どうやら俺はたくさんの世界に転生するらしい【完結】   作:夜紫希

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無力な勇者は立ち上がる

「なぁロリっちゃん」

 

 

「貴様殺されたいのか?」

 

 

俺は病院のベッドで横になったはじっちゃんに一言。司はそばに置いてあった果物ナイフを手に取り、俺に向けた。やめて。危ないから。

 

お互いに病院の青い入院服を着ており、俺は三角巾で右腕を吊るしていた。頭には包帯を巻いており、今回はあまり怪我をしていないように見えるが……右腕の骨、粉々だからな?

 

司はベッドで横になって包帯グルグル巻きになっている。重傷らしい。

 

 

「すまん。悪気はないんだ。許してくれロリコン」

 

 

「ここまで心が籠っていない謝罪は初めてだぞ」

 

 

「じゃあ……誰だよその子」

 

 

司のベッドの横には真っ白の髪をした女の子が司にピタッとくっついていた。

 

赤色入院服を着ており、全身が司と同じように包帯が巻かれているが、司よりは元気があるみたいだ。

 

 

「僕が一番聞きたい。誰だコイツ」

 

 

「黒ウサギに聞いた話によると【殺戮ピエロ(マッサカァ・クラウン)】らしい」

 

 

「知ってるじゃないか……」

 

 

「これは名前じゃねぇ、名称みたいなもんだろ。違法実験のことは資料で見たことがあったが、そこまで酷い実験だったとはな」

 

 

「……一般の奴は絶対に知れない実験だと思うが?」

 

 

「さっきハッキングした☆」

 

 

「お前、今度は本当に捕まるぞ」

 

 

牢獄生活は勘弁してほしい。不味い飯は食いたくない。

 

 

「名前は何て言うんだ?」

 

 

「それが番号しか言わないんだ。恐らく名前は覚えていないと思う」

 

 

司の言葉に俺の表情が硬くなる。

 

柴智錬は逮捕された。もう逃げられないように警察の上層部から直々に逮捕し、身柄を捉えた。今は牢屋の中に放り込まれているだろう。不龍三姉弟のカトラと一緒にな。

 

 

 

 

 

一つ言うことを忘れていたが、あの事件が終わった後、既に一週間が経過している。

 

 

 

 

 

……いろいろと言いたことはあるが、順番にゆっくりと整理しよう。

 

テロリストはまず3分の2は捕まえ、残りの3分の1は逃げた。まぁ数が多かったし、通信や機械が何も使えなかった状況でこの成果はむしろ好ましいと思えるが。

 

学校の選手がテロリストに立ち向かえた人数が多かったことで、テロリストは勝つことができなかったのだろう。

 

次に九校戦だが、明日から再開される。明日はミラージュ・バット。明後日はモノリス・コードだ。

 

九校戦を行うことで、テロリストからのダメージは少ない。我々は適切な対応ができたと言うことをアピールしたいのだろう。

 

そして、今回の事件で一番大変なことは……。

 

 

「……お前、富士の山を消したらしいな」

 

 

「もうやめてくれ」

 

 

富士山を消滅させたことだ。

 

……裁判長。待ってください。僕は国民を守る為に富士山を消したんですってえぇ!?死刑!?……正当な判決過ぎて何も言えねぇ。

 

 

「日本の世界遺産を潰すなんて……お前、全日本人を敵に回したな」

 

 

「俺……もうお外歩けない……」

 

 

部屋の隅で俺は体操座りで落ち込んだ。

 

警察には爆弾を刺激して、山を爆破させたことにしているが、俺が山を破壊したことには変わらない。

 

しかし、約10万人以上の命を救ったことで現在は警察からの事情聴取は無くなり、裁判など厄介なことに発展しないよう警察は動いてくれている。

 

……裁判などに発展しない本当の理由は、十師族のおかげです。ごめんなさい、嘘つきました。一条家、七草家、十文字家。ありがとうございます。

 

 

「七草家が一番動いてくれてるな」

 

 

「もう頭が上がらない」

 

 

真由美と会った時は地面に顔を突っ込んで話さないといけないレベル。

 

 

「話がずれたが、その子の名前ははじっちゃんが決めれば」

 

 

「僕が?」

 

 

「決めないなら俺が決めるぞ?」

 

 

「じゃあお前に任せる」

 

 

「カマフィーヌ・アルバレルクリアンセ」

 

 

「僕が考える」

 

 

作戦通り。それが良いよ。『決めないなら俺が決めるぞ』って言った瞬間、女の子の顔が曇ったもん。

 

 

「……番号が15だったな。フィフでいいだろ」

 

 

「……適当そうに見えてちょっと良い名前だよな」

 

 

「違う!適当だ!」

 

 

「フィフ……?」

 

 

フィフは首を傾げて司を見る。

 

 

「はじっちゃんのことをよろしくな、フィフちゃん」

 

 

プイッ

 

 

あ、顔逸らされた。死にたい。

 

 

「おい。もう名前もあげたから帰れ」

 

 

「嫌」

 

 

「帰れ」

 

 

「嫌」

 

 

「帰れ!」

 

 

「嫌」

 

 

「……アイツについていけば幸せになるぞ」

 

 

何で俺を指差すんですか。どうせ返ってくる言葉が、

 

 

「……目が濁ってる」

 

 

うん、そんな返しが来るって思ってた。濁っているのか、俺の目。

 

 

「目は濁っているが優しい奴だ。俺は保証しない」

 

 

「いや、そこはしようぜ?あと俺の目をディスんないで」

 

 

「山……消したんでしょ?」

 

 

「ああ、確かに消した張本人だ」

 

 

「……怖い」

 

 

「俺の印象、超最悪だなッ!!」

 

 

もうフィフちゃんが司の後ろに隠れて髪しか見えないよ!完全に怖がられているよ!

 

……仕方ない。やり返しだ。

 

 

「なぁフィフちゃん」

 

 

「嫌」

 

 

「まだ何も言ってないよね?」

 

 

「……何?」

 

 

「俺はロリコンじゃない……けど、はじっちゃんはロリコンなんだ。もしかしたらこのままアタックし続ければ……分かるよな?」

 

 

あれ?何か凄い威力で返って来るブーメランを投げたような……気のせいか?

 

 

「おい貴様!?」

 

 

「アタック……?」

 

 

ゴッ!!

 

 

「痛ぁッ!?」

 

 

「ちょっとフィフちゃん!?」

 

 

アタック(物理)じゃないよ!?

 

 

「……へへッ、好き?」

 

 

「大っ嫌いだよッ!!」

 

 

めっちゃ可愛い笑顔で好きって聞いたな。逆に司はもの凄い形相で嫌いって言ったけど。

 

 

「まぁ結局はちゃんと面倒を見てくれるから、安心してくれフィフちゃん」

 

 

「お、おい!?」

 

 

「ありがとう。目が濁った人」

 

 

「お、おう……」

 

 

……目薬で濁りって治るかな?

 

 

_______________________

 

 

 

「オラァッ!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

病院の廊下を歩いていると唐突に俺の首の後ろに重い衝撃がh

 

 

「このッ!!」

 

 

ボゴッ!!

 

 

「ぐへッ!?」

 

 

まだ地の文が仕事していましたよ!?

 

今度は腹部に衝撃が走った。

 

 

「な、何の真似だ……!」

 

 

くの字になった俺はプルプルと震えながら相手を見る。

 

俺の首にチョップを繰り出したレオと腹パンをした幹比古が腕を組んで俺の前に立っていた。

 

 

「何の真似だと!?ポニーの逆襲だッ!」

 

 

「ついに自分で言った!?」

 

 

これ本当にレオなのか!?偽物じゃないの!?

 

 

「……本当は分かっているんでしょ。避けなかったのが証拠だよ」

 

 

「……まぁ、な」

 

 

幹比古に痛いところを突かれ、俺は頭を掻き、動揺を誤魔化す。

 

 

「……悪かった。それとありがt」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「うぐふッ!?」

 

 

何故このタイミングで俺はまたレオにチョップされるの!?

 

 

「お前に言われた通り、こっちはちゃんと守ったんだ。大樹の料理をフルコースで貰わないと割りに合わねぇぞ」

 

 

「そうだね。ケーキだけじゃ駄目だよね」

 

 

「お前ら……」

 

 

俺は二人の親友に涙を流s

 

 

「甘いよッ!!」

 

 

ボゴッ!!

 

 

「ぐふッ!?」

 

 

ミキに……ミキにまた腹パンされた……。

 

 

「よし、帰るか」

 

 

「そうだね」

 

 

もう分からない。二人の行動が分からない。

 

 

「あ、幹比古」

 

 

俺はあることを思い出し、幹比古を止める。

 

 

「お前のお守り、俺の命を守ってくれた。本当にありがとう」

 

 

お礼を言った。

 

幹比古は驚いた顔をして、レオの様子を伺った。

 

 

「え?……どうしようレオ。もう一回殴るべきかな?」

 

 

「お前らどういう基準で俺を殴っているの!?」

 

 

_______________________

 

 

 

今日はやっと病室から自分の自室に帰れる日だ。自室っと言ってもホテルの部屋だがな。

 

いつものようにお気に入りにパーカーを着ているがフードは被っていない。

 

実は吸血鬼の力が覚醒してから太陽の光を浴びても、平気になったのだ。それが嬉しくて毎朝老人のように散歩をして、モーニングコーヒーを飲んでいたことは看護師さんたちには内緒だ。

 

紅くなっていた右目は元に戻り、両目とも黒色に戻った。片方だけ色が違うという不気味な目はおさらばだ!

 

吸血鬼の力が使えなくなった?と心配していたが、黒い光の翼はいつでも出せるようになっていたので安心できた。

 

 

(太陽最高……フード卒業が来たようだな)

 

 

背中に書かれた一般人の文字は永遠に卒業する気はないがな。

 

ドアを開けて、中に入る。そして、一言。

 

 

「……ここ俺の部屋だよな?」

 

 

「あ、大樹さん!」

 

 

黒ウサギが立ち上がり、俺の前まで迎えに来る。

 

俺の手に持った荷物を持ち、部屋の中に持ち込んでくれた。何か新婚さんみたいなやり取りだな。超嬉しいんだけど。

 

 

「で、この人数は何だ?」

 

 

黒ウサギ以外に真由美と摩利。中条 あずさ(あーちゃん)市原 鈴音(リンちゃん)。そして、ほのかと雫。マジで多いな。

 

みんな私服を着ており、ベッドに座って待機していた。

 

 

「退院おめでとう大樹君。世界遺産を消した感想は?」

 

 

「真由美さん、俺は本当に後悔しているんです」

 

 

すぐに額を地面につけて土下座。反省の意を示した。感想を書くとするなら『やらなきゃよかった』です。

 

 

「冗談よ。大樹君のおかげで私たちは救われたわ。そのお礼を言いに来たのよ」

 

 

「うぅ……真由美……!」

 

 

真由美は俺に手を伸ばす。握っていいよね?俺、ゴールしていいよね?

