可証(ライセンス)に写った不幸顔とは真逆。幸せそうな笑顔で笑っていた。人に好かれやすいタイプの人間だ。

 

女子たちは話し合いは終わったのか、真由美が咳払いをして話を始める。

 

 

「名前は七草 大樹。私の夫よ」

 

 

「「はいストップ!!」」

 

 

また話が止まった。

 

 

「何か問題でもあるかしら?」

 

 

「大アリよ!先輩だからってアタシは遠慮なんかしないわよ!」

 

 

「そうです!大樹さんの苗字は……!」

 

 

「木下よ!」

 

 

「優子さん!?楢原ですよ!?大樹さんの苗字は楢原ですよ!?」

 

 

どうやら楢原 大樹という人物らしい。

 

しばらく時間が経った後、女子たちは落ち着き、話を再開させる。

 

 

「……というわけで探して貰えないかしら?」

 

 

「その前に一つ聞いてもいいですか?」

 

 

真由美がお願いしようとした時、木更が質問して止めた。真由美は頷き許可する。

 

 

「探す理由を教えてもらっても?」

 

 

「浮気ばかりしている夫だからです」

 

 

「「えぇ……」」

 

 

((確かに嘘は言っていない気がする))

 

 

その返答に蓮太郎と木更は気の抜けた声を出してしまった。優子と黒ウサギは『あーでも、なるほど』という反応をしていた。

 

 

「捕まえてくれるかしら?」

 

 

可愛い笑顔でお願いする真由美。探すから捕まえるにシフトされていることに誰もツッコミを入れない。いや、入れれないのだ。

 

 

「わ、分かりました」

 

 

よく分からない気迫に押された木更はつい頷いてしまった。

 

 

________________________

 

 

「ここか」

 

 

蓮太郎は目の前の扉を睨み付ける。扉の上にあるプレートには『第一会議室』と書いてある。

 

 

「今更だけど延珠は呼ばなくてよかったのか?」

 

 

「戦いになるわけじゃないの。むしろ延珠ちゃんには眠くなるような話よ」

 

 

それもそうかっと蓮太郎は木更の言った言葉を納得した。

 

二人が来ている建物は日本の国防を担う防衛省だ。来ている理由は蓮太郎と木更に召集がかかったからだ。

 

蓮太郎はおそらく昨日の事件について聞かれると予想している。木更も蓮太郎と同じことを考えている。

 

先程木更から昨日の事件の最終報告を聞いた。

 

蓮太郎が戦ったあのガストレアは最強のステージⅠだったと上で認定された話し合いがあったと。

 

もしかしたら序列が上がるかもしれないっと木更に言われ、少し期待の気持ちもある。

 

 

ガチャッ

 

 

蓮太郎は重い木製のドアを開ける。

 

大きな部屋の中の様子を見た瞬間、蓮太郎と木更は息を飲んだ。

 

楕円形のテーブル。その周りを囲むように民間警備会社の社長格のお偉いさん方が何十人も座っていた。

 

壁側の方には蓮太郎と同じプロモーターが何十人も。そしてたくさんのイニシエーターもいた。

 

 

「木更さん……こいつは……」

 

 

「ウチだけじゃないとは思っていたけど、まさかこんなに同業者が……」

 

 

蓮太郎と木更に緊張が走る。しかし木更は堂々と歩き、所定の場所まで移動する。

 

蓮太郎はポケットに手を突っ込み、その後を追う。

 

 

「アァー?おいおい、最近の民警の質はどうなってんだよ」

 

 

その時、蓮太郎と木更の前に黒い大剣を背負った一人の大男が立ち塞がった。

 

 

「お前らみてぇのが民警だと?ガキが。社会見学なら黙って回れ右しろや」

 

 

「……………」

 

 

挑発的な態度に蓮太郎は屈しない。蓮太郎は男の前に立つ。

 

 

「アンタ、どこのプロモーターだ」

 

 

「あぁ?」

 

 

「用があるならまず名乗

 

 

続きの言葉は出なかった。

 

 

ガンッ!!