 

 

「大きな借りとして、大事に取っておくわ」

 

 

「それ俺の一生をあげても足りねぇ気がする」

 

 

黒ウサギの貸しよりずっと重い。

 

 

「悪いが俺の右腕はコレだからな……料理の時間が少し掛かるぞ」

 

 

「片手で料理は出来るのか……」

 

 

摩利が俺を見て嫌な顔をした。他のみんなも何とも言えない表情になっている。何故だ。

 

 

「きょ、今日は黒ウサギたちが料理をしようと思っているんですよ!」

 

 

「え……?」

 

 

「どうして顔が青ざめているんでしょうか……?」

 

 

黒ウサギは俺と一緒に料理をしてから腕は上がっているし、摩利は元々自分で弁当を作っていること知っているから大丈夫。他の女の子もできるような気がする。

 

しかし、俺は知っている。真由美の料理がヤバイことを。

 

あのカル〇ス事件から察するに、アイツはチョコを砂糖無し、カカオだけで作るような女の子ような気がする。

 

 

「大樹さんは座っているだけでいいですからね」

 

 

「あ、うん……」

 

 

やる気を出した少女たちを止める。そんな無粋なことは、俺にはできなかった。

 

 

_______________________

 

 

 

横浜ベイヒルズ北翼タワーの屋上に、暗闇に二人の人物が潜んでいた。

 

 

「なぁ達也。ここが敵の本拠地なのか?」

 

 

「あぁ。グランドホテル最上階に【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】がいる」

 

 

原田の言葉に達也は頷いて答えた。

 

達也は真っ黒な服装にサングラスをかけている。原田も同じように黒い服を着ていた。

 

 

「それで、アイツらの命は?」

 

 

原田は立ち上がり、グランドホテルの方を見る。

 

 

「……上に取り合ったところ、許可が下りた」

 

 

「そりゃ10万人を救った英雄の名前を出せば余裕か」

 

 

達也は上から【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】は全員殺すように言い渡されていたが、大樹の名前を出して殺す命令を取り下げてもらった。

 

 

「……もしかして、このやり方に納得できないか?」

 

 

「ああ。アイツらは俺たちを本気で殺そうとしていたんだぞ」

 

 

「そうだな。でも大樹はそれでも殺さないと思うぜ」

 

 

「……亮良(あきら)は同じことを何度も言うが、病気なのか?」

 

 

「違ぇよ」

 

 

「あの時も同じことを言っただろ」

 

 

「あの時?」

 

 

 

 

 

直立戦車Ωを見事に全機消滅させた。息の合った戦い。原田と達也のコンビネーションは恐ろしい程強かった。

 

原田と達也は背中合わせで地面に座って体を休めていた。

 

足から血を流した原田は苦痛な表情しながら痛みに耐えていた。

 

 

『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。足めっちゃ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い』

 

 

 

 

 

「そこ!?」

 

 

「その後もだ」

 

 

「後も!?」

 

 

 

 

 

原田は息を大きく吐き、達也と話す。

 

 

『俺さ、大樹が何とかしてくれる気がしてんだ』

 

 

『ああ、俺も同じことを思っている』

 

 

達也と原田は一緒に口元に笑み浮かべた。

 

 

『はぁー、大樹が何とかしてくれるよなぁ』

 

 

『……そうだな』

 

 

『全部大樹に任せて大丈夫だ』

 

 

『……………』

 

 

『ったく、大樹……はやく解決しろよ』

 

 

 

 

 

「……何かゴメン。ウザかったな。あの時の俺。自分でもウザいって感じるわ」

 

 

「いや、気にするな。亮良が大樹を信頼していることは十分に伝わっている」

 

 

「何か……本当にゴメン」

 

 

突撃前だというのに、原田のテンションが落ちていた。痛みをまぎわらすために同じことを言ってしまっていた。

 

ちなみにこの後、地震が起こり、富士の山が消滅した。その時は一緒に言葉を失っていた。

 

 

「さてと、俺たち二人で悪を断罪しますか」

 

 

「セーフラインを聞いていいか?」

 

 

「セーフライン?」

 

 

「どの程度なら相手を殺していいかの質問だ」

 

 

「だから殺すのは禁止だから……腕や足をスッパリ斬るのも禁止。そのかわり骨折とボコボコの半殺しはOKだ」

 

 

(半殺しはセーフなのか……)

 

 

基準がよく分からない達也だったが、とりあえず分かったフリをしておいた。

 

原田は短剣を構え、達也は拳銃型CADを構える。

 

 

「さぁ……全員地獄に落としてやるぞ」

 

 

_______________________

 

 

 

【大樹視点】

 

 

「く、口がバイオ〇ザード……」

 

 

俺は見事みんなの料理を完食することができた。とりあえず真由美の何かの皮入りスープを飲み切ることに成功した。結局何の皮か分からなかった。

 

しかし、味わったことの無い味が俺の口の中全体を感染して行っている。ナニコレ、リョウリナノコレ?

 

既に部屋は俺だけしかいない。原田は帰ってこないし、暇を持て余していた。

 

 

「はぁ……」

 

 

俺は机に座り、溜め息を吐く。

 

 

(やっぱり……頭から離れねぇ……)

 

 

奈月と陽の顔がずっと頭から離れなかった。入院している時からずっと。

 

本当に救えたのか未だに考えている。後悔しようにも後悔できず、曖昧な気持ちのままだった。

 

 

「……あれ?」

 

 

その時、俺の引き出しが不自然な閉まり方をしていた。

 

最後までキッチリ机に収まっておらず、むずがゆい閉まり方をしていた。

 

引き出しを開けて、中を見てみるが、コルトパイソンしか入っていない。ちょっと異常だけど気にするな。

 

 

(外側の方か?)

 

 

引き出しを取り外し、裏底を見てみると、

 

 

「ッ!」

 

 

手紙が張り付いていた。

 

 

バリッ

 

 

引き出しをベッドに放り投げ、急いで手紙を引き剥がした。

 

 

 

 

 

手紙の裏側には『新城 陽』と書かれている。

 

 

 

 

 

「……これって敵の情報のことか?」

 

 

約束は一応守ろうとしていたのか。

 

俺はゆっくりと封を開け、手紙を取り出す。紙は二枚入っていた。

 

しかし、それは俺が予想していたモノではなかった。

 

 

 

 

 

『楢原 大樹へ

 

 

きっとこの手紙を読んでいるころ、私はこの世にいないでしょう。生きていたらすぐにこの手紙を回収していますから。

 

今、あなたはきっと後悔しているはずです。

 

自分を責め続け、その責任を一人でずっと背負い続けるような方だと一緒にいて分かりました。

 

 

でも、私たちが死ぬ時はきっと救われているはずです。

 

 

どんな結末を迎えているか分かりませんが、楢原さんはずっと私たちのことを守ろうとしていたはずです。敵味方関係なく、私たちの為に戦っているはずです。

 

ですから、私はこの戦いで本気は出しません。

 

 

あなたは私たちを救ってくれることを信じているから。

 

 

楢原さんと一緒に過ごした時間は絶対に忘れません。

 

私の人生は、楢原さんのおかげで救われているはずです。だから、自分を責めないでください。

 

楢原さんの悩んでいる顔は、きっとみんなさんは気付いていますよ。

 

あなたの笑顔でみんなを安心させて、元気にしてください。

 

 

あなたが幸せな世界を作ることを、空から見守っています。

 

 

新城 陽より』

 

 

 

 

 

「バカ……野郎がッ……!」

 

 

手紙を大事に握り、胸に当てた。

 

陽は分かっていた。この結末を迎えることを。

 

それを分かった上で俺に手紙を書いたのだ。

 

 

「妹のクセに……もっと兄貴に頼れよッ……!」

 

 

余計に後悔しちまったよ。お前に伝えたい言葉、まだまだあるのに。

 

 

パサッ

 

 

その時、もう一枚手紙が入っていた。

 

 

『敵の情報をこちらに書きます。

 

敵のボス。私たちのリーダー格をしているのはガルペスと名乗る男です。白衣を着ており、襲撃作戦と【無 頭 龍(NO HEAD DRAGON)】と手を組ませたのも、彼の仕業です。

 

他にはリュナと名乗る女の子が一人。あともう一人女性がいるらしいですが、顔どころか名前も知りません。入って来たばかりの新人だとガルペスは言っていました』

 

 

「ガルペス……!」

 

 

その名を聞いた瞬間、俺の心の奥で怒りの炎が静かに燃え上がった。

 

奈月と陽の力を奪い、命まで奪い取った男。絶対に許せない奴だった。

 

それにリュナ。やはりそっち側の人間だと確信できた。

 

 

(女性がもう一人……これで全員か)

 

 

敵はあと3人と見て間違いないだろう。

 

 

『聞きたくない内容かもしれませんが、亡くなられた保持者のことも書いておきます』

 

 

(……五人の名前か)

 

 

原田に聞かされた裏切り者ではない5人の保持者が既に死んでしまっている。

 

死んだ保持者は俺を守る為に戦ってくた人たちだ。前から名前は知りたかった。

 

 

「は?」

 

 

俺はそこに書かれた内容を簡単に信じることはできなかった。

 

 

「何で……何でだよ……!」

 

 

怒りに任せて、敵の情報が書かれた紙を破り棄てた。

 

 

_______________________

 

 

 

九校戦はあっさりと終わりを迎えた。

 

観客は新人戦のモノリス・コードと同じくらいの人数が来場し、盛り上がっていた。

 

新人戦の結果は見事俺たちが優勝。ミラージュ・バットで深雪が優勝していたことが大きかったかもな。決勝戦で達也が作り出した飛行魔法を使ったのが凄かったらしい。まぁ俺の富士山が凄いけどな!……こうでもしないとやってられない。

 

本戦のミラージュ・バットはほとんどの参加者が飛行魔法を使っていた。やはり俺たちだけが使える魔法とはならなかった。不正疑惑を晴らすには術式をリークする。これしかなかったのだ。

 

しかし、摩利はすぐに飛行魔法を使いこなしていて、試合では無双状態だから問題なかった。他の選手がマジで可哀想だったわ。

 

達也もこのことを予期していたんだろう。あ、ちなみに達也の名前で出されていないから。トーラス・シルバーって名前で飛行魔法を出しているから達也のことは内緒だ。

 

そして、摩利は断トツの一位。バトル・ボードでの失態を返してみせた。主に俺のせいだけどな。

 

モノリス・コードは十文字さんが無双状態だった。4系統8種全て含む系統魔法【ファランクス】を使った十文字は最強。

 

4系統8種、全ての系統種類を不規則な順番で切り替えながら絶え間なく紡ぎ出し、防壁を幾重にも作り出す防御魔法だ。これが超強い。

 

戦車の砲弾やミサイルすら防御できる防御力。しかも、それを高速で叩きつけることもできる攻撃方法もあるのだ。

 

もちろん、モノリス・コード(草原フィールドは消滅したため使われなかった)は優勝。この瞬間、俺たち第一高校は本戦でも優勝が決まった。最後は十文字が優勝旗を受け取っていた。

 

これから後夜祭……合同パーティーが始まるのだが……行きたくない。制服を着て出席しないといけないらしい。

 

ほとんどの選手が俺の人外っぷりを見ていたし、富士山を消滅させたのも見られた。うん、絶対目立つ。

 

しかし、俺は黒ウサギと真由美に見つかってしまい、連行された。

 

 

ざわざわ!!

 

 

和やかに行われていたパーティーが突然、騒がしくなってしまった。俺が入場したせいで。

 

 

「もう……帰りたい……」

 

 

壁に頭を擦りつけて落ち込む大樹。そんな大樹を見た黒ウサギは背中を摩りながら励ます。

 

 

「元気出してください大樹さん。皆さん、大樹さんに会いたがっていましたから」

 

 

「そうよ。みんなと挨拶しないといけないわよ」

 

 

真由美の声が後ろから聞こえたので、振り返ってみると、真由美だけじゃなく、達也と深雪もいた。

 

達也は難しい顔をして俺に言う。

 

 

「こういう場合はおめでとうと言えばいいのか?」

 

 

「『ついに富士山を消したね。おめでとう』ってか?本気で言ってんのか?」

 

 

「ついにh

 

 

「言うなよ!?」

 

 

相変わらず達也が俺をいじめてくる。酷い。

 

達也の隣にいた深雪は俺に笑顔を見せる。

 

 

「おめでとうございます、大樹さん」

 

 

「満面の笑みで言われた!?」

 

 

達也の妹の方が切れ味がよかった。ぐふッ。

 

 

「ほら、あまり大樹君をいじめちゃだめよ」

 

 

真由美が止めに入ってくれたおかげで、俺いじりが終わった。

 

俺は左手に持ったオレンジジュースを飲みながら辺りをキョロキョロと見る。

 

 

(いないな……)

 

 

どうやらこのパーティーには来ていないようだ。

 

 

「大樹さん」

 

 

黒ウサギに声をかけられ、辺りを見るのをやめる。

 

 

「どうした?」

 

 

「えっと、一条さんが……」

 

 

黒ウサギの後ろから第三高校の制服を着た一条とジョージが姿を見せた。

 

 

「よぉ、一条とジョージじゃねぇか」

 

 

「怪我の方は?」

 

 

「右腕の骨が粉々になっただけだ。後は頭の皮膚を切っただけ」

 

 

(粉々……)

 

 

ジョージの言葉に俺は左手で親指を立てる。しかし、ジョージの視線は冷たかった。

 

正直頭の包帯はもう外してもいい。しかし、完全に直ってから外すことにしている。

 

 

「……お前の伝言。しっかりと聞いたぞ」

 

 

「そう言えば言っていたな。確か……………紙を43回折れば月に届く厚さになるだったか?」

 

 

「いや、全然違うんだが……」

 

 

「じゃあ……くしゃみは時速320kmだよってことか?」

 

 

「何故そんな無駄な豆知識ばかり言うんだ」

 

 

「では僕からも一つ。キリンの睡眠時間は一日20分ですよ」

 

 

「マジか。今度調べてみよう。俺、動物の豆知識はあまり無いからな」

 

 

「……………」

 

 

「冗談だ一条。突き指のことだろ?」

 

 

俺はニヤリッと笑いながら一条を見る。

 

 

「お前は本当に人間なのか?」

 

 

「そうだな……その質問にはあえて答えないでおこう」

 

 

俺はオレンジジュースを飲み切り、コップをテーブルの上に置く。

 

 

「でも一つだけ言わせてもらう」

 

 

「何だ?」

 

 

「俺はいつでも正義の味方だ」

 

 

「……やっぱり敵わないな」

 

 

俺の言葉に満足した一条は振り返り、その場から立ち去った。

 

 

「一条に礼を言っておいてくれねぇか?富士山の件は本当に世話になったからよ」

 

 

「それに関しては『これで貸し借りは無しだ』って言っていました」

 

 

「……アイツらしいな」

 

 

「僕も将輝の所に行きます」

 

 

「おう。またな、ジョージ」

 

 

ジョージは口元に笑みを浮かべて、一条を追いかけた。

 

 

「もう他校と仲良くなられていたんですね」

 

 

黒ウサギが俺にリンゴジュースが入ったグラスを渡しながら話す。

 

 

「サンキュー。でも二人とも俺をライバル視している。だからアイツらに俺と仲良しなんて言葉、言わない方がいいぞ」

 

 

リンゴジュースを口に流し、喉を潤す。甘くておいしい。

 

ふと黒ウサギを見てみると、黒ウサギは頬を赤くして、何かそわそわしていた。

 

自分が見られていることに気付いた黒ウサギは、俺と目が合うとすぐに逸らした。嫌われた俺?

 

 

「えっと、大樹さん……?」

 

 

黒ウサギは俺から顔を逸らしたまま名前を呼ぶ。

 

 

「何だ?」

 

 

「あの、えっと……良い音楽ですね!」

 

 

「お、おう……そうだな」

 

 

ホールは管弦の心地よい音楽が流れている。

 

最初音楽が流れ始めた瞬間、男子は好意を寄せていた女子を誘い、一緒に踊り始めていた。舞踏会かここは?どうせなら武闘会にしろ。今踊っているリア充は俺が根絶やしにしてやるから。一匹残らず……駆逐してやる……!

 

黒ウサギは真っ赤に染まった顔を俺に向けて、小さな声で俺に尋ねた。

 

 

「その……一緒に、踊りませんか?」

 

 

舞踏会、サイコー。

 

 

「よし行こう。今すぐ行こう」

 

 

俺は黒ウサギの手を握り、踊っている連中のところに進軍した。

 

俺たちが来ると、周りの注目はさらに集められた。フードを被った女の子に富士山を破壊した男。そりゃ注目されるわ。

 

しかし、俺はある重大な欠点に気が付いた。

 

 

「しまった……」

 

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 

「俺、踊れないんだった」

 

 

「えー……」

 

 

「それに右腕、粉々のままだった」

 

 

「そ、そうですね……」

 

 

黒ウサギはシュンと表情が暗くなり落ち込む。やべぇ、このままだと不味い……。

 

 

「待て。右手無しでもいいなら踊る……どうだ?」

 

 

「……いいんですか?」

 

 

「あ、ああ!踊れないけどな!」

 

 

何自慢してんだ俺。明らかに馬鹿だろ。

 

 

「別に大丈夫ですよ。黒ウサギが教えますから」

 

 

黒ウサギは俺の左手を握り、右手を俺の背中の右肩に近い場所に手を置いた。

 

黒ウサギにリードしてもらい、ナチュラルターンとアウトサイドチェンジを教えてもらった。これが基本動作らしい。

 

 

「ッ……!」

 

 

「……どうかしましたか?」

 

 

「な、何でもない!」

 

 

俺は急いで目を逸らす。

 

黒ウサギとの距離が近いが、俺が気にしているのは距離じゃない。

 

普通に踊るならなら大丈夫だったかもしれない。しかし、俺の右腕は三角巾で黒ウサギの背中に手が回せない。手を前に置くことになる。普通に踊れない。

 

 

(当たってる当たってる当たってる当たってる当たってる!?)

 

 

黒ウサギの豊かな胸が右腕に当たっているのだ。クソッ、ギプスを外したい!これじゃあ感触が分からねぇだろうが!

 

 

「……大樹さん」

 

 

「な、何だ!?」

 

 

バレたか!?バレたら死で罪を償おう。

 

 

「本当に……お疲れ様でした」

 

 

柔らかい表情で黒ウサギは俺に微笑んだ。

 

 

「ああ、黒ウサギもお疲れさん」

 

 

俺も笑顔で返してやった。

 

曲の演奏が終わると、俺と黒ウサギも踊るのを終えた。これ以上ドキドキしていたら心臓が耐えられない。

 

ジュースを飲みに戻ると、摩利が俺たちの方を見ながら待っていた。

 

 

「二人が一番目立っていたんじゃないか?」

 

 

「当たり前だ。富士山を消した男だぞ。舐めんな」

 

 

「ついに名誉として持ち始めたか……」

 

 

だから何で嫌な顔をするの摩利さん?黒ウサギも引かないで。

 

 

「次も踊ってきたらどうだ?」

 

 

「誰とだよ?」

 

 

「真由美とだよ」

 

 

摩利は視線を横にずらす。俺も視線をずらすと、真由美が他校の生徒と話していた。生徒の偉い方々の集まりか?

 

 

「邪魔していいのかよ?」

 

 

「むしろ真由美はして欲しそうだぞ?」

 

 

全くそう見えないんだが?

 

その時、俺と真由美の視線があった。

 

 

サッ

 

 

「目、逸らされたぞ」

 

 

ショックだよ。

 

 

「と、とにかく行って来たまえ……」

 

 

摩利は苦笑いをしながら、俺の背中を押す。

 

 

「いや、何で?」

 

 

「行かないと富士山が生える」

 

 

「ツッコミどころあり過ぎる返しだな!?というかむしろそっちがいいよ!?」

 

 

「いいから行きたまえ!」

 

 

ドンッ

 

 

背中を叩かれ、俺は前に出される。

 

仕方なく俺は真由美の所まで歩き、ダンスの誘いをしようとするが、

 

 

「どうかしましたか?」

 

 

他校の男子生徒が何人も俺の前に立ち塞がった。

 

 

「ちょっと真由美に用があってな」

 

 

「今、生徒会関連で話をしているから後にしてくれないか?」

 

 

「第一高校について聞きたいことがあるから後にしてくれませんか?」

 

 

「ジュースでも飲んで待っててくれ」

 

 

っと男子たちは道を開ける気はないようだ。

 

……なるほど。ダンスは真由美と親交を深めるいい機会だ。誰でも美少女の真由美の手を取りたい男はたくさんいるだろう。特に俺の前に立った人たちとか。

 

 

(摩利が言いたかったことはコレか)

 

 

ダンスの誘いに困っている真由美の救出。一芝居、やりますか。

 

 

「消すぞゴラ」

 

 

サッ!!