 

 

男は蓮太郎の額に向かって頭突きをしたからだ。

 

重い音が部屋の隅まで聞こえ、他のプロモーターはその光景を見て笑った。好戦的なプロモーターが多いのだろう。こういうお祭り問題は彼らにとって好きな出来事なのだろう。

 

後ろに倒れそうになる蓮太郎。しかし、

 

 

ダンッ

 

 

蓮太郎は片手で地面に手をついて、後ろに一回転。そして綺麗に着地した。

 

その光景を見た他のプロモーターはまた笑う。これから起こる戦いに、期待していた。

 

 

「ほぉー……テメェ、ムカつく奴だな」

 

 

「アンタほどじゃねぇよ」

 

 

男は背中の大剣に手を掛け、蓮太郎は腰に刺してある拳銃を握る。

 

 

「やめたまえ将監」

 

 

その時、座っていた一人の社長格が止めた。

 

 

「いい加減にしろ。ここで流血沙汰なんか起こされたら困るのは我々だ」

 

 

「おい、そりゃねぇだろ三ヶ島さん!?」

 

 

「雇い主であるこの私に従えないなら……今すぐここから出て行け!」

 

 

三ヶ島の怒鳴り声に将監は黙り、剣から手をどけた。

 

 

「へいへい」

 

 

将監は蓮太郎の前から去り、部屋の壁にもたれかかった。

 

 

「止めてくれてよかったわね」

 

 

「え?」

 

 

木更はチラリと将監の方を盗み見ながら蓮太郎に言う。

 

 

「さっきの男、伊熊 将監よ。IP序列は1584位」

 

 

「千番台……」

 

 

「あーやだやだ。さすが大きい会社はいいの持ってるわよね。里見くん(うち)とは大違いだわ」

 

 

「ぐぅッ……」

 

 

木更は愚痴りながら椅子に座る。蓮太郎のIP序列は12万……何かだと記憶している。細かくは蓮太郎も木更も覚えていない。

 

千番代の力を持ったプロモーターの将監。そのイニシエーターが気になり、将監の隣に立っているイニシエーターを見る。

 

イニシエーターは長袖のワンピースにスパッツを穿いた女の子。何か冷めたような雰囲気を纏っていた。

 

その時、少女と目が合った。

 

 

(ん?)

 

 

何を思ったのか、少女はお腹に手を当て、首を傾けて口パクで何かを言う。訳すと、

 

 

『お腹すきました』

 

 

(あれが将監の……ねぇ……)

 

 

厳つい将監のイニシエーターにしては面白い子だった。

 

 

ガチャッ

 

 

扉が再び開き、三人の人が並んで入って来る。真ん中の禿頭の男性。幕僚(ばくりょう)クラスの自衛官のはずだ。残りの二人は彼のボディガードマンのようだ。

 

禿頭の男性は社長格たちを見て、出席状況を確認する。

 

 

「ふむ、全員出席か」

 

 

禿頭は咳払いを一つした後、後ろで手を組んで話し始める。

 

 

「本日集まったのはほかでもない。諸君ら民警に政府関係者からの依頼がある。ただし……」

 

 

禿頭の男性は声音を低くして忠告する。

 

 

「本件の依頼内容を説明する前に、依頼を辞退する者は速やかに退席してもらいたい。依頼内容を聞いた場合、その依頼を断ることはできないことを先に言っておく」

 

 

(さしずめ御上からの任務ってとこか)

 

 

蓮太郎は心の中で溜め息をついた。強制的にやらせる任務。それは危険であること。外部に漏らしてはいけないほど重要なこと。それらを示していた。

 

周りを見渡すが誰も立ち上がろうとしない。それほど自信があるということか。

 

 

「……よろしい。では辞退はなしということで進行する。続いて依頼の説明だが……」

 

 

禿頭の男性は部屋の奥の壁に取り付けてあるモニターを見た。

 

 

「この方に行ってもらう」

 

 

モニターの画面がつき、映像が映し出された。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その場にいた全員が驚愕した。モニターに映っていた人物を見て。

 

 

『ごきげんよう』

 

 

モニターに映ったのは純白の少女。和紙のように薄くて真っ白い生地を幾重にも羽織り、頭にも同様のヴェールを纏っていた。ウェディングドレスに近い格好だ。

 

髪の色も白く、全身が真っ白で統一されているようだった。

 

 

ガタンッ!!

 

 

社長格だけじゃなく、近くにいたプロモーターやイニシエーターまで背筋を伸ばし、立ち上がった。

 

ほとんどの人が額から汗を流し、緊張していた。

 

 

(聖天子(せいてんし)様!?東京エリアのトップ自ら……!?)