 

 

男子たちは横に避けてすぐに道を開けた。これが富士山パワー。芝居なんていらない。

 

俺は真由美のところまで歩き、後ろから声をかける。

 

 

「真由美」

 

 

「え?大樹君?」

 

 

真由美が驚いた顔で俺を見る。話していた男子の表情が険しくなった。

 

 

「えーっと……とりあえず踊らねぇか?」

 

 

何だその『とりあえずコンビニに行かね?』みたいなノリ。もう少しまともな誘いはなかったのか。

 

 

「そ、そうね!」

 

 

真由美はパァっと笑顔になった。

 

話していた男子たちに一言謝り、俺の隣まで来る。

 

 

「ありがとう、助かったわ」

 

 

「気にするな」

 

 

「えっと、それで……」

 

 

真由美は照れて伏し目になりながら俺に尋ねる。

 

 

「踊るの……かしら?」

 

 

「……まぁせっかくだし、いいんじゃねぇの?あそこから逃げ出した証拠を見せないと厄介だろうし」

 

 

まだ男子たちがこっちを見ている。諦めてないな。

 

 

「嫌なら踊らなくてもいいけど……」

 

 

「ううん、そんなことないわ」

 

 

真由美は俺に向かって左手を差し出す。俺は何も言わず、その手を握った。

 

 

「ダンスなら黒ウサギからしっかりと教えてもらったから安心しろ」

 

 

「知っているわ。……先に越されたから」

 

 

「先って……後じゃダメなのか?」

 

 

「じゃあ大樹君は好きな人のファーストキスが奪われたらどう思う?」

 

 

「奪った奴を富士山と同様に消す」

 

 

「……順番ってどう思う?」

 

 

「超重要ですね、はい」

 

 

二秒で俺の考え変わったな。ってキスとダンスは全然違うだろ。

 

 

「で、でも私は大丈夫よ」

 

 

「何が?」

 

 

真由美は頬を赤くしながら小さな声で言う。

 

 

「ファーストキスは……大樹君にあげたから」

 

 

「ほほほほほほっぺはセーフだろ!?」

 

 

その言葉に大樹も恥ずかしくなり、顔を真っ赤にした。

 

 

「何で今言うんだよ……!」

 

 

「もしかして照れているの?」

 

 

「照れてないりょ!」

 

 

「……大樹君って、動揺した時すぐに噛むわね」

 

 

そうだね!ここまで来ると一つのコンプレックスだよ!

 

 

_______________________

 

 

 

真由美と踊った後は、ほのかと雫が待っていた。せっかくなので二人とも一緒に踊らせてもらった。

 

ここまでは楽しかったが、その後がヤバかった。

 

 

「楢原君!私とも踊って!」

 

「待って!私が先に言ったのよ!?」

 

「楢原君ッ!!」

 

 

(何で俺こんなにモテているんだ!?)

 

 

第一高校の女子生徒だけではなく、他校の女子にもダンスを迫られていた。

 

分からん……一体俺のどこがいいんだ?ちょっと考えてみるか。

 

・富士の山を消すほどの人外

 

・特にカッコいい髪型ではないオールバック

 

・顔は……中の下以上はあったらいいなぁ(願望)

 

 

(あれ?全く分からねぇ……)

 

 

女の子の目が狂っているのか、俺が狂っているのか。どっちなんだよ!?

 

そんな大樹の様子を見ていた桐原と服部は話す。

 

 

「楢原の奴、すごい人気だな」

 

 

「本人はまだ人気の理由が理解できていないみたいだがな」

 

 

「あー、そうみたいだな」

 

 

第一高校のテロリスト襲撃事件では、大樹が無双してテロリストたちをフルボッコ。

 

刑務所【ギルティシャット】での本当の悪を断罪。囚われていた人々を救出。ニュースではヒーローとして報道された。

 

バス襲撃事件では最強っぷりを見せつけた大樹。第一高校の女子生徒の選手のほとんどが大樹のことを見直していた。

 

モノリス・コードは普通じゃ考えられない作戦で決勝戦まで勝ち上がり、拳一つで優勝候補の一角である一条を圧倒。そして、優勝した。

 

そして、10万人の人々を救うために、富士山を消滅させた英雄。

 

 

((この4ヶ月でとんでもねぇ人生を歩んでいる!?))

 

 

二人の持っていたグラスが震えていた。しかし、残念ながら彼がモテる理由はこれだった。

 

 

「やっぱり化け物って呼んでも正解だったな。化け物って呼んでいた奴らは、俺が教師なら通知表はオール5って書いてやるよ」

 

 

「絶対に教師に向いていないぞお前。でも、化け物は確かにそうだな。俺が教師なら他の答えが全部間違っていても、100点をあげてやる」

 

 

「いや、お前も先生に向いてねぇよ」

 

 

結論。どっちとも向いていない。

 

 

「それより桐原。まだここに居ていいのか?」

 

 

「何がだ?」

 

 

「この後は壬生と会うのだろ?」

 

 

「なッ!?どこで知りやがったテメェ!?」

 

 

桐原は顔を真っ赤にして怒る。照れと怒りが表情に分かりやすく出ていた。

 

 

「待たせすぎるなよ」

 

 

「……服部。会長とは踊らないのか?」

 

 

「なッ!?」

 

 

こうして、二人の争いが始まった。

 

服部は桐原の彼女である壬生のことを言い、桐原を照れさせる。逆に桐原は真由美のことを言い、服部の顔を赤くさせる。

 

 

(何かアイツら……仲が良いな)

 

 

二人の様子を見ていた大樹は、微笑ましい光景だと思っていた。

 

 

(っと、アイツらのことよりまず自分の心配をするべきだな)

 

 

腕やら背中やら服やら肩やら、めっちゃ女の子に掴まれているですたい。助けて。

 

ときどき柔らかい感触が伝わって来るんですけど、それはあれですか?……いや、考えるのはやめよう。理性が保っていらねぇ。

 

どうしようか。この状況。もう一回、一芝居やっとく?

 

 

「あ、右手が覚醒して今度は日本を消滅してしまいそう」

 

 

サッ!!!

 

 

「そこまで綺麗避けられるとちょっと傷つくわ」

 

 

女子たちは一気に俺から距離を取り、他の人達も俺から距離を取った。わーい、広いなぁー。

 

 

「じゃ、そういうことなんで」

 

 

俺は手を振りながらホールから退場した。

 

 

「「「「「……………」」」」」

 

 

その後、ホール内は約1分間、静かになっていた。

 

 

_______________________

 

 

 

ホールから出た後は、レオと幹比古に頼んでキッチンを貸してもらい、料理を運んでいた。あんな状況で、後夜祭の料理なんかまともに食えない。

 

料理は焼き鳥。紙コップの中に10本くらい入れて持ち運びが楽だな。

 

俺はホテルの3階にあるラウンジに来て、辺りを見渡す。

 

 

(いた……)

 

 

空いた左手でテラスの窓を開ける。

 

 

「よぉ、俺の特製タレで味付けした焼き鳥でも食べないか?」

 

 

「楢原君……」

 

 

ずっと外を見ていた優子が振り返り、俺の名前を呟く。

 

空は綺麗な月と星が暗闇を照らしている。本来なら真正面に富士山と森林があるが、今は巨大なクレーターしか残っていない。うぅ……殺伐とした風景になってるよぉ……!

 

 

「久しぶり。あれからずっと会っていなかったな」

 

 

俺が入院している時からずっと優子は俺に顔を見せなかった。こっちから会おうとしても、優子はずっと避けていた。

 

俺は優子の隣まで歩き、持っていた焼き鳥を手すりに置き、優子に差し出す。

 

 

「何で焼き鳥よ……」

 

 

「美味いぞ?」

 

 

「……一本だけもらう」

 

 

優子は一本の焼き鳥を掴み、食べる。

 

 

「……料理の腕、上がったわね」

 

 

「まぁな」

 

 

俺も焼き鳥を一本掴み、食べる。うん、美味しい。

 

 

「怪我は……大丈夫なの?」

 

 

「優子のおかげで右腕の骨が粉砕されるだけで済んだよ」

 

 

「絶対に助かってないわよね、それ」

 

 

「そもそも俺って、右腕が無くなったんだよな」

 

 

(そう言えばそうだった!?)

 

 

右腕があること自体がおかしいことに優子は今更気付き、驚愕した。

 

 

「全部優子のおかげで、俺は助かってんだよ。ありがとうな」

 

 

「ッ……」

 

 

俺は笑顔でお礼を言うが、優子は目を逸らしてしまった。

 

 

「……そろそろ、ちゃんと向き合って話さないか?」

 

 

まだ優子は俺から顔を逸らしたままだ。

 

 

「俺は、優子に会いたい」

 

 

「ッ……!」

 

 

食べ終わった焼き鳥の棒が地面に落ち、優子の肩が小さく震える。

 

ゆっくりと優子は俺に顔を見せる。優子の目には涙が溜まっており、今にも溢れ出そうだった。

 

俺はそんな優子を笑顔で迎える。

 

 

「おかえり。ずっと会いたかった」

 

 

()()君ッ……!!」

 

 

優子は涙をボロボロとこぼし、俺に抱き付いて来た。俺は優しく優子を抱きしめ返す。

 

 

「優子。お前が全てを思い出した時、本当に苦しかったと思う」

 

 

美琴とアリアがいなくなったこと。俺と黒ウサギが今まで苦しい思いをしてきたこと。いろんなことを思い出し、苦しかったと思う。

 

優子は優しい。だからより一層重い罪悪感に押しつぶされそうになったはずだ。

 

 

「でもな……俺は優子の笑顔を見るために戦ったんだ。だから……また自分を責めないでくれ」

 

 

「アタシは……ずっと大樹君を……みんなのことを、忘れていた……!」

 

 

「前にも言っただろ?俺が知っているって」

 

 

「ごめんなさい……アタシ……!」

 

 

「俺は違う言葉が聞きたい」

 

 

「ッ!」

 

 

優子の抱きしめる力が強くなる。

 

 

「ありが……とうッ……!」

 

 

「ああ、もう大丈夫だ……」

 

 

俺は泣き続ける優子の頭を優しく撫で続けた。

 

今まで遠かった存在がやっとそばに来てくれた。こんなに嬉しい事はいつ以来だろうか。

 

この世界に転生して、ずっと優子を守って来た。その苦労がやっと報われた。

 

美琴とアリア。そして優子がいなくなってから、俺はさらに弱くなってしまった。

 

でも、黒ウサギや他のみんなが支えてくれたおかけで俺はここにいる。優子を抱きしめてあげれている。俺を助けてくれた彼らに一生感謝し続けても足りない。それくらい俺は感謝している。

 

 

「本当は……嬉しかったッ……!大樹君が……本当にアタシを、助けに来てくれてッ……!」

 

 

「……でも、あの時俺は……守れなかった」

 

 

俺は唇を強く噛む。色々な感情が俺の中で渦巻くが、一番強い感情は……恐怖だ。

 

 

「俺はまだ強くなる。強くなり続ける。でも……また失った時が……!」

 

 

大切なモノを失った時の喪失感。俺はもう二度と体験したくない。あれはトラウマを越えた恐ろしいモノだった。

 

 

「大丈夫よ……」

 

 

優子の右手が俺の右頬に当てられる。

 

手は小さいが、とても温かった。

 

 

「アタシを助けてれたじゃない……」

 

 

「でも、俺は……アイツらを守れなかった!」

 

 

「……大樹君」

 

 

「陽を……奈月を……守ってやれなかったッ……!アイツらは何度も大丈夫だと言っているけど……俺は納得いかない!」

 

 

手紙のことも、陽の言葉を真正面から受け取れない。俺は首を横に振り続けることしかできない。

 

 

「……納得しないでいいわよ」

 

 

優子は優しい声音で俺に言う。

 

 

「大樹君が納得したくないなら……納得しないでいいわよ。でも、苦しい気持ちは吐き出しなさい」

 

 

「俺なんかより苦しい人は……!」

 

 

「今、一番苦しいのは大樹君よ。守れなかった人がいるんでしょ?」

 

 

その核心に触れた言葉は、俺は辛かった。

 

 

「全部、話してみなさい……」

 

 

「……聞いてくれるか?」

 

 

「ええ」

 

 

「……奈月は姉のことが大好きで……ずっと一人で戦ってきた女の子なんだ」

 

 

存在しない姉を……一人で守り続けた。いや、母親が影から支えてくれたことは忘れてはいけない。

 

 

「陽は感情をあまり表に出さないけど……妹のことが本当に大好きで……」

 

 

心が折れそうになった奈月をずっと支え続けた。奈月が姉をあそこまで思えたのは陽のおかげだ。

 

 

「どっちとも大好きだったのね」

 

 

「ああ……きっと今は母親のことが大好きで……それで……それでッ」

 

 

その時、俺の視界が歪んだ。

 

 

 

 

 

「俺の、大切な妹たちだッ……!」

 

 

 

 

 

大粒の涙が俺の頬を伝って流れ落ちた。涙が俺の視界を歪ませていた。

 

優子は優しく俺の頬を撫でる。俺の涙が手に濡れるが、気にせず撫で続ける。

 

嗚咽が走り、涙を堪えようとしても、一度溢れ出した涙は止まらない。

 

二人のために流す涙がやっと流れ始めた。

 

俺は泣くことを我慢していた。二人のために流さない方がいいと思っていた。無力な自分を誰にも見せたくなかった。

 

でも、どうやら俺はまた違う選択をしてしまったようだ。

 

彼女たちの為に泣き、前に進まないといけない。

 

納得しない。俺は彼女たちの死を、永遠に後悔し続ける。

 

そして、こんな悲劇を俺は絶対に、二度と、生まれさせない。

 

 

「……悪い」

 

 

しばらく涙を流し続けた後、俺は涙を腕で拭き取る。

 

俺の顔から優子の手は放れ、俺は優子の綺麗な瞳を見る。

 

 

「俺は決めたよ」

 

 

無様な姿を晒しても、ひ弱な力を笑われても、俺は構わない。

 

大切な人を守る為ならどんな惨めな自分になっても、俺は構わない。

 

 

「……聞いていいかしら?」

 

 

俺は握った右手の拳を自分の胸に当てて、決意する。

 

 

 

 

 

「無力な弱者になっても、俺は大切な人を守り続ける強者になる」

 

 

 

 

 

「……大樹君らしいわ」

 

 

優子は笑みをこぼし、笑ってくれた。

 

目を赤くした俺と優子は、眠くなるまで一緒に居続けた。

 

待ち望んだこの瞬間。

 

この日、俺は優子の手を握った時の温かさを忘れない。

 

 

_______________________

 

 

 

ここは俺の店。客はいないが、友達はたくさんいる。

 

今日はみんなに御馳走を食べさせる日。そして、俺の右腕が元に戻った日でもある。治るの早過ぎてみんなからドン引きされたことはいろんな意味で忘れらない。

 

椅子に座って料理を待ち続けている彼らに料理を出す。

 

 

「へい、スペシャルラーメンの【カオス・THE・らーめん】だ」

 

 

テーブルの上にラーメンの器を置いた瞬間、座っていた者たちが息を飲んだ。

 

黄金色に光り輝くスープ。

 

高級の豚肉を使ったチャーシュー。

 

職人が何十年も修行を費やして、ついに完成させた高級海苔。

 

料理職人の大樹が程よい力加減で究極の状態に仕上げてある麺。

 

常識では考えられない育て方をされた最強のネギ。

 

空前絶後のラーメン。いや、これはラーメンと呼んでいいのか分からない。

 

神々の料理と呼んでも相応しいだろう。

 

 

「これが……大樹の最高傑作……!」

 

 

割り箸を何本も無駄に折っているレオが震えながらラーメンを見ていた。おい、勿体ないからやめろ。

 

 

「ラーメンにオーラがあるよ……!?」

 

 

ナイフとフォークを持った幹比古が震えた声で言う。箸を持てよ。

 

 

「……食えるのか?」

 

 

逆の発想に辿り着いた達也は疑問を呟く。食えるわ。

 

 

「大樹さんって本当に不思議な人ですね」

 

 

深雪はラーメンではなく、俺を指摘しやがった。標的に俺を選ぶな。

 

 

「何か……逆に食べたくないわね……」

 

 

ちょっとドン引きし始めているエリカ。酷い。

 

 

「……………お、美味しそうですね!」

 

 

無理に笑みを浮かべた美月。超傷ついた。

 

 

「大丈夫です!大樹さんの作ったモノなら、私はどんな不味いモノでも食べますから!」

 

 

ほのかさん。それは俺が作ったラーメンが不味いモノだと判断しているのかな?許すけど。

 

 

「……………」

 

 

雫の冷たい『にらみつける』が俺に当たる。防御力が下がっちゃうよ!

 

 

「はい、大樹君!あーん!」

 

 

俺で試すな真由美。

 

 

「……私はまだ死にたくないのだが?」

 

 

毒は入ってないですよ、摩利委員長。

 

 

「み、皆さん怖がらないでください。大樹さんの料理はいつも危ないですから……」

 

 

もしかして黒ウサギさん。僕が料理している時、いつもそわそわしていた理由はそれですか?怖かったからですか?

 

 

「……いただきます」

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

最初に動き出したのは優子だった。優子は割り箸を割り、麺を掴み、口に運ぶ。

 

俺たちは味の感想を待つ。不味いって言われたら首を吊ります。多分それでも俺は死なないと思うけど。……怖ッ。

 

 

「うん、美味しいわよ大樹君」

 

 

「優子ッ!!」

 

 

俺は感動の涙を流す。ああ!今日は何て素晴らしい日なんだ!

 

 

「やっぱり優子は俺の心の天使だぜ!」

 

 

「ば、馬鹿なの!一体何を言っているのよ!?」

 

 

「ラブリーマイスイートエンジェル!!」

 

 

「馬鹿!?」

 

 

お前のためなら俺は馬鹿でもバカでも馬鹿野郎になってみせる!

 

 

「……大樹さん、最近ご機嫌がいいですね」

 

 

黒ウサギがジト目で俺を見ていた。

 

 

「ああ、天使が来たからな!」

 

 

ガンッ!ガンッ!ゲシッ!ガンッ!ゲシッ!

 

 

……たった今、テーブルの下で五回も蹴られたり踏まれたぞ。誰だやった奴ら。男子も誰か紛れて蹴ったような気がする。

 

 

「……黒ウサギは堂々と俺の足を踏んだな」

 

 

「もう知りませんッ」

 

 

プイッと黒ウサギは俺から顔を逸らした。よく見たら他の女子も機嫌が悪そうだった。

 

 

「大樹さんって相変わらずですね」

 

 

「くッ、深雪の余裕の笑みがムk

 

 

「深雪の笑顔がどうした?」

 

 

「超絶可愛いなと思いましたよ達也さん!!」

 

 

もう!俺の友人たち、怖い人ばっかだよ!昔お母さんに『怖い人とは関わっちゃダメよ。アンタ、本当に馬鹿だから』って教訓を受けていたのに!……自分の息子に馬鹿って言うなよ。

 

 

「真由美さん。ここは一つ……」

 

 

「そうね。私達には切り札があったわね……」

 

 

いつの間にか黒ウサギと真由美がヒソヒソと話している。アイツら、いつからそんなに仲が良くなったんだ?前に携帯電話メールハゲちゃう事件時はあんなに争ったのに。あの時の俺の髪はヤバかった。

 

 

「ねぇ大樹君」

 

 

「何だよ」

 

 

真由美に話しかけられるが、俺は冷静になるために一杯の水を飲んだ。

 

 

 

 

 

「一緒にお風呂に入る約束はどうなったのかしら?」

 

 

 

 

 

「ぶふうううううゥゥゥ!!??」

 

 

俺は口に含んだ水を壁に向かって噴き出す。あ、虹が。

 

……しかし、ここで動揺しないのが俺。あ、何かフラグっぽい。

 

 

「……俺、パンの耳が大好きなんだ」

 

 

(((((すっごいどうでもいいこと言い出した……)))))

 

 

大樹の言葉を聞いたみんなの目は死んでいた。本当にすごくどうでもよかった。

 

 

「だから……温泉の水ってコーラでも良くね?」

 

 

(((((動揺のレベルを超えた!?)))))