 

 

蓮太郎も同じように緊張していた。

 

彼女は東京エリアの統治者。前聖天子の逝去によって新たに聖天子に据えられた3代目。

 

 

「ッ!」

 

 

蓮太郎の隣にいた木更の目つきが鋭くなった。

 

聖天子の隣にいる齢70になる厳つい顔をした白髪の老人。(はかま)姿はその老人を強く見せていた。

 

天童 菊之丞(きくのじょう)。聖天子のサポートをする聖天子付補佐官であり、政治家の最高権力を持っている。

 

天童で気付いているかもしれないが、あのジジィは木更さんの祖父だ。

 

 

『それでは私から説明します』

 

 

聖天子は戸惑う俺たちを無視して説明し始める。

 

 

『今回民警の皆さんに依頼するのはたった1つ』

 

 

モニターの右端に銀色のケースが映る。

 

 

『泣いた仮面からこのケースを取り返してもらうだけです』

 

 

「泣いた仮面……!」

 

 

蓮太郎の頭には一人の人物が頭の中で過ぎった。

 

ガストレア・モデルプラナリアをいち早く正体を見破り、感染爆発(パンデミック)を防いだ人物だ。

 

しかし、彼は未だに見つかっていない。手掛かり一つすら掴めていない。

 

 

「里見君。泣いた仮面って……」

 

 

「ああ……昨日話した奴だ」

 

 

木更の確認に蓮太郎は頷く。木更には昨日しっかりとガストレアの事件詳細を話している。

 

 

『ケースを無傷で回収することができた成功者には報酬を用意しています』

 

 

モニターに報酬額が出される。

 

 

「「「「「なッ!?」」」」」

 

 

その額に全員が驚愕した。ゼロの数が有り得ないくらいついていたのだ。一生遊んで暮らせる額だ。

 

ざわざわと部屋が騒がしくなる。それもそうだ。人からケースを奪うだけであの額だ。たくさんのガストレアを倒して稼ぐよりよっぽど価値のある仕事だ。

 

その時、木更が右手を上げた。

 

 

「そのケースの中身、聞かせていただいてもよろしいですか?」

 

 

その質問にまた騒がしくなる。あの聖天子に向かって質問を投げたのだから当然だ。

 

しかし、箱の中身が気になるのは木更だけではない。この場にいる全員が気になっているはずだ。

 

 

『あなたは……?』

 

 

「天童 木更と申します」

 

 

木更の自己紹介に聖天子は少し驚き、チラリッと横にいる菊之丞を見た。

 

 

『……お噂は聞いております。それにしても妙な質問をなさいますわね天童社長。それは依頼人のプライバシーに当たるのでお答えできm

 

 

「納得できません」

 

 

聖天子がまだ話していると言うのに、木更は重ねて発言した。

 

 

「どうして泣いた仮面からケースを奪うのですか?その人が盗みを働いたからですか?」

 

 

『……そうです』

 

 

「そうでしたか。ガストレア・モデルプラナリアを排除したのは泣いた仮面だとお聞きしていますが、それについてはどういうことでしょうか?」

 

 

社長格たちが一斉に驚愕する。プラナリアについては全員知っているようだが、泣いた仮面については知らないようだ。

 

 

「泣いた仮面はプラナリアによる感染爆発(パンデミック)を防ぎ、住民たちを守ったそうですが」

 

 

『それは誤報です』

 

 

「そうですか。では……」

 

 

木更は蓮太郎の方を向き、ここにいる人たちに聞こえるように質問する。

 

 

「里見君。泣いた仮面はどういう仕事をしていたか教えてくれる?その場にいたあなたなら分かるでしょ?」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

全員が木更から蓮太郎へと視線が送られる。聖天子も驚いていた。

 

蓮太郎は一呼吸置き、説明する。

 

 

「死者を一人も出さずに済んだのは確かに泣いた仮面のおかげだ。ガストレアの生態を見抜き、増殖したガストレアを全滅させたのも、感染爆発(パンデミック)が起きなかったのも、全部アイツのおかげだ」

 

 

蓮太郎の言葉に部屋は静まり返っていた、困惑が彼らを止めているのだ。

 

木更は蓮太郎にお礼を言い、聖天子の方を振り向く。

 

 

「残念ですがウチはこの件から手を引かせてもらいます」

 

 

木更は聖天子を追い詰めるわけでもなく、話を切り上げた。

 

 

『……ここで席を立つとペナルティがありますよ』

 

 

「覚悟の上です。その依頼で善良な者が傷つき、ウチの社員を危険にさらすわけには参りませんので」

 

 

政府絡みの重大な内容を木更は切り捨てた。そのことに蓮太郎は驚いていた。

 

多額の金より自分を選んでくれた社長。そのことにいろいろな感情が自分の中で渦巻く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッハハハハハハハハ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