 

 

「だってコーラだよ!?みんな大好きじゃん!?」

 

 

(((((知らないよ!?)))))

 

 

「水着はどこだあああああァァァ!!??」

 

 

(((((完全にパニック起こしてる!?)))))

 

 

 

~大樹が落ち着くまでしばらくお待ちください~

 

 

 

「じゃあみんなで温泉に行くか」

 

 

「「「「「唐突過ぎる!?」」」」」

 

 

俺は携帯端末を取り出し、ディスプレイを操作する。

 

 

ピロリンッ♪

 

 

軽快な音が鳴り、俺は笑顔でみんなに向かって言う。

 

 

「さぁ!そこの銭湯を貸し切ったからみんなで行こう!!」

 

 

「「「「「えええええェェェ!!」」」」」

 

 

俺の金は一億以上あるんだぞ!!舐めるんじゃねぇ!!

 

 

_______________________

 

 

 

「いい湯だのぉ……」

 

 

体の芯まで温かくさせる温水を肩まで浸からせ、安堵の息を吐く。

 

死地を駆け回った体を癒してくれる。ああ、お花畑が見えそう。

 

 

「大樹、言葉がオジサン臭いよ」

 

 

「幹比古。長い説教でもしてやろうか?」

 

 

(ここでそれこそオジサン臭いってツッコミを入れたら負けかな?)

 

 

俺の隣ではタオルを小さく畳んだモノを頭に乗せた幹比古。隣には静かに目を瞑っている達也。さらにその隣には大きく背伸びをしたレオがいる。

 

……誰得描写だこの野郎。

 

 

「そういえば、大樹は女子のお風呂を覗かないの?ホテルではあんなことを言っていたのに」

 

 

「馬鹿野郎」

 

 

俺は幹比古に向かって告げる。

 

 

「女子のメンバーを考えてみろよ」

 

 

「……あ」

 

 

『あ……(察っし)』な感じの反応をありがとう。

 

 

「生徒会長の真由美。風紀委員の摩利。学年主席の深雪。学年次席の優子。一科生のほのかと雫。電撃をぶちかます黒ウサギ。どうだ?覗く気になったか?」

 

 

「……大樹」

 

 

「俺は命を大事にしたいんだ。分かってくれ」

 

 

「柴田さんがいないじゃないか!?」

 

 

「そこなのか!?」

 

 

幹比古の言葉にレオが驚く。

 

 

「美月は……何だろう。そういうことをしてはいけない気がする」

 

 

((あ、何か分かる))

 

 

(……この三人。モノリス・コードに出てからもっと仲良くなっているな)

 

 

幹比古とレオは心の中で大樹の言葉を納得していた。達也はその様子を見て、冷静に分析?していた。

 

 

「それに、こっちには深雪の最強ボディガードがいる」

 

 

「「あ……」」

 

 

「?」

 

 

幹比古とレオは達也を見て、『あ……(納得)』みたいな反応をした。達也は俺たちの話を分からなかったようだ。

 

その時、壁の向こうから女の子たちの会話が聞こえて来た。

 

こちらの部屋が静か過ぎて、向うの部屋の音が聞こえやすくなっていたのだ。

 

 

「……超覗きてぇ」

 

 

(((欲望に忠実だな)))

 

 

逆に尊敬しそうな勢いだった。

 

 

「よし、許可を取ればいけると思う」

 

 

「許可?」

 

 

幹比古が聞き返す。

 

 

「ああ、『覗いてもいいですか?』って聞いて『いいですよ!』って返ってきたら覗く」

 

 

(本当に大樹って学年一位なの?達也と大違いなんだけど)

 

 

筆記試験で一位を取り、魔法実技で0点を取った大樹(バカ)の覗きをご覧下さい。

 

大樹は風呂から上がり、腰にタオルを巻く。女湯の方の壁に向かって叫ぶ。

 

 

「おーい!女子たちー!」

 

 

『え?大樹さんですかッ?』

 

 

「そうだ!みんなに聞きたいことがある!」

 

 

『何でしょうかッ?』

 

 

「お風呂を覗いてもいいですか!?」

 

 

その時、音が全て死んだような気がした。

 

 

『大樹君』

 

 

「あ、優子か。どうした?」

 

 

『別に覗いてもいいわよ』

 

 

「マジで!?」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

大樹だけでは無く、幹比古たちも驚愕していた。

 

 

 

 

 

 

『でも、覗いたら殺すから☆』

 

 

 

 

 

「邪魔してすいませんッ!ごゆっくりしてください!」

 

 

大樹はすぐに壁に向かって土下座を繰り出した。三人は『だろうな』っと呟き、身体を温めるのであった。

 

 

 

_______________________

 

 

 

「お前たちに言わないといけないことがある」

 

 

もう一度風呂に浸かった俺は三人に大事な話をしていた。

 

 

「大事な話って?」

 

 

レオが聞き返す。俺は目を細めて話す。

 

 

「俺とお前らがしばらく会えないかもって話だ」

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

三人の目が見開き、耳を疑った。

 

 

「正確には俺と黒ウサギ。そして優子がいなくなる……………………………………………………………あと原田も」

 

 

忘れていないよ?覚えているよ?

 

 

「いなくなるって……転校とか……?」

 

 

「違う。もっと規模がでかい。もう会えないかもしれない」

 

 

幹比古の言葉を首を横に振って否定する。

 

 

「……大切な人を救うためか」

 

 

「……達也は何か知っていそうだな」

 

 

達也が呟いた言葉に俺は驚いたが、原田から何かを聞いたなら納得できる。

 

 

「みんなには内緒にしていたが、優子は記憶喪失……いや、記憶を奪われていたんだよ」

 

 

俺は驚く三人に向かって真剣な目を向ける。

 

 

「俺は……他にも大切な人がいるんだ。だから助けに行く。もう、これでサヨナラかもしれねぇ」

 

 

「……違うじゃねぇの、それは」

 

 

レオは口元に笑みを浮かべて俺を見る。

 

 

「またな……じゃダメか?」

 

 

「……そうだな」

 

 

俺はもう一度、別れを言い直す。

 

 

「今度会う時は……俺の大切な人、紹介するからよ。また会おうな、お前ら」

 

 

「そうだね。楽しみに待っているよ」

 

 

幹比古が頷き、レオは笑顔を見せる。

 

 

「女子には言わないのか?」

 

 

しかし、達也は別れについてまだ納得していないようだ。

 

 

「言い辛いから悩んでいる……」

 

 

「……深雪には言ってやってくれ」

 

 

「ああ、深雪には言うよ。エリカと美月も……摩利も大丈夫だ」

 

 

「……ほのかと雫。そして会長か」

 

 

「当たりだ」

 

 

俺は湯気で曇った天井を見上げる。

 

 

「……手紙を残すっていう手があるんだけど」

 

 

「それをしたら僕達は許さないよ」

 

 

「だよなー」

 

 

幹比古の厳しい一言は正しい。それだけは絶対に駄目だ。

 

 

「……夏休み最終日まであと少しかねぇよ」

 

 

結局答えは出せず、俺は最後の一人になるまでお湯に浸かり続けた。

 

 

_______________________

 

 

 

石の階段を上り、大きな寺に辿り着く。最初に出迎えてくれたのは髪を剃り上げた男。九重(ここのえ) 八雲(やぐも)だった。

 

 

「おや?久しぶりだね、大樹君」

 

 

「そうだな。最後ここに来たのは九校戦に行く前だったな」

 

 

俺と九重は結構仲が良い。時には修行の練習に付き合ったり、時には御馳走を弟子たちに振るまったり良好な関係だった。

 

だから、

 

 

「あ、大将!」

 

 

「久しぶりですね大将!」

 

 

「大将!新鮮な野菜が届いてますよ!」

 

 

っと弟子たちにはあだ名で呼ばれている。弟子たちは大樹は将軍のような強さを持った人。だから大将らしい。

 

 

「おう。今日も栄養がある料理作ってやるから待ってろ」

 

 

そう言って俺が右手に持っている買い物袋を見せつけると、弟子たちから歓喜の声が響く。

 

 

「まだ修行中だろ?走って来て腹の中、減らしてこい。どうせなら空っぽにして来い」

 

 

俺の言葉を聞いた瞬間、弟子たちは森の中へと走り出した。元気あるなぁ。

 

 

「いつもすまない」

 

 

「俺もいい食材で料理が食えるんだ。ウィン(win)ウィン(win)の関係って奴だよ」

 

 

「君が納得してくれるなら、これ以上の追及は失礼だね」

 

 

「分かってくれて嬉しいぜ。それで、話の本題に入りたい」

 

 

「富士山のことはどうにもならないよ」

 

 

「知ってたのかよ……っていうか違う」

 

 

やっぱりただ者じゃないな。俺が富士山を消し飛ばした情報を正確に入手しているな、九重め。

 

 

「今回は九重先生として用があるんだ」

 

 

「何かね?こっちは出来る限り協力するよ」

 

 

「……忍術を俺に教えてくれ」

 

 

「……何か理由があるんだね」

 

 

笑みを浮かべて俺に理由を聞く。俺は真剣な目で理由を告げる。

 

 

「今度こそ、大切な人を守るために……強くなるんだ」

 

 

「……君らしい答えだね」

 

 

九重は俺の答えに満足したのか、右手を俺に差し出す。

 

 

「僕の修業は君でも容赦しないよ?」

 

 

「それでいい。頼むぜ、先生」

 

 

俺は九重の手を握り、握手を交わした。

 

 

_______________________

 

 

 

薄暗い森の中、二人の男が戦っていた。

 

 

「ッ!」

 

 

足場の悪いぬかるみのある土を蹴っ飛ばし、後ろに大きく一歩下がる。同時に上半身を後ろに逸らす。

 

 

「甘いッ!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

「ぐッ!?」

 

 

腹部に衝撃が襲い掛かり、痛みが走る。九重の拳を避け切れず、俺の腹に当たったようだ。

 

 

「耳じゃない!体の神経を研ぎ澄まして全身で感じるんだ!」

 

 

九重の助言を耳に入るが、俺は難しい顔をする。俺と九重の組手は俺が劣勢だった。

 

普通なら俺が勝つが、今回は違う。今の俺は目隠しをしており、音速で走ることと光の速度を出すことを禁じた状態で戦っている。

 

 

(ちくしょう!全然分からんぞ!?)

 

 

如何に今まで音と目に頼って来たか思い知らされる。感覚で人の居場所が分かっても、人の動きまでは捉えられない。

 

 

「【無刀の構え】!!」

 

 

俺に向かって飛んで来る九重の蹴りを防ぐため、腕をクロスさせる。

 

 

「【木葉(このは)(くず)し】!!」

 

 

ドゴッ!!

 

 

九重の蹴りが俺のクロスした腕に当たった瞬間、蹴りを受け流し、九重の背後を取ろうとする。

 

だが、

 

 

「残念」

 

 

バキッ!!

 

 

「がぁッ!?」

 

 

俺の顔面に拳が容赦なく叩きこまれる。

 

しかし、九重の攻撃は終わらない。

 

 

ドンッ!!

 

 

そのまま九重は拳に力を入れ、俺を地面に叩き落とす。そして、空中で回転して、右足を大きく振り落した。

 

 

ドゴンッ!!

 

 

「かはッ……!?」

 

 

腹部に再び衝撃が走る。踵落としが見事に決まっていた。

 

俺はそのままバッタリっと倒れたまま咳き込む。左手を上げて、ギブアップの意を示す。

 

戦闘の一時中断。九重はそばにあった丸太に座る。

 

 

「今のは忍術と君の体術を合わせた技だったのかい?」

 

 

「……………おう」

 

 

「悪いけど、何をするか見え見えだったよ」

 

 

「……………そうか」

 

 

「だ、大丈夫かい?」

 

 

かなり本気を出した九重は少し後悔していた。目隠しをした人をボコボコにするのはあまり気持ちの良い事では無い。

 

 

「……今日の料理はネギご飯だ」

 

 

「今の大樹君、ものすごく器が小さいよ」

 

 

「冗談だ。ちょっと疲れたから休憩だ」

 

 

「……そうだね。少し休もうか」

 

 

目隠しを取り、やっと休み出した大樹を見た九重は、安堵の息を吐く。同時に大樹の強さを知った。

 

 

(朝から厳しい修行をやり続けて、夕方近くまで休憩の一つも無しでやり続けた……彼は本物の化け物)

 

 

精神的にキツイ修行も心を一切乱さず、最後まで終えた。肉体的に厳しい修行もすぐに終わらせた。

 

富士の山を消滅させるほどの危険な人物なのが改めて分かった。

 

 

「大樹君」

 

 

九重は気になっていたことを聞く。

 

 

「君はどうしてそこまで強くなろうとするんだい?」

 

 

大樹は最強……いや、それ以上の強さを持った存在だ。

 

それなのに、強さを追い求めようとし続ける理由が分からなかった。

 

大切な人を守る為だけじゃない。別に理由があるような気がした。

 

 

「俺は、負けた」

 

 

「君が?」

 

 

「俺はここに来てからずっと負け続けている」

 

 

大樹は拳を強く握る。

 

 

「誰も守れなかった。救えなかった」

 

 

強く、強く、強く握った拳から血が流れる。どれだけ悔しいか九重にもすぐに伝わった。

 

 

「だから、次こそ俺は……守って、救ってみせる」

 

 

(それが……君の強さか……)

 

 

大樹の目は強い決意をしている瞳だった。

 

今まで数々な困難を乗り越え、辛い思いをしてきたはず。

 

 

「……一つだけ忠告しておくよ」

 

 

九重は低い声音で大樹に言う。

 

 

「力を……ただ力を求めては駄目だよ」

 

 

「力……」

 

 

「君は……いつか力に溺れる」

 

 

九重の声は低く、真剣だった。

 

 

「そして、溺死する」

 

 

「……………」

 

 

「でも……そんなことにならないようにするのが、僕の役目だからね」

 

 

九重は立ち上がり、服に付着した木のカスを払い落とす。

 

 

「君が大量の水を飲んでしまっても、吐き出せるようになるくらいは鍛えてあげるよ」

 

 

九重は笑みを大樹に見せた。

 

 

 

_______________________

 

 

 

九重の修業を終え、俺の作った夕食をみんなで食べ、弟子たちと一緒にお風呂に入った。だから今回のお風呂は誰得展開だよ。

 

寝巻に着替え、部屋の窓から入って来る夜風に当たりながら俺は座っていた。

 

手には携帯端末。ディスプレイには女の子の名前。

 

 

「……雫から話すか」

 

 

俺は雫の携帯端末のディスプレイに映った番号を押す。

 

何度かコール音が鳴った後、

 

 

『……もしもし?』

 

 

「あ、雫。俺だ、大樹だ」

 

 

『……どちら様でしょうか?』

 

 

「え?大樹って言ったんだけど?いじめ?いじめが起きているの?」

 

 

『冗談』

 

 

「お、おう……」

 

 

やべぇ、出鼻を挫かれたぞ……。

 

 

「えっと、大事な話があるんだけど……」

 

 

『遠い場所に行くこと?』

 

 

「……知っていたか」

 

 

『黒ウサギがみんなに言っていた』

 

 

「マジかよ……」

 

 

これはすぐにみんなに連絡しないといけないな。

 

 

『……いつになったら帰って来るの?』

 

 

「分からない……でも、絶対に帰って来てみせる」

 

 

『……うん、待ってる』

 

 

「……雫」

 

 

『何?』

 

 

「ありがとう」

 

 

『……私も、ありがとう。絶対に帰って来てね』

 

 

ピッ

 

 

そこで、雫との会話は切れた。

 

雫とぶつかったあの日、俺はいろんなことを学んだ。

 

自分だけが背負い続けても、意味がないことを。痛みを共有すれば、それは傷にならないことを。

 

 

(悪い……)

 

 

急な別れで、こんな俺で、申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

最後まで情けない俺だが、雫の『ありがとう』を聞いた瞬間、俺は少しまともな人間になれそうな気がした。

 

 

「……次はほのか、だな」

 

 

正直、キツイぞ。これは……ヤバい。

 

 

(……泣かないでくれよ!)

 

 

俺は携帯端末のディスプレイに番号を打つ。

 

何度かコールが鳴った後、ブチッという音が聞こえた。

 

 

「……?」

 

 

何も聞こえない。もしもしの一言も聞こえない。

 

 

「も、もしもし?」

 

 

『……うぅ、大樹……さぁんッ……!』

 

 

(もう泣いてたあああああァァァ!!)

 

 

俺は額を畳に擦りつける。

 

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

 

ほのかは情が厚い子だ。俺や黒ウサギたちがいなくなると知れば、泣いてしまう優しい子だ。

 

 

『大樹、さん……』

 

 

「な、何だ?」

 

 

ほのかの(すす)り泣きながらも、俺の名前を呼ぶ。

 

 

『どこまで……遠くに行くんですかッ』

 

 

「……連絡はずっと取れない。期間も分からない」

 

 

『どうしてッ……どうしていなくなるんですかッ……』

 

 

「……大切な人を救うためだ」

 

 

偽りの無い言葉をほのかに言う。嘘は言いたくなかった。

 

 

「その人は俺を支えてくれた。俺を笑顔にしてくれた。俺を変えてくれた。そして、こんな俺を好きになってくれた人なんだ」

 

 

『……大樹さんッ……私は……私はッ……!』

 

 

ほのかは何度も嗚咽を堪える。

 

 

『帰って来たらッ……私の……大事な話を聞いてください……』

 

 

「大事な話?」

 

 

『そしてッ……抱き締めてくださいッ……』

 

 

「ゑ?」

 

 

え?

 

 

『ダメッ……ですかッ……!?』

 

 

「い、いや!大丈夫だ!」

 

 

何が大丈夫か分からないぞ!?だ、抱き締める!?ふぁ!?

 

 

『じゃあ……許しますッ……』

 

 

「あ、うん……」

 

 

『大樹さん』

 

 

「な、何だ?」

 

 

『好きです』

 

 

「……………えぇッ!?」

 

 

『おやすみなさいッ!』

 

 

ピッ

 

 

「え、ちょっと!?もしもしッ!?もしもーしッ!?」

 

 

携帯端末の通話は既に切れていた。

 

 

「……大事な話ってまさか」

 

 

……ここに帰った時は覚悟しておこう。

 

 

(ホント、優しい子だな)

 

 

俺が校門で起こした事件で、一番最初に生徒会に真実を報告しようとしたのはほのかだ。

 

おっちょこちょい性格だが、人と関わりを大切にする。二科生の俺と何の隔たりもなく仲良くしてくれたのがその証拠だ。

 

 

「……………」

 

 

ただ、最後の好きはどうする。ちょっと悶え死にそうなんだが。

 

あんな可愛い女の子に好きと言われて嬉し過ぎる。また明日から修行を頑張れるぜ!

 

 

「……よし、次に行きましょう」

 

 

今度はエリカに電話を掛ける。

 

コールが何度か鳴った後、

 

 

『はい、もしもし』

 

 

「あ、俺だ。大k

 

 

ピッ、ツー、ツー……

 

 

ディスプレイに『通話時間二秒』と表示される。

 

 

「……………」

 

 

もう一度、エリカに電話を掛ける。

 

 

『もしもし?今富士山が無くなって大変なんだけど?』

 

 

「マジですいませんでしたあああああァァァ!!」

 

 

怒ってる。エリカは怒っている。俺、謝ってばっかだな。この後もまだ謝りそうだよ。

 

 

『それで、反省はしたかしら?』

 

 

「ああ、悪かったよ……言うタイミングを伺い過ぎた」

 

 

『ホントに驚いたんだからね?』

 

 

エリカの溜め息をつく音が聞こえる。呆れられている。

 

 

『それで、大切な人を探しに行くの?』

 

 

「ああ、救いに行ってくる」

 

 

『……そう』

 

 

「……寂しい?」

 

 

『切っていい?』

 

 

「ごめんなさい」

 

 

『もう……大樹君は最後までバカだね』

 

 

「笑っていいぜ?」

 

 

『うん……笑う。笑顔でいるから、大樹君も笑っていてね』

 

 

「……ああ、ありがとう」

 

 

ピッ

 

 

通話が切れ、部屋に静寂が訪れる。

 

笑顔でいろってか。エリカらしくないようで、エリカらしい言葉だな。

 

何気に俺たちのことを信頼してくれていたし、九校戦襲撃事件の時はレオと一緒に共闘したらしいし、俺たちを助けてくれた。

 

俺たちもエリカのことを信頼していたし、気軽に話せる女の子だった。

 

 

「……ちょっと別れが辛くなってきたぞ」

 

 

今まで笑顔で別れを言えたのに、泣きそうな気持になった。

 

……泣かない内に終わらせよう。

 

次は美月に電話する。

 

 

『あ、大樹さん?』

 