その時、不気味な笑いが部屋全体に響き渡った。突然のことにみんなは身構える。

 

 

『誰です』

 

 

「私だ」

 

 

全員の視線が声の元に集まる。

 

いつの間にかテーブルの上には笑顔の仮面を被った男がいた。

 

シルクハットを被り、燕尾(えんび)服の怪人がそこに立っていた。何人かの社長が恐怖で尻餅をついた。

 

 

「お初にお目にかかるね。無能な国家元首殿」

 

 

いきなりの侮辱発言。全員が息を飲んだ。

 

 

「私は蛭子(ひるこ)

 

 

シルクハットを取り、綺麗な礼をする。

 

 

「蛭子 影胤(かげたね)という」

 

 

そして、恐怖の風が吹いた。

 

 

「端的に言うと、キミたちの敵だ」

 

 

ゾッと背筋に嫌な感じが走り、喉が干上がる。蓮太郎は危険だと判断し、影胤に拳銃の銃口を向ける。

 

 

「どっから入りやがった……!」

 

 

「ちゃんと正門からお邪魔したよ。誰かのせいで警備は誰一人いなかったからね」

 

 

「何だと……?」

 

 

影胤は一人の社長を見た。その社長は聖天子様が出て来てもずっと座っていた人物だ。そして、

 

 

「そろそろ明かしていいんじゃないかい?」

 

 

影胤は告げる。

 

 

 

 

 

「泣いた仮面君?」

 

 

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

プロモーターは武器を構え、イニシエーターがその社長を取り囲む。どうやら報酬のことは頭に残っていたようだ。

 

影胤の見ていた社長は全く動かない。どこか余裕の表情を浮かべているようだった。

 

社長の顔を見てみると、彼は目を瞑っていて、冷静に……?

 

 

 

 

 

「ZZZzzz………」

 

 

 

 

 

その瞬間、時間が止まった。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

全員が黙っていた。モニター越しの聖天子も。影胤も。

 

 

「ZZZzzz……」

 

 

また寝息の音が耳に届く。誰も動かない。いや動けない。

 

 

「うぐッ……」

 

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

 

「……………zzzZZZ」

 

 

「「「「「また寝るのかよ!?」」」」」

 

 

全員が同時にツッコミを入れてしまった。その大きな声で社長は目を覚ます。

 

 

「な、何だ!?俺のエクスカリバーはどこに行った!?」

 

 

「泣いた仮面」

 

 

「あ、影胤。どうした?」

 

 

「……そろそろ自己紹介をしたまえ」

 

 

「あぁ……バレたのか」

 

 

影胤がバラしたの間違いである。

 

社長は着ていたスーツを脱ぎ捨て、

 

 

バリバリッ

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

顔の皮膚を勢い良く引き剥がした。気持ち悪い光景に全員が一歩下がってしまう。

 

 

「ふぅ……」

 

 

現れたのは泣いた仮面を被った男だった。

 

男の格好は黒いズボンに白い長袖のTシャツを着ていた。Tシャツの背中には『一般人』の黒い文字が書いてある。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

その姿に呆気を取られてしまう。影胤のように不気味な恰好では無い。むしろ文字通り一般人の格好のような服装だった。仮面を取ればそこら辺を歩いている一般人と同じだ。

 

 

「あー、仮面の裏が蒸れ蒸れするんだけど」

 

 

「「「「「あ」」」」」

 

 

 

 

 

泣いた仮面は、仮面を外した。

 

 

 

 

 

「え、だ、……何をやっているんだい、泣いた仮面」

 

 

「何だよその呼び方。普通に名前で呼べよ。あと普通に名前で呼ぼうとしただろうが」

 

 

「君は……何がしたいんだ?」

 

 

「え?そうだなぁ……とりあえず会いたい人に会いたい」

 

 

「……君は何を求めている?」

 

 

「平和」

 

 

(((((えぇ!?)))))

 

 

悪役の言葉だと思えない発言である。

 

泣いた仮面は黒髪のオールバックで、好青年のような人だった。って!?

 

 

「「あぁ!?」」

 

 

蓮太郎と木更は同時に声を出した。

 

 

 

 

 

「「楢原 大樹!?」」

 

 

 

 

 

「え?ヤダ、ストーカーかしら?」

 

 

「……………」

 

 

こんな状況にも関わらず、ふざける大樹。影胤の笑った仮面が泣いた仮面に見えたような気がした。

 

泣いた仮面の正体。それは賞金20万円の探し人。

 

 

 

 

 

楢原 大樹であった。

 

 

 

 

 

 


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