 

電話に出るのは早かった。ワンコール鳴った後、すぐに出てくれた。

 

 

「ああ、俺だ」

 

 

『別れの話ですか?』

 

 

「まぁ……そうだな」

 

 

『私は大丈夫ですよ』

 

 

「え?」

 

 

美月の意外な言葉に俺は驚いた。

 

 

『大樹さんは大切な人を救いに行くんですよね?それなら止めませんよ。止めるのは野暮なことです。でも、一つだけ言わせて貰いますッ』

 

 

「な、何だ?」

 

 

『大樹さんはすぐに無茶をするので無茶をし過ぎないでください。自分の体はちゃんと大事にして、大切にしてください。大切な人だって怪我をした大樹さんなんか見たくないですから。もちろん、私もエリカちゃんだって。みんな、大樹さんの苦しむ姿は見たくないんですよ?だから……あれ?』

 

 

「……………」

 

 

『ご、ごめんなさい。私、余計なことを……』

 

 

「うわあああああァァァ!!美月いいいいいィィィ!!!」

 

 

『えッ!?えええええェェェ!?』

 

 

俺は号泣した。涙が滝のように溢れる。

 

 

「俺の心配をそこまで……そこまでッ……うわあああああァァァ!!」

 

 

『お、落ち着いてくださいッ!泣かないでくださいッ!』

 

 

「うん……俺、怪我しないように気を付ける……!」

 

 

『はい!病気にも気を付けて!』

 

 

「うん、気を付ける……!」

 

 

『か、帰ってきたらうがいと手洗いを忘れずに!』

 

 

「うん、する……!」

 

 

(これって大樹さんですよね!?)

 

 

素直に母の言うことを聞く子供のようだった。美月は豹変した大樹に驚いていた。

 

 

『で、では!絶対に帰ってきてくださいね!』

 

 

「……うぅ……行きたくない……」

 

 

(えええええェェェ!?)

 

 

「……でも、頑張って行く……」

 

 

『は、はい!頑張ってください!』

 

 

ピッ

 

 

泣いちゃったよ。これでもかってくらい泣いたよ。

 

アレだな。とても良いお母さんになれる。

 

美月の優しさは癒される。もう安心して涙が出ちゃう。

 

ときどき見せる天然な子とか上級生に人気な理由が納得できる。守ってあげたい系の女の子。分かるわその気持ち。

 

 

(美月を泣かしたらボッコボコにするからな、幹比古くぅん?)

 

 

よし、次行きましょう。あ、さっきの言葉は気にしないでください。

 

 

「次は深雪か……」

 

 

深雪の電話番号を学校の男子に自慢すると本気で憎まれます。ご注意ください。

 

 

(深雪と仲良く話していたら一科生に絡まれたあの時が懐かしいなぁ)

 

 

はじっちゃんが起こした事件後は、絡まれなくなった。むしろ恐れられた。こうして思い出すと泣けるなぁ。どんな涙かはあえて言わないけど。

 

俺は深雪に電話を掛ける。

 

 

『もしもし?大樹さんですよね?』

 

 

「正解。みんなのヒーロー、俺様だ」

 

 

『九重先生の所で修行をしているそうですね』

 

 

「あ、そう言えば達也って弟子だったな」

 

 

情報は九重から達也。そして達也から深雪と考えれた。

 

 

『ええ、お兄様は優秀だと先生は仰ってくれましたよ』

 

 

さすがブラコン。今日もお兄様が大好きだな。

 

 

「っと話が脱線しそうになった。実は大事な話が……」

 

 

『ごめんなさい大樹さん』

 

 

「え?」

 

 

急に謝る深雪に俺は疑問を持つ。

 

 

『私にはお兄様がいるので……お付き合いは……』

 

 

「告白じゃねぇよ!?って達也を理由に断るなよ!?」

 

 

『では何のご用件で?』

 

 

「え?いや、ほら……黒ウサギから何か聞いてないか?」

 

 

『……あ』

 

 

「分かってくれたか。そうだよ、俺がt」

 

 

『大樹さんがついに世界の遺産を潰しに行く旅行に出掛けることですね!』

 

 

「違ぇッ!!全然違ぇッ!!」

 

 

『次は世界を支配することでしたか?』

 

 

「だから違ぇよ!!もっと遠くなったよ!?」

 

 

『月を壊すことですか?』

 

 

「もう規模がすご過ぎてついて行けないよ!?」

 

 

『ふふッ、やっぱり大樹さんは面白いですね』

 

 

ハイ、例の如くからかわれていました。もう可愛いから許すわ。

 

 

『大丈夫です。大樹さんなら帰って来ると信じていますから』

 

 

「そ、そうか……?」

 

 

『はい。あ、それと大樹さん』

 

 

「ん?」

 

 

『大樹さんのこと、お兄様の次に好きな男性ですからね』

 

 

「お、おう……うん?」

 

 

『ふふッ、やっぱり大樹さんはいつも通りが一番いいですよ』

 

 

「……いつも通り、ですか」

 

 

『はい。いつも通りです』

 

 

「じゃあ今度キスしてくれ」

 

 

『はい。では帰って来たらその時に』

 

 

「ハハハ、だよなー。あーあ、またいつもみたいに流され………………………………………………………………………パァドゥン?」

 

 

『では、お休みなさい。体には気を付けてくださいね』

 

 

ピッ

 

 

……モウ、ワケガワカラナイヨ。

 

 

_______________________

 

 

 

「という夢を見たのさ!」

 

 

嘘ですごめんなさい。動揺し過ぎて落ち着くのに時間が掛かっていました。もしキスされたら学校の男子生徒を全員敵に回すことになってしまうからな。危ないってレベルじゃないよ。

 

 

「次か……」

 

 

真由美。

 

……どうしよう。何て言えばいいんだ。

 

この世界に来て一番仲良くした女の子だ。

 

世話にもなった。よく話した。よく笑い合った。

 

 

 

 

ピッ

 

 

「あ」

 

 

気が付けば俺は無意識で真由美の電話番号を押していた。

 

 

「え、えっと……最初は謝ればいいか!?」

 

 

すいません、ごめんなさい。ど、どんな謝り方をすればいいんだ!?

 

 

「で、でもまず挨拶することも大切だよな!?」

 

 

あけましておめでとう!……何を言っているんだ俺!?

 

 

プツッ

 

 

その時、唐突に電話の通話が入った。

 

 

「ええッ!?あ、あのもももおっもももおもももしもし!?」

 

 

 

 

 

『おかけになった電話をお呼びしましたが、お繋ぎできませんでした』

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

耳元で留守電がどうのこうの言っているが、俺は構わず電話切った。

 

 

「新しいパターンだなオイ!?」

 

 

大声でツッコミを入れた。

 

この展開は予想外だったよ!いや日常ではよくある展開かもしれないけどよ!

 

もういいよ!今度直接会って言ってやる!ぷんぷん!

 

……その方が……直接会った方がいいような気がする。

 

 

「はぁ……次行こう」

 

 

次は摩利か。風紀委員長……か……。

 

アイツにも世話になったな。風紀委員で取り締まられたり、部下に追われたり、フードマンって呼ばれたり、地獄の書類を書かされたり……………。

 

 

「……………」

 

 

ピピピピピッ

 

 

携帯端末のメール機能を使い、文字を打っていく。

 

 

『遠くに出掛けます。今までありがとう。さよなライオン』

 

 

「よし、送信」

 

 

ピロリンッ♪

 

 

俺は布団を畳の上に敷き、眠ることにした。おやすみ!

 

 

ピピピッ

 

 

「……………」

 

 

携帯端末から電話着信のアラームが鳴る。

 

俺は慎重に、ゆっくりと端末に手を伸ばし、電話に出る。

 

 

「……もしもし?」

 

 

『木下と黒ウサギを人質に取った』

 

 

「ガチ脅迫キタあああああァァァ!?」

 

 

俺の絶叫が部屋の中に響き渡る。

 

摩利は笑いながら俺に要求する。

 

 

『とりあえず一億円を用意してもらおうか』

 

 

「よし!その額なら送れる!どこまで持って行けば……!」

 

 

『本当に払おうとしないでくれ!?』

 

 

今度は摩利が驚く番だった。

 

 

「金が足りない!?じゃあもう一億用意すればいいのか!?」

 

 

『そんなこと言っていないだろ!?』

 

 

「人質をするなら俺にしろ!!」

 

 

『捕まえてられる気がしないんだが!?』

 

 

摩利は大きく溜め息をつき、話し始める。

 

 

『君は一度死なないと、その馬鹿は治らないな……』

 

 

「今までに本当に2回くらい死んでいるけどな」

 

 

『……すまない』

 

 

「謝られているのに心がめっちゃ痛い」

 

 

病気かな?動悸かな?発作かな?全部違うと思う。

 

俺は気になっていたことを摩利に聞く。

 

 

「黒ウサギと優子を人質に取ったってことは、そこにいるのか?」

 

 

『ああ、私の隣にいるよ』

 

 

「お泊り会でもやっているのか?どこにいる?」

 

 

『君の家だよ』

 

 

「家主は俺だぞ」

 

 

『それが?』

 

 

「……何でもない」

 

 

家主に許可とかいらないですね。優子と黒ウサギの許可があれば十分か。

 

 

『生徒会女子メンバーで泊まらせてもらっているよ』

 

 

「そうですか……まぁごゆっくり……ってちょっと待て」

 

 

『どうした?』

 

 

「真由美もいるのか!?」

 

 

『……………いや、いない』

 

 

「何だ今の間は!?」

 

 

明らかに怪しすぎるだろ!?

 

 

『……大樹君。29日の朝、学校に来たまえ』

 

 

「イヤだ」

 

 

『来い』

 

 

「サー、イエッサー」

 

 

女子に逆らえないのはおかしいことではないと思った今日この頃です。

 

 

『大事な話だ。私達にとっても、そして君にとっても』

 

 

「……分かった」

 

 

真剣な声で言う摩利に俺は素直に承諾した。

 

 

「夏休みの宿題は手伝わないからな」

 

 

『しなくていい!……ってあぁ!?』

 

 

摩利がバッサリと断ったが、その後何か思い出したようだ。

 

俺は彼女の願いを聞く前に、端末の電源を落とした。九校戦で忙しかったし、その後もたくさんの事件があったからな。

 

 

「やっぱり夏休みの宿題は、初日に終わらせるのが一番いいだろ」

 

 

既に宿題を全て終えている少年は、目を閉じて眠りについた。

 

 

 

 


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